屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

「シンプル病理学」(改訂第6版、2010年、南江堂)
音読了。

この本は、以前にも書いたとおり、Book-Offの片隅でメソメソ泣いていたところを救出したものです。
自分の中では優先順位はそう高くなかったので、泣き声が聞こえなかったら買わなかったと思うのね。

このテキストは、(「序」には、改訂を経て読者層を広げたとありますが)主にコメディカルの方々を対象としたもので、文系出身者が独学するには難易度が高く、かといって、仕事で必要となる情報を得るには記述が簡潔すぎるという、翻訳者にとってはやや扱いにくい書籍のような気がします。あくまで個人的な感想ですが。
実際、「医療機器メーカー社員向け教育資料の翻訳に役立った」と書きましたけれど、その後この本を開いて内容を確認することはなかったのですよね。

でも、ときどきパラパラめくってみると、「そうやって書棚の肥やしにするのはもったいない」と思うことがあったのも事実。
組織病理検査報告書の表現の宝庫、なのです。

ワタクシは体内植込み系の医療機器に関する仕事が多いので、動物を用いる非臨床試験の案件にもそれなりに遭遇します。毒性試験や埋植試験の報告書には、安楽死させた動物の組織を採取し処理して顕微鏡観察する組織病理検査の報告書も含まれます。言葉遣いもそれなりに特殊だったりするのよね(慣れっちゃ慣れですが)。

というわけで。
「書棚の片隅本を音読で解消しよう」キャンペーンの一環として音読しました。

音読してしみじみ分かったんですけど、テキストを意図した書籍なので、やはりそれなりに順番を考えて作られている。

まず総論として、細胞や組織、全身に適用される循環障害、炎症、感染症、免疫機構とその異常、腫瘍、遺伝と先天異常、代謝異常について簡単にまとめたあと、各論で、各器官系について述べています。各章では、はじめにその系の構造について簡単に説明し、その後、代表的な疾患とその疾患によって組織や細胞がどのように変化するかが述べられています(組織病理学的検査で主にお世話になるのはこのあたりです<収穫も多々あり)。写真がそこそこ多いのも嬉しい。


でもだがしかし。
他の同業者の方にこの本を薦めるかというと、そこはビミョー...(Book-Offで「そこそこ新しいのに半額で売られています、私」と泣いているところに遭遇した場合は、救出してあげてください)。
この本は結構難しいのです。たとえば、「文系出身ですが、医薬翻訳講座でひととおり解剖生理を学びました」という状態で手に取った場合、得るものはそう多くないのではないかと思ってしまうのです(「意味はよく分からないが専門用語を覚えることができる」という利点はあると思いますし、それはそれで、実際に翻訳をする上で役に立つとは思いますが)。あくまで個人的な感想です<念のため。
「解剖生理は(短大レベルですがいちおー)きちんと基礎を学んだ、実務で組織病理検査報告書もそこそこやった」今の自分には、包括的復習として最適だったかなあと思いました。

というわけで。
「書棚の片隅本を音読で解消しよう」キャンペーン、次は「異常値の出るメカニズム」(第6版、医学書院)に進むことにしました。
こちらも、仕事の関係で読むところは決まってしまっているので(そしてなかなか覚えられないのだった<年のせいという説もある)、普段読まないところにも目を通すことにしました。まだまだ修行は続きます。
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2017.03.27 16:14 | 辞書・参考書 | トラックバック(-) | コメント(0) |
・・・という表現でいいのだろうか。

手持ちが少なくなったので、新たに100枚作りました。
いつも近所の文房具屋さんにお願いしています。多少割高にはなりますが、かなりデザインの融通がききますし、1~2文字増やしたり減らしたりしても、きれいにレイアウトしてくださいますので、結構気に入っています。

「名刺を持つ」ということに対し、長いこと頑なに心を閉ざしておりましたので(?)、初めて名刺を作ったのは4年前です。
表書きに微調整は加えましたが、これまでのデザインを踏襲しました(ジツは気に入っているのだった)。

ただ、今回は裏に取扱い分野を追加しました。
こんな感じです↓↓↓

科目:循環器科・脳神経外科・口腔外科・整形外科など
機器:植込み機器(心血管疾患関連機器の経験豊富)・手術用具など
文書:臨床/非臨床試験報告書・論文・社内/院内教育資料など


同業者・翻訳会社の方はもとより、そういう機会があれば業界外の方にお渡しすることも念頭に置いて記載内容を考えました。
いちおう「この内容の案件であれば期待を裏切らない訳文を提出します」と胸を張って言えるものだけを記載しています(まあ5%くらいは「盛って」ますし、普段猫背なんで胸を張るといってもたかがしれていますが)。

ワタクシは普段、どちらかといえば、「できることでもできるとは言わない」自分からは出て行かないタイプなのですが(『だって言ってできなかったら恰好悪いし、言わなかったら上手くいかなくても分からないし』という小ずるいタイプともいう)、今回は勇気を振り絞って「できることは言う」名刺を作ってみました。
名刺に恥じない仕事をしようという気持ちにもなるので、実際に仕事につながることはなくても、これはこれでいいのかもしれない。

もう一度増刷する機会があることを祈りつつ...
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2017.03.20 23:51 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |
...正直ワタクシも好きではありません。

最初の訳文を作る時点で最終稿の90%以上のものができるような訳し方をしますので*、分納時点で見直して納品する、ということ自体はあまり苦にならないのですが、それでも、かなり訳出が進んでから訳語を変更することもありますし、分納、なければないにこしたことはありません。

* このあたりのやり方は人それぞれだと思います。ワタクシの場合は、「分からないことを分からないまま取りあえず訳しておく」というやり方が性格的に苦手なのと、実親を看ていたときの「訳したところまでは常に完成品に近い状態にしておく」というやり方が身体に染みついてしまった結果、今ではそのやり方が自分にとって一番心地いいやり方になっている、ということです。


ワタクシ的分納には、多数ファイルを1案件として受けたときの「ABCを○日までに、DEFを▲日までに、GHを△日までに」というパターンと、大型の1ファイル案件を「○日までにXXページまで、▲日までにYYページまで、△日に最期まで」というパターンの2種類があります。前者も、たいていは関連ファイルで、最低、機器、部品、機能の名称は統一しなければならないのですけど、気を遣うのはやはり後者の方です。

とはいえ。
図表満載の原文原稿に対して、ナンバリング対応のWordベタ打ち納品の指示を頂いたりすると、「これ全部キレイな原稿にするの大変だよな」「訳文チェックと切貼りは早いうちから少しずつやっておきたいよな」とかも思うわけで(実際にそういうやり方をされているかどうかは分かりませんが)。そう考えると、翻訳会社さんの負担軽減にもできる限り協力したいと思ってしまうのです。

でも、訳出作業に大きく支障が出るような分納は避けたいので、ワタクシの場合は、次のことを心掛けるようにしています。

1. 調べものや訳語決めに時間がかかるため、最初に訳出できるページ数は少なく、また、最初の間は頻繁に戻って訳語の変更を行っているという事情を説明し、初回分納日をできる限り遅く設定してもらう(クライアント様からも分納指示が出ている場合は別ですが、たいていの場合はかなり遅めに設定していただけます)。

2. 後追いのマイナー変更が可能かどうかを確認する(「マイナー」を強調するのがポイント、できると分かれば自分自身も心安らかに翻訳することができます)

3. 2回目以降の分納時にも、全体の訳文を納品し、前回(まで)の納品分からの変更部分があれば目立つ色でハイライトする(メールにその旨を記載。3~4語句ある場合は、メール本文にも変更内容を記載、又は秀丸変更メモを添付する)

...と、この3点を実行するだけで、ワタクシ的にはかなり心安らかに分納に対応することができます(1、2の点は、お付合いの長い翻訳会社さんとの間では、この頃は暗黙の了解みたいな感じになっていましたが、ときどきは言葉にしてきちんと確認しなければとちょっと自戒しました)。翻訳会社さんからの「助かります」的なコメントは特にないですが、どこからも何も言われず仕事の依頼も切れない、ということは、このやり方で大きな問題はないのだろうと勝手に思っています(だといいが<自分)。
「最初から最終稿に近いものを」という自分のやり方も分納に合っているのかもしれません。分納間の表記ゆれも、Wordの検索機能にWildright辞書を加えてかなりチェックがラクになりました。

とはいえ。
なければその方がありがたい分納ではあります。
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2017.03.16 15:05 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(6) |
...どうやってつなげるというのか<自分

「文章の書き方」(辰濃和男)

ジャケット見返しには「わかりやすい文章を書くためには、何に気をつけたらよいか。日頃から心がけるべきことは何なのか。『朝日新聞』のコラム『天声人語』の元筆者が、福沢諭吉から沢木耕太郎にいたる様々な名文を引きながら『文は心である』ことを強調するとともに、読む人の側に立つこと、細部へのこだわり、先入観の恐ろしさ等のポイントをていねいに説く」とあります。

何となく手に取った本なんですけど、「文章を書く」という意味で「ナルホド」と思う点が多々あり(...あたりまえか...)、「翻訳も同じ」と思う点も多々ありの1冊でした。
謳い文句のとおり、様々な文筆家の文章が例文として記載されており、「おお、このヒトの文章をもっと読んでみたい」と思ったときに原典が手に取れるよう、巻末に出典一覧が記載されているのがありがたいです。個人的には、門田勲(元朝日新聞記者)、国分一太郎(作文指導者の方とか)、北村薫、疋田桂一郎(ジャーナリスト),谷崎潤一郎(「文章読本」)らの文章が心に残りました。半数以上がこれまで名前も知らなかった方々です。

目次の一部を記しておきますので、興味の湧いた方は参考に(括弧内はワタクシ的ひと言説明です)。

広い円(様々な素材や資料を集めてから書く-100を集め1の文章にするというような意味かと)
現場(とにかく自分の目で見る)
無心(先入観にとらわれない)
感覚(感じる、感じたことを言葉で表現する)
平明(分かりやすく、読み手のことを考えて書く)
均衡(一方向ではなく様々な方向から、自分の文章や社会を見る)
品格(技術ではなく心の持ちようや人としてのありようが大事)
新鮮(紋切り型の常套句ばかり使わない-そのためには言葉に対する嗅覚を磨くことが大事)
選ぶ(余分なものを削る<ぐさっ<自分)
流れ(全体の流れを俯瞰する、しかるのちに「冷やす」)


で、この本を読みながら、基本引き籠もり系のワタクシは、「やっぱり、もう少し外に出で自分の五感で様々なものを感じることが大事よね」と思ったりしたのですが、そのときフと仁木悦子という作家のことを思い出したのです。脊椎カリエスを患って寝たきりとなり学校にも通えず、本を友として日々の生活を送り、のちに江戸川乱歩から「日本のクリスティ」と賞されるまでの推理作家になられた方です。実際に自分の目で見ることが叶わぬ広い世界を本を通して正しく想像する「誠実な想像力」と、窓から見える狭い世界から多くのものを吸収するだけの鋭い五感を備えた方だったのでしょう。のちに数度の手術を経て、車椅子で生活できるまでに回復されたそうです。

その仁木悦子の処女作が「猫は知っていた」(1957年)。
とうに絶版だよなと調べてみたら、ポプラ文庫ピュアルとして復刊していました。会話部分や事物の描写など、現代からすれば相当にレトロなものに違いありませんが、逆にその「レトロ」感がよいのか。主役の兄妹の掛け合いはテンポよく楽しいものだったような気がしますが、内容は本格推理で決して明るいコージー・ミステリではなかったように記憶しています。


その「レトロ」「コージーミステリ」というキーワードから記憶に蘇ったのが、「スイート・ホーム殺人事件」(クレイグ・ライス、長谷川修二訳、1944年/日本語版1976年)。
14、12、10歳の3姉弟が、ミステリ作家の母に代わって殺人事件を解決するという、コージー・ミステリ...になるんでしょうか。「遊園地の移動サーカスで目一杯楽しみました」的な読後感が残ります。
2009年に羽田詩津子さんの新訳版が 出ています。羽田訳ですから素晴らしいものに違いないのですが(未読)、ワタクシは、この作品はやはり長谷川訳で読みたいなと思うのです。あくまで個人的な好みですが。少し古めかしい言葉遣いがこの小説にピッタリ合っているような気がするのです。「相好を崩す」という表現はこの小説に教えてもらいましたし、羽田訳にはきっと「嬢や」「手塩にかけた」「彼女、シャンだわねえ」等々の表現はないに違いありません(いや、もっとスゴい表現になっているかもしれないのですが)。原題は「Home Sweet Homicide」。洋書のタイトルは愛想のないものが多いよな~と思うことが多いのですが、これは原題の方に軍配を上げたいです。

というわけで、「文章の書き方」から「猫は知っていた」から「スイート・ホーム殺人事件」に無事につながったのだった(こじつけとも言う)。
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2017.03.10 14:20 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |
ここしばらくワタクシはoftenと戦っていました。

著者はoftenがお好きな方のようでした。
さまざまな疾患の説明が延々続き、「その疾患ではoftenこういう症状がでるからね」のような使われ方です。
非常にヤル気を掻き立てられる面白い案件だったのは事実ですが、いかんせん(屋根裏比)納期が非常に厳しく、「しばしば」「往々にして」「よく」「多くの場合」「である場合が多い」など少ない手持ち札で対応せざるを得ないことが多く、自分の語彙の少なさに悔しい思いをしながら、納期と戦いながらの翻訳となりました。

嵐が過ぎ去った今、oftenについてもう少し考えてみたいと思います。

訳語のバリエーションについて考えるとき、個人的にまずお世話になるのは「うんのさん(ビジネス技術実用英語大辞典)」、次に「新和英大辞典」(全文検索で逆引き-このやり方は昨年のJTFセミナーでT橋さんに教えて頂きました)という感じです。電子辞書格納の英々辞典で意味を確認することもあります。そこで、「なんか、なんかな」と思うときは、辞書では「日本語大シソーラス」、ウェブでは「類語玉手箱」や「連想類語辞典」も確認します。後者のサイトは「え?そこまで連想する?」という場合も結構あり、たいてい再度国語辞典で確認する手間が発生するこのですが、自分では思いつかないような類語に出くわすことも多く、ワタクシは結構愛用しています。

類語玉手箱→http://www.thesaurus-tamatebako.jp/
連想類語辞典→http://renso-ruigo.com/

今日は、日本語訳語からの連想的発展はちょっと置いておいて、oftenそのものについて考えてみました。
母語使用者の肌感覚(?)的な「頻度」がもう少し分かれば、その文全体でoftenが一番生きる訳語を当てはめてやることができるかもしれない。

ということで。
とりあえず「Oftenは何パーセントなのか」を求めてSayoは行くのだった。

oftenとfrequencyでGoogle検索をすると、たくさんの結果がヒットします。ざっと見てみると英語学習者向けの文法のページが多いような感じです。パーセント値が示してあるサイトで目についたものを2つほど挙げておきます。

http://www.eslgold.com/grammar/frequency_adverbs.html
https://www.englishclub.com/grammar/adverbs-frequency.htm

他の英語学習者向けのサイトも合わせると、だいたい60~70%という感じでしょうか(*あくまで「参考」ということで)。

ついでに「The Grammar Book」(3rd. Ed)も調べてみます。たまに思い出して確認してみると、他の文法書には掲載されていないような事柄が書かれていたりするあなどれないヤツです(<でもたいてい忘れているので、Amazonでは「ほぼ新品同様」と形容されるキレイさなのだった)。

「Meaning of Preverbal Adverbs of Frequency」という項目があって、PositiveとNegativeに分けて、low frequencyからhigh frequencyの順にならべてあります。
そこでは、oftenはfrequentlyとまとめて、sometimes/occasionallyとusually/generally/regularlyの間に置かれています。「出版物だから絶対正しい」とは言えないと思いますが、この位置関係はひとつの目安にはできそうです。


この頃、訳出に苦労する簡単な単語については、(ケースバイケースですが)ただやみくもに訳語のバリエーションを増やそうと努力するより、その訳語の「立ち位置」を自分の中で明確にしてやる方がいいのかもしれないと思うようになりました。その方が、文単位で訳語を考えるとき、「こうは言える」「ここまで離れてOK」「これはやりすぎ」の判断がしやすい場合が多いように感じるのです(あくまで、まずは基本からいきたい自分の場合ですが)。この状態で「連想類語辞典」に戻ると、最初より「選択肢としてこれもありかも」と「これはあり得んやろ」が増えているのは事実です。

でも、やっぱりこれからもoftenには悩むと思うSayoなのだった。
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2017.03.05 00:13 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |