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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


…という言葉が適切かどうか分からないのですが、他に「これ」という言葉を思いつかないので…

しばらく前に、こんな↓↓↓ツイートをしました。

今日は、「どんな風に英訳できるだろう」ではなく「どういう英文だったらこの日本語にできるだろう」と考えながら新聞記事を読んでみた。なんかちょっと違う視点から見れたような。

(いちおー日英翻訳もやっていた時期もあるので――今はもう「商品」になる英文はつくれないと思いますが――たまに英訳を考えてみることはあります)

これ、その後も時々やっています。なかなか面白く、そして難しい。

たとえば、10月30日の朝日新聞朝刊の多事奏論。編集委員の駒野剛さんが、冒頭に次のように書かれています。

「長崎市の繁華街、新地中華街近く、企業のビルが立ち並ぶ中に木造の洋館が立っている。(中略)…幕府に渡された。欧米やアジアの情勢を知る重要な手段だった。(中略)「出島にいて何で世界が分かるのか」。不思議に思う少年がいた」

この中で、フと気になった部分について、「どんな英語だったら、この日本語を使ってもおかしくないだろう」と考えてみるのです。

たとえば、「立ち並ぶ中に」。「背の高いビルが林立する間に(それだけ異質な)古い木造の洋館がある」というイメージです。試みにうんのさんで「林立」を引いてみると、elbow each otherという表現が見つかりました。なるほど。でも、ここでは、背の高いビル群が押し合いへし合いするという表現では、洋館から注意がそちらに逸れてしまうような気がします。では、「A sits (or sat) among 背の高いビル」という英語表現の中で、「背の高い」を少しばかり強調するような言葉が使われていたとしたらどうだろう。注目させたいものがAだとしたら、この新聞の表現のような日本語になるんじゃないか。

あるいは、どんな英文だったら、「不思議に思う少年がいた」と訳したくなるだろう。ここには、「他の誰も不思議には思わないのに」という言外の意味が込められているような気がする。(just) one boy? One boy ...で始まる英語表現、実際に遭遇したら条件反射的に「一人の少年が」としてしまいたくなるけれど、こんな風に「…がいた」とするのもありかもしれない。とにかく、ここは「不思議に思う少年がいた」を強調したい箇所。「がっつり強調したい」的な英語表現に遭遇したら、こんな風に日本語にできる場合があるということは、覚えておいていいかもしれない。

…という具合です。
(上の私の具体例の発想に対して「それはおかしいやろ」という意見もあるかもしれないのですが、ここは、「日本文を読んでこんな風に考えを発展させていきます」という「考え方」の例として読んでいただけるとありがたいです)。


目の前の文をきちんと英訳するわけではなく、自分の頭の中も、英訳モードにはなっていないように感じます。
上手く説明できないのですが(という表現は2019年「屋根裏通信」禁忌表現に指定されているのですが、どうしても明解に説明できないので、禁を破ってこの言葉を使います)、あえて言うなら、和訳作業の助走状態での「頭の中で行ったり来たり」の延長上にあるような感じです。「1回『英語から日本語を考える』枠組みの外に出て、振り返り、同じところに戻れるかどうか見てみる」みたいな。翻訳が上手な方は、無意識のうちに頭の中でこの作業をやられているのではないかと思います。私はまだまだ、その域まで達することはできません。なので、こうやって意識的にやってみることで、「外に出る」距離がもう少し伸ばせるのではないかと。行きすぎないように注意しなければなりませんが。

ということで、もうしばらくこの作業を続けてみようかなと思います。
結構考えるときもあるので、時間と気持ちに余裕があるときしかできませんが。
2019.11.02 17:10 | はじめに | トラックバック(-) | コメント(0) |
ひとり娘で、それなりに年も食っているので、
ごく当たり前に両親の面倒を見ています。

説明見出しや最初の記事で「介護」という言葉を使っていますが、
実際、両親の日常生活を介助しているかというと、答えは「否」です。
ごく短期間、下の世話を含む生活介助をしたことはありますし、
まだ殆どの日常生活が自分で営めていた母の手助けをしたことはありますが。
(←これはこれである意味精神的に大変だった)

現在、父は特別養護老人ホームに、母は病院に預かってもらっています。
2人が私を娘として認識しているかどうかは・・・ビミョー、という状態です。
こちらの問いかけには反応したりしなかったり。
そんな状態にもだいぶ慣れたかな。
4年半前の父の入院をきっかけに、ばたばたと色々なことが変化しました。

で。
私は何をしているのかというと。
2人を定期的に見舞い、それなりに穏やかに過ごせるようにつとめ、
父については成年後見人をつとめています。
あと、同じ県内にある実家が無人なので、
1週間に1度程度、郵便物の回収と片付けに通っています。
(夏場は草引きと水遣り&やぶ蚊とのバトルも発生します)
何やかやと、ちまちまと用事が発生します。

「介護」というと何となく「自宅で生活介助をする」という状態をイメージしますので
(亡くなった祖母を家族でそのようにして看ていました)
自分の中に常に「今の状態を『介護』と呼んでいいのか」というと思いがあります。
他人に親の世話を委ねていることへの後ろめたさもあると思います。
だったら自分で全部しろよ、て話なんですが、
「それは無理!」「それは嫌!」と考えている自分がいるのも事実です。自分大事だし。

そんなことをつらつらと考えてどんよりしている時もあります。
更年期だしね。

両親のことを書くことがあれば、
できるだけ重くならないように書きたいと思っています。
「介護」という言葉、これからも時々使うかもしれませんが、
あまり深く考えず「ふーん、親の面倒見てるのか~」くらいに考えてやってください。

自己紹介が長くなってしまいました。。
次からは普通に記事書きます。

(2011年8月追記)
「両親のこと」カテゴリで記事にもしておりますが、病院入院中だった母は4月8日に急逝し、この夏初盆を迎えます。

(2012年1月追記)
「両親のこと」カテゴリで記事にもしておりますが、特養入所中だった父は、1月13日に老衰で亡くなりました。
2011.01.14 22:13 | はじめに | トラックバック(-) | コメント(0) |
在宅で細々技術翻訳をしているSayoです。

翻訳についてのこれまでを時系列にしてみると・・・

大学卒業後、一般企業就職
(通信→通学で出版翻訳の講座を受講)

メーカー生産部門でオンサイト翻訳(派遣)
(新聞の地方求人欄で見つけました)

結婚後在宅で翻訳を始める

旦那の転勤で渡米(6年滞在)

帰国翻訳を再開

・・・という感じで今に至っています。

オンサイト勤務の期間も合わせると、翻訳歴は10年超です(年だけはとった)。
特に専門分野と言えるものはなく、特許、契約書、化学、医学、経済(専門的なもの)以外、だいたいの分野のものは、「これなら行けそう!」と思うものはお引き受けしています。少量(出来上がり3~15枚程度)短期納期のものが大部分です。調査が苦にならないので、未知の内容の翻訳も結構好きです(実際にやっている時は、いつも半死半生なんで、そんな風に感じる余裕はないんですが)。

オンサイト勤務を辞めた時、派遣元でもあった翻訳会社さん(以後A社)に「家でやりますか」と声をかけて頂き、トライアルなしでお仕事を始めることができたので、ラッキーだったと思います。
当時は英訳が苦手で、和訳だけをやっていました。社長(家内工業に近い小さな会社で、社長から直接依頼を頂いたりもしていました)にも「英訳は使いものにならんな」と言われたし(結構ヘコんだかも<でも事実だったんで)。

その後、転勤に伴って一時お仕事を中断しました。
今にして思えばあっという間の夢のような6年間で、その時に色々勉強したから今があると思えるのですが、渡米前は、ようやく仕事が軌道に乗り始めた頃だったので、「行きたくないよ~」と柱にたかって泣きました(が情け容赦なく引き剥がされました)。

アメリカでは、旦那が残業(現地人から「crazy」と言われたらしい)・出張(週3度出張した時は、私に「俺、次どこ行くんだっけ」と聞いていた<しかしながら、旦那に分からないものが私に分かるわけはありません<無事に正しい目的地に向かったようです)・日本からの出張者の接待(という口実でカジノに行く)三昧で、殆ど旅行にも連れて行って貰えなかったですが(ちょっと根に持っている)、ボランティアをしたり地元のコミュニティ・カレッジに通ったりと、それなりに楽しく忙しく過ごしました(授業は面白かったけどハードで、それまでの人生で一番必死に勉強したかも、です)。

帰国後仕事を再開し、今に至っています。
長いお付き合いになったA社の他に、2社登録したうちの1社(以後B社)から、定期的にお仕事を頂いています。翻訳以外の事情でお断りせざるを得ない場合も多々あるので、可能な限り週末稼働するようにしています。
今では和訳と英訳の比率は6/4くらいです。

諸事情により、今以上に仕事量を増やすのはむつかしいかなと思うのですが、これからも、細々でよいので、事情の許す限り長く続けていきたいです。

(2012年1月追記)
2011年、一念発起して2社のトライアルを受験、ボツボツと医薬分野(医療機器)の翻訳も開始しました。
2011.01.12 18:20 | はじめに | トラックバック(-) | コメント(0) |
本当は1月1日から始めたかったのですが、珍しく大きなお仕事を頂いてしまい、年末年始それどころではありませんでした。
(それはそれでありがたいことです)

今も納期に向けて頑張っている(はずの)最中なのですが、何とか「納期までにできるんか」状態が「納期までにできるかも」状態に格上げされましたので、ついついブログの作成に手を付けてしまいました(ほんま大丈夫なんか<自分<ソリティアに負けなければたぶん)。

旦那さまの扶養の範囲で、細々と分野を問わずお仕事を受けている状態ですので、「内職翻訳者」と自称してますが、仕事は真面目に、プロ意識を持ってやってます(のつもり)。

タイトルを「屋根裏通信」としたのは、半分ウォークインクローゼット状態と化した、冷暖房完備(夏は暖房冬は冷房です、念のため)の屋根裏のような部屋で仕事をしているからです(なので、今、はっきり言って寒いし)。

時間ができた時に、その時々で思うことを書いていきたいと思います。

なので。

たぶん、翻訳のことだったり、英語の勉強のことだったり、読んだ本のことだったり、好きな作家さんのことだったり、介護のことだったり。時にはちょっと愚痴ることもあるかもしれませんが、どうぞ宜しくお願い致します。
2011.01.09 17:01 | はじめに | トラックバック(-) | コメント(0) |