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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

という言葉を私もよく使い、同業者の方が使われるのもよく耳にするのですが、
では、「その『品質』とは完全に同じものをイメージしているのか」と考えると、
「なんか違う・・・ような・・・」ということもあります。

翻訳者の考える翻訳の「品質」に大きなばらつきがあってはもちろんマズいのですが、
最低限の了解事項というか「あるべき品質」というものがあって、
そこから先は、その人の考える「品質とは何ぞや」には微妙な違いがあるのではないか、
この頃、そんな風に考えるようになりました。

実は、ワタクシ、恥ずかしながら、イメージとして頭の中にあるソレを
すぐにきちんと言葉にすることができなかったのでした。
というか、どうしても、抽象的な言葉になってしまうというか。
という訳で、この暑い中、干乾びた脳味噌を絞って少し考えてみました。

基本的な「あるべき品質」を備えた成果物(訳文)は、
‐納期通りに提出された、
‐指定の書式・表記方法の守られた、
‐文単位の抜けのない、
‐書かれていることが理解できる(文意が不明なまま翻訳していない)
訳文であろうと考えます。

当たり前っちゃ当たり前のような気もしますが、
最後の「文意が不明なまま翻訳しない」ために苦しむことは結構あります。

転記間違いやスペルミスは、もちろんあってはならないものとは思いますが、作業者が人間である以上、チェックを重ねてもゼロにすることはできないし、ツールの助けを借りたとしても、やはり完全にゼロにすることはできないのではないかと考えましたので、My「あるべき最低品質」基準からは除外しました。

これらの「基本品質」を満たした上で、では「高品質」とは何かを考える時、
(あくまで脳味噌の溶けたワタクシの考えるソレです)
対翻訳会社では、「後工程で最低限の作業しか発生しないもの」

具体的には、
‐ケアレスミスの修正・訂正の少ないもの(転記間違いやスペルミスはここに入ります)
‐間違って文意を解釈している場合はゼロではないとしても、自分の中で何らかの結論に達した上で翻訳を行っており、根拠や解釈に自信の持てないものについては、その解釈を採用した根拠をコメントに簡略にまとめてあるもの
です。

対クライアントでは「成果物の文書の種類に応じた文体で、適切な訳語を用いた翻訳がなされているもの」

具体的には(・・・て、あんまり具体的じゃないんですけど)、
‐修正が少なく、
‐専門家が読んだ時、選択語句等の間違いが「これはあのこと(言葉)を指す」とすぐに分かるもの

あくまでワタクシの考えですが、自分は、どう頑張っても、ある分野の専門家の方々と(その専門領域に関し)同レベルの文章は書けないと思っています。どんなに頑張ってみても、所詮は門外漢なのですから。であれば、自分のすべきことは、そうした専門家の方々を唸らせる文章を作成することではなく、常に、その方々が一読して間違いなく書かれた内容を正確に把握でき、簡単な語句や表現の修正のみで利用できる訳文を作成することだと思うのです。

以前、「美味礼讃」(海老沢泰久、1992)の読書感想文で、
「べつにあれでもあのままどこへ出しても恥ずかしくない味なんです。しかし九十点の味でいいということになると、七十点の味に落ちるのはすぐですからね」
という主人公の言葉に共感したと書きました。

でも、「理想としての100%」はありだと思いますが、
達成可能目標としては「常に95%」あたりを目指すのが実際的なのかなと。
その結果、タイトな納期のものも、内容的に難解なものもすべて含め、
常に85%以上のものがOutputできれば「一定品質が保たれている」
と言ってよいのではないかと、そんな風に考えています。
(ここでいうマイナスとは、ミス、解釈間違い、専門用語の選択ミスなどを言います)

誤解しないで頂きたいのですが、私はいつも
「限られた納期の中で今の自分にできる最高のものをOutputしたい」
と思って仕事をしています。
・・・でも・・・
恥ずかしく悔しい話ではありますが、
たとえば、自分の過去訳を参考資料的に参照する時、
そこにミスや解釈間違いを見つけることは多々あるのです。
それが現実です。

85%という数字は、一見かなり甘い数字に見えますが、例えば
「どんな事情があり何が起こっても、85%を下回る品質のものは出さない」
と言い換えると、実現は不可能ではないものの、
なかなか難しい目標であるような気がします。
(少なくともワタクシにとっては)


この「品質」を達成するやり方というのは、人それぞれでよいのかなと思います。
多数の方が推奨されるよい方法というものはありましょうし、
そこから始めてみるのは決して間違いではないと思いますが、
自分にとっての最善を求めて、常に試行錯誤していく必要はあるかなと。
独りよがりなものになってしまわないよう気を付けなければなりませんが。

手抜き、ではないのですが、最近、自分の中で色々な意味で「流れ作業的」になっていることが多いな~という気がしましたので、「品質とは」という原点に一度立ち返ってみましょか、自分、ということで、記事にしてみたりなどしました。ああ、脳味噌絞り切った感。老体には堪えるわい。もうこの夏頭は使わな~い、と。


2014.07.15 17:25 | 伝える | トラックバック(-) | コメント(0) |
当たり前の話なのですが、商品を売るには、付加価値というか「買わな」と思わせる何かが必要です。

では、私にはその「何か」はあるんだろうか? 

「何か」が不十分な場合は、「何か」となりそうな可能性を探り、その部分を強化する必要があります。それが、私と他の翻訳者を多少「差別化」する強みにもなると思います。

てことで、現在評価頂いていると思われる点について考えてみました。
それは、「丁寧な仕事をする」ということではないかと。

「丁寧」というのは、当たり前のことと言えば当たり前なのですが、単純ミスをminimizeする(ゼロにできればよいのですが、「ここはさっきも見たし大丈夫」という目で見ていると、ついついスルーしてしまいがち)、しつこく調べる、調べのつかなかった部分には簡単にコメントを付し、必要に応じ参照URLを貼付する、といったことです。

私の場合、「責任回避したい」という小心さのゆえにやっている部分も大有りなのですが、それも、裏を返せば、与えられた仕事に対する責任を重く受け止めているということになるのかもしれません。おおっ、ものは言いようじゃのう(じーん)。

以前と少し違うところは、やっていることは同じでも、翻訳会社さん(チェッカーさん)の労力、エンドクライアントさんの労力を少なくできるかを考えながら仕事をしていること、でしょうか(は言い過ぎ。「そうでありたいと心掛けている」くらいが妥当かと)。

私は、いくらある程度の知識を得たからと言って、専門外の人間が訳すのだから、自分の訳語の選定や表現が100%正しいものであるはずはないと思っています(もちろん、「キモ」の訳語を間違うのは論外ですが、特に機器の分野では、装置や部品名には「社内通称」的なものも多く、これらを全て間違わずに訳すのはまず不可能かと)。
それなら、自分にできるのは、「これらのURLを使用してここまで調べたけど、力尽きたんで、こういう理由でこういう私訳にした」とコメントを付することで、チェッカーさんの調査労力を軽減し、基本的に原文に忠実な訳文を作成して、エンドクライアントさんの最終修正を少しでも楽にすることではないかと思ったりするわけです。
直訳して意味が「??」になる場合は意訳もしますが、せいぜいパラグラフレベルまでで、一度直訳文章を作成してから、「これをどう変えれば分かり易く、でも内容的に間違っていない日本語になるだろう」と悩むようにしています。でないと、思い込みの激しい私は、ついつい原文には書いていないことまで推測して書きたくなってしまうので。てことで、夕べも40分くらいのた打ち回ったのでした。
そうやって、原文に忠実に訳しておけば、専門のエンドクライアントさんが見た時に、「ここおかしいから直そう」が簡単にできるのではないかと、(勝手に)想像する訳です。あまり原文から離れた訳では、チェッカーさんレベルでも、エンドクライアントさんレベルでも、いちいち原稿と原文を付き合わせなければならなくなってしまい、それでは、翻訳を外注に出した意味がないのではないかと、そんな風に考えます。
私の考える3方 Win-Win-Winです(私のメリットは継続受注<希望的観測)。
もちろん、これは理想ですので、日々、理想に到達すべく努力の日々ですが。

そんなSayoですが、

「初めから日本語で書かれたような翻訳調の感じられない、流れるような訳文」や
「専門家が書いたような専門用語バリバリの無駄のない格好いい文章」に
憧れたこともありました。今でも憧れます。理想の1形態です。

でも・・・

残念ながら、「流れるような美しい訳文」に原文にはないことが書かれていたり、「専門用語バリバリの格好いい文章」が専門分野や医学そのもののLaypersonを対象とする文書だったり、といった実例も目にしてきました。

「正しい用語を用いてTPOに合わせて原文を正しく訳す」という基本を失念して「美しい訳文を作る」ことや「専門文書的に訳す」ことばかりに腐心するやり方は、実務翻訳者としては間違ったやり方ではないかと思うのです。それでは、ただの自己満足ではないかと。「論旨の通った原文に即した文章を作り」「意味のわからない訳文は作らない」ことが(当たり前っちゃあ当たり前ですが)目標とするところです。とわざわざ書いとくのは、私自身も、その「自己満足」に陥りやすい人間だからです。


皆様のブログを拝見したり、実際にお話を聞いたりすると、今後の傾向としては、やはり「大量短納期にそれなりの品質で対応できる人が求められる」方向に向かうのかなという気がします。
もちろん、「少量短納期」「中程度量えげつない納期」の案件の打診を頂くこともありますし(私の場合「大量短納期」はそもそも打診がない<無理だと分かっていらっしゃるのかと)、短期間瞬間風速的には、質を落とさず(と信じたい)ある程度の量を処理することは可能ですが、基本的には、「少/中/大量(注:当社比)適度納期」でやって来ましたので、翻訳依頼ギョーカイ(?)的には、そのような需要も、まだそれなりにあるのかなという気はします。
そのような部分で、「あの人にはある程度の納期を呈示すれば外れはない」と安心して貰える翻訳者として生きていくのが、今の自分の理想とするところであり、今後の「売り」としたいところです。とはいえ、今後の業界動向には敏感である必要はあると思っていますが。


で、あと何でしたっけ? そうそう、「得意分野」でしたね。

広い意味では、もともと機械をやっていましたので、「医療機器」と言えるのでしょうが、医療機器も、本当に幅が広いです。大型医療機器のマニュアルなどはかすったこともないですし、元医療機器会社におられたという方にお聞きすると、大型機器のマニュアルは、とにかく1件のボリュームが大きい上に、医療機器の多言語展開というのも少なくないそうですから、ここは翻訳ツールが活躍している部分なのかなと思います。
個人的には「植込み」系(整形外科とか循環器とか)、手術・治療用小物系(?)のお仕事が多いです。これはこれで面白いですが。
でも、それらに限っても、試験報告書、添付文書、プロトコール、申請書類、と文書もそれなりに多岐に渡りますし、敵も、機器そのものだけではなく、電気生理(心臓)、MRI、CT、超音波、医療機器関係の規制と幅広く、物理化学も絡んで来ますので、そのたんびにひーひー言っている状態では、「とても得意分野とは呼べんやろ」と自分で思います・・・な現状。あと、文書の種類として、「この系統の文書は得意」という考え方もできるかなと思います。
そんな私には、いまだコレという「得意分野」はないような・・・


私はもともと、あまり思索する型の人間ではありません。といって、「やってみなはれ」タイプでもなく、「それなりに権威のある/成功した人がやっている/言っていることは間違いないのかな」的、流され易い、その他大勢の中に心地よく埋没したいタイプだと思います。

それが少し変わったひとつの原因は、親を送ったことで、様々なことに対し「自分が決めるしかない」「自分が納得するしかない」と実感したことでしょうか。

とはいえ、3部作作成のために、短期間に脳味噌を絞り切った感のある今日この頃。
その間にも、皆さんの、違う切り口からの「私の向かう方向」的記事を拝見して、
「で、私はどうなんだろう」ともう一度考え直してみたり。
私は、この時間帯から脳味噌が活動を始めるヒトなのですが(だって、旦那2時とかに帰ってくるんだよー<仕事です<念のため)、はっきり言って、すでに脳味噌がバテている徴候の感じられる、気だるい春の昼下がりでありました。
2013.04.24 13:16 | 伝える | トラックバック(-) | コメント(14) |
覚書1を書いた後。
ちょっと放心。ちょっと吹っ切れた感。ビミョーに後悔(<小心者なので)。
でも、なんだかんだと日々は続く。

*******

今後のやり方を明確にするために、
目標年収を設定しました。
(主婦の副業の位置付けでの設定です)

目標年収は200万+(源泉徴収前ベース)

少ないようですが、単時間あたりの処理量が少ねえもんで。

これだけあれば、各種年金を支払い、実家と墓の維持費を捻出し、
セミナー/講座費用を支払い、参考書籍を購入し、
多少は自分の楽しみに使い、老後に備えての貯金もできそうです。

ほぼ切れ目なく医療機器のお仕事を頂くようになって1年、
今の状態が続くと仮定すると、今のように稼動できる限り、
目標年収は達成できそうです。
大きなポカをやらないということが前提ですが。

ただ、1年を振り返ってみると、「ひたすら働いた」日々が結構あり、
そんな時は、勉強はおろか家ウチのことも疎かになりました。

ということで、現状維持の働き方では「自己投資」時間が取れません。
年収目標を達成しなおかつ適度に自己投資する時間を設けるには、
1. 「処理枚数」を増やす
2. 単価を上げる
ことを考えなければなりません。

処理枚数を増やす手段としては、
1. PC周り環境の整備
2. PC内環境の整備(ソフト導入など)
3. 基礎体力(基礎知識)整備
を考えました。発想が貧困なので、オーソドックス。

このうち、(1)は、「空調のない屋根裏様の部屋を主戦場としてノートブックPCで戦い、夏は冷房のある寝室にコロ付き小机ごと退避する」という虐げられた環境の改善が望めない今、ほぼ不可能であるとの結論に達しています。

(2)も、基本的な辞書はひと通り揃え、串刺し検索ソフトを使用している今、急を要する整備は必要ないと思われます。「マクロは便利」という意見があり「どんな風に使用しているか」という具体例も幾つかお聞きしたのですが(そして、確かにそのような事例では時間短縮ができて便利そうでしたが)、自分はそのような使い方をしないので、現時点で「自分の何がどう便利になる」という点が見えません。てことで、現時点で努力することはパス。動向(?)は注視します。Tradosなどのツールも「必須になりつつある」という声を聞きますし、登録翻訳社さんから、所持の有無を聞かれることもありますが、現時点では導入には懐疑的。「それなしに今後の翻訳はあり得ない」と納得できれば、将来導入を決心するかも・・・です。

というわけで、(3)の整備をしないといけない訳ですが、これもまた、
1. My辞書含む辞書・参考書類の充実
2. 知識底上げ
の2点に分けてみたりなどしました。

(1)のMy辞書は、仕事で訳出に難渋した語句を対訳で拾い、たまに説明や参考URLを付しただけのものです(秀丸とExcelの両刀使い)。これはもう日々の仕事の積み重ねですから、これからも根気よく増やして行きます。その他の辞書・参考書については、まだ「自分には何が必要?」がよく見極められない部分も多いので、皆様の記事も参考にしながら慎重に増やして行く予定。これまでは、「皆がやっている(持っている)から」という理由で購入したものもかなりありますが(多数の方が所持されているということは、確かに、それだけ価値あるものには違いありませんが)、今後は「多数の方が推奨」+「今の自分に必要」という視点から、様々なものを選んでいくように心掛けたいと思います(どのうさちゃんを連れて帰るかも<て話が違うやろ<自分)

(2)の知識底上げについては、解剖生理はひと通りやったので、現時点のMyブームは(生)化学です。免疫も抑えておきたいのですが、これは生理学と生化学の上に拠って立つものではないかという気がしますので、取りあえず生化学やっつける。もちろん全ての知識を取得することは不可能ですし、そこまで基礎を学ぶ必要があるのかと問われれば、「それはあなた(の考え方と立ち位置と性格)次第です」としか答えようがないのですが、個人的には、化学、物理、解剖、生理の基礎+規制・制度のある程度の理解があれば、「?」な内容に行き当たった時に、「調査開始→必要情報入手」までの時間が短縮できるのではと思うのです。不測の案件にも、真っ青にならずに(いやなるんですけど<実情は)対処できるでしょう。仕事の合間ですし、その間に、その場しのぎ勉強なども突っ込まれますので、時間は掛かると思いますが。でも、私は、やっぱり「どこかで基礎」派。

戻りまして、「単価を上げる」についてです。
先日、他の同業者の方の単価を知る機会がありまして、自分の単価は、決して高いものではないが、不当に安いものではないということが分かりました。そんなわけで、当面単価値上げ交渉はしません。まだまだ自分にそれだけの自信はないので。ただ、今後は、たまにある「今回だけこのレートでお願いします」的案件は基本的に受けないことに決めました(「基本的に」というのは、「その仕事は今後自分の仕事の質のUPに繋がる」と判断できる場合は例外措置とするためです)。これまでは、時間があれば「クライアントさんに負けたのね~」とコーディネータさんが可哀想になって受けてしまうことが多々あったのですが、そうしながら、心のどこかにもやもやしたものを抱えていたのも事実だったので。

という、いわば極めてオーソドックスなやり方を、取りあえず1年間続けてみて、
もう一度状況判断をしたいと思います。

これは、あくまでもSayoの場合ということです。

ある程度仕事をしてきた状態で、もっと劇的に年収を増やしたいということであれば、
・快適なPC環境を整える(・・・屋根裏を捨てて、どこへ行けばいいのだろう<自分)
・値上げ交渉をする、又は単価の高い翻訳会社に新たに登録する
と言った、more drastic measuresをまず考える必要もあると思います。「長時間楽に作業ができる」ことは本当に大事だと思いますので。
単価についても、「単価が上がる→高品質の翻訳を提出しようとさらに努力する→品質が向上する」という好循環もあるでしょうから、試みてもいい場合もあると思います。その場合、営業力も必要と思いますし、良心的な(と敢えて付け加えるのは、翻訳者を使い捨ての駒として安価に使い倒そうとする翻訳会社も現実に存在するという噂も耳にするためです<まだ実際に遭遇したことはありませんが<しても逃げます<後ろ足が強いので逃げ足は音速<て、おまえはいったい誰やねん)翻訳会社が相手の場合、翻訳会社の考える自分の品質と自分の考える自分の品質の間に大きな乖離がない(=自分の実力を見誤らない)ことも前提になると思います。

次回は、「差別化」と「分野」についてもう少し考えます。
まだ続くんかって話ですが、あと1回だけ。
2013.04.20 13:24 | 伝える | トラックバック(-) | コメント(8) |
昨年後半から、ずっと考えていたことがありました。とはいえ、決めかねていること、迷っていることもあり、また他の事情もありまして、ずっとブログには書かずに来ました。
が、もうそろそろ「退路は断たなあかん!」ということで、記事にすることにしました。

カテゴリは、迷ったのですが、「伝える」にしました。将来、少し翻訳を経験された方が、同じようなことを考えられるかもしれないと思いましたので。一例ということで。

それは、ひと言で言えば、「医薬・医療機器」への完全シフトです。
すでにプロフィールで言うてるやん、と言われればそれまでですが。

それでも、改めて記事でそう宣言するのは、私にはとても勇気のいることです。
一部翻訳会社/コーディネータさんにはブログを公開していまして、その中には機械メインでお仕事している会社/コーディネータさんもおられますので(定期的に読んでいらっしゃるかどうかは不明)。でも、自分で、「こう」と決めた方向は、悩んでいることも決心できかねていることも含めて、きちんと書いておきたいと。

というわけで、ブログ上でこの話をするのは、個人的には、結構な一大決心で、「いつか書かな」から「よし書くぞ」までほぼ3ヵ月を要したのでした(単にチキンなだけという説もある)。

3月に初めて作った名刺は、肩書き(?)を「医薬・医療機器」としました。個人的には、名刺を作ること自体が「大事件!」だったのですが、肩書きを「医薬・医療機器」とするのは、もっと大きな決断でした。それは、内外(<大袈裟)に、「私はこういう翻訳をします」と宣言することだからです。

今の私の稼働状況は、医薬:医療機器:その他機械が1:8:1くらいで、医療機器に特化した分野の翻訳経験も1年半を過ぎ、ちまちまと医薬の勉強の基礎を積み上げてきた(ヒマとも言う)年月を考えれば、上の肩書きを名乗ることに、世間的に不都合はないかな、とも思いますが、「医薬」を名乗ることには、まだまだ自信が持てないでいます。

改めて完全シフトを考えた一番の理由は、翻訳者としての寿命が見えてきたということです。
あと5年続けられれば「よくやった」、10年続けられれば「あり得ない幸運」て感じ?
さすがに、そこで人生の運(?)を使い果たすのもな~、と思ったりしますが(??)
その残りの時間を「一番やりたい分野」の翻訳に費やそうとするなら、そろそろ真剣に考えなあかんと思い始めたのでした(今まで考えんかったんかいという話ですが)。

寿命を意識する最大の要因は、(自分の体力と現在の翻訳の質の維持も勘案していますが)主にそう遠くないうちにやってくるであろう義父母の介護です。
自宅介護と翻訳の両立は本当に容易ではないと思います。その意味で、Akoronさん(「翻訳者Akoronの一期一会」→「リンク」へGO)は本当に尊敬に値します(それはたぶん、本当に必要に迫られて、そうせざるを得なくてされているのだと思いますが)。我が家のような「主介護者(旦那とSayo)が倒れたら頼れる兄弟はいない&取りあえず旦那収入と貯金で生活+介護費は確保できる」という状態では、私が仕事を辞めても当面の生活に困ることはないので、ある程度までしがみついて頑張ったら、仕事は辞めると思います。そういう選択肢がある分幸せなのかもしれませんし、実際は「いや、実はしぶとく続けてたらしいで」ということにならないとも限りませんが(舌は二枚ありまする)、まあ、今はそのように思っているということです。40代でも、親の世話はそれなりに大変でしたから、50代では、たぶんもう余力はないかと。もともと体力ないので。

というわけで。
「やりたいことをやる」と決めたのが昨年後半。

「当面医療機器の仕事だけでやっていけるのか」
「自分の中での年収の基準をどこにおくのか」
「仕事と勉強の兼合いをどうするのか(年収にも関係)」
「『医薬』のどの分野に特化していきたいのか」

というようなことをとつおいつ考えつつ試行錯誤。

そんな時に出会ったのが
「医療用医薬品マーケティング」(メディカルビュー社)

え、人生指南本ちゃうん? て感じの一冊です
(そこが自分らしいと言うか何と言うか・・・)

製薬~販売までの大筋が掴めるかなと考えて購入したのですが、タイトルどおり「マーケティング」に特化した書籍でした。ま、単に、私が希望的誤解をしていただけなんですが。予想とは違いましたが、「製薬」という仕事を、新規販売・拡販というビジネス的な側面から考えることができましたので、決して「外れ」本だったという訳ではありません。

この本を斜め読みして、今後、やりたい分野で仕事を獲得して行くには、「戦略」「差別化」をもう少し具体的に考えることが必要なのだと今更のように思いました。そういう意味では、軽くターニングポイント的な本でした。

この先、もう少し詳しく、迷っていることも含めて、書いていきたいと思います。
取りあえず今日はここまでってことで。
2013.04.17 22:37 | 伝える | トラックバック(-) | コメント(8) |
以前、「派遣翻訳についての経験を記事にして貰えたら嬉しい」というコメントを頂いたことがありました。その後、ずっと気になってはいたのですが、何となくまとめにくかったこともあり、ずるずると後回しにしていました。

ひと口に「派遣翻訳」と言っても、共通する部分は「翻訳する」というその1点のみで、その内容、環境は本当に様々と思います。なので、以下の内容は、「1事例」として参考に留めて頂きたいと思います。

個人的には、時間と場所を拘束される派遣翻訳は、あまり向いていないなあという気がします。納期と原稿だけがあり、極端な話、納期に間に合いさえすれば、どれだけ時間を掛けて原稿を作成してもよいという今の働き方、時にもの凄いプレッシャーで潰されそうになりますが、好きです。

とはいえ、私の場合、勉強→仕事へのtransferは、派遣翻訳を介してでしたから、最初の派遣翻訳なしに今の自分はないというのも又事実なのです。その意味では、本当に感謝しています。

派遣翻訳には3回行きました。すべて同一メーカーの同一事業部(の関連はあるが別の部署)です。私が登録していた派遣翻訳会社は大手ではなく、従って取引先も派遣登録者も少なく、「ウチの機械に慣れている人がほしいんだけど」という取引先要請があれば、数年のブランクを経ても、同じ人に何度も打診が来るような会社でした。2回目と3回目は、そんな要請に応じたものです。

最初の派遣は1993年~1995年。生産ライン内の品質保証部門。
2回目は2005年3~5月。同じ事業部の海外新工場立上げプロジェクト。
3回目は2009年10~2010年9月。同事業部の海外生産展開プロジェクト。
最初の部署では和訳:英訳の比率は4:6くらい。2回目の部署では1:9、3回目の部署では5:5程度でした。

最初の派遣先は、残業を厭いさえしなければ、新入りが潜り込むには最適の部署でした。「意味が通じる英語を書けばよい」、つまり「100%の出来ではなくてもよいので、とにかく速さ命」の世界だったのです。朝までにFAXで入っている海外販社からの問合せを片っ端から和訳し(時には「それさえ待てない」てことで、口頭で要旨を説明することも)、早ければその日の夕方に何らかの回答を英訳して流す(「現在鋭意調査中、回答ちょっと待ってね」という一文の時もあり)、の繰返しの日々でした。多少表現が「?」だったとしても、商品名、部品名、部品番号、不具合内容といった「キモ」の部分さえ正確であれば、相手(海外販社)も「社内専用英語表現」に慣れていますから、こちらの言わんとすることをほぼ正確に理解してくれたのです。

それまで、私は、英訳とはほぼ無縁の生活で、「英訳」と聞くだけでオロオロしていたのですが、ここでの経験が、とりあえず「英語書くの怖いの」アレルギーを取り去ってくれたように思います。当時は、何冊かの自前の参考書の他に、主に販社から届く英文をお手本に英訳原稿を作成していたのですが、お手本にすべき英文が、そもそもきちんとした英語ではなかったので、そこで2年間鍛えられた後でも、私の書く英語は本当にひどいものでした(今でも、それなりにきちんとした英語を書くには、長々と呻吟し試行錯誤しなければならず、まだまだ医薬分野の英訳には自信ありませんが)。

この部署の社員さんは「技術屋さん」と呼ぶのが一番相応しい、気のいい方たちで(中には、「英訳の時間は原文の長さに比例する」的固定観念に凝り固まっていて、何度「短くても時間が掛かる場合もあるんです(アンタの日本語が分かんねえんだよ<怒)」とやんわり説明しても分かって頂けない方もおられましたが、そんな方でも、いったん仕事を離れれば、気のいい親父さんだったりするのでした)、仕事はしんどかったけれど楽しい(おばちゃん(←当時の私から見た)には一杯お菓子頂いたしね)、そういう意味では居心地のよい職場でしたが、根性体力なしの私は激務に耐えられず、2年ほどで結婚退社しました。

育てて頂いた部署ではありますが、翻訳力を向上させたいと思えば、正直、長く働く職場ではないと思います。間違いのない(少ない)きちんとした英語であるかどうかをチェックしてくれる人は誰もおらず、急き立てられるままに、「間違いをチェックする」「じっくり考える」「推敲する」の部分を犠牲にしなければ、仕事が回らないのです。そして、そんな英文でも、相手が意味を理解してくれさえすれば「成功」なのです。ある程度英訳の力がありそれなりにきちんとした英語を書かれる方でも、この部署に長くいると、(自分の中での)自分の書く英文に対するハードルを下げることになると思います(個人的には、これを「英語が荒れる」と呼んでいます)。そして一度下げたハードルを元の高さに戻すのは容易なことではありません。
ですので、失礼を承知で書きますが、「何より速さ優先」「きちんとした英語でなくても」という部署における派遣翻訳は、翻訳力の向上を目指す翻訳者としては「数をこなす経験を積む踏み台」として捉えるべきで、いかに居心地が良かろうとも長く留まる職場ではないと思います。

2回目、3回目の派遣翻訳については、急ぎの仕事もありましたが、多少時間を頂いて取り組むことのできる仕事が中心でした。2回目以降の打診が元の部署への派遣の打診だったなら、普段「イヤと言えない」損な性格の私も、勇気を奮って断ったと思います。

私の経験は、極端な1例かも知れず、「翻訳チーム」の一員としての派遣翻訳のように、参考に出来るきちんとした資料&できる先輩が揃っていて、働くことでどんどん正しい力がついていくという部署もあると思います。ひと口に「派遣翻訳」と言っても、本当に千差万別かと。

最後に、現場資料(?)についてですが。
派遣翻訳先の部署に、仕事に必要な参考資料が揃っていたり、派遣翻訳者専用のPCにひと通り必要な辞書がインストールされたりしている場合もあるようですが、私の場合は、「翻訳には専門辞書が必要」ということすら知らない社員さんの中に放り込まれた唯一の翻訳要員という位置付けでしたから、当然、資料も辞書もありませんでした。なので、監督者の了解を得て、「辞める時はPCを元の状態にして返す」という条件で、自分のCD-ROM辞書をPCにインストールしたりDDWinを使用したりしていました(2、3回目の話。1回目は、基本紙辞書、原稿は手書きかワープロ打ち。運よく空いていれば、Windows 3.0?が使えた。今ではSEIKOさんの電子辞書とPasoramaさえあれば、とりあえずダイジョブかなと思いますので、この点は、あまり心配する必要はないかもです)。
あ、その代わりと言っては何ですが、「生き字引」的二本足現場資料は周囲に溢れていました。「分からないことをその場で聞いて簡単に解決できる」というのは、派遣翻訳の特典であろうかと思います(得た知識を自分なりにまとめるなど、それが記憶に留まるような「処置」施す必要がありますが)。

てことで、どうまとめてよいか分からないので、
「派遣翻訳」に関する記事は唐突に終わるのだった。
参考にならず、ごめんして。
2013.03.08 12:55 | 伝える | トラックバック(-) | コメント(2) |