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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


今さらレポートですいません。
(軽く体調を崩したり修羅場ったりしていました)

先週日曜日、東京で開催されたK子靖先生の翻訳講座に出席しました。
http://www.aoyamabc.jp/culture/41300/
* 「屋根裏」では、どなたのお名前も、名字の最初の字をアルファベットに変えて表記しています。
K子先生の講座はいつも大人気で、すぐに満席になってしまうそうです。
いつも「いいなあ」と指をくわえて見ていましたが、今回は、通期講座のお試しも兼ねた(たぶん)単発講座でしたので、思い切って上京しました。

事前課題が2題あり、1つはフィクション、もう1つはノンフィクションでした。

フィクションの方は、よく言えば「不思議な味わいのある」、正直に言えば「わけ分からん」短編で、おそらく自分では手に取らなかったであろう一編です。
ところが、不思議なことに、訳出のために何度も読み返し、講義録を見ながら復習していると、これが何とも魅力的な文章に思えてくるのです。
勉強会の課題もそう。最初「わー、これ、苦手」と思っていたエッセイが、最後には何だか可愛いくそガキのようにも思えてくる。
「自分で訳してみる」ことの大切さと楽しさは、そういうところにもあるのかもしれません。殿方や友達同様、「付き合ってみないと分からない」。
話が逸れました。フィクションの方はそんな感じ。
ノンフィクションの方は、意味はとりやすかったですが、児童向けの書籍の一部ということで(FOGスケールでは6~7年生相当の難易度でした)、そういう文章ってどんな感じに訳したらいいんだろう」というところに意識が向きがちになってしまい、原文をきちんと読み込めなかったように思います。3週間前に戻れるなら、自分に「それより先に原文しっかり読め」と言ってやりたいところです。


当日の講義は、先生の試訳と学生訳(通期講座の受講生又は卒業生の方と理解しています)を中心に先生が解説され、当日参加者の訳文からも随時「これは」という訳が取り上げられました。筆がついていけなくて、書き漏らしたものも多いのですが、そうやって紹介される訳には自分の思いもつかないものも多く、他の方の訳文を拝見するのは本当に勉強になりますね。
講義では、描出話法や現在形(フィクションの方は、ほとんどが現在形で書かれたものでした)の翻訳、主語代名詞の処理など、ふだんの仕事ではまず意識することのない翻訳手法の話なども聞くことができ、とても興味深かったです。また、原文の短い文、長い文は、なぜその箇所でそのように書かれているのかを考えながら、訳文にも反映させる(短い文は短くたたみかけるように、長い文はリズムを意識しながら同じように長く)というお話も、訳文を作る際にはあまり意識できていなかった部分でして、恥ずかしくもとても参考になりました。
この他に、27ページにわたる講義録をいただきましたが、実に詳しく丁寧に書かれていて、先生は大変忙しい方と伺っていましたので、これだけのものを用意してくださったことに、本当に頭の下がる思いです。特に、フィクション部分の解説は、ゆっっくり読み返してみると、「なるほど、こうすれば/こう考えればいいのか」という部分が多かったです。

2時間半という時間の中での2課題でしたので、多少早足になってしまった感は否めませんが、改めて自分の弱点を見つめ直すことができ(すぐに実践できるかどうかは置くとして)、実り多い講座だったと思います。


今回、講座を終えて、特に「気をつけなければ」と思った点を2点。
*文法をきちんと押えられていない-この頃では、以前より辞書を隅々まで読むようになったとは思うのですが、まだまだ足りてないなーと実感しました。
*1つのことが気になると、他の部分への注意が疎かになる-前から自覚していることではあるのですが、なかなか「引いてみたり寄ってみたり」が上手くできません。

普段の仕事は、そこまできちんと意識しなくてもそれなりに訳せる場合も多いのですが、他分野、特に勉強会のエッセイや今回の課題のような作品になると、「いいものを作ろう」と力みすぎてしまうせいでしょうか、ひとつことにしか注意が向かなくなってしまいます。寄って、引いて、でも最後は原文、なのに。自分の欠点(のひとつ)だという意識はあるのですが、なかなか。
今回のような講座は、それを改めて自分の前に突きつけてくれます。日帰りで疲れましたが、行ってよかったです。


***
講義では、研究社のオンライン辞書であるKODの紹介もありました。
ジツは、私は、KODからJapan Knowledge(JK)に乗り換えた過去があります。 百科や日国も一度に検索でき、JKの方が何かと便利なのですが、インタフェースは(あくまで個人的な感想ですが)KODの方が使いやすいような気がします(講座出席者は1ヵ月間フル装備のKODを試用できるので、今、両者を併用中)。必要なら両方とも契約すればいいって話ですが、KODの方が手持ち辞書と被っているものが多いので、当面、今のまま様子をみるかな-と思っています。新カトリック辞典をもう少し試してみて、これだけ単体で購入するかも。
2018.10.28 23:43 | 翻訳祭・フォーラムetc.報告(2016-) | トラックバック(-) | コメント(0) |

翻訳フォーラム・レッスンシリーズの「英語圏の文化・教養・雑学・サブカル~引用に強くなろう~」に出席しました。

当日は台風が接近していて上京も危ぶまれましたが、往復とも予定していた新幹線で、行きは台風から逃げるように(台風を連れてとも言う)上京し、帰りは(翌日午後別の用事があったため)交通網の乱れも解消した翌日夕方に帰阪することができました。ここで今年の運はすべて使い果たしたような気がしています。この先、もういいことはないんじゃないかと不安です。めっちゃ不安です。


さて。
この講座は、今年の翻訳フォーラムシンポジウムの中のT橋(あ)さんの「ヲタクじゃないけどサブカル講座」が好評を博したため、レッスンシリーズとして独立したものです。
「参加できなかった方のために報告を」を信条とする屋根裏と致しましては、いつものように詳細にレポートしたいのですが、ジツは、来年1月20日(日)PMに、大阪でも、基本的に同じ内容の講座を開催して頂くことが決まっています(「大阪でもレッスン」招致事務局「臨時」スタッフから足抜けできないSayoなのだった)。
ということで、今回は、大阪版に参加される方の楽しみを奪うことがないよう、ごく簡単に、奥歯にものを挟みつつレポート致します。悪しからずご了承ください。
あ、これだけは言っておきますね。T橋(あ)さんは、やはりとても楽しそうでした。


講座は、大きく分けて、サブカル以前とサブカルの2部構成でした。
サブカル以前では、聖書やシェイクスピアを中心に、シンポジウムでは言及されなかったさまざまな作品について、サブカルでは、映画やTVドラマを中心に音楽や文学作品にまで言及がありました。しかも、それぞれ「知っておくとよいキーワード」付きという親切さ。
さらには、いわゆるサブカルチャーが花開く時代背景、米国でスターウォーズよりスタートレックの方が引用元として好まれる理由の説明なども。

私は、普段、引用とは無縁の毎日を送っていますので、正直ついていけないものもありましたが、それでも、最初から最後まで楽しく話をお伺いすることができました。

「引用される可能性があるもの」として、タイトルだけが挙げられたものも含め、本当に多彩な作品に言及頂きましたので、それだけでも収穫だったと思っています。今後、英語の文章を読むとき、それらが記憶の片隅からよみがえってくれるやもしれません。講座では、「鼻がきくようになる」という言葉が使われていました。ただ、F井さんの仰った、「アンテナを立てておかなきゃと思いすぎても、間違った道にはまり込んでしまうので注意が必要」という言葉も忘れずにいたいと思います。

参加者には課題が出され、それに取り組みながら、「どんな風に、どこまで引用を活かす訳文を作ったらいいんだろう」とずっと考えていたのですが、同じことを考えていらっしゃる方が何名もいらしたようで、講座の中でもそうした質問が出ました。

それに対する回答をまとめると、読者層(英語文化に慣れているかどうかなど)、素材の種類(どんな文章なのか)をよく吟味しつつ、最終的には訳者責任で訳文を作っていくということになるでしょうか。
実は、私は、「日本の読者が読むのだから、日本語に似たような引用があれば、それを使ってもいい場合もあるのではないか」と考えていたのですが、その点については、原文の世界観が変わってしまうような訳語を用いるのは望ましくないのではという回答があり、ナルホドと思いました(それはそれとして、日本文化についても、もっと知っておかなければならないという思いを新たにしたのでした)。
この点が、ある程度明確になったのも、自分の中では収穫でした。

引用とは関係ないのですけれど、「どう訳す」という話をお聞きする中で、自分(訳者)のスタンスを決めるときにどんなことに注意すればよいかについて書かれた記事を思い出しましたので、参考までにURLを記載しておきます。
ノンフィクションや雑誌記事の翻訳をなさるI坂彰さんが書かれたものです。
http://aiwasaka.parallel.jp/webmagazine/WEBマガジン出版翻訳 岩坂彰の部屋-翻訳者が伝えるべきもの.htm

翻訳フォーラムのイベントブログでは、今回の講座で紹介された書籍や資料が、一覧できるようになっています。ありがたいことです。
http://fhonyaku.blog.jp/archives/77115808.html


...というような、盛りだくさんな内容の楽しい講座を、大阪でも開催して頂きます。
翻訳フォーラムさんから、11月頃案内される予定です。興味のある方は、今からまるっと予定表にしるしだけお願いできたらと思います。
2018.10.04 01:14 | 翻訳祭・フォーラムetc.報告(2016-) | トラックバック(-) | コメント(0) |

シンポジウムの感想(というか一番心に残っていること)は人それぞれだと思うんです。
どんな分野の翻訳をしているかはもちろん、翻訳の道程のどこにいるか(学習中なのか、仕事を始めて日が浅いのか、ある程度経験を積んだのか)によっても、今抱えている悩みによっても違うと思います。

今、少し時間を置いて思い返してみると、一番最初に思い浮かぶのは、I口さんの自動運転訳(「自動運転」でここまでいくんやな、タメイキ...みたいな感じ)、そして、サブカル発表中のT橋あさんの幸せそうなお顔(...が思い浮かぶのがちとナゾ)、それからトレーシングペーパー(←これは自分でも割りと納得)です。

そのとき自分の心に響いたことを大切なこととして取り込むのは正しいと思う。それは、自分を感動させたものであり、そこから得るものは果てしなく大きいものに違いないから。

それでも、自分が「一番感動したこと」を切り取らず、すべてをレポートするのは、「行けなかった人にも伝えたい」という気持ちのほかに、「シンポジウムのストーリーを伝えたい」という気持ちがあるからのような気がします。一つのテーマに沿って、何名もの方が入れ替わり発表する翻訳フォーラムのシンポジウム。「なぜその順番なのか」ということがきっとあると思うんです。

「文の構造、段落の構造」では、きれつづきは翻訳にとってどういう意味があるのかという概論(T橋ささん)と、概論が聴講者の頭の中に染み込みやすくしてくれる具体例(T橋あさん、I口さん)。
「2018年辞書最新情報」は、海野さんの辞書の紹介という大事な場ではありましたが、若干リラックスして聞くことができましたので、第1講のクールダウンも兼ねていたような気がします。
きれつづきについて、皆何となく分かってきたなというところで、「パンクチュエーション101」(F井さん)で、英語の(きれつづきに関連する)記号をどう読みどう訳すかについての講義。
続く「今こそ学ぶ!先達の翻訳論」(H野さん)は、きれつづきと直接関係はないようにも感じますが、最後に、(きれつづきも含めて)「原文の絵と訳文の絵を一致させる」という翻訳フォーラムの提唱は先達の延長線上にあるものともいえる、というところに着地します。
「ヲタクじゃないけどサブカル講座」(T橋あさん)は、実用的で楽しい息抜きとも言えるかもしれません。
「コヒージョンを考える」(S復さん)は、結束性という少し違った観点からきれつづきを考えるものでした。
そして最後の「さようならブチブチ文~文章の『きれつづき』」(T橋ささん)は、具体例も含めた壮大なまとめで、最終的に「なぜ翻訳にとってきれつづきが大事なのか」というところに帰結したような気がします。

これが、私が考え抜いた末に「こうじゃないか」と辿り着いたシンポジウムのストーリーです。
もちろん間違っている可能性は大ですが、講義の中で、I口さんも「考えた上での失敗は次につながる」と仰ってくださっています(文脈全然違うけどな)。

こんな風に「ストーリーを考える」という作業は、翻訳に似ていないでしょうか。
原文の書き手が「こう伝えたい」ということがあるとすれば、セミナーやシンポジウムにも「こう伝えたい(こう伝えるのが一番よく伝わる)」というストーリーがあると思うのです。少なくとも、きちんとした目的を持つよく練られたセミナーやシンポジウムであれば。
であれば、「すごいセミナーを受けた」と思った場合は、受け手も、ストーリーごと内容を受け取る努力をするべきなのではないかというのが、最近の私の考えです。
たとえ、具体例が満載の内容であったとしても、「その人は『なぜ』その話をするのか」を考えることが深い理解につながるのではないかと思っています。
(それを自分の仕事に反映させられないところが、Sayoの限界なのだった)

白状しますと、今回、一番まとめに難儀したのは「今こそ学ぶ!先達の翻訳論」でした。決してH野さんの発表が分かりにくかったということではありません。そこは誤解のないようにお願いします。
それでも、なんとかまとめることができたのは、途中までとはいえ柳父章さんの著書を読んでいたからだと思います。
ただ、メモがかなり乱れていて、「柳父さんの提唱内容」「山岡さんの提唱内容」「H野さんの考えたこと」をきちんと切り分けることが困難でした。というわけで、難儀したのは、ひとえに私の理解力の不足とメモ取り失敗によるものです。

というわけで、この発表についていろいろ調べる中で行き当たったのが、山岡洋一さんの「翻訳の過去・現在・未来」という文章です。
以前にもざっと読んだことがあるのですが、そのときの私には今以上に力がなかったようで、記憶からも抜け落ちていました。
今回は、しみじみと読みましたので、最後に紹介しておきます。
http://honyaku-tsushin.net/ron/bn/kakogenzai.html

シンポジウムのレポートはこれが最後です。
読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

2018.05.31 15:52 | 翻訳祭・フォーラムetc.報告(2016-) | トラックバック(-) | コメント(2) |

*コヒ―ジョンを考える(S復)

コヒ―ジョン(結束性)とは、語・句・文同士を結び付けてまとまりのあるテキストを作り出す働きをいい、オーストラリアの言語学者ハリディが提唱した概念だそうです。ハリディは、コヒ―ジョンを、指示(Reference)、代用詞(Substitution)、省略(Ellipsis)、接続(Conjunction)という文法的結束性と語彙的結束性に分類しています(似た言葉であるコヒーレンス(Coherence=一貫性)とは、コヒ―ジョンが文法的な依存関係によるつながりを示すのに対し、コヒーレンスは意味によるつながりを示すという点で異なるとのこと)。
日本語では、日本語特有のコヒ―ジョンを考えることができ、例として、主語が同じ文が続く場合、主語を省略することによって文間につながりが生まれる(言わない=変わらない)ということを、「イントロダクション」の枝豆図を用いて示してくださいました。「めだかの学校」でRetrical GrammarのCohesionの章を読み訳すという演習をされたということですが、そのせいもあってか、説明がとても分かりやすかったです。
懇親会でお話する機会があったのですが、「めだかの学校はある意味実験の場で、めだかで上手くいったことがレッスンシリーズになったりするんですよー」と実に楽しげに話してくださいました。


*さようならブチブチ文~文章の「きれつづき」(T橋さ)

まずはアンケートの結果から。申込み時のアンケートの中に、「生きるべきか□死ぬべきか□それが問題だ□」の各□の箇所に、「、」を打ちますか、「。」を打ちますか、何も打たないですかという質問があったのですが、「、 。  。」が42%、「、 、 。」が11%、「ナシ 、 。」が18%とそこそこ割れた結果になった由。
この最終講義では、T橋さんが、「(ケースバイケースで悩むものとはいえ)どこまで共通原則が適用できるか」について考えを述べられました。
その前に、文の種類を確認(下図を参照してください)

文4種





原則ゼロとして、テンを打たずに済む語順と文をまず考える。
原則1として、合わせ文では、基本テンを打つ。
原則2として、原則ゼロの文を意図的に変更したい場合(強調や挿入など)、語順を変更し、必要な箇所にテンを打つ。
原則3として、+αとして、(ケースバイケースで)読み手に配慮する(分野や対象読者によって事情は違う)。ごまかしのテンを打ってはならない。

さらに、段落内での文を超えたつながりについても言及されます。
そのようなつながりを考える場合に役立ちそうなのが、図のようなトレーシングペーパーの利用。コヒ―ジョンや文法的なつながり、論理のつながりなどいくつかの事項について、それぞれトレーシングペーパーを用いてつながりを描いてみる。そうすることで書き手が書いたことが整理でき、トレーシングペーパーを重ねたものはきれつづきの基本にもなるのではないか(この「トレーシングペーパー」というのは面白そうですね。今後、ワークショップでやっていただきたい内容です...というのはアンケートに書けばいいのか)。

トレーシング





また、きれつづきの実際のテクニックとして、「述語から読む」「文中の位置(どこにその語を置くか)」で整理してみるというやり方も示してくださいました。

そうした「きれつづき」を一切考えず、一文単位で訳しておいてから、日本語だけを見ておかしい部分を修正していくというやり方は翻訳未満のブチブチ訳(勝手訳)で、ある程度全体の流れを掴んでから(=状況が頭の中に浮かぶようになってから)訳し始めることが大切なのだと。この「ブチブチ訳」というのは、I口さんの試訳0(ゼロ)に相当するのかなと思います。
最後に、翻訳とは「原文の情報を過不足なく反映させたすとんとふに落ちる読みやすい訳を届ける」仕事であり、そうした訳文を書くために意識すべきこととしてきれつづきがある、とまとめられました。



シンポジウムの発表はこれで終わりですが、最後に、恒例の「何が出るかなQ&A」のコーナーがありました。
長くなりましたので、少しだけ言及しておきます。

Q ダッシュと語の間にスペースがある場合とない場合があるようだが、原則はあるのか。
A 物販に来られていた本業校閲者のN練馬さんが、この質問に答えてくださいました(フォーラムメンバーからいきなり回答を振られたのだった)。N練馬さんは、その内容をもっと詳細に記載した「em ruleとen ruleのアキ」という記事を書いてくださっています。ダッシュについて分かりやすくまとめてくださっていますので、興味のある方は読んでみてください(#fhon2018の中でもリンクが張られています)。
http://lexicography101.net/2018/05/29/em-rule%e3%81%a8en-rule%e3%81%ae%e3%82%a2%e3%82%ad/

Q サブカルネタについて――読者がどれくらい理解できるのか考えながら訳文に反映させるということになるのだろうが、その判断基準は。
A ケースバイケースだが、①客の要望、②読者想定、③趣味ということになろうか(T橋あ)。出版では訳注を用いるという方法もある(I口)。

Q 新人時代にこれをやっておけばよかった/やっておくとよい、ということがあれば。
A 
(無理を承知で言うが)ゆっくり(翻訳の)時間を取れるようにする、「あの年代になったらこんな風にすればいいのだな」というロールモデルを見つける(T橋さ)
無理をしない。断る勇気を持つ。いい仕事をしている人と知り合うことが大事(F井)
なるべく早く自分のペースを掴むこと(T橋あ)
自分の場合、最初から「いい訳文を作ろう」という人たちと交わることができ、そういう方向性で来られたのがよかったと思う(I口)



最後に感想です(思いつくままなので、そこに流れはありません、スイマセン)。

昨年は帰りの新幹線の中でがしがし下書きを書いていましたが、今年は、何度読み返しても、各発表がどうつながっているのか、どうまとめたらよいのかがよく分からず、頭を抱えたまま帰阪しました。1文字も書いてません(ときどき寝てましたが)。レポートを作る作業そのものが「(発表やシンポジウムの)きれつづき」を考える作業だったような気がします。

T橋ささんが最後に少しまとめられましたが、きれつづきは、文の性質や文脈に大きく依存し、具体的に「こう切れば(あるいはつなげば)よい」ということができないものであるような気がします。それほどに難しいものなのでしょう。
そんな中でも、いくつか具体的な「こうすれば」が示されました。それが絶対的に正しいものなのかどうかは分からない。でも、これから、私たちが進む方向をぼんやりとでも示してくれるものであることは確かなような気がします。

今回、先人がどう翻訳と向き合ってきたかに関する話がありました。一見、翻訳技術とはあまり関係ないような話ではあり、昔の私だったら寝てしまったかもしれませんが(...といういい感じの時間帯だったのだった)、今は、過去を知り、現在を認識した上に未来があるのだということが、少しだけ分かるような気がします。

つながりや切れ目を探すということは「考える」ということではないかと思います。昨年のQ&AコーナーのQに「翻訳者に向いていない人はどんな人か」という質問があったのですが、逆に「翻訳者に向いている人」として「なぜを問い、答えを探そうと考える人」を挙げることができるのではないでしょうか。あくまで個人的な考えですが。

I口さんが具体例の中でなさった「段落分けし、それぞれの役割を考えてみる」というのは、今、自分が勉強会で試してみていることでもあります。もちろん、そうやってでき上がる試訳の質には雲泥の差があるのですが、試行錯誤の方向が間違っていないのではないかと思えたのは嬉しかったです。精進します。

最後になりましたが、シンポジウムを企画してくださった翻訳フォーラムの皆さん、「めだかの学校」の皆さん、その他お手伝いくださった皆さん、ありがとうございました。
そして、ここまでめげずに読んでくださった方も、ありがとうございました(そしておつかれさまでした)。

2018.05.30 00:55 | 翻訳祭・フォーラムetc.報告(2016-) | トラックバック(-) | コメント(0) |

*2018辞書最新情報(F井、T橋あ)

翌日発売される「ビジネス技術実用英語大辞典(通称「海野さんの辞書)」V6(EPWing版)についての説明がありました。
続いて、海野さんご夫妻自身から、辞書が紹介されます。
2010年にV5が発行されてから(初版は1994年発行)8年ぶりの改訂で、V5から約1万用例(8%)の情報が追加されているそうです。それだけではなく、「より分かりやすく」を目指して、差し替えや改善も続けられているとのこと。「もともと日英翻訳を念頭に置いて用例を集め、作り始めたものだが、英日見出しをつけたことで英日翻訳者にも需要が広がった。そこに自分たちの辞書のオリジナリティがあるのかもしれない」というご夫妻の言葉が心に残っています。
当日、会場で先行発売され、私も購入しました。

他に、Japan Knowledgeを運営されるネットアドバンスさん(ちなみに、CD-ROM版より若干少ない情報にはなりますが、秋にはV6もサービスに追加されます。+R というオプションにする必要がありますが)、「英語マイスターへの道」の著者、中部大学の関山健治先生の紹介もありました(関山先生は7月13日のJTFセミナーに登壇されます)。
http://www.jtf.jp/east_seminar/index_e.do?fn=search


*パンクチュエーション101(F井)

「読めていないものは訳せない、読めているつもりが読めていない」とは、F井さんがよく使われる言葉です。では、「読めている」とはどういうことなのか? それは「書き手が伝えようとしていることを理解できること」だという話から、きちんと理解するためにはパンクチュエーションを疎かにしてはいけないという話につなげていきます。
本当は、英語の記号がそれぞれ何を意味するかを理解し、訳に反映させなければならないはずだが、「塾や学校では(それが何を意味するのかを)きちんと教わっていないのではないか」ということで、「これは」という本を2冊紹介してくださいました。いずれもライティング本ですが、読むと書くはウラオモテなので、「英文を読む」際にも役に立つとのことです。一冊は「英語ライティングルールブック 第2版 正しく伝えるための文法・語法・句読法」(80ページ超にわたってパンクチュエーションの説明がある)、もう一冊は「できる研究者の論文作成メソッド 書き上げるための実践ポイント」(原文の著者がどういう気持ちで書いているかが分かる)です(詳細は「シンポジウム2018参考資料一覧」を参照)。

その後、日本語のダーシ(全角ダーシと2倍ダーシ)、英語のハイフン&ダッシュ(enダッシュ、emダッシュ)、挿入句など、記号について具体的な説明がありました。また、記号を音読することによって、「こういう意味で読んでほしい」ということが分かるという話も。詳細メモりましたが割愛します。あっしもだんだん疲れてきましたし、書き始めると削れるところがないんで。ともかく、そうやってきちんと意味を理解することで、なぜ書き手はその箇所にその記号を使ったのかが分かり(あるいは類推でき)、「書き手が伝えたいことを、記号も含めて正しく理解できる」につながるということなのだと思います。


*今こそ学ぶ!先達の翻訳論(H野)

昨年のシンポジウムで「若松賤子による小公子の翻訳」を担当された方です。
それがきっかけで、翻訳史や翻訳論に関心をもたれたとのことで、先達の翻訳論が、今とこれからの翻訳にどのように役に立つのかまで思いを馳せながら、二人の翻訳者(翻訳研究者)について発表してくださいました。

まず、事前アンケートで50名超の方が「影響を受けた」と回答された山岡洋一さんがどのような方であったかを紹介されたあと(「翻訳とは何か」で翻訳という職業を外に向けて発信、データベースを集めて辞典を編纂、メルマガ「翻訳通信」を発行etc.)、評論家で翻訳・比較文化論研究家である柳父章さんの翻訳語成立論の説明に移ります。
たとえばsocietyの訳語として用いられる「社会」など二字の言葉の多くは、明治時代に西洋の新しい概念を表すために作られた新造語のようなのですが、こうした言葉が、原意とは少し異なる「立派な」意味が付加された状態で用いられるようになることを、柳父さんは「カセット効果」と呼んでいます。そうした訳語が多数造られたことが、その後の意味不明の翻訳調につながるということのようなのですが(柳父さんの「翻訳とはなにか」の途中で討死したヤツなもんで、解釈が間違っているかもしれません。あくまで、「Sayoがシンポジウムで理解(あるいは誤解)した内容」と考えてください)、歴史的側面からみれば、漢文訓読を欧米文献の翻訳に応用しようとしたこうしたこの試みはそれはそれで立派であり、そこから翻訳調が派生し一人歩きしてしまったことが問題なのではないかと、H野さんは仰います。
その「翻訳調」に対して「読みやすく分かりやすい」翻訳が現れてくるのですが、「本当にそれだけでよいのか」と疑問を呈したのが山岡さんで(といっても――Sayoが勝手に理解しているところですが――山岡さんは、決して翻訳調の成立過程を否定しているわけではなく、先人がどのように翻訳に取り組んできたか、その後、翻訳がどんな道を歩んできたかを理解した上で、そのように唱えられているのだと思います)、「原文の意図を忠実に伝えることが翻訳の目的」と仰ったのを具体的に説明しているのが、翻訳フォーラムいうところの「原文を読んで見える絵を訳文を読んでも見えるようにする」ということなのではないかと、自分は勝手に思っています、とH野さんは発表を結ばれました。


*ヲタクじゃないけどサブカル講座(T橋あ)

最初に書いておきます。この発表をなさっているときのT橋さんは、この上なく楽しそうで幸せそうでした。

まず、サブカル以前の押えておくべき英語圏の文化から。
具体例を示しながら、不動のトップ3として、聖書、シェイクスピア、マザーグースを、これらに続くものとして、オズの魔法使い、不思議の国のアリスを挙げられました。
続いて、特にIT関連のウェブ記事などでよく引用される語句の出所を解説。まずStar Wars、次いで、日本ではそれほど一般受けしないようだが英語圏では話題に上がることが多い、というStarTrek。個人的には、何とかついていけるのはStar Warsまでです。懇親会でIT系の記事を翻訳なさる翻訳者の方とお話すると、こうした映画やTVシリーズからの引用はざらで、コレという動画をAmazonなどでDLして確認して訳すこともあると仰っていましたので、分野による違いは大きいと改めて思いました(そして、たぶん、興味のレベルも千差万別だろうと)。Star WarsとStar Trekに続くものとしては、アメコミ、指輪物語、ハリー・ポッターシリーズ、Monty Pythonなど。The Hitchhiker's Guide to the Galaxyの問い(?)なども好んで用いられるとか(ちなみに、私正直何が面白いのかよく分からなかった、同書の「不条理なギャグ」ですが、日本語にしてググってみても同じ答えを返してきました)。
サブカル以前のネタは、押えるべきところは押えておかないと翻訳者として恥ずかしい、サブカルネタは知っていると楽しい、仕事の幅も広がる、ということで、とりあえず、「シンポジウム2018参考資料一覧」の「なんでもわかるキリスト教大事典」と「シェイクスピア名言集」をお取り寄せしました。マザーグースはどこかに埋もれているような気がしないでもないので、まず発掘調査から。

2018.05.30 00:50 | 翻訳祭・フォーラムetc.報告(2016-) | トラックバック(-) | コメント(0) |