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2020. 09. 05  

 Covid-19流行による外出自粛の煽りをくらって無期限休止状態となった「翻訳を勉強する会」。その代わりにと、スピンオフ的にほぼ同じメンバーで「翻訳を勉強する会・Online」が始まって、早いもので3ヵ月が経とうとしています。

 昨日7回目の勉強会を終えました。オフライン勉強会より若干ユルめモードで脱線や雑談も多いせいか(会場使用時間を心配する必要もない!)、終わった頃にはもう日付が変わっていました。

 これまで、英文法をしっかり読み解かなければ正しく翻訳することができないエッセイを4本、文法的にはさして難解ではないものの訳出の際にひと工夫が必要になる最近のノンフィクション2本を取り上げましたが、昨日は、スピーチの翻訳に挑戦しました(メンバーが「こういうものをやりたい」という意見は出しますが、翻訳課題は主催が決めてくださいます)。

 「さまざまな角度から原文をみる」ことが苦手なワタクシですが、それでもオフライン勉強会が始まった2年半前よりは、多少いろいろなことを考えながら翻訳できるようになってきたかなあと思います(希望的観測)。まだまだ大ぽかはやりますし、間違いを指摘され(あるいは勉強会の最中に自分自身で間違いを自覚して)赤面することもしばしばですが、自分の中の「考えなければならないこと」リストは確かに(少しだけ)伸びたかなと。「いろいろ考えた」内容がきちんと訳文に反映できないことの方が多いというのが実状ですが(考えすぎて失敗することも)。

 自分の訳文を他の人に見てもらい、他の人の訳文も見ることが大切だということがよく言われます。オフラインとオンラインで勉強会を経験してきて、それは本当に大事だなと思います。「見せる」訳文をつくろうと思えば本気度も違ってきますし、他人の訳文を見ることで、思いもかけない(自分では思いつかないような)訳文に出会うこともできる。当会では一人一人「なぜそういう訳文にしたか」を説明しながら自分の訳文を読んでいき、他のメンバーが適宜突っ込みをいれるというやり方なので、とにかくすべてを説明できるようにしておかなければなりません。まったくもって鬼のような会です(たぶん皆さんMだと思う)。
 講師の下で学ぶセミナーにも「見せて、見る」ことが可能なものがたくさんありますが、講師相手だと、どうしても「相手の言うことがすべて」でこちらは聞く一方になりがち。でも、勉強会では、講座では「こんなこと聞いたら恥ずかしいんじゃないか」ということも遠慮なく聞ける。とはいえ、そんな風に忌憚なく意見を述べ合う前提として、メンバーがある程度、翻訳に対する考え方や姿勢を共有していることは必要ではないかという気がします。たとえば「翻訳を勉強する会」では、「読者が原文読者と同じ絵を描けるような訳文をつくる」という考え方や「文法をゆるがせにせず原文をきちんと読解し、最適と考える日本語にする。そのために英語を読む力と日本語を書く力の両方を鍛える」という姿勢あたりは共有しているかなと――たぶん。

 参考図書や他のセミナー、講座などで学んだことを、実際に訳文をつくるという形で実践するという「学び+実践」の組合わせはとても大事だと思います。けれど、独りではなかなか継続して実践するのは難しい。半強制的に(笑)実践を助けてくれる手立てのひとつが勉強会なのかなと思います。


 今回の課題はミシェル・オバマのファーストレディとしての最後のスピーチでした。
 こちらに全文とスピーチがあります。
https://www.elle.com/culture/career-politics/news/a41898/michelle-obama-final-flotus-speech-transcript/

 課題は、

 If you are a person of faith, know that religious diversity is a great American tradition, too. In fact, that's why people first came to this country - to worship freely. And whether you are Muslim, Christian, Jewish, Hindu, Sikh - these religions are teaching our young people about justice, and compassion, and honesty. So I want our young people to continue to learn and practice those values with pride. You see, our glorious diversity - our diversities of faiths and colors and creeds - that is not a threat to who we are, it makes us who we are. (Applause.) So the young people here and the young people out there: Do not ever let anyone make you feel like you don't matter, or like you don't have a place in our American story - because you do. And you have a right to be exactly who you are.
 But I also want to be very clear: This right isn't just handed to you. No, this right has to be earned every single day. You cannot take your freedoms for granted. Just like generations who have come before you, you have to do your part to preserve and protect those freedoms. And that starts right now, when you're young.

 の部分。動画では14分20秒あたりからです。

 アメリカ人と日本人の宗教観の違い、アメリカの歴史、「あなた」という呼びかけの言葉を使うか使わないか、スピーチから感じ取れる話者の強調したい部分を翻訳にどう反映するか――2段落ではありますが、さまざまなことが話題に上りました。Who we areの部分は、たった3つの単語ですが、ほぼ全員が異なる訳語となっていました。そのどれもが間違いではないように思います。翻訳って本当に面白いですね。一人が提起した意見や質問がどんどん展開していくさまは、ナカから見ていてもときにちょっとした感動がありました。
 皆と学ぶ機会が少しでも長く続いてくれればいいなと願うものです。
2020. 06. 08  

注:一参加者モードで書いております。勉強会の進行やその目的は、あくまでも参加者としての理解や感想であること、ご了承ください。

 二回目のオンライン勉強会が終わりました(先週の金曜日だけど)。
 一パラグラフ(数行)と三時間格闘し、精根尽き果てたという感じ。オンライン勉強会、けっこう疲れますね。慣れていないというのもあるかもしれませんが。

 
 これまで参加していたオフライン(実際に会場に集まって)の小勉強会「翻訳を勉強する会」は、新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、実質休会状態になりました。
 そんなとき、会の管理人さんが「せっかくですから同じメンバーでオンライン勉強会をやりませんか」と皆に声をかけてくださったのです。ただし、二つは別ものという位置づけとのこと。もちろん、原文をきちんと読み、解釈し、適切な日本語にするという基本の部分は同じですが(別件でやり取りした際には、「スピンオフ的な」という言葉を使っておられました)。
 オフライン勉強会では「それなりの長さのエッセイを読んできちんと解釈し、各回二、三パラグラフの課題を訳し検討する」ということをやっていました。
 一方、オンライン勉強会では、一パラグラフの課題文の文法や構文などを細かく確認したのち、各人が勉強会開始時に提出した訳文を検討します。課題は、オフライン勉強会の主催(=「翻訳を勉強する会」管理人さん)が、当面『決定版 翻訳力錬成テキストブック:英文を一点の曇りなく読み解く』(柴田耕太郎)の中から選んでくださっています。
 訳文は前半の原文の確認が終わってから配布されます。手もとに訳文があるとどうしてもそちらに目がいってしまい、まっさらな状態で訳文を読み解くことができないんじゃないか、というのが主催の意見。理由を聞いてなるほどと思いました。確かに、先に訳文が配布されると、つい他の方の訳(特に自分の訳で気になっていた部分)に目が行ってしまい、「ち、間違った」「解釈あってたやん」といった先入観をもった状態で原文を見てしまうのですよね。オフラインの勉強会では、訳文検討が中心になります。エッセイ全体の話の流れや作家の意図、時代背景などに話が及ぶことも多々あります。「きちんと原文を解釈する」ことを目標に掲げてはいますが、どうしても原文の細かな部分への目配りがおろそかになりがちです(思い返してみて「自分の場合は」ということですが)。今一度「きちんと細かく見る」大切さを再認識させてくれる勉強会に参加することができ、ありがたく思っています(自分の欠点として、ひとつことに注力すると他のことが疎かになりがちなので、「細かく見つつも全体を俯瞰することも忘れない」を常に頭の片隅に留めておこうと思います)。


勉強会を終えての感想(順不同)

● 最初に書いたとおり、三時間ノンストップで格闘し、疲労困憊して終わりました。途中で休憩があった方がいいかも。
● オフラインの勉強会から継続してきた「批判的な議論をする(褒めるだけ、間違いを指摘するだけのやり取りをせず、そこからさらに議論が広がるような発言や訳語/訳文の提案を心がける)」という態度は、オンライン勉強会にも引き継がれていると感じました。メンバー全員の努力の結果かなと思います。
● 一パラグラフのみということで、各人の訳文が、オフライン勉強会のときより細かく検討されます。読点の使い方や語順など、自分の癖や弱点がオフライン勉強会のときより明確化されるように感じました。
● 自分は、細かいところ(文法や構文、語義など)にも全体(話の流れやトピックセンテンスなど)にも――もちろん間違いはありましたが――そこそこ目配りはできているが(この「そこそこ」というのが本当はくせ者ではあるんですが)、選んだ言葉、語順、文の書き方などにこめられた細かな作者の意図への気配りが不十分だなと実感しました。木も森もそれなりに見ているけれど、枝ぶりまでは気が回っていない、みたいな。これは、常にそのことを意識しながら(そうすれば「常に意識する」というそのこと自体が習慣になる)、読む・考える・訳すを続けることでしか改善しないのかなと。道は遠いなあ。
● 何より、一つの課題について「あーでもない、こーでもない」と言い合うのは楽しかった!


 私は褒められて慢心し駄目になるタイプなので、定期的に自分のできなさ具合を思い知らされるこうした機会は本当に貴重です。今回もその前の回も、閉会後「まだまだ読めてないじゃーん」とどんよりしましたが、そんな風に「今回はできたんじゃ」という自信を打ち砕かれるのは、自分には必要なことだと。この先、勉強会の形も変わっていくのかもしれませんが、当面今の勉強会で都度ズタボロにしてもらえたら嬉しいです。
2020. 02. 16  

コロナウィルス感染の広がりが懸念される現状を考慮し、2月29日に予定していた公開勉強会を中止致しました。
(運営としては無念、一参加者としてはとても残念です)

中止の連絡は、ツイッターやFBで発信済みです。
(参加者の皆さんには、個別にメールで連絡しました)
https://twitter.com/osaka_lesson/status/1228831792959905792

以下は、中止に至る経緯です。
今後、同じような決断を迫られる方の参考になればと思って書いています。

「中止を視野に入れた方がいいのでは」という話が出たのは14日夜でした。
「公開勉強会」では、課題提出の締切りを19日、懇親会出欠の回答の締切りを23日に設定しています。また、遠方から来阪してくださる方も数名いらっしゃいました。「決断は早い方がよい」ということになりましたが、事務局(3名)では結論に至りませんでした。
そこで、「翻訳を勉強する会」のメンバーにも意見を聞きました(15日午後)。「中止」「開催」で少し意見が割れましたが、皆さんから頂いたコメントを参考に、最終的に事務局で「中止」を判断しました(15日夜)。その晩のうちに、「しなければならないこと」を洗い出し、参加者に送る文面のひな形をつくり、翌16日朝、ツイッターやFBで発信するとともに、参加者にメールで連絡しました。

私は、事務局のうちの1名に過ぎず、私の考えたことは、「中止に至った理由」のすべてではありません。私の考えも考慮に入れて頂いた上で、「コロナウィルス感染拡大の状況を踏まえ、安全を考慮し」(ツイッター文面)という中止の決断に至ったとお考えください。とはいえ、個人的なものではありますが、具体的な思考内容は、今後の決断のなにがしかの役に立つかも知れませんので、ここに書いておきます。

・今後さらに感染が拡大することが予想され、2月中に収束に向かうとは思えない。
・移動が長時間になる参加者が複数名いる。
・今回の勉強会はグループワークを主体としており、懇親会だけではなくグループワークでも、いわゆる濃厚接触に該当する状態が生じる。
・高齢者と同居したり高齢者と頻繁に接したりする状況の参加者も少なくない。
・そのような状況で、運営として多人数が一堂に会する機会を設ける(感染リスクを高める)ことは、現状好ましくない。

*これはあくまでも、私たちが会の進行や参加者の内訳も考慮して決断したことです。すべてのこうした集まりに適用されるということではありません<念のため。

中止に際し、

・参加料は全額返金する(主催者都合なので当然といえば当然ですが)。
・取り組んできた課題を無駄にしたくないという参加者には、課題を提出してもらうようにする(提出期限は延ばす、提出は任意)。提出者には、半月を目処に、提出物まとめ等、なんらかの形でフィードバックを行う。

ことも決めました。
(しかし、たとえば参加者が100名超というような話になれば、ここまでの対応(=フィードバック)は難しかったかもしれません)


事務局は、
管理人:全体統括、募集画面作成、メール送付、課題やアンケートのとりまとめ
第1秘書:スケジュール管理(形だけ)、広報、各種文面(案)作成
第2秘書:福利厚生(懇親会)
というおおまかな役割分担で動いております。

というわけで、中止に際しては(開催の場合もそうなんですけど)、一番の力仕事をしてくださったのは(本来でんと構えて秘書らを手足のように使って当たり前の)管理人さんなのです。提出課題をとりまとめてくださるのも管理人さんです。当日の進行についても、「ああでもない、こうもしたい」と色々考えておられるようでした。ですから、今回の決断に一番心を痛めていらっしゃるのは管理人さんではないかと思います。
そのことをちょっと皆さんにも知って頂きたく、最後に付け加えさせて頂きました。

ご参加予定の皆さまにとっては、残念な結果となってしまい、本当に申し訳ありません。メールでも申し上げたとおり、参加メンバーの高齢化(笑)など諸般の事情で、今後このような「公開」イベントを開催することはなかなか厳しい状況ですが、今後も「翻訳を勉強する会」を生暖かく見守って頂けたらと思います。
2020. 02. 09  

2月7日、「翻訳を勉強する会」定例勉強会終了。
疲労困憊し(脳が)、よれよれになって帰宅。まだ本復せず(脳が)。

公開勉強会と同じ課題"They All Just Went Away"(Joyce Carol Oates, 1995)に取り組みました。
Oatesは、私たちが使用しているテキストThe Best American Essays of the Centuryの編者でもあります。この短編は同書に収載されたものですが、The New Yorkerでも読むことができます。
https://www.newyorker.com/magazine/1995/10/16/they-all-just-went-away?verso=true

今回の課題は、冒頭7段落の要約(基本1文)と全体要約(400文字以内)。
ここ暫く、課題は指定箇所の翻訳ばかりでしたので、要約は本当に久しぶりです。そして、全体要約は、私たち勉強会メンバーにとっても初めての試み。

課題が結構長く、「これをどう400字にしたらよいのか」と、最初は途方に暮れました。
書かれている「できごと」を追っていくのは、そう難しくはありません。分からない単語も多いけれど、そう難解な文章でもない。けれど、「全体を通して何が言いたいのか」ということになると、分かるような分からないような。ネットでOatesの著作の書評をいくつか読み、その生い立ちについてもある程度知識を得ましたが、自分の解釈ではまだ不十分だという感覚がありました。
ネットでOatesの著作の書評をいくつか読み、その生い立ちについてもある程度知識を得ました。

(ちなみに、Oatesは、2016年に、その生い立ちを綴ったThe Lost Landscapeという自伝を出版していまして、その中にこの"They All Just Went Away"も含まれています。ページ数からすると、今回の課題にかなり加筆されているような感じです。Amazonの「なか身!検索」で、書籍のさわりの部分とあとがきを読むことができます)

そうして、何度も原文を読み返したのち、やっと「原点に返ろう」というところに辿り着きました。

何のための要約なのか?

要約の目的は、そのあとで著者の意を正しく汲んだ適切な訳文を書くための土台をつくること――少なくとも、当会の要約の目標はそこだったはず。訳文全体のトーンをどうするか、段落間の繋がりはどうなのか、段落のどの情報を重要視するのか、言葉選びに迷ったときにどの言葉を選ぶかといったことをきちんと決めることができる、背骨になるようなもの――そういう「全体要約」を目指すべきなのだということに、やっと思い至りました。それまでは、「綺麗に要領よくまとめるにはどうすればよいか」に力点を置いてしまっていたような気がします。
(それが上手くできたとは言いがたい、読みの足りない結果になってしまいましたが、そういう考え方にシフトすることができたのは、ひとつ収穫だったかなと思います)

今回の勉強会で、自分はまだまだだと気づかされたことが、もうひとつありました。それは「きちんと言葉にできないこと」です。管理人さんに「それはこういうことではないですか」と言われて、「ああ、私はそういうことを言いたかったのだ」と思ったことが何度かありました。もやっとしたままでは、分かっているとは言えない。きちんと言葉にするためには、「よく調べ、よく考え、整理し、書いてみる」、この繰り返しだろうかと考えながら、今、この記事を書いています。

*****

さて。
以下は、「公開勉強会」の課題に七転八倒されている方向けの内容です。
もちろん、この部分が不要な方もたくさんいらっしゃるに違いないと思いますが、今回、翻訳学習者の方も相当数ご出席下さるということで、なにがしかの「考え方の足し」のようなものになればと思って書いています。

*要約とは「著者の言いたいことを浮き彫りにする」ためのもの。
*翻訳のための要約(=しっかりと読み込めていることを確認するための要約)であることを意識する(要約自体が最終目的にならないこと)。
*全体を部分に分けて考えてみる(まず各パーツの内容を理解する)。
(ウエブページのプリントアウトでは少し分かりにくいかもしれませんが、本エッセイは全体が6つの大きな部分に分かれています。以下に、各パートの最初の段落の冒頭部分を記載しておきます。参考になさってください)
 1 I must have been a lonely child.
2 A house: a structural arrangement of space, ...
3 There is a strange and profound and unknowable reality ...
4 Shall I say for the record that ours was a happy, ...
5 I remenber the night of the fire vividly, ...
6 As a woman and as a writer, ...

(勉強会で話し合われた内容を基に私がまとめたもので、自分なら、このあたりを意識するかなというものです。これが「たったひとつの正しいやり方」ということではありません<念のため)

課題提出リマインダ(「翻訳を勉強する会」ツイッター)の中で管理人さんが「(要約文や訳文は)どう取り組んだか、疑問や不明な点などを話し合うための材料です。不完全なままでも十分です」と書いておられますが、誰もが感嘆するような素晴らしい(要約/訳)文を書く必要はありません(いや、もちろん、書ければ一番いいんですけど)。実務一辺倒で来られた方の中には、そもそも、こういう文章に接するのが始めてで、どう対処していいか分からないという方もおられるかもしれません(最初は私もそうでした)。はじめから周りを唸らせる訳文が書けなくて当然だと思います(少なくとも私は、かなり実務っぽい文章を書いてました)。それよりも、原文を前に(時間の許すかぎり)たくさん考え、悩むことが大切ではないかと、私は思っています。

「公開勉強会」当日は、学習者や経験の浅い方も、「学習中だから」「経験が浅いから」と萎縮してしまうことなく、疑問に思ったことや、その訳文をつくるに至った経緯などを、臆さず発言していただきたいと思います。ベテランの方にも「目から鱗」の内容があるかもしれません。また、不慣れでうまく訳文が作れなかった方も、皆と意見を交換する中で「これからどうすればいいのか」「自分には何が足りないのか」に気づくことができるかもしれません。私たち勉強会のメンバーも、「どれだけ新たな気づきがあるだろう」とワクワクしています(勝手に皆の気持ちを代弁しましたが、たぶん、な)。何より、そんな風に、たくさんの翻訳者と、同じ課題についてface-to-faceで意見交換できる機会はそうないのではないかと思います。有効活用してください。

また、「公開勉強会」には、それぞれの分野でベテランと呼ばれるほどの経験を積んでおられる方も、多数出席されます。時間のある方は、懇親会までご出席いただき、そのような諸先輩方を質問攻めにしていただければと思います(幹事は死んでいると思いますので、優しく扱ってやってください)。

当日、お会いできるのを楽しみにしております。
2020. 01. 06  
[お断り]
本ブログの勉強会関連の記事は、(自称)管理人第1秘書が個人的に思うところを自由に綴っているもので、決して勉強会の公式見解ではないことにご留意ください。
(公式ブログ:「翻訳を勉強する会 in 大阪」)

――という前提で読んでください。
一部、妄想や寝言も入っているかもしれません。


思い返せば、昨年3月、東京での公開勉強会を終えて心身ともにボロボロになり、「もう決して公開勉強会はすまい」と誓ったのではなかったか。どうした、事務局、何を血迷った。

というわけで、2月29日(土)、大阪で、3回目となる「翻訳を勉強する会」公開勉強会を開催します。
詳細はコチラ↓↓↓
https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/0131ta10qxc04.html

始まりは昨年10月だったと記憶しています。
「翻訳を勉強する会」例会では、「読んで調べて解釈して表現した訳文を持ち寄って、全員が議論に参加し(場合によっては)議論を主導する」という当勉強会が目指す方向の萌芽が見え始めていました。いや、もちろん、それは一瞬の錯覚だったのかもしれせんが。であっても、そうした侃々諤々の議論は楽しい。「この楽しさをまた皆さんと共有したいですね、また公開勉強会どうでしょう」と口走った自分。そうだよ、元凶はおまえだよ。

もちろん仕事は「楽しい」ばかりではありません。けれど、「さまざまに調べ、原文を解釈し、最適な表現を探し、推敲を重ねる」というある意味贅沢な時間を過ごし、その結果をとことん議論し、「ああ楽しかった」と思えた経験は、その後の翻訳人生に確実に影響を与えてくれるのではないかと思うのです。たとえそれが一回限りの経験であっても。

というわけで、今回は、参加者全員に課題を提出していただくことにしました(オニかよ)。
申込み画面に課題掲載サイトのURLを記載しておりますので、公開勉強会に興味をもたれた方は、リンク先の課題をご一読ください。翻訳箇所は冒頭2段落と少なめですが、今回はその他に400字以内の全体要約課題を用意しました(これは私たち勉強会メンバーにとっても初めての取組みです)。なので、最後まできちんと読まなければ勉強会には参加できない仕様になっております。ご注意ください
(いや、こういうキビしい条件を出してきたのは、みな管理人さんだから。恨むなら管理人さんを恨んでください。そこのところ間違わないようにお願いします)

当日は、提出いただいた課題をもとに、グループワークを行う予定です(グループワークの内容は管理人さんの胸三寸なので、私たちもドキドキしているのだった)。
そのため、定員を少なめに設定しています。追加募集は予定しておりませんので、参加を検討される(命知らずの)方は、早めにお申込みください。

さて。
「課題について」の末尾には「当勉強会は答え合わせをする場ではありません。間違いを指摘したり、回答の優劣を比較したりする場でもありません。互いの回答を尊重し、どう読んだか、どう訳したかを議論する場です。難しめの課題に思い切りチャレンジしてください」と書かせていただいております。これは管理人さんの言葉ですが、勉強会メンバー全員の「訳文と議論に向かうさいの姿勢」でもあります。比較すべきものがあるとすれば、それは前回の自分、あるいは昨日の自分の英文解釈や訳文表現であり、他人の解釈や訳文ではありません。大切なのは「どれだけきちんと読み、訳したか」だと思っています。ですから、ベテラン翻訳者の方はもちろん、翻訳を初めて間もない方や学習者の方であっても「きちんと読み、訳し、推敲」します(するよう頑張ります)という方には、臆せず参加していただきたいと思っています。

最後に、課題"THEY ALL JUST WENT AWAY"についてひと言。
私も読んでみましたが、正直、読後感はあまりよくなかったです(笑)。好みもあろうかと思いますが、個人的には、課題じゃなかったら投げてますね。
(そういう感情的・皮相的な解釈をしちゃいけない、というのは、管理人さんからよく指摘される点ですが、正直な感想ではあります)
私自身も含め、多くの方が、ふだん「読み込む」ことは少ないタイプの文章ではないでしょうか。だからこそ、トライしてみる価値があるのでは。

文法的な解釈は別として、書かれた内容の解釈はひとつではないかもしれません(それもまた、多くの実務翻訳者が普段相手にする文書と違う点かと思います)。結局は、著者に聞かなければ「正しい」(という言葉は語弊があるかもしれませんが)解釈は分からないのかも。その著者解釈だって、『井上陽水英訳詞集』(ロバート・キャンベル)のインタビューの中で、キャンベルさんの解釈に対し、陽水さんが「(そんな風に考えたことはなかったので)ははぁー、ちょっと目からうろこ」と言っているように、著者自身ぼんやりとしか捉えていなかったということも、もしかしたらあるかもしれません。ですから、公開勉強会では、たとえば経験豊かな先輩がこう解釈しているからそちらが正しいに違いないと頭から決めつけず、「よくよく考えて私はこう解釈した」ということをキチンと言葉にしていただけたら嬉しいです。そこからまた議論が広がっていくかもしれません。


――といろいろ書いてまいりましたが、がっつり準備をした上での議論、とても楽しいものです。他の方の発言に「おお、こんな視点もあったのか」と瞠目させられることもしばしば。時節柄、課題に取り組む時間を捻出するのは容易ではないと思いますが、半日、一緒に悩み、考えてみませんか? 皆さんのご参加をお待ちしております。
プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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