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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


...を開いて頂けることになりました(感涙)。

11月の公開勉強会(大阪)時、関東から来られた方たちと「もう1回、こんな風に『翻訳を学ぶ会』をやりたいですよね」と盛り上がり、その場のノリで開催日時が決まりました(小規模セミナーや勉強会の開催は、こうやってその場のノリで決まっていくのだということを学びました)。

開催日時:3月3日(日) 12時30分開場、13時開始
開催場所:東京都区内施設(別途連絡)

(現在、東京事務局の方々が、「少しでも広い施設を」(...いや、そんなに広くなくていいんですけど...)と奔走してくださっています。申込みくださった方には、別途開催場所をご連絡致します。課題に取り組んでいただく時間も必要ですので、開催場所があいまいなままの告知になりましたこと、ご容赦ください。)

詳細は、以下の告知・申込み画面をご確認ください。
1月19日(土曜日)正午(12時)から、申込みを受け付けます。

https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/0156gy101ytip.html#detail

今回は、前回とは異なる課題を用意しました。
初回要約時に、管理人さん以外のメンバーが等しく「何これ分からへ~ん(怒OR泣)」と反応した、いわくつきの(笑)案件です。
そんなエッセイを課題にするのは自殺行為ではないかという意見もありましたが...
てことで、ワタクシたちにとっても大きな挑戦であります。

東京、というと、「管理人さんと対等に斬り合う&それを楽しむ方が多いオソロシイ場所」という印象(先入観)しかなく、果たして生きて再び大阪の地を踏むことができるのかどうか。
もう、すべてを管理人さんに委ね、ワタクシは、ひたすらホワイトボードと向き合っていようと決意を固めています。

そのホワイトボードの内容も、会場の皆さんの声によって変わってくると思います。会場の声を反映したものになるからです。前回ご参加くださったTerryさんは、それを「ライブ感」という言葉で表現してくださいました。(上の2行のあとではまったく説得力がありませんが)ひとりでも多くの方にライブにご参加いただけると嬉しいです。そうやって、全力で要約や訳文に挑んでいくという作業は、しんどいけれどきっと楽しいはず。3月初旬の、確定申告まっただ中という無慈悲な日程設定、私生活もなにかと慌ただしい時期かとは思いますが、予定を調整してご参加いただけましたら幸いです。

最後になりましたが、今回の東京での公開勉強会は、「『翻訳を勉強する会』公開勉強会 in 東京」事務局の方々のご協力なしには実現しませんでした。中心になって奔走くださる星野さん、高橋(あ)さん、その他、会場探しにご協力くださいました皆さん、当日運営をお手伝いしてくださる皆さん、本当にありがとうございます。この場を借りて御礼申し上げます。

それでは、多数の方の(...いや、秘書的にはそんなに多数でなくていいんですけど...)ご参加、お待ちしております!!
2019.01.15 19:31 | 勉強会 | トラックバック(-) | コメント(0) |

勉強会をはじめてまだ1年経っていないんですけど、公開勉強会後、一緒に勉強してくださる(という命知らずの)方を再募集した結果、メンバーも増え、テキストも新しくなりましたので、ワタクシの中では、今回が「2期目スタート」という感じです。
新しいテキストは「The Best American Essays of the Century」(Joyce Carol Oates編)。以前のテキスト(「The Best American Science and Nature Writing」より文学色の濃いものになりました。厚さ3.5 cm(測ったんかーい)という挑む者をあざ笑うかのような外観です(探してきた自分を全力で呪っています)。

新メンバーの中には公開勉強会に出席されなかった方もいらっしゃるので、今回は「勉強会の要約とは」を再確認するところから始まりました。
学校(受験)の要約との大きな違いは、対象パラグラフだけで完結しない要約である(=要約そのものが目的ではない)こと。
管理人さんは「翻訳のための要約」と仰っていますが、これではあまりにも漠然としているような気がします。ワタクシは、「全文を読んでおおまかな全体像を把握した上で、前後のパラグラフとのつながりや流れも考えながら、そのパラグラフに書かれていることをまとめること」と捉えています(ここまで来るのに10か月かかったさ)。

さらに、勉強会の目的も再確認。
ざっくりまとめると、「良質の文章を(強制されて)精読し、要約・翻訳する過程で自分の課題を見つけ、その克服方法を考える」ということになるかなと。管理人さんは「強制されて」を入れたくなかったみたいですけど、ワタクシはそうやって強制されないと、どうしても好きなタイプの本ばかり読んでしまうので(そして、管理人さんからは「好きなタイプの本は『分かっているから』と思い込みで読んでしまう恐れがあるます」と釘を刺されたのだった)。おおむね管理人さんの言葉をまとめたものですけど、秘書らからも、「そうやって精読する間に読み方や視点が変わる」「気になる点がみつかる」そして「もっと理解したい気持ちになる」等の意見が出ました。

今回、遠方の方が課題提出という形で遠隔参加されたのですが(運営満場一致で「名誉秘書」に任命されました)、その方は、「全体を読んで自分の中でキーワードを決め、そのキーワードを折り込む」というテーマを決めて要約に取り組まれていました。
「翻訳力の向上」が共通の目標ではありますが、それぞれバックグラウンドや日々の仕事の内容が異なるので、目標達成のために何を自分のテーマとするかは個々人の裁量に任されます。皆が同じ目標に向かい、同じ課題に取り組むけれど、テーマ(自分の弱点を克服し訳文をつくる力を磨くためにやること)は違っていい、そのテーマに沿って力をつけるためにはどこをどうすればよいかは皆で考える(あるいは議論する中で自分で軌道修正する)という今の勉強会のやり方、ワタクシは気に入っています。
しばらく前は「要約だけ読んで内容が分かる」要約がマイ・テーマでしたが、それだとつい「よい要約をつくる」ことを目標にしてしまうため(それは、ひとえにワタクシの力不足のなせる技なんですが)、今回から「翻訳する時に横道にそれない要約」をテーマにしてみました。もう少し具体的にいえば、パラグラフ間、パラグラフ内の両方で原文の流れを意識した、原文と同じ重み付けがなされた要約です。はるかに遠い理想ですが、そうしたことを考えながら要約に取り組むことで「きちんと読む」ことに少しでも近づけるような気がするので。錯覚かもしれませんが(そして第1回目はボロボロだったのだった)。しばらくその方向で進めてみようと思います。

そんな感じで、勉強会2期目がスタートしました。
今期最初のエッセイは、3回くらい通読しても、頭の中からハテナマークが消えないというツワモノ。文章自体はそんなに難しくないのですが、作者が何を言いたいのかよく分からなくて。表現回りくどいし。勉強会の場で(ジツは若かりし頃文学を専攻されていた)管理人さんに教えを請うて、やっと少し掴めてきた感じです。そんな風に苦しんだのはワタクシだけではないようでしたが、これは、エッセイの種類が変わったことも大きく影響しているような気がします。
ワタクシたちだけがこんなしんどい思いをするのは世の中間違ってるやろ(?)――ということで、公開勉強会東京編には、このえげつないエッセイを持ってお伺いする予定です(墓穴を掘ったとも言う…)。
2018.12.12 21:36 | 勉強会 | トラックバック(-) | コメント(0) |

訳文の検討では、最後に文体(常体か敬体か)についての意見交換がありました。

なんと、秘書らも含め、管理人さんを除く全員が常体で翻訳していたのです。

原文の全体はウェブ上で読むことができますので、こちらにタイトルを記載します。
勉強会に参加なさらなかった方で興味が湧かれた方は、Googleで検索してみてください。
課題は、この中から長めの1パラグラフとしました。

「The DIY Scientist, the Olympian, and the Mutated Gene」(by David Epstein, ProPublica, January 15, 2016)

この文章は、普通のエッセイより呼びかける的な感じが強く、対象読者年齢も低い(10th Grade=日本でいえば高校1年生相当)、というのが管理人さんのご意見だったかと思います(間違いや不足があったらすいません)。
個人的には、説明の前半部分は納得できるもので「ナルホド、そこまで考えなかった」と思いましたが、後半部分は(高校1年生が日本語で読書する場合を仮定し)「高1をなめんなよ」と思ってしまいました(あくまで個人的な感想です<念のため)。

そのあとで、会場から「このエッセイはラジオ放送の内容を書き起こしたものなので、敬体の方がいいかも」というご意見をいただきました。
少し調べてみましたら、確かに、最初にThis American Lifeという番組(?)の中で放送されているのです。ウェブ記事にもリンクがあるというのに、まったく気がつきませんでした。不覚だわ~。

Something Only I Can See
のAct One ”Do These Genes Make Me Look Fatless?”の部分です。
https://www.thisamericanlife.org/577/something-only-i-can-see

10分ほど聴いてみましたら(…長かったので…)、途中に司会者との掛け合いやエッセイ中の主人公本人による語りが挟まれる、喋り言葉である等々、エッセイとまったく同じというわけではありませんでしたが、ストーリーの流れは同じでした。管理人さんが仰った「呼びかける感」はここからきているのではないかと思います。

そうした背景をいろいろと考えてみた結果、勉強会課題の訳文としては、今は若干「敬体の方がよかったかな」に傾いています。
仕事として考えた場合は、さらに「掲載媒体はどこか、日本の対象読者は」を加味して最終的に判断することになるかなと思います。


あとで「恥ずかしい」と思ったのは、最初に深く考えることなく、当たり前のように常体ではじめてしまったことです。
圧倒的多数の方が常体で翻訳されるという結果にはなりましたが、参加者の中には、もしかしたら「敬体の方がいいかな、いややぱり常体かな」と迷った末に常体で訳された方もいらっしゃったかもしれません。そうした方と自分の間には、まだまだ「さまざまな面から色々考える」という点で、隔たりがあるよな-と思ってしまいました。

最後、若干「時間切れ」で終わらせた感がなきにしもあらずでしたので、謝罪の意味もこめ(+自分を戒めるために)記事にしました。
(でも、こうやって調べたり考えたりする作業は楽しかったです<さまざまなことがビハインドになりつつありますが)


それから、公開勉強会が終わってから、「意外にたくさんの方が、ジツは管理人さんに斬られたがっているらしい」という事実に気がつきました。
これは、秘書らが「斬られる」を連呼したせいもあると思いますので反省しています。「斬られる」だけでは勉強会は成立しません。
確かに管理人さんは、(おそらく)私たちの誰よりも「ものごとを多面的に見る」力があり、「斬られる」部分は「ああ、そうだよねー」という箇所ばかりではあるのですが、それでも、勉強会では秘書らも「ここはこう考えてこうしました(だから譲れませんのや)」と管理人さんに向かっていきます(「そこ訳したときだけ瞬間的に寝てたみたいです」とか「まあひとつチョコレートをどうぞ」と逃げる場合もありますが)。負け戦は確定だとしても、それはやはり「斬り合い」なのです。ということで、多くの方に「管理人さんに斬られたい」ではなく「管理人さんと斬り合いたい」(自分の解釈も投げつけたい)と思っていただけたら嬉しいです。
勉強会に参加するしないに関わらず、日々の翻訳の中で、そうした気持ちを共有できたらと思います。
よく、「翻訳者は、もとめられれば、自分の訳文について(なぜそう解釈したのか、なぜその訳語を選んだのか)すべてきちんと説明できなければならない」と言いますよね。「斬り合いに備えること」はそれと似ていると思う今日この頃です。

公開勉強会から、私も本当にさまざまなことを学びました。ご参加の皆さまに改めて感謝です。
2018.11.14 15:52 | 勉強会 | トラックバック(-) | コメント(0) |

このブログ記事を書きながら、しみじみスライド資料を読み返しています。

管理人さんとは、9ヵ月間勉強会でご一緒し、要約の話もいろいろ伺ってきましたが、これを読んで、「理解したつもり」になっていたことが多いことを実感しました(「つもり」という魔物は本当に厄介です)。

要約をするときは、「キーセンテンスを探す」「不要な部分は削る」「自分の言葉に言い換える」「段落間のつながりも意識する」といったことを意識してはいますが、つい、「何のためにそれをするのか」ということを忘れがちになります。
勉強会の要約の目的は、「翻訳のさい、著者の意図を過不足なく伝えられるようきちんと準備する」(ためのひとつのトレーニング手段)であるはずなのですが、つい、「いい要約をつくろう」と力が入ってしまうのですよね。でも、よく考えてみれば、「いい要約」というのもおかしな話で、その要約を基に最終的に「読者がきちんと著者の描いた絵と同じ絵が描ける」訳文をつくれてはじめて、「それはよい要約だった」ということができるはず。だって、要約は手段なのですから。

私は、これまでも書いているかと思いますが、わりと、「ひとつのことに注意が向くとそこだけに注力してしまう」人間です。「つながりがうまくいかなかった」と指摘されると、次はつながりばかりが気になったり、段落内の流れを意識しすぎて段落間のつながりへの意識が疎かになったり...と、勉強会で、他のメンバーから新たな視点で自分の要約(訳文)が「斬られ」ると、そこばかりに注意が向いてしまいがちなのです。で、要約も訳文も、いつもデコボコしたアンバランスなものになってしまうのです。そのデコボコが、1本の線に近いところに収められるようになれば、近距離から、遠距離から、そしてさまざまな方向からみた、バランスのとれた「読者に余分な労力を使わせることなくきちんと原著者の意図が伝えられる」訳文がつくれるようになるのかなと思います。分かっちゃいるけど、で道は遠いですが。このアンバランスを調整する力は、最終的には自分で努力してつけていくしかないのですが、ひとりだとどうしても偏ったままになってしまいがちです。勉強会は、私にとっては、それを矯正してくれる(少なくとも矯正を助けてくれる)場がであるように感じています。そう考えると、これからも決してラクな場所ではあってほしくないと思ってしまうのです。

公開勉強会を開催したことで、「翻訳のための要約」を(資料という形で)再確認し、自分の欠点を見つめ直すことができました。
そして、これからも翻訳力を磨き、少しでも理想とする訳文に近づきたいと改めて思いました。
公開勉強会は、私個人にとっても、とても実り多い勉強会でした。

最後に、自戒、ということで書いておきます。
このところ、ひと前に出たり、ブログ管理人と本人が結び付けられたりする機会が増えてきました。そうすると、実力以上の人に見られることもあって。
私は、「きちんと丁寧に仕事をする」以外は平均的な翻訳者で、特に「これは!」という秀でた訳文が書けるわけではありません。一を聞いて十を知るということもないので(最終的に十は知るとしても、めっちゃ時間が掛かったり回り道したり、何度も同じことを聴いたり読んだりしてからです)、少し学べばあとは自力でグングン伸びていくというタイプでもありません。
でも、褒められてばかりいたら、この先「自分デキる人だよね」と錯覚してしまうことがあるかもしれません。
そこを勘違いしないよう、これからも謙虚な気持ちを忘れず、基本「そこそこ頼れる裏方」として過ごしていきたいと思っています。
2018.11.11 23:46 | 勉強会 | トラックバック(-) | コメント(0) |

11月10日、無事に「公開勉強会」を終了致しました。

お忙しい中、本当にたくさんの方にご参加いただき、運営一同、心より感謝致します。
至らぬところも多々あったかと存じますが、多くの方から暖かいお言葉をたくさんいただきました。本当にありがとうございました。

内容的なことは、「どうしても管理人さんに斬られたい」と関東からご参加くださった齊藤貴昭(Terry Saito)さんが、公開可としたホワイトボードの内容とともに、ブログに詳しくまとめてくださっていますので、そちらをご覧ください。ご自分の意見も交え、よくまとめてくださっていると思います。
https://terrysaito.com/2018/11/11/study_in_osaka/
また、
https://togetter.com/li/1287158
に公開勉強会関連のツイートもまとめてくださいました。
テリーさん、本当にありがとうございました。時間の関係で、お望みになられたほど斬らせていただけなかったことだけが心残りです(意外と皆さん斬られたいらしいということが分かったのだった)。

今、皆さまから提出していただいたアンケートの結果をまとめています。
当日の運営方法などに関し、いくつか厳しいご意見もいただいておりますが、第1秘書が「どうか批判は厚いオブラートに包んで」と切々と訴えたことが功を奏したのでしょうか、どなたも優しい口調で改善点を指摘してくださっています(うっしっしっ)。そして、すべてとても参考になるものでした。今後の勉強会や招致セミナーの運営に活かしていきたいと思います。

当日、会場から、「要約とはなにか」や検討対象課題について、さまざまな意見・感想・指摘をいただきました。
私たち3人では思いつかなかった視点あり、変化球(?)あり、課題段落について明解にまとめてくださった方ありと、私たちにとっても新たな発見がたくさんありました。
公開勉強会を「楽しかった」と感じてくださったとしたら、会場の皆さんのそうした「積極的に参加したい」という姿勢がかもし出す雰囲気がなせる技だったのではないでしょうか。つまり、皆さんが協力して「楽しい勉強会」をつくり上げてくださったのだと、私は思っています。
同じ公開勉強会をもう一度やったとしても、ホワイトボードに書く内容は、きっと同じものにはならないでしょう。参加型の勉強会のよさはそこにあるのではないかと思います(収拾がつかなくなるという危険も孕んではいますが)。
会場の皆さんの「もっと学びたい」という熱気、「翻訳は楽しい!」という気持ちに後押ししていただきました。本当にありがとうございました。

自由記入欄に、いくつか「またやってほしい」という声をいただきました。このような勉強会を公開で開催することはなかなか難しく(みな、最後は仕事量を減らしたり一定期間仕事を休んだりして準備しています)、希望にお応えできない可能性が高いですが、「なぜ要約するのか」の輪郭を掴み、「翻訳する楽しさ」を知った参加者の皆さんは、十分自分たちで勉強会を行う土台ができたのではないかと考えております。最初に少しお時間をいただき、「自分たちは、こんなふうに勉強会を準備し実施してきました」ということをお伝えしたのも、ひとりでも多くの方に、いつか気持ちや経験や時期が熟したときに、自分たちで自主勉強会が開けるようになってほしいと思ったからです。
数年前までは、私自身、十数名の方を前に少し話をしただけで声が震えてしまうような状態で、自分にこんなことができるとは思っていませんでしたから。

表現は違いますが「翻訳の原点に戻れた」的な感想をいくつかいただきました。
一人でも多くの方に、「翻訳って難しいね、でも楽しいよね」と思っていただけたら、公開勉強会を開催した価値はあると思っています。
そして、私たち運営も、参加者の皆さんとのやりとりの中で、本当に多くのものをいただきました。ありがとうございました。
2018.11.11 23:43 | 勉強会 | トラックバック(-) | コメント(2) |