FC2ブログ
2020. 09. 03  

「通翻フォーラム2020」のトリを飾る越前先生のセッション。表題のとおり、課題文の翻訳を解説する「文芸翻訳のツボ」と出版翻訳の現状やその中での先生の取組みを語る「出版翻訳の現在」の二本立てです。越前先生のお話を聞くのははじめてでしたが、喋り慣れておられるのでしょう、適度に「間」が挟まれ緩急もあり、まるで対面講義を受けているようにスムーズにノートをとることができました。

「文芸翻訳のツボ」

 課題の解説に入る前に「文芸翻訳で大事なこと」4点の説明がありました。

1 わかりやすさと歯応え(わかりやすさは大切だが、著者の意図によってはわかりやすくしすぎてもいけない場合がある)
2 だれの視点か(一人称なのか、三人称なのか、三人称の場合は主人公に近いのかいわゆる神の視点なのか、物語がきちんと読み取れているか)
3 読者が映像を思い描けるか(翻訳フォーラムの「同じ絵が描けるか」とだいたい同じ、原著のイメージをそのまま再生できるか、文芸のみならずどんな翻訳でも大事)
4 つまるところ、おもしろいか(著者の狙いをきちんと伝えられているか)

 これらを踏まえて、事前課題2題の解説がありました。課題はフレドリック・ブラウンとオー・ヘンリーの短編から。

 個々の解説は割愛しますが、「文芸ホントに難しい」というのが正直な感想です。自分は本当に読めていないなと思いました。時間がなかったというのは言い訳になりません。上手く訳せるかどうかは別として、わかる人には「ここがこうなっとるのがキモやな」というのがすぐにわかると思うのですよ。そういう「読み取る」力が自分には欠けているのかなあと思いました。産業翻訳でよく扱う論文や報告書では、「こういうストーリーでコレコレを伝えたいのだな」ということはさほど労せず読み取れると思うのですが(確かに、普段の翻訳では、今回の課題に登場したようなちょっとイジワルな視点やわかりにくさを強調する視点といったものにはお目にかからないですが)……それが、ある程度の「慣れ」の問題だとすると、考えながら訓練を続けることで「読み取り」勘は(多少なりとも)養われるのだろうかと、このレポートを書きながらちょっと考え込んだりしています。
 解説では「ナルホド」「おおそうか」という言葉がこれでもかとばかりに繰り出されましたが(注:個人の感想です)、一番心に残ったのは「全体として短ければ短いほど(言葉は)力をもつ」という言葉です(言い方は違いますが、ノンフィクション翻訳の児島修さんも同様のことを仰っていました)。
 越前先生の解説を聞くのははじめてでしたが、けっこう厳しい批評をなさるのだなと。悪い意味ではありません。そんな風にときに酷評されても食らいつき少しずつでも上達する人が、結局最後まで残るのだと思います。
 (自分が俎上に上がらないということもあるかもしれませんが)一日でも聴いていたいと思えるようなお話でした。

 「文芸翻訳のツボ」編の締めとして、「自分にもまだ文芸翻訳は体系化できていない」として、文芸翻訳を一番よく言い表した言葉ではないかと思うと、『ねみみにみみず』から東江一紀さんの言葉を引用されました。(スライドには91頁とありましたが、探してみましたら149頁「金科玉条」の項に書かれていました。本書をお持ちの方は該当する項を読んでみてください。)


「出版翻訳の現在」

 セッションの紹介に「いささか生々しい内容」という煽り文句(笑)がありまして、始まる前からドキドキしたというか期待したというか(笑笑)。
 実際は、よいものも悪いものもさまざまなデータを示し、私たち一人一人に今後の進み方を委ねられた――そんな風に感じました。

 書いても大丈夫かな、と思う範囲で内容を少し。
● 越前先生が文芸翻訳(長編)の仕事を始められたのは1999年ですが、翻訳のみで食べていけるようになったのは2004年(『ダ・ヴィンチコード』)以降だそうです。
● 報酬の支払い方法について説明がありました。印税方式と買取り方式があることくらいしか知らなかったので、大変参考になりました。
● 文庫一冊の収入の変遷(往事vs現在)には、予想されたこととはいえ、やはりため息が出ました。今後は、もしかしたら、兼業時代に戻り、本当にやりたい人(というのは、淡い憧れではなく「自分の手で訳し紹介したい」という強い思いがあり、厳しい現実を直視した上で「それでもなお」という気持ちがあり、食べていく手立てがある/作り出すことができる人あたりを言うのかなと想像します)だけが文芸翻訳をやる厳しい時代になるかもしれない、とも述べられました。
● そんな中で、翻訳者自らが著者にかけあって版権を取得し翻訳書を出版しようとする動きがあることを紹介。
● コロナ禍の影響については、他の業界に比べて少ないように思う(Stay Homeと読書は親和性が高かった)とのことですが、書籍の売れ行きは今後の景気にも左右されるだろうとも。
● 「出版翻訳の人間として触れておいた方がよかろう」と「だれでもプロになれる」講座に対して注意喚起。

 まとめとして、文芸翻訳者の心得10項目が提示されました。「ひと言でまとめると『プロとしての自覚を持つ』ということです」。その多くは、翻訳する者すべてに当てはまるものですが、出版翻訳に特徴的だと思えるのが、「翻訳書の読者を増やすために、自分なりにできることをする」という項目。だいたい2010年頃を境に「翻訳者が翻訳だけしていればいい時代は終わった」と考えておられるそうです。
 私なぞ、もしもそういう(訳書が出版されるような)立場になれば、気後れしてだんまりになってしまいそうな気もしますが、よく考えてみれば、「こんな面白い本があります」ということを積極的に発信していかなければ、売れるものも売れないかもしれないですよね。そして、これは以前どなたかも仰っていたように思いますが、日本でその本の面白さを一番よく知っているのは翻訳者に他ならないはずです。自信をもって宣伝するためには、力をつけ、よいものをつくらなければならない――と結局はそこに帰着するのかな。
 「自分なりにできること」として越前先生が実践しておられる「全国翻訳ミステリー読書会」「はじめての海外文学フェア」「読書探偵作文コンクール」の活動が紹介されたところで、ちょうど時間になりました。
 締めの言葉は「翻訳とは愛です」。
「花を愛するということは、綺麗だと愛でることではない。その花を一日でも長く美しく保つために水を遣ったり肥料の勉強をしたりするのが花への愛だ。翻訳にたとえてみれば、原著を読者に紹介するために、調べものをしたり技術を磨いたりすることが、花を育てる愛に相当するのではないか」(「花を愛する…」以下は、アーカイブ視聴にて要約したものです)
 
 出版翻訳という産業翻訳とはまた少し違う世界の話です。翻訳に対する基本的な姿勢など共通する部分も多々ありますが、正直「(まだ)よくわからない」ことも多い。
 ただ、これまでいくつかのセッションを聴いてきて、今この時代において「揺るぎない力をつけること」と「座して何かを待つのではなく機を見てみずから動く(もちろん目的を見定めて動くわけで闇雲に動いてもよい結果にはならないかと思いますが)」ことが大切なのではないかと感じました(あくまで個人的な感想です)。

 どれも素晴らしいセッションばかりでしたが、越前先生のセッションはトリを飾るにふさわしい内容だったと思います。
 司会進行役を務められた蛇川さんの、一歩引いて登壇者をサポートする進行振りも光っていました。落ち着いたお声も素敵で、私は今回のフォーラム月間ですっかりファンになってしまいましたよ。
2020. 09. 02  

 翻訳フォーラムのメンバー深井さんのパンクチュエーション講座。

 実は、私はこの講座を受けるのは3回目です。
 一度目は昨年4月。ちょうど英日翻訳におけるパンクチュエーションの大切さに気づき始めた頃でした。
http://sayo0911.blog103.fc2.com/blog-entry-670.html
 そのとき「こんな講座はこれまでなかった! 是非これを大阪でも!」とお願いし、昨年11月末の大阪編に裏方として参加したのが2回目。演習も含む4時間の長丁場でしたが、募集枠は1日で満席となり、「英日方向に特化して体系的にパンクチュエーションを学ぶ講座」への皆さんの関心の高さがうかがえました。
http://sayo0911.blog103.fc2.com/blog-entry-708.html

 通翻フォーラム2020のセッションは、これまでの講座を90分にギュッと凝縮したものに新情報を加えたという贅沢な内容。個人的には、過去2回の講座を振り返るよい機会になりました。
 止める記号、つなぐ記号、補足する記号、そのまま伝える記号――視聴された方は分かると思いますが、分類も的確ですよね。特に、各記号の「間」を音楽の休符にたとえた説明は、はじめて聴かれた方は「おお」と感動があったのではないかと思います(私もはじめて聴いたときは「分かりやす!」と思いました)。
 個人的には、「そのまま伝える」記号の内訳と新聞見出し(Headline)の読み方の理解がやや曖昧だったのが、今回きちんとメモも取れて(後追いなので途中で止められるのがいいですね~)クリアになったという感じです。
 具体的にどんな内容のお話があったのかは、上述の過去2回のブログ記事に譲ります。興味をもたれた方は覗いてみてくださいませ(今回、時間の関係で説明されなかったものもあります)。

 「今日からできるエクササイズ」として、挿入部分を抜き出し、その部分を外して読んでみる、原文のすべての記号に印をつけその用法を説明できるようにするなどの方法が挙げられました。そういう読み方をすることで、大事な部分とそうでない部分の違いが際立つようになり、訳出する際も、そうした重みの違いを意識して訳すことができるようになるのだと。別のところで口にされた「(記号は)立体的に読む(ためのヒント)」というのも同じことを言っているのかなと思います。
 最後に、深井さんは、「パンクチュエーションは何のためにあるのか?」を、何冊かの参考図書の記述を引いてまとめてくださいました。パンクチュエーションは、著者からの「こう読んでほしい」という申し送りや指示で、誤読を防ぐためのものである(逆に言えば、誤読の恐れがない位置に置く必要はない)――と、こんな感じにまとめられるかと思います。そこに著者の意図がこめられているならば、その意図が訳文にも適切に反映されなければなりません。日英翻訳のみならず英日翻訳でも、正しく読解するためにパンクチュエーションの知識が欠かせないということがよく分かります(でも「適切に訳文に反映」はなかなか上手くできないのだった)。

 深井さんがまとめてくださった参考書籍一覧(http://trans-class.blog.jp/archives/2145655.html)は、通翻フォーラムに参加されていない方でも見ることができます。
2020. 09. 02  

「ニュース翻訳 基本のき~まずはこれだけ知っておこう」(松丸さとみ)

 最初に簡単な自己紹介がありました。
 松丸さんは、1990年代にウェブメディアのはしりのような会社でスタッフライターをされたのが、ニュース翻訳との出会いだとか。2010年代になり、オンサイトでトランスクライブ(ビデオクリップを訳し自分で読み上げる仕事)をされたのち、現在は在宅でニュースと書籍の翻訳を手がけておられるそうです。オンサイト業務に従事するあいだに、「自然な日本語」というものを意識するようになり、読み言葉と書き言葉の違いを学ばれたとか。ご自分でも「時差通訳に近い仕事」と仰っていましたが、通訳(に似た立場)と翻訳の両面から「訳す」ことに触れる機会を持たれたといえるかもしれません。

 ノンフィクション翻訳の児島修さんもそうでしたが、お話をお聞きしていて感じるのは「とにかく(自分が携わっている分野の)翻訳が好き」という気持ちがびんびん伝わってくること。もちろん「好き」だけでは食べていけないわけで、自活していくためには、市場や業界の動向を睨みつつ、高単価の仕事や分野にシフトする、またそのための力をつける、といったさまざまな努力が必要になるかと思うのですが(あるいは私のようになけなしの貯金で食いつなぐ)、諸先輩方のお話をお聞きしていると、「好き」に向かう方向にシフトすべく努力することは大事だなあと、改めて思います。収入を増やす(&増えた収入を維持する)ことだけを目標に、10年、20年と定年のない仕事を続けるのは辛いのではないかなあと。

 閑話休題。
 ニュース翻訳の話でしたね。
 誌上コンテストなどで、翻訳自体は上手いのに「ニュース翻訳」がどういうものかがよく分かっていないために勿体ないと思う訳文を多数目にしたことが、このテーマで話をしようと思われたきっかけだそうです。確かに、ニュース翻訳に特化した講座やセミナーはありませんよね。

 ニュースは、大きくストレートニュース系(日刊報道)と読みもの系(雑誌記事やルポなど)の二種類に分けられるとそうですが(超短納期の前者は通訳との兼業に、また納期3日~1週間程度の後者は書籍翻訳との兼業に適しているのではないかとのこと)、セッションでは、主にストレートニュースの翻訳が取り上げられました。とっつきやすく勉強もしやすいけれど、約束事も多いそうです(英語ニュースと日本語ニュースでは情報の出し方が異なるなど)。
 松丸さんの考えるニュース翻訳とは、まとめると、「分かりやすい日本語で書かれ(読者に負担をかけ読み直しをさせるような日本語はだめ)、日本語読者に合わせてときには(最低限の)足したり引いたりが必要で、英/日の媒体で多少体裁が異なるため編集作業が必要となり(必ずしも翻訳者がしなければならないものではないようですが、リリースまでの納期が厳しいというストレートニュースの性質上、やっておくと喜ばれることも多いとか)、媒体によってさまざまに異なるもの」ということになるそうです。
 さらに、ニュース翻訳者が注意しなければならないこととして、「自分の主義主張を持ち込まない(あくまで「媒体を代表して書いている記者の目線で訳す)」「見出しがキモ(ただし編集者の手が入ることが多い)」「スピードが命」の3点を挙げられました。
 どの媒体・読者に向けて訳しているのかを常に意識しないといけないところや、自分の主義主張を持ち込んではならないというところなど、他の翻訳と同じだなあと思いますが、ニュース翻訳は、特に「独りよがりになってはならない」ことを肝に銘じて取り組まなければならない翻訳であると感じました。
 また、上述の「足したり引いたり」については、Q&Aで「どこまで?」という質問が出たように記憶していますが、あくまでも「約束事に従って必要最低限にとどめる」ということです(たとえば、原文はJohnsonとしか書かれていないものを日本語版は「ジョンソン首相」とする、社名や個人名に(その方が読者がスッと読めると思えば)「何者か」情報を付加するなど)。
 セッションでは、記事の構造や英/日の記事の書き方の違いなど、もう少し具体的な説明がいくつもあり面白かったです。「約束事に従い、短時間にどれだけ質の高い分かりやすい日本語記事に仕上げられるか」に挑戦するのが、ニュース記事翻訳の醍醐味といえるのかもしれません。

 たくさんの質問が出ましたが、そのひとつひとつに的確に回答され、滑舌もよく(ご自分でもニュースを読んでおられたことがあるというので当然か)、最後まで気持ちよく聴くことができました。具体的な質問に対する「お役立ち回答」も多数ありました。ひとつだけ、個人的に心に残ったQ&Aを。
 Q: プレスリリースを訳すときに気をつけることは?(私も個人的にプレスリリースらしきものを訳すことがありますので) A: 「自分がその会社の広報担当になったら」と考えて訳す → (多くの場合)製品を宣伝したいためのプレスリリースなわけで、当たり前といえば当たり前のことですが、これまで「とにかくキチンと訳すこと」にばかり目がいき、あまり「自分が広報担当だったら」という視点を意識したことはなかったなあと。もともと数少ないので、今後どれくらいプレスリリースに遭遇するか分かりませんが、この視点は大事にしようと思いました――というか、「著者が言いたいことを意識する」のは全翻訳の基本ですよね。まだまだ修行が足りません。

 あっという間に90分が経ってしまう、有意義で楽しいセッションでした。ありがとうございました。
2020. 08. 31  
「ノンフィクション出版翻訳の素晴らしき世界~
その特徴と制作の流れ、翻訳者に求められるもの~」(児島修)

 産業翻訳者から出版翻訳者に転身された児島修さん。15年のあいだに55冊の書籍を翻訳なさったそう。
 苦労もあり大変だが、やりがいを感じながら楽しく仕事をしていると話す児島さんからは、「翻訳が好きだ」という気持ちがダイレクトに伝わってきて、聴いているこちらも清々しい気持ちになります。

 セッションは、ノンフィクション翻訳とはどのようなものかに始まり、児島さんがノンフィクション翻訳を楽しいと考える8つの理由が述べられ、続いて制作の流れが簡単に説明され、まとめ的に日頃心がけていることや良い翻訳をするために必要なこと、ポリシー等への言及があり、Q&Aに進む――という流れでした。
 心に残った内容を、私見を交えて書き留めておきたいと思います。

 まず、ノンフィクション翻訳の定義から。「小説以外のあらゆる本」と定義されます。サブジャンルは多岐にわたり、複数ジャンルをカバーする翻訳者も多いとか。児島さんも仰っていましたが、専門知識や経験を活かしやすく、産業翻訳からは参入しやすい分野なのかなという印象を受けました(とはいえ、興味のある方はやはりノンフィクションについて学んだ方がいいのかなと、個人的には思います。私も「書籍の翻訳ってどんな感じなんだろう」という興味から、半年間の通信講座で学んだり関連書籍を読んだりしました。結局「著者の意図を伝えるという基本の部分は同じなのだ」というところに還ってきたのですが、言葉の選び方、訳し方、表記などについて学ぶことも多かったと感じています)。

 訳しているときは「著者になりきって訳」されるそうで、これは「著者が日本語で書いたならどう訳すかを考えながら」を別の言葉で表現したものと言えるかもしれません。
 かつて産業翻訳もされていたということで、産業翻訳との違いをスッキリと表にまとめて示してくださいましたが、出版翻訳は「自分の後ろにはだれもいない、自分が最終責任者だと考えている」という言葉が心に残りました。産業翻訳でも確かに「これが今の私の100点」と思う訳文を提出するわけですが、心のどこかに、チェッカーさんがチェックしてくれるという気持ちがあるのは事実です(私が主に取引している翻訳会社では、2回のチェックが入るようです)。出版翻訳では、編集者・校正チェックはありますが、それは訳文と原文を付き合わせての確認ではありません(と理解しています)。「訳書に名前が載る」ということの(少し言葉は悪いですが)代償というか責任なのかなと思いました。支払い形態等その他の違いについては割愛します。

 読者層に応じて文体やスタイルを柔軟に変えていく引き出しの多さが求められる、というところでは、ご自分の訳書の一部を見せてくださいましたが、柔らかいものから固いものまで変幻自在だなあと感じました(ただ、すべては無理なので、自分にあったものを磨いていけばよいということも仰っていました)。
 日本の読者にうまく伝わるよう、自分から日本版独自の小見出しを編集者に提案したりもするということでしたが、言葉の端々から馴染みの編集者の方と良い関係を築いて仕事をされていることがうかがえました。

 「楽しいと考える8つの理由」で挙げられた理由の中からいくつか。
● 「好き」に出会える、「好き」を活かせる→これは「翻訳者のなり方・続け方」で言及のあった「1時間語れるものがあるか」とも関係していて、自分の「売り」にもなるかもしれないと思います。
● 翻訳者の人生に無駄なものはない→同業の先輩の中には、こういう発言をされる方が結構おられます。それを「成功したからそんな風に言えるのだ」と片付けてしまうことは簡単ですが、大事なのは、そういう考え方でものごとに対処するという姿勢なのではないかと感じています。
● (著者の人生を生きられるような気持ちになるのが楽しいというところから)著者の顔写真を壁に貼り、この人だったら日本語で何と言うだろうかと、写真を眺めながら考えるそうです。
● 読者に喜んで貰えるのが嬉しい(本の表紙に名前が載る喜びはそうたいしたものではなく、それより読者から高評価を貰えることの方がずっと嬉しいそうです)。

 次いで話題にされた「制作の流れ」では、リーディングにも言及がありましたが、ノンフィクション翻訳に興味がある方は(リーディングをする/しないに関わらず)、リーディングの講座も受けておかれた方がいいのではと思います。私は、リベルのリーディング講座(通信、現在はもう募集しておられないかもしれません)を受講しましたが、企画書を書くにあたっての自分の長所と欠点を的確に指摘して貰えたと思っています(オマエ、この先、企画書を書く機会が訪れるんかという点は、ちょっと脇に置いておいてやってください)。批判的に読むことやマーケットにおけるその本の位置づけを俯瞰的にみる姿勢なども教えていただきました。「読んで面白い、日本の読者にも読んでほしい」がすべてなのかもしれませんが、客観的な視点をもつことも大事かなと思います。書籍では、文芸(フィクション)翻訳になりますが、『文芸翻訳教室』(越前敏弥)にリーディングとシノプシスの書き方についての言及があります。

 「良い翻訳をするために必要なこと」では、ベースとなる言葉(英語・日本語)の力、培った言葉の力をうまく原文から訳文へのアウトプットに結び付けられる翻訳技術、モチベーションと体力・自己管理能力が挙げられていましたが、これは、どんな分野の翻訳にも当てはまることかと思います。

 続く「ノンフィクション出版のポリシーでは、読者の方を向く、素の部分を大切にするなどいくつかの点が挙げられましたが、ここでは、TLで「…上手く伝わっていない?」と思われた部分にのみ言及しておきます。「訳しにくい3%」の部分。セッションでは、尊敬する映画監督の「(なんでもない)ありきたりのシーンを撮影するのが一番難しい」という言葉を紹介され、そこから「翻訳でも、難しい駄洒落(を上手く訳したり)やI Love youを『月が綺麗だね』のように訳すのが上手いと思われがちなところがあるが、それ以外の平坦な97%を明晰に、リズミカルに、心地良く、伝わりやすく、癖がない訳にすることが一番大切ではないか」と続けていらっしゃいました(確かにスライドには『訳しにくい3%』という記載がありまして、「訳しにくい」という表現が一人歩きしてしまったのかもしれません)。私は、どちらかというと「よっしゃ、ここは上手く訳したるで」と意気込む箇所以外の部分も大切に訳すことが重要だと仰っているように聴きました。そのためのテクニックのひとつとして示されたのが、「文を短くする」ということ。パラグラフ毎に「このパラグラフをあと一行削れないか」という目で見直されるそうです。
 ノンフィクション翻訳の辛いところや、児島さんの考えるノンフィクション翻訳者の使命など、まだまだお話は続きましたが、私も書き疲れてきたので(笑)さくっと割愛。最後に、「先輩翻訳者の話をたくさん聞いて、先輩翻訳者の訳書をたくさん読んでください」と仰っていたことだけ付け加えておきます。
 そうそう、児島さんが、読むだけでなくAudibleで原書を繰り返し聴かれるということには言及しておかなければ。勉強手段としてももちろんですが、なにより著者の肉声(著者自身が読んでいることも多いのだとか)を聴くことは、翻訳にとても役に立つのではないかと思います。いつだったか、児島さんが「何度も何度もAudibleで聴いてから翻訳に入る」というようなツイートをされていて、とても心に残ったのを覚えています。


 最後にQ&Aからいくつか。
● リーディングから刊行までのリードタイムに関する質問(その間に鮮度が落ちてしまうのではないか)があったと記憶していますが、(あくまで私見ですが)「鮮度が多少落ちても読者が読みたい本か」「長い期間読んで貰えそうな本か」といった視点から原書を評価することも大切ではないかなあと思いました。もちろん、書籍の種類や内容にもよると思いますが。
● 自分にはどうしても合わない書籍の依頼がきたらどうする? → この点については本編の中でもお話があったのですが、自分には手に負えないと思ったものは断るけれど、少しでも「どうしようか」と悩むものは積極的に受けられるそうです(このあたりは個々の翻訳者の考え方かなとも思います)。面白く訳せるかどうかの「面白い」の部分を積極的に探されるという印象でしたが、同時に「『面白くない』と思いながら仕事をするのは、本にも出版社にも著者にも失礼だ、だれも幸せにならない」というようなことを仰っていたのが心に残りました。
● 自分の訳書で一番心を奪われた本は?→ 『シークレット・レース:ツール・ド・フランスの知られざる内幕』(タイラー・ハミルトン、ダニエル・コイル著)だそうです。読みたくなっちゃいますよね!

 ノンフィクション翻訳についてまとまったお話を聞いたのは、これがはじめてでした(たぶん)。考え方と制作の実際がうまくブレンドされていて、とても面白かったです。ありがとうございました。
2020. 08. 29  

 これまでさまざまな機会に帽子屋(高橋聡)さんの辞書セミナーをお聞きしてきましたが、そのたびに変化し、進化し、分かりやすく整理されていく印象があります。それはまた、私たち翻訳者をめぐる辞書環境がそれだけ目まぐるしく変化しているということの証なのかもしれません。帽子屋さんが、辞書毎の特徴をよく知る方々とお知り合いになるたびに、私たちに伝えて下さる情報は充実し、整理されていきました。「翻訳者のなり方・続け方」で、人と繋がることが大事というようなお話も出たと思うのですが、まさにそれが結実したものと言うことができるかもしれません。


 セミナーは、まず「なぜそんなに辞書を引く必要があるのか」という問いから始まりました。
 そう、フォーラムの皆さんのセミナーは、たいていこの「なぜ」(目的)から始まって、具体的な内容に展開していくんです。後半の怒濤の辞書紹介は圧巻でしたが、この部分をきちんと抑えておかないと、「どんな風に辞書を揃えていったらいいか」「なぜその辞書が必要なのか」という点が曖昧になってしまうと思うのですよね。
 帽子屋さんは、言葉を「世界を切り取るための不定型な枠」と定義されます。どう切り取りどう枠をつくるかは、辞書(編集方針)によって少しずつ異なる(辞書の個性)。同一言語内でもそうなのだから、二言語にまたがる辞書ではその差がさらに大きくなるのは当然。一対一対応は本来あり得ない。だから、英日の語義ができるだけイコールになるように、複数の辞書を引き、英々辞典や国語辞典の力も借りるのが、あるべき辞書引きである――ということになりましょうか。
 帽子屋さんはまた、「自分の語彙や言語知識はたかが知れている」というところから、原文から読み取った内容を確かに言葉で表現するためにさまざまな辞書を引く必要があるとも仰いました。語義が分からなければもちろん辞書を引くし、分かっていても(分かっていると思っても)自分の理解が本当に正しいか(その文脈でその訳語が使えるか)どうか確認するために辞書を引く。
 結局、言葉は文脈で決まるものであり、一冊の辞書の語義をどれかひとつ拾ってきても意味がない(その語義がどんぴしゃということも、もちろんありますが)。複数の辞書をひいて、ぼんやりした語義の「枠」をせばめていき、最終的に「コレ」という訳語に到達する、という作業が翻訳には必要なのだと思います。枠を正しくせばめていくには、辞書の訳語をみるだけではなく、用法や用例も確認する必要があります。それが、辞書を「引く」ではなく辞書を「読む」ということになるのかなと。

 辞書を効率よく「読む」ためには、各辞書の違いを活かす使い方をする必要があります。そのために知っておくべきは、各辞書毎の特徴(てか、この流れでええんかなと心配なのですが、私は帽子屋さんの語られるストーリーをこんな風に受け取りましたので、このまま進めます)。ということで、このあと、大中小の大きさ(収録語数)の違いによる特徴も含めた、各辞書の特徴の説明に入ります。
 その途中、「数をそろえて串刺ししてもだめ。辞書は用語集ではない」という言葉がありました。文脈を考えず、闇雲に「合いそうな訳語」を探すだけではだめなのですよね。そういえば、昔はDDWin(串刺しソフト)を使って、手持ちの辞書をとにかく串刺ししていた時期があったことを思い出します。思い返してみれば、あれは明らかに「訳語探し」だったと思います(恥)。

 英和、英々、国語、英語・日本語の類語辞典と説明が続き、話は辞書環境の変化から、アプリ、電子辞書、辞書ソフト、そしてオンライン辞書(無料・有料)にまで及びます。少し前まではPCにインストールする辞書が主流でしたが、今は、オンライン辞書(有料)を中心に、辞書ソフト+共通データを組み合わせ、足りない部分を紙辞書、アプリ、電子辞書で補うという使い方がいいのかなという印象です。

 終盤、帽子屋さんが勧める「まずはここまで」辞書環境と「できればここまで」辞書環境の紹介がありました。ナルホドねと思う内容でしたが、自分がまだ学習中の身なら気が遠くなってしまったかも(笑)。とりあえず、KOD又はJK+R Personal+国語小辞典1つ+ウィズダムあたりでしょうか…

 最後に、Takeawayの中で、当日のキーワード3つの再確認がありました。
 ・ 大は小を兼ねない
 ・ (たかが辞書)、信じるはバカ、引かぬは大バカ
 ・ 真に”辞書はお金で買える実力”となるように
 個人的には、3つ目の「真に」の部分が一番耳に痛いですね。たくさん集めても使いこなさなければ意味はないということだと思いますが、かつて、「大先輩が書籍やブログなどで勧めておられた」というだけの理由で購入し、その後書棚の肥やしになっている辞書は1冊や2冊ではありません(まあ、1年に1回くらい使うものもありますが)。たとえば、翻訳する文書の種類や分野が変わったためにあまり使わなくなった、という場合はまた話が別だと思いますが、それ以外の辞書選びに際しては、「自分は本当にその辞書を必要とするのか、使うのか」という視点を忘れずに、辞書を選んでいきたいと思います。

 そんな私が今回購入したのはウィズダム英和辞典(第4版)。書籍版を買うとウェブサイト版も使えるようになるというのはやはり魅力的です(スマホにはアプリは版を入れているのですが…そういえば、このところまったく外出しないので、アプリ版を引くことはなくなっていました)。それから、年間215ポンド(OR 295ドル)というお値段に目眩がしますが、OEDオンライン版にも食指が動いています(初年度分だけだと思いますが、90ポンドキャンペーンというのを来年3月までやっているらしいんですよね)。今後、OEDを活用できそう系のお仕事を増やしていきたいという気持ちもあるので、帽子屋さんのブログ記事を読み返したりなどして、もう少し考えよう。他にも何冊か気になった辞典がありましたが、「その辞典は今のあなたに本当に必要?、それはなぜ?」と自問しながら、少しずつ増やしていけたらと思います(予算には限りが…)。

 「翻訳フォーラム2020」に申し込まれた方は、このセミナーの資料がDLできますので、視聴する時間がなくても、DLして目を通されることを強くお勧めします。各辞書の特徴が分かりやすくまとめてありますし、巻末の参考図書や参考サイト情報も充実しています。本当にお宝だと思います。いや、帽子屋さんの回し者じゃありませんから<念のため。

 「通翻フォーラム2020」にお申し込みでない方は、帽子屋さんのブログの関連記事を読むだけでも、辞書についてかなりの知識が得られると思います。
 旧・禿頭帽子屋の独語妄言 side A http://baldhatter.txt-nifty.com/
 新・禿頭帽子屋の独語妄言 side α https://baldhatter.hatenablog.com/
 (旧ブログの「辞典・事典」カテゴリには196本の記事が収納されています)
 また、翻訳フォーラムのメンバーである深井さんが、Togetterに関連ツイートをまとめてくださっています。
https://togetter.com/li/1582546
こちらも参考にしていただければ。MacからiPadを引く等、セミナーで話題に上がり、その後実際に使用されている方が使用方法をまとめたツイートなども含まれています。


 「翻訳者のなり方・続け方」で、一時間そのテーマについて喋り続けられるだけのものがありますか?と問われたと思うのですが、体力と喉さえ続けば、帽子屋さんはきっと三日三晩でも喋り続けられたに違いありません。それほど、楽しそうに話をされていました。
 貴重な情報満載のセミナー、ありがとうございました。
プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

Counter
最新トラックバック
検索フォーム
QRコード
QR