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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


 ご無沙汰しました。
 それなりに元気です。
 ちょうど、一年も折り返し点を迎えましたので、近況報告(?)など。

 一昨晩、一年以上抱えてきた大きな仕事にひと区切りつきました。

 振り返ってみれば、苦しく楽しい仕事で、やり甲斐はありました。けれど、収入的にあまり期待できない仕事ではあります(分かって引き受けた、というか突っ込んでいった仕事なので、後悔はありませんが)。遅々として訳出が進まぬ毎日の連続でした。特にここ半年は、どこがどうという訳ではないのですが心身の不調が続き(…単に年のせいかも…)、文字通り這って机に向かう日々もありました。よく乗り切れたものです。そこだけは自分を褒めてやろう。

 この仕事を最後までやり遂げるために、昨年は少し仕事をセーブした時期がありました。おかげで、昨年の収入は百万円を切るという目を覆うばかりの結果でした(貯金を切り崩して生き延びました)。チラッと事情を書いた記事はコチラ

 今年も少し仕事をセーブしたのですが、偶然にもと言うかなんと言うか、セーブを始めた時期は、COVID-19の流行が本格的に始まる直前でした。5月の連休明けに通常営業に戻したものの、世間はStay Homeのただ中。小さな仕事しかないか、大きな仕事の打診はあるものの、こちらの呈示する納期が折り合わず流れていく、という悲惨な状況が長く続きました。最近やっと「(多少)状況が改善してきたかもしれない」と感じています。一時的なものかもしれませんが。そんなわけで、今も貯金を切り崩して生活しています。

 というわけでですね、Twitterでは結構エラそーに翻訳に対する態度など呟いたりしておりますが、決して「楽しくやりたい翻訳をする」と「翻訳で生計を立てる」のバランスがとれた生活ができているわけではありません(エラそーなことたくさん書いてスイマセン)。

 そんな私の下半期ですが、年末の記事で表明したとおり、貯金に頼りながら、やりたい仕事(先日ひと区切りついた案件とは、まだしばらくお付き合いが続きます)を優先し、無理のない範囲で実務の仕事も受けながら、がしがし勉強できたらと思っています。やっぱり力はつけておきたい――と言っても、私くらいの年齢になると、一生懸命勉強して「現状を維持できる」というのが本当のところかもしれませんが。

 まだ本調子にはほど遠いですが、とにかく納期通り大きな仕事を納められたことで、少し気持ちが楽になりました。
 当面、無理せず頑張っていこうと思います――いやいや、がしがし勉強するんでしたね(棒読み)。
2020.06.30 22:44 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |

と考えておられる方もいらっしゃるかもしれません。
楽かどうか、稼げるかどうかは別として、在宅でできる仕事には違いありませんから。

Twitterでは、ある翻訳講座に関するツイートがよく流れてきます。
そのやり方を踏襲すれば、英語力がなくても簡単に翻訳者になれるのだとか。
(講座受講費用はかなりの金額でしたが)

「翻訳」がどういうものかよく分からなければ、そういうものかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
私も、他の業種や職種が実際どのようなもので、相応の収入を得ようとした場合、どれくらい頑張らなければならないかということは、正直よく分かりませんので、それも当然かと思います。
(私は翻訳で継続して収入を得るのはかなり大変なことだと思っています。そして、どんな仕事も、同じように勉強や工夫や努力が必要なのだろうなと思います。楽して稼げる仕事などありません)

「屋根裏」は、「自分の場合はこうです(こうでした/こう思います)」というスタンスで記事を書いているのですが、今回のみ、「翻訳をしてみたい」「翻訳に興味がある」という方を(読者として)念頭に置いて、できるだけ安価に「翻訳とはどういうものか」に関する情報を得られるよう考えてみました(独断と偏見ですが)。
(私は英和翻訳者ですので、そちら方面(?)中心の情報になっておりますこと、ご容赦ください)

書籍:
1 『できる翻訳者になるために プロフェッショナル4人が本気で教える 翻訳のレッスン』(講談社、2016年)
2 『最新版 産業翻訳パーフェクトガイド』(イカロスムック、2019年)
https://www.ikaros.jp/sales/list.php?srhm=0&tidx=36&Page=1&ID=4555

まず手に取る書籍としてこの2冊を選びました(他にも何冊も「これは」という書籍はありますが、「できるだけ安価に」ということで2冊に絞りました)。
1を読むと、「翻訳とはどういうものか」という輪郭が掴めるのではないかと思います。2は、翻訳エージェント寄りの内容になっている点が若干気にはなりますが、業界の動向や各種産業翻訳に関するおおまかな知識が得られると思います。全国のエージェント一覧表もあります。

ウエブサイト(ブログ):
書籍1、2で輪郭が掴めた方には、以下のブログ(記事)をお勧めします。

Buckeye the Translator
Budkeyeこと井口耕二さんのブログ。
「翻訳」そのもの、翻訳の品質、ビジネス的側面等、ためになる記事が満載です。いくつかご紹介しようと読み進めましたら、逆にどれを外していいか分からなくなってしまいましたので、わりと最近のものから3本選びました。どの記事にも、ご本人が関連する過去記事へのリンクを張ってくださっています。

誤解されやすい翻訳業界の常識――産業翻訳は情報を伝える、文芸翻訳は心を伝える

ひょうたん図

JTF翻訳祭2019のレポートを読んで思ったこと-その3「機械翻訳に関する提言について」


岩坂彰の部屋 
ノンフィクション書籍とニュースの翻訳をされる岩坂彰さんが、以前ウエブマガジンに連載された記事をまとめたもの。前半(~28回)は翻訳者以外の翻訳関係者に向けて、後半(29回~)は翻訳学習者を念頭において書かれたとのこと。かなり古い記事ではありますが、基本的な考え方は変わらないかも知れないと思いましたので、第1回、第2回の記事へのリンクを張りました。

なぜ翻訳をしなければならないのか

翻訳者が伝えるべきもの


翻訳横町の路地裏
齊藤貴昭/Terry Saitoさんのブログ。翻訳者として「翻訳会社に搾取されない、自分を卑下しない、翻訳者としての自分を大切に」という視点からさまざまな記事を書いてくださっています。


翻訳に必要な7つのカード ー翻訳を独学するー
YujiさんのKoujou Blogの記事。「翻訳を独学するには何が必要か」が、それらの関係性も含めてまとめられた素晴らしい記事だと思います。勉強を始めようという方は、まずここから。


書籍のおまけ:
『翻訳とは何か:職業としての翻訳』(山岡洋一、日外アソシエーツ、2001年)
上記のブログ記事(翻訳に必要な7つのカード)でも触れられている山岡洋一さんの著書。翻訳をされる方なら、どこかで一度読んでおかれるのがいいと思いますが、翻訳(の勉強)を始める前より、少し勉強してからの方が身につくことも多いのではないかと思いましたので、最初のX冊からは外しました。


ウエブ上の辞書:
翻訳者はCD-ROM形式の辞書を揃え、それらを串刺し検索するというのが、今も一般的なやり方かと思います。けれど、辞書を揃えていくにはそれなりにお金も掛かります。そこで活用したいのがウエブ上の辞書。無料辞書もたくさんありますが、内容が玉石混淆ですので、それだけに頼るのは危険です。そこで私のお勧めは、Japan Knowledge Personal。少し高くなりますが+Rのオプションがお勧めです。「利用できるコンテンツの一覧」を見ると分かるとおり、基本辞書に加え、「ビジネス技術実用英語大辞典V6」(通称「海野さん」の最新版)の他、「理化学英和辞典」「医学英和辞典」「岩波 生物学辞典」などの専門辞書、ヨーロッパ言語辞書も検索できるからです。
https://japanknowledge.com/personal/price.html

蛇足ですが、医療翻訳者としては、この他に、

日本医学会 医学用語辞典
http://jams.med.or.jp/dic/mdic.html
(要登録)
ライフサイエンス辞書
https://lsd-project.jp/cgi-bin/lsdproj/ejlookup04.pl
(日英翻訳時にコーパスが便利)

も重宝しています。

また、辞書ではありませんが、JTF(日本翻訳連盟)が昨年発行された『JTF日本語標準スタイルガイド 』(2019年8月20日)も、訳文表記の指針になるかと思います。作成にあたって参考にされた資料の一覧も付記されています。


上で紹介した書籍やブログをじっくりと読めば、翻訳はどんな仕事なのか、どんな能力・資質が必要なのか、それをどんな風に身につければよいのかが、分かってくるかと思います。
決して、手元にPCがあり、インターネットに接続でき、英語がそこそこ読めればできる仕事ではないことも、お分かりいただけるのではないかと。

この先、翻訳でそれなりの収入を得ることは、今までにも増して難しくなるのではないかと思います。私自身も、「いつ仕事がなくなるかもしれない」という不安と戦いながら毎日を過ごしています(体力も落ちてきたし…)。それでも翻訳を続けて行くには、業界や顧客の動向を読みつつ、もっと力をつけるしかないと思っています。

そんな、明るいかどうか何とも言えない業界ですが、今は、おそらくどんな業界でも多かれ少なかれ事情は同じですよね。核となり幹となる考えをしっかり持ち、勉強して力をつけていくことを厭わなければ、翻訳者として長くやっていくことは十分可能だと思います。一人でも多く、そうした翻訳者の方が育っていって下さればと思います。
2020.05.07 04:53 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |

(…なんて捻りのないタイトルなんだろう…)

先日、ツイッターで、山岡洋一さんの『翻訳とは何かー職業としての翻訳』の一部を紹介し、それについて思うことを三連投しました。内容は以下のとおりです。

1
「翻訳とは、原文の意味を読み取り、読み取った意味を母語で表現する作業である (中略) そして、翻訳は学び伝える仕事である。学んだ内容を伝え、伝えるために学ぶ。力のある翻訳者なら、この過程で、どんな専門家もかなわないほど、どんな実務家もかなわないほど、深く理解する」『翻訳とは何か』(山岡洋一)から(P.100)
2
どんなに学んでも専門家の理解を超えることはできないのではと、私は思う。それでも、学びに際し「専門家を超えるくらい頑張ってやる」という気構えと深い理解は必要。「どうせ超えられないし」と自分を甘やかしてしまっては、そこから先に進めない。
3
そして、もうひとつ大事なのは「伝えるために学ぶ」ということ。学びは大切だけど、学びが目的になってしまっては本末転倒。つねに「誰かに伝えるのだ」という意識を忘れないようにしなければ(翻訳を始めたら無意識のうちに必ずそのスイッチが入っているのが理想なのだろうな)。


学ぶ目的をはき違えてはいけないけれど、それでも、翻訳をやめるその日まで、翻訳者は学び続けるべきなんじゃないかと、私は思っています。

仕事以外のまとまった勉強以外に、日々の仕事そのものからも、何かしら学ぶことはあります。惚れ惚れするような参考資料を頂くこともありますし、ナルホドと納得できこちらの不勉強を恥じるようなFBを貰ったこともあります。特に、経験の浅い頃は、分野独特の表現や用語など、たくさんのことを学ばせてもらいました。「?」な原文さえ反面教師になります(あまり出会いたくはないですが)。

けれど、(仕事も含めて)毎日が勉強と意識しつつ、同時に、納品物は商品ということも忘れないことが大切だと、ここ数年強く思うようになりました。

実際は、納品後、確認・修正・表現変更などの過程を経て、自分の翻訳物が顧客の手に渡るには違いないけれど、「そのまま顧客の手に渡っても問題ない」と思えるレベルの訳文を、毎回納品する。「商品」なのだから、妥協はしないし、甘えもしない。手もかける。学びに時間を費やし、参考書籍にお金を費やし――と、それなりに元手もかける。だから、どんな単価でもいい、ということはない。安売りはしたくない。下げ圧力があっても「下限はここ」は譲れない(まあ、それがそもそもそんなに高くないということはありますが)。

「仕事=学び」という意識が強かったせいでしょうか、私は、かなり長い間、学びの成果物=商品という意識が希薄だったように思います。
けれど、「商品」意識をもつことで、商品価値という視点からも、ものごとを考えるようになりました。ただ、「学ぶことが好き」「知識が増えるのは嬉しい」「訳すのはしんどいけど楽しい」だけではなく(それが翻訳を続ける上での一番の原動力ではあるのですが)、「商品」を意識することで、「大事にしたい」という気持ちも強くなったような気がします。


ツイッターの「学びが目的になってはいけない」に関連して色々考えていて、「日々学び、仕事も学び、でも『商品』意識も忘れず」といったようなツイートをしたのですが、舌足らずのツイートになってしまいましたので、ブログ記事にしました。連投できるとは言っても、140字という制限の中で伝えたいことを的確に伝えるのは本当に難しいです。
2020.03.09 00:34 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |

「今ごろ読んでるんかい」(2009年初版発行)と言われそうですが、先日まで読んでました。2巡しましたので、来週から「リベンジ編」に進もうと思います。

ツイッターで、

付箋と蛍光ペン片手に、今更「日本人なら必ず誤訳する英文」を読んでいるのだけど、間違い多くて泣ける。文法と構文に注意して読むようになった積もりでいたけれど、まだまだ雰囲気で読んでいるのだと痛感。「もっときちんと身につけなさい」という天の声と解釈。でも凹む(泣)。

と呟いたのが、昨年の11月13日。
2巡に2ヵ月かかっているわけですが(毎日ホントにちょっとずつなの)、それくらいの進み具合だと、いい具合に内容が記憶から消えていて、新たな気持ちで問題に取り組むことができます(言い訳です、はい)。

2巡目でも、1巡目に間違った箇所の半分以上で、同じ間違いを犯してしまいました。きっと、そこが自分のもっとも弱い部分なのだと思います。途中からは、問題と越前さんの解説をノートに書き写すようにしました。忘れた頃にもう一度読み返そうと思います。
(蛇足ですが、1巡目に正解だった問題を2巡目に間違う、ということもありました。雰囲気で「こんな感じかな」と訳したら、たまたま正解したもので、きちんと文法を理解していたわけではなかった、ということですね。)

文法的な弱点はさまざまあれど、それ以前に、自分は「雰囲気訳」が多いということが分かりました。勉強会に参加するようになってからは、雰囲気訳をしないよう注意してきたつもりですが、まだまだ「もうひと調べ」「もうひと確認」が足りないときがある。
読みや文法的解釈が不十分であっても、前後の流れからそれなりに訳せてしまう。しかもその解釈で(大筋は)合っていたりするものだから、文法を甘くみてしまう――それは、自分の欠点であり甘さであるということを痛感しました。
こんなに、できない、なんて(震撼)。

英文を文法的にきちんと解釈し、特定の単語や表現が使われている意図を理解し、その上で正しく文脈をよみとる――そのどれが欠けても、著者の意を汲んだ(その思考の流れを正しく移植した)適切な訳文を書くことはできないのだという、あたりまえと言えばあたりまえのことを、「日本人なら必ず誤訳する英文」に教えてもらったような気がします。

というわけで、次は「リベンジ編」に進むわけですが、この本のカバーのそでに書かれた「誤訳を防ぐための3か条」が――あたりまえのこととはいえ――とても素晴らしいものでしたので、転記しておきます。

1. 常識を働かせて英文を読むこと。違和感を覚えたら読みなおし、ゆっくり考えなおすこと。違和感には、大きく分けて形と意味の2種類がある。
2. 自分の弱点となっている文法事項を知り、覚えるべきことは覚えること。文脈から判断できない場合、最後の砦は文法の知識である。
3. 「自分の持っている知識など、たかが知れている」と自覚して、つねに調べ物を怠らないこと。
(『越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 リベンジ編』越前敏弥)
2020.01.23 23:57 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |

決して、どなたかに大きな「迷惑」を掛けたという意味ではありません、念のため。
(周りの方々に小さな迷惑をたくさんかけたであろうことは想像に難くありません。この場を借りてお詫び致します)

ということで、一年を振り返ってみました。


[総評]
慌ただしく過ぎた一年でした。
一年一年、少しずつ短く感じられるようになるのは、これが「年を取る」ということなのでしょうか。

ゆるやかに体力が低下し、ついに五十肩らしきものを迎えた以外は、主人も私も大過なく過ごすことができました。また、義父母も、白内障の手術、運転免許返納、自律神経の失調から来るらしい義母の不調などはあったものの(そしてもちろん、一年分のおだやかな老いはありましたが)、こちらも大過なく、家族の健康という点では平穏な一年でした(あと数日ありますが、たぶん)。ありがたいことです。せめてあと一年、この穏やかな状態が続いてくれればと願うばかりです。


[翻訳仕事]
「こういう訳文をつくりたい」「こんな風に翻訳と向き合いたい」が揺るがず来れた以外は、惑いの一年でした。今年を一字で表すなら「迷」か「惑」でしょうか。

今後の方向性について悩み続け、未だ答えは出ていません。

縁あって書籍の翻訳に携わる機会を得ました(正確には、まだやってます)*。
諸般の事情で、来年中に形になるかどうかは微妙なところです。もっと詳しく経緯をお伝えできる日が来るといいのですが。
毎日が、「自分なんかがこんなことをやっていていいのか」→「そんな弱気では著者にも読者にも失礼だ」→「とにかくできることを精一杯やろう」→自分のできなさ加減に打ちのめされる→最初に戻る、の永遠のループですが、きちんとやっているうちに終わりが来ることを信じて、一文ずつ、一パラグラフずつ、一章ずつ前に進むしかありません。
 * 書籍のことは、きちんと形になってから報告すべきなのではないかと悩みましたが、惑うている理由をきちんと説明するには外すわけにはいきませんでした。ということで、最低限の情報のみ記載することにしました。

翻訳を始めるにあたって、書籍の翻訳では先輩にあたる方から助言もいただきましたが、長いことなかなかペースが掴めずにいました。納期が長すぎて途中でダレてしまうということもありました(というかそこは現在進行形)。
そこに、普段の仕事・勉強会・セミナーの裏方の雑務が重なりました。
勉強会も裏方も「今しか打ち込めない」「打ち込みたい」という思いがあり、結果、仕事を減らすことになりました。

当然、今年の収入は昨年を大きく下回りました。
「仕事を減らす」という決断ができる環境にあったことは、幸せだったと思います。
我が家は数年前に主人が(体力的・精神的な限界を感じて)自己都合退職したため、その後、おもに私の収入のみで生活しています。私には二人分の生活を養うだけの収入がないので、少しずつ銀行預金を切り崩す生活をずっと続けてきました。それができたのは、退職までは主人の安定した収入があり、それまでにそこそこの貯蓄ができたからです。とはいえ、預金残高が少しずつ減っていくという生活は気持ちのいいものではありません。ここ数年大きなストレスになっているのは確かです。そして、仕事を減らした結果、当たり前と言えば当たり前ですが、今年の減り方は尋常ではありませんでした。

書籍の翻訳は、大変ですがやり甲斐もあります。けれど(ご存じだと思いますが)印税という形でしか収入になりません。また、「次」があるかどうかも分かりません(それも私の力次第なのでしょうが)。一年間、「この先どうしよう」という不安といつも背中合わせでした。
今までどおり実務の仕事を続けるにせよ、やり甲斐を感じられない仕事もそれなりにあり、今のままではいけない(自分の心が死んでしまう)という焦りもありました。
また、毎日の生活の糧をきちんと稼げていない状態で、ブログ等で翻訳の勉強を語ることについても、「そんな話をする資格はないのかもしれない」という思いが心のどこかにあり、常にその思いを引きずって苦しい一年でした。

「この先、どうしよう」
今も迷いの中にいます。
けれど、あと一年、迷いながら今の状態を続けようと決めました。とりあえず、一年なら生活なんとかなりそうなので。

まだ実務翻訳の効率を改善する工夫はできそうです。その点は、少し落ち着いたらもう少し探っていきたいと思っています。
また、これもよい機会かもしれないと、今年後半、方向性が違うと感じていた翻訳会社への登録を抹消しました。それで少し気分が楽になりました。今後は、受けたい仕事を中心に受けていくためにもっと何ができるか、という点もよく考えていこうと思います。
年末、友人の紹介で新たに翻訳会社に登録する機会に恵まれました。「CATは使わない、英日のみ」という条件を最初に提示した結果、「回せる仕事は少ないかもしれませんが」という話ではありますが、双方気持ちよく合意に達することができました。この流れになったのも、私の日々の仕事振りを友人が見ていてくれたからに違いなく、普段の仕事がいつどんな形で実を結ぶか分からないと実感しました。

この先しばらくは、実務の仕事をセーブしながら、書籍と勉強に一番の力を注ごうと思います。
それが、次の一年でやりたいことです。どんな風に進むにせよ、やはり力をつけておくことは大切だと思うので。
これまで培ってきたものが無駄にならないよう、SNSに足を突っ込みすぎないよう(笑)、一年頑張ります。
その結果、自分なりに書籍と実務のバランスをとったところに着地できるといいのですが。


本ブログも、これまで同様、そのときどきに思ったことを綴っていきます。
一年間お世話になりました。来年もどうぞ宜しくお願い致します。
皆さまが、平穏に新しい年を迎えることができますように。そして、新しい年が良き年になりますように。
少し早いですが、年末の挨拶とさせていただきます。
2019.12.27 03:40 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |