屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

・・・という表現でいいのだろうか。

手持ちが少なくなったので、新たに100枚作りました。
いつも近所の文房具屋さんにお願いしています。多少割高にはなりますが、かなりデザインの融通がききますし、1~2文字増やしたり減らしたりしても、きれいにレイアウトしてくださいますので、結構気に入っています。

「名刺を持つ」ということに対し、長いこと頑なに心を閉ざしておりましたので(?)、初めて名刺を作ったのは4年前です。
表書きに微調整は加えましたが、これまでのデザインを踏襲しました(ジツは気に入っているのだった)。

ただ、今回は裏に取扱い分野を追加しました。
こんな感じです↓↓↓

科目:循環器科・脳神経外科・口腔外科・整形外科など
機器:植込み機器(心血管疾患関連機器の経験豊富)・手術用具など
文書:臨床/非臨床試験報告書・論文・社内/院内教育資料など


同業者・翻訳会社の方はもとより、そういう機会があれば業界外の方にお渡しすることも念頭に置いて記載内容を考えました。
いちおう「この内容の案件であれば期待を裏切らない訳文を提出します」と胸を張って言えるものだけを記載しています(まあ5%くらいは「盛って」ますし、普段猫背なんで胸を張るといってもたかがしれていますが)。

ワタクシは普段、どちらかといえば、「できることでもできるとは言わない」自分からは出て行かないタイプなのですが(『だって言ってできなかったら恰好悪いし、言わなかったら上手くいかなくても分からないし』という小ずるいタイプともいう)、今回は勇気を振り絞って「できることは言う」名刺を作ってみました。
名刺に恥じない仕事をしようという気持ちにもなるので、実際に仕事につながることはなくても、これはこれでいいのかもしれない。

もう一度増刷する機会があることを祈りつつ...
2017.03.20 23:51 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |
...正直ワタクシも好きではありません。

最初の訳文を作る時点で最終稿の90%以上のものができるような訳し方をしますので*、分納時点で見直して納品する、ということ自体はあまり苦にならないのですが、それでも、かなり訳出が進んでから訳語を変更することもありますし、分納、なければないにこしたことはありません。

* このあたりのやり方は人それぞれだと思います。ワタクシの場合は、「分からないことを分からないまま取りあえず訳しておく」というやり方が性格的に苦手なのと、実親を看ていたときの「訳したところまでは常に完成品に近い状態にしておく」というやり方が身体に染みついてしまった結果、今ではそのやり方が自分にとって一番心地いいやり方になっている、ということです。


ワタクシ的分納には、多数ファイルを1案件として受けたときの「ABCを○日までに、DEFを▲日までに、GHを△日までに」というパターンと、大型の1ファイル案件を「○日までにXXページまで、▲日までにYYページまで、△日に最期まで」というパターンの2種類があります。前者も、たいていは関連ファイルで、最低、機器、部品、機能の名称は統一しなければならないのですけど、気を遣うのはやはり後者の方です。

とはいえ。
図表満載の原文原稿に対して、ナンバリング対応のWordベタ打ち納品の指示を頂いたりすると、「これ全部キレイな原稿にするの大変だよな」「訳文チェックと切貼りは早いうちから少しずつやっておきたいよな」とかも思うわけで(実際にそういうやり方をされているかどうかは分かりませんが)。そう考えると、翻訳会社さんの負担軽減にもできる限り協力したいと思ってしまうのです。

でも、訳出作業に大きく支障が出るような分納は避けたいので、ワタクシの場合は、次のことを心掛けるようにしています。

1. 調べものや訳語決めに時間がかかるため、最初に訳出できるページ数は少なく、また、最初の間は頻繁に戻って訳語の変更を行っているという事情を説明し、初回分納日をできる限り遅く設定してもらう(クライアント様からも分納指示が出ている場合は別ですが、たいていの場合はかなり遅めに設定していただけます)。

2. 後追いのマイナー変更が可能かどうかを確認する(「マイナー」を強調するのがポイント、できると分かれば自分自身も心安らかに翻訳することができます)

3. 2回目以降の分納時にも、全体の訳文を納品し、前回(まで)の納品分からの変更部分があれば目立つ色でハイライトする(メールにその旨を記載。3~4語句ある場合は、メール本文にも変更内容を記載、又は秀丸変更メモを添付する)

...と、この3点を実行するだけで、ワタクシ的にはかなり心安らかに分納に対応することができます(1、2の点は、お付合いの長い翻訳会社さんとの間では、この頃は暗黙の了解みたいな感じになっていましたが、ときどきは言葉にしてきちんと確認しなければとちょっと自戒しました)。翻訳会社さんからの「助かります」的なコメントは特にないですが、どこからも何も言われず仕事の依頼も切れない、ということは、このやり方で大きな問題はないのだろうと勝手に思っています(だといいが<自分)。
「最初から最終稿に近いものを」という自分のやり方も分納に合っているのかもしれません。分納間の表記ゆれも、Wordの検索機能にWildright辞書を加えてかなりチェックがラクになりました。

とはいえ。
なければその方がありがたい分納ではあります。
2017.03.16 15:05 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(6) |
ここしばらくワタクシはoftenと戦っていました。

著者はoftenがお好きな方のようでした。
さまざまな疾患の説明が延々続き、「その疾患ではoftenこういう症状がでるからね」のような使われ方です。
非常にヤル気を掻き立てられる面白い案件だったのは事実ですが、いかんせん(屋根裏比)納期が非常に厳しく、「しばしば」「往々にして」「よく」「多くの場合」「である場合が多い」など少ない手持ち札で対応せざるを得ないことが多く、自分の語彙の少なさに悔しい思いをしながら、納期と戦いながらの翻訳となりました。

嵐が過ぎ去った今、oftenについてもう少し考えてみたいと思います。

訳語のバリエーションについて考えるとき、個人的にまずお世話になるのは「うんのさん(ビジネス技術実用英語大辞典)」、次に「新和英大辞典」(全文検索で逆引き-このやり方は昨年のJTFセミナーでT橋さんに教えて頂きました)という感じです。電子辞書格納の英々辞典で意味を確認することもあります。そこで、「なんか、なんかな」と思うときは、辞書では「日本語大シソーラス」、ウェブでは「類語玉手箱」や「連想類語辞典」も確認します。後者のサイトは「え?そこまで連想する?」という場合も結構あり、たいてい再度国語辞典で確認する手間が発生するこのですが、自分では思いつかないような類語に出くわすことも多く、ワタクシは結構愛用しています。

類語玉手箱→http://www.thesaurus-tamatebako.jp/
連想類語辞典→http://renso-ruigo.com/

今日は、日本語訳語からの連想的発展はちょっと置いておいて、oftenそのものについて考えてみました。
母語使用者の肌感覚(?)的な「頻度」がもう少し分かれば、その文全体でoftenが一番生きる訳語を当てはめてやることができるかもしれない。

ということで。
とりあえず「Oftenは何パーセントなのか」を求めてSayoは行くのだった。

oftenとfrequencyでGoogle検索をすると、たくさんの結果がヒットします。ざっと見てみると英語学習者向けの文法のページが多いような感じです。パーセント値が示してあるサイトで目についたものを2つほど挙げておきます。

http://www.eslgold.com/grammar/frequency_adverbs.html
https://www.englishclub.com/grammar/adverbs-frequency.htm

他の英語学習者向けのサイトも合わせると、だいたい60~70%という感じでしょうか(*あくまで「参考」ということで)。

ついでに「The Grammar Book」(3rd. Ed)も調べてみます。たまに思い出して確認してみると、他の文法書には掲載されていないような事柄が書かれていたりするあなどれないヤツです(<でもたいてい忘れているので、Amazonでは「ほぼ新品同様」と形容されるキレイさなのだった)。

「Meaning of Preverbal Adverbs of Frequency」という項目があって、PositiveとNegativeに分けて、low frequencyからhigh frequencyの順にならべてあります。
そこでは、oftenはfrequentlyとまとめて、sometimes/occasionallyとusually/generally/regularlyの間に置かれています。「出版物だから絶対正しい」とは言えないと思いますが、この位置関係はひとつの目安にはできそうです。


この頃、訳出に苦労する簡単な単語については、(ケースバイケースですが)ただやみくもに訳語のバリエーションを増やそうと努力するより、その訳語の「立ち位置」を自分の中で明確にしてやる方がいいのかもしれないと思うようになりました。その方が、文単位で訳語を考えるとき、「こうは言える」「ここまで離れてOK」「これはやりすぎ」の判断がしやすい場合が多いように感じるのです(あくまで、まずは基本からいきたい自分の場合ですが)。この状態で「連想類語辞典」に戻ると、最初より「選択肢としてこれもありかも」と「これはあり得んやろ」が増えているのは事実です。

でも、やっぱりこれからもoftenには悩むと思うSayoなのだった。
2017.03.05 00:13 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
「翻訳力を向上させるには良質の文章を読むとよい」という言葉をときどき耳にします。

以前は特に疑問も持たなかったのですが、あるとき「良質の文章て具体的にどんな文章やねん」という疑問がふと頭に浮かび、以来答えの出ない世界をぐるぐるしていたSayoです。

自分が翻訳者として関わる分野でいえば、「著者の意見が、業界用語を正しく用いて理路整然と書かれており、起承転結に齟齬がなく、その分野の基本知識を身につけた人間であれば、一読して趣旨が頭に入る」文章が良質の文章といえるのかなと思います。

一般的な文章についていえば、やはり「基本的な文法に則った、流れのある読みやすい文章」をひとつの「良質の文章」と呼ぶことはできるかなと思いますが、そうではなく、たとえばあちこち引っ掛かる表現であっても心に残る文章というものもあり、ではそれは「良質」ではないのかと問われると、分からなくなってしまうのです。

「質」という言葉を用いることで、どうしても主観的要素が混じってしまうように思います。書かれた目的、読まれる目的、対象読者などがさまざまに異なる日本語の文章全体をひっくるめて「良質の文章」と呼ぶことにも無理があるように感じます。

なので...

全方位的「良質」文章を追究するのは止めにして、自分が目的とする種類の文章における「良質」を求めていくことにしました。
たとえば、フィクション、ノンフィクション、実務文書、新聞等で良質の文章というのはビミョーに異なると思うのです。

とはいえ、基本は大事なわけで。

日本語文法と文章作成技術の基本を抑えた上で、常に「自分の求める種類の文章における『良質』は何か」を考えながら、広く文章を読んでいくのが理想かなあと思っています。
そうする上で、「今(あるいは短期的視点で)どんな文章を書く必要があるのか/書きたいのか」と「長期的にどんな文章を書いていきたいのか」の両方の視点から、優先的に読むべき文章を選んでいくのがいいのかなと。短期必要文書系6割、長期文章鍛錬系4割とか(割合はときどき見直します)あくまで自分の場合ですが(で、「優先的に」をためてしまういつものパターンなのだった)。

とはいえ、基本だけでも不十分なわけで。

そのうちご紹介したいと思いつつ年を越してしまった(<というか、世間はすでに3月なのだった)「文章の書き方」で、辰濃和男さんは、「広い円」という言葉を使って、1のことを書くために(たとえば100の)多くの情報を得ることの大切さを説いておられます。言葉も同じで、100通りの語彙や訳し方が自分の中にあってはじめてぴったりの訳語を選ぶことができるのではないかと思うわけです(まあ、100は自分には逆立ちしても無理と思いますが)。そのためには、さまざまな文章を多読して自分の中に語彙を蓄積する必要があるかなと。

ということで、強引にまとめてみると...

基本は大事。
常に目的とする文章における「良質」を自問自答することを忘れない。
その上で語彙を蓄積する努力をする。

...みたいな感じになりましょうか(...理想ですが...)
2017.03.02 23:40 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
某社主催のリーディングの通信講座の課題を無事に提出することができました。息も絶え絶えのSayoです。

思えば1年前、HPで偶然目にした上記の講座。
6ヵ月の間に2冊の原書(フィクション/ノンフィクションの2つのコースから選択、課題図書1冊+自由選択図書1冊)を読んでシノプシスを提出すると添削されて返ってくるというものです。
かなり食指が動きましたが、当時ワタクシはすでに****アカデミーさんのノンフィクション講座の受講を始めていて、仕事量の減少を1割程度に留めた状態で、6ヵ月間に2つの講座を完走するのは自分には無理と思いました。
そこで、「こういう事情で今は申込みを躊躇しているのですが、2期目の募集予定はありますか」と問い合わせたところ、予定はないとのことで、救済策として特例として半年期間を延長して頂きました(蛇足ながら、こちらの講座は好評だったようで、実際は昨年2期目の募集がありました<そういう事情もありまして、講座の内容をあまり詳しく書けないわけなんですが、ご了承くださいませ)。

ノンフィクション講座は7月には終わったのですが、その後もだらだらと日々を過ごしてしまい、気づけば年も変わり、締切りまで2ヵ月もありません。
結果、40日弱で2冊の書籍を読み5日で2冊分のシノプシスを書き上げるという、恐らくは実際の「実務もやりながらリーディング」に近い形で課題に取り組むことになりました。毎日、仕事を終えたあとに最低1時間は強制的に原書を読む、メモを取る(←フツーはここで雑誌や小説を読んだり、ぼーっとテレビを見たりして緊張を解いてます)という生活、精神的にしんどかったですわ~。おかげで確定申告は忘却の彼方じゃ。

とはいえ、1年の間に課題図書と選択図書両方のCDブックを手に入れて、何度も繰り返し聴いていましたから、一からのリーディングというわけではありませんでした。
...とたかを括っていたりしたわけです。「内容分かってるんやから楽に読めるや~ん」的な。浅はかでした。「キモはどこか」を考えながら読むのと聞き流すのは全然違います。まあ、あらすじをまとめる際には、流れが分かっているということが多少役に立ちましたが。

本ブログでときどき「読書感想文」を書いていたことも、たぶんなにがしかの役には立ったと思います。
ただ、「読書感想文」は、基本「この本よかったのー、面白かったのー、読んでー」という思いで書いていますが、シノプシスの所感ではもっと客観的かつ多面的にその本を評価する必要がありました(つまり「商品としてどうか」という視点も必要ということです。少なくともワタクシはそう思います<選択図書は現時点で内容イチ押しのものにしましたけど)。

シノプシスはこうやって書くのか~、ということが分かったことは面白かったです。
まあ、どう添削されて返ってくるか、あまりにもギリギリなんで、そもそも添削してもらえるかどうかも分からないですが。
ともかく、明日からは「目の前の仕事ONLY」の生活に戻れるということで、遅れ気味ではありますが、精神的にはかなりラクになりました。もうしばらく通信講座はしないぞー。

1年前には、「成績がよかったら乗換えもありかも」的なヨコシマな思いがあったのも事実ですが、今は「どうしても」という気持ちはありません(そのあたりは、2016年を振り返る記事でも書いていますので、しつこくは触れません)。
ただ、少し実務翻訳からはみ出てみて、「外から実務翻訳を見る(何が違うのか、何は変わらないのか、応用できるものはあるかetc.)」ということも大事かなと思うようになりました。ナカにどっぷり浸かっていてはどんなに注意していても視野狭窄に陥ってしまいがちです(自分の場合は、てことですが)。それは「医療翻訳」の外、「英和訳」の外、「医療機器翻訳」の外(翻訳以外の世界という意味で)にも当てはまることかもしれません。「医療機器翻訳」という自分の基本を大切にすることはもちろんなのですが、今年は、「外」を意識しながら過ごしていきたいと思います。この仕事終わったらね。確定申告終わったらね。
2017.02.20 00:06 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |