屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

(あらかじめ提出された質問に対して、4名が答えるという形のQ&A。皆さんの掛け合いが面白く、話が脱線したり広がったりということも多かったので、個人的には、Q&Aの時間がもっと長くてもいいかなと思いました。Aは書き切れなかった部分があります。ご容赦ください。)

Q1 英訳の癖を改善するために何かしていることはあるか。
(皆さん、特にないということで、以下「こうすればいいのでは」という回答です)
・きちんとした翻訳のできる複数の人に訳文を見てもらい、癖を指摘してもらうのが一番よい。
・該当する分野のよい文章を読む。
・訳出にかかる前に、ウォーミングアップ的に上手な日本文(英文)をたくさん読む。
・高校生用、大学生用、一般向け、専門家向けなど、対象読者のレベルの異なる複数種類の文章を読む。
・そもそも、語彙が少なく同じ表現しか使えないということが、根本原因の1つなのでは。翻訳で使用する語彙が少ないと、普通の日本語を書くときもその語彙の範囲の文章しか書けなくなってしまう(会場、一気に凍り付いた感じです。ホラーです...<Sayo)。

Q2 直訳調と意訳調が入り交じるのはありか。
結果として(考え抜いた上で)入り交じり、その理由を説明できるのであればありでは。

Q3 調べものをしていて、どうしても分からないことがあるときどうするか。関連書籍を読むのは時間と労力がいる。
・人に聞く-聞くことができるような人間関係を築いておくことが大事。
・時間をおいて調べ直すと分かることがある。
・いきなりネット検索に入らず、百科事典などで大まかな情報を掴んでから検索するとよい。
・関連書籍の読み方も(どの部分が大事かなど)だんだん分かってくる。

Q4 翻訳には、翻訳技術だけでなくセンスが必要か。それを伸ばすことはできるか。
(まず、「センスって何だろう」という議論が。「言葉の選択やニュアンスを表現する、みたいな意味かな」)
・原文がポジティブなのか、ネガティブなのか、ニュートラルなのかを読み取る→日本語シソーラスで最適な言葉を探す。
・センスも翻訳技術では。

Q5 専門分野を絞っていく方が稼ぎやすいか。片寄りすぎるのもよくないか。
・スケジュールが埋まるようであれば、その分野に絞って仕事をしてもよいのでは。
・得意分野も苦手分野も翻訳会社にきちんと伝えていこう。

Q6 翻訳者に向いていない人はどんな人か。
・細かいところにこだわらない人(I口)
・調べものを面倒くさがる人(T橋さ)
・「どっちでもいいんじゃない」という人(F井)
・言葉を大切にしない人(T橋あ)

Q7 ソークラと直接やり取りする場合に気をつけることは。
・ギャラは高いがキャンセルのリスクもある。「こうすればあなたにもこのようなメリットがある」ということを明確に提案し、料金もきちんと請求することが大事。

Q8 翻訳1本に絞ったタイミングときっかけは。兼業とのバランスの取り方。
・1本に絞っても食べていけるという目途が立ったとき。

Q9 1日どれくらい辞書を使うか。翻訳スピードを上げるコツは。
・内容にもよるのでいちがいに言えない。
・頭に絵が思い浮かべられれば速い。
・スピードを求めてはいけない。スピードは結果。
・技術の底上げを図る。

Q10 昨今の単価下落にはどう対応すべき。
・もっと自分を評価してくれるお客様(OR翻訳会社)のところに行きましょう(そのためにも実力、てことですよね...<Sayo)

以上でシンポジウムは閉会となりました。

今回、翻訳祭と同じように、最初から最後までひたすらメモをとりました。
集中して聞いて、そのとき「これは」と思った部分を書き留めるというやり方とどちらがいいのか分かりません。「これは」という部分は心に響く部分ですから、「今の自分」にとって大事な部分であることは間違いありません。
でも、今回のシンポジウムに限っていえば、そのやり方では、さきのさんの「述部から読む・訳す」の部分は、よく分からなかったという理由で忘れてしまったと思うのです(あくまで自分の場合ですが)。でも、翻訳事典を読み直したり、「どういう意味だろう」と考え直したりする中で、「こういう理由で大切なのではないか」ということが(少しだけですが)見えてきたような気がします。
てことで、自分的には、今回もこのやり方でよかったかなと。
この記事の第1稿は帰りの新幹線の中で書きました。ワタクシは、新幹線ではたいていどこかで寝てしまうのですが、今回は眠くなることなくひたすら書き続けました(あ、お昼ご飯は食べました)。恐るべし、フォーラム・シンポジウム。
2017.05.25 18:17 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
午後の部開始。

フォーラムワークショップ「めだかの学校」の発表

発表1-若松賤子による小公子の翻訳(明治23年)
漢文訓読調が主流であった時代に、初めて「ですます」調で書かれた。会話が自然で間投詞の使い方も上手く、現在も十分鑑賞に耐える。視点の移動は、発表当時は批判もあったが、賤子が情景(つまり絵)を思い浮かべながら翻訳していた証拠では。
この「小公子」の原文を題材として、程度の副詞(really, actually, in factなど)を、辞書の訳語説明を基に、意味や機能でいくつかに分類し、各所の該当する副詞がどれに当てはまるかを調べるということをやった。整理と分類→法則化→どの分類に当てはまるかを意識しながら訳す→無意識下で分類して訳せるようになる、という手順を踏むことで、最終的に翻訳速度も上がり、語彙の引出しも増えるのでは。

発表2-主述から文のきれつづきへ
(日本語の新聞記事を題材として、述語と主語を明確にし、文を再構成する作業について説明がありました。)
述語を明らかにし、そこから、主語の省略(の有無)や主語がどのように弱められているかなどを分析。主述のあいまいな悪文についても、ねじれ構造を分析。これらを翻訳にも上手く応用することで、よりコンパクトに訳文をまとめることができるのではないか。


今日から使える最新辞書ブラウザ事情(T橋あ)

(T橋あさんの辞書関連のお話は、セミナーで聞いたこともありますし、雑誌やご自身のブログに書かれた記事をいくつも拝見してきましたが、セミナーのたびに新情報が追加されるので、何回聞いても何かしら発見があります。こまめなメンテナンスには、本当に頭が下がります。今回の報告は新情報を箇条書きにするに留めますが、T橋さんのブログのURLを記載しておきますので、もしも未見の方がおられましたらご覧になってみてください。JTFジャーナルや通翻ジャーナル、翻訳事典などにも寄稿されています。)
「禿頭帽子屋の独語妄言 side A」
http://baldhatter.txt-nifty.com/misc/

・物書堂、BIGLOBEのスマホ/タブレット向けアプリは優秀。
・「英和翻訳基本辞典」(宮脇孝雄)の見出しがEPWing化された。元になった紙版の辞書は必要だが、検索が断然楽になった。-ブログ記事あり
・インターネット辞書・事典検索サイトのジャパンナレッジの紹介(有料)。-ブログ記事あり
・お勧めの紙版辞書の紹介(日本語誤用辞典、日本語 語感の辞典、てにをは辞典など)。
・「翻訳訳語辞典」の見出しがEPWing化された。-ブログ記事あり
・辞書ブラウザ上での成句検索のポイント。

(翻訳者の間では、「海野さんの辞書」として知られる「ビジネス技術実用英語大辞典」を編纂された海野さんご夫妻も出席されていて、出版に際しての苦労話などもお聞きすることができました。当日は、他の書籍とともにV5ダウンロード版も販売されました。現在V6の発売準備中とのことで、待ち遠しい限りです。V5版から約1割増しですし、これまでの最新版同様、過去版の誤りその他の修正も反映されるとのことですので、もちろん、発売即購入の予定です。)


述語から読む・訳す(T橋さ)

英日翻訳では、勘で訳せる部分が大きいため、日本語文法は軽視されがち。しかし、意識して維持向上を図らないでいると、得意言語(母語=日本語)の運用能力は下がる一方となる。その事実は、不得意言語(この場合英語)の上達カーブの立上がりが急であるだけに、その陰に隠れて見えにくい。
日本語運用能力を落とさないために、日英の文法のどこまでが共通部分で、どこまで対応させることができるのかをきちんと把握しておく必要がある。そのために、述部を探し出すということをやってみるとよい(述部を見つけ、構文を見える化した衛星図を作成する)。その述部が、動詞述語文、形容詞述語文、名詞述語文のいずれにあたるかを考えながら訳すことを続けているうちに、自分の頭の中で整理ができるようになり、最終的に翻訳スピードも上がる。

(この部分のメモは本当に殴り書きでしたので、上手く報告できるかどうか自信がなかったのですが、「翻訳事典2018年度版」のT橋さん担当記事(P56-57)を読んでみましたら、「そうか、そういうことだったのか」という感じで、当日のお話がすんなり頭に入ってきました。当日のお話と記事の内容から、翻訳は母語の言語感覚を犠牲にする作業なので、気をつけていないと母語の運用能力が落ちてしまう → 母語のスキルアップを図る必要がある → その際、日本語と英語はなるべくパラレルな形で整理する方がよい → 構文の述部に注意する訓練をしよう → 日本語の構文(述部)が問題なく把握できるようになったら、「なぜその構文なのか」という疑問を持とう → なぜ=伝えるための書き手の工夫である → 書き手の工夫が読み取れるようになればそれをどう伝えるかということにも意識が向くようになる=母語運用能力も上がる、という流れなのかなと推測しています。間違っていたらすいません。「翻訳事典2018年度版」をお持ちの方は、是非再読してみてください。)

フォーラム衛星図左90







アウトラインで読む-英文を正確に速く読む(F井)

読めていないものは訳せないはず。読めるとは、書き手の意図(誰に何を何のためにどんな方法でどんな状況で伝えようとしているか)が理解できることである。そのために、英語の書き手がどのように「書き方」を習ってきたかを知ることは重要。このやり方は、小学校から大学まで一貫している。
・まずアウトライン(設計図)を書く。
・Topic Sentence→Supporting Sentence(s) の流れが基本。1パラグラフにトピックは1つ。
この構図を読み取り、同じ構図で翻訳することが大事。最初に構図分析を行うと、最終的に翻訳スピードが上がり、調べものの無駄が減り、誤訳も減り、メリハリのある論理的な訳文を書くことができるようになる。
2017.05.25 18:16 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
日曜日に東京で開催された翻訳フォーラムのシンポジウムと大オフ(懇親会)に参加してきました。

翻訳フォーラム主催「シンポジウム & 大オフ2017」イベントページ
(終了していますが現時点でまだ当日の詳細が記載されているのでURLを記しておきます)
https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/015xveytug2r.html

またシンポジウムで紹介された資料やサイトの一覧はこちらのページで見ることができます。
シンポジウム2017で紹介した資料・サイトの一覧 (翻訳フォーラムブログ記事)
http://fhonyaku.blog.jp/archives/70691241.html

まだまだ咀嚼の途中ではありますが、記憶が新しいうちに記事にまとめておきます。
11時から17時まで、できる限り理解しようと努めながらノートをとり続けたせいか、夕方は脳が半死状態でした(単に脳が若くないだけという説もある)。

今年のテーマは「直訳と意訳の間で」。
イベントページには「どこまで原文に沿って、どれくらい離れるのが正解なのか。そもそも正解はあるのか。さまざまな角度から取り上げます」とあります。
「さまざまな角度から」とあるように、翻訳の歴史、「直訳と意訳」に対する各主催者の意見、術語からのアプローチ、原文(英語)作成者が学ぶライティングルール、辞書引きのおさらいと裏技、フォーラムワークショップの発表など、さまざまな切り口から翻訳が語られ、今いちど「よい翻訳とは何だろう、どうすればそれに近づけるだろう」を考える機会をいただきました。

「半死」だけではあまりにもあまりなので、レポートの前に、それ以外の感想を少し...

大事なことは、意訳・直訳云々ではなく、「その訳文は、原文が伝えようとするメッセージを、過不足なく、作成者が伝えようとしているやり方で(強調や記載の順番なども含めて)伝え切れているかどうか」を考えながら翻訳することを忘れないということだと再確認しました。「無意識のうちに常にそれができるようになる」ことが最終目標ですが、つい目の前のことだけに目が行きがちになりますし、年齢的なことを考えれば、努力の道半ばで力尽きるかもしれません。でも、たとえ力尽きるとしても、その日まできちんと頑張りたいです。お若い皆さん、おばさんも老体に鞭打って頑張っているのだよ。
今後、自分の弱点をよく洗い出し、その部分を強化していくという具体的な作業が必要になりますが、それはまたおいおいと。

こうした翻訳がクライアントさんの意に染まず、形式的な直訳を求められることもあるかもしれません。その場合、(もやもやしながら我慢するのではなく)「自分の翻訳の方が原文の意図や内容を忠実に伝えられているのだ」ということをきちんと説明できるよう「武装」しておくことも大事だ、ということも学びました。今お世話になっている翻訳会社さんは、意を尽くして説明すれば分かって頂けるところだと思っていますので、今後そういうことがあるようなら、きちんと対応していきたいとも思いました。


さて。
以下に、順を追って、(理解し得たかぎりで)内容に忠実にレポートしたいと思います。
昨年は、出席したいと思いながら叶いませんでした。今年もそのような方がたくさんおられるのではないかと思います。そうした方々に、たとえ少しでもシンポジウムの内容(の欠片)をお伝えすることができれば。
4名の主催者は、「屋根裏通信」の表記の原則に則り、I口、T橋さ、F井、T橋あと記載します。
間違ってメモした/発言の意図を取違えている可能性もあります。その場合の文責はひとえにSayoに帰するものです。


イントロダクション(I口)

最近「トランスクリエーション」という言葉をよく聞く。通常の翻訳より一段レベルの高い翻訳を指す言葉のように語られがちだが、「ソース言語とターゲット言語で同じ絵が頭に浮かぶようにする」作業が翻訳なのだから、翻訳作業そのものがトランスクリエーションではないか。
今日は、もっと昔から話題に上っている「意訳と直訳」について取り上げる。意訳と直訳は本当に別ものなのか、どちらかがよくどちらかが悪いのか、といったことを皆と一緒に考えたい。それぞれが、今日この場で語られたことを自分の仕事にどう応用できるかを考えてほしい。


翻訳の変遷(T橋さ)

(「意訳と直訳」について考えるための前段階として、日本における翻訳の歴史をまとめてくださったものです。江戸から明治期の翻訳について駆足で説明頂いたあと、戦後の国語国字改革への言及がありましたが、私の基礎知識と理解不足のため、順を追ってうまくまとめることができません。ご容赦ください。最近40年の変遷についてのみ簡単にまとめておきます-Sayo記...以降、括弧内の記述はSayoの捕捉になります。)

1980年代:
この時代の典型的な翻訳者像について説明。ワープロ専用機のAI変換は画期的。「つながる」手段がなく翻訳者は孤独。
1990年代:
マニュアルやローカライゼーション翻訳が出現。翻訳の絶対量が増加。パソコン通信浸透。翻訳フォーラムが生まれた。シェアウェア・フリーウェア・辞書ブラウザが生まれる。
2000年代:
TMが普及。シェアウェア・フリーウェアが全盛期を迎える。ウェブ検索が本格化。「次の翻訳に持っていって貼り付けられる訳」という意味のニュートラル翻訳が発生。
2010年代:
翻訳の低価格化、発注経路の変化。クラウドビジネスが生まれる。オンラインメディア用の翻訳が増加。


直訳とは、意訳とは(全員)
(4名の方が、それぞれ、自分の考えるところを語られました。)

T橋さ
ミラートランスレーションしてほしい、直訳しないでほしい等いろいろ言われることがある。英日間の翻訳では逐語訳による意味等価は無理だと思う。本来、「衛星図」(後述します)の向こうに見える絵が一緒であればOKでは。
F井
原文のIdeaを伝えることが大事。そこに意訳/直訳の別はないと思う。生徒に「足さない、引かない、動かさない」と教えるうちに自身がスランプに陥ってしまった経験を披露してくださった。「足さない、引かない、動かさない」の対象は原文ではなく、原文に込められたメッセージだということを忘れていた。機械的な翻訳と自分に都合がよく気持ちのよい勝手訳の中間に「よい翻訳」があり、行きつ戻りつしながら中間の位置に来ることを狙う努力をすべき。
T橋あ
原文のメッセージを伝えることが大事。直訳であろうと意訳であろうと、その文にふさわしい、原文の意を汲んだ訳文であればOK。なぜそのような訳にしたのかを言葉で説明できること。
I口
直訳にも意訳にも、それぞれ、よい直訳(意訳)、悪い直訳(意訳)があるのでは。よい直訳とは、原文の意味がきちんと出ているもの。よい意訳は原著者の意図をきちんと反映しているもの。そう考えると両者はほぼ同じものといってよく、「訳」は、翻訳、悪い直訳(字面訳)、悪い意訳(勝手訳)の3種類になるのでは。

フォーラム直訳意訳翻訳左90






(ここで、会場から、「超訳」をどう考えるかという質問があり、「原著者からOKが出ていて、超訳と謳っていれば問題ないのでは」との回答がありました。)

午前の部終了。
2017.05.25 17:54 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
2月にヨレヨレの半死状態で提出したコチラの通信講座、ちゃんと添削して頂くことができまして、先日、時間差で2本の添削済みシノプシスが戻ってまいりました。2本目の戻りはGW中でした。休日返上で添削頂いたようで、本当に感謝しています。

どのシノプシス原稿にも40~50個のコメントがつく(注意点と褒める点の両方)と聞いてはいましたが、課題図書には約40個、自由図書には20個ほどのコメントが付きました。
自由図書のコメントが少ないのは、決してワタクシのシノプシスのできがよかったからではなく、シノプシスが短すぎたからです。もっと正確に言えば、あらすじが。なもんで、突っ込むところがないのよね。

リーディングのシノプシスは、ざっくり言うと、作品情報、著者情報、あらすじ、読後感(所感)から成り立っているわけなんですが、ワタクシは、2本どちらのシノプシスについても、あらすじへのコメントでも全体講評でも「あらすじが短く不完全で編集者にきちんと本の内容が伝わらない」と言われてしまいました。所感は意外にも「長さも内容も適切」と言って頂けて、そこは救いです。ワタクシは、仕事でもそれ以外でも、たとえオブラートに包んだ状態であっても、「ここはちょっと...」とネガティブな言葉にするのがとても苦手なタイプでして(他人に嫌われたくないという都合のよいタイプなのだった)、作品のよい部分、悪い部分を比較しながらきちんと文章にするのはなかなかしんどかったからです。

講評では、あらすじ部分の不完全さを「時間が足りなかったのかもしれませんが」と思いやって頂きましたが(まあ、それは事実なんですけど)、たとえ時間があっても、自分には短いあらすじしか書けなかったと思います。
どうも、ワタクシは、勝手に「あらすじは短い方がいい」と思い込んでいたみたいです。頂いた資料もきちんと読んだんですけど(<て、読んで「理解して」ねーだろ<自分)。2本のサンプル・シノプシスも、あらすじ部分は結構テキトーに読み流していました。

どうしてかなと考えていて(あらすじをまとめて文章にする筆力や構成力が不足していることは、ここでは取りあえず忘れておくんなさい)、それは、「読者を意識して」あらすじを書いていたからかなということに思い至りました。他の方はどうか分かりませんが、読者としてのワタクシは、結構少ない情報で「よし、この本を読もう!」と決めるタイプです。「あー、そこまで言わんとって(楽しみが...)」的な(<それで失敗することも多いのだった)。あらすじをまとめるときは、知らず知らずのうちに「自分」という読者を意識してしまい、そのために自分好みの、結果「編集者からみて情報の足りないあらすじ」になってしまったような気がします。でも、よくよく考えてみれば(というか、考えてみるまでもなく)、編集者はシノプシスの情報を基に「売れるかも」を判断するわけですから、過不足のないそれなりの長さのあらすじがいりますよね。
読後感の部分は「編集者に売り込む」ことを意識して書いているので、読後感としては「適切」と言って頂けたものの、逆に、全体として、バランスの悪いちぐはぐな印象のシノプシスになっていたかもしれません。

ということで、もう一度サンプル・シノプシスを読み直し、2本の原稿を書き直してみようと思います。

毎日の仕事では、目に見えない読者を意識することはなかなか難しい(報告書が多いんで意識するまでもないというか...)。
リーディング講座は、「きちんと読者を意識した文書を作成する」ということの大切さと難しさを改めて意識するよいきっかけになったかなと。訓練という意味で、ときどき「コレ」という原書のシノプシスを作成することはやってみようと思います。時間はないけど...まあ、何とか作るよ(あくまでも希望的観測です)。
2017.05.10 23:40 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
**屋根裏ではセミナーや講習会の講師の方のお名前は、S木さん、T橋(あ)さん、S藤さん、M井章子さんなどのようにアルファベット混じりの表記を基本としています。ご了承ください(直リンク張っているので意味ないっちゃ意味ないんですが...)。


翌日は、コチラの↓対談を聴きに日本出版クラブさんまで。
http://www.shuppan-club.jp/?attachment_id=1136

その前には、やはり対談に出席なさる方やそうでない方が数名ランチに付き合ってくださり、楽しくお喋り。同業の方とのお喋りからは、やはりたくさんの刺激をもらえます。
日本出版クラブのある神楽坂という場所は今回初めてでしたが、かなりの急坂で、「神楽」以外に「かくら」(崖や渓谷の意)がその名の由来であるという説もあるというのも頷けます。

「洋書の森」は出版翻訳者のための洋書ライブラリが母体で(、でいいのかな?)ワタクシは部外者なんですが、ウィークエンドスキルアップ講座の内容が豪華で、いつも「羨ましいなあ」と指をくわえて見ていました。今回、奇跡的に前記事のワークショップと日程が重なり、初めて参加することができました(ランチの方々がご一緒してくださったので、心細い思いもせずに済みました<ジツはかなり小心者)。

I口耕二さんとK野万里子さんという接点の見つからないお二人の「リラックス対談」というのも興味をそそられます(ジツは翻訳以外で意外な接点があったことが判明するのですが...)。I口さんのお話はお聞きしたこともありますし、さまざまな媒体で書かれたものを読んでもいますが、K野さんのお話を聞くのは初めてです。ワタクシが最初の通信講座を始めたとき、そこから巣立った新進翻訳家として雑誌で紹介されていたのがK野さんで(確か「愛は束縛」だったかと...)、畑は違えど憧れの方ではありました。

対談はお二人の自己紹介で始まりました。最初はお二人とも若干緊張気味のように見受けられましたがが、すぐに舌もほぐれてきます。話慣れていらっしゃるせいか、お話もお上手です。
次に、それぞれが「思い出に残る仕事」に言及されました。I口さんは「スティーブ・ジョブズ」、K野さんは、確か「キュリー夫人伝」を挙げておられたと記憶しています。
I口さんが、超特急(通常の3分の1の期間)で「スティーブ・ジョブズ」を翻訳されたあと、精神的肉体的に元に戻るのに数年を要したと仰ったのが印象的でした。また、K野さんは、文芸翻訳家は翻訳の間「向こう(作品の舞台となった場所と時間)」に行ってしまっているので、現実に戻ったときの疲れがハンパないと仰っていました。

他に印象に残った言葉に「ひとつと出会うことはひとつと分かれることである」というものがありました。
特に出版翻訳の場合は、ひとつ仕事を受けてしまうと次にきた仕事は断らざるを得ず、「そうまでしてやりたい仕事かどうか」を常に自問自答しながら仕事をされるのだとか。そうしたところに「無理をすれば何とか」という形で舞い込んできたのが「スティーブ・ジョブズ」であり「星の王子様」(K野さん)だったそうです。それを「やれる」と判断できた一因に、お二人ともかなりの背景知識をお持ちだったということがあります。翻訳者は常に好奇心を持ち、アンテナを張り、勉強、ですね。
分野は違いますし、1案件の量も全然違いますが、自分を高め日々の仕事に満足を求めるのであれば、常に「やりたい案件か」「やりたい分野につながる案件か」を自身に問いながら仕事をしていく必要があるのだなあと。実際は収入的なこともあり、そうばかりも言ってはいられない部分もありますが。でも、「自問自答するかどうか」は大事だよなと改めて思いました。

対談は予定時間を大幅に超過しましたが、時間の経つのを忘れるほど、また「もっと聞いていたい」と思えるほど楽しい対談でした。

最後にお二人が仰ったのは、「(思い返してみれば、翻訳をするために)これまでの人生で無駄だったことは何ひとつない」ということ。K野さんはピアノで大きな挫折を経験されたそうですが、それさえも今の自分の糧になっていると。そういえば、前日、S木さんも同じようなことを仰っていました。翻訳でも人生でも、あと(あるいは人生を終えるとき)になって「無駄だったことは何ひとつない」と思える生き方をするのがヒトとして大事なことなのかもしれません。少なくとも自分はそういう生き方をしたいなあと思いました。

その日のうちに帰阪しなければならず、祝賀会の乾杯までご一緒して会場をあとにしました。
お世話になった皆さん、本当にありがとうございました。楽しい2日間でした。
2017.04.21 21:54 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |