屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

(6月29日、若干加筆訂正しました)

4月に、メインの取引先に翻訳レート値上げをお願いし、自分としては期待以上の回答をいただきました。

すぐに記事にしなかったのは、2、3ヵ月はその後の受注状況を静観し、増額が受注に何らかの影響を与えたかどうかを確認する必要があると思ったからです。
(特に影響はなさそうですので、少し時間のできたこのタイミングで記事にしようと思いました)

この会社は、「医薬(医療機器)翻訳」転換を決めて応募・登録した2社のうちの1社で、その後数年にわたって取引が続いています。
(もう1社は、特に大きな不満があった訳ではないのですが、タイミングが合わないということが続き、何となく疎遠になりました)

スタートレートとして提示された額が、分野初心者の自分にとって「可もなく不可もなく」という額でしたのでその額で登録し今に至ります。

コーディネータさんはテキパキと仕事をなさる方ばかりで、こちらから催促したり質問したりということもまずなく、参考資料の質も相対的に高く、たまにいただく校正後の原稿の仕上がりも「おお」と唸らせられるものばかりで、私はずっと気持ちよく仕事をご一緒してきました。請求書が不要であることなども含め、「見えない」部分でストレスや労力少なく仕事ができていたと思います。
また、自分の中に「医療機器翻訳者として育ててもらった」という気持ちもあります。

「だから、単価交渉は止めておこう、今のままでいい」と、私は自分に言い聞かせてきました。多分に「何もしない」言訳だったと思います。現状維持が一番楽なので。
1社専従ではありませんでしたが、売上げに占める割合はかなり高く、賃上げ交渉をしたことでメインの取引先を失うのが怖いという気持ちもありました。

でも、この頃、不満、ではありませんが、ときに若干もやもやした気持ちが湧くことがあったのも事実。
原因のひとつは他社とのレートの差。微々たるものではありましたが、その後に登録した会社の方が翻訳レートが高いという状態になりました。(いずれもこちらからスタートレートを提示できたので、(小心者の自分にできる範囲でということですが)思い切って少し高い額を提示し了承頂いたものでした)
「分野の勉強も重ね、数年前より知識も増え、いろいろ考えながら訳すようになった自分を、この会社でももう一度評価してほしい」という気持ちが強くなりました。

同じ頃、さまざまな要因が重なって「もう、売上げ(年収)の維持や微増を目指さなくてもいいかな」という気持ちになりました。
それでかえって「仕事が切れたらまた次を探せばいい」と気持ちが楽になりました。「次」が軌道に乗るまではしばらく苦しい時期が続くでしょうが、「それでもまた次がある」と思えるだけのものを、自分は身につけたのではないかと思えたのです。もちろん、まだまだ至らぬ点は多々あり、凹むことも多く、決して「デキる」翻訳者とは言えませんが、「医療機器」分野に限っていえば、自分がもっと積極的になれば、またどこかでそれなりに仕事を取っていけるのではないか、と。

とはいえ、そこまでに育ててくれたのは、今回値上げ交渉をした会社です。たぶん、そことのお付合いが始まらなかったら、今の私はない。そこは感謝してもしきれません。できれば、今後もよい関係を続けていきたい。
そんなことを考えながら、交渉メールを認めました。
そのとき気をつけたことは「他社と比べない」ということです(あくまでも、自分の場合、対この会社に限ってということです、ビジネス交渉として考えるなら「うまく他と比較する」ことも必要だと思います)。正直なところを書いて「その会社における翻訳者としての私」を判断してほしいと思いました。

以下、そのときのメールの一部です。

御社は(中略)、フィードバックやさまざまな参考資料を通して「育てて頂いた」と思っており、その点本当にありがたく、感謝してもし過ぎることはないと思っております。
一方で、御社との取引きもXX年目に入り、私も、翻訳・専門用語・医療機器製造販売に関わる制度などについて、スタート時より多少の経験を積みました。今後も翻訳力の向上や知識習得に務めてまいりたいと思っております。当時よりは、多少なりともよい翻訳ができているのではないかと考えております。
(中略)
以上の理由から、最初にご提示頂いたスタートレートからの引き上げをご検討頂けましたら有難く存じます。

(** こちらのブログもときどき覗いて頂いているようなので、メールの文面も当時のものをほぼ踏襲しました)

何の参考にもならないとは思いますが、まあこういう事例もあるということで。

値上げ交渉のタイミングを図るのはとても難しい。
私は、若干遅きに失してしまったのかもしれませんが、自分の中にある程度の自信を持って「駄目なら駄目でいい」と思い切ることができた「今」が、自分の「そのとき」だったのかなとも思います。
値上げを了承頂いたことで、「これからもよい仕事をしていきたい」「期待を裏切るような仕事はしたくない」という気持ちも強くなりましたので、実際的なモチベーションもやっぱり大事(<て最後はそこかい<自分)。

これからも、1件1件きちんとした仕事をし、もっといい仕事ができるようになりたいと思うのでした。
2017.06.28 23:14 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
個人的に「訳しにくいなあ」と思うことの多い単語です。サクセルフル、キライ。

どうしてかなあと考えながらずっと仕事をしてきたのですが、今回、トリセツで、大量の
After A has/have been successfully completed, Press B
(Aがsuccessfullly completedしたらBキーを押してください)
系successful / successfullyと戦う中で、「こうかな」と思ったことがありました。

「そういう記載を見つけた」ということではなく感覚的なことにすぎないので、間違っているかもしれませんが(<てか、たぶん間違ってる<ので読み流して)。

その前に、successfully (successful)の意味ですが、いくつか英英辞典を確認してみましたが、以下のコウビルドの説明が分かりやすかったので、そちらの説明をお借りします(他にも意味はありますが、私が「訳しにくい」と思うsuccessfulの意味ということです)。

Something that is successful achieves what it was intended to achieve. Someone who is successful achieves what they intended to achieve.
(「コウビルド米語版英英和辞典」)

また、安定の海野さんちからは英和の訳語をいくつかお借りしてきました。

うまく、首尾よく、上首尾に、無事に[事なく]、成功して[成功のうちに, 成功裏に]、まんまと、うまうまと、うまいこと、見事に、上々のできで、盛会裏に、盛況裏に、順調に、正常に、 《意訳》正しく
(「ビジネス技術実用英語大辞典V5」)

トリセツのsuccessful (successfully)は、「首尾よく」や「無事に」はしっくり来ず、この中では「順調に」「正常に」が一番近いような気がします。

それは、トリセツでは「その操作、成功して当り前」という暗黙の了解というか含みがあるからなのかなと、今回フと思ったのでした。
もちろん、失敗することもあるわけですが、トリセツ的には「こう操作したら普通は成功しまっせ」とポジティブに言いたいのではないかと思うわけです。少なくとも、私が作成者なら、まず「上手くいく(ホラ、簡単でしょ)」と言ってから、「でもね」という注意や警告を(そこは漏れなく)書く流れにしたいです(もちろんトリセツ作成にもルールがあると思いますが、素人的に考えるとそういう流れがよいかなということです)。「失敗する可能性もあるんですけど」的な弱々しいトリセツでは、「上手く行かんのちゃうか」と疑心暗鬼になってしまいそうです。ええ、ころっと騙されるくせに、妙に疑り深いところがある厄介な性格ですから。

でも、通常のcontextで使われる「achieves what it was intended to achieve」にはそのような含みはないような気がします。上手く行かない可能性がなきにしもあらずの状況でのsuccessというか。
なので、「無事に」や「首尾よく」を伴っても違和感がないような気がします。もちろん、前後関係にもよりますが。
でも、トリセツの「成功して当り前」の場合のsuccessfulに、失敗の可能性をソコハカとなく連想させる「無事に」は、やはりマズいような気がする。

というわけで、「成功して当り前」の操作と考えられるトリセツのsuccessful (successfully)には、「支障なく」「問題なく」「正常に」「順調に」などの訳語を選ぶことが多いです。

流れと状況がきちんと頭に入っていないと適切な訳語を選ぶことはできないので、一見簡単そうに見えて、実は奥深かったりするトリセツなのでした。やれやれ。
そのトリセツの終わりも見えた。ううっ、嬉しい。
2017.06.26 23:33 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |
MなSayoなのだった。

今回の「一流」は通訳者のH本美穂さん。
先日「情熱大陸」で取り上げられたばかりですので、ご覧になった方も多いと思います。

外国特派員協会でのピコ太郎さんの通訳で一躍有名になられた方です。
(それまでもギョーカイでは名の知られた方だったのでしょうが、ワタクシは存じ上げませんでした<恥)

当日はバタバタしていて見逃してしまったので、MBSの見逃し配信のお世話になりました(探しに行く前にFBやTwitterでURLを教えてくださった皆さん、ありがとうございました)。
昨日1回見たのですが、打ちのめされる言葉があまりにも多かったので、今日もう1回見てそうした言葉を書き留めました。自分に甘く立ち直りが早いので、そのとき「大事」と思った言葉も書き留めておかないとすぐ忘れてしまうんですよね。
ということで、今日の記事は、概ねあとで自分が読み返すためのものです。ご容赦ください。
カッコ内はTVナレーションやシーンの説明など。それ以外はH本さんの言葉です(いちおー一時停止して書き留めていますが、ところどころ言葉どおりではない箇所があります。また、基本的に常体に直して記載しています)。


(ピコ太郎さんやふなっしーの通訳の映像が流れたあと、H本さんの哲学として)
お客さまの代弁をしに行っているのだから、お客さまになりきらなければならない。
つまり、お客さまの価値観を瞬時に吸収して言葉に反映していかなければならない。

(IT企業の会議通訳の場面。同企業社長の言葉)
彼女の通訳はストレスがまったくない。「本当にちゃんと伝わっているのか」という心配がない。

(プレゼンテーション通訳の場面。一人で機材をセットしていく。資料や手書きのノートがすごい。もっとゆっくり映して~。ナレ「(話者の)表情を見ながら強調すべき点を把握していく」)
(帰りの車の中?)
通訳は一人でやる仕事だから、お客さまが「よかった」「駄目だった」と言ってくれることはあるけれど、基本的には誰も何も言ってくれない。
自己批判精神を保つことが大事。「やったー」みたいな自己満足が一番危険。

(資料の読込みは場所を問わない。息子の習い事の待ち時間にも資料に目を通す。「集中できるのか」と問われて)
できる。静かでないと、条件が整わないと頭に入らないとか言っていると、いつまでも条件は整わない。雑音を押し出す力で集中する。

(通訳時に頭の中でどのような作業を行っているのか問われて)
まずリスニングした音を理解しないと意味がない。理解した内容をイメージとして記憶する。日本語と英語は語順が逆なので、聞こえてきた順番に文字を変換すれば訳せるというわけではない。英語と日本語の世界の間に非言語地帯(イメージ?)がある。

(仕事は30~40本/月。テーマや場所に応じてファッションにも気を配る。通訳者は「くろこ」と考えおとなしい服が多いが、着心地にはこだわる)
相手に与える印象を考える。たとえば少し着心地が悪いと、どうしてもそこに手がいってしまう。服に触っていると、通訳者は焦っているのか?などと思われる。
きちんとしていて、安っぽくなく、華美ではない衣装は難しい。
(ナレ「理想は、存在を感じさせない通訳のようだ」)

(若手通訳者の勉強会で、「インド英語が聴き取りにくい」との相談を受けて)
覚悟して、そういう英語だと認める。拒否反応を感じている時点で耳が反応していない。コミュニケーションはお互いの理解だ。

(小学生で渡米したとき、何と言ったかは忘れたがトイレに行きたいと伝えたら、先生がちゃんとトイレに連れて行ってくれた。その体験が原点)
自分の思った言葉をクリアに相手にそのまま伝えられる気持ちよさ、意思伝達の気持ちよさを感じてきた。

(海外投資家向けのコンベンション会場で、H本さんが通訳した台湾投資家の感想から)
コンパクトに通訳してくれたので、考える時間もあった。

(最後は月2回通うという鍼灸院の場面。頭を空っぽにできる1時間だという。喋りすぎて口が動かなかったが)
これでまた頑張れそう。

*普段の生活を切り取ったシーンもありましたが、通翻関係の語録に絞り、ここでは割愛しました。


感想(の一部)

*通訳について(あくまで通訳シロウトの感想です)
早口の場面が多かったのですが、滑舌がよく日本語は日本語のリズムで、英語は英語のリズムで話され、適度な間もあるので、どちらもとても聞き取りやすかったです。IT企業社長の「ストレスがない」、台湾投資家の「コンパクトで考える時間があった」という感想も、ここから来るものなのかなと。多少は小学生時代の在米体験も役立っているでしょうし、適性もあったかと思いますが、相当な努力をされたに違いないと思います。

*通訳と翻訳について
「イメージ」という言葉を使っておられましたが、それはそのまま「絵」や「景色」と言い換えることもできると思いました。2つの言葉の間に立つ者としての基本的なスタンスは同じなのだと。

*ぐさっときました
「自己批判精神を保つことが大事。『やったー』みたいな自己満足が一番危険」
ワタクシは「自分結構やるかも」と「自分いつまでもダメ」の間をいったりきたりすることが多く、その意味では「自己満足度」はそんなに高くないと思うのですが、「自分いつまでもダメ」というのは、ジツは単なる落込みに過ぎなくて「自己批判」ではないんですよね。「自己批判」というのは「自分のここがこんな風に駄目、そこを改善するにはこういう方策が必要」と冷静に分析できる能力なのだと...よく考えれば分かるのですが、普段はつい無駄に「できるかも」「駄目なヤツ」を繰り返してしまいます。自己批判、(とりあえず今は)心に刻みました(今は<しつこい<自分)。
「条件が整わないと頭に入らないとか言っていると、いつまでも条件は整わない」
だから、いつまでたってもできない、というか「今は無理だから」や「今は時間がないから」を言い訳にしていることの何と多いことか。ちょっと、本気で色々改めようという気持ちになりました(取りあえず今はなってます)。

*H本美穂さん
いつも全力疾走しているというイメージです。自分にはここまで疾走するのはやっぱり無理だな~、というのが正直な感想(そこが一流との違いなのでしょう)。
とはいえ、「ぐさっ」の部分は大事にして、Slow runnerなりに少しだけペースを上げて走ってみたいとも思いました。でも、毎日を丁寧に。全力疾走という言葉は細部を疎かにするという印象を与えてしまう恐れがありますが、H本さんは、全力ながらも丁寧に走っていらっしゃる(という言葉はちと変ですが、許されよ)という印象でした。
2017.06.07 23:19 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |
Q&Aコーナーでは、質問はジツは12個ありました。
2つは、いろいろ意見が出そうな質問ということで、「回答は後日別の形で」ということになりました。

1つはすでに半死の脳がついていけず書き漏らしてしまったのですが、もう1つは
「さまざまな理由から初心に返りたいときに立ち帰る書籍、先達の言葉などありましたら、その理由とともに教えてください」
というものです。
...ジツはワタクシが書きました。

フォーラムの4名は、もうそれぞれが「先達」の域の方々ですので、そもそも初心に返る必要などないかもしれないのですが、それでも皆それぞれに初心者時代というのはあったわけで、もしかしたら密かに大事にしている言葉や読み返す書籍などがあるかもしれないと思ったのですね。

質問に対する答えは、また後日、どこかで何かの形で披露して頂けるかもしれません。
「おまけのおまけ」では、質問の責任を取りまして(??)、ワタクシの「そんなときに訪れる場所」を記しておきたいと思います。

ワタクシは、流されやすく影響されやすいヒトなので、ふと気づくと仕事にどっぷりはまって「わー、目の前しか見てないわ-」なんてことはザラです。
なので、定期的にブログに「これではいかんぞ、自分」的な記事を書いて自分を戒めるようにしています。

遡ってみましたら、前回の記事は2月でした→「基本に還る」。
...3ヵ月しか経っとらんやないか<自分。
(蛇足ですが、「屋根裏」では「<」方向の不等号は、基本自分へのツッコミを意味します)


「翻訳事典」(2017版)「わたしの提言」(井口耕二)は、特に「目標をみすえてすすむ」の部分を読み返して、「自分の進みたい方向」を再確認するという感じです。

「誠実な裏切り者-岩坂彰の部屋」については、以下にURLを記しておきます。
http://aiwasaka.parallel.jp/

翻訳が伝えるべきもの
http://aiwasaka.parallel.jp/webmagazine/WEBマガジン出版翻訳 岩坂彰の部屋-翻訳者が伝えるべきもの.htm
翻訳の新たな規範とは
http://aiwasaka.parallel.jp/webmagazine/WEBマガジン出版翻訳 岩坂彰の部屋-翻訳の新たな規範とは.htm
誠実な裏切り者
http://aiwasaka.parallel.jp/webmagazine/岩坂彰の部屋│e翻訳スクエア第50回%20誠実な裏切り者.htm

この他に、今回のシンポジウムの題目が「意訳と直訳」であると分かったときにGoogle検索をしていてたまたま見つけた以下の記事も、(現時点での)「還るところ」に追加しておきたいと思います。

誤解されやすい翻訳業界の常識-訳文に、翻訳者の解釈を入れてはならない
http://buckeye.way-nifty.com/translator/2005/07/post_82f2.html

これも井口耕二さんが2005年に書かれた記事なのですが、この中の「『完璧な解釈・理解などできない』、つまり自分の知識や経験に不足があることを肝に銘じて、調べ、勉強し、少しでも深く解釈・理解する努力をする。プロ翻訳者として、これ以外の道があるとは私には思えない」という言葉は、今も色褪せないのではないかとワタクシは思います。

一連のブログ記事は、時間にも気持ちにも多少の余裕があるときに読み返します。
それぞれ内容が濃いですし、ワタクシは決して「目から鼻へ抜ける」タイプではないので、「結局行き着くところは同じではないのか」に辿り着くまでそれなりに時間がかかるのですよね(恥)。

こうした基本の上に立って、「原文解釈能力を養う」側のひとつの方法を示されたのが、今回のシンポジウムの「アウトラインで読む」、「日本語運用能力を強化する」側の一方法を示されたのが、同「述語から読む・訳す」であったと考えています。「辞書の話」部分は、それぞれの能力を高めるための武器にあたるものなのかなと。


今度こそ「シンポジウム」関連の記事は終わりです。
来月からはまた「週1回の更新を努力目標とする、基本ユルめのブログ」に戻りますが、たまには覗いてやって頂けると嬉しゅうございます。
2017.05.30 19:31 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
(あらかじめ提出された質問に対して、4名が答えるという形のQ&A。皆さんの掛け合いが面白く、話が脱線したり広がったりということも多かったので、個人的には、Q&Aの時間がもっと長くてもいいかなと思いました。Aは書き切れなかった部分があります。ご容赦ください。)

Q1 英訳の癖を改善するために何かしていることはあるか。
(皆さん、特にないということで、以下「こうすればいいのでは」という回答です)
・きちんとした翻訳のできる複数の人に訳文を見てもらい、癖を指摘してもらうのが一番よい。
・該当する分野のよい文章を読む。
・訳出にかかる前に、ウォーミングアップ的に上手な日本文(英文)をたくさん読む。
・高校生用、大学生用、一般向け、専門家向けなど、対象読者のレベルの異なる複数種類の文章を読む。
・そもそも、語彙が少なく同じ表現しか使えないということが、根本原因の1つなのでは。翻訳で使用する語彙が少ないと、普通の日本語を書くときもその語彙の範囲の文章しか書けなくなってしまう(会場、一気に凍り付いた感じです。ホラーです...<Sayo)。

Q2 直訳調と意訳調が入り交じるのはありか。
結果として(考え抜いた上で)入り交じり、その理由を説明できるのであればありでは。

Q3 調べものをしていて、どうしても分からないことがあるときどうするか。関連書籍を読むのは時間と労力がいる。
・人に聞く-聞くことができるような人間関係を築いておくことが大事。
・時間をおいて調べ直すと分かることがある。
・いきなりネット検索に入らず、百科事典などで大まかな情報を掴んでから検索するとよい。
・関連書籍の読み方も(どの部分が大事かなど)だんだん分かってくる。

Q4 翻訳には、翻訳技術だけでなくセンスが必要か。それを伸ばすことはできるか。
(まず、「センスって何だろう」という議論が。「言葉の選択やニュアンスを表現する、みたいな意味かな」)
・原文がポジティブなのか、ネガティブなのか、ニュートラルなのかを読み取る→日本語シソーラスで最適な言葉を探す。
・センスも翻訳技術では。

Q5 専門分野を絞っていく方が稼ぎやすいか。片寄りすぎるのもよくないか。
・スケジュールが埋まるようであれば、その分野に絞って仕事をしてもよいのでは。
・得意分野も苦手分野も翻訳会社にきちんと伝えていこう。

Q6 翻訳者に向いていない人はどんな人か。
・細かいところにこだわらない人(I口)
・調べものを面倒くさがる人(T橋さ)
・「どっちでもいいんじゃない」という人(F井)
・言葉を大切にしない人(T橋あ)

Q7 ソークラと直接やり取りする場合に気をつけることは。
・ギャラは高いがキャンセルのリスクもある。「こうすればあなたにもこのようなメリットがある」ということを明確に提案し、料金もきちんと請求することが大事。

Q8 翻訳1本に絞ったタイミングときっかけは。兼業とのバランスの取り方。
・1本に絞っても食べていけるという目途が立ったとき。

Q9 1日どれくらい辞書を使うか。翻訳スピードを上げるコツは。
・内容にもよるのでいちがいに言えない。
・頭に絵が思い浮かべられれば速い。
・スピードを求めてはいけない。スピードは結果。
・技術の底上げを図る。

Q10 昨今の単価下落にはどう対応すべき。
・もっと自分を評価してくれるお客様(OR翻訳会社)のところに行きましょう(そのためにも実力、てことですよね...<Sayo)

以上でシンポジウムは閉会となりました。

今回、翻訳祭と同じように、最初から最後までひたすらメモをとりました。
集中して聞いて、そのとき「これは」と思った部分を書き留めるというやり方とどちらがいいのか分かりません。「これは」という部分は心に響く部分ですから、「今の自分」にとって大事な部分であることは間違いありません。
でも、今回のシンポジウムに限っていえば、そのやり方では、さきのさんの「述部から読む・訳す」の部分は、よく分からなかったという理由で忘れてしまったと思うのです(あくまで自分の場合ですが)。でも、翻訳事典を読み直したり、「どういう意味だろう」と考え直したりする中で、「こういう理由で大切なのではないか」ということが(少しだけですが)見えてきたような気がします。
てことで、自分的には、今回もこのやり方でよかったかなと。
この記事の第1稿は帰りの新幹線の中で書きました。ワタクシは、新幹線ではたいていどこかで寝てしまうのですが、今回は眠くなることなくひたすら書き続けました(あ、お昼ご飯は食べました)。恐るべし、フォーラム・シンポジウム。
2017.05.25 18:17 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |