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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

例によってSayoさんが修羅場っているため(Sayo辞書に「学習する」という言葉はないようです)、ブログにひと休みして貰うことにしました。


R.A.ハインラインの「輪廻の蛇」という作品をご存じでしょうか。蛇がぐるぐるする話・・・じゃなくて、最初の1文と最後の1文がまったく同じで、いつまで経っても話が終わらない、というお話なのですが(手元にないので、詳細は多少いい加減です)、初読時に衝撃を受けたことを今でも覚えています。

そして、恐れ多くも、いつか自分も、蛇がぐるぐるするお話を書いてみたいと思っていました。
でも、ワタクシの妄想力では、きちんと話を繋いでオチにつなげて、の蛇がぐるぐるは、どう足掻いても不可能で。(中略)部分はめっちゃしょぼい、いわゆる「夢オチ」です。ハインライン、凄すぎ(泣)。
(いつものように名前はアルファベットに変えました。連作の途中なので、冒頭、多少分かりにくい部分がありますが、どうぞご容赦ください)

****

 Aは、湯気の立つマグカップをコーヒーテーブルの上に置き、新聞を広げた。朝食後自分でコーヒーを淹れ、英語の勉強も兼ねて居間でゆっくり新聞を読むのが、アメリカに来てからの日課になっている。

 Bがいた間は、午前中居間にいることの多かった彼女の周りに、普段は昼近くまで寝ているJも含め、手の空いた仲間が自然と集まってくる格好になったから、Aは落ち着いて新聞を読むことができなかった。別に彼女が邪魔だったわけではない。親しくなる、というほどではなかったが、それでも、彼女が去ったあとは一抹の寂しさを感じている。だが、とにかく、これで彼の平和なひと時が戻ってきたことは間違いない。

 ニュースセクションの見出しにざっと目を通したが、たいしたニュースはなさそうだ。コーヒーを一口すすってから、ビジネスセクションを取り上げる。
 日本の中堅企業がアメリカ市場でロボット犬を新発売した、というニュースが目を引いた。ロボット犬といえば、日本ではSONYのAIBOが人気を博していたが、写真で見る限り、こちらのロボット犬の方が、より本物に近い感じがする。
 発売日当日、何百人もの客が、その犬を求めて電化製品量販店に群がったという。
 担当記者は、かなり冷めた目でその狂騒ぶりを揶揄し、多くの人間が、寂しさは紛らわせたいが生き物の世話をするのは面倒くさい、というかなり身勝手な理由でロボット犬を購入しているようだ、と結んでいた。

 本物に近づくべく進化を続ける自律型ロボットと、機械にもっとも近いところにいる自分 ―― 似たり寄ったりの存在と言えなくもない。多少の親近感が湧いた。
 もっとも脳味噌だけは違う。いくら判断力や感情を備えたといっても、所詮彼らの脳は人工の産物だ。本物の脳とは比ぶべくもない。

 他のニュースを斜め読みしてスポーツに移ろうとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。この家にはめったにないことだ。

 「A、お願い。ちょっと手が離せなくて」
 キッチンからFの声が聞こえた。

 しょうがない。持ち上げかけたマグをテーブルの上に戻し、立っていって明り取りの小窓から外を覗いた。足元に大箱を置いた男が、ポーチに立ってキョロキョロとあたりを見回している。ドライブウェイの先には、Fedexのバンが停まっていた。怪しい人間ではなさそうだ。


(中略)


 身体を強く揺すぶられ、Aはハッと目を覚ました。
 心臓が咽喉元までせり上がり、全身にびっしょり冷や汗をかいていた。

 「どうしたの、Aったら。ひどくうなされて」
 片手に毛布を抱えたFが、心配そうに自分を覗き込んでいた。もちろん、その目には理知の光が宿っている。

 Aは、自分がソファに横になっていることに気づいた。
 では、あれは夢か・・・
 急いでテーブルの上の新聞を引っ掴み、日付を確認する。それはハービーが送られてきた日 ―― いや、今朝の日付だった。例のロボット犬発売をめぐる記事のページが開いてある。ということは、新聞を読みながらうたた寝しちまったってわけか...
 「寝てたのか...」
 「やあね、覚えてないの?」
 Fは、何を寝ぼけているのだと言わんばかりに、彼の肩を軽く小突いた。
 「あまりよく寝ていたから、しばらくこのまま寝かせておいてあげようと思って、毛布を取って戻ってきたら、うなされてるじゃない。びっくりしちゃった。よっぽど悪い夢を見たのね」

 ああ、もう死ぬまで見たくないような夢だ。

 「眠るのならベッドに入った方がいいわよ。こんなところでうたた寝してたら、毛布があっても風邪を引くかもしれない」
 Fは、毛布を彼の脇に置くと、キッチンに戻っていった。おかしなところなど全くない。いつものよく気のつく世話焼きのFだ。

 だが、考えてみれば、いくら洗脳されたとはいえ、彼らが自分を襲ってくることなどあろうはずがない。まったく、とんでもない夢を見たものだ。きっと、こいつのせいだな ―― と新聞の記事をひと睨みする。
 とにかく、しばらく寝るのはごめんだ。もう一杯コーヒーを飲んで頭をすっきりさせるとしよう。
 すっかり中身の冷めてしまったマグカップを手に立ち上がりかける。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。この家にはめったにないことだ。

 「A、お願い。ちょっと手が離せなくて」
 キッチンからFの声が聞こえた。

 立ち上がりかけた姿勢のまま硬直した。
 30秒、いや、1分近くそうしていたろうか。Aはふうとひとつ深呼吸をして肩の力を抜いた。まったく、何を馬鹿なことを考えてるんだ。
 マグをテーブルの上に戻し、立っていって明り取りの小窓から外を覗いた。足元に大箱を置いた男が、ポーチに立ってキョロキョロとあたりを見回している。ドライブウェイの先には、Fedexのバンが停まっていた。

「Harbie, the Dog」(初稿2005年)
2016.11.26 00:14 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(0) |
このところ、諸般の事情により、Sayoさんがなかなかひと休みできないので(シュラバとも言います<学習しないヒトです)、代わりにブログにひと休みしてもらいます。
お好みによりスルーでお願い致します。


本文がないので分かりにくいですが、最初の「彼」と最後の「彼」はまったくの別人です(名前の部分はアルファベットに変えました)。

最初に、自分で「この表現やり~♪」と自画自賛した部分ありましたが、泣く泣くばっさり切り捨てました。そういう表現って、あとで読み返すと「やってやるぜ」感がハンパなく、悪目立ちしていて。やっぱり推敲は大事だなー、としみじみ思う秋の夕方です。

もうすぐインフルエンザの季節です。みなさまもどうぞお身体ご自愛ください。
(インフルエンザの記事の若干アヤしい部分は、生暖かくスルーして頂ければ甚幸です)

****

プロローグ

 一瞬、患者が途切れた。
 椅子に身体を預けると、目を閉じて両手の親指でこめかみを揉む。疲れが身体中にまとわりついていた。
 今朝から何人の患者を診ただろう。この前自宅に帰ったのがいつだったか思い出せない。昨夜もその前の晩も病院に泊まり込んだ。
 彼だけではない。まだ病いに倒れずにいる医師は全員 ── そしてもちろん看護師たちも ── 彼と同じように不眠不休で働いているはずだ。

 突然インフルエンザの流行が始まってどれくらいになるだろう。5日 ── いや、最初の赤ん坊がERに運び込まれてから1週間になる。人口5000人に満たない小さな町にひとつしかないこの総合病院は、それ以来患者であふれかえっていた。
 確かに、10月に入ってすぐ冬の到来を思わせるような寒さがしばらく続いたが、それにしても流行には早すぎる。まだ今年の予防接種が始まってから2週間と経っていない。
 もっとも ── われしらず片頬に苦い笑みを浮かべていた── 今年の流行の予測は大外れだ。予防接種など気休めにもならない。3日前にやってきたCDCの医師は、今回の流行はA型が大きく変異した新型のウィルスによるもので、従来のワクチンではほとんど効果はないと言った。まったく、冗談じゃない。

 「先生・・・」
 看護師の1人が遠慮がちに声をかけてきた。まだ若くいつも溌剌としていた彼女も、今は目が落ちくぼみ、声にも表情にも覇気がない。
 「・・・ん、ああ、次の患者さん?入ってもらいなさい」
 急いで身体をしゃんと起こす。身体中の関節がぎしぎしと鳴った。
 「いえ、あちらで少しお休みになってください」
 看護師が奥にある彼専用のオフィスを指差す。普通なら注意したくなるような緩慢な動作だが、それほど身体が疲弊しているのに違いない。
 「交代で休憩をとっていただく約束です。先生方に倒れられてはどうしようもありませんから。1時間休んだら、D先生と交代していただきます」
 「そうそう、最年長のあんたに休んでもらわんと、わしらはおちおち休めんのだ」
 やはり一瞬患者が途切れたらしい当のDが、隣の診察室の入口から顔を覗かせて相槌を打つ。
 「きっかり一時間経ったら叩き起こしに行ってやるよ」
 明るく冗談好きな口調はいつもと変わらないが、その顔は患者のようにやつれている。だが、自分だって相当ひどい顔をしているに違いない。正直もう限界だった。
 「じゃ、ちょっとお言葉に甘えるとするかな」
 そう言うと、よっこらしょと立ち上がる。Dは、別の看護師に急き立てられ、自分の診察室に戻っていった。

 後ろ手にオフィスのドアを閉めると、崩おれるように椅子に座り込んだ。左手で外科用のマスクをむしり取る。
 ちらっと時計に目をやった。3時15分。もうそんな時間か。昼飯がまだだな・・・
 突然、ぞくりと悪寒がした。いかん、ついにわしもやられたか。しばらく前から頭痛と寒気が断続的に襲ってくるようになり、嫌な予感はしていた。

 ふと机の上に置かれた回覧用紙に目がとまった。昨日までのこの病院での患者数と死亡者数の合計が書かれている。
 患者累計、824名。これまでの経験からすると、開業医にかかっている患者を含めれば、実に4人に1人がインフルエンザに罹患している計算だ。
 次に死亡者数の欄に目をやる。死亡者、96名。──何と、10パーセントを越えているじゃないか。スペイン風邪の時代ならいざ知らず、医学の発達したこの21世紀に、冗談じゃない。しかも、ここは先進国のアメリカだぞ。 
 突然、恐ろしい予感が頭をかすめた。
 終わりの、始まり。
 インフルエンザウィルスによって人類が滅亡するときが、ついにやってきたのか・・・
 ──何を馬鹿な、と急いで自分に言い聞かせる。疲れがたまると、これだからいかん。
 全世界にこのウィルスが広まっているわけではない。今のところ、流行が起きているのはアメリカの片田舎のこの町だけのようだ。きっとCDCが解決策を見つけ出してくれる。そのためにも、症状と治療法について、今のうちにできるだけの記録を残しておかなければ。自分がその10パーセントの仲間入りをする可能性だってなくはないのだから。

 不思議に恐いとは思わなかった。だが、もう3日顔を見ていない妻と2人の子供のことが気にかかった。今朝電話で話したときには、3人とも元気でいるとは言っていたが・・・こうなっては、症状が一段落するまで会わないでいた方がよいだろう。

 とにかく少しでも元気なうちに記録を始めなければ。パソコンに向かおうとするのだが、身体がだるく、マウスに手を伸ばす元気もない。
 彼は机の上にあった小型のマイクロレコーダーを引き寄せ、テープが入っているのを確かめると、レコードボタンを押した。テープが回り始めるのを確認してから、ゆっくりと喋り出す。
 「──── 郡アーリントン、聖トマス記念病院では、10月10日に今シーズン始めてのインフルエンザ感染者の発生を見て以来、10月16日現在、824名の患者を診察しております。CDCの調査によれば、今回のインフルエンザウィルスは・・・」
 突然変異について簡潔に説明したあと、症状の説明に移る。
 「このインフルエンザの特徴は、悪寒、頭痛などの自覚症状が現れてから重篤化するまでの期間が非常に短いということです。このため、来院した患者の多くが、気管支炎もしくは肺炎の兆候を呈しております。ごく初期の段階で抗生物質の投与により炎症の拡大を防ぐことができれば、通常の、いわゆる重いインフルエンザの経過をたどって回復しますが、治療開始が遅れると、重症の肺炎、また乳幼児においては脳炎に至る可能性がきわめて高く・・・」

 彼は時間の観念を失い、頭痛や身体のだるさも忘れ、まるで何かに憑かれたようにレコーダーに向かってひたすら喋り続けた。


(中略)


エピローグ

 その朝、空には白いものが舞った。初雪だった。
 彼は診察室の窓から外を眺めながら、インフルエンザの到来にふさわしい天気だと思った。

 ここ3、4日、インフルエンザで来院する患者が急に増えつつあった。予防接種が始まってひと月、流行の始まりが早すぎる。来院患者の中に接種を受けた者が混じっていることも気にかかった。どうやら、今年の予想は大外れらしい。だとすれば、ここ数年来の大流行になるかもしれない。急激に重症化し気管支炎や肺炎を併発する患者が例年よりかなり多いのも不安材料だった。これが冬季オリンピックの年ではなくてよかった、と心から思う。そんなことになれば、観光地から日帰りの距離にあるイタリア北部のこの町は、大打撃をこうむったに違いない。

 「先生!」
 ばたばたと廊下を走る音がして、看護師が飛び込んできた。
 「急患です。インフルエンザから脳炎を併発したらしい赤ん坊が。救急処置室にお願いします!」
 また脳炎の子供か。これで4人目だ。少し多すぎやしないか。いや、考えるのはあとだ。急いで白衣のポケットに聴診器を突っ込み、看護師に続いて廊下に出た。待合室に入りきらない患者が廊下にもあふれている。みな疲れ切った生気のない顔をして、それでも辛抱強く自分の番がくるのを待っていた。

 ──こんな風景は初めてだ・・・
 終わりの始まり、という言葉がちらと脳裏をかすめる。

 まさか、な。
 軽く頭を振って、疲れが意識に上せたに違いないその考えを追い払う。

 今日も長いいち日になりそうだった。


「見えない悪魔」(Unseen Enemy)(初稿2004年)
2016.10.23 16:24 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(0) |
「OUTPUT」でも書いたとおり、ワタクシは、お話を書くのに勤しんでいた時期がありました(なんで、あの膨大な時間を翻訳の勉強に費やさなかったんだろう)・・・という記事を書いたら、また書きたくなってしまいました。でも、まあ、それは、老後の楽しみにとっておこうと思います。体力も落ちたので、今は余力ないし。

ということで、ときどき読み直しては、一部分を取り出して、「校正する」「推敲する」という目線でちまちま直しています。で、やり始めたら、自分の癖が分かったりして、これが意外と面白い。ワタクシはどうも「漢字好き」人間のようで、かなりの漢字を平がなにしました。あと、文章くどい。くどいぞおお<自分。がっつり書き直したい部分もありますが、そうすると未校正部分からそこだけ浮いてしまうような気もするので、誤字/脱字の修正、表現一致、「なんか変」部分の修正程度に留めました(それでもたくさんあったことよ)。数字の表記は、今は取りあえず手を付けずにおきました。翻訳の推敲とはまた少し違うんですけど、気分転換になるし(仕事の絡まない推敲作業は結構楽しい)、国語辞書にもお世話になるし、で、たまにやるにはいいかも。

本体の内容が分からない部分だったので、「ひと休み」的に置いてみました。
お好みでスルーの、いつものパターンでお願いできれば、と思います。
(そしてまた、悪の道にはまろうとしているSayoなのだった<じゃなくて、翻訳頑張る)


*****

 私の通っていた小学校は、小高い丘の上にあった。
 350段の階段を下り(男の子たちは、手すりを滑り降りる方を好み、いつも半ズボンの尻をてかてかに光らせていた)、走るように急坂を下り、その先の緩やかなカーブを抜けてしばらく行くとバス通りに出る。そこからバス停4つ分バスに乗り、さらに10分ほど歩いたところに、当時私の住んでいた団地があった。
 今にして思えば、小学生にはかなりきつい道程だが、当時は、親も子もそれを当たり前と思っていた。私自身、特に通学に不満を抱いた記憶はない。毎日の下校の道程は本当に楽しく、そのために学校に通っていたといっても過言ではない。
 団地に住む子供たちは、登校にはバスを使ったが、帰りは、だいたい、学校の裏の柵を乗り越え、お隣の高校の校庭を横切り、その向こうに広がる林を抜けて(毎日がちょっとした探検だ)、最後は岩のごろごろした崖の細道を下りて住宅の裏に出る、というコースを取った。バス通りは大きく迂回していたが、林を抜けるコースはほぼ直線的な経路を取るので、私たちの足でも、1時間弱で家まで辿り着けるのだ。田舎町のこととて、バスは30分に1本しかなかったし、何より、子供が、毎日何かしら新しい発見のある「道草コース」の方に心引かれるのは当然のことだろう。
 ただし、このコースにはかなりのアップダウンがあったから、私たち子供の間では、その道は4年生になるまで使えない、という暗黙の了解があった。それまでは、途中までバスを使い、そこからときどき河川敷に下りて遊びながら川の堤を帰るという、危険(=魅力)の少ない「半道草コース」で我慢しなければならない。この子供世界の掟を破った者には一週間の仲間外れという厳罰が待っていたから、私たちはみな、指折り数えて4年生になるのを待ったものだ。
 子供だけの ―― しかもそんな長距離の徒歩の ―― 下校がごく当たり前だった、古きよき時代の話である。
 もっとも、本当は、崖道を通るのは「危険だから」という理由で固く禁じられていて、畑仕事をしていた老爺に告げ口されて、親からお仕置きを喰らったことも一度や二度ではない。
 もうひとつ、私たちが、それぞれの親に禁じられていることがあった。それは、林の中に点在する熊の住処(絵本なんかで見たそれだけど)のような穴倉には絶対に入ってはならない、というものだった。親たちは、その穴をボウクウゴウと呼んだ。それが、戦争中空襲を避けるために造られた防空壕であるということを知るのは、もう少し後のことである。親たちは、この禁止事項に関しては厳格この上なく(崖道通行禁止の比ではなかった)、この禁を破ったことがバレると、私は母親に尻を引っぱたかれ、アキヒロは父親に拳骨を喰らい、カヨコは晩ご飯のおかずを取り上げられた ―― まあ、つまり、私たちは頻繁にその禁を破っていたということだ。
 ボウクウゴウは顔を背けて走って通り過ぎるには数が多すぎたし、私たち子どもが苦もなく滑り込める大きさの丸く暗い入口は、まるで異世界への入口のように見えた。それは、いつも「おいでおいで」をして、私たちを招いていた。
 穴の中は意外に広く、一部に天井を支える木組みが組まれている大掛かりなものもあった。その木組みの間からは、絶え間なく土塊が転がり落ちていたが、私たちにはそれさえも面白く、薄明かりの中で、その土塊を集めて小山を作り、トンネルを掘ったりしたものだ。
 長じて、「防空壕」遊びを親たちが厳しく禁じたのは、その多くが、いつ崩落し私たちを生き埋めにしてもおかしくない状態だったからだということを知った。私も、もしも自分の子供が同じことをしようとすれば、母と同じく夜叉のような顔で、その遊びを禁ずるに違いない。
 けれど、ともかく、「いけない」と言われれば言われるほど、その禁を犯したくなるのは、これはもう子供の業(あるいは本能?)のようなものである。
 というわけで、夏休み最初の登校日の帰り道、私とアキヒロとカヨコは、性懲りもなくボウクウゴウに足を踏み入れた。
 うだるような暑い日だったが、穴の中はひんやりとしていた。汗ばんだ肌には心地よい涼しさだ。林の中を抜けてきた時は、セミ時雨でたがいの声も聞き取りにくいほどだったのが、穴の中では、そのセミの声さえひどく遠いものに聞こえる。まるで、そこだけ時間が止まってしまったような不思議な感覚に襲われた。
 私たちは、いつものように土塊を集めて小山を作り始めたが、きっとそのうちに寝入ってしまったのだ、と思う ―― つまり、そう考えるしか説明がつかないような体験を、私たちはしたのだ。


(中略)


 次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。ベッドの脇に両親が座っていた。防空壕に入ったことがバレたのは、明らかだった。お仕置きを覚悟して布団の中で身を縮めたが、母親は泣き出し、父親は「よかった、よかった」と言いながら頭を撫でてくれたので、何だか拍子抜けしてしまった。

 私たちは、防空壕の中で倒れているところを発見されたのだった。
 穴の入口にランドセルが3つ放り出してあるのを見つけた畑仕事帰りの老爺が、「親の言いつけを守らない悪ガキどもをどやしつけてやらねば」と中を覗いて、私たちが倒れているのを見つけたのだそうだ。最初は眠り込んでいると思ったが、身体を揺すっても頬を張っても反応がないので、さてはガス中毒かと、慌てて私たちを穴から引きずり出すと、助けを呼びに走ってくれたのだという。
 結論からいえば、私たちは、ガス中毒ではなかった。
 壕内の調査でも有毒ガスの存在は確認されなかったし、第一、私たちを救出し、最寄りの人家まで往復した老爺は、体調不良を訴えることもなく、最初から最後までぴんぴんしていたらしい。
 脈拍も呼吸も何もかも正常な状態で、ただ意識だけが回復せず、私たちは、2日2晩正体なく眠り続けたのだそうだ。その原因は、今もって不明である。
 防空壕の中には、私たち3人以外誰もおらず、かつて誰か ―― 大勢の人間 ―― がそこにいたような形跡も、もちろんなかったという。


(後略)


「夏の日のふしぎ」(初稿2009年)
2016.09.27 14:48 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(2) |
週末ワタクシはこっそりお上りさんしておりました。
(訪問1件、セミナー2件)

主目的の感想については、また日を改めて語るとして(真面目な記事は書くにもそれなりに体力が必要です<読んでくださる皆さんもお疲れになるかと)、今日は、以前たまにやっていた「ひと休み」シリーズをやりたいと思います。
「だから何なん?」という、ただただしょうもない話ですので、お好みによりスルーでお願い致します。


8月26日金曜日11時30分頃(新幹線京都駅構内)

ワタクシの24時間生活サイクルを完全に破壊したリオ五輪が終わった。
ワタクシは、たいていのNumber(雑誌)は図書館で読ませて頂いているが、五輪総括号と一部フィギュアスケート特集号は、永久保存版として購入することにしている。リオ五輪特集号は26日発売予定だった。
いつもはAmazonさんのお世話になるのだけれど、ふと魔が差した。
「行きの新幹線の中で読めるじゃ~ん」
駅弁も飴ちゃん(←関西のおばちゃんの必需品です)も後回しにしてまっすぐ駅構内書店に向かったワタクシは、しかし、レジのおばちゃん(というか同い年くらいですけど)からアッパーカットを喰らう。
「もう売り切れましたけど」
何だとおおおおおおおおお。
もちろん、売店にも、ない。帰宅してからAmazonで注文しても売り切れやろなあ。
傷心を抱えて新幹線に乗った。

この悲しい物語には、土壇場の逆転劇がある(つか大げさ<自分)。

8月26日金曜日17時頃(東京メトロ某駅売店前)

ふと足を止めた。ケンブリッジ飛鳥選手が全力疾走しとる・・・じゃなくて、Numberが山積みになっとるではないか!!
(と、東京の皆さんは、Numberは読まんのだろうか?)
慌てて1冊手に取る。売店のおねーさん(どう見てもワタクシより若かったので)が「600円です」という前に、財布から600円を取り出しているワタクシ、エラい。
無事に1冊ゲットして、その晩のうちに、ほぼ隅から隅まで読み尽くしました。
個人的には、バドミントンのペアについての記事が一番よかったです(部活途中脱落組ですが、バドミントンやってましたので)。


というわけで、セミナーではまたまた自分の未熟さを思い知らされがっくりでしたが、Numberに関していえば所期の目標を達成することができ、全体としてはプラスマイナスゼロの旅となりました(?)。
2016.08.29 14:10 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(2) |
半年間楽しませて貰った朝ドラも、いよいよ今週で終わりです。
ワタクシの中では、今のところ「カーネーション」が不動の1位ですが、最終回を待たずに「あさが来た」を2位認定したいと思います。
(「マッサン」もよかったのですけど、途中、無職のマッサンがだらだらするところで、何度となく(心の中で)蹴りを入れさせて頂いたので、そこのところを差し引かせて頂きましたです)

正直(あくまで個人的な感想ですが)、後半は前半ほど面白くはなかったような。訂正、「ワクワク感」が半減したような。
(ナレでどんどん日が経っていく場面も多く、ちょっと「追い立てられる感」を感じることもありました)
ドラマのストーリー的に面白いのは、やはり主人公の青年(青春というべき?)時代でしょうから、それは仕方のないことなのかもしれません。
和歌山の眉山一家や娘の千代ちゃんなど、あさちゃん以外の登場人物が中心となる話も多く、その分、あさちゃんの物語が多少薄まってしまった印象がありました。そんなわけで、大学設立の話が少し間延びしてしまったような(「まだその話やっとったんかーい」的な)。
その代わりというか何というか、脇の登場人物さんたちの生活や人生が丁寧に描かれ、個人的には、心に残る台詞は、後半の方がずっと多かったのでした。

今のところ、五代さまロスとも新次郎はんロスとも無縁なワタクシですが、ビミョーに、はつロスに陥りそうです。
はつ役の宮﨑さん、メークもよっこらしょっと立ち上がる仕草も、年相応にどんどん老けていって、見事でした。
決してあさちゃんの演技が下手という訳ではありません。ヒロインは、やっぱり「綺麗に老ける」ことも求められると思うのですね。「篤姫」の宮﨑さんは、最後までお綺麗でしたし。
その点、(準主役的立ち位置とはいえ)脇の演者は、「主役を立てる」ことを心掛けさえすれば、様々な点でもう少し自由に動けるのかもしれません。
はつさんの「静」があってこそ、あさちゃんの「動」も生きたのだと思います。といっても、芯の強いところは、やっぱり姉妹なんですけど。
はつさんの「笑って生きなあかんなあ」と、白蛇はんの「お釣りのくる人生やった」は、とても心に残る台詞でした。死ぬときにそう思えたら、人生冥利(という言葉はワシが創ったぜ)に尽きますなあ。

ほんで、新次郎はんです。
当初「遊び人のぼんぼん」的雰囲気アリアリでしたから、演者/演じ方によっては嫌われてもしょうがない役どころでしたが、玉木宏さんだったから、大成功したように思います(あくまでワタクシの感想ですが)。「粋」という言葉がぴったりな方でした。
話が進むにつれて、ついついゴツゴツしてしまうあさちゃんを「やらかく」包容し軌道修正する役回りとなり、五代さまが「比翼の鳥」と評しておられましたが、本当に、2人で一対という言葉がぴったりのご夫婦になりました(まあ、ドラマ的理想、の部分はありましょうが)。
その新次郎はんも、病に倒れ、最終回までに舞台から退場されそうな雰囲気です。
ワタクシも、そろそろ「連れ合いをなくす」ということが完全な他人事ではない年齢になってまいりまして、ついついあさちゃん夫婦を自分を同じ立場に置いて考えてしまい、涙なくしては見れない最終週でございます。

個人的には、千代旦那さん役の工藤阿須加クンが(昭和の少女漫画的出会いと再会も含め)なかなかにツボでありましたぞ。
2016.03.29 20:36 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(11) |