屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

このお話を書いた頃、私は、スティーブン・キングの「From a Buick 8」を聴いていました。ホラー風味の再生と成長の物語です。
読まれた方はご存じだと思いますが、この小説は、数名の登場人物が、自分の視点から目撃談を語る形になっています。Audio Bookでは、男女数名の朗読者が担当章を朗読する、という体裁を取っていて、ラジオドラマを聴いているような不思議な味わいがありました。
話者の視点が過去と現在を行ったり来たりするため、各章のタイトルが「NOW: XXXX(話者名)」「THEN: YYYY(別の話者名)」のようになっていて、次は同じやり方でお話を書いてみたいなあと思っていました。所詮二次小説なんで。項目タイトル記載方法のパクリくらいは、ま、えっかなと。

再掲するにあたり、原形を留めないくらい書き直しました(さわりの部分だけですけど)。
言葉遣いももちろんですが、どう考えても時系列的に「それはないだろ」みたいなことを書いていたりして。おそらく、「その方がなんかいい感じ」という理由で、深く考えずに言葉を繋いでいたのでしょう。
何となく、先日のシンポジウムの「機械的な翻訳と自分に都合がよく気持ちのよい勝手訳の中間に『よい翻訳』があり」の部分を思い出してしまいました。「自分に都合がよく気持ちのよい」の部分。でも、「気持ちがよい」だけだと「ホラ、ホラ、いいでしょ、この表現」という自己陶酔というか自己満足に陥ってしまうのだなあと、10年の歳月を経てしみじみと思うのでした。とはいえ、「きちんと正しく」だけだと無味乾燥な文章になってしまったりということもあり、「伝えたい」気持ちだけが先行しないように注意しながら文章を書くのは、翻訳に限らず、どんな文章でも本当に難しいと改めて思いました。

このお話は、10年以上前に、2040年くらいの近未来を想定して書いたものです。
当時はまだスマホは登場しておらず、ビデオ通話も(すでにある程度市民権を得ていたのかもしれませんが少なくとも私の周りでは)一般的ではなく、私は、移動手段の高速化が進むだろう、とありきたりの予想をしていますが、10年時点では大きく外していますね(2030年頃にはリニアモーターカーが開通している予定のようですが...)。結局、「今」の延長でしかものを考えられない人間ということなのだった。トホホ。2040年、どんな世界がくるのだろう。


***


NOW アメリカのどこか  デイビッド

 もう何時間歩いたろう。
 出発したときはまだ薄暗かったのが、日はもう中天にかかろうとしている。
 行く手を阻む崖に取りついてから、まる2日が経とうとしていた。


 以前偵察のためにこの地を訪れたとき、たまたま知り合った地元のガイドに、その山に登ろうと考えていることを冗談めかして話したところ、やんわりと、しかしはっきりと反対された。「でかいけものがよく出ますんでね。地元の人間は誰も近づきませんよ。自殺行為ですからね。旅行で来られた方が腕試しするような場所じゃありません」と、執ように少し東の別の山を勧められた。だが、私は彼が反対した本当の理由を知っていた。その山は人を喰うのだ。生命の欠片すら見当たらないその赤い岩山の向こうに何があるのか知る者はいない、はずだ。
 桃源郷があるという者もいたし、悪魔が住むという者もいた。いにしえの黄金を隠した洞穴があり、今は魂だけになった持ち主が番をしていて、近づこうとする者を取って喰うのだと、まことしやかに囁く者さえいた。
 そういう噂に惹かれ、私のように山越えに挑んだ者は十指を下らなかったが、その半分は行き倒れたのかそれとも魔物に喰われたのか二度と戻ってこなかった。残る半分は、何日も、時には何週間も経ってから岩山の麓で発見されたが、みな等しく入山してからの記憶を失っていた。
 ハイテク機材を装備した自家用ヘリを飛ばし、空から探索を試みたトレジャー・ハンターもいたが、戻ってきたヘリの乗組員たちも、同様に出発してからの記憶を一切失っていたという。
 不思議な出来事はしばらく前に止んでいたが、伝説や噂話の類いは残り、最近では岩山に近づこうとする者すらいないらしい。
 そうしたことを、私はすべて調べ上げていた。わたしの本業はジャーナリストだ。調べものはお手のものである。そして、私には、どうしてもすべての情報を得ておかなければならない理由があった。あらゆる準備を整えてその山に臨むために。


 真下に立って見上げると、赤い岩山自体はそう高いものではなかった。魔物伝説を身にまとい、来る者を拒むがごとく屹立しているので、「そびえ立つ」という表現が使われるようになったのであろう。いずれにせよ、父の話から、最初に岩登りをしなければならないことを予想してロック・クライミングの訓練を積んできた私には、その頂上に立つのはさして困難なことではなかった。

 頂上から見ると、絶壁の反対側はなだらかな下り斜面になっていて、中ほどから再びゆるやかな上りになり、そのまま尾根に続いている。そのあたりから、赤茶けた岩肌は緑に変わる。うねうねと続く尾根には霞がかかり、あまり先まで見通すことはできなかった。

 その日の晩は下り斜面の広い岩棚に簡易テントを張ってビバークし、翌日は尾根伝いに歩けるところまで歩いて、手頃な木の枝の上で一夜を明かした。その頃には、たけ高い草に行く手を阻まれ、時に藪こぎを余儀なくされるようになっていた。だが、これは悪い徴候ではない。父から「藪こぎに難儀した」という話を聞いていたからだ。

 3日目の朝、日が昇る前に再び出発して数時間、視界を覆っていた草木が少しまばらになり始めた。間違いない、この方向だ。もうすぐ会える。遥か昔、父が出会ったというその人たちに。


ONE YEAR AGO 東海岸  デイビッド

 父とはもう長いこと疎遠になっていた。大学2年の年に、ロボット工学を専攻させようとして譲らない父に反発し、ジャーナリズムをやるのだと宣言して勘当同然に家を出て以来だから、もう10年近く顔も見ていないことになる。

 その間に、働きながら、何とかそこそこ名の知れたジャーナリズム学科を卒業し、そこそこ大きな町の地方新聞社に職を得た。たいがいは記者として飛び回っていたが、最近では、主筆が休暇を取った折りなど、時折り論説文を任せられることもある。だが、もちろん、そんなちんけな新聞社で一生を終わるつもりはなかった。ジャーナリストの卵の例に漏れず、私も、いつの日か自分の名前で本を出版するという夢を暖めていたのである。


 勘当以来、家に足を踏み入れたことはなかったが、母とは時折り連絡を取り合っていた。
 父が、末期の癌であることも母からのメールで知った。ステージIVの癌が死病と呼ばれなくなって久しいが、それでも発見が遅れれば手の施しようがない場合もないではない。父がそんなケースだった。
 母は、メールで、父が死ぬ前に何とか和解してほしいと切々と訴えてきたが、家に帰るつもりは毛頭なかった。父は大変厳格だった上に、私を自分の思いどおりに育て上げようとしていることが感じられたから、勘当以前も親子の仲は悪く、「勝手に死ねばいい」くらいにしか思わなかった。---白状すれば、胸の奥の方にちくりと痛みを感じたのだが、私はそれを二日酔いのせいにして何とか意識の底に押し込めた。

 それから2週間ほどして、母が今度は、父が私に会いたがっていると言ってよこした。死ぬ前にどうしても話しておきたいことがあると言っている、というのだ。来てくれるなら、昔の自分の言動を土下座して詫びてもいいとまで言ったそうだ。
 あの父が土下座だと? たとえ太陽が西から上ってもそんな日は来るまいと思っていた。いったい何事だ。ジャーナリストの血が騒ぐ。
 私はその足でエクスプレス・フライトのチケットを買いに走った。東海岸から西海岸に1時間ちょっとで飛べるという謳い文句の、目の玉が飛び出るような値段のフライトだ。カードで支払いを済ませながら、自分から頭を下げるわけじゃない、父の方から折れてきたのだ。決して少しでも早く父に会いたくて高価なチケットを購入するわけじゃないと自分自身に言い聞かせる。だが、それが言い訳に過ぎないことは、自分が一番よく承知していた。

(後略)

「かくれ里伝説」(初稿2006年頃)
2017.06.20 13:28 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(0) |
タイトルによる期待度と内容の乖離8:1くらいの覚悟(?)で読み進めていって頂ければと思います。す、すいません。

***

「彼女」とは中田久美久光製薬スプリングス総監督(バレーボール)のこと。
今シーズンのVリーグ終了後、全日本女子監督に就任する予定だ。

Number 1月14日特別増刊号に、彼女へのインタビューをまとめた記事が掲載されていた。執筆は「日の丸女子バレー」の吉井妙子氏。
だからだろうか、記事はよくまとまっている上、中田総監督の言葉からも「かなり本音で話しました」的な感じを受ける。
(私は、バレーボールは観戦するだけの素人なので、あくまでも素人の感想だけれど)

中田総監督は「厳しい監督」というイメージがあり、全日本女子監督内定のうわさを聞いたときは、「選手がついていけるかな」とちょっと心配してしまった。選手には失礼な言葉だということは承知しているが、それだけ総監督には「厳しいひと」というイメージがあったということだ。

でも、昔の記事を読み返していると、次のような一節が目についた。

(選手生活の晩年、怪我に苦しみ、約1年間手術とリハビリの生活を送ったことに触れたあと)「復帰してよくいわれたものだ。『上げるトスがやさしくなったね』と。確かに人にやさしくなった。人のミスを許せるようになった。人間、だれでも辛いときがある。それを知ったことはプレイヤーとしても決してマイナスではなかった」(佐藤正治、Number349号、1994年)

私は、一度だけ彼女のプレーをなまで見たことがある。W杯だったか日本リーグ(当時)だったか。まだ17、8歳の頃だったと思う。当時の日本人女子セッターとしては長身の中田選手があっという間にボールの下に入り、速いトスを上げていたのを覚えている。当時すでに「天才セッター」と呼ばれていたと思う。だが、それが「天賦の才」だけでないことは、「日の丸女子バレー」を読めばよく分かる。確かに非凡な才能はあったに違いない。それでも、中田久美は努力の人だったと思う。そして晩年「やさしい」と表現されるトスを上げるようになったのだとしたら、ただやみくもに厳しいだけの監督ではないはずだ。

今号のNumberから拾った彼女の言葉をいくつか載せておく。

「国際大会ごとに少数の選手の入れ替えはあるでしょうが、合宿などに大勢集めて試すというようなことはしません。選抜から漏れた選手の気持ちを考えたら酷なことですし、しょっちゅう選手を入れ替えていたらチームは固まりませんから」

(注目する若手の名前を何名か挙げたあと「ただ、全日本は育成の場ではありません。もちろん、東京五輪の先を考えたら今から育て、東京五輪で経験を積ませるという考えも必要でしょうが、私にとって東京五輪は勝負の場。これまでのバレー人生すべてを賭けた闘いに出ますので、選手の育成に時間をかけていられません。育ててもセッターと若手数人という感じですかね」

(久光では選手に常に「なぜ」と問いかけ、自分で正解が見つけられるように導いた)「時間のかかる行為ですが、コートで判断するのは選手たち。勝利は、一瞬一瞬の正しい判断の積み重ねの結果ですから、地頭(Sayo注:じあたま)がしっかりしていなければ勝負に勝てません」

「私は時々、周りに『びっくりした』と言われるような采配をすることがありますが、私にとってはすべて想定内。常に選手の練習態度や取り組む姿勢をしっかり見ていますから、ここでこういう手を打てばこうなる、というのは予想できるんです」

「先ほどから選手に130%の力を出させると言っていますが、決してはったりで語っているのではありません。どんな方法かはまだ言えませんが、今回の全日本には科学の力をふんだんに持ち込みます。データバレーではもう勝てません。データはあくまで結果に過ぎない。結果を分析して作戦を立てるのではなく、選手らが頭をフル回転させて試合の流れを先読みし、どんな場面でも対応できる予測能力を磨く練習を重ねていくつもりです」

(以上、Number 1月14日特別増刊号「東京へ。」から、文:吉井妙子)

彼女の思い描くやり方が必ず奏効するとは言えないかもしれない。発言の一部に異を唱える人もたぶんいるだろう(私は素人なので、納得できる点もあり何とも言えない点もあるというのが正直なところだ)。ただ、ひとつ言えるのは、中田総監督はすでに自分の中に確固たるイメージを持っているということだ。
インタビュー全体を通してもうひとつ感じたことは、中田総監督は、周りも選手も本当によく見ているということ。「よいときも悪いときも努力も取り組む姿勢もすべて見てくれている」-そう思えるからこそ、久光の選手たちは厳しい監督についっていったのではないか。
また、彼女は「データバレーではもう勝てない」と言っているが、それは決して「データバレーは間違っていた」ということではないと思う。長身でパワーもある外国勢が、これまでは日本選手の方に分があった守備力や組織力を身につけつつある今、これまでと同じやり方ではもう勝てないということだと理解した。

「どんな方法かはまだ言えませんが」と聞くと、もうそれだけでワクワクするではないか。
中田全日本の今後を密かに楽しみにしているSayoである。
2017.01.15 17:46 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(0) |
とりあえず...生きてますのご挨拶的に...
年内にもう一度今年を振り返ってみたいと思っていますが...
できなかった場合は「とうけいかいせきけいかくしょ」と差し違えたと思っていただければ。


アクションというとまず頭に浮かぶのは、ひかわきょうこさんという漫画家さんです。
もちろん、アクション満載の漫画や小説を書かれる方は他に数多おられるのですが、なぜかひかわさんの「彼方から」がぱっと頭に浮かぶのです。

もうデビューされて40年近くになるでしょうか、「地味で目立たない、でも一生懸命なヒロインが、過去/陰のある、でも根は真っ直ぐなツンデレの人気者と両想いになる」という、当時の少女漫画の王道をいく漫画を描かれる方でした。「王道に軸足を置きつつのアクション指向(?)」路線が明確化したのは、たしか「荒野の天使ども」の頃。そして、それが花開いたのが「彼方から」の異世界のヒーロー、イザークであったと個人的には思っています。自制心を失うと角・牙・鱗が生えるという(ほんで四つん這いになってた記憶が...)、「王道少女漫画のヒーロー的にどうだろね」な部分もあましたが、それでもイザークは格好よく、アクションシーンでは「その動き、関節的にありえねーだろ」と突っ込みを入れつつも、惚れ惚れしてしまったものです。ワタクシがあと35年ばかり若ければ、イザークに壁ドンされたかったですね。まあ、相手は二次元ですが。

「彼方から」のような映像が頭に浮かぶようなアクションを文字で描写したい、というのがワタクシの密かな野望のひとつです。
下のお話では挑戦して玉砕した、て感じでした。プロローグだけなのでアクションはありませんが。
いつかまた、自分の関節で「あーでもない、こーでもない」と色々試行錯誤しながら挑戦してみたいと思っています。

*****

プロローグ

 ポリスが現場の路地に到着したとき、男はすでにこと切れていた。
 仰向けに倒れた身体の左肩から右腹部にかけて、鋭利な刃物ですっぱり切られたような長い傷があり、そこから流れ出た血が背中の下に血溜りを作っている。臓腑に届くほど深い傷とは思えなかったが、一見したところ他に外傷は見当たらなかったから、失血によるショックが直接の死因と思われた。

 死体を検め終わった警官は、立ち上がってあたりを見回した。
 飲食店の裏口と覚しきいくつかの戸口に灯された電球の明りのおかげで、ぼんやりとだが向う端まで見通すことができた。ことさら物騒な場所とも思えない。路地とはいっても、ごく小型の車なら何とか通り抜けられないことはない程度の幅もある。もっとも、路地を入ってすぐの場所に細長のゴミ集積場があったから、実際に車で通り抜けようとする輩はいないに違いないが。

 男はその集積場の脇に、頭を路地の出口に向ける格好で倒れていた。
 第一発見者は、角のビルの地下にある安酒場の店員だった。店を閉めた後、帰宅する足でゴミを捨てに寄って、男が倒れているのに気づいたという。さては酔っ払いか、蹴って起こしてやるかと2、3歩近づいたところで血まみれの衣服と血溜りに気づき、慌てて911通報したということだった。

 それにしても、いったいどんな凶器を使えばこんな裂傷ができるのだろうと、改めて死体を見下ろしながら、警官は考えた。
 仕事柄、そしてスラム化が進みつつある旧ダウンタウン地区を抱える土地柄、20年余の勤務の中で、これまで嫌というほど殺傷事件の被害者を見てきたが、外傷が正面の裂傷だけ ―― しかもどうやらそれが致命傷らしい ―― という被害者にお目にかかるのは、これが初めてだった。
 ナイフを使えば、刺傷が残る。これは、もっと刀身の長い凶器を斜めに振り下ろしたときにできる傷だ。
 ふいに日本刀という言葉が脳裏に浮かんだ。前夜テレビでニホンの古いサムライ映画を見たせいかもしれない。確かにあれを使えばこのような傷を負わせることは可能だろう。問題は、そんな凶器は簡単に手に入らないということだ。

 小石の転がる音が彼を現実に引き戻した。反射的にホルスターに手が伸びる。だが、小石を飛ばした靴の持ち主の特徴的な足音には聞き覚えがある。先ほど酒場に待たせている通報者のもとに話を聞きに行かせたルーキーのものだ。警官は苦笑しながら緊張を解いた。振り向くと、果たしてそこにはひょろりと背の高いパートナーの若者が立っていた。

「何か分かったか」
 ポーカーフェイスをつくって問う。若者が要領よく事情聴取の内容を総括した。
 店員の話では、被害者は、この辺りをねぐらとするホームレスのひとりではないかということだった。近寄った際一瞬目に留まったこめかみの傷跡に見覚えがあるような気がするというのだ。確かに、死体の左のこめかみには引きつれたような長い傷跡がある。

 ホームレスか...と先輩警官は、内心嘆息した。道理で粗末というよりぼろに近い身なりをしているはずだ。どうせ身元を証明するものなど所持していないに違いないから、いつものように、適当に報告書をでっち上げてお蔵入りにするしかあるまい。謎の凶器に食指が動いたのも事実だったが、ホームレスの殺人事件如きにいちいち深入りしていては、身体がいくつあっても足りないのが現実だ。

「仏さんを運ぶ手配はしたんだろうな」
 彼がルーキーの若者にそう声をかけたとき、
「俺あ、見たぜ」
 路地の入り口で甲高い声がした。
 2人の警官が弾かれたように振り向くと、そこに、小柄で年齢不詳の男が立っていた。その身なりから、被害者のホームレス仲間ではないかと察せられた。

「D(というのが被害者の通称らしかった)を殺った奴をよ」
 と男は続けた。
「若い男だ。Dはそいつと何か言い争ってた ―― と思ったら、瞬きした間に男の姿が消えちまったんだ。そして、Dが血を吹いてぶっ倒れた。だから、奴がやったに違いねえ。それしか考えられねえ」

 ルーキーが先輩の視線を捉え、自分の頭の横で小さく輪を描いた。コイツ、頭がイカれてるんじゃないですか、と言っているのだ。自分も同じことを考えていた先輩警官は、若者に苦笑を返し、
「消えたってのは、どういう意味だ?」
「何でも聞いてくれ」という台詞を表情筋だけで見事に表現している男の期待に応えた。
「だから、そのまんまだって。透明人間みてえに消えちまったのよ。嘘じゃねえ」
 警官は自分の質問を呪った。まったく、つくならもっとマシな嘘をつけよ。
「で、その『透明人間』は、何か手に持っていたのか?」
 いんや、と男は即座に首を振った。
「手ぶらだった。顔は見えなかったが、そこんとこは間違いねえ」

 ふと、自分たちの注意を引くのが目的なら、もう少しましな嘘をつくだろうという考えが警官の頭を掠めた。透明人間の部分を除けば、一応話に筋は通っている。

「で、何ですぐ警察に知らせなかった?」
「人殺しの透明人間がうろうろしているかもしんねえのに、こんなとこでぐずぐずしている馬鹿はいねえ。あんたらの姿が見えたんで戻ってきたのさ。ああいう物騒なヤツはちゃんと捕まえてもらわないとな」

 やはり眉唾だな、と警官は思い直した。手掛かりと引き換えに、食事か宿か現なまか、とにかく何らかの報酬を要求する手合いに違いない。

 一陣の風が路地を吹き抜け、警官は思わずぶるっと身を震わせた。年中温暖な西海岸とはいえ、春の浅いこの季節の夜の冷え込みはまだ厳しい。こういう晩は、早く仕事を片付けて一杯やるに限る。

「それじゃ、その『透明人間』とやらの話を詳しく聞かせてもらおうか」
 大袈裟な動作で手帳を広げ、鉛筆の芯を舐めた。

「かまいたちは嗤う(Invisible Jack, the Ripper in the Modern Age)」(初稿2008年頃)
2016.12.28 14:36 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(0) |
例によってSayoさんが修羅場っているため(Sayo辞書に「学習する」という言葉はないようです)、ブログにひと休みして貰うことにしました。


R.A.ハインラインの「輪廻の蛇」という作品をご存じでしょうか。蛇がぐるぐるする話・・・じゃなくて、最初の1文と最後の1文がまったく同じで、いつまで経っても話が終わらない、というお話なのですが(手元にないので、詳細は多少いい加減です)、初読時に衝撃を受けたことを今でも覚えています。

そして、恐れ多くも、いつか自分も、蛇がぐるぐるするお話を書いてみたいと思っていました。
でも、ワタクシの妄想力では、きちんと話を繋いでオチにつなげて、の蛇がぐるぐるは、どう足掻いても不可能で。(中略)部分はめっちゃしょぼい、いわゆる「夢オチ」です。ハインライン、凄すぎ(泣)。
(いつものように名前はアルファベットに変えました。連作の途中なので、冒頭、多少分かりにくい部分がありますが、どうぞご容赦ください)

****

 Aは、湯気の立つマグカップをコーヒーテーブルの上に置き、新聞を広げた。朝食後自分でコーヒーを淹れ、英語の勉強も兼ねて居間でゆっくり新聞を読むのが、アメリカに来てからの日課になっている。

 Bがいた間は、午前中居間にいることの多かった彼女の周りに、普段は昼近くまで寝ているJも含め、手の空いた仲間が自然と集まってくる格好になったから、Aは落ち着いて新聞を読むことができなかった。別に彼女が邪魔だったわけではない。親しくなる、というほどではなかったが、それでも、彼女が去ったあとは一抹の寂しさを感じている。だが、とにかく、これで彼の平和なひと時が戻ってきたことは間違いない。

 ニュースセクションの見出しにざっと目を通したが、たいしたニュースはなさそうだ。コーヒーを一口すすってから、ビジネスセクションを取り上げる。
 日本の中堅企業がアメリカ市場でロボット犬を新発売した、というニュースが目を引いた。ロボット犬といえば、日本ではSONYのAIBOが人気を博していたが、写真で見る限り、こちらのロボット犬の方が、より本物に近い感じがする。
 発売日当日、何百人もの客が、その犬を求めて電化製品量販店に群がったという。
 担当記者は、かなり冷めた目でその狂騒ぶりを揶揄し、多くの人間が、寂しさは紛らわせたいが生き物の世話をするのは面倒くさい、というかなり身勝手な理由でロボット犬を購入しているようだ、と結んでいた。

 本物に近づくべく進化を続ける自律型ロボットと、機械にもっとも近いところにいる自分 ―― 似たり寄ったりの存在と言えなくもない。多少の親近感が湧いた。
 もっとも脳味噌だけは違う。いくら判断力や感情を備えたといっても、所詮彼らの脳は人工の産物だ。本物の脳とは比ぶべくもない。

 他のニュースを斜め読みしてスポーツに移ろうとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。この家にはめったにないことだ。

 「A、お願い。ちょっと手が離せなくて」
 キッチンからFの声が聞こえた。

 しょうがない。持ち上げかけたマグをテーブルの上に戻し、立っていって明り取りの小窓から外を覗いた。足元に大箱を置いた男が、ポーチに立ってキョロキョロとあたりを見回している。ドライブウェイの先には、Fedexのバンが停まっていた。怪しい人間ではなさそうだ。


(中略)


 身体を強く揺すぶられ、Aはハッと目を覚ました。
 心臓が咽喉元までせり上がり、全身にびっしょり冷や汗をかいていた。

 「どうしたの、Aったら。ひどくうなされて」
 片手に毛布を抱えたFが、心配そうに自分を覗き込んでいた。もちろん、その目には理知の光が宿っている。

 Aは、自分がソファに横になっていることに気づいた。
 では、あれは夢か・・・
 急いでテーブルの上の新聞を引っ掴み、日付を確認する。それはハービーが送られてきた日 ―― いや、今朝の日付だった。例のロボット犬発売をめぐる記事のページが開いてある。ということは、新聞を読みながらうたた寝しちまったってわけか...
 「寝てたのか...」
 「やあね、覚えてないの?」
 Fは、何を寝ぼけているのだと言わんばかりに、彼の肩を軽く小突いた。
 「あまりよく寝ていたから、しばらくこのまま寝かせておいてあげようと思って、毛布を取って戻ってきたら、うなされてるじゃない。びっくりしちゃった。よっぽど悪い夢を見たのね」

 ああ、もう死ぬまで見たくないような夢だ。

 「眠るのならベッドに入った方がいいわよ。こんなところでうたた寝してたら、毛布があっても風邪を引くかもしれない」
 Fは、毛布を彼の脇に置くと、キッチンに戻っていった。おかしなところなど全くない。いつものよく気のつく世話焼きのFだ。

 だが、考えてみれば、いくら洗脳されたとはいえ、彼らが自分を襲ってくることなどあろうはずがない。まったく、とんでもない夢を見たものだ。きっと、こいつのせいだな ―― と新聞の記事をひと睨みする。
 とにかく、しばらく寝るのはごめんだ。もう一杯コーヒーを飲んで頭をすっきりさせるとしよう。
 すっかり中身の冷めてしまったマグカップを手に立ち上がりかける。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。この家にはめったにないことだ。

 「A、お願い。ちょっと手が離せなくて」
 キッチンからFの声が聞こえた。

 立ち上がりかけた姿勢のまま硬直した。
 30秒、いや、1分近くそうしていたろうか。Aはふうとひとつ深呼吸をして肩の力を抜いた。まったく、何を馬鹿なことを考えてるんだ。
 マグをテーブルの上に戻し、立っていって明り取りの小窓から外を覗いた。足元に大箱を置いた男が、ポーチに立ってキョロキョロとあたりを見回している。ドライブウェイの先には、Fedexのバンが停まっていた。

「Harbie, the Dog」(初稿2005年)
2016.11.26 00:14 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(0) |
このところ、諸般の事情により、Sayoさんがなかなかひと休みできないので(シュラバとも言います<学習しないヒトです)、代わりにブログにひと休みしてもらいます。
お好みによりスルーでお願い致します。


本文がないので分かりにくいですが、最初の「彼」と最後の「彼」はまったくの別人です(名前の部分はアルファベットに変えました)。

最初に、自分で「この表現やり~♪」と自画自賛した部分ありましたが、泣く泣くばっさり切り捨てました。そういう表現って、あとで読み返すと「やってやるぜ」感がハンパなく、悪目立ちしていて。やっぱり推敲は大事だなー、としみじみ思う秋の夕方です。

もうすぐインフルエンザの季節です。みなさまもどうぞお身体ご自愛ください。
(インフルエンザの記事の若干アヤしい部分は、生暖かくスルーして頂ければ甚幸です)

****

プロローグ

 一瞬、患者が途切れた。
 椅子に身体を預けると、目を閉じて両手の親指でこめかみを揉む。疲れが身体中にまとわりついていた。
 今朝から何人の患者を診ただろう。この前自宅に帰ったのがいつだったか思い出せない。昨夜もその前の晩も病院に泊まり込んだ。
 彼だけではない。まだ病いに倒れずにいる医師は全員 ── そしてもちろん看護師たちも ── 彼と同じように不眠不休で働いているはずだ。

 突然インフルエンザの流行が始まってどれくらいになるだろう。5日 ── いや、最初の赤ん坊がERに運び込まれてから1週間になる。人口5000人に満たない小さな町にひとつしかないこの総合病院は、それ以来患者であふれかえっていた。
 確かに、10月に入ってすぐ冬の到来を思わせるような寒さがしばらく続いたが、それにしても流行には早すぎる。まだ今年の予防接種が始まってから2週間と経っていない。
 もっとも ── われしらず片頬に苦い笑みを浮かべていた── 今年の流行の予測は大外れだ。予防接種など気休めにもならない。3日前にやってきたCDCの医師は、今回の流行はA型が大きく変異した新型のウィルスによるもので、従来のワクチンではほとんど効果はないと言った。まったく、冗談じゃない。

 「先生・・・」
 看護師の1人が遠慮がちに声をかけてきた。まだ若くいつも溌剌としていた彼女も、今は目が落ちくぼみ、声にも表情にも覇気がない。
 「・・・ん、ああ、次の患者さん?入ってもらいなさい」
 急いで身体をしゃんと起こす。身体中の関節がぎしぎしと鳴った。
 「いえ、あちらで少しお休みになってください」
 看護師が奥にある彼専用のオフィスを指差す。普通なら注意したくなるような緩慢な動作だが、それほど身体が疲弊しているのに違いない。
 「交代で休憩をとっていただく約束です。先生方に倒れられてはどうしようもありませんから。1時間休んだら、D先生と交代していただきます」
 「そうそう、最年長のあんたに休んでもらわんと、わしらはおちおち休めんのだ」
 やはり一瞬患者が途切れたらしい当のDが、隣の診察室の入口から顔を覗かせて相槌を打つ。
 「きっかり一時間経ったら叩き起こしに行ってやるよ」
 明るく冗談好きな口調はいつもと変わらないが、その顔は患者のようにやつれている。だが、自分だって相当ひどい顔をしているに違いない。正直もう限界だった。
 「じゃ、ちょっとお言葉に甘えるとするかな」
 そう言うと、よっこらしょと立ち上がる。Dは、別の看護師に急き立てられ、自分の診察室に戻っていった。

 後ろ手にオフィスのドアを閉めると、崩おれるように椅子に座り込んだ。左手で外科用のマスクをむしり取る。
 ちらっと時計に目をやった。3時15分。もうそんな時間か。昼飯がまだだな・・・
 突然、ぞくりと悪寒がした。いかん、ついにわしもやられたか。しばらく前から頭痛と寒気が断続的に襲ってくるようになり、嫌な予感はしていた。

 ふと机の上に置かれた回覧用紙に目がとまった。昨日までのこの病院での患者数と死亡者数の合計が書かれている。
 患者累計、824名。これまでの経験からすると、開業医にかかっている患者を含めれば、実に4人に1人がインフルエンザに罹患している計算だ。
 次に死亡者数の欄に目をやる。死亡者、96名。──何と、10パーセントを越えているじゃないか。スペイン風邪の時代ならいざ知らず、医学の発達したこの21世紀に、冗談じゃない。しかも、ここは先進国のアメリカだぞ。 
 突然、恐ろしい予感が頭をかすめた。
 終わりの、始まり。
 インフルエンザウィルスによって人類が滅亡するときが、ついにやってきたのか・・・
 ──何を馬鹿な、と急いで自分に言い聞かせる。疲れがたまると、これだからいかん。
 全世界にこのウィルスが広まっているわけではない。今のところ、流行が起きているのはアメリカの片田舎のこの町だけのようだ。きっとCDCが解決策を見つけ出してくれる。そのためにも、症状と治療法について、今のうちにできるだけの記録を残しておかなければ。自分がその10パーセントの仲間入りをする可能性だってなくはないのだから。

 不思議に恐いとは思わなかった。だが、もう3日顔を見ていない妻と2人の子供のことが気にかかった。今朝電話で話したときには、3人とも元気でいるとは言っていたが・・・こうなっては、症状が一段落するまで会わないでいた方がよいだろう。

 とにかく少しでも元気なうちに記録を始めなければ。パソコンに向かおうとするのだが、身体がだるく、マウスに手を伸ばす元気もない。
 彼は机の上にあった小型のマイクロレコーダーを引き寄せ、テープが入っているのを確かめると、レコードボタンを押した。テープが回り始めるのを確認してから、ゆっくりと喋り出す。
 「──── 郡アーリントン、聖トマス記念病院では、10月10日に今シーズン始めてのインフルエンザ感染者の発生を見て以来、10月16日現在、824名の患者を診察しております。CDCの調査によれば、今回のインフルエンザウィルスは・・・」
 突然変異について簡潔に説明したあと、症状の説明に移る。
 「このインフルエンザの特徴は、悪寒、頭痛などの自覚症状が現れてから重篤化するまでの期間が非常に短いということです。このため、来院した患者の多くが、気管支炎もしくは肺炎の兆候を呈しております。ごく初期の段階で抗生物質の投与により炎症の拡大を防ぐことができれば、通常の、いわゆる重いインフルエンザの経過をたどって回復しますが、治療開始が遅れると、重症の肺炎、また乳幼児においては脳炎に至る可能性がきわめて高く・・・」

 彼は時間の観念を失い、頭痛や身体のだるさも忘れ、まるで何かに憑かれたようにレコーダーに向かってひたすら喋り続けた。


(中略)


エピローグ

 その朝、空には白いものが舞った。初雪だった。
 彼は診察室の窓から外を眺めながら、インフルエンザの到来にふさわしい天気だと思った。

 ここ3、4日、インフルエンザで来院する患者が急に増えつつあった。予防接種が始まってひと月、流行の始まりが早すぎる。来院患者の中に接種を受けた者が混じっていることも気にかかった。どうやら、今年の予想は大外れらしい。だとすれば、ここ数年来の大流行になるかもしれない。急激に重症化し気管支炎や肺炎を併発する患者が例年よりかなり多いのも不安材料だった。これが冬季オリンピックの年ではなくてよかった、と心から思う。そんなことになれば、観光地から日帰りの距離にあるイタリア北部のこの町は、大打撃をこうむったに違いない。

 「先生!」
 ばたばたと廊下を走る音がして、看護師が飛び込んできた。
 「急患です。インフルエンザから脳炎を併発したらしい赤ん坊が。救急処置室にお願いします!」
 また脳炎の子供か。これで4人目だ。少し多すぎやしないか。いや、考えるのはあとだ。急いで白衣のポケットに聴診器を突っ込み、看護師に続いて廊下に出た。待合室に入りきらない患者が廊下にもあふれている。みな疲れ切った生気のない顔をして、それでも辛抱強く自分の番がくるのを待っていた。

 ──こんな風景は初めてだ・・・
 終わりの始まり、という言葉がちらと脳裏をかすめる。

 まさか、な。
 軽く頭を振って、疲れが意識に上せたに違いないその考えを追い払う。

 今日も長いいち日になりそうだった。


「見えない悪魔」(Unseen Enemy)(初稿2004年)
2016.10.23 16:24 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(0) |