屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

タイトルによる期待度と内容の乖離8:1くらいの覚悟(?)で読み進めていって頂ければと思います。す、すいません。

***

「彼女」とは中田久美久光製薬スプリングス総監督(バレーボール)のこと。
今シーズンのVリーグ終了後、全日本女子監督に就任する予定だ。

Number 1月14日特別増刊号に、彼女へのインタビューをまとめた記事が掲載されていた。執筆は「日の丸女子バレー」の吉井妙子氏。
だからだろうか、記事はよくまとまっている上、中田総監督の言葉からも「かなり本音で話しました」的な感じを受ける。
(私は、バレーボールは観戦するだけの素人なので、あくまでも素人の感想だけれど)

中田総監督は「厳しい監督」というイメージがあり、全日本女子監督内定のうわさを聞いたときは、「選手がついていけるかな」とちょっと心配してしまった。選手には失礼な言葉だということは承知しているが、それだけ総監督には「厳しいひと」というイメージがあったということだ。

でも、昔の記事を読み返していると、次のような一節が目についた。

(選手生活の晩年、怪我に苦しみ、約1年間手術とリハビリの生活を送ったことに触れたあと)「復帰してよくいわれたものだ。『上げるトスがやさしくなったね』と。確かに人にやさしくなった。人のミスを許せるようになった。人間、だれでも辛いときがある。それを知ったことはプレイヤーとしても決してマイナスではなかった」(佐藤正治、Number349号、1994年)

私は、一度だけ彼女のプレーをなまで見たことがある。W杯だったか日本リーグ(当時)だったか。まだ17、8歳の頃だったと思う。当時の日本人女子セッターとしては長身の中田選手があっという間にボールの下に入り、速いトスを上げていたのを覚えている。当時すでに「天才セッター」と呼ばれていたと思う。だが、それが「天賦の才」だけでないことは、「日の丸女子バレー」を読めばよく分かる。確かに非凡な才能はあったに違いない。それでも、中田久美は努力の人だったと思う。そして晩年「やさしい」と表現されるトスを上げるようになったのだとしたら、ただやみくもに厳しいだけの監督ではないはずだ。

今号のNumberから拾った彼女の言葉をいくつか載せておく。

「国際大会ごとに少数の選手の入れ替えはあるでしょうが、合宿などに大勢集めて試すというようなことはしません。選抜から漏れた選手の気持ちを考えたら酷なことですし、しょっちゅう選手を入れ替えていたらチームは固まりませんから」

(注目する若手の名前を何名か挙げたあと「ただ、全日本は育成の場ではありません。もちろん、東京五輪の先を考えたら今から育て、東京五輪で経験を積ませるという考えも必要でしょうが、私にとって東京五輪は勝負の場。これまでのバレー人生すべてを賭けた闘いに出ますので、選手の育成に時間をかけていられません。育ててもセッターと若手数人という感じですかね」

(久光では選手に常に「なぜ」と問いかけ、自分で正解が見つけられるように導いた)「時間のかかる行為ですが、コートで判断するのは選手たち。勝利は、一瞬一瞬の正しい判断の積み重ねの結果ですから、地頭(Sayo注:じあたま)がしっかりしていなければ勝負に勝てません」

「私は時々、周りに『びっくりした』と言われるような采配をすることがありますが、私にとってはすべて想定内。常に選手の練習態度や取り組む姿勢をしっかり見ていますから、ここでこういう手を打てばこうなる、というのは予想できるんです」

「先ほどから選手に130%の力を出させると言っていますが、決してはったりで語っているのではありません。どんな方法かはまだ言えませんが、今回の全日本には科学の力をふんだんに持ち込みます。データバレーではもう勝てません。データはあくまで結果に過ぎない。結果を分析して作戦を立てるのではなく、選手らが頭をフル回転させて試合の流れを先読みし、どんな場面でも対応できる予測能力を磨く練習を重ねていくつもりです」

(以上、Number 1月14日特別増刊号「東京へ。」から、文:吉井妙子)

彼女の思い描くやり方が必ず奏効するとは言えないかもしれない。発言の一部に異を唱える人もたぶんいるだろう(私は素人なので、納得できる点もあり何とも言えない点もあるというのが正直なところだ)。ただ、ひとつ言えるのは、中田総監督はすでに自分の中に確固たるイメージを持っているということだ。
インタビュー全体を通してもうひとつ感じたことは、中田総監督は、周りも選手も本当によく見ているということ。「よいときも悪いときも努力も取り組む姿勢もすべて見てくれている」-そう思えるからこそ、久光の選手たちは厳しい監督についっていったのではないか。
また、彼女は「データバレーではもう勝てない」と言っているが、それは決して「データバレーは間違っていた」ということではないと思う。長身でパワーもある外国勢が、これまでは日本選手の方に分があった守備力や組織力を身につけつつある今、これまでと同じやり方ではもう勝てないということだと理解した。

「どんな方法かはまだ言えませんが」と聞くと、もうそれだけでワクワクするではないか。
中田全日本の今後を密かに楽しみにしているSayoである。
2017.01.15 17:46 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(0) |
とりあえず...生きてますのご挨拶的に...
年内にもう一度今年を振り返ってみたいと思っていますが...
できなかった場合は「とうけいかいせきけいかくしょ」と差し違えたと思っていただければ。


アクションというとまず頭に浮かぶのは、ひかわきょうこさんという漫画家さんです。
もちろん、アクション満載の漫画や小説を書かれる方は他に数多おられるのですが、なぜかひかわさんの「彼方から」がぱっと頭に浮かぶのです。

もうデビューされて40年近くになるでしょうか、「地味で目立たない、でも一生懸命なヒロインが、過去/陰のある、でも根は真っ直ぐなツンデレの人気者と両想いになる」という、当時の少女漫画の王道をいく漫画を描かれる方でした。「王道に軸足を置きつつのアクション指向(?)」路線が明確化したのは、たしか「荒野の天使ども」の頃。そして、それが花開いたのが「彼方から」の異世界のヒーロー、イザークであったと個人的には思っています。自制心を失うと角・牙・鱗が生えるという(ほんで四つん這いになってた記憶が...)、「王道少女漫画のヒーロー的にどうだろね」な部分もあましたが、それでもイザークは格好よく、アクションシーンでは「その動き、関節的にありえねーだろ」と突っ込みを入れつつも、惚れ惚れしてしまったものです。ワタクシがあと35年ばかり若ければ、イザークに壁ドンされたかったですね。まあ、相手は二次元ですが。

「彼方から」のような映像が頭に浮かぶようなアクションを文字で描写したい、というのがワタクシの密かな野望のひとつです。
下のお話では挑戦して玉砕した、て感じでした。プロローグだけなのでアクションはありませんが。
いつかまた、自分の関節で「あーでもない、こーでもない」と色々試行錯誤しながら挑戦してみたいと思っています。

*****

プロローグ

 ポリスが現場の路地に到着したとき、男はすでにこと切れていた。
 仰向けに倒れた身体の左肩から右腹部にかけて、鋭利な刃物ですっぱり切られたような長い傷があり、そこから流れ出た血が背中の下に血溜りを作っている。臓腑に届くほど深い傷とは思えなかったが、一見したところ他に外傷は見当たらなかったから、失血によるショックが直接の死因と思われた。

 死体を検め終わった警官は、立ち上がってあたりを見回した。
 飲食店の裏口と覚しきいくつかの戸口に灯された電球の明りのおかげで、ぼんやりとだが向う端まで見通すことができた。ことさら物騒な場所とも思えない。路地とはいっても、ごく小型の車なら何とか通り抜けられないことはない程度の幅もある。もっとも、路地を入ってすぐの場所に細長のゴミ集積場があったから、実際に車で通り抜けようとする輩はいないに違いないが。

 男はその集積場の脇に、頭を路地の出口に向ける格好で倒れていた。
 第一発見者は、角のビルの地下にある安酒場の店員だった。店を閉めた後、帰宅する足でゴミを捨てに寄って、男が倒れているのに気づいたという。さては酔っ払いか、蹴って起こしてやるかと2、3歩近づいたところで血まみれの衣服と血溜りに気づき、慌てて911通報したということだった。

 それにしても、いったいどんな凶器を使えばこんな裂傷ができるのだろうと、改めて死体を見下ろしながら、警官は考えた。
 仕事柄、そしてスラム化が進みつつある旧ダウンタウン地区を抱える土地柄、20年余の勤務の中で、これまで嫌というほど殺傷事件の被害者を見てきたが、外傷が正面の裂傷だけ ―― しかもどうやらそれが致命傷らしい ―― という被害者にお目にかかるのは、これが初めてだった。
 ナイフを使えば、刺傷が残る。これは、もっと刀身の長い凶器を斜めに振り下ろしたときにできる傷だ。
 ふいに日本刀という言葉が脳裏に浮かんだ。前夜テレビでニホンの古いサムライ映画を見たせいかもしれない。確かにあれを使えばこのような傷を負わせることは可能だろう。問題は、そんな凶器は簡単に手に入らないということだ。

 小石の転がる音が彼を現実に引き戻した。反射的にホルスターに手が伸びる。だが、小石を飛ばした靴の持ち主の特徴的な足音には聞き覚えがある。先ほど酒場に待たせている通報者のもとに話を聞きに行かせたルーキーのものだ。警官は苦笑しながら緊張を解いた。振り向くと、果たしてそこにはひょろりと背の高いパートナーの若者が立っていた。

「何か分かったか」
 ポーカーフェイスをつくって問う。若者が要領よく事情聴取の内容を総括した。
 店員の話では、被害者は、この辺りをねぐらとするホームレスのひとりではないかということだった。近寄った際一瞬目に留まったこめかみの傷跡に見覚えがあるような気がするというのだ。確かに、死体の左のこめかみには引きつれたような長い傷跡がある。

 ホームレスか...と先輩警官は、内心嘆息した。道理で粗末というよりぼろに近い身なりをしているはずだ。どうせ身元を証明するものなど所持していないに違いないから、いつものように、適当に報告書をでっち上げてお蔵入りにするしかあるまい。謎の凶器に食指が動いたのも事実だったが、ホームレスの殺人事件如きにいちいち深入りしていては、身体がいくつあっても足りないのが現実だ。

「仏さんを運ぶ手配はしたんだろうな」
 彼がルーキーの若者にそう声をかけたとき、
「俺あ、見たぜ」
 路地の入り口で甲高い声がした。
 2人の警官が弾かれたように振り向くと、そこに、小柄で年齢不詳の男が立っていた。その身なりから、被害者のホームレス仲間ではないかと察せられた。

「D(というのが被害者の通称らしかった)を殺った奴をよ」
 と男は続けた。
「若い男だ。Dはそいつと何か言い争ってた ―― と思ったら、瞬きした間に男の姿が消えちまったんだ。そして、Dが血を吹いてぶっ倒れた。だから、奴がやったに違いねえ。それしか考えられねえ」

 ルーキーが先輩の視線を捉え、自分の頭の横で小さく輪を描いた。コイツ、頭がイカれてるんじゃないですか、と言っているのだ。自分も同じことを考えていた先輩警官は、若者に苦笑を返し、
「消えたってのは、どういう意味だ?」
「何でも聞いてくれ」という台詞を表情筋だけで見事に表現している男の期待に応えた。
「だから、そのまんまだって。透明人間みてえに消えちまったのよ。嘘じゃねえ」
 警官は自分の質問を呪った。まったく、つくならもっとマシな嘘をつけよ。
「で、その『透明人間』は、何か手に持っていたのか?」
 いんや、と男は即座に首を振った。
「手ぶらだった。顔は見えなかったが、そこんとこは間違いねえ」

 ふと、自分たちの注意を引くのが目的なら、もう少しましな嘘をつくだろうという考えが警官の頭を掠めた。透明人間の部分を除けば、一応話に筋は通っている。

「で、何ですぐ警察に知らせなかった?」
「人殺しの透明人間がうろうろしているかもしんねえのに、こんなとこでぐずぐずしている馬鹿はいねえ。あんたらの姿が見えたんで戻ってきたのさ。ああいう物騒なヤツはちゃんと捕まえてもらわないとな」

 やはり眉唾だな、と警官は思い直した。手掛かりと引き換えに、食事か宿か現なまか、とにかく何らかの報酬を要求する手合いに違いない。

 一陣の風が路地を吹き抜け、警官は思わずぶるっと身を震わせた。年中温暖な西海岸とはいえ、春の浅いこの季節の夜の冷え込みはまだ厳しい。こういう晩は、早く仕事を片付けて一杯やるに限る。

「それじゃ、その『透明人間』とやらの話を詳しく聞かせてもらおうか」
 大袈裟な動作で手帳を広げ、鉛筆の芯を舐めた。

「かまいたちは嗤う(Invisible Jack, the Ripper in the Modern Age)」(初稿2008年頃)
2016.12.28 14:36 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(0) |
例によってSayoさんが修羅場っているため(Sayo辞書に「学習する」という言葉はないようです)、ブログにひと休みして貰うことにしました。


R.A.ハインラインの「輪廻の蛇」という作品をご存じでしょうか。蛇がぐるぐるする話・・・じゃなくて、最初の1文と最後の1文がまったく同じで、いつまで経っても話が終わらない、というお話なのですが(手元にないので、詳細は多少いい加減です)、初読時に衝撃を受けたことを今でも覚えています。

そして、恐れ多くも、いつか自分も、蛇がぐるぐるするお話を書いてみたいと思っていました。
でも、ワタクシの妄想力では、きちんと話を繋いでオチにつなげて、の蛇がぐるぐるは、どう足掻いても不可能で。(中略)部分はめっちゃしょぼい、いわゆる「夢オチ」です。ハインライン、凄すぎ(泣)。
(いつものように名前はアルファベットに変えました。連作の途中なので、冒頭、多少分かりにくい部分がありますが、どうぞご容赦ください)

****

 Aは、湯気の立つマグカップをコーヒーテーブルの上に置き、新聞を広げた。朝食後自分でコーヒーを淹れ、英語の勉強も兼ねて居間でゆっくり新聞を読むのが、アメリカに来てからの日課になっている。

 Bがいた間は、午前中居間にいることの多かった彼女の周りに、普段は昼近くまで寝ているJも含め、手の空いた仲間が自然と集まってくる格好になったから、Aは落ち着いて新聞を読むことができなかった。別に彼女が邪魔だったわけではない。親しくなる、というほどではなかったが、それでも、彼女が去ったあとは一抹の寂しさを感じている。だが、とにかく、これで彼の平和なひと時が戻ってきたことは間違いない。

 ニュースセクションの見出しにざっと目を通したが、たいしたニュースはなさそうだ。コーヒーを一口すすってから、ビジネスセクションを取り上げる。
 日本の中堅企業がアメリカ市場でロボット犬を新発売した、というニュースが目を引いた。ロボット犬といえば、日本ではSONYのAIBOが人気を博していたが、写真で見る限り、こちらのロボット犬の方が、より本物に近い感じがする。
 発売日当日、何百人もの客が、その犬を求めて電化製品量販店に群がったという。
 担当記者は、かなり冷めた目でその狂騒ぶりを揶揄し、多くの人間が、寂しさは紛らわせたいが生き物の世話をするのは面倒くさい、というかなり身勝手な理由でロボット犬を購入しているようだ、と結んでいた。

 本物に近づくべく進化を続ける自律型ロボットと、機械にもっとも近いところにいる自分 ―― 似たり寄ったりの存在と言えなくもない。多少の親近感が湧いた。
 もっとも脳味噌だけは違う。いくら判断力や感情を備えたといっても、所詮彼らの脳は人工の産物だ。本物の脳とは比ぶべくもない。

 他のニュースを斜め読みしてスポーツに移ろうとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。この家にはめったにないことだ。

 「A、お願い。ちょっと手が離せなくて」
 キッチンからFの声が聞こえた。

 しょうがない。持ち上げかけたマグをテーブルの上に戻し、立っていって明り取りの小窓から外を覗いた。足元に大箱を置いた男が、ポーチに立ってキョロキョロとあたりを見回している。ドライブウェイの先には、Fedexのバンが停まっていた。怪しい人間ではなさそうだ。


(中略)


 身体を強く揺すぶられ、Aはハッと目を覚ました。
 心臓が咽喉元までせり上がり、全身にびっしょり冷や汗をかいていた。

 「どうしたの、Aったら。ひどくうなされて」
 片手に毛布を抱えたFが、心配そうに自分を覗き込んでいた。もちろん、その目には理知の光が宿っている。

 Aは、自分がソファに横になっていることに気づいた。
 では、あれは夢か・・・
 急いでテーブルの上の新聞を引っ掴み、日付を確認する。それはハービーが送られてきた日 ―― いや、今朝の日付だった。例のロボット犬発売をめぐる記事のページが開いてある。ということは、新聞を読みながらうたた寝しちまったってわけか...
 「寝てたのか...」
 「やあね、覚えてないの?」
 Fは、何を寝ぼけているのだと言わんばかりに、彼の肩を軽く小突いた。
 「あまりよく寝ていたから、しばらくこのまま寝かせておいてあげようと思って、毛布を取って戻ってきたら、うなされてるじゃない。びっくりしちゃった。よっぽど悪い夢を見たのね」

 ああ、もう死ぬまで見たくないような夢だ。

 「眠るのならベッドに入った方がいいわよ。こんなところでうたた寝してたら、毛布があっても風邪を引くかもしれない」
 Fは、毛布を彼の脇に置くと、キッチンに戻っていった。おかしなところなど全くない。いつものよく気のつく世話焼きのFだ。

 だが、考えてみれば、いくら洗脳されたとはいえ、彼らが自分を襲ってくることなどあろうはずがない。まったく、とんでもない夢を見たものだ。きっと、こいつのせいだな ―― と新聞の記事をひと睨みする。
 とにかく、しばらく寝るのはごめんだ。もう一杯コーヒーを飲んで頭をすっきりさせるとしよう。
 すっかり中身の冷めてしまったマグカップを手に立ち上がりかける。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。この家にはめったにないことだ。

 「A、お願い。ちょっと手が離せなくて」
 キッチンからFの声が聞こえた。

 立ち上がりかけた姿勢のまま硬直した。
 30秒、いや、1分近くそうしていたろうか。Aはふうとひとつ深呼吸をして肩の力を抜いた。まったく、何を馬鹿なことを考えてるんだ。
 マグをテーブルの上に戻し、立っていって明り取りの小窓から外を覗いた。足元に大箱を置いた男が、ポーチに立ってキョロキョロとあたりを見回している。ドライブウェイの先には、Fedexのバンが停まっていた。

「Harbie, the Dog」(初稿2005年)
2016.11.26 00:14 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(0) |
このところ、諸般の事情により、Sayoさんがなかなかひと休みできないので(シュラバとも言います<学習しないヒトです)、代わりにブログにひと休みしてもらいます。
お好みによりスルーでお願い致します。


本文がないので分かりにくいですが、最初の「彼」と最後の「彼」はまったくの別人です(名前の部分はアルファベットに変えました)。

最初に、自分で「この表現やり~♪」と自画自賛した部分ありましたが、泣く泣くばっさり切り捨てました。そういう表現って、あとで読み返すと「やってやるぜ」感がハンパなく、悪目立ちしていて。やっぱり推敲は大事だなー、としみじみ思う秋の夕方です。

もうすぐインフルエンザの季節です。みなさまもどうぞお身体ご自愛ください。
(インフルエンザの記事の若干アヤしい部分は、生暖かくスルーして頂ければ甚幸です)

****

プロローグ

 一瞬、患者が途切れた。
 椅子に身体を預けると、目を閉じて両手の親指でこめかみを揉む。疲れが身体中にまとわりついていた。
 今朝から何人の患者を診ただろう。この前自宅に帰ったのがいつだったか思い出せない。昨夜もその前の晩も病院に泊まり込んだ。
 彼だけではない。まだ病いに倒れずにいる医師は全員 ── そしてもちろん看護師たちも ── 彼と同じように不眠不休で働いているはずだ。

 突然インフルエンザの流行が始まってどれくらいになるだろう。5日 ── いや、最初の赤ん坊がERに運び込まれてから1週間になる。人口5000人に満たない小さな町にひとつしかないこの総合病院は、それ以来患者であふれかえっていた。
 確かに、10月に入ってすぐ冬の到来を思わせるような寒さがしばらく続いたが、それにしても流行には早すぎる。まだ今年の予防接種が始まってから2週間と経っていない。
 もっとも ── われしらず片頬に苦い笑みを浮かべていた── 今年の流行の予測は大外れだ。予防接種など気休めにもならない。3日前にやってきたCDCの医師は、今回の流行はA型が大きく変異した新型のウィルスによるもので、従来のワクチンではほとんど効果はないと言った。まったく、冗談じゃない。

 「先生・・・」
 看護師の1人が遠慮がちに声をかけてきた。まだ若くいつも溌剌としていた彼女も、今は目が落ちくぼみ、声にも表情にも覇気がない。
 「・・・ん、ああ、次の患者さん?入ってもらいなさい」
 急いで身体をしゃんと起こす。身体中の関節がぎしぎしと鳴った。
 「いえ、あちらで少しお休みになってください」
 看護師が奥にある彼専用のオフィスを指差す。普通なら注意したくなるような緩慢な動作だが、それほど身体が疲弊しているのに違いない。
 「交代で休憩をとっていただく約束です。先生方に倒れられてはどうしようもありませんから。1時間休んだら、D先生と交代していただきます」
 「そうそう、最年長のあんたに休んでもらわんと、わしらはおちおち休めんのだ」
 やはり一瞬患者が途切れたらしい当のDが、隣の診察室の入口から顔を覗かせて相槌を打つ。
 「きっかり一時間経ったら叩き起こしに行ってやるよ」
 明るく冗談好きな口調はいつもと変わらないが、その顔は患者のようにやつれている。だが、自分だって相当ひどい顔をしているに違いない。正直もう限界だった。
 「じゃ、ちょっとお言葉に甘えるとするかな」
 そう言うと、よっこらしょと立ち上がる。Dは、別の看護師に急き立てられ、自分の診察室に戻っていった。

 後ろ手にオフィスのドアを閉めると、崩おれるように椅子に座り込んだ。左手で外科用のマスクをむしり取る。
 ちらっと時計に目をやった。3時15分。もうそんな時間か。昼飯がまだだな・・・
 突然、ぞくりと悪寒がした。いかん、ついにわしもやられたか。しばらく前から頭痛と寒気が断続的に襲ってくるようになり、嫌な予感はしていた。

 ふと机の上に置かれた回覧用紙に目がとまった。昨日までのこの病院での患者数と死亡者数の合計が書かれている。
 患者累計、824名。これまでの経験からすると、開業医にかかっている患者を含めれば、実に4人に1人がインフルエンザに罹患している計算だ。
 次に死亡者数の欄に目をやる。死亡者、96名。──何と、10パーセントを越えているじゃないか。スペイン風邪の時代ならいざ知らず、医学の発達したこの21世紀に、冗談じゃない。しかも、ここは先進国のアメリカだぞ。 
 突然、恐ろしい予感が頭をかすめた。
 終わりの、始まり。
 インフルエンザウィルスによって人類が滅亡するときが、ついにやってきたのか・・・
 ──何を馬鹿な、と急いで自分に言い聞かせる。疲れがたまると、これだからいかん。
 全世界にこのウィルスが広まっているわけではない。今のところ、流行が起きているのはアメリカの片田舎のこの町だけのようだ。きっとCDCが解決策を見つけ出してくれる。そのためにも、症状と治療法について、今のうちにできるだけの記録を残しておかなければ。自分がその10パーセントの仲間入りをする可能性だってなくはないのだから。

 不思議に恐いとは思わなかった。だが、もう3日顔を見ていない妻と2人の子供のことが気にかかった。今朝電話で話したときには、3人とも元気でいるとは言っていたが・・・こうなっては、症状が一段落するまで会わないでいた方がよいだろう。

 とにかく少しでも元気なうちに記録を始めなければ。パソコンに向かおうとするのだが、身体がだるく、マウスに手を伸ばす元気もない。
 彼は机の上にあった小型のマイクロレコーダーを引き寄せ、テープが入っているのを確かめると、レコードボタンを押した。テープが回り始めるのを確認してから、ゆっくりと喋り出す。
 「──── 郡アーリントン、聖トマス記念病院では、10月10日に今シーズン始めてのインフルエンザ感染者の発生を見て以来、10月16日現在、824名の患者を診察しております。CDCの調査によれば、今回のインフルエンザウィルスは・・・」
 突然変異について簡潔に説明したあと、症状の説明に移る。
 「このインフルエンザの特徴は、悪寒、頭痛などの自覚症状が現れてから重篤化するまでの期間が非常に短いということです。このため、来院した患者の多くが、気管支炎もしくは肺炎の兆候を呈しております。ごく初期の段階で抗生物質の投与により炎症の拡大を防ぐことができれば、通常の、いわゆる重いインフルエンザの経過をたどって回復しますが、治療開始が遅れると、重症の肺炎、また乳幼児においては脳炎に至る可能性がきわめて高く・・・」

 彼は時間の観念を失い、頭痛や身体のだるさも忘れ、まるで何かに憑かれたようにレコーダーに向かってひたすら喋り続けた。


(中略)


エピローグ

 その朝、空には白いものが舞った。初雪だった。
 彼は診察室の窓から外を眺めながら、インフルエンザの到来にふさわしい天気だと思った。

 ここ3、4日、インフルエンザで来院する患者が急に増えつつあった。予防接種が始まってひと月、流行の始まりが早すぎる。来院患者の中に接種を受けた者が混じっていることも気にかかった。どうやら、今年の予想は大外れらしい。だとすれば、ここ数年来の大流行になるかもしれない。急激に重症化し気管支炎や肺炎を併発する患者が例年よりかなり多いのも不安材料だった。これが冬季オリンピックの年ではなくてよかった、と心から思う。そんなことになれば、観光地から日帰りの距離にあるイタリア北部のこの町は、大打撃をこうむったに違いない。

 「先生!」
 ばたばたと廊下を走る音がして、看護師が飛び込んできた。
 「急患です。インフルエンザから脳炎を併発したらしい赤ん坊が。救急処置室にお願いします!」
 また脳炎の子供か。これで4人目だ。少し多すぎやしないか。いや、考えるのはあとだ。急いで白衣のポケットに聴診器を突っ込み、看護師に続いて廊下に出た。待合室に入りきらない患者が廊下にもあふれている。みな疲れ切った生気のない顔をして、それでも辛抱強く自分の番がくるのを待っていた。

 ──こんな風景は初めてだ・・・
 終わりの始まり、という言葉がちらと脳裏をかすめる。

 まさか、な。
 軽く頭を振って、疲れが意識に上せたに違いないその考えを追い払う。

 今日も長いいち日になりそうだった。


「見えない悪魔」(Unseen Enemy)(初稿2004年)
2016.10.23 16:24 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(0) |
「OUTPUT」でも書いたとおり、ワタクシは、お話を書くのに勤しんでいた時期がありました(なんで、あの膨大な時間を翻訳の勉強に費やさなかったんだろう)・・・という記事を書いたら、また書きたくなってしまいました。でも、まあ、それは、老後の楽しみにとっておこうと思います。体力も落ちたので、今は余力ないし。

ということで、ときどき読み直しては、一部分を取り出して、「校正する」「推敲する」という目線でちまちま直しています。で、やり始めたら、自分の癖が分かったりして、これが意外と面白い。ワタクシはどうも「漢字好き」人間のようで、かなりの漢字を平がなにしました。あと、文章くどい。くどいぞおお<自分。がっつり書き直したい部分もありますが、そうすると未校正部分からそこだけ浮いてしまうような気もするので、誤字/脱字の修正、表現一致、「なんか変」部分の修正程度に留めました(それでもたくさんあったことよ)。数字の表記は、今は取りあえず手を付けずにおきました。翻訳の推敲とはまた少し違うんですけど、気分転換になるし(仕事の絡まない推敲作業は結構楽しい)、国語辞書にもお世話になるし、で、たまにやるにはいいかも。

本体の内容が分からない部分だったので、「ひと休み」的に置いてみました。
お好みでスルーの、いつものパターンでお願いできれば、と思います。
(そしてまた、悪の道にはまろうとしているSayoなのだった<じゃなくて、翻訳頑張る)


*****

 私の通っていた小学校は、小高い丘の上にあった。
 350段の階段を下り(男の子たちは、手すりを滑り降りる方を好み、いつも半ズボンの尻をてかてかに光らせていた)、走るように急坂を下り、その先の緩やかなカーブを抜けてしばらく行くとバス通りに出る。そこからバス停4つ分バスに乗り、さらに10分ほど歩いたところに、当時私の住んでいた団地があった。
 今にして思えば、小学生にはかなりきつい道程だが、当時は、親も子もそれを当たり前と思っていた。私自身、特に通学に不満を抱いた記憶はない。毎日の下校の道程は本当に楽しく、そのために学校に通っていたといっても過言ではない。
 団地に住む子供たちは、登校にはバスを使ったが、帰りは、だいたい、学校の裏の柵を乗り越え、お隣の高校の校庭を横切り、その向こうに広がる林を抜けて(毎日がちょっとした探検だ)、最後は岩のごろごろした崖の細道を下りて住宅の裏に出る、というコースを取った。バス通りは大きく迂回していたが、林を抜けるコースはほぼ直線的な経路を取るので、私たちの足でも、1時間弱で家まで辿り着けるのだ。田舎町のこととて、バスは30分に1本しかなかったし、何より、子供が、毎日何かしら新しい発見のある「道草コース」の方に心引かれるのは当然のことだろう。
 ただし、このコースにはかなりのアップダウンがあったから、私たち子供の間では、その道は4年生になるまで使えない、という暗黙の了解があった。それまでは、途中までバスを使い、そこからときどき河川敷に下りて遊びながら川の堤を帰るという、危険(=魅力)の少ない「半道草コース」で我慢しなければならない。この子供世界の掟を破った者には一週間の仲間外れという厳罰が待っていたから、私たちはみな、指折り数えて4年生になるのを待ったものだ。
 子供だけの ―― しかもそんな長距離の徒歩の ―― 下校がごく当たり前だった、古きよき時代の話である。
 もっとも、本当は、崖道を通るのは「危険だから」という理由で固く禁じられていて、畑仕事をしていた老爺に告げ口されて、親からお仕置きを喰らったことも一度や二度ではない。
 もうひとつ、私たちが、それぞれの親に禁じられていることがあった。それは、林の中に点在する熊の住処(絵本なんかで見たそれだけど)のような穴倉には絶対に入ってはならない、というものだった。親たちは、その穴をボウクウゴウと呼んだ。それが、戦争中空襲を避けるために造られた防空壕であるということを知るのは、もう少し後のことである。親たちは、この禁止事項に関しては厳格この上なく(崖道通行禁止の比ではなかった)、この禁を破ったことがバレると、私は母親に尻を引っぱたかれ、アキヒロは父親に拳骨を喰らい、カヨコは晩ご飯のおかずを取り上げられた ―― まあ、つまり、私たちは頻繁にその禁を破っていたということだ。
 ボウクウゴウは顔を背けて走って通り過ぎるには数が多すぎたし、私たち子どもが苦もなく滑り込める大きさの丸く暗い入口は、まるで異世界への入口のように見えた。それは、いつも「おいでおいで」をして、私たちを招いていた。
 穴の中は意外に広く、一部に天井を支える木組みが組まれている大掛かりなものもあった。その木組みの間からは、絶え間なく土塊が転がり落ちていたが、私たちにはそれさえも面白く、薄明かりの中で、その土塊を集めて小山を作り、トンネルを掘ったりしたものだ。
 長じて、「防空壕」遊びを親たちが厳しく禁じたのは、その多くが、いつ崩落し私たちを生き埋めにしてもおかしくない状態だったからだということを知った。私も、もしも自分の子供が同じことをしようとすれば、母と同じく夜叉のような顔で、その遊びを禁ずるに違いない。
 けれど、ともかく、「いけない」と言われれば言われるほど、その禁を犯したくなるのは、これはもう子供の業(あるいは本能?)のようなものである。
 というわけで、夏休み最初の登校日の帰り道、私とアキヒロとカヨコは、性懲りもなくボウクウゴウに足を踏み入れた。
 うだるような暑い日だったが、穴の中はひんやりとしていた。汗ばんだ肌には心地よい涼しさだ。林の中を抜けてきた時は、セミ時雨でたがいの声も聞き取りにくいほどだったのが、穴の中では、そのセミの声さえひどく遠いものに聞こえる。まるで、そこだけ時間が止まってしまったような不思議な感覚に襲われた。
 私たちは、いつものように土塊を集めて小山を作り始めたが、きっとそのうちに寝入ってしまったのだ、と思う ―― つまり、そう考えるしか説明がつかないような体験を、私たちはしたのだ。


(中略)


 次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。ベッドの脇に両親が座っていた。防空壕に入ったことがバレたのは、明らかだった。お仕置きを覚悟して布団の中で身を縮めたが、母親は泣き出し、父親は「よかった、よかった」と言いながら頭を撫でてくれたので、何だか拍子抜けしてしまった。

 私たちは、防空壕の中で倒れているところを発見されたのだった。
 穴の入口にランドセルが3つ放り出してあるのを見つけた畑仕事帰りの老爺が、「親の言いつけを守らない悪ガキどもをどやしつけてやらねば」と中を覗いて、私たちが倒れているのを見つけたのだそうだ。最初は眠り込んでいると思ったが、身体を揺すっても頬を張っても反応がないので、さてはガス中毒かと、慌てて私たちを穴から引きずり出すと、助けを呼びに走ってくれたのだという。
 結論からいえば、私たちは、ガス中毒ではなかった。
 壕内の調査でも有毒ガスの存在は確認されなかったし、第一、私たちを救出し、最寄りの人家まで往復した老爺は、体調不良を訴えることもなく、最初から最後までぴんぴんしていたらしい。
 脈拍も呼吸も何もかも正常な状態で、ただ意識だけが回復せず、私たちは、2日2晩正体なく眠り続けたのだそうだ。その原因は、今もって不明である。
 防空壕の中には、私たち3人以外誰もおらず、かつて誰か ―― 大勢の人間 ―― がそこにいたような形跡も、もちろんなかったという。


(後略)


「夏の日のふしぎ」(初稿2009年)
2016.09.27 14:48 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(2) |