屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

暑くて頭が回らんっす。
私は本当に「屋根裏」(的回転式小窓付物置)でPCを使っています。
基本、冷暖房完備(注:夏は暖房冬は冷房)なので、冬は重ね着+ストーブ+指出し手袋でしのぎますが、夏は、廊下→寝室(リビング以外唯一エアコンあり)へと移動しつつ、暑さと戦います。6月末にしてすでに廊下でPC入力をしている今日この頃。寝室への二次移動を思案中。
はいはい、今年も猛暑ってことですね。

そんなSayoの5月度の動向(?)です。


父のこと

「近況報告」にて、GW頃から父の食欲が落ちたと報告をさせて頂いたかと思うのですが、その後多少持ち直しまして、完全食介状態は変わりませんが、口元までスプーンを運んでやると、何とか口を開けてくれるようになりました。といっても、咀嚼せずに飲み込むだけですし(なのでミキサー食)時間が経つにつれて疲れてくるようで、食事を始めて15分が勝負!でありますが。
栄養や水分を補うため、スポーツ飲料(電解質も補給♪)、プリンや水羊羹(甘くて飲み込みやすい)、缶/パックスープ(栄養補給)などを差し入れています。「カロリー控えめ」傾向な世間の動向に背を向け、高カロリーのスープやスイーツを探し歩くちょっと寂しい日々。
5月末に施設のケアマネ、看護師長と話をし、「胃瘻はしない」「基本的に病院への救急搬送(=延命措置)は行なわず、施設で看取りをする」ということで合意し、文書化しました。開設4年目の新しい施設ではありますが(そこに3年お世話になっている父であった)、看取りの経験はあるということですし、スタッフさんたちのケアにもおおむね満足していますので、このままここで自然に任せようと思います。娘としては、少しでも長くと思いますが、父にとってはどうなんでしょうねえ。日々ただ生きるというそのことが、もの凄くしんどそうですが。もっとも、それが、本来あるべきヒトとしての終わり方なのかもしれません(ちょっと哲学的)。

仕事

ヒマだし。
(小さなお仕事はポツポツありましたが・・・というか、それが本来の姿だったわけなんですが、前期末4ヵ月間、ほぼ休みなく稼働しておりましたので、ついつい、それが当たり前と錯覚していたりなんかしてしまったのでした<あらためて自戒。)

勉強

てことで、GW連休前から、医薬翻訳のお勉強に本腰を入れることにしました。
それまでも、2~3週間時間ができると、過去の授業のノートを読み返したり、テキストをめくったりして、それなりに勉強していたつもりだったのですが、今回は、トライアルを受けるための勉強をすることにしました。その理由はまた後日。

ということで。
5月にしたこと。

6年前に受講した医薬通信講座の課題と先生の解説の読み返し。
最初の2回は1本の論文の殆どを2回に分けて訳すという強烈な始まり方で、もちろん、それなりの統計の知識も要求されたのですが、それまでは、恥ずかしながら、医薬と統計の間にそれ程の蜜月関係が存在することさえ知らなかったSayoです。その事実を反映した翻訳も散々な出来だったのでした。それらの課題文の解説の中で、先生は、かなり分かり易く(&詳しく)「医薬翻訳に必要となる統計」について説明されています。その説明のおさらい。

統計に関する書籍を3冊ざっと読み。
(以前にもご紹介したことがあると思います)
「よくわかる統計解析の基本と仕組み」(秀和システム)
 6年前に購入し、1度通読、後放置。
「宇宙怪人しまりす医療統計を学ぶ」(岩波科学ライブラリー)
図書館で借りました。
「ナースのための統計学」(医学書院)
図書館で借りました。

3冊+講師先生の説明を読んで、少し医療統計の端っこが理解できたかなという感じです。個人的には、3冊目が一番分かり易かったので、もう一度ゆっくり読み直したいと思い、Amazonで購入しました。今、積読状態になり果てていますけど。
今まで、統計は、「分からないから」と避けていたところがありましたけれど、様々な文書をかじってみて、この先全く統計を避けて通るわけにはいかないと感じました。

「医学薬学翻訳事典」(貝沢二郎 イカロス出版 2000年)
再読(6月末現在、再読継続中)。

「American Medical Association Manual of Style (9th ed.)」
音読しました(6月中旬に終了<半分くらいは割愛したけど)。
特に注意して読んだのは、「単位の記述方法」と「統計」の章です。
一度きちんと読もうと思っていたのですが、そういう本はだいたい読まずに終わる。
(のは私だけでしょうか?)
というわけで、自分の中では日課である音読の対象にして、強制的に読んだのでした。
英会話にはまったく役に立たんけどな(勉強にはなった)。

ICHのガイドライン、E9(臨床試験のための統計的原則)の日英両版を比べ読みしました。
(これも6月中旬まで、だらだらとやっていました)
通信講座を受講した際、講師先生が「E9くらいは通読しておくように」と仰ったので、とりあえず日英両版を印刷したことは、以前お話しましたね。たぶん、その時に、斜め読みをしたと思います。英語版に何箇所か自分で赤を入れていましたから。
でも、「E9」はもちろん、「ICH」すら記憶の中から抜け落ちていたような状態ですから、どんな読み方をしたかは、推して知るべし、でございます。今回は、もっときっちり読んでみました(というのは、英文を読んで、頭の中でそれなりに訳文を組み立ててから、対応する日本文を読むというやり方です)。すると、初読時には気にも留めなかった統計専門用語が出てくるわ、出てくるわ、まだ出るか、おまえ。
医薬翻訳をされている方なら、統計に関連するcontextで「arm」という語が出てきたら、迷わず「群」という訳語を選ばれると思うのですが、不肖Sayo、arm = groupの意だということを、今回初めて知りました。
そのように新たな発見がたくさんあったE9比べ読みですが、さすがに飽きましたわ。


何てことをちまちまとやっていた5月でございました。
ほんとにヒマだったってことですね。
どこがトライアル準備やねんという説もありますが、
自分の中では、トライアル準備のためのウォームアップという感じです。

そうこうするうちに6月も終わろうとしていますので、
次回は6月を総括します。


SayoのBackgroundについては「はじめに」カテゴリの記事をご参照ください。
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2011.06.29 22:41 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
というわけで、皆様にはもう少し「お登勢」にお付き合い頂きたく、宜しくお願い致します。
(その1)同様、粗筋・結末書いてますので、以下の部分にお進み頂くか否かは、ご自身の判断にてお願い致します。すでに絶版久しい「続お登勢」ですが、根気よく探していただければ、図書館またはBOOK OFFにて遭遇できる場合があります。「お登勢」のみ既読で消化不良と仰る方、是非是非頑張ってみて下さいまし。


「続お登勢」は、明治6年、お登勢が25歳の正月を迎えるところから始まります。
津田貢亡き後、登勢は、彼女を追ってきた実父玉太郎(56)、甥の仙吉(14)とともに、原生林の中の掘立小屋で暮らしています。

「お登勢」では、まだ洟垂れ小僧だった仙吉も、「続」では、立派な主人公となります。
上京し入学した開拓史仮学校が閉鎖になり、今後の進路に迷っていた仙吉は、ひょんなことから、実技の習得を目的とする官園の実習生になるのですが、この官園の責任者が、アメリカから招聘されたエドウィン・ダン、のちに北海道の牧畜・酪農の発展に、大きく貢献します。
(「N・Y小町」(大和和紀)みたい~←ちなみに、大和和紀さんも北海道出身ですので、この作品を描くにあたって、エドウィン・ダンさんを思い浮かべられたのかもしれません。閑話休題。)

その後、仙吉は、ダンについて北海道に渡り、新冠の牧の発展に尽力することになります。
家を出た仙吉に代わって、登勢の元にやってきたのが、玉太郎が南部馬を買い付けに本州に渡った際、拾ってきた孤児のお玉。官軍兵士の蛮行を目の当たりにしたこともあり、最初は、お登勢をして「悪魔のよう」と言わせるほど可愛げのない悪童でしたが、お登勢一家との生活の中で、徐々に心を開き、素直な娘に成長していきます(のちに仙吉と、互いに憎からず思う間柄になるいのですが、「続」の中では、そのあたりはかなりさらっと流されます)。

さて、稲田家士団の開拓村には、登勢を追って、志津の兄、加納睦太郎もやってきます。実は、登勢が、上京する仙吉を送りがてら、志津の遺骨を加納夫婦のもとに届けに行った際、2人は再開しているのですね。この時は、政府要人暗殺計画に加担しようとしていた睦太郎さんが、それを察した登勢に「お前がよい返事をくれるなら、自分は計画には加わらない」のようなことを言い、「若旦那様は卑怯です」ときっぱりハッキリ断られてます。それにもめげず、最果ての地まで最愛の女性を追ってきたわけです(まあ、理由はそれだけじゃありませんけど)。
「卑怯事件(?)」のくだりを読んだ際は、「コイツのこの言い方、男としてどうよ?」と思ったものですが、開拓村での睦太郎は、いわば仇敵である稲田の家士たちとも打ち解け、登勢に何を無理強いすることもなく、淡々と耕作に勤しみながら、陰に日向に彼女を助けます。そして、登勢も、そんな睦太郎に、いつか好意以上の気持ちを抱くようになっていきます。

という架空の人物たちの物語と、明治維新後の混乱から西南戦争に至る史実とが、この「続」でも、うまく絡み合っていて、続きが待ち遠しく、読む時はいつも一気読みです。ただ、ところどころに挟まっている、長めの史実描写の部分については、好みが分かれるところかもしれません(つまらんと思われる方もおられると思います)。一気読みの速度が落ちるのは事実です。

で、本筋のストーリーの方ですが。
睦太郎は、(横暴な)幕臣に対し狼藉を働いたことが原因で、西南戦争への従軍を余儀なくされますが、紆余曲折の末、無事開拓村に帰還し、登勢と祝言をあげます。この時、登勢は30歳、睦太郎は38歳(もっと長い時が流れたような読後感なのですが、意外に若い2人なのでした<当時としては、十分壮年&年増女でありましたでしょうが)。物語は、登勢が夫に子供を身籠ったことを告げる場面で終わります。また、「お登勢」では、まだまだ餓死と隣合せの厳しい暮らしが続いていた稲田家士団開拓地にも、「この地でやって行くことができるかも」という希望が見え始めています。
静内・新冠は、現在「サラブレッド王国」とも呼ばれる日高地方に位置し、このあたりの牧場からは、ハイセイコーやナリタブライアン、最近ではウォッカちゃんなど(たぶん)のダービー馬が多く輩出されています。新冠に放牧場を作りたいという登勢の夢が、現実になったわけですね。「続」では、「お登勢」で登勢の心の拠り所となった原生馬オテナ(「お登勢」では、オオカミの襲撃の際に牧から逃走、その後行方知れずとなる)との再会も描かれています。

さて。
正続を通し「お登勢」の中で一番好きな男性登場人物は、と尋ねられれば、それはもと洟垂れ小僧の仙吉君です。貢は、その心情を理解はできても、もとから余り好きになれませんでしたし、睦太郎は、年を重ねるに従い、過激な部分が影を潜め、人間的にも成長していくのがよく分かりますし、登勢ひと筋なのは好感が持てるのですが、正編で嫉妬に駆られて登勢を切ってますし、登勢に向かって「卑怯事件(?)」みたいなことを言うのも、「ちょっとね」と引いてしまう部分であります。それから、異姓として見れば、ひたすら思い続けるそのやり方が、ちょっと重いかも、とも思ったり。
(でも、貢と登勢の組み合わせよりはずっと似合いの夫婦だと思います。たとえば、登勢が「何が何でも頑張りましょう」と言えば、貢なら「言われなくとも、すでに死ぬほど頑張っているのに」とざわざわしたものを感じつつ、その思いを呑み込んでしまうと思うのですが、睦太郎なら、「よっしゃ」とやる気になると思う。そんな感じですね)。

その点、仙吉は、年齢的なこともあろうかとは思いますが、純で真っ直ぐで、しっかりしている。
この仙吉くんを託せる(?)若い俳優さんを思い浮かべるのは、とても難しい。いまだ思案中であります。今取りあえず思い浮かべているのは、崎本大海くん。今はヘキサゴンの印象が強いのですが、数年前、NHKの朝ドラで主人公の弟を演じているのを見た時は、「このコに仙吉やらせてみたい(←おまえはディレクターか<自分)」と思ったものでした(そういえば、別の朝ドラですが、三浦春馬クンも主人公の友人で出演してましたよね<侮るなかれ、NHK朝ドラ)。彼と仄かな思いを寄せ合うお玉は、志田未来さんか谷村美月さんで。15年越しの思いを成就させる睦太郎さんは、山本耕史さんにお願いできればと思っております。「魔性の女」志津お嬢様は、比嘉愛美さんでは如何でしょうか。

注) 「勝手に配役」については、諸処異論もあろうかと思いますが、個人的好みということでお許し頂ければと思います。

というわけで、「お登勢」再ドラマ化を切に願うSayoなのでした。

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2011.06.27 11:44 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |
「天涯の船」に関する記事の中で、船山馨さんの「お登勢」について触れたあと、どうしても、その小説を紹介しておきたくなったのでした。
なので、今日も、翻訳とは無関係の記事です。
ただ「好きなの~!」と叫んでいるだけですので、特に興味のない方はスルーなすってください。

さて。
以下の文章は、以前、まったく別ジャンルのブログを書いていた時に、UPした記事を加/減筆・修正したものです。本当にコソコソと書いていたので、そんなことはないかと思いますが、万一「この記事昔読んだ」と思われた方がおられましたら、くれぐれもSayoの過去悪は暴かず、暖かいお心でスルーして頂けますよう、お願い致します。また、現読者の心優しい皆様も、Sayoの過去悪を暴こうというヨコシマな考えは抱かれませんよう、重ねてお願い申し上げます。

***

はじめて「お登勢」という話を知ったのは、実は、書籍ではなく、TBSのポーラテレビ小説でした。
主人公登勢を音無美紀子さん、相手役津田貢を原田大二郎さん、敵役(?)の志津お嬢様を上村香子さんが演じています。粗筋も何も覚えていないのですが、駆落ちした貢(当時登勢の夫)と志津お嬢様(当時別の男の妻)が志津の情夫に斬殺されるという最終回のシーンが、子供にはあまりにも衝撃的で。何といっても、お昼ご飯を食べながらの帯ドラマの最終回ですからね。今でもそのシーンだけは、鮮明に思い出すことができます。ちょうど、NHK大河ドラマで弁慶(緒方拳さん)が立往生なすったシーンのように(小さい頃のこととて、本人は覚えていないのですが、気持ちが悪くなって嘔吐したらしいです)。

「お登勢」は2001年にもテレビドラマ化され(NHK)、その時は、主人公登勢を沢口靖子さん、津田貢を葛山信吾さん、志津お嬢様を森口瑤子さんが演じられたようです。当時はアメリカに住んでおり、この作品は未見。従って、再びこの最終回が繰り返されたのかどうかは不明です。

さて、小説「お登勢」です。初読時(すでに古本)は高校生でした。
「お登勢」は、夫と(元)主家のお嬢様の駆落・斬殺を知ったお登勢が、それでも立ち上がるところで終わっています。ぐいぐい引き込まれながら読んだのですが、残念ながら、結末だけは、頑張り屋のお登勢が余りにも不憫で、どうもすっきりしませんでした。そんな時、偶然これまた古書店で続編に遭遇。速攻入手して、貪り読み、やっと救われたのでした。

再テレビドラマ化に合わせて「お登勢」の方は再版されたということですが、正続併せて読んで、やっと本当に完結だと思いますので、ここを読んでおられるテレビ局の皆さん(いないって<自分)、是非是非、続編の最後まで再々ドラマ化し、タイアップで正続両編の再版をお願い致します。今回、お登勢は(あくまでも個人的イメージですが)石原さとみさんで。


以下は「お登勢」の粗筋を含みますので、前知識がない状態で読みたいと仰る方、また「今イチ興味が湧かない」と仰る方は、ご自身の判断にてスクロールをお願い致します。

てことで、「お登勢」についてでございます。
作者の船山馨さんは、北海道出身。従って、その作品も、北海道を舞台にしたものが多いです。史実と創作がうまく絡み合った物語を書かれ、歴史モノとしても楽しめると思います。この「お登勢」は、前半は淡路島、後半は北海道(静内・新冠)が舞台。

物語は、16才になった登勢が、奉公のため、船で洲本(淡路島)に向かうところから始まります。その船の中で、登勢は、津田貢(この時は、木偶芝居一座の道具方に変装しての乗船です)に一目惚れ。明治維新を数年後に控えた頃のことです。

当時、洲本の城代家老稲田家は、力はありながら、徳島本藩に所属する1支藩(昔は徳島に属していたんですね~)。分藩独立を求め、徳島本藩と対立中。幕末の政情においても、本藩は佐幕派なのに稲田家は倒幕派(尊攘派)でありました。

さて、ここで、一度人間関係を整理しておきましょう。
登勢は南淡路の貧農の娘(実は捨て子。のちに実父の玉太郎と再会。また兄亡き後甥の仙吉を引き取り、北海道まで同道します)。登勢が奉公に上がった加納家は、徳島藩士。息子の睦太郎(登勢を好きになるのですが、貢ひと筋の登勢には見向きもされません)と娘の志津がいます。そして、津田家は稲田藩士。貢は理想に燃えて尊王攘夷運動に邁進しています。

この加納家の志津お嬢様(洲本小町と評判の美少女)が、とんでもないお方であります。気紛れで我儘。登勢が貢を好きだと知ると、別の男性との婚約を破棄し、「すでに身体の関係がある」と親を脅すような形で、貢のもとに嫁いじゃったりするのです(後に離婚)。とはいえ、登勢には、彼女なりの友情を感じていたようで、のちのち何かと力を貸してくれたりもします。それに、賢くて行動力もある。しかし、最後は、夫も情夫もありながら、当時登勢の夫であった貢と不倫に走り、挙句駆落ちを決行して果たせず、北海道の原生林の中で、貢と2人、後を追ってきた情夫に斬殺されるという末路を辿ります。当時の志津の夫(それとも、結婚はしてなかったんだっけ?)は、彼女を魔性の女と呼んでいましたね。でも、どうも憎みきれない。ついつい「他に道はなかったんかい」とやるせないため息をついてしまう、そんな女性です。

さて、話を粗筋に戻すと。
貢は尊攘派と佐幕派が争う中で、身体にも心にも傷を負い、何事にも投げやりに。そんな貢を登勢は一生懸命励まします(一方、睦太郎には結婚を申し込まれるも、アッサリ一蹴)。そんな中、大政奉還が成り元号は明治に。徳島本藩と稲田家の対立は激化し、ついに稲田騒動と呼ばれる武力衝突に発展します。その稲田騒動の中で、貢の両親は命を落とし、彼らを助けようとした登勢も、その姿を見て頭に血が上った睦太郎に切られて重傷を負います。この時、貢は、登勢を愛していることに気づき、病癒えた登勢を妻に向かえ、新天地北海道に渡ることにします(徳島側関係者たちには処分が下され、一方、稲田側は、独立を認める代わりに北海道への移住を命ぜられます)。

ということで、舞台は、北海道へ。
武士を捨て、覚悟を決めて移住したはずの貢ですが、あまりに過酷な生活に再び夢破れ、ついには、夫に同道して札幌に渡ってきた志津と刹那的な関係を持つようになります。一方登勢は、そんな夫の様子に気づきながらどうすることもできず、ただひたすらに過酷な自然と戦います。そんな彼女の前に現れた見事な野生馬。彼女の中に牧場を作るという夢が芽吹きますが、その夢すら、もう貢の心を動かすことはできません。そして、物語は、冒頭に書いた悲劇に繋がっていくのですが・・・

初読時は、ひと目惚れの部分はしょうがないとして、なぜ登勢が、貢のような男性をずっと想い続けるのかが謎でした(貢は自分の「タイプ」ではないのでね)。今でも、「アイツのどこがええねん」的な思いは変わりませんが、「男と女の間にはそういうことってあるのよね」と納得できるくらいには成長(?)致しました。多分、志に燃える美青年の貢は、登勢にはキラキラ輝いて見えたのでしょうし、私も登勢くらいの年齢でしたら、くらっとしたかもしれません。

それから、勿論許せないことではありますが、都道後の厳しい暮らしの中で、貢が志津に走った気持ちも、何となく分かるようになりました。ひたすらポジティブに頑張る登勢が、貢には「重い女」に思えたのでしょう。志津お嬢様ご自身も、登勢に向かって「貢さんにとって、お前が重荷になってくるときがあると思うよ・・・(中略)・・・いまだって、貢さんはお前にひきずられているのかもしれないな。男ってものはね、気性のしっかりした女を芯から好きになんか、なれるもんじゃないのよ。だらしのない莫迦みたいな女でも、甘ッたれてもたれかかってくるようなのが可愛いの。気をおつけ。死んでも頑張りましょうなんて、お尻をひっぱたくようなことばかり言っていると、貢さんが逃げ出すよ」と言っておられます。うーん、けだし名言かも。
志津お嬢様ご自身も、以前は「恋敵」くらいにしか考えていなかったのですが、この頃では、実に味わい深い登場人物と思えるようになってまいりました。
Sayoも年をとったものよの(しみじみ)。

「お登勢」は大好きな小説なので、いくら書いてもキリがないのですが、とりあえず、今日はこのへんで。「続お登勢」については、(その2)に譲ろうと思います(ってことで、「お登勢」話はまだしつこく続くのであった)。

あ、最後になりましたが、貢は、V6の岡田准一さんで如何でしょうか。理想に燃える美青年が、夢破れて堕ちていく様を、見事に演じてくれそうな気がするのですが。

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2011.06.24 11:28 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |
日々機械電気分野のニッチな翻訳に精を出すSayoの心強い味方です。
(最近はちょっと暇のことが多くて、寂しかったり不安だったりするのですが、気を取り直して医薬の勉強に勤しんでおります・・・ので、ついつい忘れかけていましたが、よくよく思い返してみれば、これまで機械電気分野の翻訳で食いつないできたSayoです<自分の居候分だけだけどな)

「ハンディブック 機械」(オーム社 2007年改訂2版) 3990円

「この前のクライアントさんの別の案件です」
というケース(したがって同種の機械)もあるのですが、
まったく新規の機械に遭遇することも多い。

そんな時、とりあえず、取っ掛かりを得るのに重宝しています。
広く浅く「機械」な本なので、これ一冊ですべての訳語がOK、などという夢のような事態は起こり得ませんが、大枠を掴むことはでき、その後のGoogle検索のキーワード選択にも役立ちます。

ここ2~3年では、歯車の基本、鋳型と鋳造の基本、アーク溶接、切削加工と機械、工作機械などについて基本的な知識を得る助けになってもらいました(機械そのものだけではなく、力学の基礎、加工方法、測定技術などについてもひと通りおさえられているので、そのあたりをチェックするのにも役立っています)。

この「ハンディブック 機械」は、たまたま書店で見かけてひと目ぼれして購入したもの。他にも「電気」「電子」「メカトロニクス」「建築」など、いくつかの分野のものが刊行されているようですが、まだ遭遇したことはありません(田舎なのでね<ジュンク堂梅田店」を訪ねた時は、その広さに舞い上がってしまって、完全に失念してしまったようです)。私のように、広く浅く様々な分野の案件を扱われる方には、便利な一冊かと。

これと「絵とき 機械用語事典・作業編」(日刊工業新聞社 2007年初版)に、よくお世話になります。こちらは、収録語数はとても少ないのですが(2項目/P)、全項目写真または絵図つきで、とても分かりやすいです。


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2011.06.21 11:32 | 辞書・参考書 | トラックバック(-) | コメント(0) |
遥か以前に「読んでいます」と書いたような気がするのですが、
上下巻(新潮文庫)、やっと読了致しました。
どれほどかかっとんねん、て感じですが。

美しいけれど風変わりなブローチを手に入れた現代の女性が、そのブローチのもとの持ち主の人生を知る老女(持ち主自身はとうに亡くなっているので)を探し当て、彼女からその女性の話を聞くという形で物語が始まります。

といっても、現代の2人のやり取りは各部の冒頭部分のみで、全体は、くだんの女性ミサオの1人称(播磨弁ということですが、本当に上品な老婦人が語っているという感じです<玉岡かおるさんは、兵庫県三木市のご出身です)と3人称で語られます。1人称←→3人称のスイッチも、違和感なく読めました。

明治初期、主家のお嬢様の身代わりとして(お嬢様を身分違いの恋仲の男性と添わせるため、乳母の女性が仕組んだ)、アメリカへ留学した少女ミサオと、アメリカへ向かう船上で彼女が出会った青年桜賀光次郎との、明治~昭和初期を舞台とする波乱万丈の恋物語です(と言葉にすると、なんて陳腐なんだろう)。

光次郎のモデルは、どの角度から見ても、そもそも角度を変えて見るまでもなく、川崎重工業の前身である川崎造船所を興した松方幸次郎なのですが、ミサオという女性は、玉岡かおるさんの創造上の人物のようです。
舞台はアメリカ → 日本 → オーストリア(ミサオはオーストリアの子爵と結婚のちに死別、一方、光次郎はミサオのアメリカ留学時代の親友九鬼矩子と結婚) → ヨーロッパ全土とworld wideですし、歴史的背景も描かれていて、恋愛以外の部分も興味深かったです。

光次郎とミサオは、互いの立場を慮って我慢に我慢を重ねた末に結ばれるのですけど、そんな2人を思って切なく、また日本で家を守る矩子夫人のことを思って切なかったです。

こういう、恋愛小説だけれど、恋愛以外の部分も興味深い「女性の一代記」、けっこう好きなんですよね。
すぐに思い出せる範囲で、船山馨さんの著作(「お登勢」「続・お登勢」「蘆火野」「石狩平野」など)とか、Jeffrey Archerの「ロスノフスキ家の娘」(「ケインとアベル」のアベルさんのお嬢さんです)とか。自ら道を切り開いていく、あるいは与えられた運命の中で一生懸命生きる部分に、憧れたり(自分には出来ないので)共感したり(そうありたいと思うので)するんでしょうかねえ。

この「天涯の船」の文庫版が出版されたのは、平成18年1月。文庫版解説は、児玉清さんです。本当に本がお好きな方でしたよね。解説は、「好みの滅茶面白小説に出逢えた時の喜びは爆発的なものがあるが、世の中にはそうそう滅茶面白小説が転がっている訳じゃない。それだけに『天涯の船』を読んだときの喜びは、それこそ天に昇る気持ちだったのだ」と始まっています。さすがに「褒めすぎちゃうか~」と思わないでもないのですが、確かに、続きが気になって、「あと1ページ」とついついページをめくってしまう、そんな小説だったのでした。


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2011.06.18 13:12 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |