屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

我が家のとどのことです。
決してのろけではありません。
と思うのね。

Around 50の私の世代の(たぶん)多くのご主人がそうであるように、我が家の旦那さんも、家事には殆ど貢献しません。会社では、それなりにちゃっちゃっと動いているようですけど、家の中では、縦のものを横にするのも面倒臭いようです・・・ていうか、出したものはちゃんとしまいましょうね。あと、靴下は2足とも同じ場所で脱いでね。

たまに休日に風呂掃除をしてくれますけど、それくらいですかね(平日は基本午前様帰宅なので、可哀相過ぎて、ゴミ出し以外は何もお願いできません<どんな会社?)。
料理は嫌いではないようですが(学生時代、喫茶店のバイトで調理もやっていたようです)、後片付けは苦手とのたまう(ていうか、後片付けまでやって「食事の支度」じゃないんかいと思うけど)。掃除もアイロン掛けも洗濯物干し(洗濯は洗濯機がやってくれるのでできるそうです)も洗濯物畳みも「できない」んだそうです(覚えろよ<怒)。

まあ、これは私の旦那さん教育の失敗でもあるので、自業自得といえば自業自得ですが。

私も、「妻は3歩下がって夫に従う」的教育を受けて育ったクチなので(えーと、どこがそうなんでしょう?<今の我が家)、結婚当初は、「旦那さんのいるところでお仕事はしないようにしなくちゃ」などと、カワイク決心したりなんかしていた訳です(結婚派遣退職?で在宅翻訳を始めました)。

そんなカワユイ決心は、「納期」という厳しい現実の前に、あっという間に脆くも砕け散ったのですけど。

食事だけは、「温めればよし」状態で用意しておくようにしていますが、それ以外の家事は、「納期」の前に跪いてもらうしかありません。

そんな風に「自分が寛いでいる時に、奥さんが家で仕事をする」ことが嫌な旦那さんも世の中にはおられるようで(少なくとも私達の世代には)。実際、友人の旦那さんの中にもそういう方はおられます。

ウチの旦那さんに関して言えば、そういうことはないのでした。
もの凄くお腹が減っていたり疲れていたりする時、すぐに食事の支度ができなかったりすると不機嫌になることはありますが、だいたいにおいて「好きな仕事なんやから好きなようにやり」というスタンスです。
でも、日々の生活のお手伝いは「風呂掃除」だけですけど(←しつこい<自分)。
旦那さんの中に、「好きな仕事をやっているんだから」(多少家事が大変でもしょうがない)という気持ちはあると思います。何と言っても、まだまだ「一家の大黒柱は夫」的社会的雰囲気の中で育った人ですから。それに、旦那さんの方は、ゴルフだったりカラオケだったりで発散しているとは言え、「大嫌いな末端管理職的根回し仕事」と日々闘っておられますのでね(職種自体は嫌いではないようですけど)。そういう姿を見ているもんで、私も、ついつい「好きなお仕事している私が家のことをしなくちゃ~」と思ってしまう訳です(実はそれがヤツの狙いか??)。子供がいたら、そう寛容にはなれなかったかもしれませんけど。
というわけで、私が目の色変えて納期と戦っている隣の部屋で、旦那さんはお笑い番組など見て気楽に笑っていたり、自分の仕事をしていたり(どこまで働かせる会社やねん)する訳です。ので、私も、精神的にはわりと気楽です。
あと、ホラ、2足の靴下も同じ場所で脱げないヒトなので(ていうかそれ何で?)、家の中が多少散らかっていても何も言いません(ていうか気付いてないのか?) 何事もキチンとしないと気が済まない旦那さんだったら、こうは行かんかったやろな~と思います。ずぼらでよかった(でも、靴下は同じ場所で脱いでね)。

それから、これは仕事とは関係ないですけれど、私の両親の介護についても、かなり助けて貰いました。休日の運転手くらいですけど、それだって、自宅→母病院→父施設の三角形返上移動にバス電車乗継を必要とするペーパードライバーの私には大助かりでした。旦那は「2人の両親は2人で看る」という考え方らしく、そこらへんは私も同じ考えなので、根幹のスタンスの刷合わせ作業(?)をする必要がないのは助かります(なので、今後旦那両親の介護も2人で頑張るわけですけど<妹いますが病気)
この年になると、双方の親の介護に対する考え方に温度差があるって結構しんどいよな~と思います(知人の話を聞いたりするとね)。

ま、そんなわけで。
ホント、見栄えのしない旦那さんなんですけど、今にして思えば、「好きな仕事をすることに対して嫌な顔をしない」&「介護に協力的である」という、かなり大事な2点についてヒットしましたので、それ以外の些細なあれやこれやの不満は我慢しようという気になるのでした(靴下もね)。
というのはSayoの見解であって、旦那さんには又別の意見があろうかとは思いますが。
でも、正直、時間がある時にもうちょっと「教育」しておけばよかったな~とは思う。フィギュアスケートについては厳しく「教育」し、ファンに改宗させたのですけど、厳しく躾ける(?)ところを間違ったよなあ。

今頃、職場でくしゃみしていることでしょう。
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2012.04.27 12:31 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(0) |
新たに登録した翻訳会社さんからは、いつも「訳出にあたっての注意」マニュアル(といっても2~3枚程度のものですが)を頂きます。数字と単位の記載方法、固有名詞や役職などの扱い、中黒は使ってええんかい、最後の長音の扱い(モータかモーターか)といった、ごくごく一般的な内容です。

エンドクライアントさんから特に指定がある場合は、その案件のみのもう少し詳しい注意書き(或いは「これに準じてね」用語集)を、別途頂くこともあります。突合せは、気も遣いますし、面倒臭いっちゃあ面倒臭い作業ですが、これは、そのクライアントさんの、社内文書の表記の統一を図ろうという姿勢の表れでもあるわけですから、「へいへい」と神妙にしたがいます。勉強になることも多いしね。

最近、1社の翻訳会社さんから、改訂版のマニュアルを頂き、量も増えていたのですけれど、それまで「どうしよー」と悩んでいたことがかなり解決されて、本当にありがたかったのでした(と言っておいて間違っていれば世話ないわけですけど)。

たとえば、数字と単位の間のスペースのような、AMAのManual of Styleに「こうしなさいよ」と書かれている(ことは記憶にある)ことも、いざ「で、どうだったっけー」となった時、該当箇所を探し出すまでに時間が掛かりますので(さすがに、この頃では、よく参照する箇所には付箋を貼るようにした<遅すぎ)、「マニュアル」に記載があると大変助かります(と言っておいて間違っていれば世話ないわけですけど)。

それ以外の、(たぶん)翻訳会社さんによって微妙に異なる部分、たとえば社名だったり(日本でもカタカナ書きがかなり浸透している外資系の会社の記載方法は、いつも悩むところです)、規格だったり、略語だったりの記載方法についても、改訂版ではかなり明確な指示が頂けましたので、悩むことなく(たとえば、英日併記する場合、英語が先? 日本語が先? 的な翻訳とは関係ないところで悩んだりするわけです<あ、これは以前にフォローアップ頂いたような気がしますが)作業ができるようになりました(と言っておいて間違っていれば世話ないわけですけど)。

とはいえ、先にも書きましたAMAのManual of Styleですが、個人的には「そこまで細かく規定しなくてもええやん」と思われる部分も多々あるのですけれど(でも、論文投稿には、やっぱりこれくらい細かい規定が必要なんでしょうねえ)、和訳のみをされる方でも、安心賃として原書を持っておられて損はないかなと思うのでした(原書の方が安いしね)。私は、虎視眈々と英訳も狙っておりますので、こっそり手元に(9版ですけど)。


というわけで、某フィギュアスケートの放送でT橋クンに惚れ直した夜でした(まー、おばさんに惚れ直されても嬉しくないよね~という以前に、接続詞の使い方を完全に間違っていますね<自分)。
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2012.04.21 00:25 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
医薬の分野の勉強は面白い。

医薬翻訳が「何となく面白そう」で、
基本を学ぼうというところから入ったんですけど、
(10年以上も昔の話です<遠い目)
生物の復習に始まり、もう少し専門的な分野に進んで行く頃には、
「医薬の世界はかなり深いぞ」ということに気づき、
(初めから知っとけよって話なんですが)
ヒトの身体の精緻な仕組みに、不覚にも感動してしまったのでした。

たとえば骨格。
骨には様々な窪みや突起や孔があって、
そのそれぞれに小難しい名前がついている訳なんですが、
それらの小さな窪みや突起は無駄についているわけではなく
(いや、当たり前の話なんですが)
相対する骨の窪みや突起と、関節の動きを可能にしながら、
ぴったり合うような作りになっている。
(いや、そうでないと身体動かないですが)
それって、改めて考えてみると凄くないですか?
(いや、別にと言われてしまえばそれまでなんですが)

たとえばホメオスタシス。
日本語では「恒常性」と訳される、
生体を常に一定の状態に保とうとする人体のauto-regulationですが
(コイツが崩れた状態が疾患です)、
これを保つために、様々な器官系が協調しつつ、
涼しい顔をしながらも(?)昼夜を問わず頑張って働いている様は、
(いや、昼夜を問われてしまうと困るのですが)
涙なくしては語れません(普通は泣くところではありません)。
それは、様々な器官とその機能が複雑に絡み合った、まるで魔法のような働きで、
そのおかげで、私も、まあまあ健康な生活が送れている訳です。

それって、当たり前のことのようにみえて、
本当にスゴいことだな~と思うわけです。
「サイボーグ009」の世界は、あと100年くらいは来ないよね(たぶん)。

この人体の不思議をもっと知りたいという気持ちが、
基本ナマケモノの私の「勉強したい」という今一番の原動力です。

も少し若い頃にもっと真剣に勉強しておけばよかったな~と
本当に切実に思います。
いや、勉強を始める(or進める)のに早いも遅いもないはずなんですが、
「老眼」という問題がありまして、老眼鏡のお世話になっても、
長時間細かい字と格闘するのはホントに辛い。
(ちなみに、「老眼」関係で一番がっくりきた瞬間は、
「裸眼で針に糸を通せなくなった時」です、ご参考まで)

というわけで、「ガイトン生理学」もやっと中枢神経系まで辿り着き、
今は視床下部あたりを回遊(?)中です。

とはいえ、こうした勉強は、
長い目で見れば翻訳のお仕事のどこかで役には立ちますが、
自己満足の部分もないではなく、
短い目(?)でみれば、
できるだけ早く正確な翻訳を完成させることも大切なわけで。

そちらの方は、皆さんのブログなどを参考に
もう少し実務に直結するような参考書を斜め読みしたりして、
ぼちぼち頑張ってます。
「これは」という参考書がありましたら、
そのうちこそっとお知らせさせて頂きます。

それから、4月なのでって訳でもないですが、
ちょっと真剣に英訳のお勉強を始めてみたりなどしました。
すでに英訳をやっている身で「始めて」というのも変なのですけど、
英訳という作業は誰かにきちんと習ったわけではなく、
英借文しまくりで生きてきておりまして
(それはそれで1つの正しい?やり方とは思うのですが)、
未だに今ひとつふたつみっつ自分の英語に自信が持てません。
というわけで。
一度基礎からきちんと勉強してみるのもよいかなと。
いや、すぐに挫折しているかもしれませんけど。
すでに、大脳皮質の疲弊をひしひしと感じているSayoです。
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2012.04.16 17:45 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
我が家では朝日新聞を購読しておりまして。
時々朝刊に掲載される、コラムニストの天野祐吉さんの「CM天気図」というコラムが結構すきなのでした。「そうそう、そうだよね~」と膝を打ったり「そういう見方もあるか~」と感心したりと、楽しませて頂いています。
今日は、というと、あまりにもストレートに胸を射抜かれてしまったのでした。
頑張っている皆さん、明日も頑張ろうね。

‐引用ここから‐

「負けるもんか」というホンダのCMがいい。「負けるもんか」という言葉がいい。
(中略)
タテ1列に並んだホンダの歴史的なクルマたち。それをうしろから前へ、カメラはゆっくり写していく。で、ナレーション。
「頑張っていればいつか報われる。持ち続ければ夢は叶う。そんなのは幻想だ。だいてい努力は報われない。たいてい正義は勝てやしない。たいてい夢は叶わない。・・・けれど、それがどうした。スタートはそこからだ。新しいことをやれば、必ずしくじる。腹が立つ。だから寝る時間、食う時間を惜しんで何度でもやる。さあ、きのうまでの自分を超えろ。きのうまでのHondaを超えろ」
すると、並んだクルマの先頭にいたNSXコンセプトが、ゆっくりと動き出す。で、白い画面に、「負けるもんか」という文字が現れて終わる・・・・・・。
(後略)

‐引用ここまで‐

いや、それはいいから、現物を見せてよという方はコチラ↓から。

http://www.youtube.com/watch?v=IQKfQIYzNbY

実際のCMは、かなり淡々とナレーションが入っていて、個人的には、文字で読んだ時の方が感じるものがありましたが、最初に文字で読んで「うわあ」と思ったあとでしたし、もともと私は、かなり文字にヨワい人なので。
You tubeのコメントは「あの(どの?)ホンダがこんなCMを作った」ということに対して賛否両論ある感じでしたが、このメッセージ、私は結構好きだなあ。個人的には、関西弁で「負けへんで」と言って貰った方が、もっと元気出ますけどね。
渡辺謙さんなどに、もう少しだけ感情をこめてナレーションして頂きたいなあなどと、ないものねだりしてみたりするSayoです。
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2012.04.11 21:25 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(0) |
母の一周忌と父の百ヶ日が無事に終わりました。

といっても、出席者は旦那とSayoのみで、気を遣うところもありませんが。
とは言っても、御布施の金額どうしよう~とか、細かいところは悩みます。

今日は母の一周忌で、父の百ヶ日は10日ほど先なんですが、
何かと忙しくておられるご住職の方から、
「申し訳ないが、一周忌と百ヶ日を同じ日にさせてほしい」
と打診があり、不肖の娘の方も、ありがたくその申し出をお受け致しました。

父が亡くなって3ヶ月。
週2回食事介助に通っていたあの頃は、もう遠い昔のことのよう。
月日の経つのは(=年をとるのは)何と早いのでしょう。

ともあれ、自分の中ではなかなかな懸案事項であった2つの法事が無事に終わり、
ちょっとホッとしたりしているSayoなのでした。

さて。
その後の相続手続きの方はというと。
自宅以外は、全て細々した預貯金ばかりなので、
こちらの手続きは、ほぼ完了。
(いつまでだらだらやってんねん、て感じですが)

問題は家土地の方。
こちらは司法書士さんに助けて頂くしかあるまいと、
先日、実家の登記謄本を確認しておりましたら、
謄本関係一式の入った封筒の中に、
恐ろしいものを発見してしまったのでありました。

それは、戦前に作成された父への土地譲渡証書。
「土地」といっても、
それは実家出身地某県の田舎の山林のごくごくごく一部なのですが。
その山林の中には、実家の昔の墓があるので、
(と言っても、子供の頃1、2度訪れたきりですが
<というわけで、父亡き今は正確な場所さえ分からない)
その墓が含まれる土地ではないかと推測します。

当時父はまだ20歳そこそこの年齢で、家長は祖母だったはずですが
(すでに祖父母は離婚し、入り婿の祖父は家を出ていた)
唯一の男子ということで、父宛の土地譲渡になったのでしょう。
とはいえ。
当時、以前はそれなりに裕福だった実家はほぼ無一文の状態だったはずで、
(というのが離婚の真相らしい<祖父が放蕩したというわけではなく、
その気の良さが災いして財産を失ってしまったようです)
どこを叩けば、山林買うような金が出てくるねん???

山林を譲渡下さった方は、父の進学を援助して下さった
遠い親戚筋の方のようなのですが、
(だ~か~ら~、援助がなければ進学もできなかったんだってば)
何か事情があっての譲渡には違いないのですが、
今となっては、その事情を知る人もなく。

その土地、何やねん!!!
(ともかく、納税通知書の類は見たことはありません)

私としては、その譲渡証書は見なかったことにして闇に葬りたかったのですが、
旦那に相談したところ「そういうことは、ちゃんとしとかなあかん」とのたまう。
そういう変なところ(?)きっちりしたヒトなのよね。

そのようなわけで、現在、生まれて初めて司法書士さんのお世話になっています。
もちろん、そのような職業の知り合いなどいないので、
ネットで“住居地”と“司法書士”でAND検索し、
偶然同じ高校出身であった司法書士さんにお願いしました。
(同窓やったら阿漕なこともせんやろ~という単純な理由)

仮に本当にそこが実家の所有する土地だとすれば、
延滞した固定資産税を支払わなければならない可能性もあり
(その場合、なぜ今まで来なかったのかも謎なんですけど)、
山ほどの請求が来たらどうしよう~と頭の痛いSayoです。
まあ、私がじたばたしたところでどうしようもないので、
司法書士さんからの連絡を待っている今日この頃です。

ま、そんな感じで無事法事を終えて一段落。
(でもまだ実家の片付けという大仕事が残ってますが、
こちらは、今後草引きと合わせてぼちぼち)
そんな事情を斟酌頂き、かなりユル目の納期のお仕事を頂いていますので、
とりあえず明日から心を入れ替えて仕事します。
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2012.04.08 22:48 | 両親のこと | トラックバック(-) | コメント(0) |