屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

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ながらリスニング
Critical]

金の亡者Sayoとしては、前回購入したCDブックは「大事に聴いて持たせなきゃ~」ということで、以前聴いたこれらのテープを再度聞き流しております。どちらも、本帰国時にDiscount Booksという新古書店(たぶん)で安く大量に仕入れたものです。カセットテープなんですけど、まだ擦り切れることもなく、元気に頑張ってくれています。ウォークマンの方は帰国後3代目ですが、これはテープを聴き倒して壊した訳ではなく、何度も落とした結果壊れた(エプロンのポケットに入れて移動しますのでね)というのが正解です。帰国した頃はまだ家電量販店の隅っこでひっそりと売られていましたので、4台大人買い(?)しました。なので、まだ在庫1台あり。ウォークマンのいいところは、とにかく操作が簡単(最低機能しかないので)ということ。アナログなSayoにはぴったりです。CDウォークマンよりもコンパクトなので持運びも便利(いや~、それなりに重いけど)。問題は音が悪いってことですが、所詮聞流しですから。十分許容範囲です。


Gravity (Tess Gerritsen)

増殖実験のためにスペースシャトルでISS(International Space Station)に送られた地球外微生物(ガラパゴス海峡の底[=高圧]で発見された)が、偶然実験用マウスに感染し、無重力状態下で異常増殖。しかも、コイツがですね、ホストのDNAを自らのDNAに取り込みその性質を受け継ぎ順化しながら増殖していくというとんでもないヤツなんです。それがISS滞在中の宇宙飛行士にも感染し・・・というコワいお話です。主人公は、ISSのmission specialistでphysicianのエマと彼女と離婚調停中の夫ジャック(エマと同業。同じく宇宙飛行士を目指していましたが、健康上の理由からシャトル搭乗候補者から外れ、それが原因で2人は上手くいかなくなってしまったようです)。微生物の増殖を停止させる解決法の発見と、最後の生存者&感染者となりISSで隔離状態となったエマの救出作業がクライマックスです。

医療モノでもあり、それなりに面白かったですし、聞流しなんで何度も繰り返して聴いていますけど、訳書なら1回読んで満足して終わりかも。ちょっとグロテスクな表現とかもあって、聞流している分には大丈夫ですが、これを文字で読むのはちょっとね~、という部分もありました。主人公の2人は、お互いを必要としていることを再確認して、結局元のサヤに収まるんですが、その辺りの心の動きにちょっといきなり感があって、感情移入しにくかったです・・・と偉そうに語るアンタ何様って言われそうですが。Abridged録音(テープ4巻に収めるために端折ってもおかしくない部分は端折られている)なので、端折られた部分にそういう描写があるのかもしれません。NASAとISSとの交信の場面はとても臨場感があり、作者は、元NASA関係の人なのかな~と思ったのですが、お医者さんのようでした。The Surgeon(「外科医」(テス・ジェリッツェン/安原和見訳 文春文庫)に始まる女性刑事ジェイン・リゾーリ&監察医モーラ・アイルズシリーズで、それなりのヒットを飛ばしているようです(猟奇殺人とか多少グロな内容もあるようで、ちょっと納得かも)。
いずれにせよ、医療関係の単語や表現はかなり参考になりました。


Apollo 13 (Jim Lovell and Jeffrey Kluger)

私高所恐怖症ってヤツですが、宇宙モノ(?)はフィクションもノンフィクションも大好きです。
Jim Lovellは、映画ではトム・ハンクスが演じたApollo 13の船長で、原著はJeffrey Klugerとの共著(聴き書き?)になっています。これもたぶんAbridged版だと思うのですが、このテープの凄いところは、ところどころに、Jim Lovell本人の朗読と当時のNASAとApollo 13の交信が挟まれていること。当時の交信は、音が悪過ぎて(+テープの音が悪過ぎて+英語読解力が足りなくて)、何を言っているのか不明な部分も多いのですが、臨場感はハンパないです。ただ、Apollo 13の「現在」とLovell船長の回想が行ったりきたりする構成なので(少なくともテープは)、Apollo 13での出来事が細切れになってしまって、理解し辛い部分も。映画の方がスピード感もあり断然面白かったです。

映画の中で、主席管制官(?)Gene Kranzを演じていたエド・ハリスは、NASAのマーキュリー計画を描いた「ライトスタッフ」では、最初の宇宙飛行士の1人を演じていた人なので、何だか感慨深いものがありました。宇宙に行かない道を選んだテストパイロット、チャック・イェーガー役のサム・シェパードに一目惚れした映画です。まだ、若くて純情だったのね~。


そんなこんな今日この頃です。
仕事はぼちぼち(ちょっと大変<出歩く自分が悪いだけ)。勉強もぼちぼち。
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2012.09.25 22:53 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |
遥か昔、某社「ノンフィクション翻訳講座」に通学していた頃、先生に
「Sayoさんの訳文は冗長だね」
とよく言われたものです。
「解釈は間違ってないんだけど、説明過多気味」

そのクラスでは、自分の担当箇所の訳文を人数分コピーして行って、それに対して皆が
「その解釈は違う(その根拠はこう)」「どうしてそういう訳文になるのか」
等々ひたすら議論するという形を取っていたので
(なので、担当箇所でなくても、かなりの下調べが必要で、正直タフなクラスだった)、
他のクラスメートの訳文を目にする機会が何度もあったのですが、
中には「アナタ、何故ここに生徒として??」というような
磨き込まれた訳文を挙げてこられる方もおられて
(さすがに、その方は、共訳書も含めその後何冊も訳書を出しておられます)、
自分の訳文と比べて何度どん底まで落ちたか分かりません。
同じ英文からの訳文なのに、ぬりかべのような私の文章と違って、
リズムのある歯切れのいい文に仕上がっているというか。
メタボな旦那(←私の訳文)と比較した、
SP時のV6の岡田準一クンの鍛え抜かれた身体(←その方の訳文)というか。
分かり易い比喩でしょ(旦那本体をご覧になれば一目瞭然かと思いますが)。

どうも、つい、懇切丁寧に説明に走ってしまう癖が、私の訳文にはあるようでした
(性格はそんなに親切ではないはずなんですが)。
自分には書籍翻訳は向かないと思った理由のひとつです。


その「冗長さ」とはまた微妙に違うような気もするのですが、
実務翻訳に落ち着いてからも、
「つい親切に説明に走ろうとする」自分の暴走(?)をどこで喰い止めるか
という見極めはとても難しいと痛感する毎日を続けています
(を10年以上続けている、ある意味進歩のないヤツです)。

一応、文(時に文節)単位で、
「足さない、引かない」の訳文作成を心掛けている積もりではありますが、
時に、原文が不親切だったり新奇な方法について述べていたりして、
そのままの訳では「意味不明やん~(<少なくとも自分にとっては)」
な場合は、どうしても、「親切に走るわよ」魂がうずきます。

で、つい「こういう訳で言葉を補って訳しました」
とコメントを要する訳文を作成してしまうわけなんですが、
その「補完」は本当に親切なのか、
実は、事情をよく知る読者には「大きなお世話」以外の何物でもないんじゃないかと、
後でじめじめと悩んだりするわけです(秋雨の季節ですからね)。

翻訳会社さん経由でやんわり「不要よ」クレームを頂いたことはないので、
取りあえず、今の状態で宜しいのかなと都合よく考えるようにしていますが。
(間違っていたらすいません)

実は、前期の治験翻訳の英訳講座でも、
単語だったりフレーズだったりを、かなりばさっと「不要」認定されてしまったので
(あっても間違いではないということで、赤入りなかった部分もありましたけど)
「英訳でもアレコレ説明してしまう自分」を改めて再認識したのでした。

というわけで、最近、心の中で「冗長冗長」と唱えながらお仕事しています。
そうしたら、先日(医薬翻訳とは関係ないですが)
「冗長ビット」という言葉と遭遇してしまい、
微妙に心臓に悪かったりしたのでした。

あ、本ブログの文章は、概ねとても冗長です。
少ない息抜きの1つなんで。見逃してやってください。
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2012.09.18 20:12 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |
といっても、実家ではありません。
実家は鋭意片付け続行中です。
この季節、暑さと雑草引きとで、なかなか進みませんが。

ウチのマンションのお向かいの一戸建ての解体作業を、
興味深く、でも感傷に浸ったりなどしながら見守ったのでした。

そのお宅は、ウチのマンションのベランダ(4階)からちょうど見下ろせる位置にある、築40年程度と思われる一軒家で、当初(というのは、私たちが引っ越してきた8年前ってことですが)、老夫婦が(たぶん)2人で住んでおられました。
特にお付き合いがあったわけではありませんが、遠い方のスーパーや図書館や父の施設にチャリで遠征するには、必ずその家の玄関先を通る仕様(?)になっていたので、脚立に上って庭木の剪定をするおじいさんや、水撒きをしたりご近所さんとお喋りをしたりするおばあさんの姿を時々見掛けたものです。

その家が空き家になったのが、かれこれ1年前。
庭の雑草が伸び放題となり、何より「人の気配がない」ことが明らか(実家の管理をするようになってから、そういうところは敏感なのだった)。でも、そこここに「直前まで生活していました」感が残っていて、その家の前を通る度に、何となく他人事ではなく心配したりなどしていたのでした。

ところが。
3週間ほど前、突然トラックがやってまいりまして。
突然、家の解体が始まったのでした。
(たぶん、その前に下見にいらしてたんでしょうけど)

家の解体は、こんな↓感じで進みました。

日常生活用品や衣類の搬出(棚や箪笥の中身と思われるもの、座布団など)
畳の搬出
(約2日)

瓦外し(瓦屋根の瓦が全て外されました)
瓦の下敷き落とし(棒のようなもので突いて床に落としました)
(約2日)

重機による取壊し
(パワーショベルが、建物の端の方からがしがしと情け容赦なく壊していきました。解体物は、一部はその都度搬出され、家具や大物家電の残骸などは一箇所にまとめられました。石も石ばかりまとめられました。そうやってまとめられたものは、それぞれまとめて搬出されていきました。基礎も掘り出したのだと思いますが、その現場は目撃できませんでした。最後に、パワーショベルが地面をならし、全体が更地になりました)
(約6~7日)

日曜日は作業がお休みでしたので、全工程2週間弱の作業でした。

瓦外しの日は、洗濯物を干しにベランダに出ると、いい感じ(?)で、2階の屋根に上がった兄ちゃんたちと目があったりしたのですが、目の保養をさせて頂いたのはSayoの方のみで、あちら様にとっては、ばばあに上から目線で眺められるより(ウチのベランダの方が高い)、妙齢の女性に見つめられた方が絶対よかったよね~と、あとで大変申し訳なく思ったのでした。

家って、こうやって解体されるのね~となかなか興味深かったです。
と同時に、様々な品々が無造作に投げ捨てられていくのを見て、実家はできるだけ自力で片付けてやりたいと思ったのでした(まあ、結果捨てることには変わりないんですけど)。
と同時に、かつてそこに住んでいらした老夫婦がどこかで穏やかに残りの人生を送っておられるようにと祈ったのでした。


そして、前記事に書いた仕事に追い詰められているSayoであった。
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2012.09.13 18:26 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(0) |
先週末、私的にはちょっと大き目の案件の参考図書を求めて、Amazonを彷徨っていたのでした。

打診を頂いた時(先週金曜日)は、翌週(=今週)水曜日頃まで別件のお仕事が入っていたので、「来週木曜日頃からしか掛かれないんですけど」と咽喉から手が出そうな声(どんな声やねん)で返答。声馴染みのコーディネータさんが、「先方はあんまり急いでいらっしゃらないですので」とかなり潤沢な納期を提示してくださいましたので、「分かりました」とお引き受けしました。外出先でのやり取りだったので、帰宅してからメールで送られた原稿を確認したところ、「う、全然潤沢じゃないかも」な内容でした(枚数計算だと余裕の納期になるんですけど)。でも、ここで、「やっぱり私にはちょっと…」と投げ返すのは、女がすたるというものではありませんか(いや、時には投げ返す勇気も大事ですが)。翌週(つまり今週)後半には、参考資料も入手可能と仰っていたし。

てことで、週末、仕事の合間を縫って、Amazonさんの探索に精を出してみました。
というか、もともと、Amazon探索は大好きな私。

すると、ここにですね、参考にできそうな書籍がおったのですね。
価格的にも十分許せそうな(そもそもそこに許可は不要です<自分)。
ただし、新刊はもう流通していないようで、
新刊書籍の値段よりもお高い中古品の出品しかありません。

ということで、いつものように、出版社のサイトを訪ねてみます。
在庫があれば出版社から直接発送して頂けるようでしたが、
そう大手の出版社ではないため、別途送料手数料が掛かるという。
中古品価格とあまり変わらない価格になりそうです。
という前に、出版社に在庫がなかったら、どうするだ、自分。

ということで、最後に奥の手ジュンク堂(「ネットストアHON」支店)を訪ねます。
Amazonで入手できなくてもジュンク堂で入手できる場合があったりするので。
(これは、以前nobaraさんのブログで知った裏技?です)
すると、ありました。恐るべし、ジュンク堂HON支店。
しかし、さすがに「ネットストア在庫僅少」になっている。
迷わず(迷う前に)右手人差し指がマウスを左クリックしておりました。
「残僅少」系の言葉に弱いのよね。

今回は利用しませんでしたが、近畿2府4県だと、「お急ぎ便」と言って、朝10時までに注文すると、当日夜に届けてくれるサービスがあるのも嬉しい(近畿圏に在庫があればってことだと思いますが)。
そんな訳で、週明けには、参考書籍が手元に届きました(東京からお越しでした)。
めでたしめでたし。

というわけで、今日から新案件に取り掛かったんですが、
あっさりと泥沼にはまり、ちょっとブログに逃避してみたりなどしました。


* 今更感は拭えませんが、「リンク」ページに「女は翻訳でよみがえる」(marikoさん)へのリンクを貼らせて頂きました。
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2012.09.06 16:39 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
朝日新聞の夕刊に「人生の贈りもの」という欄がありまして、
記者による様々な分野の人生の先達の聞き書きです(各人月~金の5回連載)。
読んだり読まなかったりですが。

今週は会議・放送通訳者の篠田顕子さんが登場。

いくつか、「なるほどね」と思った記述や言葉がありましたが、
その話の中で印象に残ったのが、彼女の挙げた英語の格言。

Luck is where preparation meets opportunity.

Luck is when preparation meets opportunity.
Luck is what happens when preparation meets opportunity.
などという言い方もされるようです。

篠田さんは「幸運とは準備する者の上に降り立つ」とされていました。

翻訳の分野でもそれ以外の分野でも、数多の先輩方が、よく、「自分は幸運だった」という言い方をされます。たぶん、最初の1歩を踏み出した時は、「その時ちょうどその場所にいた」という幸運が味方した部分はあるだろうなと思います。
でも、それを一瞬の幸運で終わらせず、継続した受注の確保や仕事の拡大や目標の実現に繋げることができたのは、やっぱり、皆さん、それまでに、それなりのpreparationをなさっていたからなのであろうと。なので、若い方は(あまり若くない方も)、掴んだ幸運が一瞬で逃げてしまわないよう、日頃からpreparationなさってください。私も、未だに継続のためのpreparationの日々です(でも夏バテでだれ気味の今日この頃)。

努力しても報われないことは多々ありますが、
努力しなければ何も始まらない。
その努力が人生の別の時期に別の場面で役に立つかもしれないし。

9月1日ということで、ちょっと真面目モードになってみたりなどしました。
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2012.09.01 22:36 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(2) |