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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

というカテゴリを作ってみたりなどしました。

(医薬)翻訳について「伝えたいこと」のカテゴリ、というイメージです。

ふた親を送り、自分も50の大台に乗った昨年の後半、家族の状況やら自分の体調やら、つらつらと考えることが増え(誰かの体調が特に悪い、という訳ではありません<念のため)、「あとどれくらい仕事を続けられるか分からんよなあ」としみじみした時、初めて「自分の経験&そこから得たものを次世代の方々に伝えておく」ことを考えました。

と言うと偉そうですが。

私は、もともと、そんな風に改めて「伝える」ということは苦手なのです。
決して出し惜しみする訳ではなく。
なので、自分の経験しかお話できないと思うのですが。

読んでみて、「そこ、頂き♪」な部分があれば、
遠慮なく断りなくナンボでもかっさらっていってください。

ただ、明日から即お役立ち的な実用的な情報はないかなと思います。
自分が長い時間を掛けてコツコツ試行錯誤したり考えたりしてきたことなので。
そういう「実際的役立ち情報」は他に書いて下さっている方がたくさんおられますし。

もちろん、そういう「コツコツ」法がよい、という訳では決してありません。
ただ、自分の性格や家族構成やその時々の家族や自分の状態には
あっていたかなと思います。

その方法が、性格も立ち位置も家族構成も異なる方に
そのまま役立つとは思えませんが、
参考にして頂ける部分はあるかもと。

でも、自分自身の立ち位置さえ時と共に変化していく訳ですから、
翻訳者になるための勉強、翻訳者として仕事を続けていくための勉強は、
その時々の状態に合わせて微妙に修正していくべきものなのでしょう。
要は「こんな翻訳者でありたい」の部分が変わらなければよいのだと。
自分自身も、まだまだ試行錯誤中です。

これまで、書いてきた内容と一部被る場合もあるかもしれませんが、
「あれ以前も読んだし」
という奇特な方がおられましたら、軽く流しておいて頂ければと思います。

そんな訳で、まだ大雑把なイメージしかない「伝える」ですが、
たま~にこちらのカテゴリでの記事も書いていけたらと思います。
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2013.01.13 22:58 | 伝える | トラックバック(-) | コメント(0) |
喪中葉書を出したにも関わらず、
このお正月は思いの外多くの方から年賀状を頂きました。

朝日新聞の「声」欄(読者投稿欄)に掲載された、
「喪中葉書に返事を書こう」という記事の影響もあったのかなと思ったり。

正確な内容は忘れましたが、
投稿者の方がご主人を亡くされた後(つまり喪中)のお正月、
「喪中葉書を貰ったけれど、1人のお正月は淋しいと思うから」
と心温まる年賀状を貰って大変嬉しく思ったので、自分もそのようにしようと思う
というような内容だったと思います。
うろ覚えなんでちょっと間違っているかもしれませんが。

「喪中葉書を頂いたけど送ります」
と始まって近況報告をして下さった元先輩、
正月の間につくように普通葉書で連絡をくれた駐妻時代の友人、
少しの気遣いが嬉しかったです。

「あけましておめでとうございます」の印刷文字の隣に、
寂しいですね、と書き添えてあった葉書は、正直「ビミョー」でした。
(「おめでとう&寂しいね」は正直ちょっともやっ)

喪中葉書を出したけれど普通に年賀状を下さった方々もおられて、
その扱いにはちょっと悩みました。
「喪中葉書に返事の年賀状を出そう」的に下さったのか
喪中葉書をはっきり確認せず普通に年賀状を下さったのか、
判断に迷ったからです。
後者なら、返信がないことを気に掛けられては申し訳ないので、
「いや実は喪中でして」と寒中見舞いを出さなまずいやろ、
と考えてしまう私は、最早化石的に古いのかな~と思ったりもしますが。

結局、そのような方々には寒中見舞いを出しました。

そんなわけでですね。
「喪中葉書に返事を」派の方がもしおられましたら、
「喪中やと分かっているけど出すで」という点を
はっきりさせてあげた方が相手に親切かなと思います。

個人的には、年賀状も「ありがとね」と嬉しかったですが、
「年賀状出さないからクリスマスカードで挨拶するね」
と頂いたクリスマスカードやら、
「昨年は大変だったようですがお元気ですか」
と頂いた寒中見舞いやら、
変則的に頂いた連絡は、
「あら特別に覚えていて下さったのね」
ともっと嬉しかったです。

伯母や母の喪中の時のそんな経緯もありまして、
私は、喪中葉書を頂いた親しい友人には、
クリスマスカードを送るようにしています。

が。

今年は、こちらも喪中で、
「あの人にもこの人にも、クリスマスカードで挨拶しなきゃ」
という方が結構な数に上ってしまい、
毎年クリスマスカードと誕生日カードを交換する
大事な友人への非変則的クリスマスカードを失念してしまったのでした。
(喪中葉書で1回住所を書いたので、書いた気になっちゃったのよね~)
というわけで、彼女からのカードが届いてからハッと思い出し、
急いで「ごめん~、忘れとった~」と電話したのでした。

このあたりが、旦那に「最終的に抜けてる」と言われる所以かと思います。
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2013.01.11 19:28 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(0) |
普通の本
「How to Report Statistics in Medicine」
「Medical Biochemistry」(Mosby)

の3本立てで、目標は1日15分。
まあ、15分に満たないことの方が多いですが。

「普通の本」というのは、小説とかエッセイとかって意味です。
一時、テキスト系の音読しかしていない時期もあったのですが、それを続けていると、英会話のレッスンの時にすらっと言葉が出て来なくなってしまって、「こりゃいかん」と普通本も音読に追加しました。音読は筋トレみたいなもので、(ほぼ)毎日これをやっていると、確かに口や舌が、あまり苦労せずに英語モードになってくれるような気がするのですが、実際の筋トレでも適切な筋肉を鍛える必要があるように、英会話的筋トレでも適切な筋肉(?)の訓練が必要なのだなあと、妙に納得したのでした。ということで、「Snow Flower and the Secret Fan」(Lisa See)(一時帰国したお友達から頂いた、19世紀中国が舞台の小説です)を読了したので、次は、既読のフィギュアスケート関連図書に戻る予定。


「Medical Biochemistry」は半音読、半黙読状態。化合物や酵素の名前が延々続く時は、ただでさえ少ないやる気が完全に殺がれるので、黙読に切換えます(そして眠気に襲われる)。本来は「読みながらノートを取りながら理解しながら」ゆっくり進むべき本かなと思いますが、以前1回それをやっているので(その割りにこの忘れ振りはどうだろうと愕然とするSayoであった)、音/黙読で、「あ~、そういえば、こんなことやったっけ」的に思い出せればいいかと思って読んでます。「明けて2012年」という記事の最後の方で、本書の音読については、「(2012年中に)3分の1くらいで討死しそうな気がする」と書きましたが、実際は、5分の1くらいで討死したのでした。前途多難じゃ。


「How to Report Statistics in Medicine」は、「統計のお仕事でお世話になる辞書」でちょっと触れたことがあったかなと思います。翻訳書も出ています。購入して、たまに仕事の調べものに使うくらいで満足していたのですが、今通っている治験の講座で、統計に関する課題も出てくるので、「ほんじゃ、この機会に読んどくか」と始めたものです。普通に読もうとすると、どうしても「勉強する」感じになってしまって、仕事や他の雑事で忙しくなると、ついつい片隅に追いやって、そのままにしてしまうので<あくまでも自分の場合ですが(聞流しと音読は、自分の中では最早生活の一環で、「勉強している」感が全くないのでした)。それができるくらい、地の文は平易な英語です(原書のテキストは、ホント、平易な英語で書いてくれているものが多いと思う)。

この本は、タイトルが示すとおり、統計を含む報告書(概ね論文と思いますが)を書こうとする研究者、編集者、レビューアを対象に、「統計の報告はこんな風にしなさいね」ということを書いた本なので、読者は基本的な統計関連の知識があるということが前提です(なので、たぶん、この後苦労すると思う<まだ60ページくらい)。治験翻訳の講座で役に立つかな~と思ったのですが、講座の課題は、主にICHのE9とライフサイエンス辞書の共起表現とGoogleで乗り切り、結局この本のお世話にはなりませんでした。

仕事ではたまにお世話になります。何しろ、英語が平易なので、少しマイナーな統計手法についての説明が、日本語より分かりやすかったりするのです(その後、「訳語を決定する」作業をしなければなりませんが)。(念のために書いておきますと、製薬関係は分かりませんが、医療機器だと、論文のみならず試験報告書でも「解析にはこれこれの統計手法を使用した」的に統計に関する表現が登場することが時々あります<それが見知らぬ統計手法だったりするのよね~)

最後に、「Intent (intention)-to-treat」の、各書籍(の用語集)の説明を記載しておきますので、何がしかの参考にして頂ければと。説明ちょっと長いですが。

AMA Manual of Style (9th ed.)

Intent (intention)-to-treat analysis:
Analysis of outcomes for individuals based on the treatment arm to which they were randomized, rather than which treatment they actually received and whether they completed the study. The intention-to-treat analysis preserves the process of randomization and should be the main analysis of a randomized trial. (P.550)


ICH E9 Glossary

Intention-to-treat principle:
The principle that asserts that the effect of a treatment policy can be best assessed by evaluating on the basis of the intention to treat a subject (i.e. the planned treatment regimen) rather than the actual treatment given. It has the consequence that subjects allocated to a treatment group should be followed up, assessed and analysed as members of that group irrespective of their compliance to the planned course of treatment. (ICH E9: STATISTICAL PRINCIPLES FOR CLINICAL TRIALS P.34/35)


How to Report Statistics in Medicine (2nd. Ed)

Intent (intention)-to-treat analysis:
A primary strategy for analyzing the results of randomized controlled trials. Patients are analyzed with the group to which they were assigned, whether or not they completed the treatment given to the group. Medical necessity sometimes precludes patients from completing the trial as planned, but because patients may leave the study because of the treatment under study, the results are first analyzed on the basis of the intention-to-treat. Additional analyses are often performed to adjust for patients who do not complete the trial as planned. In contrast to on-protocol or per-protocol analysis, in which only patients completing the planned protocol are analyzed. (P. 413)

うっ、今日も力作(←自分に酔っているようですが、単に書写が長いだけです)。
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2013.01.08 19:28 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
・・・の声も白々しい今日この頃のような気もしますが。

かつてなくbehindなスケジュールに
「今回こそはもう駄目なんじゃないか」
と半分観念した年末年始でした。
今もまあヤバいんですけど、
「もしかしたらできるかも」状態まで漕ぎ着けたのでした(感涙)。

そんなわけで。

当然「紅白歌合戦」も導入部とフィナーレのみで、
「ゆく年くる年」後再び仕事に戻り、
1日の初詣には這うようにして出掛けましたが、
(一瞬、「パスしたる~」という悪魔の囁きが耳を過りましたが、
それをすると、たぶん家族の誰かが体調を崩す度に
「あの時初詣に行かなかったから」と不要な後悔するに決まっていますので)
2日の旦那実家訪問は、肩凝り頭痛がついに胃腸まで到達したため
(つまり、吐き気に降伏したってことです)
ついに断念しました(旦那本体はアレコレ指示して送り出した)。
その日は、「旦那実家に行ったと思って」半日寝倒しました。
夜、頭痛薬も効いたようで多少復活し(ともかく吐き気が消えて大助かり)、
義母に「ご心配をお掛けしました」電話をしましたが、
本人も頭痛持ちの義母にはいたく同情して頂いたのでした。
(まあ心の中では「Sayoさん、そんなにガツガツ仕事せんでも」
くらいは思ってらしたとは思いますが)

そんなこんな私の今年の抱負その1は、

健康第一

であります。まあ、正月早々、全く説得力ありませんが。

「身の丈を超える仕事は受けまい」で来ていたはずだったんですが、
でもって、(言訳ですが)お引受けした時の「さくっと出来上がり換算」では、
正月2日くらいはゆっくりできる計算だったのですが、
様々な用事が入るわ言うたはる内容分からんわで、
毎日少しずつbehindしていった積重ねの結果がコレです。
これまで大きい仕事は少なかったというのは言訳になりません。
まだまだ修行が足りません。お恥ずかしい限りです。

今回のお仕事は、小さなファイルが寄り集まった大型案件だったので、
1件1原稿の「贖罪案件」よりはラクかなあと思ったのですが、
これはこれで、新ファイルになる度に調べ直さなければならないことも多く、
また別の難しさがありました。
そんなわけで、(自分の中での)処理量・お引受け量については、

現状維持

でいこうと改めて決心したのでした。
もちろん、知識の習得を怠っていては、
維持どころか後退するばかりですから、
今年も亀の歩みは続けたいと思います。

そして次の抱負ですが
(って最初の2つは抱負でも何でもないじゃんという説もありますが、
そこは、取り合えず流しておいてやってください)、

Every day is Gift.

これは、駐妻していた時に、ボランティア先のBossが言った言葉です。
Boss自身も東欧からの移民で多少英語がアヤしいところもありましたので、
正しい表現なのかどうか分かりませんが(Googleではヒットしますけど)。

その言葉が発せられた状況はこんな感じ↓

当時一緒に仕事をしていた年配女性スタッフ(ボランティアではなくPaid Staff)が、突然仕事を辞めることになりました。聞けば、お医者様から「(前から悪かった)心臓の状態が悪化したので、今後あまり激しい運動はしないこと」と勧められたとか(←私の英語の理解はちょっとアヤしい)。仕事を辞めろとは言われなかったようですが、そのスタッフは、家にいて家族や孫たちともっと長い時間を過ごしたいと退職を決めたということでした。「彼女にとっては、これからの1日1日が(神様から与えられた)贈りものになるからね」という「Every day is gift」でした。

正直「しんどいぞおおっ」と叫ぶことも多い翻訳という仕事ではありますが、
(でもって、その原因は自分にあったりするのですが)
仕事のできるEvery day is Giftであることを忘れず、今年も仕事に励みたいと思います。
今年も365日、Giftな日々が続きますように
(別に365日仕事をしたいという訳ではありません<念のため)。

さらにですね。
年を取りますと、アレコレ考えても、最後は結局ここに辿り着くのですが、

平穏無事

・・・って、だからそれも抱負でも何でもないし(<自分)

そんなこんな新年の抱負もユル~い「屋根裏通信」でありますが、
訪ねてくださる皆様、今年もどうぞ宜しくお願い致します。
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2013.01.05 23:34 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(2) |