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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

の話の前にですね、
翻訳者的Sayo的立ち位置の話を少ししておきますと、工場派遣翻訳者としてこの仕事の端っこに「はしっ」としがみついた時、私は、1年半ほどの通信・通学一般文芸書翻訳(英和訳)講座を終了していて、TOEIC 730点(そこで停滞)、英検未保持(今も未保持)、英語は読めて(多少は)書けるが聞き取れず喋れない、海外脱出1週間の旅を3回くらい敢行済み、翻訳者として自活したい気満々の状態でした(20年くらい昔<遠い目)。
その後、縁あって旦那と結婚し、在宅翻訳→旦那海外赴任帯同にて中断→在宅翻訳→介護で殆ど休眠、という状態を経て、ほぼフル稼働の今に至ります。
派遣翻訳を開始した当初は、基礎力の底上げを図ることには、あまり注意は払いませんでした(毎日必死でしたし、忙しい職場で残業もかなりあったので、正直、疲れて勉強する気になりませんでした)。結婚~海外赴任までの2年間は、和訳ばかりでしたが結構な量のお仕事を頂き、「ぴったりの日本語に訳す」という作業がただただ楽しく、「翻訳」というものについて、あまり考えたことはありませんでした。
海外赴任帯同で仕事を中断した時、初めてしみじみと、「5年後(当初5年の予定だった)、翻訳者として力を付けた状態になっているためには、何をすればいいんだろう」ということを考えました。
「自分はどんな翻訳者でいたいんだろう」と考るようになったのは、ここ2、3年です。
自分自身、多少OL時代からの預貯金がありましたし、何より家計的大黒柱の旦那がいましたので、こと「翻訳の勉強」に関して言えば、金銭的な心配をせずに「自分のためにどうしたい」という視点から、物事を考えることができ、その点大変幸運であったと思います。


ということで、やっと、本題の「英語力」に入るのだった。

えーと、ここでいう「英語力」とは、「大抵の文章を、ざっと読んで大意を取ることができる力」くらいの意味です(つまり「多読」で「精読」は含みません)。

これは、専門知識の習得についても言えることですが、「英語力、ここまでできれば完璧」ということはないと思います。それは「英語できます」と言う時の、(個人的主観的)「できます」レベルとちょっと似ているような気がします。
TOEICや英検といた資格は、派遣翻訳&直請けも視野に入れた場合は、アピールポイントのひとつにはなりましょうが、個人的には、これまで、それらの資格を持たないがために損をしたということはありませんでした。

で、「英語力」ですが。

今年1回目の英訳の講座の余り時間に、講師先生から、「とにかく英語に触れる時間を作って英語力の底上げを図ってください」というお話がありました。そうやって、自分の身体に蓄積したものが、将来の英訳時に必ず役に立つ、感覚的に「この言葉の方が適切」ということが分かってくるから、というような趣旨でした。TVドラマでも映画でも小説でも雑誌でも、とにかく自分が興味を持てるところから入ると長続きするから、とにかく出来るところから始めて続けなさいとのこと。留学して言語学を修められた先生の言葉ですので、説得力がありました。
そういえば、私も、多読はシドニー・シェルダンとかフィギュアスケート関係の本から入ったよな~、と懐かしく思い出したりしたのでした。

英語力がそう高くなくとも、もちろん翻訳者として仕事を始めることは可能と思いますが、その後は、仕事を辞めるまで、英語力の底上げを図り、それを維持する努力が必要と思います。少なくとも、それが私の目指すところです。

Japan Timesの編集長の方でしたか、以前、英語を使って仕事をするには、最低でも、積み上げた時に自分の身長と同じ高さになるだけの洋書を読まなければならない、というようなことを仰っていました(うろ覚えなので、ビミョーに違っているかも)。
そうやって考えてみた時、私は、趣味の本・小説・テキストすべて含めて、(仕事は別として)自分の身長の5倍くらいの洋書は読んだと思います(「聞流し」も2分の1として計算に含めるというズルをしました+周りに概ね洋書しかないという環境に6年間放り込まれたってこともありますが)。それでも、ミステリ集などは、一読して「???」なことも多々あり、まだまだだなあ、と思う今日この頃です(それとも、そもそも英語的感性が低いのか<自分)。

講師先生は、「英訳力をつけるために」ということでお話して下さったんですが、多読でちょこっと底上げしたMy英語力は、和訳でも役に立ってくれています。
まず、とにかく読むのが早くなる。そして、ざーっと読んで、取り合えず大意が取れるようになる。仕事で遭遇する文章が「???」なミステリ並みに難解なことはまずありません(不慣れな分野or専門的で難解、てことはありますが)。多読にも、多分筋トレ的要素があると思います。
この多読で身につく速読は、和訳の調査時にも役に立ちます。日本語でコレという資料がない時は英語の元資料に当たり、時にはそれを元に訳語を決定することもしなければなりませんし、FDAやASTMなどの規格/通達番号が示されていれば、その規格や通達の内容もさらっと確認しておく方が、安心して仕事に掛かれます。
さらに、実際の仕事では、非ネイティブの書いたなかなかスゴい英語に出会う可能性もありますから、文法を類推(?)したりスペルミスなのかそうでないのかを見極める能力も必要になってきます。そういう勘が養われるということもあります。
これらも、ある意味での「翻訳速度の向上」だろうと思います。年単位の時間が掛かりますけど。でも、ですね、たとえば10年翻訳の仕事を続けると考えれば、3~4年でそのレベルまで達することができれば、十分じゃないでしょうか。

講師先生の仰るように、「好きなところから始める」ことは大切だし長続きする秘訣でもあろうとは思いますが、それは「普通に英語を学ぶ」場合のこと。翻訳者としてきちんとやって行きたいなら、最初は「好きな分野の本を読む」から始めても、ある時点からは、様々な文章(概ね仕事をしたい分野に近い感じのきちんとした文章)をがむしゃらに読む必要があるのではないかと思います。それくらいの差別化を図って初めて、プロとして胸を張って「これだけの対価を頂きます」と言うことができると思うのです。

講師先生は、「楽しくやらなければ続けられない」と何度も仰っておられましたが、それは、生徒である私たちのヤル気を挫かないための配慮で、本当に仰りたかったのは最後に付け加えられた次の言葉ではないかと思います。いや、私の深読みかもしれませんが。
「こちらはプロなわけで、お金を払っても翻訳してほしいと思って貰わなければ駄目なわけですから、普通の人と同じことをしていては駄目です(細部は間違っているかもしれませんが、だいたいこんな感じです)」

かなりドキッとするひと言なのであった。


このカテゴリの記事を書くのは、めちゃしんどいということが分かりました。
ので、次は又今回の傷(?)が癒えた頃に。
エラそーなことを言っているSayoも、まだまだ道半ばであります。
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2013.01.16 16:05 | 伝える | トラックバック(-) | コメント(6) |