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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

を始めたのだった。

ユルい繋がりの翻訳者さんたちの集まりの末端にぶら下がらせて頂くことになり、Facebookで立ち上がったその集まりのグループに混ぜて頂くためにFacebook始めましたというのが正直なところ。

こういったものに疎く小心者の私は、メールが来たといってはおたおたし、お友達申請を頂いてはおろおろし、「いいね」ボタンを押すだけでどきどきしている体たらくなのだが、確かに、多人数のグループのメンバーに情報を周知したり、催し物に参加者を募ったりという場合には、なかなか便利なツールだと思う。

実はFacebookのアカウント自体は2年ほど前から持っていた。
その頃海外に赴任することになったかつての勤め先の後輩が、「Facebookの方が連絡取りやすいですし、友達申請して貰えれば僕の日記も見れますから」と勧めてくれたものなのだが、アカウントを取得してログインした瞬間に、Facebookさんから、たくさんのFacebook利用者について、「この人は知り合いではありませんか?」と尋ねられ(確かに殆どが多少は知っている人ではあったのだが)、「なぜにお前(=Facebook)がソレを知っている?」と怖気づいてしまって、そのままにしておいたのだった。
そのアカウントが、今になって役に立つとは。
んなわけで、件の後輩とも2年の時を経て、無事に繋がることができた。そしたら、その友達の中に旦那の会社での後輩がいたというオマケまで付いてきたのだった。旦那とSayoの後輩は、いちおー顔見知りではあるけれど、全く接点はない。本当に、人間悪いことはできないのだ~(してませんけど)。

他の方たち(時にはそのお友達)が書かれたり紹介されたりした記事を読むのは楽しいし、ついつい高校大学会社員時代の友人探しに時間を費やしてしまったりもするのだが、「自分の情報もそうやって見られている」と思うと怖くなったりする。こちらから発信することを考える場合、「見られる」ことを意識して使った方がいいツール(<取り合えず自分としては)かなと思う。もう少し肩の力を抜いてもいいのかなという気もするけれど、まだ肩の抜き具合がよく分からない小心者の旧石器時代人Sayoなのだった。
そんなわけで、今のところ、Facebookは静観という感じ。主にグループ関連の情報を閲覧するという使い方に落ち着いている(グループに投稿があると、メールで通知が来るので)。自分の代わりに文明の利器全般に対応してくれるドラえもんのポケットがほしいSayoなのだった。
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2013.02.10 20:52 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(8) |