屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

最近、このブログを読んでくださる方とお会いする機会が増え(注:過去の当社比)、「ブログのイメージと違う」と言われることが何度かありました(う~む、それは「まいどです~♪」のイメージでしょうか)。

逆に、リアルにお会いしたことがない方の中には、「悟りを開いた人」のように、間違って過大評価してくださる方もいらっしゃるような感じです(特に、「両親のこと」カテゴリから入ってくださった方<ほぼ隠者状態ですが決して仙人ではなく、人生「諦め」に入った部分は多いかもしれませんが、まだまだ悟りにはほど遠く、捨てても投げてもいなくて、日々足掻いてます)。

仕事の内容に関わることは、守秘義務もありますし、どこでどなたにどんなご迷惑をお掛けするか分かりませんので、一般化したり微妙に内容を変えたり書く時期をずらしたりはしていますが、それ以外は、とどでぞうあざらしな旦那も含め、思うこと考えることを正直に書いています(母とのことだけは、淡々と書こうとしても、どうしても微妙に「言訳」と「正当化」が入ってしまい、「私は悪くない」寄りの記事になっています)。

「悟った人」のように勘違いされるのは、たぶん、自分の中で取り敢えずの結論が出るまでは、記事にしないからだと思います。足掻いたり悩んだり、の間は、様々なことをきちんと文章化できないというところが大きいのですが、「格好よくない部分は極力見せたくない」という昔からの性格も関係しているようです。昔は「ええ格好しい」で「何もかも完璧じゃないと駄目」なところが強くて、それで苦しい部分も大きかったのですが(特に母娘関係)、そこを超えて駄目な自分を認めてしまうと、色々な部分で楽になり、割と気楽に(注:自分比)ブログも書けるようになりました。
それでも、今後の仕事の展開の仕方や日々の生活のあれこれで、「こう」と決めかねていて、或いは決めた積もりがふらふらしてしまい、まだブログに書けないでいることもたくさんあります。
今はもう通り過ぎた感はありますが、苦しかった時期(再度注:自分比)には、賃貸住宅であるにも関わらず、投げたり叩いたりと様々な箇所を破壊し(・・・て、どんだけ怖いヤツやねんて話ですが)、旦那には「退去時に足らん分は自分で払え」と宣言されています。そんなわけで、退去時に敷金で賄えない修理代を払うため(?)毎日あくせく働いています(??)。まあ、そんな訳ですので、決して、悟った人でもできた人でもありません。あ、分かってたですか、スイマセン。

淡々と1人でぼけてつっこみ、「最初から飛び道具使わんか~い(怒)!」とぎーに駄目出し(?)するのも(「そんな季節になりました」の記事を参照)私だし、意思の疎通できなくなった父の「生きる意味」に思いを馳せるのも私です。振り幅が大きいかもしれませんが、まるっとSayoと捉えて頂けると嬉しいです。根は真面目です(たぶん<となぜ付け足す<自分)。
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2013.03.30 00:40 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(10) |
CD BOOK聞流し終了。
以前記事にした5巻モノClifton Chronicle「Only Time Will Tell」の続編です。

前の記事でも書きましたが、粗筋は、Wikipediaさんがうまくまとめて下さっていますので(英語ですが)、そちらをご参照下さい。
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Sins_of_the_Father_(novel)

前作では、主人公Harryの誕生~19歳まで(1920~1939年)を扱っていましたが、本作では1939~1945年の6年間が描かれます。前作のラストでは、皆のためによかれと思って名前を騙ったTom Bradshawが、実は兄弟殺しで指名手配中だったことから、Harryがアメリカ上陸と同時に逮捕されるところで終わるのですが、本作も、「で、これからどうなる?」的に終わっていました。ヒキが上手いね~(でも、第3巻「Best Kept Secret」は4月発売なのだ<Kindle版は既に発売済み)。

本作でも、様々な登場人物の視点からストーリーが語られます。前作では、同じ時に(ほぼ)同じ場所居合わせた登場人物によって、異なる角度から同じ事件が語られることが多く、全く違った視点から1つの同じ状況が語られていたり、別の登場人物視点の語りではさらっと流されていた部分が伏線回収的謎解き的に詳しく語られたりする面白さもあったのですが、本作では、登場人物の活動範囲が大陸やアメリカにまで広がってしまったため、普通の3人称ストーリー状態になってしまい、前作のような謎解き的面白さはなくなってしまいました。

それでも、ストーリーは十分面白かったです。ツッコミ入れたくなる場面もありますが、それでも、Jeffry Archerは、稀有なストーリーテリングの才能を持った作家だと思います。それから、これは好みの分かれるところかもしれませんが、基本は「勧善懲悪」なので、主人公たちがどんな苦難に出会っても、「でも最後には逆転♪」と安心して読むことができます、たぶん(個人的には「英国流水戸黄門」と読んでいます)。「たぶん」としたのは、全作品を網羅しているわけではないためで、特に他意はありません。

前作では、一押しのキャラだったOld Jackが物語の終盤で亡くなってしまい、悲嘆にくれたSayoですが、本作でも、結構気に入っていた2人の登場人物が途中で亡くなってしまい、「私の好きな人は、皆こうなる運命なのね~」と、またまた悲嘆に暮れております。主要な登場人物は、良くも悪くも多少定型的なところがありますが、彼らのような一過性(?)の登場人物は、もう少しキャラが濃い場合が多く、より心に残るのかなと思います。特に、Harryの収監時のCell inmateだったPat Quinなんかは、もの凄く乱暴な括りでは「お笑い担当」的な位置付けで大好きだったんですけど、亡くなる場面もきちんと描いて貰えていなくて、とても不憫だったのでした。

何とももやもやしてしまうのは、異母兄弟かもしれないHarryとEmmaが愛し合い(これは知らなかったことですし、ストーリー上もここから話が大きく動くので仕方がないことなのですが)、子供まで設けたことに対して、家族も世間もとても寛容なこと。確か、「チェルシーテラスへの道」では、主人公夫婦の一人息子(実は他の男性との間にできた子供)が、愛する相手が異母妹であることを知り、絶望のあまり自殺するという場面があったような気がするのですが。い、いいのか、これで、と思う私も、慣習というか因習というかに囚われているのかもしれませんが。同じ著者の作品であるだけに、個人的に、ちょっと「?」と思ってしまう部分です。
「Best Kept Secret」では、HarryとEmmaの息子Sebastianと、異母何たらを外してしまえば「伯母甥」の関係にあたるJessica(しかも伯母さんの方が年下だし)が、兄妹として育てられるようになるらしいのですが、この2人の関係にもまたひと波乱ありそうな予感です。

前作が面白かったので、本作で前作比の「面白度」が低下したらどうしよう~と思ったのですが、とても面白かったです。主人公たちがまだ若く「人生これから」で全てにおいて勢いがあるのが、痛快であり、羨ましくもあり、懐かしくもあり(しみじみ・・・とずずっと日本茶などすするSayo婆なのだった)。

てことで、「Best Kept Secret」の粗筋を先取りしたい方は、こちら↓から。
http://us.macmillan.com/bestkeptsecret-1/JeffreyArcher
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2013.03.28 16:53 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |
普通は桜の画像が来るところでございますが。

ぎー





単数Goose、複数Geese

我が家ではそう呼ぶのさえ面倒臭い旦那とSayoにより「ぎー」と略される、鵞鳥さん一家。こいつらは、1年中そこいらへんに生息していましたので、渡りものではないと思われます。

「こいつら」呼ばわりするのは、「こいつら」は、駅前広場の鳩同様、ちんたら歩いて「簡単に捕まえさせてあげるわよ」オーラを撒き散らしつつ、最後に飛び道具を使って逃亡するからです。ほんなら、最初から飛べっちゅうねん。

とはいえ、「子ぎー(Gosling略語)」はやっぱり可愛いし、「ぎー家ご一行様」が道をお渡りになる時は、どんなに急いでいても快く停車してあげようという気になります(皆さんも、苦笑しつつ快く停車)。日本でも、地域により「鹿飛び出し注意」「たぬき飛び出し注意」などの看板が上がっていますが、アメリカでは、住宅地の真ん中の生活道路に「かもご一家様渡ります(親がもの後ろに子がもが2羽)」(←と言う看板名は私がつけた)が立っていたりします。大らかじゃの~。旦那は、早朝、ゴルフに出掛ける時、片道3車線の幹線道路を「かもご一家様」が渡るのを、しっかり見届けたことがあるそうです。

で、その「こいつら」ですが、一説によると、一生涯同じ相手と添い遂げるんだとか。「子ぎー」付きの「こいつら」は「ジュラシックパーク」のラプトル並みに怖いですが、そういう話を聞くと、許したろかという気になります(<というか、そもそも何を許す?<自分)

先日は、タイムリーな話題が、各所で波紋を呼びまして(?)、年度末のこのくそ忙しい時に、皆様の貴重なお時間を拝借してしまいました。せめてものお詫びでございます。
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2013.03.23 16:28 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(10) |
先日、女性翻訳者の方々の集まりがありました。
例の、「名刺デビュー」の集まりね。
快く名刺を貰ってくださった皆さん、ありがとうございました。

その時に、その会に参加する方々から募った様々な質問からの抜粋をQ&Aアンケートにしたものに記入致しました。大方は、1日何時間くらい仕事をするのかとか1日平均処理量とか、私の出す数字は、ホント参考にならんよな~と思ってしまうような質問だったのですが(仕事は遅いしだらだら仕事するし、フィギュアスケートの時期はそもそも使い物にならないし、なヒトですから<一応、正直に答えておきました)、その中に、「う~ん」と考え込んでしまった質問がありました。時間もあまりなかったので、ささっと書いて提出したのですが、全然書き足りなかったと思いますので、思うところをこちらにて補足。

というわけで、今日も、実用情報全くなく、我が道を行く屋根裏であります。

その質問は、「翻訳の仕事の醍醐味は? 何が楽しくて翻訳を続けている? 翻訳していて一番面白い!と思えるところは?」というものです。

この質問に答える以前に、まず「醍醐味」の理解があやふやでしたので、「広辞苑」様にご教示を仰ぎましたところ、「深い味わい、本当の面白さ」という回答を頂きました。

・・・本当の面白さ、ねえ・・・

「何が楽しくて」と言われれば、正直、即物的ではありますが、「自分の力で何がしかのお金が稼げるのが嬉しい」という部分は大きいです。あ、これは「楽しく」ではなく「嬉しく」ですね。
そうして、しみじみ考えてみると、「楽しい」と思いながら仕事していることはないような気がします。どちらかと言えば、常に納期様に首根っこをむんずと掴まれておりますんで、正直「苦しい」・・・かも・・・
仕事のない日々が少し長く続くと、「早く仕事ほしいなあ」と思うようにはなりますが、それは、「楽しみを待つ」という気持ちではなく、「自分の仕事はもう評価されないのではないか」という不安感から来るもののような気がします。
決して誤解しないで頂きたいのですが、私は、翻訳という仕事が好きです、たぶん。「たぶん」と言うのは、毎日「納期までに終わるかな~」とため息つきながら机に向かい、お天気のいい日は「ああ外出したい」と空を見上げてため息をつき、夕方郵便物を取りに出て「おお、これが今日初めての外出」と自分に感動する日々は、決して「楽しい」ものではないに関わらず、(期間だけは)長い間、この仕事を続けているからです。だから、たぶん、好きなんだろうなと。

大きなお仕事の打診を頂けば舞い上がりもしますし、直訳するとどう読んでもおかしな日本語にしかならない原文から、意味は違えず「これ」という日本文を導き出すことが出来た時は、ガッツポーズのひとつもしたくなりますし、厳しい納期にそれなりの品質で対応できた時には爽快感がありますが、それらの一つ一つは、一過性の小さな喜びであり、「醍醐味」という語から感じられる「何か大きなモノ」とはちょっと違うような気がするのです。

あ、身体の反応や機械の仕組みなどが「こうだからこうなる」という過程が理解できるのは、「面白い」と感じられる部分ではありますが、それも、「仕事なのでしつこく調べた」結果得られるもので、納期の掛かった仕事でなければ、同じだけの集中力と同じだけのしつこさで物事の調査に当たることはないような気がします。

というわけで。

醍醐味 → よく分からず。
何が楽しくて → 特に楽しい日々ではないが、仕事なので。
一番面白い!と思えるところ → よく分からず。

という、質問者の方の気を挫くような愛想ない回答となりました。その結果を2行に凝縮したので、アンケートの回答はさらに愛想のないものとなっているかと。まとめてくださる方、すいません。

それでも、辞めなければならない「その時」が来れば、私は身を切られるような辛さを感じ、心の隙間を埋めてくれる別の(「コレ」と自分で認められる)何かを手に出来るまでは、身体がどんなに忙しくとも空虚な日々を過ごすと思います。私にとって、翻訳とはそんなものです。なんだ、定年後のおやじじゃん、とフと思ったりしたのでありました。

***

最後になりましたが、「屋根裏通信」のデフォルト(?)の挨拶「まいどです~」ですが、これは、OL時代に、取引先のおっちゃん達(←当時の自分比<言わんでも分かる<自分)の「まいど」攻撃を浴び続けたSayoのデフォルト挨拶であり、決して、ご訪問下さる皆様に「まいどです~」を強要するものではありません、念のため。ご参考までに、「まいど」は「い」音が一番高く強くなるような感じで発音し、最後は「まいどっ」とぴしっと切る感じで勢いよく終えるのが、おっちゃん達の流儀でありました。それでは皆さん、ご一緒に~(以下自粛)。
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2013.03.18 19:02 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(10) |
を作りました。
「翻訳者オフ会」の記事でも書いたように、私はこれまで名刺というものを所持しておらず、皆で名刺を交換した時にビミョーにご心配をお掛けしてしまって(<と勝手に深読みしただけかもしれないのですけど)、次に翻訳者の方たちとお会いする時までには作っておこうと決心したのでした。

ずっと「名刺なくてもいいや」と思っていたんですけど、外に出る機会が少しずつ増えて来ると、「そうも言っていられないかな」とちょっと考えも変わってきまして。

名刺を作らずに来た理由はいくつかあるのですが、一番大きな理由は、「特に必要なかった」ということ。これまで登録した翻訳会社さんとは、最初の登録時から今に至るまですべてメールと電話のやり取りのみですので、翻訳会社さんがらみで名刺を必要とすることがなかったのです。また、昨年一念発起して通学講座に通うようになるまでは、セミナーだの講座だのに出席しようという意欲(というかエネルギー)もなく、同業者の方と直にお会いする機会もなかったのでした。もちろん営業意欲もなく。つまり、まあ、「面倒臭い」がまかり通ってここまで来てしまったというのが、一番当たっている感じです。

他にも2つ3つ。
1つは「今の状態では『翻訳者』を名乗れん」状態が長く続いていたこと。両親のことで仕事をセーブしていた間は、年間収入が50万前後(派遣給与除く)という有様でした。もちろん、それだって立派な収入ではありますが、個人的には「おまえ、何年仕事で翻訳やっとんねん」と思う部分がありまして。(このブログを長く読んで下さっている方はご存知だと思いますが)意外(?)に頑なで完全主義の私は、そんな状態で「翻訳者」を名乗ることが恥ずかしく、従って、とても名刺を作る気にはなれなかったのでした。

2つ目の理由は、自分の覚悟の問題。
名刺は営業ツールですから、それを他人に渡すということは、そこに書いてある事柄に対し全責任を負うということ、というのが頑なな(<しつこい)私の考えです。あくまでも私の考えです<念のため。これまで私は、「名刺を作る」=「直請けもできる」でなければならない、という風に生真面目に考えてきたのですね。もちろん翻訳料金は比べものにはならないでしょうが、「直請け」の場合は、最初の問合せから始まって、見積り、要望すり合わせ、翻訳作業、チェック、編集、商品納品、請求書発行に至るまで、全ての作業を自分の責任で行わなければなりません。私にはとてもじゃないですが怖くてそんな責任は負えないし、正直「翻訳作業だけやっていたい」というのが本音です。

というわけで、ずっと「まず、名刺を作ることなんかないやろ」と思って来たのですが、ここに来て少し考えが変わりました。

まず、自分の方はそれでいいかもしれませんが、(同業者の方にお会いする機会が増えてくると)それでは相手の方に失礼なんじゃないかと思うようになりました。中には「同業者&友達」と呼べる方もいますけれど、仕事の延長、でもないけれど、情報交換だったり何らかの繋がりを求めたり、といった状況でお会いして、(そこから意気投合し「翻訳を離れても友人」関係に発展していく方もいるでしょうが)そのユルい状態がずっと継続していくであろう方の方がずっと多いでしょうから。そんな「仕事を通じた知合い」的位置付けの方には、「私はこういう者です」ときちんと名刺をお渡しするのが筋ではなかろうかと。そこから、お互い、何かに繋がるかもしれません。まあ、私が、どなたかをどなたかに橋渡しできる日なんぞは、永遠にやって来ないと思いますが。

それから、必ずしも「名刺を作る」=「直請けもできる」に拘らなくてもよいのではないかとも。万一名刺から直請けの問合せがあったら、「翻訳会社さんを通してのお仕事しかお引き受けしていないんです」とはっきり言えば、それでよいのではないか。常に(多少の出来不出来はあれ)きちんと翻訳の仕事をしているのであれば、はっきりそのように告げることは、決して恥ずかしいことではないのだと思えるようになりました。

というわけで、名刺作ってみましたよ。
正確には、文房具屋さんで作ってもらったんですけど。
だって、カラー名刺100枚が1980円で出来ちゃうって言うんだもん。喪中葉書印刷時に貰ったサービス券を使えば、実質1500円以下です。しかも、「あーして、こーして、ここはこう」という私の我儘な申し出もほぼ全て聞いて貰えたし(作るからにはこそっと凝りたいヒトなのだった)。

自分では「かんぺき♪」な名刺を注文した積もりだったんですが、やっぱり、「どこか一箇所抜ける」という癖(?)は一生直らないようで、ローマ字の振り仮名を入れ忘れたのでした。ま、私の本名を正しく読めない方はまずおられないと思いますので(おられたらそれはそれで問題)、問題はないかと。100枚この名刺で行きます(というか廃業と100枚掃けるのとどっちが先? て話ですが)。

今週末いきなり名刺を使う機会があるのですが、名刺を持ち慣れない私は、いきなり「名刺を持参するのを忘れました」という大ボケをやらかす可能性がありますので、その場合は、遠慮なく笑ってやってくださいませ。
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2013.03.14 11:04 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(8) |