屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

実家のピアノの蓋を開けてみました。
帰国して1度だけ弾いた記憶があるので、ほぼ8年(以上)ぶり?

ここ数年は隣のエレクトーンも含め、かなりな物置状態だったので、そもそも蓋を開くことすら不可能だったのですが、この冬リビングの片付けに励みましたので、やっとアクセス可能となりました。

どんなことになっているかかなり怖かったのですが、いざ蓋を開けてみると、鍵盤を覆う布にカビが生え、鍵盤が多少べたついており、音が外れた鍵盤がいくつかある以外は、かなりよい保存状態(?)でした。弱音器は壊れていましたが、音はちゃんと出ましたし。

私は、子どもの頃、かなり長い間ピアノを習っていたのですが、「クラシックばっかりで面白くないし」と途中でエレクトーンに宗旨替え(?)し、20代後半まで、YAMAHA音楽教室で習ったり、仕事が忙しくなって止めたり、を繰り返していました。というわけで、自宅には40歳超のアップライトピアノと、YAMAHAエレクトーンHS-8(1990年前頃のいちおー最新機種)が(物置として)鎮座しています。

転勤先のアメリカでも、そのまま家をお借りした前任者の奥様が、「もうウチは誰も弾かないから」とピアノを残していって下さったので、時々弾いたりしていました。アメリカのアップライトピアノは、日本のものより随分背が低く、一見したところはエレクトーンに近い感じです(なので音は悪いと思う)。そのピアノは、後任者のお子さんがピアノを弾かれるというので、「もうウチは誰も弾かないから」と残して帰りました。

というわけで。
開けただけではもったいないので、ちょっと弾いてみたりなどしました。

ピアノをされていた方はお分かりと思うのですが、少し基礎練習を怠けると、すぐ指が動かなくなるんですよね(「基本が大事」というのは、何事においてもそうかと思いますが)。少しどころか、気が遠くなるほど基礎練習をしていなかった指が動くはずはなく、特に右手の薬指・小指あたりの動きは壊滅的でした。

というわけで、暫くの間、PCの前で、指の基礎練習に励むことにしました。
少しお年を召した方なら、「ハノン教則本」という基礎練習の本をご存知かと(今でも、ハノンってやるのかな?)。あれを順にドド、ミミ、ドドド、ミミミと、2連、3連と1鍵盤の打鍵数を増やしていく練習方法です。地味ですが効果的な練習方法ですよん(経験者語る)。
でね、さっき始めて試してみたんですけど、右手の薬指・小指はすでに3連同じ強さで打鍵(正確には打机ですが)できない。ううっ、道は遠い。

でも、やはりピアノは弾きたいわ~と思いましたので。
引退して旦那実家に引っ込んだら、余生にはピアノを含めることにしたのでした。今時のピアノは、消音機能もついているようですしね。賃貸情報では「メゾネットの2階」と呼ばれる「屋根裏」で仕事をせざるを得ない現状では、ピアノを置く場所がないので、楽しみは先にとっておくことにしました。

とりあえず、パッヘルベルの「カノン」が弾けるようになるまで頑張りたいと思います(ピアノ譜をご覧になった方は分ると思いますが、意外に難易度高い楽譜なので挑戦しがいあるわ~て感じです<これをアレンジして歌われたのが白鳥英美子さんの「This song for you」です<これはこれで素敵)
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2013.05.27 14:31 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(8) |
今年も、特に大きな不具合を指摘されることなく、無事に終わったのでした。

とはいえ、昨年も即日医師判定では「奥さんは問題ないですね」とお墨付きを頂いたにも関わらず、3週間後に郵送された詳細結果では、「眼底写真に緑内障を疑わせる所見があるので精密検査受けてね♪」(←眼圧は正常でしたが、そういうタイプもあるようです)というE判定(赤点)を喰らっておりますので、今年もまだまだ油断はできません(昨年書いたかと思いますが、精密検査の結果は異常なしでした)。

本帰国した2004年から人間ドックを受けていますので、ドックも今年で10回目になります。旦那健保組合からは雀の涙ほどの補助金が出るとはいえ、決してお安い金額ではないですし、「受診時に異常がなかったことが保証される」以上の過信は禁物ということも理解していますが、健康安心賃として、受けられる限りは受け続けようと思います。発見当事無症状だったとはいえ、甲状腺機能低下症が発見されたのも人間ドックでしたし。

友人にも、「主婦も自分の身体は自分で守らなあかん」と遺言(?)されちゃったのでね。女性同業者の皆さん、自分のことは何かと後回しになりがちですが、自分のため、家族のために、できる限り毎年健診を受けるようになさってください。


さて。
我が家の人間ドックは、もともと、「会社ではいい加減な健康診断しかして貰えない」旦那のために始めたものです。帰国前の2年ほどは、「そのうち過労死するんじゃないか」と思うくらい働いていて、私は、いつ倒れてもおろおろせずに(?)労災申請できるよう、毎日の出社・帰宅時間、自宅での仕事時間をメモに書き留めていました(ここ2年ほどは、またメモ付けしていますが、正直「これでは過労死と認められんやろな」という感じに休日もあったりして、安心していいんだか何だかビミョーなのだった)。

という訳で、帰国した時、「私を残して死ぬ気?」と泣き落として(正確には「泣き真似をして落として」)、2人してドックを受けたのが始まりです。そうやって、フルオプションに脳ドックまで追加して検査した結果は「特に異常なし」(当時)で、私は「そ、そんなバカなっ」(?)と思ったものです。

「医学的権威」(?)には滅法弱い旦那は、医学翻訳者である嫁の言うことは右から左に聞き流しても、お医者さんの言うことはよく聞きます。夏場の水分補給の大切さや粥状動脈硬化の恐ろしさも、人間ドックで教えて頂いて気をつけるようになりましたし(注:それまでに、私も何度も言ったんですけどね)、咳喘息でお世話になった時、掛かりつけ医の先生に「このまま放置すると喘息になるよ。死ぬこともあるよ」と脅されて30年来の友であった煙草も止めました(注:私も何年も煙草の害を説き続けたんですけどね)。

今年は、頚動脈エコーをしてくれる「簡易脳ドック」というヤツを追加したのですが(暫く脳ドックはやっていなかった)、案の定、「頚動脈上部が多少狭くなっている」という診断でした。義父も頚動脈狭窄が原因の一過性脳虚血で入院した過去がありますので、「このままの生活続けるとヤバい」というのが身に沁みてくれたのではないかと。

やっぱり、旦那には「元気で留守」して貰わないと。

そして懐の痛いSayo家なのであった(今年はボーナスもなさそうだしな~)。
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2013.05.23 23:02 | 健康 | トラックバック(-) | コメント(2) |
次は「人間ドック受けた!」という記事の予定だったのですが、予定変更。

45歳を過ぎた頃から、それなりに身近な方々の訃報が、それなりに届くようになりました。
多くは、知人の親族(年齢的にご両親)の訃報なのですが、たまに知人の訃報が届くこともあります。先週木曜日(16日)に届いたのは、ボランティアで常日頃お世話になっていた男性の訃報でした。私より20歳以上年長の方ですが。

私が所属するのは、外国人観光客対象のボランティアガイド団体で、100名を超える大所帯なものですから、中にいくつかの委員会があります。一番人気はもちろん通訳委員会なのですが、私が名を連ねる翻訳委員会にも、毎月市の広報誌の英訳版を発行するという大事な(たぶん)お仕事があります。

「観光案内所(3箇所)ブースで外国人観光客向けの案内をする」のが基本で、会員がシフトを組んで当番に当たりますので、会員同士が顔を合わせることは少なく(私のように、月1回、こそっと夜の2時間だけ当番に入るような役立たずだとなおさらです)、お互いに顔を知らない会員同士も多いのですが、先週亡くなられた方は、長く翻訳委員会の委員長をされていたので、それなりに親しくさせて頂いていました。顔を合わせるのは、年2~3回程度でしたが、「仕事で翻訳をしている」ことがばれてしまい、5年前に広報誌の日本語原稿の割振り・送付役を拝命してからは(逃げ足遅く逃げ損なったというのが正直なところですが)、メールや電話ではかなり頻繁にやり取りをしていました。

癌で長く闘病中であったことは、周りの方からちらと伺っていましたが、特に悪いという話は聞いておらず、4月中旬の年次総会にも元気な顔で出席されており(その後有志で飲みに行かれたそうです)、5月の当番予定表でも4回シフトに入っておられました。

ですから、訃報の電話を頂いた時は、私も「えっ・・・(絶句)」、電話を下さった方も、「信じられない」という反応でした。

そんなわけで、私たちは、4月から5月にかけての急激な気候の変化に身体がついて行けず、急に体調を崩されたのだと思ったのですが(とにかく4月中は普通にメールのやり取りをしていましたから)、お通夜で奥様から(会長副会長が代表して伺った)お話は、ちょっと違うものでした。

委員長は、緩やかに体調を崩されていたのだそうです。4月中旬の総会も、本当は出席も危ぶまれる状態であったそうで、4月中旬までに担当者に連絡しなければならない5月のお当番申込みも、奥様は「5月はもう無理だから止めるように」とお願いされたのを、無理に申し込まれたとか。最初の当番日の1日が最後のお当番となりました。その後2週間ばかり床に臥せった後、自宅で亡くなられたそうです。

「そんなにしんどくなるまで出て来なくても休めばよかったのに」という声もありましたが、私は「どんなにしんどくても当番に出続ける」と無理(というと言葉は悪いのですが)をすることで、逆に頑張って来れたのではないかと思いました。3月年度末の翻訳委員会では、自ら「もう1年(委員長を)やります」と仰っており、ご本人は、不安を抱えながらも(その時は)あと1年委員長職を頑張る積もりであったに違いありません。もちろん、身体はかなりきつかったと思いますが、本人にとっては納得の行く生き方だったのではないかと。傍で見守っていた奥様の気持ちは察するに余りありますが。

奥様は、「ボランティアの仕事が大好きで、最後まで気に掛けていました」(だから本人も本望でしょう)と仰ったそうですが、げっそりやつれておられて、その言葉が、自分に言い聞かせるためのものではなく、心から(多少は)そんな風に思えるようになるまで、まだまだ時間が掛かりそうなご様子でした。でも、私とは違って、気立ても親子関係も良さ気な娘さんが2人寄り添っておられましたので、しっかり力になって下さるかなと。

一緒に仕事をして行く上では、「それは前にも何回も聞いたし」とか「それ前に聞いたことと逆やん」ということも多く、忙しい時はプチ切れしていたSayoですが、その「くどい」メールももう頂けないのだと思うと寂しさの募る今日この頃。今日は、色々思い出に耽ったりなどしながら、来月号の原稿の割振り作業をしたのでした。

合掌
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2013.05.20 21:10 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(0) |
とりあえず1年ということで購読中。4冊目が届いたところです。

オフ会でお知り合いになったtomokoさんが購読を始められたという記事を拝読して興味が湧きました。

実は私は10年ほど前、やはり1年ほどこの雑誌を講読していたのです。

その頃、私はまだアメリカにいたのですが、駐在員家族向けのサービスの1つに、「1000円以内の月刊雑誌を1冊会社の費用で講読できる」という制度がありました。最初は「通訳・翻訳ジャーナル」を購読していたのですが(昔は月刊誌だったのでした)、2002年頃隔月発行に変わってしまい、会社から「購読雑誌を変えるように」とお達しがありました。そこで選んだのが「日経メディカル」。何度も書いたかと思うのですが、pre-medの知識は英語「だけ」で入っていましたので、「そろそろ日本語の表現も頭に入れておかな」という思いがありました。旦那からは、「いつ帰国になるか分からんで」と言われていましたし(という状態が、結果的に3年ほどありまして、物欲の塊である旦那は、「帰国モード」と理由をつけて購入した服を何着も着潰したのでした<閑話休題)。

どうでもいい前書きが長くなりましたが、そんな訳で、2003~2004年にかけて、日経メディカルを購読した過去があるSayoです。

今回、もう一度期限付きで購読してみようと思い立ったのは、ちょうど「Human Physiology」の授業を取っていて、医学分野の知識という点では恐らく自分としてはMaxだった当時と(今ではかなり忘れちゃってますので)、医療機器限定ではありますが実際に1年半ほど仕事をした今とで、読み方に変化があるかどうかを確認してみたかったからです。いや、実務者としては変化がないと困るんですが。

・・・とはいうものの。

普段の生活でも、記憶力の減退に悩まされている今日この頃です。つい1ヵ月前TVドラマに出ていた俳優さんの名前も出て来ない有様なのに、当時、どんな記事が掲載されておりどの部分を興味深く読んでいたのかなど、覚えているはずもありません。
ただ、これは当時も今も変わらず掲載されている(というかつまりは広告なんですが)、添付文書情報の聞き慣れない日本語を、せっせと書き写していた記憶はあります。「禁忌」とか、始めて耳にする日本語だったわ~。

どんなムツカしい雑誌が来るのかしらんと戦々兢々していた1回目に当たる2月号の特集は「片頭痛」の治療。まさにそのお薬を頓服として使用している私には、何ともタイムリーな話題で、スンナリ入っていくことができました(<大袈裟)。

今は、広告薬剤に付随して掲載されている(それともその逆というべきでしょうか)、その薬剤に関連する学会発表や座談会などの記事を結構面白く読んでいます。それは、そうした記事に書かれている研究結果(統計に関する記述や図表の見方)が多少は分るようになったこと、特に心血管疾患については仕事絡みで多少詳しい知識も得たことも関係しているのかもしれません。統計について言えば、当時は、知識ゼロの状態でしたから。なのに、意味も分らず「曲線下」とかメモってる10年前の私。
当時は恐らく「だからどーした」的に斜め読みしたに違いない制度上の改変も、興味深く読んでいます(内容にもよりますが)。FDAの規制の関連する案件に苦しめられることも多いので、海外の制度についてももう少し触れて欲しいなあと思わないでもないですが、そういった情報は、ピンポイント的に、別の雑誌で入手するしかないのかもしれません(とにかくある程度詳しい情報は)。同業の方のブログなどを拝見すると、そうした情報の入手に関する自分のアンテナの張り方はまだまだだなと思わされますので、この「目配り」は、これから強化していかないといけない点なのかなと思います。

・・・というように、ほんの少しですが「ここはきちんと読んでおきたい」「ここは読み流し~♪」というような分別ができるようになったことは、多少の進歩と言えるのかもしれません。というか、「専門雑誌だから」というそれだけの理由で読んでいた当時の私には、「日経メディカル」の購読は早きに過ぎたような気がします(今でも、「読みこなす」にはほど遠いような気もしますが)。添付文書の文章の勉強にはなったかなと思いますが、(特に今は)同じ情報はネット上で簡単に手に入りますし。
実際に仕事を始めて少し経った頃に購読すると、添付文書以外の「文章の書き方」も含め、色々な点で役に立つことも多いのではないかな~と思いました。雑誌にも「読み時」があるようです。

以前より薄くなったという話なのですが、今のところ、取りあえず読み切ってホッとした暫く後に次の号が届くというサイクルになっていて、今の私にはちょうどよい薄さなのでした。
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2013.05.14 15:34 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(4) |
・・・微妙に処理量が減ったような気がする今日この頃。

スケジュールに余裕のある案件である+翻訳時間を増やして対処している、ということで、実害というか品質低下はないと思うのですが、このところ明らかに処理速度が落ちているような気がする。集中力がないのは以前からなのに、何故だ?? と考えてみたところ・・・

「覚書3」で、訳出に当たっての注意として、

>基本的に原文に忠実な訳文を作成して、エンドクライアントさんの最終修正を少しでも楽にする(ことを心掛ける)

と書きましたが、どうも、「忠実に訳す」ことに慎重になっている(なり過ぎている?)ような気がするのでした。
これまでは、それほど気にならなかった「この原文は本当にそのように述べているのか」「そこまで言ってしまってよいのか」といったことが、どうも気になる。なおかつ、「原文に忠実だけど、それって日本語的にどうよ」というところで悩む。

・・・といったケースが増えたような気がします。
スランプ、とはまた違うのですが、上手く説明できなくてすいません。

そこへ持ってきて、今回の案件のために頂いた参考資料の日本語訳が、なかなかに正確かつ読みやすい、つまり実務翻訳としてかなり出来のよいものだったため、「私の日本語はまだまだ駄目なのだわ~」と肩に漬物石を置かれたような敗北感(?)を味わってしまったのでした。

ま、「駄目駄目だわ~」と思えるということは、まだそれだけ改善の余地もあるということではあるのですが。

暫く翻訳をやった後で、色々考え、考えすぎて訳出速度が落ちることがある(そのようなヒトもいる)、という話をたまに耳にします(それとも、あれは都合のよい空耳だったのだろうか)。でもだがしかし。休眠期間があるとはいえ、何年この仕事に足を突っ込んでいるよ<自分。遅すぎるやろっ。

と自分を叱りつつ、「考え過ぎる」この時間も、人生に置いては無駄な時間ではないのだと言い聞かせつつ、今日も敗北の元凶である参考資料を片手に、Sayoは行くのでありました。

漬物石が重いのう。
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2013.05.09 16:09 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(8) |