屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

その1はコチラ

日経新聞は夕刊が面白い。

朝日新聞朝刊は、取りあえずTV欄をチェックした後、1ページ目から順次見出しを確認していくSayoだが(下欄の書籍・雑誌広告欄のみを確認しているらしいという未確認情報あり)、日経新聞は迷うことなく裏返し、逆にページを繰っていく。「私の履歴書」はだいたい読む。でもって、社会面、スポーツ面と遡っていって地域経済欄あたりで挫折する。

でもだがしかし。
日経新聞の夕刊はあなどれない。

木曜日の「らいふ」ページの「プロムナード」という小エッセイコーナーは、金原瑞人氏の担当である。同業の端くれに連なる者として、毎週興味深く読ませて頂いている。

昨日の記事は、最近の若者の言葉遣いに関するものなのだが(「最近の若者は・・・」的な内容ではなく、「面白い!」と感心するような内容です)、その中にこんな1節があった。

「翻訳を始めて25年。海外の若い作家の書いた若者が主人公の作品は訳せなくなった。自分の文体にはもう若者の感性がないからだ。だから、どうしても訳したい新しい作品がみつかると、若くて言葉のセンスのいい共訳者をさがす(以下略)」(日本経済新聞6月27日夕刊)

確かに、適時に適語のイマドキ言葉を使うセンス、自分にはないよなあ、と思う。
Book Offなどで、ライトノベルと呼ばれる小説をぱらぱらめくって「・・・(訳分らん)」となることも多いし、図書館では、昔ながらの岩波少年文庫を見掛けるとホッとしたりする。

「きちんとした使い方」を踏まえた上で新語を使うべき/新語で遊ぶべきと思う気持ちに変わりはないし、自分自身はイマドキの言葉を使うことは(殆ど)ないだろうとは思うけれど、「ちゃんとした日本語使えよ」とそうした言葉に眉をひそめるばかりではなく、金原氏のように、「面白い!」と思う気持ちも必要ではないかと、そんなことを思ったりしたのだった。

そんな私は、決して日本経済新聞社さんの回し者ではありません、念のため。
さ、夕刊取りに行くか~(今日始めての外出<1Fの郵便受けまで降りて行くので)。
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2013.06.28 19:32 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(2) |
医療機器分野の翻訳で結構頻繁に遭遇する言葉です。

Predicate deviceと記載されることも、XX’s predicate(XXという製品のpredicate)やpredicate XX(predicateであるXX)のように単体で用いられることもあります。個人的には、後者の方が多いです。Predicateは「述語」の意味なので、predicate deviceは「述語機器」という意味になります。

・・・なわけないやん。

最初にpredicateに遭遇した時は、全く意味が分からずあせりました。

でも大丈夫。「Predicae」と「医療機器」で検索すると、取り敢えず意味は分ります。猫先生の記事もヒットしまして、まさかこんなところでお会いするとは思っていなかったので、あまりの嬉しさに、すんげー古い記事についコメントを残したりしてしまいました(猫先生、その節は大変お世話になりました)。

閑話休題。

Predicate deviceの意味については、FDAサイトの該当するページを見て頂くのが一番正確であろうと思います↓
How to find a predicate device

FDAにPMA(市販前承認申請書)を提出する必要のない医療機器については、510(k)と呼ばれる市販前届の提出が課される場合が多いのですが(医療機器のクラス分類によって異なります)、その際、legally marketed deviceとのsubstantial equivalenceを証明することでFDA承認を得ることが可能です。このlegally marketed deviceがpredicate deviceです(超乱暴にまとめるとこんな感じ)。

業界指定図書(?)の「FDAの事典」では、「合法的に販売される機器」(「市販前届:ファイブ・テン・ケイ」の項)とか「(1976年5月28日以前に)合法的に市販された機器」(「医療機器分類」の項)と記されているのがこれに当たるかと思います。

ビミョーに訳語に悩むところではありますが、個人的には、文脈を考えながら、

「合法的に市販されている機器」
「合法市販品」
「既承認品」

などとしています。あとの2つは、predicate単体に遭遇した場合によく使用しています。既承認品は、過去に頂いた参考資料から拝借したものです。

Predicateの訳語に関しては、これまでFBを頂いたことはありませんので、これらの訳語を用いてもダイジョブなのかなと(翻訳会社さんの方で直して下さっている可能性もあるんですけど・・・<という訳で、ご使用をお考えの方がもしおられましたら、よく吟味して頂けるようお願い致します)。

かなり長いこと、今イチ意味がよく分からないまま、predicateを処理していたのですが、510(k)関連のお仕事で「FDAの事典」にお世話になった時に、始めてこの言葉の意味というか「重要なのよ」ということが分かりました。なので、やっぱり「FDAの事典」は(My)業界指定図書なのでありました(決して薬事日報社さんの回し者ではありません、念のため<この感じの台詞、前にも口にしたような気が・・・)。
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2013.06.25 19:04 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(4) |
「おおっ」というタイトルの割りにはしょぼい内容です。

この春から、また例の月イチ講座に通っています(講座の感想については、いつも通り5回全回を終了してから記事にします)。

ある時、「訳語選定にあたっての優先基準をどうするか」というような話になりました。ここでいう「訳語」とは、専門辞書を複数あたっても確定できないもの、という意味です。

講師先生のご意見は、

1. 翻訳会社から支給される参考資料(あれば)、PMDA(医薬品医療機器総合機構)などから検索可能な同薬、同類薬の添付文書などの資料
2. 薬局方(今回の講座については、ということですが)
3. その他の権威ある団体・組織の資料

ということでした。ざっくりまとめると、ということですが。
技術分野の翻訳では、参考資料に何度も痛い目にあっているSayoは、「参考資料の質が低い場合もありますよね」と食い下がったのですが、医薬翻訳では、(講座で支給された参考資料も含め)実際の仕事で支給される参考資料の多くは、当局への提出を前提に書かれているものなので、それなりの品質のものであり、翻訳会社から「これを参考に」と支給される場合は第一選択肢として宜しかろう、という回答を頂きました。「ナルホド」と納得してその話は終わり、実際の訳文の検討に入りました。

そうしたら、いきなり、講座の参考資料として頂いた文書に使われているある言葉の訳語が、「間違いではないが、あまり一般的な言い方ではない」訳語であることが発覚したのです(念のために付け加えておきますと、その文書全体は決して質の悪いものには思えませんでした。厚労省に提出されたものでしたし。ただ、その訳語に関しては「普通はこっちの言い方をするよね」な言葉だったのです)。

仕事でこういう事態が生じた場合は、とりあえず参考資料の訳語を使用し、「貴社資料**で用いられている訳語に倣いXXとしたが、YYという呼び方の方が一般的なようである。本翻訳でどちらの訳語を採用するかについて、判断をお願いします(+参照した資料名、URLなど付記)」というようなコメントを付して納品するのが、まずは妥当なやり方ではないかという話になりました。

・・・という訳で、いきなりレアケースに遭遇したのでした。

訳語選定のやり方、コメントの付し方など、自分がこれまでやってきたやり方と大筋は同じでしたので、「この方向でいいんだわ」とまずはひと安心したSayoです。


現在の医療機器メインの翻訳では、

1. 翻訳会社から支給される参考資料(あれば)、PMDA(医薬品医療機器総合機構)から検索可能な同種の機器の添付文書、製造元企業のHP
2. 各種規格(ISO、ASTMなど)
3. その他の権威ある団体・組織・学会等の資料
4. それ以外の資料で信憑性がありそうなもの

の順で確認を取り、最終的に訳語を決めるというやり方に落ち着いていますが、恥ずかしながら、「Googleのヒット件数を参考にする」というやり方を取っていた時期もありました。でも、Google検索では、同一文書や個人のブログが上位で多数ヒットするケースも多く、参考にできる場合と信憑性に欠ける場合の両方があって、その見極めが難しいです。そうした情報を用いる場合は、「権威ある資料では定訳が確認できず、以下の個人(獣医師)のブログの記載を参考に訳語を決定した」みたいな「そこ脳味噌酷使するところちゃうやろ」的コメント(?)を付さなければなりません。

多数の情報から、本当に信頼できる情報をPick-upするのは本当に難しい。図書館や書店頼みだった昔が、ある意味懐かしいよな~とため息をつきながら、Sayoは今日も行くのでありました。ちゃんちゃん。
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2013.06.20 22:19 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |
やっと図書館で「通訳・翻訳ジャーナル夏号」を読んでまいりました。

特集の1つは「40歳からの通訳・翻訳」で、知合いの同年代の翻訳者さんから、事前アンケートへの回答のお誘いも頂いたのですが、派遣翻訳を始めたのは30代前半で、その後1年半ほど在宅翻訳をしていた時期もありましたので、「正確には対象外だよなあ」と、アンケートはスルーしました。とはいえ、仕事に復帰したのが42歳(その前の6年間は諸事情によりおベンキョしてたんですが)、介護が一段落して本腰を入れ始めたのは48歳でしたから、この特集には、とても興味がありました。

ざっと流し読みしただけですので、間違って理解した部分もあるかと思いますが、さくっとまとめると「翻訳(通訳)の仕事を始めるのに、年齢によるハンディはない」という内容でした(学習者や実務者を応援する雑誌ですから、そのような流れになるのは仕方ないかなという気はします)。

個人的には、一番大切なのは、「どうしてもこの仕事をやる」という気持ちであって、年代は「あまり」関係はないかなと思います。「あまり」としたのは、30代と比べると、やはり体力的な衰えは否めず、がしがしと力仕事で押していく(?)のはもはや無理だと思うからです(できないことはないと思いますが、「身体を壊す」という結末が待っている場合が多いかと)。というわけなので、「40代から始めてがっつり仕事をしたい」場合は、翻訳環境をきちんと整備し、翻訳作業に掛かる無駄を極力省き、生産性を高める必要があると思います(<本人、できてませんが)。

「40歳から50代、60代を見据えた翻訳」について、以下、雑感を少し。「すでに主たる家計収入がある主婦」の立場の雑感と思って読んで頂ければと。

1 無理がききにくい

個人差があると思いますので、一概には言えないとは思うのですが、30代の頃に比べて、無理が持続しなくなった感はあります。これは、「無理を持続させない」働き方を工夫すればよいわけなので、ハンディとは言えないかなとは思います。ただ、「老眼」の問題(早い方では40代前半にやってきます)は、それに伴う頭痛や肩凝りも含めて、ビミョーにハンディかなと。無理せず早目に自分の眼にあった老眼鏡を作ることをお勧めします。

2 更年期がやってくる

私は閉経が早かったので、40代後半にはすでにいわゆる更年期らしい諸症状が出ていました。同じ頃、様々なプチ不良も経験していて、私は、それを介護の精神的疲れのせいかなくらいに思っていたのですが、日頃お世話になっている婦人科の先生によると、「女性は閉経前後から不調が出たり病気に罹ったりする人が多い」と言うことですので、今から思えば、アレは閉経に伴う不定不調(不定愁訴からの造語)だったのかなと思っています。文献を調べた訳ではないですが、魔法の如く見事に周期的なホルモンの分泌がなくなる訳ですから、さもありなんという感じではします。不調が続くと毎日が何となく憂鬱ですし、集中力も低下します(<元からない、という説もある)。ですから、40代後半からは「そういう時期が来るかもしれない」ということを予め念頭に置いておいた方がよいかなと。まあ、かなり個人差はあると思いますが。

3. 介護

20~30代が「子育てと仕事の両立」に悩む時期だとすれば、50代は「介護と仕事の両立」に悩む時期になるかなと思います(もちろん、子育ても、子供の成長に連れてその時々でまた異なる問題に直面しつつずっと続く訳なんですが、取り合えず「さくっと分類してみました」ということで)。
「自分は主介護にはならない」(のであまり関係ない)と思っていても、どんな事情で状況が変化し、自分が介護の矢面に立たなければならないとも限りません。まあ、これは極端な例と思いますが(でも実際知人に起こったことではあります)、「何が起こるか分からない」くらいのことはいつも頭の片隅に置いておいた方がいいのかなと。
家族で力を合せ、利用可能な行政サービスを悉く利用したとしても、ウチのように施設やら病院やらにお願いしたとしても、主介護者を補助する形のお手伝い程度であったとしても、それぞれ異なる形で結構な時間を取られます。もちろん、これは子育ても一緒だと思うのですが、(1)子供は成長し体力もついて来るが高齢者は弱る一方で、往々にして心身ともに弱る、がくんと弱る、(2)子育て時と同じだけの体力が自分にない、(3)いつまで続くか分らない場合も多いというところが若干違うかなと。


こうしたことを勘案すると、親もそれなりに元気で、自分も更年期に突入する前の50前に、「そこそこ切れ目なく複数社から仕事を受注する」という状態にまで持って行くのが理想かなと思います。あくまで一般論ですが。そうなっていれば、諸事情で「仕事をセーブしたい/しなければならない」状態に陥ったとしても、細々と仕事を続けて行くことができるのではないかと思います(そうするうちに、再び、もっとしっかり働ける時期が来るかもしれないし)。

という訳で、ですね。
背負うものも増え、色々なことが見え、諦めることも知った40代からの翻訳、
様々な荒波(?)を乗り越えて、それでも長く続けたいと思うのであれば、(特に40代以降の世代では)、今後の人生を見据えつつ、しっかり計画することが大事ではないかと思います。それでもなかなか計画通りには行きませんけど(それが人生よね~♪<その時は、さくっと計画を変更するのだ<回り道とかズル(?)とか)、計画を立てればある程度覚悟が決まり、覚悟が決まれば、たいていのことは、たいていのところまで突破できるかなと思います。
「40代流されてここに漂着した」感の強い私が言うのも説得力なかったりしますが・・・

なので、まあ、感想程度に流してやってくださいませ。
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2013.06.14 15:47 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(4) |
無理やり繋げてみたいSayoなのだった。

実際は、佐藤さんの描写や選手インタビューの言葉の中に、「無理やり」ではなく、「あ、ここ同じかも」と思える部分がいくつもあったのでした。そもそも、一流アスリートの方たちと自分を一緒くたにするところからして間違っているよなとは思うのですが、そのいくつかを挙げておきます。すべて、同書の文庫版からの引用です。

(1人で練習する朝原選手を見学しながら)
「一人きりの練習でも、孤独には見えなかった。でも、元気にも陽気にも見えなかった。そこには、ひたすら静かで強靭な意志があった。朝原宣治という一人のランナーの静かな意志が、広いグラウンドをひたひたと埋め尽くしているかのように感じられた。」(132頁)

孤独ではないが、元気でも陽気でもない、というところが何となく分るような。

(インタビューに応じる末續選手を評して)
「彼はすべてを話すわけではない。でも、話せることは、すべて、きっちりと話してくれるのだ。率直に、誠実に。」(162頁)

いや、翻訳とは関係ないですが。本ブログもそうありたいです。

(今回取材したスプリンターたちは非常に頭がいいという話の流れの中で)
「マクロとミクロの思考の使い分け(物事を大きくとらえて俯瞰するか、顕微鏡で調べるように細密に検証するか)、様々な状況判断、言葉の選び方など、現実に即した有用な知性をふんだんに持っている。」(222頁)

ミクロとマクロのどちらも大事にするって、重要なことだよなあとしみじみ。

(トップアスリートたちがしのぎを削るという文脈で)
「俺たちはフツウの人間じゃない――という言い方を末續がしたことがあった。早く走れる特殊能力の持ち主だという意味ではなく、来る日も来る日も限界に近いハード・ドレーニングを自らに課し、神経がちぎれそうなプレッシャーの中でレースをしていくアスリートであるという意識だ。そんな心身のレベルを長い期間に渡って維持し続けている。結果が出ないこともある。努力の見返りが何もない時もある。それでも、情熱を涸らさずに続けている。そうして一線に生き残っている。痛みも苦しみも喜びも、語らずとも伝わるものがある。彼らにしか理解できないことがある。『みんなで一緒に強くなりたい』と末續が言うのは、安易な仲間意識ではなく、みんな、強くなれるだけのことはしている、という代表メンバーへの血のにじむようなリスペクトなのだろう。」(237-238頁)

考え方ややり方は違っても「よい翻訳」を求めて日々努力される同業者さん(とその卵さん)をリスペクトします。あれ? 何か論点ズレた?

(リザーブの小島選手の言葉)
「よりいいものを求めて、とりあえず取り入れてみて、それがダメだったら捨てますし、ちょっといいなと思ったら続けてやってみますし、それの繰り返しですね。やっぱり、やってみないとわからないものなので。」(263頁)

現状に留まりたい自分への自戒のために。


これらの文章を心地よく読めたそこのアナタ、彼らの言葉をもっと知りたいそこのアナタ、大阪世界陸上のコーフンをもう一度文字で振り返りたいそこのアナタ、最寄りのBOOK OFF(もしくは書店もしくは図書館)へGO、でございます。

私は決して集○社文庫の回し者ではありません、念のため。
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2013.06.09 18:45 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(3) |