屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

長のご無沙汰でございました(な気分)。
久々の本業エントリでございます。
(そういえば翻訳ベースのブログでしたね~<しみじみ)

仕事で遭遇する頻度はそう高くないのですが、遭遇すると訳語で悩むことも多い、米国医療保険制度(医療経済学に遭遇した場合も、やはりおたおたしてしまうのですが、個人的に遭遇頻度が少し高いかなあと思われる「医療保険制度」に絞ってみました)。
だいたいは、「メディケアやメディケイドをさらっと流す」的な遭遇の仕方なので、ウエブサーチで何とかなっているのですが、もう少し突っ込んだ話だと、何となく意味は分かる(ような気もする)けれども、日本語で該当する保険用語がないため、ぴったりの言葉を見つける(思いつく)のが大変だったりします。

米国滞在時には現地の保険に団体加入(<旦那の会社が)していたのですが、日本とは根本から制度が異なるせいか、結局、帰国するまで仕組みがよく分からないままでした。
Sayo家が加入していたのはPPOと呼ばれる保険で、通常は、掛かり付け医の診察(&薬局での処方)の度にCo-pay (co-payment)と呼ばれる一定金額を支払うだけで事足りました(手術等この限りでないものもありました)。でも、同じ保険なのですが、歯科医に掛かる場合はまた支払い方法が異なり、診療時には支払いをせず、Reimbursement(保険会社→医療機関への支払額)を確定するStatementが届いてから、カバーされなかった金額を(医療機関に)支払うというシステムだったような気がします(都合よくほとんど忘れたさ)。

何となく理解していたのは、民間保険なので、サービス範囲も千差万別で、手厚いサービスを受けようとすれば、高いpremium(保険料)を支払う必要がある(らしい)ということ。ESL在籍時には、冗談交じりに「保険料を払うために働いているんだよ~」と言っていた移民のクラスメートもいました。日本の(基本)皆保険制度が素晴らしいシステムだという積もりはないですが、日々お世話になる1小市民としては、日本の制度の方が、使いやすく分り易くまだしも公平であるような気がします(←あくまで印象の話です)。

Reimbursementは「保険対象(金額)」「保険支払分」、co-payは「(診療時)定額本人負担分」、deductibleは「保険会社免責額」(←insuredが払わなければならない一定金額←しかし払った記憶がないので、会社が肩代わりしてくれていたのではないかと思う<今より少しだけ景気がよかった)などとすることが多いです。参考まで。


以前は、日系保険会社のシカゴ(だったと思う)オフィスさんのHPの説明が本当に分かりやすくて、用語集も含めて愛用していたのですが、撤退されたのでしょうか、何年も前にそのHPは行方不明になってしまいました。

今、(あくまで個人的な感想ですが)、保険制度について分り易く説明してくれているサイトは、ジョージア日本人商工会さんの中の医療保険に関するページかなと思います(蛇足ですが、日本人商工会のサイトは現地に住む日本人を対象としているので、医療等に関する基本知識を得るには適したサイトではないかと)。
https://www.jccg.org/main-medical-blog/169-insurance.html 
(アメリカにおける健康保険と医療事情)

損保ジャパンさんの用語集も時々参照します。
http://www.sj-ri.co.jp/glossary/healthcare/a.html 
(米国ヘルスケア用語集)

そして、「とりあえず意味を知りたい」という時用に引張り出してくるのが、
「Dictionary of Health Insurance and Managed Care」
(Springer Publishing Company, 2006)

もちろん、「訳語を探す(作る)」という作業は残されるのですが、原語による定義や説明は、(医療制度に限らず)一番分かり易い場合が多いような気がします。略語一覧もあるのがマル。ただし、老眼にはちょっと優しくありません(そこが一番問題だったり)。
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2014.02.28 19:24 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
女子SP。

浅田選手の演技(正確にはそのリプレイ)を見ながら、何となく、「努力は必ず報われるわけではない」という言葉を思い浮かべていた。数ヶ月前に新聞で拾った言葉で、その時は「人生とはそういうものだよなあ」と共感しつつも、話者の「だから、大きな大会でメダルを取った選手が、『努力すれば必ず報われる』と言うのは滑稽(傲慢だったかな?)だ。あなたは報われたかもしれないが、世の中報われない人の方が多いのだ」という言葉に、「それは言い過ぎではないか」と心から同意できない気持ちもあり、「屋根裏」恒例「新聞から」への掲載は見送った。その言葉を、何となく思い出したのだった。

「大きな舞台では力を発揮できない」といような記事も目にした。確かに、そういう部分もあるのかもしれない。でも、そうやって上から目線で批判できるのは、何度も同じ立場に立ち、その度に最高のパフォーマンスをできる人だけだと、私は思う。現に、同じ経験を経てきた国内外の選手たちは、「頑張れ!」と浅田選手を激励していた。

女子FP。

「ノーミスの演技してくれるかな」「今日も駄目かな」「見るの怖い」「でも見届けなくちゃ(いや、私が見届ける必要はないんですが)」というジレンマと戦いながら、LIVE中継のTVの前に座った方も多いと思う。ジャンプを降りるたびに、「よしっ」「跳んだっ」といちいちガッツポーズする様は、たぶん傍から見ればイタいおばさん。でも、皆さんも、たぶん、やったよね。結果は・・・皆さん、ご存知のとおり。

今日、私は考える。「努力が100%報われることはないかもしれないが、努力は裏切らない」「究極の場では、日々の努力と、その努力に裏打ちされた『できる』という気持ちが自分を支える」のだと。
周りのたくさんの人々の支えがあったには違いないが、氷の上では1人だ。その時に「誰のために、何のために滑ろう」というものはあるのかもしれないが、土台となってその気持ちを支えるものは、やはり毎日の努力なのだと思う。だから、努力が報われることはなくとも、努力なしには何も始まらない。

前日のTV解説で、姉の舞さんが、「練習でできていることしかしないのだから、自分を信じて滑りきってほしい」と言っていたのが印象的だった。

人間、いくつになっても、学ぶことは多い。

あの選手にも、この選手にも言及したいのだけれど、記事がどんどん長くなってしまうので、言及は、銅メダルを獲得したカロリーナ・コストナー選手だけに留めておこうと思う。

ジュニア時代から将来を嘱望された選手だったけれど、ジャンプが安定せず、これまで五輪を含む大きな大会ではあまり力を発揮できずにいた。長い手足をどう扱ってよいのか分からないでいるように見えることもあった。でも、今回の五輪の演技は素晴らしかったと思う。27歳で初めてのメダル。鈴木選手もコメントで「遅咲きでも頑張れるということが伝われば」と言っていたが、やはり20台後半になって伸びてきた(私が知らなかっただけだったらごめんなさい)同じイタリアのマルケイ選手も含め、年長の選手の頑張りも目に付いたなと思う。


記録には残らなくても記憶に残る演技やプログラムがある。女子のプログラムでは(再放送視聴のものもあるので、全部のプログラムを観た訳じゃないんですけど)、浅田選手のラフマニノフ、鈴木選手の「愛の讃歌」「オペラ座の怪人」、そしてコストナー選手の「アヴェ・マリア」が心に残った。


いや、まだChampions’ Galaが控えているので、油断(?)は禁物。
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2014.02.21 18:00 | フィギュアスケート(~13-14 season)  | トラックバック(-) | コメント(6) |
新たな時代が始まる。

でもって、「屋根裏」は今日も我が道を行くのだった。


ソチ五輪、男子シングル。
羽生選手、優勝おめでとうございます。そして、町田選手、高橋選手、入賞おめでとうございます。皆、それぞれの立場で皆精一杯頑張ったと思います。本当にお疲れさまでした。
(蛇足:羽生選手、19歳とは思えん受け答え。町田選手、「語録」を待つ自分がここに。高橋選手、色々貫禄やなあ~。織田クン、解説好感、号泣確認。本田コーチ、分かり易かったです。)


プルシェンコ選手の棄権と十代の羽生選手の優勝(蛇足ながら、最年少はアメリカのディック・バットンさんだそうです)が大きく取り上げられることが多かった今大会ですが、この五輪又は今季を現役最後のシーズンと位置づけている選手は多く、個人的には、とても感慨深い男子シングルとなりました。

エフゲニー・プルシェンコ(1982年生)
彼とともに世界選手権を戦った同年代の選手たち(ヤグディン、ゲーブル、本田コーチら)、後輩にあたる選手たち(ランビエール、バトルら)がとうに現役を退いた後も、32歳という年齢まで現役を続けた(休んでいるシーズンも多かったですが)ことは、本当に凄いことだと思います。しかも、団体戦では、身体に人工椎間板を入れた状態で4回転を跳んでるし。やはり只者ではない、というか身体に何らかの障害が残らないことを祈ります。個人的には同時代の選手ではヤグディン選手の方が好きでしたが、「Sex Bom」のような受け狙い(?)のプログラムを真面目な顔で滑ったり、納得のいかなかった本番のプログラムを4回転だけ抜いて「どうだ」と言わんばかりに滑ったり、と振り幅の広い(?)プルシェンコ選手のエキジビションも好きでした。

ブライアン・ジュベール(1984年生)
失敗もありましたが、「4回転のジュベール」を貫いたなと思わせてくれた今回五輪のプログラムでした。最後まで演技構成点伸びんな~という印象もありました。点数が出た時、キスクラで両掌を上に向けて肩をすくめた仕草は「仕方ないね、でもこれが僕なんだよ」と言っているようにも見えました。

トマシュ・ベルネル(1986年生)
日本でのエキジビションで鉢巻巻いて滑ったり、変な日本語(?)の書かれた衣装で滑ったりと、「日本大好き」を身体全体で示してくれた選手でしたが、ここ暫くは大きな大会で結果を残せなかったように思います。「若い」という(勝手な)印象があったのですが、高橋選手と同い年だったのですね。

ジェレミー・アボット(1985年生)
スケーティングが素晴らしいと言われる彼が、やはりSkater’s Skaterと呼ばれた佐藤有香さんに師事しているのは、やはり「どうしてもこの人に教わりたい」という気持ちがあったからなのか。いつもジャンプが決まらなくて自爆する、というイメージがあったのですが、動画で見た99点を叩き出したという全米選手権のSPは素晴らしかったです。全くリズム感のないSayoには、あの曲は凄くリズムが取りにくいように思えるのですが、自然に滑っていて凄いなと思いました。
残念だったのは、某局の朝のニュースで「アクシデントが選手を襲う」という流れで、プルシェンコ選手の棄権に続いてアボット選手のボード激突が紹介され、「優勝争いに絡んでくるかと思われたが、これで終わった」というような紹介のされ方をされただけで終わったこと。だ~か~ら~、その後のリカバリーが素晴らしかったんだってば!!! 
最終順位は2桁でしたが、本人としては満足だったのではないでしょうか。エキジビションナンバーなどは自分で振付けているようなので、今後は、コーチ兼振付師の道を歩むのかなと勝手に思ったりしています。

高橋大輔(1986年生)
ああ、もう、「ビートルズメドレー」を見るたび、涙もろいSayoは何度でも涙してしまいます。羽生選手の今後は未知数ですが、彼ほど「魅せる、踊れるスケーター」は、今後暫く出て来ないのではないかと。それほど、仕草の1つ1つに色気のある選手でした。
バンクーバー五輪の直後は、ソチまで現役を続けるとは、本人も思っていなかったのではないかと思います。1年1年モチベーションを保つのも大変ではなかったかと。
そして、今年のこのFPは、フィギュアスケートだったり支えてくれた方々だったりファンだったりに「ありがとう」の気持ちをこめたプログラムだよなあと思うのですが、感謝の気持ちで滑るプログラムで攻めていくという、その気持ちの持って行き方も難しかったのではないかなあと思います。
本当に4分半があっという間に感じられるFPでした。

皆さん、長い間ありがとうございました。
(* 引退情報は五輪開始前の情報やhearsayを基にしています)


そして、これからの時代を日本の羽生選手(1994年生)を始め、フェルナンデス選手(1991年生)、デニス・テン選手(1993年生‐‐チュチュを着たエキジビションナンバーの写真の印象があまりにも強烈だったので、もう20歳というその事実に驚愕!)らが担っていくことになるのでしょうが(町田選手は、大学卒業の来春を1つの節目としているという話で、独特の雰囲気好きだったので、残念だわ~)、皆、大きな怪我なく順調にキャリアを積んでくれることを願わずにはいられません。

私はスポーツ医学は不得手ですが、4回転ジャンプの練習は、絶対身体に大きな負荷を掛けていると思うのです。毎日何十本という練習をしていれば、そのうち身体のどこか、恐らくその選手の一番弱い部分に、酷使のツケが出てきてしまうに違いありません。今後、選手の身体への負荷の少ない跳び方やケアの方法などが、さらに科学的に解明され、広まっていってほしいなあと思うのでした。

いったん、アイスダンス・・・じゃなかったわ、現実世界に戻るSayoでございます。
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2014.02.17 00:09 | フィギュアスケート(~13-14 season)  | トラックバック(-) | コメント(2) |
*2月10日追記*

フィギュアスケート団体戦ペアFPに、もはやハハの心境。

こけるな(ジャンプ&スロージャンプ)
落とすな(ツイスト)
潰れるな(リフト)
最後まで耐えろ、耐えるんだ(木原選手バテ気味)
よくやった(涙)

と、5行で表わしてみると、こんな↑感じ。
シングルから転向してまる1年で、よくぞここまで。
素人に投げられる決心をした高橋成美選手の勇気にも拍手を送りたい。

そして、すでにバテ気味のSayoを、今晩団体戦後半戦が襲うのだった。


五輪のお供に、仕事の邪魔に追加情報です。
知る人ぞ知る(?)「観たぞ○○オリンピック」フィギュア団体戦。
(私もそ~んな昔から知っている訳ではないことを告白しておきますが)
飲み物をお持ちの方は吹かないよう細心の注意を払って
以下URLにお進みください(吹いたわよ)。
http://www.1101.com/sochi2014/2014-02-10.html


中身のない記事で申し訳ないのですが、五輪期間中、特別仕様にてご勘弁ください。
次回は、もう少し頭を整理して普通の記事を書きたいと思います。
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2014.02.09 13:24 | フィギュアスケート(~13-14 season)  | トラックバック(-) | コメント(4) |
著者の他の作品同様、一度勢いがつくと一気に最後まで読めるのですが、何とも釈然としない「中途半端に放り出された」感が残りました。

前半は浪速府浪速市という架空の市で起きた、「インフルエンザ・キャメル」という新型インフルエンザ騒ぎが中心なのですが、後半は、時間が少し遡り、そのような騒ぎが起こるに至った政治的背景(?)が描かれ、再び「現在」に話が戻ります。「じわじわ恐怖が広がっていく」的な描写もあり、新型インフルエンザ流行との戦いが中心かと思って読み進めたのですが、著者の最も言いたいことは、(お馴染みの面々が登場する)後半部分にあったのだろうと思われるような終わり方でした。

この方の作品は、(読んだ限りですが)どの作品も登場人物の誰かがどこかで繋がっています(もちろん、その繋がりが分からなくてもそれなりに面白く読めるのですが)。今の日本とそっくりな架空の日本を舞台に、ひとつの大きな物語を創造されていて、次々に発表される作品は、その物語のピースの1つであるような印象を受けます。特に、最近の作品にその傾向が強いような気がします。それを、「最後にどんなパズルが完成するのか」とわくわくしながら新刊を待つ、という楽しみ方もあるのでしょうが、私は、1冊の本は(それなりに)きちんと完結してほしいと思う方なので、インフルエンザ騒ぎの中の人たち(実際に対応した医師家族)が途中でどこかに行ってしまった本書には、冒頭にも書いたとおり、何となく釈然としない感が残りました。もしかしたら、それは続編(があるらしいです)の中で語られるのかもしれませんが、1つの作品として、この「ナニワ・モンスター」の中で、もう少しきちんと描いてほしかったです。

とはいえ、面白かったことも確かで。
後半、浪速共和国(だったかな?)の独立を唱える浪速府知事相手に(実にタイムリーというか何というか・・・)、本書の主要登場人物の1人である彦根が、より実現可能なものとして日本三分構想を披露する場面があります。かーなーりー尖鋭的な意見ではあるのですが、「なるほどね」と頷く部分も多かったです。
別の道州制を唱える知事を、彦根は「素晴らしい発想だが、実現に向けた理念に欠ける」と一蹴します。別の場面では「市民社会が欲するのは公平感です。たとえ不幸でも、みんなが等しく不幸であれば耐えられる。そうした納得は中立的、客観的情報が適切に流されることによって担保される」とも(これは、監査を受けない司法の独裁について語る場面なので、ちょっと違うcontextなのですが)。

もちろん、きちんと「今の生活」ができなければ未来がないことは確かなのですが、次の世代全体の未来に明確な光が見えれば、「皆で今の不便を我慢していこう」という、もう少しだけ住みよい世の中になっていくのかなとフと思ったりしたのでした(とりあえず「今の生活」ができているから言えることなのかもしれませんが)。*例によって、あくまで個人的な感想です。

というわけで(と強引にまとめる)、
医療ミステリー&ストーリーとして・・・微妙。
医療など諸々考えさせられる・・・ちっとばかししみじみと考えた。
という感じでしょうか。
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2014.02.04 22:03 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(2) |