屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

そんなわけで(←自分の中では、ひとつ前の記事から続いている)、Bruceの闘病には連載3日分が費やされ、昨日分の記事の中で、Bruceは亡くなりました。私が「好きだ」と書いた「来年ハワイで」のラストシーンも描かれており、やはり泣いてしまいました。「Caddy for Life」の訳語と思われる「人生のキャディ」という言葉もありました。「人生のキャディ」とすると、ワトスンからの視点になってしまい、Bruceの人生を描いた書籍のタイトルとしては、「・・・ビミョー」と思う点もないではないですが、個人的には「天国のキャディ」より「人生のキャディ」の方が好きです(しつこい)。あくまで、個人的な好みですが。

というわけで、「私の履歴書」(トム・ワトスン)、今日の副題は、「日本の若手へ」。

ゴルフには良い時も悪い時もあり、好調を長引かせ、不調を短くすることが大事だと書いた後、ワトスンは、次のように述べています。

「(言いたいのは)『できる限り、練習を重ね、何が自分に合っているのかを突き止めろ』ということだ。前にも書いた通り、試合中でも自分のスイングを変えることを恐れてはいけない。そこから学ぶことは必ずあるからだ。
もちろん、ゴルフのスイングにおいて『こだわり』は時に重要だ。しかし、それがうまくいかない時には、変える勇気も持たなければならない。」
(日本経済新聞2014年5月30日「私の履歴書」より)

そして、また、Sayoの翻訳センサが微妙に反応するのだった(もはや病気)。

翻訳者として、(様々な局面において)少しでも「しっくりこない」「おかしい」「うまくいかない」等迷う点があれば、何か別のことを試してみる、そして、場合によってはそちらにシフトすることを厭わない、という姿勢は大事だと思います(といつも言ってるよね~、自分<ということは、大方の場合、自分は「変化を恐れている」ということです<自戒)。

ただ、ひとつ思うことは、そうした変化は、多くの場合、方法論であり、あくまで本質的なものではない場合がほとんどではないか、ということです。自分の中に「こうありたい」「こう進みたい」という「幹」があってこその、変化であり変更であり挑戦なのではないのかと。時には大きな、Radicalな変化が必要になることもあるかもしれない。それでも、私の根幹は揺るがない。そう言い切れるだけのものを自分の中に確かに持ちたいと、日々精進し、そして、今日も暑さにだれるSayoなのでした。
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2014.05.30 15:04 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(2) |
日経新聞最終面には、「私の履歴書」という、(主に)経済界の重鎮が半生を振り返るというコラムがあります。だいたいひと月くらいの連載です。経済人が主ですが、俳優だったり歌舞伎役者だったりスポーツ選手だったりすることも。今月(?)は、プロゴルファーのトム・ワトソン氏の「半生振返り」です。ゴルフは、滞米時に多少手を染め、帰国後腰を痛めて結局止めてしまいましたが、TV観戦は好きなので(だって、うさぎが走るかも!<そこか)楽しみに読んでいます。

連載の中に、長年ワトソンのキャディを務めたBruce Edwardsが、「親友」として何度も登場します。
Bruceは、キャディという職業を「Professional career」に押し上げるのに大きく貢献したとも言われています(←ちょっと記憶あやふや)。元気であれば、たぶん今もワトソンのキャディを務めていたに違いありませんが、2004年4月に、ALS(筋萎縮性側索硬化症)のために、49歳の若さで亡くなりました。

Bruceの半生を綴った「Caddy for Life –the Bruce Edwards Story」は、帰国の直前に読みました。何となく見ていたTVのプログラムで、ギャラリーがキャディにスタオベするのを見て(・・・ゴルフは立って観戦することが多いので、「スタオベ」という表現は適切ではないのですが、雰囲気的にはそんな感じ)、「何で?」と思ったのがきっかけだったと思います。当時(2003年)、Bruceは病魔と闘いながら、まだキャディを務めていました。

Bruce Edwardsという人物は、少し奔放すぎる感じがして、正直あまり魅力的には思えなかったのですが、ゴルフの描写は臨場感がありましたし、ラストシーンは切なくて、グッとくるものがありました。

2003年のツアーのシーズンが終わった後、Bruceが“ Tom, I’ll see you in Hawaii,” と言い(当時、PGAツアーは年初にハワイからスタート)、Watsonが”I know you will”と応じる場面です。

その後、著者は、
Maybe Bruce would caddy in Hawaii. Maybe not. Caddying might be in his past. But the friendship was not.
They sat there together, in no rush to leave. Not just friends or even brothers.
Closer than brothers. And that would never change.
と締めくくっています。
(注:現在入手可能なReprint版ではラストが異なっている可能性があります)

帰国して暫くして、「天国のキャディ」という邦題で、訳書が出版されたことを知り、ネットをチェックして、Bruceが2004年に亡くなっていたことを知りました。(原書では亡くなったことは書かれていないのに)「売らんかなの題名やなあ」と思ったきり、彼のことも「Caddy for Life」のことも忘れていました。
今回、ワトスンの連載が始まって、改めて調べてみて、2005年にReprint版が出版されていたことを知りました。訳書は、そのReprint版が基になっているのではないかと思います。

当然ラストシーンも異なっていると思うのですが、私は、「じゃ、来年、ハワイでね」的な、あっさりしたこちらのラストが好き(・・・ってReprint版読んでませんが)。題名も「生涯一キャディ」とかするかな。産業翻訳者らしい、無駄の(少)ない、そして、いかにも売れなさそうなタイトルです...

新聞連載の方は、1990年代まで来ました。ワトソンは、親友の死をどんな風に語るのだろう・・・そして、年のせいでめっきり涙もろく、特に活字に弱いSayoはきっと泣くのだろうな。

5分でBruce Edwardsの半生を知りたい方はコチラ↓
http://www.bruceedwardsfoundation.org/about_bruce_edwards.htm
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2014.05.24 22:04 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(2) |
私のお仕事の大半は、(恐らく)FDAに提出する(した)資料(の一部)の英文和訳です。510(k)そのものだったり、試験報告書だったり、症例報告だったり、臨床試験計画書だったり、内容はかなり多岐に渡りますが、それらは、当局に提出される資料の一部を成すものなのだろうな、と思いながら翻訳をしています。

そんな私の前に困難な壁として立ちはだかるのが、FDAとその規制なのだった。

とりあえず業界指定図書(?))の「FDAの辞典」が手元にあれば、仕事はこなしていけるかなと思いますが、できれば、もう1冊参考図書がほしいところです(元値の3倍でAmazon出品中の「医療機器の知識」(薬事日報社)を入手するという手もありますが・・・)。でも、これがなかなか適当なものが見つからない。

それならば、と得意の奥の手を使う(英語の書籍を購入する)ことにしたSayoなのだった。
本当は、FDAの発信する情報を読むのが一番なのでしょうけれど、1つの情報について実に詳しく述べられていることが多いため、逆に混乱してしまって、「すいません、100年早かったです」とすごすご引き下がることがしばしばなのでした。

そもそも自国組織なのだから、米国出版の書籍なら、FDAとその規制について、正しく簡潔にまとめているものが、きっとあるはず。そして過去の経験からすれば、原書資料は日本語のものより理解しやすい場合が多いのです。

ということで、
FDA Regulatory Affairs (Informa healthcare, 2008)
を購入しました。

これが一番かどうかは何とも言えませんが、うまくまとまっていると思います。英語もそこそこ分かりやすい。「FDAの辞典」などで新薬/医療機器の申請について多少の知識を得ている状態で読めば、「おお、そうであったか」と納得(感動)することも多いと思います(<いや、それは自分だけかもしれないのですが)。

まだ全体の5分の2程度しか読破できていませんが、読了まで待っていると、レビューが年明けになってしまうと思われますので、「Orphan Drugs」の項が終わったところで、記事にしておきます。

目次
1. Overview of FDA and Drug Development
2. What is an IND?
3. The New Drug Application
4. Meeting with the FDA
5. FDA Medical Device Regulation
6. The Development of Orphan Drugs
7. CMC Sections of Regulatory Filings and CMC Regulatory Compliance during Investigational and Post-approval Stages
8. Overview of the GxPs for the Regulatory Professional
9. FDA Regulation of the Advertising and Promotion of Prescription Drugs, Biologics, and Medical Devices
10. Electronic Submissions – A guide for Electronic Regulatory Submissions to FDA
11. The Practice of Regulatory Affairs
12. A Primer of Drug/Device Law: What’s the Law and How Do I find it?
13. FDA Advisory Committees
14. Biologics

目次ベースで「読み飛ばしても・・・」と思われる部分がないでもないですが、とりあえず、律儀に最初から読んでいます(性格なので・・・)。

英語書籍お勉強本の厄介なところは、マーカーだけでは不十分で、余白にメモを取り、適宜付箋を貼りながら読みなければならないこと(でないと、後で必要箇所を探そうとした時に難儀する)。日本語は、適当に漢字が混じっている分、内容の「塊認識(Sayo的造語)」ができて、少しページを繰るだけで、目的の部分に到達できることも多いのですが、英語だと、全てが同じに見えて、そういう訳にはいきません(というのが私だけだったらゴメンナサイね)。

自分の中で明確になった部分、主なところを挙げておきます。

・ ICHは「医薬品」を規制する → (恥ずかしながら)漠然と「医薬品・医療機器」を規制すると考えていたのですが、医療機器はICHにgovernされないのですね(流用できる用語は多いと思いますが)。

・ CTD Triangle → この図によって、CTDの構成が明確になりました(でも、Googleで検索すると、「CTD Triangle」の画像が山ほどヒットするのでした・・・<てことで、単に無知だっただけという説もある)

・ PMA(Pre-market Application)はapproveされる、510(k)はclearされる。読み返してみましたら、「FDAの辞典」では、きちんと、PMAは「市販前承認申請書」、510(k)は「市販前届:ファイブ・テン・ケイ」と訳し分けられていましたが、これまで、「申請書」と「届」の違いを、深く考えたことはありませんでした。

・ Predicate devicesの訳語 → 以前の記事では、「文脈を考えながら、『合法的に市販されている機器』『合法市販品』『既承認品』などとする」と書きましたが、本書を読んで、特に届に関連する翻訳では、「既承認品」と訳出するのがベストではないかと考えるようになりました(他の訳語も、FDAのページの説明を名詞化したものなので、間違いという訳ではないと思います)。


正直、「それよりも、こっちせなあかんやろ」と思う部分もあるのですが、「規制」を意識し出した今が自分の読み時なのかなと思って(すでに購入後半年以上放置)、毎朝、音読の時間をビミョーに減らし、老眼と戦いつつ、ちまちまと読み進めているSayoなのでした。なのに、「美味礼讃」とか、読んじゃったりするんだよねー(ぺしぺし<と形だけお仕置してみる)。
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2014.05.19 23:30 | 辞書・参考書 | トラックバック(-) | コメント(0) |
再読のきっかけは、朝日新聞日曜別刷「GLOVE」(5月4日版)のBreakthroughのコーナーに、辻調理師専門学校校長の辻芳樹氏の名前を見つけたこと。「美味礼讃」は、辻芳樹氏の父である故・辻静雄氏をモデルにしています。

著者は、モデルは辻静雄氏であるとしながらも、「物語は架空であり、文責は筆者のみにある」と断っています。確かに芳樹氏は、作中では別の名前になっていますし、作品中で辻氏の敵として登場する人物や、後ろ足で砂を掛けるような振る舞いに及ぶ弟子などは、幾人かの人物をミックスして創作されたものと想像しますが、それでも、本書は、辻静雄氏の人生をほぼ忠実になぞったものだろうと思います。

20年以上昔、初めて読んだ時は、辻静雄氏が、(多少の停滞はありますが)フランス料理研究の大家となっていくその過程がただただ面白く痛快で、一気に読んでしまいました(義父に財力があったこと、周囲の人々に恵まれたことなど、運がよかった部分もあるかと思いますが、辻氏の「舌」がなければ、日本にフランス料理が広まるのはもう少し遅れていたかもしれません。少なくとも、本書を読むと、そのように感じられます)。

料理についての記述も、普段食べ慣れない料理名なので、一瞬で頭に思い浮かべるということは(少なくともSayoにとっては)無理でしたが、材料や作り方を頭の中で辿っていくと、美味しそうな料理に行き着く、という感じで、そうした料理を口にした時の辻氏の感想も含めて、食に関する描写を読むのも楽しみでした。

たとえば、

「しかしつぎにブイヤベースが出て、そのスープを飲むと、何かがちょっとおかしいと思った。スープには見事な味が出ていた。それは当然のことだった。伊勢エビ、タイ、スズキ、コチ、ガシラ、オコゼ、アナゴ、それにイサキのガラで十分にダシを取り、最後にそれらの上身にムール貝とハマグリを加えて煮込んでいるのだ。辻静雄は何度かそのスープを味わってから、このスープは感じが出すぎているのだとやっと分かった。完璧な味のバランスが保たれる一線を、このスープはほんのすこし越えてしまっているのだ。」(初版本文28-29頁)

といった感じです。

これは、辻静雄氏が、客を招き学校の教員に料理を作らせるディナーの描写ですが(その1番シェフに任命されるということは、教員にとって大きな名誉だったそうです)、客を前にしてシェフにその日の料理の講評を伝える場面で、「味を出そうとするために、ハマグリを2つ3つ余計に入れ過ぎた」と指摘したのに対し、客の1人が「きびしいものですな」と感想を漏らすと、辻氏は、「べつにあれでもあのままどこへ出しても恥ずかしくない味なんです。しかし九十点の味でいいということになると、七十点の味に落ちるのはすぐですからね」(同37頁)と答えています。

ここで、「一流人の考え方は、翻訳の参考になることが多い」というSayoの「いつでもどこでも無理やり関連付け」機能が発動したりなんかするわけです。

このディナーは、辻氏が、教員を腕の良い料理人に育てるにはどうすればよいかと悩んだ結果、何も知らない生徒だけを相手にしていては駄目で、日々客の舌によってその料理を試されなければならないという結論に達した結果催されるようになったものなのですが、翻訳でも、日々の勉強とその成果を試される場(仕事)の両方のバランスを取っていくことが大切だよな~、とかしみじみ考えたりするわけです。

とはいえ、そんなことは忘れて楽しみたい1冊ではあります。

本書は、学校を軌道に乗せ、「やるべきことは全部やった」と引退を決めた辻氏とその妻、そして氏の片腕の人物が、恩人たちへの恩返しのパーティの計画を語り合う場面で終わります。再読時には、この静かな余韻の残る描写が、ただただ哀しくて仕方がありませんでした。以前はそんなことはなかったのに。

その少し前に、長年の美食が祟って肝臓を壊し、思うように料理を食べることができなくなり、何をしても心から楽しめなくなっていた辻氏が、義父に乞われてこの道に入ったことも、弟子に裏切られたことも、肝臓を壊したことも含めて、すべては「自分がそうすべきだと信じてやってきたことの過程の中で起こり、それは避けられないことだった」(同389頁)のだと、自らの運命を甘受する場面があります。

20年の時を経て、私自身も年を取り、「運命を甘受する」ということが、少しだけ分かるようになったための「泣けるラスト」なのかもしれません。

本書の雑誌連載から程なくして辻氏は60歳の若さで亡くなります(1993年)。
本書を書かれた海老沢泰久氏も2009年にまだ50代の若さで亡くなります。

2人とも、存命であればまだまだご活躍されたに違いないと思うと、残念でなりません。
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2014.05.13 16:01 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |
4年ほど酷使してきた、所有者に似て今イチ根性に欠けるPCが、いよいよ冬場にも「突然電源断」なさるようになりました(フィギュアスケートの動画を見まくったためという説もあり)。その他にも、怪しげな動きを見せることがあり、新たなPCの購入を決意致しました。何より、今のままでは、夏の間は、命懸けで(?)動画を見なければならないではありませんか。

一応、辞書等ほぼ同じ構成のサブ機がありまして、この「根性なし子」が仕事の途中でいよいよ使えなくなっても、とりあえずそちらで仕事を続けることはできるのですが、ロースペックだし、何より、Home EditionなのでPPTが入っておらず、時々頂く、そこそこ大きなPPT案件に対応することができません。

で、naiveなSayoさんは、量販店で、使い慣れたWindows 7機(ノート)を購入しようとしたのですが、世の中はすっかりWindows 8化してしまっていて、Windows 7機にお目に掛かることはできませんでした。

というわけで、「このアナログな自分に様々な設定ができるのか??」という不安はあったのですが、現在使用中のメーカーの法人用の機種をカスタマイズして購入することにしました(法人用&ウエブ経由であれば、Windows 8をWindows 7にダウングレートしたものを購入することができます)。

物知りで親切な(常に最高級のものを勧められるということはありませんでした)、メーカーの電話サポートのお姉さんと相談しながら、以下のようにカスタマイズしました。

OS:Windows 8.1 ProライセンスをダウングレードしたWindows 7 Professional 64 bit(SP1)
CPU:インテルCore i5-4300M
メモリ:8 GB
ハードディスク:320 GB HDD(購入検討機種にはSSDの選択肢がなかった)
アプリケーションソフト:Microsoft Office Home & Business 2013
再セットアップ用媒体: Windows 7 Professional 64 bit版(デフォルトではWindows 8のものしか付属していない)

期末の駆け込み需要のせいでしょうか、到着まで多少日数を要しましたが、4月中旬には手元に届き、連休中多少時間が取れたので、マニュアルを片手にセットアップに挑戦しました。

結果: 指示に従って操作をすれば、たいていのことはなんとかなる(Sayoにもできたということは、皆さんにもできるということです)。

一番恐れていたのは、ネットワーク接続とメール関連の設定でしたが(「根性なし子」の設定時に非常に苦労した記憶がある)、ワタクシ、あまりに苦労したものだから、当時のメモやプリントアウトを全部保存していたのです(そして、保存していたことさえ忘れていたのだった)。そのとおりにやってみましたら、意外にさくっと設定することができました。おおっ、なかなかやるやん<自分。

使用しているソフトウエアのDL、手持ちの辞書等の格納も終え、対訳君も設定でき、あとはPASORAMAダウンロードとデータのお引越しさえ済ませれば、「取り合えず使える♪」状態まで漕ぎ着けた時、事件(?)は発生しました。

「刺客PASORAMA物語」

実はワタクシ、SII辞書はSRG9003(エンジニアモデル)とDF-X11001(医療用モデル)の2台を持っています。医学大辞典(医学書院)、ほしいなー、ほしいなー、ほしいなー、高いなー、と思っていたら、確定申告還付金の入金と相前後して、「リーダーズ3版搭載版」が発売されてしまったのでした。おお、なんという絶妙のタイミング。
SRG9003もDF-X11001どちらも、「根性なし子」(Windows 7)に接続して使用しています。PASORAMAのインストールには多少時間は掛かりましたが、「疲労困憊」というほどではありませんでした。ところが、新PCでは、使用できるようになるまで、とんでもなく時間が掛かってしまったのです。

SRG9003→PASORAMAのインストールはできるが、辞書を接続しても、PASORAMAを起動すると、「本体をPASORAMAモードにしてから再度、接続してください」というメッセージが表示され、辞書を使用することができない。

SIIサポートのFAQにもこの問題が掲載されています。
http://www.sii.co.jp/cp/support/faq/install_64.htmlに解決策が提示されていますが(URLは64 bitのもの)、そのとおりに操作すると、辞書の使用が可能になりました。

DF-X11001→そもそも、PCがUSBデバイスを認識してくれない(のでPASORAMAのインストールができない)。電子辞書側も「PASORAMAモード」表示になりません。

いくら検索しても、同様の症状がヒットしません。同業者の方がDFのインストールに言及されたブログ記事が2件ありましたが(しかも、どちらもリアルお知り合いの方だし!)、どうも、My PCの症状とは違うようです。辞書のリセットを実行したり、システムの設定が「PASORAMA接続」になっているかどうか確認したり、アナログSayoのできる範囲でトライしましたが、どうしても接続できない。
その日は、Facebook上で、悲報を嘆き、皆様のアイディアを募って、仕事に戻りました。
翌日、頂いたアイディア&エールを手に、再びPASORAMAに立ち向かいましたが、やはり状況は変わりません。ついに、諦めてSIIカスタマーセンターに電話しました。
そうしたら、ですね、私は、一生懸命、USB3.0ポートに接続しようとしていたために、接続できなかった、と、ただそれだけのことだったのです。2.0ポート(本体背中側の使いにくい場所にあるのだった)に接続しましたら、電子辞書の電源を入れるとすぐに、画面がPASORAMAモードに切り替わり、インストールを実行することができました。DFの方は、「本体をPASORAMAモードにしてから再度、接続してください」問題は発生しませんでした。
ただ、言訳っちゃ言訳ですが、SRG9003は、この3.0ポートから問題なくインストールできているのです(PCの取説にも3.0ポートは2.0にも対応と書いてあったと思う)。という訳で、ワタクシ、3.0ポートを使っていることを自覚しながら、2.0ポートに接続してトライしてみようとは考えもしなかったのです。

深夜にアイディアを出してくださった方、エールを送ってくださった方、本当にありがとうございました。

これで、あとはデータの移行&213シリーズの操作慣れだけになりました(ことを切に祈るSayoなのだった)。
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2014.05.09 23:03 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |