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2014. 05. 24  
日経新聞最終面には、「私の履歴書」という、(主に)経済界の重鎮が半生を振り返るというコラムがあります。だいたいひと月くらいの連載です。経済人が主ですが、俳優だったり歌舞伎役者だったりスポーツ選手だったりすることも。今月(?)は、プロゴルファーのトム・ワトソン氏の「半生振返り」です。ゴルフは、滞米時に多少手を染め、帰国後腰を痛めて結局止めてしまいましたが、TV観戦は好きなので(だって、うさぎが走るかも!<そこか)楽しみに読んでいます。

連載の中に、長年ワトソンのキャディを務めたBruce Edwardsが、「親友」として何度も登場します。
Bruceは、キャディという職業を「Professional career」に押し上げるのに大きく貢献したとも言われています(←ちょっと記憶あやふや)。元気であれば、たぶん今もワトソンのキャディを務めていたに違いありませんが、2004年4月に、ALS(筋萎縮性側索硬化症)のために、49歳の若さで亡くなりました。

Bruceの半生を綴った「Caddy for Life –the Bruce Edwards Story」は、帰国の直前に読みました。何となく見ていたTVのプログラムで、ギャラリーがキャディにスタオベするのを見て(・・・ゴルフは立って観戦することが多いので、「スタオベ」という表現は適切ではないのですが、雰囲気的にはそんな感じ)、「何で?」と思ったのがきっかけだったと思います。当時(2003年)、Bruceは病魔と闘いながら、まだキャディを務めていました。

Bruce Edwardsという人物は、少し奔放すぎる感じがして、正直あまり魅力的には思えなかったのですが、ゴルフの描写は臨場感がありましたし、ラストシーンは切なくて、グッとくるものがありました。

2003年のツアーのシーズンが終わった後、Bruceが“ Tom, I’ll see you in Hawaii,” と言い(当時、PGAツアーは年初にハワイからスタート)、Watsonが”I know you will”と応じる場面です。

その後、著者は、
Maybe Bruce would caddy in Hawaii. Maybe not. Caddying might be in his past. But the friendship was not.
They sat there together, in no rush to leave. Not just friends or even brothers.
Closer than brothers. And that would never change.
と締めくくっています。
(注:現在入手可能なReprint版ではラストが異なっている可能性があります)

帰国して暫くして、「天国のキャディ」という邦題で、訳書が出版されたことを知り、ネットをチェックして、Bruceが2004年に亡くなっていたことを知りました。(原書では亡くなったことは書かれていないのに)「売らんかなの題名やなあ」と思ったきり、彼のことも「Caddy for Life」のことも忘れていました。
今回、ワトスンの連載が始まって、改めて調べてみて、2005年にReprint版が出版されていたことを知りました。訳書は、そのReprint版が基になっているのではないかと思います。

当然ラストシーンも異なっていると思うのですが、私は、「じゃ、来年、ハワイでね」的な、あっさりしたこちらのラストが好き(・・・ってReprint版読んでませんが)。題名も「生涯一キャディ」とかするかな。産業翻訳者らしい、無駄の(少)ない、そして、いかにも売れなさそうなタイトルです...

新聞連載の方は、1990年代まで来ました。ワトソンは、親友の死をどんな風に語るのだろう・・・そして、年のせいでめっきり涙もろく、特に活字に弱いSayoはきっと泣くのだろうな。

5分でBruce Edwardsの半生を知りたい方はコチラ↓
http://www.bruceedwardsfoundation.org/about_bruce_edwards.htm
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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