屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

私がよくお邪魔するブログ「医薬翻訳者の胸のうち」のKomakoさんが、先日のIJET-25に参加された感想を記事にされたのですが、その中で、リスニング、シャドーイングなどが「英語学習の筋トレ」として紹介されているのを読んで、かつて「聞き流しと音読はもはや筋トレ感覚」と書いたことのある私は、「大先輩の方も同じように考えておられるのだわ」と嬉しくなってしまったのでした(登壇された方は通訳者の方のようでしたし、それ以前に、私の超いい加減な「筋トレ」を、その方のものと同列に扱うことなどできないとは思うのですが・・・)。

アウトプットが「書くこと」である翻訳者にとって、そうした筋トレが役に立つのか、他にもっと時間を取るべき基本練習があるのではないか、ということは、私には何とも言えませんが、翻訳者だって、いつ何時、どんな形で、他分野の方と英語で医療について話をする機会が生じるとも限りませんし、それが何かのチャンスに繋がらないとも限りません。個人的には、聞き流しやシャドーイング(の方は気が向いた時しかやりませんが)が、多少なりとも自分の医療英語力の底上げに貢献してくれているのは事実なので、Sayo的ええ加減的聞き流しテキスト(?)について、ちょっと紹介しておきたいと思います。

参考までに、「聞き流しに」について書いた過去記事はコチラです。


私の場合、テキストはCD Bookで、医療ドラマではありません。CDウォークマンでCD Bookを聴いています。ドラマを見る方が、単語やフレーズを画面上の状況と対比できる分、全体的な理解も深まるのかなという気もするのですが、そうすると、注意が目の方に行きやすいという難点がありますし、画面を見るためには、どうしても、その場に留まるか片方の手を使うかする必要があります。その点、CDウォークマンは、エプロンのポケットに入れてどこにでも連れて行けるので、洗濯物を畳んだり、アイロンをかけたり、拭き掃除をしたり、料理をしたりしながら聞くことができて、面倒臭がりの私にはピッタリなのです(CDウォークマンはAmazonさんでも手に入ります<ちなみに私の持っているのはコチラ)。

テキスト(?)は、好きな作家さんのものが中心です。「興味ある分野」「先が気になる話」の2点を優先しているのが、長続きしているコツかなと。もともと医療ミステリーやノンフィクションも好きなので、仕事のことも考えて、そのような作品を選ぶことも多いです。
テキストは、Amazonさんで購入しています。あまりお安くはないし、本業(?)の参考書籍もそれなりに購入しなければならないので、年に2~3本購入し、とりあえず1本5周くらいして、飽きたら別のCD Bookに移り、忘れた頃にまた昔のCD Bookを引っ張り出してくるという感じです(←どこまでもケチなヤツ)。

以下に、医療関係でよく聴くAuthorsを挙げておきます。
興味のある方は参考になさってください。

Robin Cook(「Critical」の読書感想文あり)
Michael Palmer
Michael Crichton(「Micro」の読書感想文あり)
Richard Preston(「ホットゾーン」の作者。「Panic in Level 4」「The Demon in the Freezer」など、何度聴いても面白いです)
「Angels on the Night Shift」(ERのDr.によるノンフィクション
「The Panic Virus」(自閉症とワクチンの関係論争(?)を扱ったノンフィクション)

AmazonでCD Bookを検索する時は、
”Audio Book” “Unabridged” “Medical”
”Audio Book” “Unabridged” “作者名”
などと入力してみるといいかなと思います。

「Unabridged」は「書籍の内容を端折らず全部を朗読している」ということを示します。「Abridged」だと、例えば、本来CD8本分の内容が半分くらいにまとめられていたりします(そして、Collectionのようなタイトルで、3作くらい抱き合わせにしてある場合が多い)。実に上手くまとめられていて、継ぎ目は分からないので、Abridgedでも、聞き流す分には何の問題もありません。私が個人的に「Unabridged」版が好きだというだけの話なので。


「インプット/アウトプット」は、やはり筋トレの基本かなと思いますので、「聞き流す」だけではなく、音読やシャドーイングも一緒に取り入れた方がいいのかなと思います。Sayo的継続のコツは、「毎日10分程度しか音読しない」「毎日の生活の一部にする」「でも1日2日飛んでも気にしない」ことです。いやホントいい加減でスイマセン。英会話における対応力を目標にするなら、小説など、会話が多く含まれるものを音読する方がいいと思うのですが、私は「そうしなければ積読が減らない」という必要に迫られて(切実)、テキストを音読しています。最近は「FDA Regulatory Affairs」と「The Internal Medicine Casebook」の2冊と戦っていますが、特に後者は頻繁にDayFilerのステッドマン様の美しい発音にお世話にならなければならないので、遅々として進まないのでした。

1年続ければ、世界は・・・たぶんあまり変わらないかな、という気もしますが、個人的には、帰国後10年、会話力が殆ど落ちないのは、聞き流しと音読のお蔭と思っています(それ以前に、そもそも元からなかったという説もあります<取りあえず見たくない現実には目を瞑るSayoなのだった)。
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2014.06.30 19:45 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(6) |
しみじみと昔を振り返る年になりました(しみじみじみ)。

今、私の周りでは、ちょっと色々なことがこれまでと違う方向へ動き出そうとしています。
そのうちここで触れることもあるかもしれません(今はまだ流動的な部分が多いので)。
仕事については、アプローチの仕方が微妙に変化する可能性はありますが、
今まで通り続ける予定です。
ブログへのアプローチ方法は変わりません。
これまで通り、読書感想文、フィギュアスケート、時々翻訳(?)です。


私が翻訳の勉強を始めた1990年頃は、翻訳といえば「出版翻訳」で、産業(或いは実務)翻訳という言葉はすでにあったのかもしれませんが、まだ一般的ではなかったような気がします。

というわけで、私が最初に目指したのも「出版翻訳」でした。そこには
「翻訳者として書籍に名前が載れば、XX(Sayoの旧姓)の名前も残るし(XX家最後の人間であります)」
というヨコシマな思いがあったのでした(というか単なる世間知らず)。もちろん「英文にぴったりとハマる日本語を探し出す作業が好き」というのが一番の理由ではありましたが(と言い訳などしてみる)。

そうして、翻訳の勉強に邁進すべく退社した後、暫く貯金を取り崩す生活が続きましたが、ある日、新聞の地方求人欄で見つけた「翻訳者募集」広告に引っ掛かり・・・もとい、応募して採用され、メーカー工場生産ラインで派遣翻訳者として勤務することになりました。出版翻訳が遠のいたような気はしましたが、当時は諸先輩と自分の間に横たわる「翻訳力の差」という厚い高い壁に暗然としていた時期でしたし、お金が欲しかったというのもありました。そこで初めて「技術文書の翻訳」なるものを経験しました。2年半働くうちに、実務翻訳が面白くなりました。

結婚退社(派遣の「退社」という言い方も変ですが)後、在宅で英日翻訳をするようになりました。様々な種類の文書を翻訳し、仕事量も増え、「もっと本腰を入れて」と思った時に海外転勤の話が持ち上がりました。柱にたかって「行きたくないよおおん」と泣きました(当時はセミだったようです)。

仕事を休んで6年半駐妻生活を謳歌しました。最初は仕事を休むことに対して焦りばかりがありましたが、そのうち、Community Collegeの授業や図書館でのボランティアが楽しくなり、「親戚付合い」という面倒なものもなく、最後は、旦那の健康を心配することさえなければ、いつまでも帰国したくないとまで思うようにさえなりました。だがしかし、楽しい人生は長くは続かない。再び異動命令が出て、帰国することになりました。

帰国後ほどなく、ありがたいことに、以前お世話になっていた翻訳会社から仕事を頂けるようになりました。英訳も始め、「医薬分野の仕事がしたい」と通信講座を受けたり、新たに取引先を開拓したりと、ほぼ自分のことだけ考えていられる時期が、約2年*続きました。仕事は技術翻訳一般で、Community Collegeで勉強した医薬の分野に未練(?)はありましたが、それなりに満足していました。

2年*後、叔母、父、母が、相次いで介護が必要な状態になりました。別居だったので、基本、施設や病院にお願いし、自分が介護に携わることは殆どありませんでしたが、非力なSayoは、3ヵ所廻って帰宅するとPCに向かう気力体力は残っておらず、仕事はほぼ休業状態となりました。自分の中でも、「翻訳? ま、いっか」的状態でしたが、数年経つうちに、叔母は亡くなり、母は入院し、父の最終的な行先も決まり、精神的にかなり楽になりました。
  *) 計算間違っちゃったので数字直してます(どこまでも算数に弱い)

そうなると、今度は、やりたい分野の翻訳がしたくなり、医薬分野のトライアルを受け、2社から合格通知を頂きました。当時は、何となく「内科的治療に係る翻訳がしたい」と思っていたのですが(医薬翻訳と言えばやっぱ製薬だよね~的な理解であったことを、ここに謹んで白状致します)、前職が災いし(?)、打診される案件は「ほぼ100%医療機器」の状態で始まり、今もその状態が続いています。
当初は、「そのうち製薬関連案件も」と虎視眈眈と狙っていたのですが、今では、イカツい医療機器の仕事(ホラ、疲労破壊試験とか・・・)も可愛く(?)感じられるようになり(結構奥深いのよ)、「外科的治療関連の翻訳者として翻訳者人生を全うしよう」と思うに至りました。勉強や情報収集へのアプローチも、医療機器を優先した形に変わってきました。


こうしてまとめてみると、20年前に志した目標とは、何と違った場所に着地したことでしょう。
結局「好き」と思える仕事/分野に着地したとも言えるのですが、「絶対コレ」と思い定めて狙ってきたわけではなく、その時々で目の前に提示されたものを受け入れ、その中で「譲らないところは譲らない」で来た結果が今であるような気がします。翻訳に限らず、人生全般において、提示されたものを、(あまり)抗わずに受け入れるという点で、自分は運命論者だなと思うのですが(その割には頑固という説もあり)、提示され受け入れたものの範囲において、こうする、こう進むという最終的な決断は自分で下してきました(除:旦那の異動)。とにかくこれまでは、人生の責任を問うべきは自分自身のみであるという人生を送れたことを幸せに思います。
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2014.06.25 22:20 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(6) |
というのは、今回旦那の話。

まあ、私自身は暫く前から常時不調ではありますが、
それは、主に更年期と運動不足のせいかと思われます。
(慢性腰痛何とかしたいよね)

さて。
人間ドックの記事で書きましたとおり、
旦那は嫌々「甲状腺嚢胞」の精密検査を受けてまいりました。
(Reluctant workaholic(?)の旦那としては、最初の診察で全休、甲状腺エコーで半休、エコーの結果を受けての診察で全休、という2.5日間の有休取得が許せなかったようでした<そもそも有休はあまりまくっています。それでも、最初の診察で、先生が「最悪は甲状腺癌」と脅してくださったため、毎日真夜中過ぎに帰宅なさる旦那様も、観念してスケジュール調整をなさったのでした)
結果は、やはり甲状腺嚢胞で、1年毎の検査となりました。
(そして、「覚えといてね」とSayoに責任を丸投げする旦那であった)

さらに、彼は、お盆休みに病院に1泊入院し、
睡眠時無呼吸症候群の詳しい検査を受けます。
(睡眠中機器を装着するので、入院検査になるとな
<しかも、試験の性質上個室だよ!)
(1泊入院なのに連帯保証人2人いるとな
<1泊入院で夜逃げなんかしやしねーよ!<しかし病院規則なのだった)
暫く前から「睡眠時無呼吸状態」ではありましたが、
仕事柄その放置の恐ろしさを知るSayoがいくら検査を勧めても、
多少耳の遠い旦那は「今年の蚊は早いな」くらいに思っていたようですが、
このところ、本人も日中眠くてたまらなくなってきたらしく、
モニタ装着の簡易検査をしたところ、「要検査」になりました。
おそらく、マスク等何らかの治療を受けることになるでしょう。

その他にも、頸動脈が狭くなっているだとか、
時々不整脈が出るだとか、
「今のところ治療は不要ですが要注意です」
的な不調が増えてきました。
(そういう意味で言えば、私の方が健康体かもしれません)

10年前帰国した時には、
「ゼッタイどこかおかしくなっているに違いない!!」
と思って、文字通り頭の天辺から足底まで調べて貰ったのですが、
(それまで1年半くらいの間、毎日出退勤時間をメモして「有事」に備えるような生活だった)
肺年齢が後期高齢者であった以外は(筆者注:当時の実年齢は42歳です)
特に異常はなかったのです。

やっぱり人間50を過ぎると、
不調も心配事も増えるってことですかねえ。

とりあえず、毎日きちんと目が覚め、きちんと眠りにつけることを
(まあ、睡眠時無呼吸なんで、きちんと眠れてない訳なんですが)、
ありがたいと思うことにしています。
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2014.06.22 11:44 | 健康 | トラックバック(-) | コメント(0) |
今年は「日本語力強化年間」&「申請等制度知識強化年間」にしようと
密かに決心していたのでした。
決心だけのまま、もう半年過ぎてしまいましたが。

これまで、薬事申請や制度についてよく分からないままでも、
丁寧に調べ物をすれば、それなりに仕事はできてきました。
これからも、それで続けていけないことはないでしょう。
でも、いつまでも避けて通っていているのも嫌だなと思ったのでした。

改正薬事法(ととりあえず表記しておきます)も公布されたことだし。
(最近、インターネット販売は解禁になりましたね)

改正薬事法については、すでにQ&Aなどの書籍も出ているようですが、
医療機器に関しては、実際の運用開始(施行)はこの秋になるようなので、
書籍については、(購入の必要ありと判断すれば)、
来年以降出版されるものを購入するようにする方がよいのかなと、勝手に考えています。
(あくまで個人的な考えです<念のため)

などと先延ばしにしているうちに、暦は冬から春へ、そして夏へと、
着実に変わってきている今日この頃なのでした。

そんなnaïveなSayoさんのこれまでの「改正薬事法」のお供は、厚労省資料である
「全国厚生労働関係部局長会議(厚生分科会)説明資料」(平成26年1月21日)」
http://www.mhlw.go.jp/topics/2014/01/dl/tp0120-06-01p.pdf
でした。
一読時の素人的感想は
「おおっ、医療機器別章立てになるのか」
「おおっ、ソフトウエア単体も医療機器になるのか」
程度でしたけど。

そんな時、時々お邪魔してチェックしている医療機器センター(JAAME)さんのサイトで、昨年度の「医療機器薬事申請・治験計画作成者養成プログラム」の「初級コース」と「上級コース」が無料視聴できることを知りました(*注:視聴可能期間は11月までです)。
http://www.jaame.or.jp/koushuu/yakuji/yakuji260121.php

ということで、空き時間に、とりあえず「初級コース」をちまちまと視聴してみました。
(新しいPCになったので、快適に視聴できるのだー<といっても、画面はPPT静止画像ですが)

被っている部分も結構ありましたが、普段、なかなか自分からは取りにいかない情報であることもあり、個人的には、かなり参考になりました。

直接的なメリットだけを考えれば、不要という考え方もあるでしょう。
正直、薬事申請そのものに直接関わらないのなら、
そこまで理解しなくてもよいのでは? と思う部分がないでもありません。
「翻訳に直接現れない部分の情報も背景知識として蓄える」
というのが、人生たそがれ気味のSayoの脳リハビリも兼ねたやり方です。そうした情報が
「どこかで微妙な正確性の差を生む」
と信じています。

というわけで、話は、再びe-learning資料に戻りますが。
資料をさくっと視聴してから、前述の厚労省資料を読み直して思ったことは、
1. 承認→申請に区分変更になる医療機器はどのようなものになるのか
2. 添付文書の位置付けがどう変わるのか、それが(翻訳という点で)どう影響するのか
という点にも注意払っていなければならないのではないか、ということでした。
ま、いつものように、目の付け所がズレているかもしれませんが。

今後、少しずつ「上級コース」にも挑戦していきたいと思います(希望的観測)。
暦が夏から秋に、秋から晩秋に変わるのもあっという間に違いないので。
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2014.06.15 13:19 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
私は、機械分野では、英和・和英どちらの仕事もしていましたが、医薬・医療機器にシフトしてからは、英和の案件のみを受けています。翻訳人生もこの先そんなに長くないだろうことを思えば、好きな英和訳の仕事のみで朽ち果ててもいいかなと思っています(結局、「日本語を書く」という作業が好きなのよね)。

それでも、時々「英文を書く」という作業を自分に課すのは、英訳も和訳の役に立つんじゃないか(and vice versa)と思うからです(まあ、今じゃ「その処理速度では仕事はとうてい無理」状態に成り果ててますが)。

今回、関西女性翻訳者の会の技術英語英訳セミナーに参加させて頂いたのも、一流と言われる英訳者の方からは、和訳者としても、得るところは大に違いないと思ったため。久し振りに同業者の皆さんと、お話もしたかったしね。

日英翻訳者の皆さんには、実務レベルでも大変有用な内容だったに違いないと思いますが、和訳者の私には、正直、「よし、明日から仕事に役立てよう」というにはほど遠い内容でした(難易度高過ぎという意味で<念のため)。それでも、何とか最後までついて行けたのは、以前、曲がりなりにも仕事として英訳をやっていたからかなと思います。

そんな中でも、収穫はありました。

和訳も英訳も、基本は同じ(というか、それがそもそも当たり前という説もありますが)→
講師先生が強調された「リライト」作業は、「(一読して日本文に置換しにくい英文の場合は)まず直訳文を作成し、文(時にはパラグラフ)単位で、同じ意味の、日本語としてまっとうな表現に置き換える」という、自分のやっている作業と似ていると思いました。「よい訳文を仕上げる」ための作業というのは、英日・日英どちらの方向からみても、基本は同じようです。

英文の英文要約→
セミナーの中で、英文を英文で要約するという作業があったのですが、これはとても難しくて、脳みそが沸騰する音が聞こえそうな気がしました。でも、この作業は、確かに英訳力がつくだろうと思います。そして、これは、たぶん、和文の和文要約でも同じだろうと思います。

言葉に敏感→
講師先生は、英文を読んで「この表現はすごいなと思う」「この部分には感動する」というような言葉をよく使われました(私なんか、「ほー」も「へー」もなくスルーしていたような箇所です)。それだけ、よい表現に敏感ということだと思います。そして、「よい表現に敏感」になるためには、よい表現とそうでない表現が瞬時に識別できなければなりません。もしかしたら、多少は「才能的センス」の部分もあるのかもしれませんが、それだけたくさんの英文を読み、調べ、そのよしあしを考えてこられた結果であろうと思います。もちろん、日本語の文章に関しても同じことが言えるわけで、和訳者としては、「よい日本語に即時感応する」ことが必要なんだよな~、と思ったりしたのでした。「でもだがしかし」(注:「屋根裏」固有の接続詞)とかやっていては無理かなという気はしますが。

・・・という感じで、私にとっては、もう一度、「和訳」を見直すよい機会となりました。
和訳者も、時には「和訳を外から見る」ことが必要なのかもしれません。

最後になりましたが、講師先生は、「大切なのは作成者の気持ち」ということも仰っていました(表現違っていたらごめんなさい)。それは、表現こそ違いますが、昨年まで受講していた治験講座のA先生も仰っていたことです。一流の講師先生が伝えようとすることは、結局は同じなのだなと。というか、迷ったり悩んだりした時に立ち返るべき翻訳の原点というのは、そこなのかもしれません。

・・・そして、また、セミナーのキモを外しているかもしれないSayoなのだった。
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2014.06.03 23:43 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(8) |