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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

私は、機械分野では、英和・和英どちらの仕事もしていましたが、医薬・医療機器にシフトしてからは、英和の案件のみを受けています。翻訳人生もこの先そんなに長くないだろうことを思えば、好きな英和訳の仕事のみで朽ち果ててもいいかなと思っています(結局、「日本語を書く」という作業が好きなのよね)。

それでも、時々「英文を書く」という作業を自分に課すのは、英訳も和訳の役に立つんじゃないか(and vice versa)と思うからです(まあ、今じゃ「その処理速度では仕事はとうてい無理」状態に成り果ててますが)。

今回、関西女性翻訳者の会の技術英語英訳セミナーに参加させて頂いたのも、一流と言われる英訳者の方からは、和訳者としても、得るところは大に違いないと思ったため。久し振りに同業者の皆さんと、お話もしたかったしね。

日英翻訳者の皆さんには、実務レベルでも大変有用な内容だったに違いないと思いますが、和訳者の私には、正直、「よし、明日から仕事に役立てよう」というにはほど遠い内容でした(難易度高過ぎという意味で<念のため)。それでも、何とか最後までついて行けたのは、以前、曲がりなりにも仕事として英訳をやっていたからかなと思います。

そんな中でも、収穫はありました。

和訳も英訳も、基本は同じ(というか、それがそもそも当たり前という説もありますが)→
講師先生が強調された「リライト」作業は、「(一読して日本文に置換しにくい英文の場合は)まず直訳文を作成し、文(時にはパラグラフ)単位で、同じ意味の、日本語としてまっとうな表現に置き換える」という、自分のやっている作業と似ていると思いました。「よい訳文を仕上げる」ための作業というのは、英日・日英どちらの方向からみても、基本は同じようです。

英文の英文要約→
セミナーの中で、英文を英文で要約するという作業があったのですが、これはとても難しくて、脳みそが沸騰する音が聞こえそうな気がしました。でも、この作業は、確かに英訳力がつくだろうと思います。そして、これは、たぶん、和文の和文要約でも同じだろうと思います。

言葉に敏感→
講師先生は、英文を読んで「この表現はすごいなと思う」「この部分には感動する」というような言葉をよく使われました(私なんか、「ほー」も「へー」もなくスルーしていたような箇所です)。それだけ、よい表現に敏感ということだと思います。そして、「よい表現に敏感」になるためには、よい表現とそうでない表現が瞬時に識別できなければなりません。もしかしたら、多少は「才能的センス」の部分もあるのかもしれませんが、それだけたくさんの英文を読み、調べ、そのよしあしを考えてこられた結果であろうと思います。もちろん、日本語の文章に関しても同じことが言えるわけで、和訳者としては、「よい日本語に即時感応する」ことが必要なんだよな~、と思ったりしたのでした。「でもだがしかし」(注:「屋根裏」固有の接続詞)とかやっていては無理かなという気はしますが。

・・・という感じで、私にとっては、もう一度、「和訳」を見直すよい機会となりました。
和訳者も、時には「和訳を外から見る」ことが必要なのかもしれません。

最後になりましたが、講師先生は、「大切なのは作成者の気持ち」ということも仰っていました(表現違っていたらごめんなさい)。それは、表現こそ違いますが、昨年まで受講していた治験講座のA先生も仰っていたことです。一流の講師先生が伝えようとすることは、結局は同じなのだなと。というか、迷ったり悩んだりした時に立ち返るべき翻訳の原点というのは、そこなのかもしれません。

・・・そして、また、セミナーのキモを外しているかもしれないSayoなのだった。
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2014.06.03 23:43 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(8) |