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2014. 08. 27  
老いた両親と相対するようになった頃から、
人生について考えるようになりました。
(単に暇だったという説もある)

たとえ死んで程なくして忘れ去られるとしても、
たとえ、そこに成功や達成や成就がなくても、
外から見ればただただ平凡に見える人生でも、
たとえ他人からはそうとrecognizeされなくとも、
大事に丁寧に真面目に一生懸命、上等な人生を生きたいです。
自分の思う「上等」、うまく説明できないんですけど、
真摯に毅然と生きる(生きたい)て感じです。
仕事も人との交わりも、何もかものplatformです。
結構難しいんで、あくまで理想ですけど。

そして、最後に、
「人は本来こんな風に老いて弱って死んでいく」
という死に様をきちんと見せることができたなら、
それで、私の人生よしとしたい。

そのためには、これから、どんな風に生きていったらよいのだろう。
そんなことを考えることが多くなりました。

・・・更年期でしょうか(<そこか<自分)


と悟った風な口をきいておりますが、新シーズンの幕開け(←分かる方は分かりますね)を控えてそわそわしております。人生修行、まだまだ足りないようなのでした。
翻訳もまだまだ修行が足りませんので今暫く足掻きます。
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2014. 08. 20  
「ヒューマン・ボディ からだの図鑑」
(小橋隆一郎監訳:主婦の友社、税込2700円、06/06/2014)

「Human Body 」(DK pub. 08/15/2001)の翻訳本。
書店でたまたま見つけて、連れて帰りました。

小型の正方形本なのですが、
このタイプのvisual dictionary、見るのも楽しく、
個人的には結構気に入っています。

電気機械系の翻訳をしていた頃は、
機械各部の名称を知りたい時など、
「Ultimate Visual Dictionary」
という同じタイプの辞書に時々お世話になっていました。
当時は、Google画像や動画も、今ほど充実していなかったし。

生物、宇宙、地形、建築物、機械、楽器と収録内容も幅広く、
「仕事」という点から言えば、例えば、
機械や部品に特化したものがあれば、
そちらの方が十分役に立ったのでしょうが、
まあ、見るだけで楽しい辞書でございます。

閑話休題。

「Human Body」でしたね。
これも、仕事という観点から言えば、
この1冊で事足りることは少なく、
この図鑑を足掛りに調査を進めるという感じになると思います。

それでも、空き時間に眺めているだけで十分楽しい図鑑です。
(頭蓋骨をパーツにバラして示してくれたテキストは始めてかも!
<いや、「だから何やねん」て話ですが)
人体全部を扱っていますので、
各器官や系に関する情報はやはり十分とは言い難い。
文章で書かれた説明を視覚的に確認する感じでしょうか。

全448ページ。
前半は人体の様々な構造を、
後半は病気と機能障害を扱っています。
病気と機能障害の部分に、原著発行後に明らかになった情報が反映されているのかどうか多少気になるところではあるのですが、「2001年時点の情報かもしれない」ということを念頭に置いて読めば、問題ないのではと思います。
20ページほどの用語集と索引つき。

英日対訳の形だと言うことないですが、
原著も2000円程度で手に入るようですので、
揃えて持っておかれるのもよいかなと思います。
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2014. 08. 15  
かなり前になってしまいますが、朝日新聞9日付日曜版
「最近イラッときたマナー違反」

1位 携帯・スマホを見ながら歩く
2位 喫煙しながら歩く
3位 犬のフンを始末しない
4位 道にたばこを捨てる
5位 道路を横に並んで歩く

以下、「自転車で歩道を疾走」「出入り口や通路でたむろする」「せきやくしゃみの時に口を押さえない」・・・etc.と続いていました。

My 1 位は、この中では「道路を横に並んで歩く」でしょうか。「携帯・スマホを見ながら歩く」はイラッというより、子供やお年寄りにぶつからないか、(自転車スマホの場合は)自分自身が衝突されないか(咄嗟の反射能力の落ちたおばさんなので)、(駅ホームでは)本人が線路に落ちないかと、イラッとするより、はらはらするというか「怖い」と思うことの方が多いです。2位の「喫煙歩き」は、居住市では、数年前に、市街地での喫煙が喫煙場所以外禁止になったため、街中ではまず見かけなくなったためでしょうか、あまり気になりません。個人的には、身勝手は重々承知ですが、仕事中、遊ぶ子供の大声にイラッとすることは結構あります。特に、「コレ」と思う訳語がもうそこまで出掛かっているような時。子供に「静かに遊べ」と言うのは無理に等しく、自分も同じ道を通ってきたわけで、理不尽だとは、頭では分かっているんですけどね。

「イラッとくる」理由について、北折充隆氏は「人は、他人への影響を考えない行為を不快に感じる」(朝日新聞・同記事)と述べています。現代は、多くの人が他人にイライラしているのだとか。

私は、「自分がよければ」という人が増えたんじゃないかと思うのですが、旦那は、そうではないと言います。「気づいていないだけ」なのだそうです。確かに、「スマホ歩き」の人たちの多くは、画面に夢中で、対向する人たちが自分のために道を譲ってくれていることに気づいていないようです。

「自分がされたらどうよ」という想像力がない、というか、想像してみる気持ちや時間の余裕がない人が増えているのかもしれません。まあ、「相手の立場に身を置きすぎる」というのは、母相手に経験しましたが、精神衛生上あまりよくないことが多いような気はしますが。

なんつって、私も、お友達と楽しい時間を過ごした後、ついつい話に夢中になってそこがどこであるかということを忘れ、「出入り口や通路でたむろする」をやってしまうので、注意しなければ。
暑いだけでイライラする今日この頃、適度の想像力を忘れず、気持ちよく生きたいなあと思いながら、文法蹴り倒した英文にイラッとしています。人間まだまだできていないSayoなのでした。
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2014. 08. 06  
この週末、私と旦那は新潟におりました。

新潟在住の父のいとこが、日本三大花火のひとつである
「長岡花火」に招待して下さったのです。
長岡花火は毎年8月2日、3日の2日間打ち上げられるのですが、
今年はその2日間が奇跡的に土日にあたり、
「それじゃ、今年は旦那が馬車馬で普段休みの取れないSayo夫婦を招待してやろう」
という話になったようです。
(というわけで、ハンパない人出で、
親戚宅は、長岡からJRで1時間ほどの場所にあるのですが、
関西レベル痛勤列車のような満員電車に揺られて長岡に向かいました)

長岡花火(長岡まつり)が始まった背景はコチラ
2005年からは、中越地震からの復興の意味も籠められるようになったようです。

私の過去の花火体験は、
大阪天神祭の花火と白浜(和歌山)花火大会という、まことにしょぼいものですので、
今回の花火で一生分の花火を見た気分です。

打上げ場所は、信濃川の中州。
10基以上の打上げ筒が中州に並び、
1時間30分余(空襲時間に合わせている?)の間、
36のプログラムで、花火が上がり続けます。
目玉である「Phoenix」では10基の打上げ筒が一度に使用されます(幅約2.2キロ)。


こんな近くで花火を観たのは初めてでしたが、
音が身体に響いて、まさに花火「体感」という感じでした。
謂れを知ったせいか、単に涙脆いせいか、
それとも美しいものにはそれだけの力があるのか、
涙が出ました。

一部の花火の動画のURLを記しておきます。
PC上ですが、お楽しみ頂ければと思います。

天地人花火
http://www.youtube.com/watch?v=9Gis3RP3lps

この空の花
http://www.youtube.com/watch?v=dD8Id69Ls-g

正三尺玉
http://www.youtube.com/watch?v=7prk1uCBNdw
6 in. → 9 in. → 12 in. → 36 in.(三尺玉)の順に打ち上げられます。
三尺玉打上げ前にはサイレンが鳴りますが、
これは空襲を忘れないためという話をお聞きしました。

フェニックス
http://www.youtube.com/watch?v=ujMVdpUM6cc
震災復興祈願花火、約2000発。
今年は10周年を記念して、花火の中で不死鳥が2度舞ったそうです。
ライブで見ていた時は全く分からなかったのですが、
遠景の画像を見返したところでは、
途中で1回、最後にもう1回舞っているような気がします。

そして現実に戻り、年のせいか旅行の疲れが完全に抜けず、
仕事が捗らない日々なのだった。
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2014. 08. 01  
「医療機器開発のエッセンス」雑感。

講義内容の概要は、シラバスで。
http://mei.osaka-u.ac.jp/cou05_15

「総論」に比べてアイソのない概要でして(MEIさん、スイマセン)、内容が掴みにくいかなと思いますが、乱暴にまとめてみると、設計開発→申請・承認→上市(&上市後)という、医療機器の一生(??)を俯瞰する講座、という感じです。材料調達や特許申請など、普段あまり扱われることのない部分についても(駆け足ですが)説明の時間が設けられました。

正直、「ここまで知らなくとも」と思う部分もありましたし、こうした知識が翻訳に絶対必要かと問われれば、恐らく私は「否」と答えるでしょう。知識がなくても、翻訳を行うことは可能ですし、実際、私も、医療機器の仕事を始めた頃は、「右も左も殆どわからない」新参者で、翻訳会社から頂く参考資料を頼りに必死に翻訳をしていました。
3年経って、ようやく、様々な文書の性質や立ち位置(?)が少し分かってくるとともに、ある程度自分で仕事量が調節できるようになり(つまり、能動的に(?)収入減を甘受するって意味ですが)、「(今の)自分は、どこに力を入れて知識を得たいのか」というようなことを考えるようになりました。その結果の「規制・制度・大局」強化年間です(その割に強化できてないという説もある)。
逆に、仕事を始めたばかりの自分がこの講座を受講したとすれば、講義の内容を十分咀嚼することができなかったと思います。ですから、自分にとっては、せっせせっせと様々な文書を翻訳した3年間は、「大局について学ぶ」ために必要な時間だったかなと思います。


医療機器センターさんのe-learningやMEIさんの講座を通じて、(自分比)集中的に規制・制度関について学んできて思うことは、大雑把に言えば、
「医療機器の開発製造は、薬の開発製造より、むしろ機械の開発製造に似ている」
ということ。医療「機器」なのですから、当たり前っちゃ当たり前かもしれませんが。
ただ、(特に体内植込み機器の場合は)「一定期間体内に留置される」機器ということで、「人体に悪影響を及ぼさない」ことが保証できなければなりません。そのために医療機器特有の規制や承認基準が必要となります。
これは製薬分野も同じだと思うのですが、そうした規制なり基準なりが「なぜ必要なのか」「どう運用されるのか」を理解しておくことは、長い目で見れば、決して無駄ではないと思います。


最後に。

今年に入った頃からでしょうか、同業者の方々から
「これからは医薬翻訳、特に医療機器分野の翻訳が増えるらしい」
という言葉をお聞きすることが多くなりました。

確かに、「健康」は誰にとっても関心事ですから、医療の進歩を扱う医薬分野の翻訳が、(今後翻訳形態が変わるのか、変わるとすればどのように変わるのかということはひとまず置いておいて)衰退することはなかろうと。そういう意味では、堅調な分野ではあると思います。
また、実際、政府も異業種参入を支援しようとしているようです。医機連さんの「産業ビジョン」でも、政府の「医療イノベーション5カ年計画」について触れられています(http://www.jfmda.gr.jp/vision/pdf/industrial_vision.pdf)。「医療機器分野が伸びるらしい」という予測は、一部はここからきているものではないかと思います。

*以下は、あくまでも個人的な印象というか感想で、調査やデータに基づくものではありません*

上記「産業ビジョン」の最後のデータが示すように、医療機器に関して言えば、今のところ、診断用機器を除いて輸入超過の状態です。体内植込み機器については(もちろん国内開発のものもありますが)、かなり輸入に頼っている印象です。というわけで、私のような、丁寧だけが取り柄の平均的な翻訳者にも、循環器だの整形外科だのの和訳案件が、そこそこ回ってくるわけですね(たぶん)。

この傾向が、すぐに劇的に変わることはないのではないかと、個人的には思います。
確かにTV番組等でお目にかかる日本企業の技術力には目を瞠るものがあります。でも、そうした高度な技術力が生体内環境にそのまま応用できるかと言えば、それはまた別の話で。生体内にあっても、浸食に耐え組織を傷つけない材料・形態の製品でなければなりません。そうした製品を生み出すためには、設計・製造・品質管理の全段階で、医学の知識が必要になろうかと思います。産学提携、医工連携が叫ばれるのは、その理由によるところが大きいのではないかと思います。
そして、技術が「製品」という形になったとしても、(全機器が対象ではないものの)今度は「申請(・承認)」業務が発生します。
たとえばCROやコンサルタント企業などが申請業務を代行するという形になるとしても、この2つの難関は、そう容易く踏み越えて行けるものではないのではないかという気がします。

というわけで、現状、飛躍的に「医療機器分野が成長する」という意見には・・・やや悲観的。
とはいえ、翻訳者として「参入」する価値は十分ある分野だと私は思います。
「これからは日英」という話も耳にしますが(先述の政府支援から出てきた話なのかな、情報の出所不明)、輸入超過という現状を見れば、まだまだ「英日」だけでも十分やっていけるのではないかとも思います。ただし、生き残っていくためには、今まで以上に、「各国規制を理解している」「工業分野の翻訳経験があり、解剖生理もきちんと理解している」といった付加価値を身に着ける努力が必要になってくるのかと思いますが。

「医薬品医療機器等法」と、改正薬事法の名称も別建てとなったように、今後、「医薬品と医療機器は分けよう」的な流れが進んで行くのではないかと思います(完全に分けることは不可能かと思いますが)。というわけで、今後は、「医薬品の翻訳も、医療機器の翻訳も」というやり方は難しくなってくるのではないかなという気がします。個人的には、やはり、免疫や薬理学の基本のキ程度は抑えておきたいかなと思っていますが(<野望は大きく)。

話が激しく逸れましたが、「医療機器開発のエッセンス」雑感ということでお許しくださいませ。
少しでも、どなたかの何かの参考になれば幸いです。

いかん、日付を跨いでしもうた。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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