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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

「ミズトラの会」主催、「治験翻訳講座といえば」のA先生のセミナーに参加して参りました。会のHPにセミナー報告書を挙げるという大役を仰せつかってしまったので(!)、詳細はそちらで報告するとして、ブログの方は、私の感じたこと、考えたことを記しておきたいと思います。

実は、私は、A先生の講座は、過去3期受講しておりまして、

(過去記事はコチラから)
治験の講座
治験の講座・2期目完走
治験の講座・3期目完走

1年半に渡って、先生の「なんで(その訳語を選んだのか説明しなさい)」攻撃に曝された身としましては、多少物足りない感も残らないでもなかったですが、主に「英訳基礎」講座の内容と、3期を通して先生が繰り返しお話になった内容がぎゅっと凝縮された4時間のセミナーで、疲れ切って寝てしまったのは最後の10分だけでした(寝たのかよ<自分)。

以前にも書いていますが、先生は、言語学を修められた方で、その方面からのアプローチはとても新鮮です。

先生の仰られたことを総括すると、翻訳とは「原文に書かれた情報を正しく理解し、その情報を別の言語で過不足なく再生する」ということになるかと思います。考えてみれば、それは、今年セミナーを受講した特許翻訳のN先生から学んだこととも、医薬翻訳のM先生から学んだこととも一致します。
もちろん、N先生もM先生も、そのように仰った訳ではありませんが、追求されているものは皆同じであるように感じました。

「原文の情報とその意味するところを正しく理解し、Output言語の対象読者がもっとも理解しやすい形で(できるだけシンプルにとも言えるかもしれません)、過不足なく置き換える」
というのが、今年1年掛けて私が辿り着いた結論です。

「翻訳は足さない、引かない」「原文が透けて見えない訳文が理想」のような言葉をよく耳にしますが、それらの言葉の根底にあるものも、「書かれた情報を足さない、引かない」「対象言語の読者が苦労せずに理解できる訳文」と置き換えることもできる訳で、結局は似たようなことを言っているのかもしれません。

そのためには、どうすればよいかというアプローチの方法は、人によって少しずつ違う訳ですが、大事なことは、自分の中に「翻訳とはこういうものではないか」という核を持つことではないかと改めて感じました。

そういう翻訳を目指すために、「こうすればよい」とA先生が提示して下さったやり方は、1つ1つは決して難しいものではありませんでした。問題は、1年なり2年なり、継続できるかということではないかと思います。
自分自身を振り返ってみれば、英会話でも運動でも、「これがいい」と聞いて始めた方法で長続きしたものは殆どありません。でも、それは、方法の部分だけを移植してしまったからだと思うのです。キモの部分もともに移植して初めて、継続も真の効果も得られるのではないかと。何を今さら、あたりまえじゃん、な結論で恥ずかしいですが。

セミナーの内容は、先生から事前に「Sayoさんには目新しいものはないよ」とお聞きしたとおり、かつて講座を通して教えて頂いたことばかりでした。ただ、そのために、自分の中で目指す翻訳を再確認することができ、初心に返ることができたように思います。

1年のよい締め括りとなりました。


でもって、お伝えできる限りの実践的な情報は、「ミズトラ」のHPの方でお伝えしたいと思います(年が明けてからね<全日本で修羅場ってますので??)、と巧妙に「ミズトラの会」のHPへの誘導を試みるSayoなのだった(右リンク欄にリンクあります)。
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2014.12.25 13:09 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(7) |