屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

GCP(医薬品の臨床試験の実施の基準)の英日両版の読み比べを必要とする案件が発生しました。

でも、私は「対訳君」にICHガイドライン対訳集を載せているから楽勝なのだよ♪、と高をくくっていたのが悪かったようで、GCPの呪いを受けることとなりました。

前記のとおり、「対訳君」ではICHの各ガイドラインを対訳で検索・確認することができます。
GCPは正確にはICH E6 GCP(ICH-GCP)ですので、GCPの対訳もここで検索可能なのです(のはず)。

ところが、今回しみじみと日英の文章を付き合わせて初めて気付いたのですが、E6には、1つの項目に

英文本文
日本語訳
■参考:答申GCP相当箇所
別訳(必ずしも英文本文に対応する訳ではないのですが、ここではとりあえず「別訳」と呼んでおきます)

のように、2種類の日本語訳があるのです(注:別訳が[対応箇所なし]となっているものもあります)。
この答申GCPとはどうやらhttp://www.jmacct.med.or.jp/plan/files/gcp_970313.pdfを指すようで、日本語版作成時の基になったものではないかと推測されます。

では、細かい部分は微妙に異なるがどちらも同じ英文に対応しているように思える「日本語訳」と「別訳」が存在する場合、迷える子ウサギは、何をより所にどちらを採用すればよいのか。

ということで、思い立ったら気が済まないSayoさんとしては、調べてみずにはおれません。

まずは、PMDAのICH E6ガイドラインのページから出発。
https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/ich/0028.html
日本語版は「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」となっている。
https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/ich/0076.html
うんむ~。なんか、違う。

その後の調査過程は、それなりに長いので、さくっとスルーしまして・・・

日本医師会治験促進センターのページに辿り着きます。
http://www.jmacct.med.or.jp/index.html
日本医師会の組織なので、訳語選択時の一つの基準とすることができるのではないか。つか、もうこの辺で終わりたいよね、調べもの。
http://www.jmacct.med.or.jp/plan/guideline.html
このガイドラインページの中程に「上記和訳: ICH 医薬品の臨床試験の実施に関する基準(GCP)のガイドライン」PDFがおるぞ、おるではないか。
http://www.jmacct.med.or.jp/plan/files/ICH-GCP.pdf
私が探していたのはコレなのだよ。

ちなみにこちらのICH一覧画面のE6 GCPからも同じページに辿り着くことができました(こちらの画面からは、PDFとHTML形式の両方のページを開くことができます)。
http://home.att.ne.jp/red/akihiro/index.htm

というわけで、あくまでも私の中の基準ですが、使用語句・フレーズとしては、まずは治験促進センターに収められている「上記和訳: ICH 医薬品の臨床試験の実施に関する基準(GCP)のガイドライン」が第一選択肢となるかと思います。

(ぜーはー)

最後になりましたが、ICH-GCPとJ-GCPの相違点を比較考慮した上で、新訳を試みた(と乱暴にまとめておきます)「ICH-GCPナビゲーター-国際的視点から日本の治験を考える」(治験国際化研究会編 じほう 2013年)、購入時に軽く確認したのみで書棚の肥やしとしていたのですが、今回のGCP騒ぎ(←大袈裟)でふと思い出して確認してみたところ、後半部分に、ICH-GCP原文、既訳(上記ガイドラインを参考にしたもの、省令の該当箇所も記載)、新訳の3点セットが記載されておりました。「持っていてもいいかな」程度で購入した書籍なのですが(無知な子ウサギをお許しください)、2年の時を経て、今ここで役に立つとは(しみじみ)。


GCPとは関係ありませんが、CDISCの用語集も、用語と解説文の両方から臨床試験用語を検索することができ、出典も含めて対訳で表示されるという、なかなかの優れものです。ご参考まで。
http://www.tri-kobe.org/cdisc/glossary/glossary.php


そして、その「対訳君」ですが、6月30日でパッケージ版の販売が終了されるようです(DL版としての販売は継続されるよう)。こちらもご参考まで。
http://www.mcl-corp.jp/software/s_main.html
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2015.06.27 23:55 | お世話になった(なっている)ウエブサイト | トラックバック(-) | コメント(3) |
-本日は、関西の辺境でぐーたら生活を送って・・・もとい隠者生活をされているSayoさんに、無理をお願いして来て頂きました。Sayoさん、今日は宜しくお願い致します。

Sayo(以下S):宜しくお願いします。

-まず、Sayoさんの海外経験についてお聞きしたいと思います。ご主人の転勤でアメリカにいらしたことがあるんですよね。

S:1997年10月から2004年5月までシカゴに住んでいました。

-仕事は休んでいたとお聞きしましたが、あちらにおられた間は、英語の勉強はどのようにされていたのでしょう。

S:まず、コミュニティカレッジのESLのクラスに通いました。その後は、同じカレッジの正規の授業をいくつか受けました。卒業や資格取得を目指さないのであれば、取りたいクラスだけを「つまみ食い」的に受講することができましたので。将来は医薬分野の翻訳をやりたいと思っていたので、英語の他に、生物学や心理学のクラスも取りました。

-そこで勉強されたことが、現在役に立っていると思われますか。

S:そうですね。まず、大量に読まされたので、英文を読む速度が速くなったということはあると思います。調べ物をする時、英語のサイトも結構サクサク読んでいます。それから、大量に書かされたことで、それまであった「英作文恐怖症」のようなものはなくなりました。
あと、解剖学や生理学の授業で、試験勉強のために必死で覚えた内容が何となく記憶に残っていて、仕事をしながら「そうそう、そうだったよね」ということは結構あります。

-ご自身の経験を踏まえて、翻訳者にとって「海外在住経験は有利」だと思われますか。

S:(暫く考えて)英訳に関しては、確かに多少有利ではないかと思いますが、現在は、状況は変わりつつあると思います。
私が行っていた頃は、今ほどインターネットも普及しておらず、洋書も簡単には手に入りませんでしたが、今は、自分さえその気になれば、日本に居ながらにして、様々な海外の情報を簡単に入手することができますし、ネットで海外有名大学の授業を視聴できたり、スカイプで安価に英語のレッスンを受けられたりもします。洋書もAmazonで容易に入手することができます。
それよりも、自分を追い込むことができるかどうかということが大事なのかなと思います。出席型の授業だと、「予習して出席して試験勉強をして合格する」という一連の流れを、追い込んでもらってやる感じですよね。ネット視聴だと、「どうしてもいついつまでにこの講座を修了しなければ」という切迫感が薄れてしまうような気がします。実際、成績はつかないけれど後でArchiveを視聴できるものも多いですし。私は根がぐーたらなので、「授業」という形で人様に追い込んで貰わなかったら、同じ期間に同じだけの英文を読み、書き、知識を得ることはできなかったと思うのですね。逆に言えば、今の時代、自分を追い込める人であれば、どこで学ぶかは関係ないのかなという気がします。
ただ、もちろん、海外での経験や日常生活が有利に働く場合もある、ということはあると思います。
医薬翻訳について言えば、たとえば、米国の診療体系や医療保険は日本のものとはかなり違うので、実際に経験していた方が、そうした記述があった場合に勘が働きやすいということはあるかもしれません。でも、逆に、医学的知識については、最初に英語で勉強したために、未だに対応する日本語を探すのに苦労するということがあります。
日本語全般でみても、海外にいる間は、よほど意識していないと、日本語を使いこなす能力は低下する場合がほとんどだと思います。どうしても、努力しなければ、きちんとした日本語に触れる機会は減りますから。翻訳という職業を考えた場合、決してメリットばかりではないような気がします。

-なるほど。強引に纏めてみると、「自分次第」「メリット・デメリットをきちんと抑えておく」・・・という感じでしょうか。

S:そうですね。あくまで私の個人的な考えですが。これ、ちゃんと書いといてくださいね。

-分りました。それでは、そろそろ時間になりましたので・・・今日はいろいろありがとうございました。

S:こちらこそありがとうございました。

-また何か企画しましたら来て頂けますか。

S:・・・(無言のまま腰をさすりつつ去る)
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2015.06.17 23:04 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
最近あまり体調が宜しくないのでした。

腰痛は、朝痛みで目が覚めるほどだし
(起きて動いている間は普通にしていられます)
動悸がひどい。
(ひと月前の心電図では異常なかったし、頻脈というほどでもなく規則正しく打っていますし、更年期の入口にいた頃も同じような症状が出たので、自律神経方向ではないかと思います)

とはいえ、今年は年初から健康面が低調なので、
一念発起して(←使い方を間違っています<念のため)
旦那への手紙を更新することにしました。

5~6年前、介護と更年期で体調が思わしくなかった頃、自分にいつ何があってもいいようにと、両親、実家、永代供養のことを「こうしてほしい」と書き綴ったものを、鏡台の奥にしまいました。旦那へは、いつも身につけている緊急連絡先を書いた紙から誘導できる(?)ようにしています。

もともと、父の成年後見人という厄介な仕事をしていて、そちら関係の申送り(?)事項をまとめておく必要があるようなあと書き始めたものだったのですが、両親も亡くなり状況も大きく変わっているので、思いついた時に最新版を書いておこうと。

生命維持装置についてのお願いも書いています。
旦那は、面と向かってこういう話をするのが好きじゃないんだよね。
なので、私も「機械で生き長らえさせんといてね」と軽くお願いはしていますが、そうした軽い口約束が後で決断する者の重荷になることは、身をもって体験しました。

最新版では、

「この手紙を読んでいる今、もしも、私の意識が戻る希望が限りなく0%に近く、まだ生命維持装置で生かされているなら、それを外してほしいというのが私の希望ですが、あなたがすぐに決断できないのであれば、決断できるまで私を生かしてください。立場が逆なら、たぶん私も少しでも長くあなたに生きていてほしいと願うと思うから。でも、私の希望は知っておいてください。希望を叶えたことで、のちのち自分を責めないでください。私の思うとおりにしてくれたのだから」

と書いています。

以前は、そんな姿で生きていたくはないと思っていましたが、
父を送って少し考えが変わりました。
旦那がそれでも私を生かしておきたいと望むなら、それもありかなと。
ヒトは残される者のために最後の時間を生きるのだと、今はそんな風に思っています。
書出しの文面は、初版作成当時放映されていた「Tomorrow」という医療ドラマの中の台詞を一部参考にさせて頂いています。
手紙だから書けることってたくさんあるよね。

もちろん、私はまだまだしぶとく生きていくつもりです。
結婚後すぐ義妹の病気が分かり、それから色々なことがありましたが、
2人で、私の叔母、父母、旦那の父母、妹を見ていこうという話になりました。
旦那は私の実家の家族を一緒に送ってくれたので、
義理堅いSayoとしては、旦那を残して逝くわけにはいかないではありませんか。

とはいえ、旦那先に逝かれちゃうと、やっぱり1人では色々しんどいので
それは勘弁してほしいな~とか、自分勝手なことも考えたりしていることを
最後に謹んで告白しておきます。
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2015.06.12 23:14 | 両親のこと | トラックバック(-) | コメント(8) |
読書感想文回。

そう言えば、暫く前にTVドラマやっていたなあと、図書館で何となく手に取りました(ドラマの方は未見)。以前、同じ作者の「阪急電車」を読んで、格好いい登場人物の女性達に、爽快としたよい気分になったことがあったので。

あっしはおばさんなので、少し軽めの話し言葉が多用される「口調(文体)」が多少馴染まない部分はありますが(少し調べてみましたら、この方の作品や、例えば「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズなどを、ヤングアダルトと一般小説の中間にあたる位置付けに分類している方がおられて、ナルホドと思う部分がありました)、一気読みする面白さではありました。

ひと言で言えば、航空自衛隊という少し特殊な環境における広報を描く、ある意味「お仕事小説(自衛隊的広報)」で、交通事故でパイロット業務を続けることができなくなり広報室に配属された空井大祐と、広報室の取材を担当するTV局のディレクター稲葉リカの成長物語でもあります。甘さは控え目。

綿密な取材をなさったことが窺える表現や情報が、話の展開の中に、自己主張しすぎることなく配されていて、話を組み立てるのが上手い方だなあと思いました。

ただ、あくまで個人的な感想ですが、途中ところどころ、広報室の同僚達の話が挟まれ、意識がそちらに逸らされてしまい、空井とリカの成長物語が線で繋がらなかったような気がします。まあ、一気に行きましたので、読み落としている部分もあるかもしれませんが。
また、大変面白くはあるのですが、本作自体が多少「自衛隊広報小説」の色を帯びているようにも感じられ、少し残念な気がしました。取材対象に愛着が湧くのは、これはもう当然のことだと思うのですが、実力のある方だと思うので、感情移入はもう少し手前で踏み止まって、黒い部分も嫌なヤツも描いてほしかったなと思わないでもありません(まあ、これはこれでいいのかな)。

この小説は、2011年夏出版予定で執筆が進んでいたのですが、「震災に言及したい」という作者の意向により(「松島基地の、そして空自広報の3.11に触れないまま本をだすことはできないと判断しました」と後書きに書かれています)、「あの日の松島」という章を追加して、翌年夏に出版されました。
この「あの日の松島」自体は、静かな感動の伝わってくる章なのですが、「付足し」感が否めません(これも、あくまで個人的な感想です<念のため)。「空飛ぶ広報室」は、小説としては、その前の章で完結しており、そこで終わっていた方がよいような気がしました。
空井もリカも、震災を経て、色々考えること変わったことがあったでしょうし、描くのであれば、「一章追加」という形ではなく、続編という形で、「その後」をきちんと書いて頂きたかったなと思いました。


最後に、「お仕事小説」としてアンテナに引っ掛かった言葉を。

広告代理店で1年間研修して戻ってきた部下に対する室長の言葉。
「自衛隊は倒産しないもの。だから時間を金に換算する習慣もない。コストの概念が根っこから違う世界に飛び込んで、一年食らいつけたんなら上出来だ」(186頁)

毎月きちんと旦那様の給料が入る主婦という立場も、「倒産しない」と言えるのかなと。もちろん、リストラや退職など、サラリーマンにも倒産はあるでしょうし、私も外向きには「いつ辞めるか分からんし(自分も頑張って稼がなあかん)」と言ったり、漠然とそうした不安を感じたりしてはいましたが、1年前まで、それはやはりどこか「他人事」でした。室長がそうであるように、私と同じ立場でも、しっかりコストを意識されている方も多いでしょうが、少なくとも私は、「でも旦那の給料あるし」という安心感の上に立った、緩いコスト意識しか持っていなかったような気がします。という訳で、個人的に、かなり突き刺さった室長のひと言でした。


読了後、ドラマのウエブサイトを訪問しました。稲葉リカ役の新垣結衣さんは、(あくまでイメージですが)まんまリカやなあと思いましたが、空井役の綾野剛さんは、私の中では、「カーネーション」の周防さんや「八重の桜」の殿の印象が強く、小説版の空井とはあまりマッチしませんでした。綾野さんがどんな空井を演じられたのか、機会があれば見てみたいなと思ったのでした。
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2015.06.06 17:11 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |
先日、メインの取引先から、英訳のお仕事を頂きました(仕事として英作をするのは、2年ぶりくらいでしょうか・・・)。

確かに、英日・日英両方で登録はしていますが、登録以来4年、英訳の仕事は、短いものが1件だけだったと記憶しています。

なので、枚数だけお聞きして、いつものように和訳のお仕事だと思い込んでお引受けした後で、原文ファイルを開いたら、日本語が飛び込んできて、頭が真っ白になってしまったのでした(しかし、時すでに遅し・・・)。

かなりむごい(?)納期で(というわけで、引き受ける方がおられず、ダメもとで私のもとに来たのかなと)、青息吐息で納品しました。

和訳ではFBを頂くことはまずありませんが、今回は、「不慣れな部分が認められましたが、よく調べて丁寧に訳しています」という講評とともに、真っ赤になったFBが返ってきて、「久し振りの割には、それなりのものは納品できたかな」と思っていたワタクシの慢心は、一瞬にしてぺしゃんこになってしまったのでした。

リップサービスなのかもしれませんが、「今後も時々お願いしたい」という言葉が添えられていまして、「和訳メインで行きたいという気持ちに変わりはないが、その中で『時々』という形であれば、英訳も受注していきたい」というような、自分としてはかなり本音を述べた返信をしておきました。やはり、「和訳がやりたい」という部分は強調しておきたかったので。
とはいえ、仕事を振れるレベルと認めて頂いたのであれば、たまさかの英訳もよいかなと。FBを下さったチェッカーさんも仰っていましたが、私も、やはり、英訳は和訳の役に立ち、和訳は英訳の役に立つと思うので。
ただ、これまでは、「和訳」という観点から、様々な勉強を進めていましたが、今後は、「英訳」も見据えた勉強もしていかなければならないかなと思います。なかなか、時間取れないんですが。

結果ボロボロであった英訳体験ですが、ひとつだけ、数年前より進歩したと思える部分がありました(と思っているのは自分だけという説もある)。
それは、名詞の単複、定冠詞、不定冠詞、無冠詞の選択です。
以前は、本当にいちいち考え込んでいたのですが、今回は、感覚と基本の考え方に依って選択し、自信が持てない部分はGoogleで使用頻度を確認するというやり方で、これらについては、あまり深く悩まずに選択することができました(・・・そして、間違った部分もありますが・・・)。

そうできるようになったのは、治験翻訳講座で基本の考え方を学んだことが大きかったと思います(同講座の回し者ではありません<念のため)。「迷った時は、文書の作成者は抽象をイメージしているのか、具体的なものをイメージしているのかを考える」というやり方は、今のMy指針のひとつになっています。
また、感覚的に「こうだよね」と選択できる部分が増えたのは、CD聞き流しと音読の成果だと思います。もはや筋トレ化している聞き流しと音読ですが、15年も続ければ、それなりに得るものはあるのだなと、ちょっと感慨深いものがありました(15年でその程度かよという説もありますが、そこは、まあ、あまり深く問わんといてやってください)。


で、今はまた、慣れ親しんだ和訳に戻って、それはそれで青息吐息しているSayoなのだった。
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2015.06.04 00:23 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |