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2015. 08. 20  
本日は、「お好みによりスルー」記事にて。
ちょっと気持ちをまとめておきたかったので。


ここ3週間くらい、ちょっとしんどかったのでした。

身体の不調は心の不調から、
心の不調は身体の不調から、

という訳で、両者不調による相乗効果だったのかもしれません。

両親、特に対母親のことは、「自分なりに精一杯のことをやった」と気持ちの整理をつけた積りでいましたが、やはり、心の奥では、どうしても好きになれない気持ちと、その気持ちに対する申し訳なさがいつまでもせめぎ合っているのかもしれません。

今年は、連日、母も、そんな私をまだ許していないと知らせに来たと思われるような夢を見ました。私が必要とするものを隠したり、「やらない」と言ったり、無視したり、怒り狂ったり。お盆の直前におじさん(「喪失感」参照)のことがあったせいか、両親の魂が帰ってきているのを「感じた」ような気もしました(普段あっしはそういう人間じゃないんですけど)。

今朝の夢は、両親の魂がいると分かっている部屋に、ひとりで入っていかなければならない夢で、部屋に入ると同時に、色々なものが私を目がけて飛んできて、私は、顔を覆って「許して、許して」と絶叫していました。それでも、その場から動いてはいけないことだけは、分かっていました。その後、何が起こったのか不明ですが(何しろ夢ですから・・・)、部屋は静かになり、良い天気であることが分かりました。それから、多少関係のある、何の脈絡もない次の話へと移って行き(何しろ夢ですから・・・)、その途中で目が覚めたのでした(何しろ朝ですから・・・)。

許す、許さないは、私の心の問題で、たぶんこれからも背負っていくと思うんですけど、その夢から覚めたとき、何となく、自分の今回の一過性うつ状態は底を打ったような気がしました。何というか、長かった今年のお盆が、やっと今日終わったような。

それさえも、自分に都合の良い解釈なのかもしれませんが、ヒトの心には、そんな風に、自分の心を守ろうとする働きが備わっているのかもしれないなどと思いつつ、この文章を書いています。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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