屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

今年も何かと気が散る季節がやってまいりました。(年中気が散っているという説もありますが・・・)
ジュニアグランプリシリーズはすでに後半戦ですが、来月にはいよいよシニアグランプリも始まります(てことで、今日は基本フィギュアスケートの話題なのだった)。


そんな訳でソワソワし出した先日、Sports NAVIさんに、振付師宮本賢二さんのインタビューが掲載されました。

前編→http://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201509160006-spnavi
後編→http://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201509170004-spnavi

ミヤケンの愛称で呼ばれる宮本賢二さんは、海外でも知名度の高い振付師さんで、あまりに忙しくされていることから、「2年先まで予定が詰まっている」とか「常に(仕事で)移動するためホテル住まいである」といった話がまことしやかに囁かれています。
10年ほど前、巷に「一流のプログラムを滑りたければ海外振付師で」的な雰囲気がソコハカとなく漂っていたことを考えると、記憶に残る数々のプログラムが日本人振付師の手で生み出されているという事実には、本当に感慨深いものがあります。

現役時はアイスダンスの選手として、有川梨絵さん、その後都築奈加子さんとペアを組んでおられました。当時は海外在住のため、雑誌でしかその(概ね国内での)活躍を知ることはできなかったのですが、宮本・有川組の海外ジャッジからも高評価を得たというプログラム「古事記」は、今でもYouTubeで見ることができます。本当によい時代になったものです(しみじみ)。

「古事記」(2001年全日本選手権)
https://www.youtube.com/watch?v=uTiqSK5sBWU

ミヤケンさんは、時々バラエティ番組にも出演され、真面目な顔や発言で笑いを取り、周囲に臆することなく飄々と受け答えをするその姿をひと言で表現するなら「(結構)軽い・・・」(あくまでTV画面からの印象です<念のため)。

「振付師宮本賢二」のインタビューは、そうしたともすれば「調子のいいお兄さん」的な印象を、よい意味で覆すものでした。様々なもの・ヒト・滑りを本当によく研究し分析しておられます。もちろん、そうでなければ、海外の有名振付師と肩を並べることなどできないに違いありませんが。

My翻訳者アンテナに引っ掛かった箇所は何箇所もありましたが、とりあえず2箇所だけ挙げておきます(あっしもそれなりに忙しい身体なもんで)。

(忙しい体なので)依頼を断ることも多いのでは、と問われ、

「いっぱいありますね。基準として、週6日以上練習しない人には振り付けをしません(中略)どんなに上手でも、一流じゃない人は振り付けはしないです。やはり一生懸命練習している選手が一流だと思うので」

と答えています。現役時代(の言動)から「努力を見せる人、努力していることが分かる人」という印象はなかったので、そんなミヤケンさんが、このような明確で厳しいMy基準を持っておられるとは思わず、何だか嬉しい驚きでありました。

また、

「若手の選手を振り付ける際、彼らの武器を最大限生かすようなプログラムを作るのか、それとも少し背伸びをさせるプログラムを作るか」という質問に対しては、

「少しだけ背伸びをさせるようにします。その子に合ったものだけをすると、1年間それをやるので、やっぱり慣れてしまうんですよね。慣れてしまうと動きは小さくなるし、見ていて感じるものが少なくなる。だからちょっとだけ難しくて、しんどい中でやっていたら、試合のころには、それがぴったりはまるようになるというような振り付けをしています」

と答えています。どうすればその選手が伸びるかを考え、常に少し先(の完成形)を見て作業をするというかなと思います。そういう「今だけを見ない」という姿勢は、翻訳者としても、同じ場所で立ち止まらないために、参考にすべき部分かなと。


そんなワタクシ、今年は、木原万莉子選手に注目しています。
2年前には、「病気を克服」ということばかりが話題に上った感がありますが、今年しみじみと海外試合の動画を拝見して、改めて「踊る選手だな」と思いました。
大田由希奈さんと同じ濵田門下生のようで、手先まで動きが美しいのはさもありなんという感じですが、大田さんを「優しい、流れるような美しさ」と表現するなら、木原選手は、未完成ではありますが「緩急のある強さを感じさせる美しさ」という感じで(まあ、視聴したのが「ブラックスワン」というのもあるかもしれませんが)、腕や手先の使い方が、どこか現役時代のミッシェル・クワンを思い出させます。

そんな彼女の、ジェフリー・バトル振付けの今季FP「ブラックスワン」の動画はコチラ。
http://skating.livedoor.biz/archives/51932589.html
失敗もあり決して得点はよくありませんが、腕の上げ下げや手先まで気を配っているなあということが分かるかと。

今年はNHK杯にエントリしているようです。
是非よい順位で終えて、これまた全然趣の違う、弾けるようなEXを見せてほしいものです。
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2015.09.30 14:39 | フィギュアスケート(14-15 season~)  | トラックバック(-) | コメント(0) |
この連休、ワタクシは「Practice(s)」に苦しめられていたのでした。
GLP、GMP、GCPのように定訳があるもはまだいいのですが、単体practice(s)やmedical practice、clinical practiceなどの訳語は、前後の文脈も併せて考える必要があることが多いので、「自分、なんでこんな簡単な単語に引っ掛かってんねん(キーッ)」となることが多い、まだまだ修行の足りないSayoです。

個人的には(自分の場合ですが)、慣行、実践、事業(診療)所などの意味で使われることが多いような気がします。

ちなみに、英辞朗では、
medical practiceは、医療業務[行為]、医業
clincal practiceは、臨床診療[業務]
となっていて、ナルホドと思う部分も多い。
玉石混淆が問題となることも多い英辞朗クンですが、そこを分かって使用し、訳語として使用する前に裏取りするようにするならば、なかなかに強い味方かなと、個人的には思っています。

では、メディカルの英々辞書では、Practice(s)はどう扱われているのか。

「説明」という点ではイマイチ愛想の悪いDorlandは取りあえず置いておいて、「Cyclopedic Medical Dictionary」という触込みのTaberを開いてみます。

Practice
1 The use, by a health care professional, of knowledge and skill to provide a service in the prevention, diagnosis, and treatment of illness and in the maintenance of health
2 The continuing and repetitive effort to become proficient ajd to excel or at least to improve one's skill in the practice of medicine

practice of medicineの説明はありませんが、日本語にすれば「医業」くらいの意味でしょうか。
分かったような分からんようなで、くそ忙しいときに訳語即決定の役には立ちそうにないですが、なんとなく包括的にPractice(s)の意味が理解できる説明ではあります。

念のため、「Choose the Right Word」も確認してみました。
これは、メディカル専門ではなく、一般的な類義語について「こういう違いがあるんだよ~ん」ということを教えてくれる参考書で、仕事でお世話になるというより、今回のように「Practice(s)には苦しめられたよな~、ちょっと見とこか」という時に確認するものです(というのは、完全に個人的な使い方)。
PracticeはTraditionの見出しの下に、convention, custom, ethos, folkways, manner(s), moresとともにひとまとめにされていて、
Practice refers to a usual way of acting, working, or behaving - inshort, a custom - but, unlike custom, implies a voluntary choise
と説明されています。

そんなワタクシは、過去に、Practice(s)を、業界標準(industry practice)、製造管理基準(manufacturing practice)、院内慣行、診療施設、臨床医療・臨床業務・臨床処置(clinical practice)、医療行為(medical practice)、標準医療(standard practice)などと訳していて、本当に様々なcontextでpractice(s)に遭遇し、苦しんできたのだなあとしみじみ思ったのでした(学習していないだけという説もありますが)。
これらの訳語は、FBが戻ってきていないというだけで、シニアチェッカー様にがしっと直されている可能性がありますので、使用される際には、十分ご注意ください<念のため。

そんなわけで、ひたすらPractice(s)に苦しみ(それだけじゃないけど)、にわかラグビーファンとなった忙しい連休でした。
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2015.09.24 14:34 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |
10年ほど前に読んだのですが、今回映画化されるということで、書棚の奥から救出して再読。
初読時、それまで読んだ東野作品(といっても10冊程度ですが)とは別系統のように感じて心に残り、手元に残すことを決めたものです(解説が真保裕一なのだ!)

自衛隊に納入予定の最新鋭の大型ヘリ「ビッグB」が、領収飛行当日、何者かに遠隔操縦によって乗っ取られる。ヘリは福井県の原子力発電所「新陽」上空で停止し、ホバリングを始める。「天空の蜂」を名乗る犯人は、日本の全原発を停止するよう要求し、従わなければ、爆発物を搭載したビッグBを新陽に墜落させると宣言。無人と思われたヘリには、製造企業の開発当事者の息子が乗っていた。刻一刻とヘリの燃料切れの時間が迫る。果たして少年を救出し、ヘリの墜落を止めることはできるのか――

というのが粗筋。
一応主人公は、ヘリ設計者である錦重工業の湯原かと思いますが(ビッグBに取り残されたのは後輩山下の息子で、原作では、2人がヘリの設計者として「新陽」に赴き事件に対処します)、犯人を追う福井県警の室伏と関根、実行犯の雑賀(元自衛隊開発官、その後原発労働者)、三島(湯原の同期で原発担当)、新陽所長の中塚、その他にも消防、警察、自衛隊と多くの登場人物が入り乱れ、今名前を挙げた人々以外は、すぐに「どこの誰か」が分からなくなってしまい、何度もページを戻る羽目になったのが、ちょっとしんどかったです。最近、もの覚え悪いもんで。翻訳物などによくあるように、見返しに「主な登場人物」一覧を付けてほしかったというのが率直な感想。映画版のHPを見て、思わず「おお、これは分かりやすい」と思ってしまいました。

錦重工業社員の三島が犯人の片割れで、他に1名、実際にヘリを遠隔操縦する仲間がいることは、かなり早い段階で明らかになり、順次、「仲間」の素性、協力者の存在、「原発乗っ取り」を計画した理由などが明らかになっていきます。
犯人探しや少年救出のドキドキ感に比べ、個人的には、犯人の動機がやや弱いかなという感じがしました。作者は、どちらかに特に肩入れする訳ではなく、全編、どちらかと言えば淡々と描いているという印象を受けましたので、余計そう感じるのかもしれません。今改めて読み直すと、私たち自身が「無関心にメリットを享受するばかりでよいのか」と問われているような気がします。

主人公らの奔走が実り、ヘリは原発ではなく海に墜落し、原発は破壊を免れるのですが、作者は、最後に、逮捕された三島に、「『新陽』に落ちたほうがよかった。そのことにいずれみんな気がつく」と言わせています。今になってみると実に重い言葉です。みんな気づいたけれど、実際に何かが変わったのだろうか? 


映画版のHPを少し探検してみました。
時代背景は原作と同じ1995年(その後の技術の進歩には目を見張るものがありますし、ストーリーを踏襲するとなると、時代を現代に近い時代に設定する訳にはいかないのだろうなあと<登場人物が手にする携帯が懐かしい)、ヘリに閉じ込められる少年が、湯原の息子高彦に変わり、山下は登場せず、湯原と三島が力を合わせて難局に立ち向かう(少なくとも表向きは)設定になっているようですが(ストーリー的には、その方がスッキリしますし真相が明らかになったときの衝撃も大きいですから、ここは納得の改変かなと)、それ以外は、だいたい原作に沿っているような感じです。CASTの中には「成長した高彦」も登場し、どのような描かれ方をするのか分かりませんが、震災時に被災地に救助に赴く設定のようです。
長いこと映画館には足を運んでいないのですが、「『新陽』に落ちたほうがよかった。そのことにいずれみんな気がつく」の部分がどう扱われたのか、ちょっとみてみたい気もします(とかいって、結局、地上波放映が初見だったりするのだ)。

題材が題材ですし、重いっちゃ重いですが、エンタテイメント性もあり、原作「天空の蜂」、私は結構好きな部類の小説です。
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2015.09.10 20:29 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(4) |
スポーツ選手の引退について考えさせられた週末でありました。

1人は、五輪3連覇も記憶に新しい、柔道のNOMURA*選手、40歳。

*名前で検索して来てくださる方にはしょぼい内容で本当に申し訳ないので、せめても分かりにくいようにとローマ字記載としています。

アトランタ優勝時は(たまたま)所属大学の傍に住んでいたのですが、田舎町はエラい騒ぎになり、駅前で優勝パレードも行われました。
その後、何となくずっと気になっていた選手です。

今回、改めて往時の試合を見返してみたのですが、
アテネまとめ: https://www.youtube.com/watch?v=x4eImu6plgQ
アトランタ(オジェギン戦): https://www.youtube.com/watch?v=3I9MqmDUT5s
いや、ホントに強かったです。
(てか、投げられて腹から落ちるって、その反射神経どうよ<オジェギン戦)

アテネ後はケガとの闘いだったようで、最後の試合も、膝の水を抜き、痛み止めを打っての出場だったようですが、身体がもう少し動けば、本人はまだ現役を続けたかったのではないかと思います。想像ですけど。
天才とも呼ばれた選手ですが、引き締まった身体を見れば、トレーニングを続けていたことは明らかで、改めて才能と努力があってこその偉業だったのだなあと思います。

3連覇直後に現役を引退していれば、「強いNOMURA」のイメージだけが残ったかと思いますが、その後怪我に苦しみ進退に悩んだ10年間があったからこそ、著明なアスリート達も駆けつけてくれたのでしょうし、何より、その10年が、今後後進を指導する際の宝物になるのではないかと思います。


その同じ週末、プロフィギュアスケーターARAKAWAさんがプロデュースされるFOI(Friends on Ice)が10周年を迎えました。

ARAKAWAさんは、NOMURA選手とは対照的に、金メダル後すぐ現役を引退されています(競技も違いますし、その後プロとして活動できるということもありますから、もちろん単純比較はできませんが)。
メダルを獲るまでは決して順風満帆とは言えず、ソルトレーク五輪には出られませんでしたし、ディフェンディングチャンピオンとして臨んだトリノ前年の世界選手権では9位に沈んでいます。

そのARAKAWAさんが、引退した年に立ち上げたアイスショーがFOIです。
10周年ということで、今年、スポーツ番組でも少し取り上げられていました。
その中で、彼女が言っていた「後輩たちが引退したときに帰って来られる場所をつくりたかった」という言葉(正確にはこのとおりではないかもしれませんが、趣旨はこんな感じ)。今でこそ、オフシーズンにはいくつものアイスショーが開催されますが、当時は日本発で海外の有名選手を招聘するショーはなかったと記憶しています。

当時「アジア人初」と言われたフィギュアスケート初の金メダル、どうすれば競技や後輩のために役立てられるかと、知恵を絞られたのだなあと。


ピークを過ぎてからの遅い引退。ピークでの引退。
どちらがいいとか悪いとかいうことではなく、考え方は人それぞれ。
大雑把にまとめてしまうなら、NOMURA選手は「まだ強くなれる、なりたい」と現役を続け、ARAKAWAさんは「後輩の居場所を確立するために」と現役を引退された訳ですが(もちろんお二人ともそれだけではないでしょうが)、「いつまでも栄光の余韻に浸らない」という意味では共通しているのかなと思います。
進んだ道は違いますが、どちらも、例えばメダル獲得後20年くらいの時を経てから、競技にも本人の人生にも、何かが実になって還元されるという意味では同じなのかも。
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2015.09.03 18:02 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(0) |