屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

昨日、我が家のとどと無事に結婚20周年を迎えました。
(戸籍上はもう少し早いんですけど)

長かったような、短かったような。年とったなー、自分(しみじみ)。
とにかく「記念日」に縁薄い我が家では、特にプレゼントもディナーもなく、「それではあまりやろ」ということで、ケーキだけ奮発しました(貧乏なもんで・・・)。

夫婦仲はおおむね平穏で、ワタクシ側の両親の介護の際には、様々な意味で、本当に旦那には世話になりました。
大きな事態に直面してみないと分からないことってありますね(しみじみ)。
学歴なく離婚歴あり、現在はプーで腹立つことも多い旦那ですが、まっとうで正直で、人間としての質は上等だとワタクシは思っています。

総じて波風少なく平凡な20年でしたが、1年目に家ウチでちょっと大きな騒ぎがあり、その後も何度かその余波に見舞われました。
以来、楽しい時間にいっとき現実を忘れ、「今日考えるのはよそう」とそこから目を背けても、逃れられない現実が私たちとともにあります。
でも、内容こそ違っても、誰もが大なり小なりそうした辛い現実を抱えていて、それぞれに悩み、どこかで折り合いを付けながら、
毎日を過ごしているのだなあと、自分だけではないのだなあと、気付かされることの多い今日この頃です。
(それは単に年取っただけという説もある)

逃れられない現実は結婚しなければ降りかからなかったものですが、
それでも、結婚してよかったと思えるので、それなりに幸せな20年だったのかなと思います。
とにかく2人、大病もせず、心身健康にここまでこれたことに感謝です。

20年間の最大の功績(?)は、フィギュアスケートファン化教育の成功。
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2016.01.29 21:53 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(10) |
プチご無沙汰致しました。
特に忙しかった訳ではないのですが。

土曜日は同業の方たちとランチ致しました。
(混ぜて頂いたという感じですが)
これまで時々お邪魔してきたランチは、「主に同業種翻訳者との情報交換」(+お喋り)的なものが殆どでしたが、今回は、会を主催される方や、そうした場で何度も登壇された方々とのランチです。これまでとは少し異なる新たな視点から、物事を見ることができたという点でとても新鮮でした。と同時に、「み、みなさん、(色々)凄い」と心中密かに汗をおりましたですよ(でも、というのは変ですが、とても楽しかったです)。

それ以外は、いつものように、関西の片隅で隠者生活しておりました。

さて、本題ですが。

今月からノンフィクションの通信講座を始めました(まだまったく手をつけられていないんですけど)。
通常、ワタクシは、勉強会や講座については、終了してから感想を書いていますが、今回は、「やります」と書いておかないと色々な意味で挫折しそうなので、最初に書いておきます。

ノンフィクションの翻訳が特にやりたいという訳ではありません(まあ、余生の楽しみ的に訳してみたい本は2~3冊ありますけど)。これからも軸足は医療機器です。
ただ、これは、他の分野もそうかもしれませんが、ワタクシが普段書いている日本語というのは、専門用語や専門の言回しというものがあって特殊なものも多いです。
その中にいて、知識や言葉の使い方の専門性を高めていくのももちろん必要には違いありませんが、「辞め時」が頭にちらつく今日この頃、その前に別の分野の日本語も、きちんと勉強もしてみたいと思っていたところ・・・
・・・某所で、遠い昔、ワタクシに「わ、わしにはノンフィクションの翻訳はは無理だ(愕然)」という厳しい現実を突きつけた方が講師をなさることを知りました。あ、誤解なさらないでくださいね。別にその方が厳しかったという訳ではなく、同じ生徒という立場でありながら、圧倒的な知識と努力と日本語力と翻訳に向かう姿勢で、ワタクシを圧倒されたのです。

そんなわけで、講座受講のためのトライアルに挑戦したのですが・・・最低の成績での通過でした。正直、ショックでした。まん中くらいかな、と思っていたので。
仕事が忙しい時期と重なり、最後の推敲が多少やっつけになったのは事実です。そこに「仕事忙しいし」という甘えがありました。
分野は違えど長く翻訳をやってきたので「日本語書けるよね、自分」という奢りもありました。それらを、はっきりと突きつけられたようで。

旦那には「これ以上落ちることはなからいいやん」と慰められましたが、翻訳学校的にはある程度の人数が集まらないともとが取れませんから、本来なら落とされていたはずのワタクシも人数合わせのために合格になったのではないかと考えたりもしました。実際そうかもしれません。講師講評の最後には「・・・これからご一緒していくみなさんの中には、上記のような意識がまだ不十分と思われる方もいらっしゃいます」という厳しい一文もあったのですから。ほんなら、講座のためにも、私はおらん方がええんやろか。と思うと同時に「なにくそ」と思う気持ちが湧き(結構負けん気強いので)・・・という感じで、受講料を払い込むまでにはかなり悩みました(決してお安くはないし)。

ただ、落ち着いて、訳例と自分の提出した訳文を比較してみると、自分の訳文には「ストーリー」がないのが分かります。
筆者の意図と文章全体のストーリーは正しく読み取っているのですが、それが、読者にも分かる形で訳文にきちんと反映されていないのです。
仕事では、もちろん全体を頭に入れてから訳出作業に入りますが、筆者の意図を意識することはあまりありませんし(論文では論旨(の解釈)が正しいか、もっとも言いたいことは何か等を考えはしますが)、逆に中立を意識する場合も多いです。
ワタクシは、その「分野が異なれば意識しなければならない部分も異なる」という部分への注意が疎かなまま、訳文を作ってしまったのでした。

・・・ということが分ったからといって、次から2つの異なる分野をきちんとスイッチできるかどうか分かりません。
逆に、仕事の分野の訳文にも悪影響が出てしまうかもしれない。決して器用な人間ではないので。
様々な意味で仕事と両立させながら、半年間完走できるのか、自分?? ・・・正直、自信ないです。仕事は多少セーブするかもしれませんが、現在この細腕のワタクシが大黒柱している我が家ですから、そうそうセーブするわけにもいきません。最後まで最低の生徒かもしれませんし、半年後の報告時には「やっぱり挫折しました(汗)」とか言っているかもしれません。
それでも、今は、「やろうと思ったときがやり時です」という某先生の言葉を信じて(<それもセールストークだったり・・・)やってみようと思います。

というわけで、最近、屋根裏比、多少更新が滞りがちですが、さらに滞ることがあるかもしれません。
どうぞ、(生)暖かい目で見守ってやってくださいまし。
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2016.01.24 00:53 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(4) |
「風神秘抄」のその後の物語。

若い頃は結構異世界ファンタジーも読んでいましたが、30歳を過ぎた頃から、何となく、あまり面白いと思えなくなりました。
それでも、まだ「魔術師の帝国」(レイモンド・E・フィースト)とか、どうしても里子に出せない子らを何冊か手元に残してますけど。

そんな中、夢中になったのが、荻原規子さんの「勾玉三部作」(「空色勾玉」「白鳥異伝」「薄紅天女」)でした。
(とかいいながら、手元にないんですけど<別宅=図書館に置いて(?)ます)

いずれも、日本古代を舞台にしたファンタジーで、YAに分類されることが多いようです。
「空色勾玉」はまだ神々がこの地を治めていた時代が舞台、
「白鳥異伝」はヤマトタケル伝説が下敷き、
「薄紅天女」はアテルイ伝説と更級日記がモチーフ、
と少しずつ時代が下っていきます。

個人的には、「白鳥異伝」が一番好きでした。ヤマトタケル伝説が基になっているので、「悲恋かよ~」とドキドキしながら頁を繰ったので、余計かもしれません。主人公の少年も一番カッコよかったしね(人間いくつになってもトキメキは大事であります)。個人的には、「そなた」とか「おぬし」に混じってときどき現代風の言葉遣いが出てくるのが気になりますが、そこは好みというものでしょう。

閑話休題。

「あまねく神竜住まう国」の前日譚である「風神秘抄」では、時代はさらに下り、源平の争いが背景となります。異能の少年草十郎と舞姫糸世(いとせ)が主人公なのですが、もう何年も前に読んだので、正直詳しい話は忘れました。「あまねく・・・」は図書館で見つけて、流し読みし、「おお続編とな」と借り出したものです。

「風神秘抄」では脇役というか命を助けられる側だった源頼朝(流人として在伊豆)が主人公。彼の目から見た草十郎と糸世の物語であるとともに、少年頼朝の成長物語でもあります。「風神秘抄」のカラス(だったと思う)も捨てがたいですが、特に異能の持ち主というわけではない普通人頼朝が悩みながら自分の道を切り開いていく、こちらの後日譚の方が好きかな(<とはいえ大蛇と戦うわけなんですが)。

荻原規子さんは「西の善き魔女」など、普通に異世界を舞台とするファンタジーも書いておられますが、「西の善き魔女」は個人的にはイマイチでした。それなりに面白かったですけど。

どうしてかな、と考えてみたのですが、(古代ではありますが)「同じ時間軸の日本が舞台」という制約の中で、史実にも従いつつ、「どこまでぶっ飛んだファンタジーが書けるか」というところで勝負なさっている感の感じられるところが、個人的に好きなのかなと思います。宮部みゆきさんの、「現代が舞台だがすこしだけ特殊能力が絡む」とか「江戸時代が舞台で怨霊が」とかの話は好きなんですが、純ファンタジーものは苦手というのも、同じ理由からきているのかもしれません。

「あまねく・・・」で頼朝は伊豆に自分の居場所を見つけます。のちに北条政子になりそうな少女もちらっと登場しました。
この話に続きがあるのか、そこで、義経殺しに至る経緯(荻原さん的解釈)が描かれるのかどうか、気になるところです。

お気が向かれましたら。
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2016.01.13 00:53 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |
今年は時短集中で行くぞい、と思っていたのですが、年初からなかなか上手くいきません。

だらだら休憩は抑制できたと思う年末年始、ここ数日は明け方近くまで仕事をする日が続きました。
(やっぱり夜中が一番捗るんだよねえ<まあ、ゴミ出し当番も、1年かけて完全移行を完了したので、遅くまで寝てますが)

そう要領が悪かったわけでもなく、仕上がり枚数的にそう厳しい納期でもなかったのですが、やっぱり相手がPPTだったのが敗因でしょうか。(てか、週明けまで続くんですけど<ちょっと逃避)

PPT案件は、好きでも嫌いでもない、と言うのが正直なところです。
確かに、上書きの手間暇は掛かりますが(見た目美しい凝ったパワポは上書きてーへんなんで、正直あまり好きではありませんが。あと、ワタクシはWord上で作業したものを最後に一気に上書きしていく派です)、PPT案件は、基本プレゼン用資料なので、簡潔で分りやすく、なおかつKey Wordsを際立たせる表現はないものかと薄い脳味噌を絞り、意訳の限界に挑む作業は嫌いではありません。だから、アレコレ悩む時間が多く、こんなことになったのだ、な、ということにしておこう(←自分に都合よく解釈する癖は治らないようです)。

というのは、プチご無沙汰の言訳でありまして。


今日のテーマは「引退その2」

フィギュアスケートのASADA選手が、引退も視野に入れて全日本選手権に臨んでいたことが明かされる、姉の舞さんとの対談ビデオを見ました。フリーの演技が終わったあとの、あの頷きながらの何とも言えない表情の意味はそうだったのか~、と妙に納得。そういえば、町田さんもそんな表情だったよなあと。

結局、(今の状態では)それなりに納得できる演技ができ、世界選手権等の代表にも選ばれ、当面現役続行を決心したようですが、「平昌(五輪)のことは考えられない」「今は一試合一試合」と語っていたのが印象に残りました。

自分は凡人ながら、「そうそう、そうだよねえ」と才能ある一流アスリートを同類項で括ろうとするのは、ワタクシの悪い癖なのですが、それは、たぶん、そういう方たちも、ほぼ何の保障もないところで、自分の腕を一番の頼りとし、明日も同じ競技(仕事)を続けるために、日々その「腕」を磨く努力をされているのだろうと想像できるからなのかなあと。だから、アスリートの方以外でも、芸人さんだったり俳優さんだったりの言葉に共感することも多々あります。

特にアスリートの「現役引退」は、翻訳者としての「辞め時」(生涯現役という場合も、そういう考え方もあるでしょうが、ワタクシとしては、2~3年前から「辞め時」を意識するようになりました<もちろん、すぐにという訳ではありませんが)に通じるものを感じます。怪我その他の外因によって引退を余儀なくされる場合もあるでしょうが、たいていは、自分で「今がその時」と感じ、自分で決心するものかなと思います。

ASADA選手も25歳。フィギュアスケート選手としては、もしかしたら、「身体はこう動く」という自分の感覚と実際の動作に、微妙なズレが生じ始める頃なのかもしれません。レベルは全然違いますけど、自分の中では「ここで全力疾走すればあの電車に乗れる」という感覚なのが、実際は足がもつれて電車まで辿り着けない(<そこまで足衰えたか<愕然)という衝撃の事実にぶち当たるのと似ているのかも。ズレを修正するには、それまでの若さに任せたがむしゃらなやり方ではなく、また気持ちの持ちようでもなく、科学に裏打ちされた効率的なやり方や微調整も必要になってくるのかなと思います。
様々な努力によっても、2つの差がどうしても埋めがたいと感じたときが、アスリートのひとつの「引退決断時」なのかもしれません。

「一試合一試合」という気持ちも、(あくまで勝手に、ですが)分るような気がします。40代半ばには、半分以上の力を介護の方に振り向けつつも、まだ5年後の「翻訳者としての自分」を考えることができたような気がしますが、50歳を過ぎた今、「5年後の自分」を想像し、そこに向かって計画的に努力していくことは、もはや気力体力環境的にムツカシイ(あくまで自分の場合ですが)。勉強もしたい、訳文の質も上げていきたいと思いつつも、「1年、1年の積み重ねが、結果として5年間だったら嬉しい」という考え方しかできないのです。
そういうやり方は、きちんとした期限が設定されない分、時には、「○年後」と時間的な目標を定めて頑張るよりもしんどいものに感じられるかもしれません。

それでもやりたいんだよなあ、という気持ちがなくなった時が、ワタクシの「潮時」なの、かも(・・・までに、もちっと稼いでおきたい<切実)。


どのカテゴリに分類するか悩むところですが、以前、「引退」という記事を「分類不能」にしましたので、今回も「分類不能」としておきます。
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2016.01.08 20:16 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(0) |
心掛けること

健康第一で(しみじみ<毎日歩いてます)、
感謝の心を忘れず(つい自分の力だけでここまできたと思いがちです)、
もしも順境が続くならば好事魔多しと自らを戒め、
「これだけは」を曲げない、負けない、逃げない勇気を持ち、
人生は足るを知り、翻訳は足りて満足せず、
朝目覚め夜床に就くときはEveryday is Giftの言葉を思い浮かべ、
「なんとかなる」の精神で、他人には優しく自分には厳しく(+旦那は甘やかさず)、
ヒトとして上質な1年を送りたいと思います。

注1:あくまでも希望です。
注2:そして大晦日には百八くらいの煩悩が溜まっているかと思います。

今年も宜しくお願い致します。
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2016.01.01 12:20 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(0) |