屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

半年間楽しませて貰った朝ドラも、いよいよ今週で終わりです。
ワタクシの中では、今のところ「カーネーション」が不動の1位ですが、最終回を待たずに「あさが来た」を2位認定したいと思います。
(「マッサン」もよかったのですけど、途中、無職のマッサンがだらだらするところで、何度となく(心の中で)蹴りを入れさせて頂いたので、そこのところを差し引かせて頂きましたです)

正直(あくまで個人的な感想ですが)、後半は前半ほど面白くはなかったような。訂正、「ワクワク感」が半減したような。
(ナレでどんどん日が経っていく場面も多く、ちょっと「追い立てられる感」を感じることもありました)
ドラマのストーリー的に面白いのは、やはり主人公の青年(青春というべき?)時代でしょうから、それは仕方のないことなのかもしれません。
和歌山の眉山一家や娘の千代ちゃんなど、あさちゃん以外の登場人物が中心となる話も多く、その分、あさちゃんの物語が多少薄まってしまった印象がありました。そんなわけで、大学設立の話が少し間延びしてしまったような(「まだその話やっとったんかーい」的な)。
その代わりというか何というか、脇の登場人物さんたちの生活や人生が丁寧に描かれ、個人的には、心に残る台詞は、後半の方がずっと多かったのでした。

今のところ、五代さまロスとも新次郎はんロスとも無縁なワタクシですが、ビミョーに、はつロスに陥りそうです。
はつ役の宮﨑さん、メークもよっこらしょっと立ち上がる仕草も、年相応にどんどん老けていって、見事でした。
決してあさちゃんの演技が下手という訳ではありません。ヒロインは、やっぱり「綺麗に老ける」ことも求められると思うのですね。「篤姫」の宮﨑さんは、最後までお綺麗でしたし。
その点、(準主役的立ち位置とはいえ)脇の演者は、「主役を立てる」ことを心掛けさえすれば、様々な点でもう少し自由に動けるのかもしれません。
はつさんの「静」があってこそ、あさちゃんの「動」も生きたのだと思います。といっても、芯の強いところは、やっぱり姉妹なんですけど。
はつさんの「笑って生きなあかんなあ」と、白蛇はんの「お釣りのくる人生やった」は、とても心に残る台詞でした。死ぬときにそう思えたら、人生冥利(という言葉はワシが創ったぜ)に尽きますなあ。

ほんで、新次郎はんです。
当初「遊び人のぼんぼん」的雰囲気アリアリでしたから、演者/演じ方によっては嫌われてもしょうがない役どころでしたが、玉木宏さんだったから、大成功したように思います(あくまでワタクシの感想ですが)。「粋」という言葉がぴったりな方でした。
話が進むにつれて、ついついゴツゴツしてしまうあさちゃんを「やらかく」包容し軌道修正する役回りとなり、五代さまが「比翼の鳥」と評しておられましたが、本当に、2人で一対という言葉がぴったりのご夫婦になりました(まあ、ドラマ的理想、の部分はありましょうが)。
その新次郎はんも、病に倒れ、最終回までに舞台から退場されそうな雰囲気です。
ワタクシも、そろそろ「連れ合いをなくす」ということが完全な他人事ではない年齢になってまいりまして、ついついあさちゃん夫婦を自分を同じ立場に置いて考えてしまい、涙なくしては見れない最終週でございます。

個人的には、千代旦那さん役の工藤阿須加クンが(昭和の少女漫画的出会いと再会も含め)なかなかにツボでありましたぞ。
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2016.03.29 20:36 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(11) |
といっても、たいしたことじゃないんですが。
前回の記事を書いたときは、頭が回っていなくて(<いつも回っていないという説もある)、書き忘れましたので。

今回のセミナーでは、先生がお持ちのPPT資料にはあるけれど、配布資料には入っていないページがいくつかありました。
配布用の資料を提出された後も、お忙しい中、最後の最後まで、資料の推敲や追加をなさっていたようです。

「受け手に最新・最善のものを提供しよう」というその姿勢は、教える側としてはごく当然のことなのかもしれませんけど、恐らく、それが、「最後の瞬間まで最高を求める」という、先生の翻訳に対する姿勢とも重なるものなのだと思います。

そこが、85%で「ま、いっか」のワタクシとの大きな違いなのかなあと。
埋めるにはあまりにも大きな溝ではあります。

思えば、ワタクシが師事した先生は、皆さん、そういう方でした。
(というか、そういう方でなければ、この業界では、優れた教師として生き残っていけないのかもしれませんが)


その昔、定冠詞や不定冠詞について、(ワタクシ的に)一番納得のいく説明をしてくださった、治験講座のA先生も、先日お会いしたときに、その話をしましたら、
「Sayoさん、ごめん。あれからまた試行錯誤して、今ではもっと分かりやすい説明になってるんですよ」
と仰ってました。おお、先生も、日夜進歩を続けておられるのね。


「最高のものを最善・最高の形で」という姿勢は、受け手の側にも伝わります。
そういう部分に触れることができたという意味でも、有意義なセミナーだったということも書いておこうと思って、すっかり失念しておりましたので、ちょっと補足。


補足ついでに書いておきますと、T先生は、日本語文法の復習には、非日本語ネイティブに日本語を教える方が書かれたものを読むのがよい、ということを仰っていました。
そういう方は、日本語文法を言葉できちんと説明できなければならない訳ですから、それはその通りだろうと思います。

それを引っ繰り返せば、英語のGrammarやPunctuationなどを学ぶには、ESL用のテキストを使えばよいのでは、ということにもなります。もちろん、そこにすべてが包含されている、ということにはならないとは思いますが。

ということで、Collegeに潜り込んでいたときに、ESLの上級~英語のレギュラークラスで愛用していた、副読本を思い出したりなんかした訳です。
ESLのWritingのクラスで、副読本として指定されたものです。
特に、コロン、セミコロン、カンマなどで混乱したときは、いつも、コチラのお世話になっていました(←進歩がないともいう)。

The Ready Reference Handbook (Jack Dodds)

というバインダ式のハンドブックです。
ワタクシが使用していたのは1997年版ですが、最新(最終?)版は2009年版のようです。
ただし、Amazon Japanさんでは、なかなかなお値段でした。
参照しなかった部分も多いですし、決しておススメできるお値段ではありません(てか、自分なら買わない)。
ただ、多少古い版なら、Amazon USAさんで、廉価で入手できるものもあるようですので、お時間のある方は(この時期それはなかなか難しいとは思いますが)、Amazonさんを訪ねてみてくださいませ。ただし、そのまま何時間も帰ってこられなくなっても、責任は持ちかねますので、そこのところは、くれぐれも、くれぐれも、くれぐれも自己責任でお願い致します。
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2016.03.24 00:15 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
なんか、暫く前にも同じようなタイトルで、記事を書いたような記憶があるので「再び」を付けてみました。
成長のないヤツです。

今回は、T先生(それともB先生?)の「翻訳の基礎スキルを見直そう」です。

「読む+書く+調べる」力に、「疑う力」と「根拠を説明する力」を加えたものが翻訳の基礎。
これらを支える土台となる、日本語文法、英文法、辞書、表記(スタイルガイド)について、駆け足で学びました。

・・・くらいは、まあ書いても大丈夫だよね。

ワタクシは、数年前に、「そうだ、日本語文法を復習しよう」と思い立ち、何冊か文法本を読んだことがあるのですが(でもって、いちおー、ちゃんと、先生の仰ったように、日本語教師をされている方の著書などを読んでいたりするのですが)、読み方がいい加減だったせいか、かなり抜け落ちていました。まあ、先生が仰りたかったのは、「日本語文法を覚える」ことではなく、「日本語文法を意識する」ということだと思うのですけど。

日本語については、数年前から、「あまり意識せずに書いてるよね、自分」という自覚があり、上で書いたように、文法書も読んだりしていたのですが、今年に入って、「ジツは英語もかなり力業で訳しているよね、自分」と思うことがありまして、英文法の基礎(の確認方法)の部分は、個人的に非常にタイムリーな話題でした(そして、やはり、意外によく分かっていなかったりすることを実感sして落ち込んだりするのだ)。

こちらによく通って下さる方はご存じのとおり、ワタクシは、毎日Audio Bookの聴き流しをやっていまして、15年も続けていれば、さすがにSlow LearnerのSayoでも、CD1枚を2巡すれば、粗筋が掴めるくらいにはなるわけです。
そうすると、「おお、自分、英語読めるし」と舞い上がっちゃったりするわけですが、それは大きな誤解で、ジツは、きちんと文法を理解して訳していないことがある=読めていない、ということが最近分かってきました。「聞いて/読んで大意を理解する」と「翻訳する」の違いを、今ひしひしと体感しておりまする(という日本語はアリなんか?)。

実務翻訳という仕事のコワいところは、そうしたことに気付かなくても、一定の条件が揃えば、それなりに長い間仕事ができてしまうということです。
それを考えれば、反省したり落ち込んだりすることの多い2016年ですが、「文法を意識して読む/訳す」ことの難しさを知ることができたという点で、実りはあったと言えるのかなとも思います。
基礎を意識し、身につけて初めて、自信を持って翻訳の「自由度」のようなものを広げたり狭めたりすることができるのではないかと、今はそんな風に考えています。

そういう意識を持って先生のお話を聞くと、「辞書を使い倒す」ことも、実感として理解できたような気がします。
まあ、まだまだ85%くらいで「ま、いっか」になってしまっている自分なので、そこは改めないといけないですけど。

英和方向の串刺し検索で和英辞典の用例を引っ掛けてきて、見出し語一覧に表示される用例(日本語)を基に適訳を考える、という使い方は本当に便利(訳す文書の種類にもよりますので、いつも使えるという訳ではないんですけど)。これまで、対訳君とPASORAMA中心できましたが、セミナー後は、この使い方をするためにEBWinも立ち上げるようになりました。

T先生が、これまでブログや雑誌その他で語ってこられたことを、正味2時間半に凝縮された、という感じで、なかなかに濃い内容のセミナーでありました。


今回は久し振りに懇親会にも参加。
前回は、「大人数の懇親会的なもの」への参加自体が初めてで、借りてきた猫状態になってしまい、正直あまり楽しくなかったのですが、同業者の知合いもそれなりに増えた今回は、旧知の方と再会したり、ブログにコメントしたことのある方にきちんとご挨拶できたり、新たに知合いになった方との間に共通の知人がいることが分かったり、と最初から最後まで楽しめましたです。

お話してくださった皆さん、東京から雨を連れてやって来られたT先生、楽しい有意義な時間をありがとうございました。
(そしていま修羅場だよ)
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2016.03.23 04:25 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |
このギョーカイでは、Conservativeという語も訳しにくい語のひとつです。
(と思っているのがワタクシだけだったら、さくっとスルーしてね)

治療に関して、保存(温存)の意味で用いられることもありますが、ワタクシが悩むのは、conservative risk assessmentやconservative value was chosenなど、評価や数値がconservativeという文脈の場合。統計に絡んで登場することが多いです。

avoiding excess, syn: cautious (WordNet)
地味な, 控えめな, (見積もりなど)内輪な(うんのさん)

など、要は「控えめにするね」の意味で用いられる訳で、乱暴にざくっとまとめると、

conservativeに見積もる→簡単に有意差が出ないようにする→それでも有意差が出れば、その結果は有効(信憑性高)

という流れだと思うのですが、ICHを検索すると「保守的」という訳語が出てくる(特に「統計的原則」)。ざっとGoogleを検索しても、医学関連で「保守的」の語が使われているケースは多い。

で、ワタクシの悩みは、コンサバはいつも「保守的」で本当によいのか、ということでした。
最終読者は誰もが明確に「保守的」の意味を理解しているからその訳語で問題ないのか、それとも、ワタクシのように「何となくは理解している」という方も一定数おられて、本当はもっときちんと訳した方がよいのか、というところが今いちよく分からない。分からないぞ-。
これまで、何度か、それなりに翻訳経験のある方にお聞きしてみたことがありますが、皆さん、「うーん、なんか変な日本語だけど、ICHで使ってるし、検索しても『保守的』だよね~」という反応でした。

てことで、先日、医薬翻訳の大先輩にお会いする機会があったので、お聞きしてみた。

「(ケースバイケースの部分もありますが)私なら違う訳語を使いますね(その方が読者に親切だから)」

という明解な回答が初めて返ってきたのでした。

・・・ワタクシ、本当は、文脈毎にきちんと意味を説明する訳をしたかったんですが、これまでずっと迷っていて、「ま、ICHで使ってるしな」的に「保守的」を用いることも多々あったんです。
(もちろん、ガイドライン的文書の表現に順じることも大切とは思っています)
でも、これからは(先輩も「ケースバイケース」という言い方をされていましたので)文書の性質も考えながら、適宜、自信を持って「保守的」以外の訳語も使っていこうと思います。

(実状より)厳しく見積もった、控え目に見積もった、確実を期した、大事を取った、最悪の場合を想定した、すべてを包含する、低用量から開始する(投薬に関連して使用される場合)

・・・などなど、でしょうか。
ま、またconservativeに遭遇したら、そこで悩むとは思いますが。
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2016.03.15 00:12 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |
Working Stiff: Two Years, 262 Bodies, and the Making of a Medical Examiner

聴了。
Medical Examinerである著者のNY市のOffice of the Chief Medical Examiner (OCME)の2年間の体験を綴ったもの。

Amazonさんのレビューはかなり好意的。
http://www.amazon.com/Working-Stiff-Bodies-Medical-Examiner/dp/1476727252

Medical Examiner (Forensic pathologist)の職務については、英語ですが、以下の説明が一番分かりやすかった。
Overviewにあるように、遺体を検め、死因と死亡の種類(manner of death、自然死、不審死、事故死など)を特定します。
http://explorehealthcareers.org/en/career/129/forensic_pathologist

日本では、監察医がこれにあたるそうな。
検索するといくつかのサイトがヒットしますが、論文1件挙げときます。お好みで。
(「監察医制度」「諸外国の死因究明制度」の部分)
http://www.sllr.j.u-tokyo.ac.jp/05/papers/v05part16(yoshida-tsujimura).pdf

「死因を究明する」という職務が医療ミステリーに馴染みやすいせいか、ロビン・クック、パトリシア・コーンウェルの著作など、シリーズ化されているものも多いようです。
本書はノンフィクション。

「聴き流し」的観点からは、解剖用語が「これでもかっ」と出てくるのでおススメ。
訳書を読みたいかどうかについては、かなりグロい描写もあるので、個人的にはビミョー。

最初の2分の1くらいは、時系列に一貫性がない部分が多く、各案件には興味深いものが多いものの、ややかったるい感も。

残り3分の1ほどになったところで、「2001年9月11日」に戻ります。

MelinekがOCME(NY)に勤務したのは、2001年7月~2003年夏までなので、ずっと、いつ「その日」が語られるのかと思いながら聴いていました。
「私も検屍に携わった同僚の人生もその日から変わった」的な表現がありましたので、特別な出来事として、最後に置かれたのでしょう(その後の炭疽菌事件、マンハッタン島沖旅客機墜落事件と併せて、かなりの頁数が割かれています)。
このあたりの描写は、グロいという意味でも、様々な点で胸に迫るものがあるという意味でも、たぶんワタクシは日本語では読めない。

ツインタワーの崩壊を知ったMelinekの上司が、集められる限りのMedical Examinersを集めて「今後暫くの間、遺体の身元を特定し家族の元に返すことが、我々の唯一の目的になる」と指示を出す場面があるのですが、ふと先日目にした、有名歯科医バンドのリーダーさんの3.11後の歯科医としての活動を扱ったインタビューが頭に浮かびました。状況や立場は違っても、受けた医学教育の内容が異なっても、有事に際しての対処や考えることは変わらないのだなあと。

解剖学用語の勉強にもなり、「その日」を思い出して色々考えさせられ(いちおー、その頃アメリカにおりましたんで)、Medical Examinerについて少しばかり調査をすることにもなり、なかなかに実り多い1冊でした。


* 本書は少し前に聴了していたのですが、どう攻めようかと考えあぐねているうちに3月に入ってしまい、予定より遅れての本日UPとなりました。
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2016.03.09 22:32 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |