屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

週末ワタクシはこっそりお上りさんしておりました。
(訪問1件、セミナー2件)

主目的の感想については、また日を改めて語るとして(真面目な記事は書くにもそれなりに体力が必要です<読んでくださる皆さんもお疲れになるかと)、今日は、以前たまにやっていた「ひと休み」シリーズをやりたいと思います。
「だから何なん?」という、ただただしょうもない話ですので、お好みによりスルーでお願い致します。


8月26日金曜日11時30分頃(新幹線京都駅構内)

ワタクシの24時間生活サイクルを完全に破壊したリオ五輪が終わった。
ワタクシは、たいていのNumber(雑誌)は図書館で読ませて頂いているが、五輪総括号と一部フィギュアスケート特集号は、永久保存版として購入することにしている。リオ五輪特集号は26日発売予定だった。
いつもはAmazonさんのお世話になるのだけれど、ふと魔が差した。
「行きの新幹線の中で読めるじゃ~ん」
駅弁も飴ちゃん(←関西のおばちゃんの必需品です)も後回しにしてまっすぐ駅構内書店に向かったワタクシは、しかし、レジのおばちゃん(というか同い年くらいですけど)からアッパーカットを喰らう。
「もう売り切れましたけど」
何だとおおおおおおおおお。
もちろん、売店にも、ない。帰宅してからAmazonで注文しても売り切れやろなあ。
傷心を抱えて新幹線に乗った。

この悲しい物語には、土壇場の逆転劇がある(つか大げさ<自分)。

8月26日金曜日17時頃(東京メトロ某駅売店前)

ふと足を止めた。ケンブリッジ飛鳥選手が全力疾走しとる・・・じゃなくて、Numberが山積みになっとるではないか!!
(と、東京の皆さんは、Numberは読まんのだろうか?)
慌てて1冊手に取る。売店のおねーさん(どう見てもワタクシより若かったので)が「600円です」という前に、財布から600円を取り出しているワタクシ、エラい。
無事に1冊ゲットして、その晩のうちに、ほぼ隅から隅まで読み尽くしました。
個人的には、バドミントンのペアについての記事が一番よかったです(部活途中脱落組ですが、バドミントンやってましたので)。


というわけで、セミナーではまたまた自分の未熟さを思い知らされがっくりでしたが、Numberに関していえば所期の目標を達成することができ、全体としてはプラスマイナスゼロの旅となりました(?)。
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2016.08.29 14:10 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(2) |
「翻訳のレッスン」、やっと一巡です。

具体的な資料や辞書、日本語力を高める練習例などが示されている箇所もありますが、この本は、やはり「基本的な考え方を示す」ことを第一義の目的として書かれた本であるような気がします。それを、自分の中にどう取り込みどう活かすかは読み手に任されるわけで、その意味で怖い本だなとも感じます。

最後のトーク紙上再現の部分に、日本語で書いたら自然な文章が書けるのに、訳文になるとそれができない(翻訳者が一定数いる)、ということが書かれていて(表現はこのとおりではありませんが)、「自分にもそういうところあるよなあ」と、ちょっと考え込んでしまいました。

必ず音読確認をするようになってから、そう考えることが増えました。
これまでずっと、「分かりやすい日本語」を心掛けながら、仕事をしてきた積もりだったんですけど。

というわけで、ちょうど仕事も家うちのこともオリンピックも一段落しましたので、改めて「分かりやすい」について考えてみました。

ワタクシの場合は、「誰にとってどう分かりやすいのか」の部分が少し曖昧だったような気がします。「誰にとって」はもちろん「読み手」には違いないのですが、たいていは「原文(英語)を読んでいない、その分野の専門家」です(ワタクシの仕事では、てことですが)。「分かりやすい」は、決して平易ということではありません。だって、ワタクシより知識も経験も豊富な方々を対象とした専門的な内容の文章なわけですから。そういう、知識はあるけれど英文は読んでいない方々が一読して無理なく理解できる文章が、ワタクシの仕事での「分かりやすい」文章になるのかなと思います。

ワタクシはこれまで、「原文を知らない専門家が一読して理解できる」という部分について、あまりきちんと考えたことがなかったような気がします。
自分は、英語を読んで理解して訳文を作っているので、自分の書いた文の内容は、黙読でざっと読んでも、それなりに理解できるのですね。それが、少し時間を置いて音読すると、「あれ?」と思うことが結構あるのです。「今読んだとこ、自分でも何かよう分からんかった」

そうは言っても、読みにくいからと、原文に書かれていないことを盛り込んだり、逆に書かれている情報を省略したり、ということは、翻訳者としてはやってはいけないことなわけで。原文の意味は変えず、表現や語順を変えたりして「日本語として読みやすい」文章にするのは、意識的にやるとなかなか難しいものです(少なくともワタクシにとっては)。ノンフィクション講座では、考えすぎて逆に視野狭窄に陥って、先生に「考えすぎましたかね」と言われてしまったこともあり、安定して良訳を出せるのは、まだ先のようです。

話が逸れてしまった感がありますが、「訳文では自然な文章が書けない」の一因として、「自分は原文を分かった上で訳しているけれど、読者は日本語訳がすべてなのだ」ということをきちんと意識しない、ということがあるのかな、とふと思ったのです。自分は、すでに英語で内容が理解できているので、多少おかしな文章であっても、とさらっと流せてしまうというか。まあ、これは、自分で書く日本語の文章にも言えるわけなので、「一因」と言うのも言い過ぎかもしれません。

訳文を見直す際は「時間を置いて読み直せ」とよく言われますが、それは訳者モードから読者モードにシフトして「(日本語しか読んでいない)読み手の立場に立て」ということなのですね。「大切よね」とは思っていましたが、「なぜ大切か」の部分をこうやって突き詰めてみたことはなかったかも。あ、これも、「翻訳のレッスン」に書いてあったかな(うっすら記憶が・・・)。でも、自力で辿り着いたので許してね。

とはいえ、そういう読み方をするためには、それまでに、「(文章としてはどうあれ)原文の情報と訳文の情報は等価である」ということがきちんと確認できていなければならないわけで、やっぱり、考えるほどに、翻訳は難しいです。でも止められない悲しい体質のようです。
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2016.08.24 00:02 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(6) |
これまで、「practice」とか「conservative」とか、「訳せそうで訳せない」(注:あくまでも屋根裏管理人の場合です<念のため)を何度か取り上げてきましたが、最近結構苦しめられているのがpositiveです(暑さとオリンピック疲れで頭への血の巡りがイマイチなのも敗因かもしれません)。

positive performanceとかpositive hemodynamicsとか。

イメージは湧くけど、日本語が湧かんさー。

というときは、まず、初心に返って英英辞書から始めます。

DayFiler(PASORAMA)を使うこともあるけれど、Merriam Websterさん(ウェブサイト)にお世話になることが多い。使い慣れてるってだけの理由ですけど。

その説明を頭に入れて、英和辞書をチェックします。

おもに確認するのは(あくまで自分の場合です)、

うんのさんの辞書
WordNet 英日統合版
研究者新和英大辞典(T橋先生のセミナーで「新和英」の全文検索という裏技?を教えて頂きました)
英辞朗(対訳君搭載版、玉石混淆ですが、ときどき「おっ」という訳語を返してくれたりします)
ルミナス英和辞典(説明が分かりやすくて、個人的に気に入っています)

とかですかねー。

対訳君とPASORAMAで一括検索します。
(かんざしは対訳君には効かないので、正確には、別々に一括検索するんですけど)

1つ2つ候補が浮かんだら、

LogoVista日本語辞書セット(日本語大シソーラス、明鏡、類義語使い分け辞典)
連想類語辞典(http://renso-ruigo.com/、連想類語というだけあって、入力語からかなり離れた意味の語句まで記載されており、選択の際に注意が必要ですが、最後の最後に助けて貰ったことも一度や二度ではありません<たいてい、国語辞典で再度意味を確認します)

で、妄想の翼を広げ・・・じゃなかったわ、選択肢の幅を広げます。

今回は、文書の性質や前後の文脈を踏まえ、positive performanceのpositiveは「好ましい」、positive hemodynamicsのpositiveは「期待の持てる」としました。最良の訳語ではないかもしれませんが、時間に限りがある中での「(今の自分としては)最善の訳語」です(その程度のヤツなんで、鋭意修行中です)。

最後に、次回遭遇時に選択肢の幅をさらに広げるためのbaselineとして使用できるよう、My用語集にpositiveを追加し、訳語欄に、とりあえず「前向き、プラス(の)、期待の持てる、好ましい、可能性を示す」と入力して終了です。

Positive、次はどっからでもかかってこいやー(小声)。
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2016.08.22 23:00 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
・・・なんか、そんなに買ってないハズなのに溜まるってる、いつもの光景・・・

読んでます

「科学は大災害を予測できるか」(フロリン・ディアク/村井章子訳、文藝春秋社)
村井訳にほれぼれ。
「翻訳文を読む」という視点で、いろいろ考えながら読んでいたら、凄く時間が掛かっている。
図書館で、借りる→延長する→いったん返却しその場で借りる(今ココ)と独り占め中。

「文章の書き方」(辰濃和男、岩波新書)
音読中。
著者は1975~1988年の間、「天声人語」を担当。さまざまな作家、脚本家、随筆家の文章が挙げられていて興味深い。

Practical English Usage
音読中。

「an an」
「大人の男」特集号。同業者回覧板にのってやってきた。
ときどき眺めて、「このヒトも、もうそんなトシなのね~」としみじみ。
某様、長いこと独り占めして本当に申し訳ありません。夏を乗り切る一服の清涼剤となっております。


積んでます

「イラク・アフガン戦争の真実 ゲーツ元国防長官回顧録」(ロバート・ゲーツ/井口耕二、熊谷玲美、寺町朋子訳、朝日新聞出版)
村井さんの次はこれを読んでみたいと。図書館で借りた(今ココ)。予約状況にもよるけれど、かなりボリュームもあるので、→延長する→いったん返却しその場で借りる、と続きそうな予感。

「死すべき定め 死にゆく人に何ができるか」(アトゥール・ガワンデ/原井宏明訳、みすず書房)
Being Mortal」の翻訳書。原書は心に響いた。

「Last Night in the OR」(Bud Shaw, MD)
生体肝移植の第一人者の回顧録。

「Alpha Docs」(Daniel Munoz, MD & James M. Dale)
心臓専門医がfellowshipの期間を振り返る。経済学の学位をとり、医師となり、Public Administrationの修士号も取ったという経歴がちょっと面白そうと。

「小暮写眞館」(宮部みゆき、講談社文庫)
Book Offから救出。

「復習法廷」(ヘンリー・デンカー/中野圭二訳、文春文庫、1984年)
TVドラマ化時(えーと、2015年の2月頃かな~)に本棚奥から救出後放置継続中。
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2016.08.19 14:56 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |
「文章添削の教科書」(渡辺知明、芸術新聞社)

音読了。

翻訳者として参考になる部分も多々ありましたが、翻訳者だからこそ気をつけなければ、と再度自戒した部分もありました。
全体としては、興味深く読みました。

最初に、添削の目標として、正しく(文章の内容と形式を正しく整える)、わかりやすく、切れ味よく(正確な論理構成を基本とする、対象がくっきり浮かび上がる表現を用いる)、ふさわしく(各文章独自の性質に応じた添削を行う)、の4点が挙げられます。
次に、そうした添削を行う際の原則として、「原文を正確に読む」「書き手の表現意図を読みとる」「書き手の意図にしたがう方向で直す」の3点が。

訳文の推敲は一種の添削と言えるかなと思いますので、上の目標や原則は翻訳にも当てはまるかと思います。
とはいえ。
原則で言及されている「原文」はあくまで日本語の原文であるのに対し、翻訳では推敲対象とする原文(=訳文)の前にさらにその訳文が拠って立つ原文が存在する訳で。
本書の添削のやり方をそのまま適用すると、原文を離れた「勝手自己添削(推敲)」になってしまう恐れもあると思います。
(て、ワシがエラそーに言うまでもなく、自明の理かなとも思いますが・・・)
その点を忘れない限り、本書には、客観的な立場から自分の訳文を読む力を養い、推敲力を高める手助けとなりそうなことが、いくつも書かれています(と思います)。

たとえば、
文の組立ての基本や、文のテーマの展開の仕方の考え方。
音読と黙読の違いと音読の勧め。
テン(、)の打ち方。
対話しながら(自分で質問しながら)読むというやり方。
新聞見出しの文章化という添削力強化法。

また、(当然といえば当然なのですが)「他人の書いた文章を添削する」という視点で書かれているので、全体が「客観的に自分の訳文を読む」助けになるかなとも思います。

添削例の記載が多いのも本書の特徴かなと思いますが、そうした例示の中には、ひとつの文を2文に分ける、2つ以上の文をひとつの文に結合する、語句を補う、削除する、などの添削例が頻繁に登場します。
該当する添削例の原文をわかりやすいものにする、という点では最良の添削なのかもしれませんが、翻訳者としては、そうした推敲には注意しなければいけないよな、と思います。
(・・・またまた、当たり前か・・・)
極端な場合、助詞ひとつ入れるか入れないかで微妙なニュアンスが変わってしまったりするわけで、特に、切る、繋ぐ、足す、消すについては、常に「原文にはそう書かれているのか」「その変更は原著者の意図と合致するか」と自分に問いかけながら推敲作業(訳出もそうですが)を進めていかなければいけないよな、と改めて自戒した夏の午後です。暑いわ~。

これからも、できる限り、「そうなのか?」と自問する翻訳を求めていきたいです。
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2016.08.12 15:19 | 辞書・参考書 | トラックバック(-) | コメント(3) |