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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

同業者の友人と「両方向(英→日、日→英)の翻訳を行えば、両方向の翻訳力が強化されるのか」というような話をしました。

その友人はとても優秀な英日翻訳者さんなのですが、先日、翻訳会社から「日英翻訳もどうですか」的なことを言われたそうです。本人は、当面日英翻訳まで守備範囲を広げる積もりはないようですが、翻訳会社の方の話を聞いていて「仕事で英語ばかり読んでいるので、絶対的に日本語への曝露が少ないのは確かなんですよね。平行して日英もやれば、確かに分野の日本語に大量に曝露されるということはありますよね」とも思ったそう。
そのときは、「確かに、分野でよく使用される語句や言回しに慣れるということはあるけれど、必ずしも質のよいきちんとした日本語原稿ばかりを読むとは限らないので、その点を心しておかないと、自分の書く日本語がおかしくなるコワさもあるよね」というような(取りあえずの)結論になりました。

和訳率95%のワタクシが接した限りですが、医療分野の日本語は、独特の言回しは多いものの、以前接していた別分野の日本語よりは、ずいぶんきちんとした日本語だと思います。たまに、ながながと文章が続いていて、「この分かりにくさはわざとかい」と深読みしたりすることもありますが。

そのあと、しばらくの間、「和訳は英訳の勉強になり、英訳は和訳の勉強になるのか」(自分の場合はどうだったのか)ということを、折りに触れて考えていました。

あくまで自分の場合ですが、単語(特に専門用語)や使用する動詞、フレーズについての知識が双方向に増える、ということは確かにありますけど、それ以上の「強化」はあまり実感できないなあ、というのが実感です。もっとも、医薬分野の英訳は圧倒的に少量ですし、ワタクシの要領の悪さも大きく関係しているかもしれませんので、一般論ではなく、「そういうケースもあるかも」程度の気持ちで読んでいただけたらと思います。ホント、要領悪いのよー。

自分の訳出作業を考えてみると、和訳時は、英文を読みながら、状況を思い浮かべ(試験報告書とかプロトコールとか多いので・・・)、「それを日本語で言うとどうなるか」ということを考えています。英訳時は、逆に、「この日本語を英語の発想で英語にするとどうなるか」ということを考えます(←上手くできるかどうかは別問題です<念のため)。なので、訳出が終わったあと、「原文のあの表現は、いい英語(又は日本語)表現だったな」という記憶はほとんど残っていません。苦労した用語や動詞、フレーズなどは頭に残りますし、My用語集にも残しますので、その部分については、上で書いたように「知識が双方向に増える」ということはあります。

うまく説明できないんですけど、和訳時は、英語を英語のままだけで読んではおらず(同意の日本語の表現を考えながら読んでいる)、英訳時も、日本語をそのまま読んではいない(頭の中で英語的発想の同意の文に変換しようとしている)のだと思います。しつこいようですが、あくまでも、自分の場合です。

こんな風に多少整理して考えてみたことは、これまでなかったのですが、そういったことを考えた上で思い返してみると、勉強のために英語のテキストや日本語の書籍をを黙読・音読しているときの方が、英語を英語のまま(あるいは日本語を日本語のまま)理解して、「この表現は自分では思いつかん」「こんな簡単な英語で言えるやん」と惚れ惚れしたり、日本語文法や文章の流れといったことを考えていたりするのです。

というわけで、自分の場合は、日英・英日両方向の仕事をたくさんすることで、自然にどちらの翻訳力も向上する、ということはなさそうで、やっぱり毎日の勉強の積み重ねが欠かせないようです。誰か、ワタクシにさぼるなと言ってくれ~。
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2016.09.21 16:29 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(4) |