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2017. 01. 26  
最近、知合いの翻訳者さんが、日本語のアウトプットを兼ねて「読書感想文」を始められました。
文章も内容もステキだったので、思わず「これからも楽しみにしてまーす♪」的なコメントをしてプレッシャーをかけてしまいました(スイマセンでした)。

屋根裏でもときどき「勝手に読書感想文」をやっていて、今では個人的には結構好きなシリーズになっているのですが、ジツは、学生時代は、夏休みの宿題的にやってくるこの「読書感想文」は好きではありませんでした。

今「読書感想文」が楽しみなのは、「伝えたい」と思ったものしか紹介していないからかなと思います(なので、かなり偏っています)。学生時代の読書感想文は、あくまでも勉強の延長線上で、「書かなければならない」感が先に立ち、だから楽しめなかったのかなと。


継続は力なり、と言いますが、あくまで自分の場合ですけど、「やらなくては」「これは勉強です」感なく、「楽しく」続けたことが長く続いているような気がします。
とはいえ、1年ほど前から、「意識してやる」ことの大切さも痛感するようになりました。「何となく」続けていることの、脳内や実力としての定着度は、「意識して」やったことの比ではないような気がするのです。

ということで、「昨年の音読・リスニング記録」でもちらと触れましたが、しばらく前から「楽しく継続」と「意識して」を組み合わせた訓練を試行錯誤しています。

ブログは、ワタクシにとって「息抜きの場」という意味合いも大きいので、言葉や表現については確認しますが、基本、書きたいように書いています。一番気をつけて(?)いることは、「どこで抜くか」(「突っ込むか」ともいう<関西人のサガです)ということで、「でもだがしかし。」(3連続逆接接続詞句点付き)のような、文法が卒倒するような言葉遣いが登場することもありますが、どうかお目こぼしください。

とはいえ、ブログが日本語を書く訓練の場になることも確かなので、努力目標として、1か月に1本は、正しい言葉遣い・文法・文の流れ・読みやすさなどを意識した記事を書くようにしています(注:あくまでも努力目標です<気持ちにも時間にも余裕がないとできない)。

リスニングは、今は「楽しく耳慣れ」のみが目標です(なので、意識が他に飛んでいて内容が抜けてしまうこともしばしばですが、「ああ、またやっちゃった~」と気にしないことにしています)。

音読も、以前は英語舌(?)継続のみが目標で、英語の音読しかしていませんでしたが、今は、日本語の文章(「文章、文法、語の使い分けに関する書籍」「小説や紀行文」「医療分野の文体(?)で書かれた書籍」)も読むようにしています。あとの2つは、今のところ「記憶の片隅に残ればいいか」と割り切って「何となく読み」していますが、「文章、文法、語の使い分けに関する書籍」は「勉強として」読むようにしていて、付箋を貼ったりメモを取ったりすることもあります。今は、今さら「実戦・日本語の作文技術」にお世話になっています)。

その他に、平日は、新聞を読むときに、記事見出しの文章化(記事1本)と記事見出し作成(自分ならどういう副見出しにするか、記事1本)をするようにしています(「文章添削の教科書」で紹介されていた方法を、ワタクシなりにアレンジしました)。いざ文章化しようとすると簡単にできるものとそうでないものがあって意外に面白いのですが、自分の中では「勉強してます」感があるので、週末はサボることにしています。


「何となく」を長い間続けてきて、自分の中では「実力がついている(ハズだ)」という慢心がありましたが、ここにきて、「何となく」と「意識して」の違いを痛感しています。とはいえ、すべてを「意識して」ではしんどくなってしまうので、今は、「意識して」は仕事と日々の訓練の一部に留めて、自分がどう変化するか、そもそも変化できるのか様子を見ている、そんな感じです。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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