屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

某社主催のリーディングの通信講座の課題を無事に提出することができました。息も絶え絶えのSayoです。

思えば1年前、HPで偶然目にした上記の講座。
6ヵ月の間に2冊の原書(フィクション/ノンフィクションの2つのコースから選択、課題図書1冊+自由選択図書1冊)を読んでシノプシスを提出すると添削されて返ってくるというものです。
かなり食指が動きましたが、当時ワタクシはすでに****アカデミーさんのノンフィクション講座の受講を始めていて、仕事量の減少を1割程度に留めた状態で、6ヵ月間に2つの講座を完走するのは自分には無理と思いました。
そこで、「こういう事情で今は申込みを躊躇しているのですが、2期目の募集予定はありますか」と問い合わせたところ、予定はないとのことで、救済策として特例として半年期間を延長して頂きました(蛇足ながら、こちらの講座は好評だったようで、実際は昨年2期目の募集がありました<そういう事情もありまして、講座の内容をあまり詳しく書けないわけなんですが、ご了承くださいませ)。

ノンフィクション講座は7月には終わったのですが、その後もだらだらと日々を過ごしてしまい、気づけば年も変わり、締切りまで2ヵ月もありません。
結果、40日弱で2冊の書籍を読み5日で2冊分のシノプシスを書き上げるという、恐らくは実際の「実務もやりながらリーディング」に近い形で課題に取り組むことになりました。毎日、仕事を終えたあとに最低1時間は強制的に原書を読む、メモを取る(←フツーはここで雑誌や小説を読んだり、ぼーっとテレビを見たりして緊張を解いてます)という生活、精神的にしんどかったですわ~。おかげで確定申告は忘却の彼方じゃ。

とはいえ、1年の間に課題図書と選択図書両方のCDブックを手に入れて、何度も繰り返し聴いていましたから、一からのリーディングというわけではありませんでした。
...とたかを括っていたりしたわけです。「内容分かってるんやから楽に読めるや~ん」的な。浅はかでした。「キモはどこか」を考えながら読むのと聞き流すのは全然違います。まあ、あらすじをまとめる際には、流れが分かっているということが多少役に立ちましたが。

本ブログでときどき「読書感想文」を書いていたことも、たぶんなにがしかの役には立ったと思います。
ただ、「読書感想文」は、基本「この本よかったのー、面白かったのー、読んでー」という思いで書いていますが、シノプシスの所感ではもっと客観的かつ多面的にその本を評価する必要がありました(つまり「商品としてどうか」という視点も必要ということです。少なくともワタクシはそう思います<選択図書は現時点で内容イチ押しのものにしましたけど)。

シノプシスはこうやって書くのか~、ということが分かったことは面白かったです。
まあ、どう添削されて返ってくるか、あまりにもギリギリなんで、そもそも添削してもらえるかどうかも分からないですが。
ともかく、明日からは「目の前の仕事ONLY」の生活に戻れるということで、遅れ気味ではありますが、精神的にはかなりラクになりました。もうしばらく通信講座はしないぞー。

1年前には、「成績がよかったら乗換えもありかも」的なヨコシマな思いがあったのも事実ですが、今は「どうしても」という気持ちはありません(そのあたりは、2016年を振り返る記事でも書いていますので、しつこくは触れません)。
ただ、少し実務翻訳からはみ出てみて、「外から実務翻訳を見る(何が違うのか、何は変わらないのか、応用できるものはあるかetc.)」ということも大事かなと思うようになりました。ナカにどっぷり浸かっていてはどんなに注意していても視野狭窄に陥ってしまいがちです(自分の場合は、てことですが)。それは「医療翻訳」の外、「英和訳」の外、「医療機器翻訳」の外(翻訳以外の世界という意味で)にも当てはまることかもしれません。「医療機器翻訳」という自分の基本を大切にすることはもちろんなのですが、今年は、「外」を意識しながら過ごしていきたいと思います。この仕事終わったらね。確定申告終わったらね。
関連記事
2017.02.20 00:06 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(2) |
「原文の意図するところを日本語で過不足なく伝え、同時に、対象とする読者が労せず内容を正しく理解できる文章になっている」
そんな訳文を目指したいと考えるようになって1年と少し。
その間のブログ記事を読み返してみると、何度もそのことに触れています。
よっぽど書くことないんかい<自分。

そうではなく、たぶん軸がブレそうになり、そんな自分に気づいて書くことで基本に立ち返ろうとしたんだと思います。
なので、また今日も書かねばならないSayoであった。
てことで、皆さんはいつもの「テキトーにスルー」でお願い致します。

年度末が近いせいでしょうか、仕事もそれ以外の部分も忙しい今日この頃(仕事が忙しいのはありがたいことです)。
でも、時間に追われて生活していると、つい「考える」ことが後回しになってしまう。

落ち着いて考えてみると、最近は、読者の読みやすさ、理解しやすさを過度に優先し、少し原文をないがしろにし過ぎていたような気がします。ワタクシには、1つのことに集中しすぎると、そんな風に目の前のことだけに意識が行きがちなのです。だから、時々立ち止まって考えないと、簡単に基本から外れてしまいます。原文作成者が伝えたい何かがあっての原文で、それを踏まえた上の想定読者に寄り添う訳文でなければならないはず。実際のさじ加減は微妙な部分も多いですが、キモ(まず原文ありき)を失念してしてしまっては、無意識に勝手訳との境を踏み越えてしまう恐れもあるわけで。

具体的には、「2文を1文に統合する、1文を2文に分ける」ことに対する意識が甘かったなと。全体の流れや読みやすさを重視してしまい、「なぜ統合する(分ける)必要があるのか」の自問自答が足りなかったかなと反省しています。「キモないがしろ」の弊害の1つでもあるかもしれません。今後、注意したい点です。
それから、まず「この原文作成者はどんな意図でこの文書を作成したのか」を考えてから訳出作業に入ること。忙しさに紛れて機械作業的に翻訳に入り、入ってからは日本語ばかりに意識が行きがちで、原文の存在を多少軽んじてしまった感があります。でも、それでは、一見それなりの出来の訳文が作成できても、どこかに「行き過ぎ」が潜んだ訳になっている可能性があるのですよね。気をつけねば。

そんな風に「基本に還る」ためには、まず、知らない間に(あるいは忙しさに紛れて)積もってしまったホコリを払い「基本は何だっけ」を再確認しないといけないのですが、ホコリを払うために行くようにしているところがあります(<あくまで自分の場合ですが)。

「翻訳事典」(2017版)「わたしの提言」のI口さんの提言(の特に前半部分)。
「誠実な裏切り者-岩坂彰の部屋」の「翻訳者が伝えるべきもの」「翻訳の新たな規範とは」「誠実な裏切り者」あたり。

お2人の考えをそっくり自分のものとするということではないですが、どちらも大先輩にあたる方ですから随所に考えさせられる言葉があり、自分の大切にしたいところを再確認する契機になります。
関連記事
2017.02.13 15:09 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
を、とりとめもなく。

文芸翻訳者の越前敏弥さんが、著書「翻訳百景」の中の「なんのために学ぶのか」の全文を、ご自身のブログに掲載してくださいました。↓です。
http://techizen.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/1-5890.html

越前敏弥さんは、こちらにいらっしゃる方はよくご存じのとおり、ダン・ブラウンのラングドンシリーズを始めたくさんの訳書を出しておられますが、白状しますと、ワタクシは、越前さんの著書は「越前敏弥の日本人なら必ず悪訳する英文」を読んで青息吐息したきりで、「翻訳百景」も我が家のどこかで積ん読になっています(スイマセン)。
なので「なんのために学ぶのか」も始めて読ませて頂きました(何とか翻訳者の風上に置いておいてやってください)。

「なんのために学ぶのか」の中で、越前さんは「わたし自身は、翻訳の勉強をはじめてから二十年以上になるが、まだまだ知らないこと、わからないことは多く、むしろ増えている気さえする。だが、それこそがおそらく翻訳という仕事のいちばんの魅力であり、つづけていくための原動力なのだろう」と書いておられます。
己れの無知と未熟な部分をきちんと認め、「だからこそ、ここでは止まれない」と思えるかどうかが、息の長い翻訳者となる資質のひとつなのかなと。

越前さんは「翻訳書を読む側、翻訳文化を受容する側にとっても、同じことが言えるはずだ。未知のものが無尽蔵にあり、果てしなく湧き出してくることは、翻訳書を読む際の大きな喜びにほかならない。われわれ翻訳者は、そのお手伝いができるよう、日々つとめているので、どうかその成果たる数々の翻訳書を末長く楽しんで、人生の糧としてもらいたい」と結んでおられますが、そのくだりを読んで思い出した文章がありました。

それは、実川元子さんの「翻訳というおしごと」の中の一節(正確には和田忠彦氏の言葉の引用)です。
「(テクストを)読んでいて響いてくる声、自分が聴き取った声を日本語で再現したい、そしてできれば再現された声に耳を傾ける読者がいて、その読者がまた別の声でそれを再現してくれたら」(247頁)。この文章を、実川さんは「翻訳という仕事の醍醐味が凝縮された一文」と評しておられます。

どちらも出版翻訳を意識した言葉ではあると思うのですが、「だから翻訳をしたい、翻訳を通してそういう橋渡しがしたい」という気持ちは全方位(?)共通のものかなと。
ワタクシ的には、大事に心に留めて置きたい言葉です。
関連記事
2017.02.10 16:42 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
やっと少し気持ちに余裕ができたので、ざっと目を通しました。

「翻訳者になりたい人の必読誌(?)」とハテナマークを付けたのは、現役翻訳者にもためになる内容が多々含まれていると思ったためで、実際、ワタクシの周りの翻訳者の方々も、中堅からベテランまで多数の方が本誌を購入されています。

個人的には、S田元幸さん、M井章子さん、翻訳フォーラム・シンポジウムの様子が採録されていたのが嬉しかったです。
(まだきちんと読んでないんですけど...)

M井さんの講演はDVD視聴し自分でも記事にしましたが、こうして他の方が記事にしてくださったのを読むと、また新たな気づきがあります。
S田さんは今回翻訳者・学習者のみを対象にお話されたということで、お話の内容に興味がありました。
翻訳フォーラムのシンポジウムの模様はアルクさんのウエブサイトにも掲載されていたと思いますが、紙版でまとめて読めるのは有難いです。
(ウエブサイトはコチラ→
http://www.alc.co.jp/translator/article/tobira/symposium2016.html 
2月5日追記)

昨年版にあった「訳文吟味教室」と「辞書環境の話」はなくなっていて、それも読み応えのある記事でしたので、その点ちょっと残念でした(ページ数の関係もあるのでしょうね)。
その代わり(?)「翻訳者になりたい人のための8つのドア」という特集が組まれているのですが、これはこれで良記事と思いました。「翻訳を仕事にしよう、と思ったときに頭に浮かぶ疑問に、出版/実務/映像翻訳別に、順に答えてみました」の間に、実際的な部分も本質的な部分も、「これも忘れちゃいけないぜ」的な内容がさり気なく挟み込まれている、みたいな。あくまでも個人的な印象ですが。

J川元子さんのインタビューも含め、ところどころ「翻訳の未来は明るいばかりではない」というメッセージが織り込まれているようにも感じられ、その意味で、現役の翻訳者にとっても、「現状をきちんと理解し、自分のこれからを思い描き、そのために足りない部分を見極め、そこを重点的に延ばすためには具体的にどうすればいいか」を考えるきっかけになるかなと思いました。

しかし。
内容が濃いので、学習者の状態で本書をよんだら、ワタクシはきっと「あれも大事」「これもしなきゃ」と焦って、結局消化不良を起こしてしまったと思うのです(あくまで自分は、てことですが)。
「なりたい人」の中でも「(ビジネス的な側面も含めて)プロの翻訳者とは」「5年後自分はどんな翻訳者になっていたいか」「そのためには何が必要か」ということを考え、優先順位をつけて実行していける人が生き残っていける、ということなのかもしれません(...成行きで翻訳者になったあとで本書に出会えて、よかった...)
「翻訳フォーラム・シンポジウム」のT橋(A)さんパートに、レベル別必要辞書セットが紹介されているのですが、自分が初学者なら、全体的にもう少しこうした「志す人のための合いの手」的なものがあれば嬉しいかな~、とも思いました。

というわけで、各特集、大事に少しずつ読んでいこうと思います。
最後になりましたが、ワタクシはアルクさんの回しものではありません<念のため。
関連記事
2017.02.04 16:36 | 辞書・参考書 | トラックバック(-) | コメント(0) |