屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

を、とりとめもなく。

文芸翻訳者の越前敏弥さんが、著書「翻訳百景」の中の「なんのために学ぶのか」の全文を、ご自身のブログに掲載してくださいました。↓です。
http://techizen.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/1-5890.html

越前敏弥さんは、こちらにいらっしゃる方はよくご存じのとおり、ダン・ブラウンのラングドンシリーズを始めたくさんの訳書を出しておられますが、白状しますと、ワタクシは、越前さんの著書は「越前敏弥の日本人なら必ず悪訳する英文」を読んで青息吐息したきりで、「翻訳百景」も我が家のどこかで積ん読になっています(スイマセン)。
なので「なんのために学ぶのか」も始めて読ませて頂きました(何とか翻訳者の風上に置いておいてやってください)。

「なんのために学ぶのか」の中で、越前さんは「わたし自身は、翻訳の勉強をはじめてから二十年以上になるが、まだまだ知らないこと、わからないことは多く、むしろ増えている気さえする。だが、それこそがおそらく翻訳という仕事のいちばんの魅力であり、つづけていくための原動力なのだろう」と書いておられます。
己れの無知と未熟な部分をきちんと認め、「だからこそ、ここでは止まれない」と思えるかどうかが、息の長い翻訳者となる資質のひとつなのかなと。

越前さんは「翻訳書を読む側、翻訳文化を受容する側にとっても、同じことが言えるはずだ。未知のものが無尽蔵にあり、果てしなく湧き出してくることは、翻訳書を読む際の大きな喜びにほかならない。われわれ翻訳者は、そのお手伝いができるよう、日々つとめているので、どうかその成果たる数々の翻訳書を末長く楽しんで、人生の糧としてもらいたい」と結んでおられますが、そのくだりを読んで思い出した文章がありました。

それは、実川元子さんの「翻訳というおしごと」の中の一節(正確には和田忠彦氏の言葉の引用)です。
「(テクストを)読んでいて響いてくる声、自分が聴き取った声を日本語で再現したい、そしてできれば再現された声に耳を傾ける読者がいて、その読者がまた別の声でそれを再現してくれたら」(247頁)。この文章を、実川さんは「翻訳という仕事の醍醐味が凝縮された一文」と評しておられます。

どちらも出版翻訳を意識した言葉ではあると思うのですが、「だから翻訳をしたい、翻訳を通してそういう橋渡しがしたい」という気持ちは全方位(?)共通のものかなと。
ワタクシ的には、大事に心に留めて置きたい言葉です。
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2017.02.10 16:42 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |