屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

努力しても努力しても、自分はダメだなあと思う今日この頃。

自分の中に、

考え方を変えたり、新しい取組み方法を試してみたりして「自分、少しは上達したかも」と錯覚する → スゴい人のスゴい訳文や翻訳に対する真摯な姿勢に触れる → 「結局、自分はいつまでも『そこそこ』の『中の上』レベルから抜け出せないのだ」「努力だけでは埋められない溝がある」「結局、地頭が違う」と落ち込む → 「スゴい人たちも日々研鑽を積んでいる」「努力が報われることはなくても、努力しなければ何も始まらない」と思い直す → 現在の取組みを微修正する OR 新しいものを取り入れる → 「自分、少しは上達したかも」と錯覚する、に戻る

という無限ループがあって、今は「自分はダメなヤツ」「周りが皆スゴい人に見える」モード。

努力の方向が間違っているのかと考えてみるが(日々の生活に関しては、旦那に「無駄の多いヤツ」と言われております)、考え方の変化や、それに伴って少し明確になった「自分が目指したい翻訳」が間違っているとは思えない。最近、身体も気持ちもだらだらしているのは確かだけど(この時期、そうなることは多い)。

このループから抜け出すことは、たぶんない。
「もしかしたらほんの少しだけ上達しているのかもしれない」状態を積み重ねながら、私はぐるぐる回り続ける。謙虚な姿勢は大切だけれど、「上達したい」という気持ちと「少し上達したかも」という喜びがなければものごとは続かない。そして、その自信をへし折られることがなければ、成長はそこで止まる。このループから抜けたいと真剣に思ったときが「止め時」かなとも思っている。


心に残った言葉は、基本的にFBの方に書くようにしているけれど、今日はこちらにもまとめてみた。
再読しながら、「考え方の基本」に戻る。まずはそこから。近道はない。

「慢心は上達の敵」「『ほどほど』では『ほどほど』の力しか身につかない」(行方昭夫)
「(引退は)モチべーションの維持が難しくなったというのが決め手」(宮里藍)
「(浅田真央は)そのときそのとき精一杯やるというところは絶対にぶれなかった。どんな小さな大会でも、大きな大会でも全力を尽くしてきた。『あ、抜いたな』と感じたことは一度もない」(小塚嗣彦)
「人の2倍とか3倍、頑張ることなんてできない。だから、自分の中で(限界よりも)ちょっとだけ頑張る、というのを重ねて欲しい。僕も、米国で3千本も打てるなんて想像はできなかった。でも、それを重ねてきたことで、僕は今現在に至ると実感しています。この言葉をみんなに伝えたいと思っています」(「イチロー杯争奪学童軟式野球大会」閉会式あいさつより、イチロー、朝日新聞12月31日)


てことで、夜行性のSayobotはこのあと夜翻です。
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2017.08.09 18:38 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(6) |