屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

実家から救出したものを音読了。
初版は昭和46年(手元にあるのは昭和54年の12刷)、40年以上も前に書かれたものです。

白洲正子さんについては、「白洲次郎の奥さんである」「美術や骨董に造詣が深い(らしい)」というくらいの知識しかありませんでした。
その状態で読んでみて、読了後も、書評や本人評などにも目を通さない状態で感想文を書いています(いつもそうしたものに目を通して多少なりとも影響を受けてしまうので、今回は敢えてそのようにしてみました)。

「『かくれ里』と題したのは、別に深い意味があるわけではない。字引をひいてみると、世を避けて隠れ忍ぶ村里、とあり、民俗学の方では、山に住む神人が、冬の祭りなどに里へ現われ、鎮魂の舞を舞った後、いずこともなく去って行く山間の僻地をいう。謡曲で『行くへも知らずなりにけり』とか『失せにけり』というのは、皆そういう風習の名残であろう」という第一章「油日の古面」の冒頭部分を読んだときから、「このヒトの文章好きかも」と思いました。
以前、「凜として清々しくて品がある」文章だと感じたと書きましたが、その印象は最後まで変わりませんでした。自分とリズムが合うらしく、音読もしやすかったです。女性の手になる柔らかさは感じられるのだけれど、どこか中性的な感じ。

知識に裏打ちされ、その地を歩き作品を鑑賞した上での、半伝説上の人物などに対するこの方なりの解釈も、「なるほど」と思えるものが多く、とても興味深いものでした。

とはいうものの、自分は便利な都会に住んで気が向いたときに「かくれ里」を訪ね、古来の風習を肌で感じ、そうした古き良き伝統が失われていくのを嘆きつつ「いつまでもこのままでいてほしいものだ」というのは、若干勝手ではないかと思ったりもしました。そうした暮らしは不便と隣り合わせだし、若い人たちはどんどん外に出て行ってしまったでしょうから(そういう時代ではなかったかと思います)、残された方々が老いと向き合いつつ伝統を守っていくのは並大抵のことではないに違いありません。でも、白洲は、どこまでも「外からの観察者」目線で「よい伝統を守ってほしい」というのです。ちょっと、その大変さまで思いを馳せていない感じ。少なくとも、私はそのような印象を受けました。
観察者の目線がなければ、文章は独りよがりのものになってしまいがちなので、これはこれでよいのかもしれませんが。

とはいえ、この方の飽くなき好奇心は素晴らしいし、目の前に光景が浮かぶようなその土地土地の描写は見事だと思いました。

てことで、「文章は好きなんだけど」という若干もやっとした気持ちで音読を終えたのでした(「かくれ里」のみの、あくまでも個人的な感想です<念のため)。


次は、これも実家から救出した、まったく文体の異なる「一期一会-出会いで綴る昭和史」(保阪正康、2000年)に進みます(*文庫化にあたり、「昭和史 忘れ得ぬ証言者たち」と改題)。時間がかかりそうな厚さです...
関連記事
2017.08.20 22:49 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |