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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


シンポジウムの感想(というか一番心に残っていること)は人それぞれだと思うんです。
どんな分野の翻訳をしているかはもちろん、翻訳の道程のどこにいるか(学習中なのか、仕事を始めて日が浅いのか、ある程度経験を積んだのか)によっても、今抱えている悩みによっても違うと思います。

今、少し時間を置いて思い返してみると、一番最初に思い浮かぶのは、I口さんの自動運転訳(「自動運転」でここまでいくんやな、タメイキ...みたいな感じ)、そして、サブカル発表中のT橋あさんの幸せそうなお顔(...が思い浮かぶのがちとナゾ)、それからトレーシングペーパー(←これは自分でも割りと納得)です。

そのとき自分の心に響いたことを大切なこととして取り込むのは正しいと思う。それは、自分を感動させたものであり、そこから得るものは果てしなく大きいものに違いないから。

それでも、自分が「一番感動したこと」を切り取らず、すべてをレポートするのは、「行けなかった人にも伝えたい」という気持ちのほかに、「シンポジウムのストーリーを伝えたい」という気持ちがあるからのような気がします。一つのテーマに沿って、何名もの方が入れ替わり発表する翻訳フォーラムのシンポジウム。「なぜその順番なのか」ということがきっとあると思うんです。

「文の構造、段落の構造」では、きれつづきは翻訳にとってどういう意味があるのかという概論(T橋ささん)と、概論が聴講者の頭の中に染み込みやすくしてくれる具体例(T橋あさん、I口さん)。
「2018年辞書最新情報」は、海野さんの辞書の紹介という大事な場ではありましたが、若干リラックスして聞くことができましたので、第1講のクールダウンも兼ねていたような気がします。
きれつづきについて、皆何となく分かってきたなというところで、「パンクチュエーション101」(F井さん)で、英語の(きれつづきに関連する)記号をどう読みどう訳すかについての講義。
続く「今こそ学ぶ!先達の翻訳論」(H野さん)は、きれつづきと直接関係はないようにも感じますが、最後に、(きれつづきも含めて)「原文の絵と訳文の絵を一致させる」という翻訳フォーラムの提唱は先達の延長線上にあるものともいえる、というところに着地します。
「ヲタクじゃないけどサブカル講座」(T橋あさん)は、実用的で楽しい息抜きとも言えるかもしれません。
「コヒージョンを考える」(S復さん)は、結束性という少し違った観点からきれつづきを考えるものでした。
そして最後の「さようならブチブチ文~文章の『きれつづき』」(T橋ささん)は、具体例も含めた壮大なまとめで、最終的に「なぜ翻訳にとってきれつづきが大事なのか」というところに帰結したような気がします。

これが、私が考え抜いた末に「こうじゃないか」と辿り着いたシンポジウムのストーリーです。
もちろん間違っている可能性は大ですが、講義の中で、I口さんも「考えた上での失敗は次につながる」と仰ってくださっています(文脈全然違うけどな)。

こんな風に「ストーリーを考える」という作業は、翻訳に似ていないでしょうか。
原文の書き手が「こう伝えたい」ということがあるとすれば、セミナーやシンポジウムにも「こう伝えたい(こう伝えるのが一番よく伝わる)」というストーリーがあると思うのです。少なくとも、きちんとした目的を持つよく練られたセミナーやシンポジウムであれば。
であれば、「すごいセミナーを受けた」と思った場合は、受け手も、ストーリーごと内容を受け取る努力をするべきなのではないかというのが、最近の私の考えです。
たとえ、具体例が満載の内容であったとしても、「その人は『なぜ』その話をするのか」を考えることが深い理解につながるのではないかと思っています。
(それを自分の仕事に反映させられないところが、Sayoの限界なのだった)

白状しますと、今回、一番まとめに難儀したのは「今こそ学ぶ!先達の翻訳論」でした。決してH野さんの発表が分かりにくかったということではありません。そこは誤解のないようにお願いします。
それでも、なんとかまとめることができたのは、途中までとはいえ柳父章さんの著書を読んでいたからだと思います。
ただ、メモがかなり乱れていて、「柳父さんの提唱内容」「山岡さんの提唱内容」「H野さんの考えたこと」をきちんと切り分けることが困難でした。というわけで、難儀したのは、ひとえに私の理解力の不足とメモ取り失敗によるものです。

というわけで、この発表についていろいろ調べる中で行き当たったのが、山岡洋一さんの「翻訳の過去・現在・未来」という文章です。
以前にもざっと読んだことがあるのですが、そのときの私には今以上に力がなかったようで、記憶からも抜け落ちていました。
今回は、しみじみと読みましたので、最後に紹介しておきます。
http://honyaku-tsushin.net/ron/bn/kakogenzai.html

シンポジウムのレポートはこれが最後です。
読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

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2018.05.31 15:52 | 翻訳祭・フォーラムetc.報告(2016-) | トラックバック(-) | コメント(2) |

*コヒ―ジョンを考える(S復)

コヒ―ジョン(結束性)とは、語・句・文同士を結び付けてまとまりのあるテキストを作り出す働きをいい、オーストラリアの言語学者ハリディが提唱した概念だそうです。ハリディは、コヒ―ジョンを、指示(Reference)、代用詞(Substitution)、省略(Ellipsis)、接続(Conjunction)という文法的結束性と語彙的結束性に分類しています(似た言葉であるコヒーレンス(Coherence=一貫性)とは、コヒ―ジョンが文法的な依存関係によるつながりを示すのに対し、コヒーレンスは意味によるつながりを示すという点で異なるとのこと)。
日本語では、日本語特有のコヒ―ジョンを考えることができ、例として、主語が同じ文が続く場合、主語を省略することによって文間につながりが生まれる(言わない=変わらない)ということを、「イントロダクション」の枝豆図を用いて示してくださいました。「めだかの学校」でRetrical GrammarのCohesionの章を読み訳すという演習をされたということですが、そのせいもあってか、説明がとても分かりやすかったです。
懇親会でお話する機会があったのですが、「めだかの学校はある意味実験の場で、めだかで上手くいったことがレッスンシリーズになったりするんですよー」と実に楽しげに話してくださいました。


*さようならブチブチ文~文章の「きれつづき」(T橋さ)

まずはアンケートの結果から。申込み時のアンケートの中に、「生きるべきか□死ぬべきか□それが問題だ□」の各□の箇所に、「、」を打ちますか、「。」を打ちますか、何も打たないですかという質問があったのですが、「、 。  。」が42%、「、 、 。」が11%、「ナシ 、 。」が18%とそこそこ割れた結果になった由。
この最終講義では、T橋さんが、「(ケースバイケースで悩むものとはいえ)どこまで共通原則が適用できるか」について考えを述べられました。
その前に、文の種類を確認(下図を参照してください)

文4種





原則ゼロとして、テンを打たずに済む語順と文をまず考える。
原則1として、合わせ文では、基本テンを打つ。
原則2として、原則ゼロの文を意図的に変更したい場合(強調や挿入など)、語順を変更し、必要な箇所にテンを打つ。
原則3として、+αとして、(ケースバイケースで)読み手に配慮する(分野や対象読者によって事情は違う)。ごまかしのテンを打ってはならない。

さらに、段落内での文を超えたつながりについても言及されます。
そのようなつながりを考える場合に役立ちそうなのが、図のようなトレーシングペーパーの利用。コヒ―ジョンや文法的なつながり、論理のつながりなどいくつかの事項について、それぞれトレーシングペーパーを用いてつながりを描いてみる。そうすることで書き手が書いたことが整理でき、トレーシングペーパーを重ねたものはきれつづきの基本にもなるのではないか(この「トレーシングペーパー」というのは面白そうですね。今後、ワークショップでやっていただきたい内容です...というのはアンケートに書けばいいのか)。

トレーシング





また、きれつづきの実際のテクニックとして、「述語から読む」「文中の位置(どこにその語を置くか)」で整理してみるというやり方も示してくださいました。

そうした「きれつづき」を一切考えず、一文単位で訳しておいてから、日本語だけを見ておかしい部分を修正していくというやり方は翻訳未満のブチブチ訳(勝手訳)で、ある程度全体の流れを掴んでから(=状況が頭の中に浮かぶようになってから)訳し始めることが大切なのだと。この「ブチブチ訳」というのは、I口さんの試訳0(ゼロ)に相当するのかなと思います。
最後に、翻訳とは「原文の情報を過不足なく反映させたすとんとふに落ちる読みやすい訳を届ける」仕事であり、そうした訳文を書くために意識すべきこととしてきれつづきがある、とまとめられました。



シンポジウムの発表はこれで終わりですが、最後に、恒例の「何が出るかなQ&A」のコーナーがありました。
長くなりましたので、少しだけ言及しておきます。

Q ダッシュと語の間にスペースがある場合とない場合があるようだが、原則はあるのか。
A 物販に来られていた本業校閲者のN練馬さんが、この質問に答えてくださいました(フォーラムメンバーからいきなり回答を振られたのだった)。N練馬さんは、その内容をもっと詳細に記載した「em ruleとen ruleのアキ」という記事を書いてくださっています。ダッシュについて分かりやすくまとめてくださっていますので、興味のある方は読んでみてください(#fhon2018の中でもリンクが張られています)。
http://lexicography101.net/2018/05/29/em-rule%e3%81%a8en-rule%e3%81%ae%e3%82%a2%e3%82%ad/

Q サブカルネタについて――読者がどれくらい理解できるのか考えながら訳文に反映させるということになるのだろうが、その判断基準は。
A ケースバイケースだが、①客の要望、②読者想定、③趣味ということになろうか(T橋あ)。出版では訳注を用いるという方法もある(I口)。

Q 新人時代にこれをやっておけばよかった/やっておくとよい、ということがあれば。
A 
(無理を承知で言うが)ゆっくり(翻訳の)時間を取れるようにする、「あの年代になったらこんな風にすればいいのだな」というロールモデルを見つける(T橋さ)
無理をしない。断る勇気を持つ。いい仕事をしている人と知り合うことが大事(F井)
なるべく早く自分のペースを掴むこと(T橋あ)
自分の場合、最初から「いい訳文を作ろう」という人たちと交わることができ、そういう方向性で来られたのがよかったと思う(I口)



最後に感想です(思いつくままなので、そこに流れはありません、スイマセン)。

昨年は帰りの新幹線の中でがしがし下書きを書いていましたが、今年は、何度読み返しても、各発表がどうつながっているのか、どうまとめたらよいのかがよく分からず、頭を抱えたまま帰阪しました。1文字も書いてません(ときどき寝てましたが)。レポートを作る作業そのものが「(発表やシンポジウムの)きれつづき」を考える作業だったような気がします。

T橋ささんが最後に少しまとめられましたが、きれつづきは、文の性質や文脈に大きく依存し、具体的に「こう切れば(あるいはつなげば)よい」ということができないものであるような気がします。それほどに難しいものなのでしょう。
そんな中でも、いくつか具体的な「こうすれば」が示されました。それが絶対的に正しいものなのかどうかは分からない。でも、これから、私たちが進む方向をぼんやりとでも示してくれるものであることは確かなような気がします。

今回、先人がどう翻訳と向き合ってきたかに関する話がありました。一見、翻訳技術とはあまり関係ないような話ではあり、昔の私だったら寝てしまったかもしれませんが(...といういい感じの時間帯だったのだった)、今は、過去を知り、現在を認識した上に未来があるのだということが、少しだけ分かるような気がします。

つながりや切れ目を探すということは「考える」ということではないかと思います。昨年のQ&AコーナーのQに「翻訳者に向いていない人はどんな人か」という質問があったのですが、逆に「翻訳者に向いている人」として「なぜを問い、答えを探そうと考える人」を挙げることができるのではないでしょうか。あくまで個人的な考えですが。

I口さんが具体例の中でなさった「段落分けし、それぞれの役割を考えてみる」というのは、今、自分が勉強会で試してみていることでもあります。もちろん、そうやってでき上がる試訳の質には雲泥の差があるのですが、試行錯誤の方向が間違っていないのではないかと思えたのは嬉しかったです。精進します。

最後になりましたが、シンポジウムを企画してくださった翻訳フォーラムの皆さん、「めだかの学校」の皆さん、その他お手伝いくださった皆さん、ありがとうございました。
そして、ここまでめげずに読んでくださった方も、ありがとうございました(そしておつかれさまでした)。

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2018.05.30 00:55 | 翻訳祭・フォーラムetc.報告(2016-) | トラックバック(-) | コメント(0) |

*2018辞書最新情報(F井、T橋あ)

翌日発売される「ビジネス技術実用英語大辞典(通称「海野さんの辞書)」V6(EPWing版)についての説明がありました。
続いて、海野さんご夫妻自身から、辞書が紹介されます。
2010年にV5が発行されてから(初版は1994年発行)8年ぶりの改訂で、V5から約1万用例(8%)の情報が追加されているそうです。それだけではなく、「より分かりやすく」を目指して、差し替えや改善も続けられているとのこと。「もともと日英翻訳を念頭に置いて用例を集め、作り始めたものだが、英日見出しをつけたことで英日翻訳者にも需要が広がった。そこに自分たちの辞書のオリジナリティがあるのかもしれない」というご夫妻の言葉が心に残っています。
当日、会場で先行発売され、私も購入しました。

他に、Japan Knowledgeを運営されるネットアドバンスさん(ちなみに、CD-ROM版より若干少ない情報にはなりますが、秋にはV6もサービスに追加されます。+R というオプションにする必要がありますが)、「英語マイスターへの道」の著者、中部大学の関山健治先生の紹介もありました(関山先生は7月13日のJTFセミナーに登壇されます)。
http://www.jtf.jp/east_seminar/index_e.do?fn=search


*パンクチュエーション101(F井)

「読めていないものは訳せない、読めているつもりが読めていない」とは、F井さんがよく使われる言葉です。では、「読めている」とはどういうことなのか? それは「書き手が伝えようとしていることを理解できること」だという話から、きちんと理解するためにはパンクチュエーションを疎かにしてはいけないという話につなげていきます。
本当は、英語の記号がそれぞれ何を意味するかを理解し、訳に反映させなければならないはずだが、「塾や学校では(それが何を意味するのかを)きちんと教わっていないのではないか」ということで、「これは」という本を2冊紹介してくださいました。いずれもライティング本ですが、読むと書くはウラオモテなので、「英文を読む」際にも役に立つとのことです。一冊は「英語ライティングルールブック 第2版 正しく伝えるための文法・語法・句読法」(80ページ超にわたってパンクチュエーションの説明がある)、もう一冊は「できる研究者の論文作成メソッド 書き上げるための実践ポイント」(原文の著者がどういう気持ちで書いているかが分かる)です(詳細は「シンポジウム2018参考資料一覧」を参照)。

その後、日本語のダーシ(全角ダーシと2倍ダーシ)、英語のハイフン&ダッシュ(enダッシュ、emダッシュ)、挿入句など、記号について具体的な説明がありました。また、記号を音読することによって、「こういう意味で読んでほしい」ということが分かるという話も。詳細メモりましたが割愛します。あっしもだんだん疲れてきましたし、書き始めると削れるところがないんで。ともかく、そうやってきちんと意味を理解することで、なぜ書き手はその箇所にその記号を使ったのかが分かり(あるいは類推でき)、「書き手が伝えたいことを、記号も含めて正しく理解できる」につながるということなのだと思います。


*今こそ学ぶ!先達の翻訳論(H野)

昨年のシンポジウムで「若松賤子による小公子の翻訳」を担当された方です。
それがきっかけで、翻訳史や翻訳論に関心をもたれたとのことで、先達の翻訳論が、今とこれからの翻訳にどのように役に立つのかまで思いを馳せながら、二人の翻訳者(翻訳研究者)について発表してくださいました。

まず、事前アンケートで50名超の方が「影響を受けた」と回答された山岡洋一さんがどのような方であったかを紹介されたあと(「翻訳とは何か」で翻訳という職業を外に向けて発信、データベースを集めて辞典を編纂、メルマガ「翻訳通信」を発行etc.)、評論家で翻訳・比較文化論研究家である柳父章さんの翻訳語成立論の説明に移ります。
たとえばsocietyの訳語として用いられる「社会」など二字の言葉の多くは、明治時代に西洋の新しい概念を表すために作られた新造語のようなのですが、こうした言葉が、原意とは少し異なる「立派な」意味が付加された状態で用いられるようになることを、柳父さんは「カセット効果」と呼んでいます。そうした訳語が多数造られたことが、その後の意味不明の翻訳調につながるということのようなのですが(柳父さんの「翻訳とはなにか」の途中で討死したヤツなもんで、解釈が間違っているかもしれません。あくまで、「Sayoがシンポジウムで理解(あるいは誤解)した内容」と考えてください)、歴史的側面からみれば、漢文訓読を欧米文献の翻訳に応用しようとしたこうしたこの試みはそれはそれで立派であり、そこから翻訳調が派生し一人歩きしてしまったことが問題なのではないかと、H野さんは仰います。
その「翻訳調」に対して「読みやすく分かりやすい」翻訳が現れてくるのですが、「本当にそれだけでよいのか」と疑問を呈したのが山岡さんで(といっても――Sayoが勝手に理解しているところですが――山岡さんは、決して翻訳調の成立過程を否定しているわけではなく、先人がどのように翻訳に取り組んできたか、その後、翻訳がどんな道を歩んできたかを理解した上で、そのように唱えられているのだと思います)、「原文の意図を忠実に伝えることが翻訳の目的」と仰ったのを具体的に説明しているのが、翻訳フォーラムいうところの「原文を読んで見える絵を訳文を読んでも見えるようにする」ということなのではないかと、自分は勝手に思っています、とH野さんは発表を結ばれました。


*ヲタクじゃないけどサブカル講座(T橋あ)

最初に書いておきます。この発表をなさっているときのT橋さんは、この上なく楽しそうで幸せそうでした。

まず、サブカル以前の押えておくべき英語圏の文化から。
具体例を示しながら、不動のトップ3として、聖書、シェイクスピア、マザーグースを、これらに続くものとして、オズの魔法使い、不思議の国のアリスを挙げられました。
続いて、特にIT関連のウェブ記事などでよく引用される語句の出所を解説。まずStar Wars、次いで、日本ではそれほど一般受けしないようだが英語圏では話題に上がることが多い、というStarTrek。個人的には、何とかついていけるのはStar Warsまでです。懇親会でIT系の記事を翻訳なさる翻訳者の方とお話すると、こうした映画やTVシリーズからの引用はざらで、コレという動画をAmazonなどでDLして確認して訳すこともあると仰っていましたので、分野による違いは大きいと改めて思いました(そして、たぶん、興味のレベルも千差万別だろうと)。Star WarsとStar Trekに続くものとしては、アメコミ、指輪物語、ハリー・ポッターシリーズ、Monty Pythonなど。The Hitchhiker's Guide to the Galaxyの問い(?)なども好んで用いられるとか(ちなみに、私正直何が面白いのかよく分からなかった、同書の「不条理なギャグ」ですが、日本語にしてググってみても同じ答えを返してきました)。
サブカル以前のネタは、押えるべきところは押えておかないと翻訳者として恥ずかしい、サブカルネタは知っていると楽しい、仕事の幅も広がる、ということで、とりあえず、「シンポジウム2018参考資料一覧」の「なんでもわかるキリスト教大事典」と「シェイクスピア名言集」をお取り寄せしました。マザーグースはどこかに埋もれているような気がしないでもないので、まず発掘調査から。

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2018.05.30 00:50 | 翻訳祭・フォーラムetc.報告(2016-) | トラックバック(-) | コメント(0) |
今年は、さる人物から「あとで報告せよと密命を受けて送り込まれましたので、何があっても、たとえパソコンの前で力尽きても(←大げさ)、レポートを書き上げねばなりません。
そんな年に、なんでテーマが「つなぐか切るか」やねーーん!!(泣)

...な、今年の翻訳フォーラム主催「シンポジウム & 大オフ2018」の詳細ページはコチラ→
https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/015vzdzh7fek.html

今年のシンポジウムの中で取り上げられた書籍の一覧を記載した「シンポジウム2018参考資料一覧」はコチラ→
http://fhonyaku.blog.jp/archives/75770332.html

また、多くの方が、ハッシュタグ#fhon2018で、感想などを呟いておられます(ツイッターアカウントがなくても読むことができます)

今年も、ただひたすら、見たもの耳に入ってきた言葉を、可能なかぎり書き取りました。
「おお、ここ強調されている、大事そう」というメモの取り方ではないので、平板なレポートになってしまっているかもしれません。
そこは、他の方のブログ記事や#fhon2018の皆さんの熱い呟きなどで補完していただければと思います。

少しでも、かつての自分のようにさまざまな事情で参加できず「行けたヒトいいな~」と思っている方の役に立つことができれば。


「つなぐか切るか」という言葉を聞いたとき、すぐに思い浮かべたのは「日本語の作文技術」(本多勝一)でした。他にも、「長い原文は、読みやすさを重視して二文以上の文に分けるのがよい」という話を聞いたりもします。でも、(私の読込みが足りないだけかもしれないですが)「日本語の...」はどちらかといえば形式からみた原則集のような気がしますし、そして、そもそも「(重視すべき)読みやすさ」とは何なのでしょう。
「(原文が文として切れていないのに)ここで切ってもいいのか」「(原文が二文なのに)つないでいのか」というのは、いつも結構悩みどころだったりしますが、それはたぶん、自分の中に「こうするのだ」というルールがないせいだと思います。
ですから、今回のシンポジウムは、楽しみ半分(この悩みが解消できるかもしれない)、恐れ半分(自分に理解できるだろうか)といった気持ちで参加しました。で、恐れが勝ったぜー。

最後に、いつものように、自分なりに(強引に)まとめますが、今年は、「まだまだ咀嚼できてない」どころか「消化できませんでした」で終わるかもしれません...が、そこを何とか、記憶が新たなうちに(考えてメモってるわけではないので、そもそも「記憶」自体があまりないわけなんですが)頑張ってレポートします。

「屋根裏通信」の表記の原則に則り、発表者の方々は、ローマ字+漢字で、I口、T橋さ、F井、T橋あ、S復、H野と記載します。
(S復さん、H野さんは、T橋ささんが中心になって始められた翻訳者の勉強会「めだかの学校」のメンバーです)
間違ってメモした/発言の意図を取違えている可能性もあります。その場合の文責はひとえにSayoの未熟さに帰するものです。


*文の構造、段落の構造(T橋さ、T橋あ、I口)

「イントロダクション」(T橋さ)

まず、「翻訳の中で翻訳者が果たす役割」という基本を押さえるところから話が始まります。

翻訳者は、原文の読み手、訳文の読み手、両者を橋渡しする訳し手の三役を担わねばならず、そのために、原文と訳文の間を行ったり来たりしなければならない。そうする過程で、日本語だけ(あるいは英語だけ)書いているときには犯さないような間違いも犯してしまう。そうした間違いをできるだけ減らすひとつの方法として、英・日の翻訳文法の共通点を整理するというやり方がある。時間はかかるが、結局は、それが効率を上げるのみならず翻訳の質を上げる早道でもある。

そういう前提の上で、「情報を届ける」という点に着目して、「切る・続ける」を考えます。訳者は、書き手の思考が見えるように読み手に情報を届ける必要があり、そのために、切れ目やまとまりを示す「きれつづき」が重要なのだ、と仰りたかったのだと、私は理解しています。その切れ目やまとまりを簡略化して図示したものが、枝豆図(←という名前は私の造語です)。ざっくり書くと下図のような感じです。原文の文章をこのような形として見ることができ、なおかつ、斜線で示したような原文が強調したい部分も見えるようになれば、よい訳文が書けるのではないか、そして、このように枝豆図にできるところまでは英・日共通の部分であるとイントロダクションを締めくくって、次のT橋あさんにバトンタッチです。

* Sayoの造語「枝豆図」は、フォーラムのテクニカルターム(?)では「サヤマメ図」というと耳打ちいただきました。図を張ってますので本文の記述を変更することはしませんが、これは、正しくは「サヤマメ図」「サヤマメ図」「サヤマメ図」ですから。皆さま、お間違えのないようお願い致します。ただし、お店で注文されるときは、「枝豆」の方ですから、そちらもお間違えのないようお願い致します(?)

枝豆






「切ってみよう」(T橋あ)

具体例を挙げながら、原文と訳例を、「自分ならこう訳す」というスタンスを崩さず、そのように訳す理由を挙げながら説明してくださいました。例を一部記載すると...

サンプル1 雑誌や記事の冒頭の少し長めの文 → そのまま訳してもよいが、冒頭一文目なので、できるだけ短くしたい。
サンプル3 ... hosted by A to ... → 技術翻訳(手順書など)だと、前→後へと訳していくことが多いが、リズムよく読ませたい文章の場合、「~ために」までが長すぎると、主述の間が開きすぎてしまう。to以下を後ろに補足的に付け加えられる場合もある。
サンプル4 ... balance (vt) A, balance B, even balance C(A, B, Cの内容がバラバラで、それぞれそこそこ長い)→ ~A。~B。~C。のようにバラバラにしてもよいが、最後にevenとあるのでたたみかける感じを出したい。→ ~A。Bですし、Cです(書き取った訳語は少し違うのですが、そもそも原文をきちんと書き取れていないので...「Bですし、Cです」とBとCをつないでいる点を押さえていただければ)。

(ケースバイケースの部分はあるかと思いますが)英語でキーになっている語を日本語訳にも反映できるのであれば、日本語でのつながり感、切れ目感を優先してもよいのではないか、最終的に原文と訳文で同じ絵が描けるようであればよいと思う、とまとめられました。


「つなぐためにつなぐ。つなぐために切る。」(I口)

まず、「局所最適化の積み重ね=全体最適化ではない。全体を見渡し、どうすればいいのかを考えながら、局所を最適化すべきである」と仰った上で、「あくまでも一例、他にも適用できるものではない」としつつ、具体例を示してくださいました。今実際に翻訳中の書籍の一部だそうです。

(* その前に、矢印を使った「話しの流れ方」の説明がありました。基本の原文(英語)の流れ方、それを日本語にした場合に同じ流れが見え付加情報は付加情報と分かる形にするにはどんな感じにすればよいか、あるいは、一文ずつ訳していった場合矢印がどんな風にずれていくかなどです。ジツは、この矢印をかなり律儀にメモってまして、見ていただけば一目瞭然だろうなと思うのですが、線の切れた部分・続いた部分(「きれつづき」に相当する部分)を正確にメモしておらず、いい加減な図を載せてI口さんの意図が曲解されるようなことになってもいけませんので、図示は諦めました)

実例では、原文とともに、試訳0(ゼロ)ありがちな訳、I口さんの試訳①自動運転訳(あまり考えずに自分の勘に従って訳した段階の訳)、試訳②それを段落分けしたもの、試訳③、試訳④(最終的にできあがった一次訳)が示されました。通常頭の中でやられている思考の過程を、細かな変化が重ねられていく訳文の変遷として見せていただくことができるという、何ともゼイタクな資料です。
試訳0は、一文一文は間違いなく訳せているのですが、のっぺらぼうな感じで、一読しても何が書いてあるのかよく分からない。視点を考えたり日本語特有の表現の仕方に注意しながら訳したりするだけで、訳文は格段に読みやすくなります(自動運転訳)。さらに、このままではよく分からないと思われる逆接の接続詞をそのまま活かせるかどうか、内容に沿って段落分けし、それぞれの役割を考えてみる(段落分け訳)。そこからさらに手を加え、最後に一次訳まで辿り着きます。原文とは前後が入れ替わったりしている箇所もありますが、原文はこういう流れで話がしたかったのだなということが一読してすぐに分かる訳になっています。

こうした「常に全体を見つつよく考えながら訳」した結果失敗することもあるが、そうした「考えた上での失敗」は次につながるものであるというI口さんの言葉は、とても励みになるものでした。
こういう作業をする際、翻訳の目標として「思い浮かべる絵が同じになること」を忘れてはいけないことも強調されていました。

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2018.05.30 00:48 | 翻訳祭・フォーラムetc.報告(2016-) | トラックバック(-) | コメント(0) |

[5月28日 21時追記]
先ほど、満席となりました。
多数のお申込みを本当にありがとうございました。

販売条件の記載に
「※システムの都合上申し込み後のキャンセルは受け付けられません。お知り合いに受講の権利をお譲りいただくことはできますが、受付でのトラブルを防ぐため、必ずおいでになる方のお名前を事前にお知らせください 」
とありますとおり、キャンセルはできません。ご了承ください。
万一、急な予定変更等で出席が叶わなくなりました場合は、上記の記載にありますように、お知り合いの方に権利を譲るなどして頂けるようお願い致します。その場合は、「問合せ先」アドレスまでご連絡ください。
懇親会の場所や費用等の詳細は、大阪招致事務局から追ってメールにて連絡致します。今しばらくお待ちください。



[5月24日追記]
申込み開始日が5月28日(月)正午に変更になりました。
お間違えのないようお願い致します(スイマセン、よろしくお願いします)

***

7月2日(月曜日)、翻訳フォーラムのレッスンシリーズを、大阪で開催していただけることになりました。

題して、
レッスンシリーズ第9弾「『述語から読む・訳す』ワークショップ in 大阪」

日時:7月2日(月曜日) 12:00~16:00 (11:30受付開始)
場所:神戸大学学友会大阪クラブ・大阪凌霜クラブ セミナールーム(大阪駅前第1ビル11階)
https://www.osaka-ryoso.com/(凌霜クラブHP)
https://www.1bld.com/floor/floor_11.html#container_inner
(こちらの12の位置になります)
講師:高橋さきの
助手:深井裕美子、高橋聡
 * 受付は11時30分ですが、会場は11:00から開放しますので、お弁当等を持参して召し上がっていただくこともできます。ゴミは必ずお持ち帰りください。
 * 第1ビル地下2階にコンビニがあります。
 https://www.1bld.com/floor/floor_b2.html#container_inner
(こちらの12の位置になります)

詳細は、以下の画面をご確認ください ↓ ↓ ↓ ↓

http://bit.ly/fhonyaku_Lesson9

5月28日(月)正午から、こちらの画面から申込みできるようになります。

ご存じの方も多いと思いますが、翻訳フォーラムのレッスンシリーズは、フォーラムメンバーの方々が、講師として、辞書の種類やその使い方、Simply Termsなどさまざまなテーマで話をしてくださるもの。話を聞くだけではなく、実際にその場で課題に取り組むワークショップ形式のものもあります。
(これまでのレッスンの内容は、「翻訳フォーラムからのお知らせ」でご確認ください)


私も、昨年秋の第7弾「『述語から読む・訳す』ワークショップ#7」に参加しました。


「翻訳」をテーマとしたものとしては、初めてのワークショップ体験でした。
このワークショップ以降、自分の中で、原文や訳文との向き合い方が(ほんの)少しだけ変化したように感じています。
それまでは、「この訳語、ちょっと違う」と感じたとき、訳語やフレーズの範囲で言換えを考えていたのですが、グループワークで「パターン分け」を体験した結果、文全体を対象に言換えを考えることが増えたように思います(<あくまでも、それまでの自分比です<念のため)。
そういう、思考の自由度を広げてくれるワークショップで、とても新鮮に感じました。

そうして、同じようなワークショップを(関西近郊の)他の方にも体験してもらえたらなあと、ずっと思っていたのです。

そんなとき、JTF関西セミナーの講師として、翻訳フォーラムメンバーの深井さんと高橋(あ)さんが来阪されました。
そこで、懇親会の席で「大阪でもフォーラムのレッスンをやっていただけないでしょうか」とお願いしたところ、「喜んで」と瞬諾頂いてしまいまして...責任を取って、再び(しんハムさんとともに)臨時スタッフを務めています。
以前、どこかで、「もう『臨時』jはやらん」と誓ったような気もしますが、翻訳フォーラムが「レッスンシリーズ(しかも『述語から読む・訳す』!)」を携えて来て下さるという。これはもう、過去の誓いは忘却の彼方へと投げ捨てて、お手伝いせねばなりますまい(きちんと受入れできるかどうか、甚だ不安ではありますが)。

IJET大阪が終わったばかりで、お疲れMAXの方も多いかと思いますが、そこを何とか!! 是非ご参加を検討ください。


なお、勉強会後、参加者の方を対象に、招致事務局(2人しかおらんけどな)主宰で懇親会を予定しています。
(勉強会会場近辺、17時開始~2時間程度)
申込みされた方には、事務局から追って詳細を連絡させていただきます。
勉強会と併せてご検討いただけましたら幸いです。
(* フォーラムの皆さんは、それぞれ忙しい方ばかりです。全員のご出席が叶わない可能性がありますことご了承ください)
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2018.05.23 17:23 | 大阪でもレッスン2018・跡地 | トラックバック(-) | コメント(0) |