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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


しばらく前、勉強会で「要約、どうするねん」がまだ五里霧中だった頃、管理人さんに何冊か参考図書を推薦していただきました(「こんな参考書ありませんか」とお尋ねすると――あらかじめ質問しておく必要がありますが――、鞄の中から何冊もの参考書が出てくるのだった、あの鞄はきっと翻訳者的「ドラえもんのポケット」に違いない)。
その中の1冊が、この「パラグラフリーディングのストラテジー ① 読み方・解き方」(河合出版)。大学受験生を対象にした参考書です。

受験参考書なので、目的は、長文読解の攻略、つまり「いかに短時間で、パラグラフ単位で、また複数パラグラフのまとまりとして、著者の言いたいことを読み取るか」。正しく速読するための方法が系統立てて述べられています。

入試に出題される、論理展開が比較的はっきりした評論文が対象ではありますが、「論理展開のパターンを理解せよ」とか「論理マーカーに注目せよ」とか、頭に留めておくべきポイントが分かりやすく整理されていて、受験参考書、恐るべしです。まあ、それを言うなら、「英文解釈教室」(伊藤和夫)は受験参考書の範疇を超えてるよなー、という気がしますが。

本書では、「論理チャート」というものを書いて、パラグラフ内の流れを掴むという方法が示されています。そして、そこから、さらに、パラグラフ間の流れを掴み、著者の言いたいこと読み取る、という流れです。読み飛ばせる部分も多いのですが、論理チャートの書き方とポイントの総整理、巻末の論理マーカー一覧あたりは、文章をきちんと要約する上で役に立つかなー、と思います。

文章をきちんと要約できれば、流れを意識しながら訳文を作ることができるようになるんじゃないか(その訳文の出来は、ひとまず置いておいてくだされ)、ワタクシ的には、今、そのように考えながら要約に取り組んでいます。勉強会は、ちょうど次回が要約の回なので、この論理チャートを上手く当てはめることができるかどうか、ちょっと挑戦してみようかなと思っています。

とはいうものの。
あくまで自分の場合ですが、要約では、「全体として言いたいことを把握する」が目的になるため、細かいところまでなかなか目が届きません。つまり、どうしても文法的な細部を疎かにした読み方になってしまうのです。というわけで、「要約モード」の余韻を残したまま訳出作業に入るのはとても危険です(少なくとも自分の場合は)。むっちゃ危険やで、ということはよく分かった。

6ヵ月経って、やっと「要約することの意味」が少し掴めてきたような気がします。それに比例して「原文を本当にきちんと読む」ということの大切も。
このまま、試行錯誤しながら次の6ヵ月を行くのでしょう。6ヵ月後には、少しでも前に進んでいたいものです。
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2018.08.30 22:53 | 辞書・参考書 | トラックバック(-) | コメント(0) |

6回目の勉強会終了。
今回は、ご家族やご自身の体調不良で2名が欠席。何といっても、この暑さですから(それでも、おふたりとも課題はきちんと提出してくださってます)。
...ということは、つまり、アレですよ、管理人さんとサシで闘わなければならないわけです。全身傷だらけになることは必至です。覚悟を決めて(←大げさ)会場に向かいました。

死闘(←大げさ)の詳細は省きますが、特に話題に上った内容をふたつだけ。

1. 原文にない説明の言葉を加えることの是非
 こういう話は、本来、Case by caseで、文の種類や読者などさまざまな要素を考慮しないといけないと思うのですが、課題については、管理人さんと私の意見は(友好的なムードの中で)真っ向から対立し、結局「この件は、公開勉強会でさらそうぜ」という話になりました。ので、みんな、私に味方してな。
2. 知り合って2年半後のメールの口調はどこまでくだけてよいか(お互い、苦労の跡が忍ばれる訳でした)。

2人だと結構時間があまってしまうので、著者の英語や書きグセにまで話が及びました。
課題の文章は、決して難解な英語ではないのですが、それだけに訳出が難しいという、ありがちなパターンでした。

ということで、このエッセイのお勉強は今回で終わり、次回は新たなエッセイの要約に進みます。

***

さて、ここからは11月の公開勉強会に関するお話です。

まずは、開催情報から。

日時: 11月10日(土) 13時~16時30分頃 12時30分開場
場所: (安定の)神大クラブセミナールーム
https://www.osaka-ryoso.com/
参加費: 2000円くらい(事前に振込等でお支払い頂く予定です)
課題: あり(提出は任意)
懇親会: 開催予定
(遠方から参加表明してくださった神さまのような方がおられるので、勉強会は中止しても懇親会は開催します<違うだろ<自分)

* 9月中旬~下旬までに申込み画面を用意します。


...ところが、ですね。
ヤル気満々に見えた管理人さんが、ここにきて、Twitterで「人が集まるのだろうか...」みたいな弱気な発言をされています。とりあえず、「集まらへんかったら、さらってくるんじゃ!!」と発破をかけておきましたが、実際のところ、そんな物騒なことができるわけはありません。

というわけで、ひとりでも多くの方に興味を持って頂けるよう、ここで、「なぜ公開勉強会?」について書いておきたいと思います(ということで、若干真面目モードにシフトします)。

「公開勉強会を開こう」という話は、ある日の勉強会の席で、発作的に決まりました。
自称私設第2秘書と同第3秘書が、「私たちだけで管理人さんを独占しておくのはもったいなくないですか?」と言い出し、第1秘書が素早く同調し(秘書しかおらんのかーい<真面目モードやないんかーい)、「よし、公開勉強会開こう」という流れになったものです(...そんないい加減なことでいいんだろうか...)。最初はあっけにとられていた管理人さんも、徐々にヤル気になってくださいました。
自主勉強会とはいえ、管理人さんの知識や関連図書の読書量はハンパなく、特に最初の頃は、要約方法に始まり、秘書たちは教えてもらうばかりでした。
そんな管理人さんの知識を、公開勉強会という形で、皆さんにも体験していただきたいと思ったのです。

とはいえ、理由は「もったいない」だけではありません。
私たちの勉強会は、分野を問わず、そこそこ長い英文をきちんと読み、訳すことを目標に始まったものです。
この先、業界がどんな風に変化しようと、翻訳者としての自分を助けてくれる一番の武器は、「英文を理解する力」と「訳す力」ではないかと思うからです。
もしかしたら、同じように、誰かに教わるだけではなく、自分たちで勉強会をしてみたい、と考えておられる方もいらっしゃるかもしれない。
そうした方々が、今後(私自身は「今しかない」というある種の焦燥感に駆られて今年立上げに参加したわけですけど、たとえば、今は育児などで時間がとれないけれど、来年、再来年、あるいは○年後ならできるかもという方もいらっしゃるかもしれない)、少人数の全員参加型勉強会を立ち上げるさいのひとつの参考としていただけたら嬉しいという気持ちもあります。「こんな風に立ち上げた」「こんなことをやっている」というのを、少しでも肌で感じて頂けたら嬉しいかなと。

そんなわけで、以下のような内容を予定しています。

① 「立上げ準備→立上げ→今」までの経緯+運営にあたって気をつけていることを簡単に説明します。
② 公開勉強会
 1 要約(課題あり、2パラグラフ程度要約)
 2 翻訳(課題あり、1パラグラフを訳出))
③ その場作業(ナイショだよーん>内容が固まっていないという説もあり)

 *要約と翻訳の課題は、別のエッセイからのものを考えており、合計2本のエッセイを読んできていただくことになります。でも、どちらも、最低、最初の1節?(複数パラグラフのまとまったもの)を読めば取り組める箇所を選んでいますので、恐れず怯えず管理人さんに会いにきていただければ思います(私たちの無茶振りにも引き攣った笑顔で応じてくださる、やさしい方ですよ~)。課題の提出は任意です。


***

ひとりでも多くの方が興味を持ち、参加を検討していただけたら幸いです。
この記事は、おそらく管理人さんがツイートしてくださると思いますが、ひとりでも多くの方の目に留まりますよう、リツイート等で応援していただけると大変ありがたく存じます。
どうぞ宜しくお願いいたします <(_ _)>
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2018.08.20 19:43 | 勉強会 | トラックバック(-) | コメント(0) |

たまには実際的な記事など。

ときどき、保険以外のアメリカの医療システムについて知りたいこともあるわけです。
英語の説明を読んで、ナルホドー、と何となく理解できても、医療システム自体が日本と異なるので、「じゃそれ、日本語でどういうのが一番近いの?」ということも多い。いや、ワタクシが日本の医療制度をきちんと理解できていないというのが、一番の理由かもしれないんですけど。そんなときに参照するサイトや参考書。

まず、医療保険(制度)について。

http://www.us-lighthouse.com/life/daijiten/insurance.html
(Lighthouseロサンゼルスのウェブサイト)
https://www.jccg.org/nowhow/28-healthcare/97-insurance
(ジョージア日本人商工会ウェブサイト)

いずれも簡単な用語説明がついています。説明も分かりやすい。
どちらも保険会社が監修されているようなので、情報元としては信頼がおけると思います。
(ただし、その訳語をそのまま使用するか否かは再考します)
この種のウェブページで気をつけないといけないところは、監修の保険会社の現地撤退などにより、「ある日突然ページがなくなっとる!!」可能性があること(過去に泣いた経験あり)。
現地商工会や保険会社などの情報を中心に、定期的に情報を収集しておく必要があるかなと思います。

書籍では

「世界の医療保障」(加藤智章・西田和弘編、法律文化社 2013年)
これは、ハッキリ言って勉強するための本なので、ワタクシ的にはうたた寝の友的積ん読的色合いが濃いのですが、日米を含む各国の医療保障制度がコンパクトにまとまっているので、不測の事態に備えて手元に1冊あってもいいかも、と思います。


医療システムについて。

「これぞアメリカ医療システム!」という邦文書籍には、いまだ遭遇できていません。
そういう場合は、意外に医師の方の現地開業記が役に立ったりする。

「アメリカ臨床医物語」(中田力著、紀伊國屋書店 2003年)
(以前「Physician's OfficeはなんでOfficeやねん」でも紹介しています)
「アメリカ開業医はつらいよ!」(二木良夫著、克誠堂出版 2009年)

フムフムと納得したり「そうなんや~」と驚いたりする記述もあり、侮れない...んだけど、必要なときは記憶から飛んでいて、あとで読み直して「あのとき苦労したアレ、ここに書いてあるじゃーん(泣)」となったりする。


医療システムと医療保障制度混合などその他。

「アメリカでお医者さんにかかるときの本」(あめいろぐ、保健同人社 2014年)
帯に「アメリカで活躍する20人の日本人医療従事者が執筆」とあるとおり、現地での「お医者さんへの掛かり方」が懇切丁寧に説明されています。この本は、患者を対象としたものなのですが、翻訳者として役に立ちそうな情報もそこかしこに散りばめられているので、このコもやはり侮れません。これから米国に長期滞在される方は、この本を帯同なさってください(決して「あめいろぐ」さんの回し者ではありません<念のため)。
ウェブサイトもあります
http://ameilog.com/
...と本当に暫くぶりに覗いてみたら、ワタクシに断りもなく(注:断る必要はありません)新刊2冊も出とるし! とりあえず「ホスピタリスト」の方をほしいものリストに放り込んでおきました。

「病院の内側から見たアメリカの医療システム」(2002年)「病院の外側から見たアメリカの医療システム」(2006年)(河野圭子、新興医学出版社)
著者は米国で医療経営学修士を修められた方で、経営的視点からの記述が多いのですが、体験記部分は「ふむふむ、こうやって実務に就いていくのね~」と参考になりますし、斜め読みですが、この方の医療保険に関する記述は分かりやすいように思います。興味があれば。


おまけ。

「医療現場英語辞典」(山田政美・田中芳文、三省堂2016年)
読んで楽しむ辞典的色合いが濃いのでお好みで。略語や各種ナースの説明等もあり。どちらかというと、書籍翻訳や映像(医療関係)翻訳をなさる方の役に立つような気がします。そして「スタートレック」も登場するのだった。
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2018.08.11 15:36 | 辞書・参考書 | トラックバック(-) | コメント(0) |

今さら、三島由紀夫の『文章読本』を読んでいるSayoです。

この本には「翻訳の文章」という章があります。
三島は、「読者としてどう読むか」ということを書いているのですが、翻訳者としてもじわじわくる文章が多い。
小説や戯曲、詩などの文章が対象ですが、実務翻訳や広く翻訳一般にも当てはまるように思えます。

その中に
「このように読者が翻訳の文章を読むときにも、日本語および日本文学に対する教養と訓練が必要なのであります。その教養と訓練が失われたときに、翻訳の文章と水準は低下し、悪文がはびこり、かつ悪貨が良貨を駆逐します」
という一文がありまして、なんか、ぐさっときたのでした。


読者として「日本語を読む」ことを考えるとき、この頃では、特にウェブ上で、何だかもやもやする文章に触れる機会が増えたような気がします(たぶん、私もときどきそういう文章を書いていると思います、スイマセン)。
原因はさまざまあると思うのですが、「とにかく早く」が求められ(OR よしとされ)、十分な校正がなされないまま文章がひと目に触れる機会が増え、読み手もそれに慣れてきたたというのも一因かもしれません。
そういう文章に多く触れ、「この表現おかしくないか」と立ち止まって考えることをしないでいると、知らず知らずのうちに、自分の中の「きちんとした文章」(という表現は非常に曖昧なのですが、ワタクシ的には、論理が破綻せず、読者が、内容を読み取る以上の無駄な努力をすることなく理解できる文章、のように考えています)の基準がだんだん低くなっていくような気がします(周りの影響を受けやすい自分を基準に考えているので、そうでない方も多数おられると思います。そのあたりは、割り引いて読んでやってください)。

そうすると、書く方でも、きちんとした文章が書けなくなる。でも、読者の方もそうした文章を日常的に目にしているので「まあこんなものかな」ですまされる。そうやって受け入れられてしまうと、「これでいいんだ」となって、次からはそのビミョーにもやもやする文章がその書き手のデフォルトとなる。でも、読者の方もそうした文章を日常的に目にしているので...(永遠に続きそうなので以下略)

翻訳でも同じではないかという気がします。
納期が短いためにそこそこの訳文しか提出できない。でも、読者の方も若干もやっとしながら「この納期だしね、意味は分かるしね、しょうがない」と受け入れる。そうすると翻訳者も「このレベルで仕事をすればいいんだ」となって、それがデフォルトになる。でも、読者の方も...(しつこいので以下略)
仕事としては、それが「合格点」と言えるのかもしれません。でも、私は、どうしても、辻静雄さんの「九十点の味でいいということになると、七十点の味に落ちるのはすぐですからね」という言葉を思い浮かべずにはいられないのです。
本来は、読者が訳者を育て、訳者が読者を育て――の好循環が理想のはずなのに、今は(あくまでも耳にする範囲ですが)その逆の循環が優勢になってしまっているように思えて、少し残念です。

自分としては、これからも「きちんとした文章を書く力」を養う努力を続けていきたいです。そうやって自分の中に蓄積したものは、きっと私を裏切らないはず。
読者としては、きちんとした文章とそうでない文章を見分けることができ、訳者としては、常にきちんとした文章を書く。
地味にあたりまえのことなのかもしれませんが、これからも、そういう風に翻訳と向き合っていきたいです。

...てなことを、「文章読本」を読んで考えたりしたのでした。

最近、オチもツッコミも少ない文章でスイマセン。次は頑張ります(何を?<自分)
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2018.08.07 23:58 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |