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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

「大阪でもレッスン」招致事務局・無期限「臨時」スタッフのSayoです。

正式な連絡が遅れまして、ご心配をおかけしました。
1月20日(日曜日)、翻訳フォーラム主催による「翻訳に使える文化・雑学・サブカル知識」を、大阪で開催致します。

日時:1月20日(日曜日) 12:00~16:00 (11:30受付開始)
場所:神戸大学学友会大阪クラブ・大阪凌霜クラブ セミナールーム(大阪駅前第1ビル11階)
https://www.osaka-ryoso.com/(凌霜クラブHP)
https://www.1bld.com/floor/floor_11.html#container_inner
(こちらの12の位置になります)
講師:高橋聡

詳細は、以下の告知・申込み画面をご確認ください ↓ ↓ ↓ ↓

https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/01j9u2zyw1xp.html

申込み開始は、12月3日(月曜日)正午(12:00)です。


サイトにも記載されているとおり、基本的に、9月30日に東京で開催された「英語圏の文化・教養・雑学・サブカル~引用に強くなろう~」の再演ですが、大阪編は30分時間が長くなっておりまして、高橋さんからは「新しいネタ仕込みます」とありがたいお言葉をいただき、嬉し涙にくれております。

9月30日の講座の感想を、簡単ですが記事にしております。
興味のある方は、目を通していただければ。
http://sayo0911.blog103.fc2.com/blog-entry-633.html

記事にも少し書きましたが、私は、ふだん仕事では、引用とはまったく無縁の生活を送っています。
同業の方の中には、同じような状況の方も多いかもしれないと思います。そういう方は「自分には関係ない」と思われるかもしれません。
でも、今後、その知識がどこでどんな形で役に立つか分からないと、私は思うのです。たとえば、分野を広げようとしたとき。たとえば、同じ分野内の違う種類の文書にも対応しようと思ったとき。そういうときに「何に気を付けて」「どんな参考資料にあたればよいか」の基本をおさえることができる(そしてそれを楽しく教えてくれる)講座だと思います。
自分とは異なる分野の翻訳をされる方々が、どんなことに気を付けながら翻訳しているかを知ることで、また少し広い視点から自分の翻訳を見ることもできるかもしれません。
私の場合は、何よりも「おおっ、こんなところからの引用も!」という感動と驚きがありました。

というわけで、「翻訳に使える文化・雑学・サブカル知識」ってどんなものかなー、と多少なりとも興味がある方は、遠慮なく臆せず参加し、楽しんで帰ってください。
なにより、講師の高橋さんが本当に楽しそうに講義なさいます。「幸せそうな帽子屋さん」をその目で見たい方も是非。


*注意事項(申込み画面にも記載しておりますが、念のためということで)*

※システムの都合上、申込み後はキャンセル頂くことができません。申込み後、どうしても当日出席できなくなった方は、FBやTwitterで呼びかけるなどして、ご自分でお知り合いの方に受講権利を譲っていただく形になります(その際、参加料は、たとえばAmazonギフト券をやり取りするなどの方法で、当人間で決済してください)。また、そのようにして他者に権利を譲られた方は、必ずフォーラム様まで、代わりに出席される方の情報(氏名、メールアドレス)をお知らせください。お手数をお掛け致しますが、どうぞ宜しくお願い致します。

※開いている飲食店が少ない時間帯である旨を考慮し、会場を11:00から開放します。お弁当等を持参して召し上がっていただくこともできます。ゴミは必ずお持ち帰りください。

※セミナー終了後、招致事務局主催で、講師を囲んでの懇親会を予定しています(17時開始、2時間+程度)。お申込み頂いた方に、12月中旬以降、招致事務局からメールで詳細を案内させて頂きます。


たくさんの方のご参加、お待ちしております!!
2018.11.28 00:01 | 大阪でもレッスン2019 | トラックバック(-) | コメント(0) |

今年購入して未読の書籍を積んでみました。

...こんなにあったんかい...
(いちおー、パラパラめくりながら拾い読みしたものも含めましたが<苦しい言い訳など)

ある程度消化できるまで買わずに我慢すればいいのでしょうが、SNSなどで「いいよ」と紹介されると、どうしても気になってしまうんですよね。
シンポジウムやセミナーのあとは、特に「遅れをとってはならぬ(とにかく手元に置いておかなくちゃ)」モードが全開になってしまって、ヤバいです。
そして、「手元にあることで安心する」、本当はこれが一番いけないと思っています。

懺悔の気持ちをこめてリストアップしました。
もしかしたら他にもあるかもしれません。洋書系は別腹...じゃなくて別場所なので、確実にあります。
「翻訳ストレッチ」に組み込んだりしながら(特に「読む辞典」系)、少しずつ消化していこうと思います。


「英文和訳・要約法」(中村保男・谷田貝常夫 文字文化協會 2018年)
「日本人のための日本語文法入門」(原沢伊都夫 講談社現代新書 2012年第1刷)
「『接続詞』の技術」(石黒圭 実務教育出版 2016年第1刷)
「究極の英語ライティング」(遠田和子 研究者 2018年)
*勉強会で管理人さんから紹介いただいた書籍。ブログで紹介しようと読み始めて他に目移りし、を繰り返すこと2回。そのたびに、既読部分もざっくり読み直す(←忘れている)という無駄を繰り返すこと2回。東京雛祭りまでには必ず(握拳)。どれも、それほど難しい内容ではないのです。でも、記事にするとなると、勉強会の要約と関連付けたり考えたり比較したりしなければならず、たぶんそこで躓いてしまうと思います。「記事にすること」は、自分にとってなにがしかのトレーニングにはなるに違いありませんが。まあ、気長に待ってやってください。

「グルメな辞書」(西練馬 緑陽社 2016年第1刷)
「マザー・グースの唄」(平野敬一 中公新書 1972年第1刷)
「シェイクスピア名言集」(小田島雄志 岩波ジュニア新書 1985年第1刷)
*シンポジウム中/後にまとめて。「グルメ」は外出のおともに、「シェイクスピア」は息抜きに、「マザーグース」はどこかにねじ込んで(希望的観測)。

「ねみみにみみず」(東江一紀/越前敏弥編 作品社 2018年)
「翻訳百景」(越前敏弥 角川新書 2016年)
*ところどころ拾い読みして放置。どこかで時間作ります。「ストーナー」(東江一紀訳)の原書・訳書比較読みは、亀の歩みですが頑張って続けています。

「創造する翻訳」(中村保男 研究社出版 2001年第1刷) やっと半分まで来ました!
「英語の発想」(安西徹雄 ちくま学芸文庫 2000年第1刷)

「擬音語・擬態語辞典」(山口仲美編 講談社学術文庫 2015年第1刷)
「日英語表現辞典(最所フミ編著 ちくま学芸文庫 2001年第1刷)
*「翻訳ストレッチ」に組み込んで少しずつ読んでいこうかなと思っています。

おまけの子ら
「人体の冒険者たち-解剖図に描ききれないからだの話」(ギャヴィン・フランシス/鎌田彷月訳・原井宏明監修 みすず書房 2018年)
「偽りの薬-降圧剤ディオバン臨床試験疑惑を追う」(河内敏康・八田浩輔 新潮文庫 2018年)
「孤宿の人」(宮部みゆき 新潮文庫 2009年第1刷)
「千年樹」(荻原浩 集英社文庫 2010年第1刷)
「負けんとき-ヴォーリズ満喜子の種まく日々」(玉岡かおる 新潮文庫 2014年第1刷)
*正月にはこれらを手にどこかに籠もりたいものです。「偽りの薬」は「解説」買い(柳田邦男)。そういえば、途中で頓挫している柳田邦男さんの「『死の医学』への日記」もどこかにあるはず。12月には「チーム」「チームII}(堂場瞬一)を再読して正月の箱根駅伝に備えなければ。読破は遠い道のりかも(遠い目)。


加齢で目が疲れやすくなったというのもあるかもしれませんが、20代・30代に比べて圧倒的に読書量が減りました。外に出ることが減り、通勤も含めた「待ち」の時間が少なくなったというのも、理由の一つかもしれません。「最後に書籍をどう処分するか」を考えると、もっと図書館を利用したいところなのですが、図書館に出向くのもなかなか億劫でして(<どんだけ面倒くさがりやねん<自分)。
まずは少しずつ積ん読を片付けながら、来年はもう少し本を読みたいなーと思っています。
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2018.11.26 22:39 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |

訳文の検討では、最後に文体(常体か敬体か)についての意見交換がありました。

なんと、秘書らも含め、管理人さんを除く全員が常体で翻訳していたのです。

原文の全体はウェブ上で読むことができますので、こちらにタイトルを記載します。
勉強会に参加なさらなかった方で興味が湧かれた方は、Googleで検索してみてください。
課題は、この中から長めの1パラグラフとしました。

「The DIY Scientist, the Olympian, and the Mutated Gene」(by David Epstein, ProPublica, January 15, 2016)

この文章は、普通のエッセイより呼びかける的な感じが強く、対象読者年齢も低い(10th Grade=日本でいえば高校1年生相当)、というのが管理人さんのご意見だったかと思います(間違いや不足があったらすいません)。
個人的には、説明の前半部分は納得できるもので「ナルホド、そこまで考えなかった」と思いましたが、後半部分は(高校1年生が日本語で読書する場合を仮定し)「高1をなめんなよ」と思ってしまいました(あくまで個人的な感想です<念のため)。

そのあとで、会場から「このエッセイはラジオ放送の内容を書き起こしたものなので、敬体の方がいいかも」というご意見をいただきました。
少し調べてみましたら、確かに、最初にThis American Lifeという番組(?)の中で放送されているのです。ウェブ記事にもリンクがあるというのに、まったく気がつきませんでした。不覚だわ~。

Something Only I Can See
のAct One ”Do These Genes Make Me Look Fatless?”の部分です。
https://www.thisamericanlife.org/577/something-only-i-can-see

10分ほど聴いてみましたら(…長かったので…)、途中に司会者との掛け合いやエッセイ中の主人公本人による語りが挟まれる、喋り言葉である等々、エッセイとまったく同じというわけではありませんでしたが、ストーリーの流れは同じでした。管理人さんが仰った「呼びかける感」はここからきているのではないかと思います。

そうした背景をいろいろと考えてみた結果、勉強会課題の訳文としては、今は若干「敬体の方がよかったかな」に傾いています。
仕事として考えた場合は、さらに「掲載媒体はどこか、日本の対象読者は」を加味して最終的に判断することになるかなと思います。


あとで「恥ずかしい」と思ったのは、最初に深く考えることなく、当たり前のように常体ではじめてしまったことです。
圧倒的多数の方が常体で翻訳されるという結果にはなりましたが、参加者の中には、もしかしたら「敬体の方がいいかな、いややぱり常体かな」と迷った末に常体で訳された方もいらっしゃったかもしれません。そうした方と自分の間には、まだまだ「さまざまな面から色々考える」という点で、隔たりがあるよな-と思ってしまいました。

最後、若干「時間切れ」で終わらせた感がなきにしもあらずでしたので、謝罪の意味もこめ(+自分を戒めるために)記事にしました。
(でも、こうやって調べたり考えたりする作業は楽しかったです<さまざまなことがビハインドになりつつありますが)


それから、公開勉強会が終わってから、「意外にたくさんの方が、ジツは管理人さんに斬られたがっているらしい」という事実に気がつきました。
これは、秘書らが「斬られる」を連呼したせいもあると思いますので反省しています。「斬られる」だけでは勉強会は成立しません。
確かに管理人さんは、(おそらく)私たちの誰よりも「ものごとを多面的に見る」力があり、「斬られる」部分は「ああ、そうだよねー」という箇所ばかりではあるのですが、それでも、勉強会では秘書らも「ここはこう考えてこうしました(だから譲れませんのや)」と管理人さんに向かっていきます(「そこ訳したときだけ瞬間的に寝てたみたいです」とか「まあひとつチョコレートをどうぞ」と逃げる場合もありますが)。負け戦は確定だとしても、それはやはり「斬り合い」なのです。ということで、多くの方に「管理人さんに斬られたい」ではなく「管理人さんと斬り合いたい」(自分の解釈も投げつけたい)と思っていただけたら嬉しいです。
勉強会に参加するしないに関わらず、日々の翻訳の中で、そうした気持ちを共有できたらと思います。
よく、「翻訳者は、もとめられれば、自分の訳文について(なぜそう解釈したのか、なぜその訳語を選んだのか)すべてきちんと説明できなければならない」と言いますよね。「斬り合いに備えること」はそれと似ていると思う今日この頃です。

公開勉強会から、私も本当にさまざまなことを学びました。ご参加の皆さまに改めて感謝です。
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2018.11.14 15:52 | 勉強会 | トラックバック(-) | コメント(0) |

このブログ記事を書きながら、しみじみスライド資料を読み返しています。

管理人さんとは、9ヵ月間勉強会でご一緒し、要約の話もいろいろ伺ってきましたが、これを読んで、「理解したつもり」になっていたことが多いことを実感しました(「つもり」という魔物は本当に厄介です)。

要約をするときは、「キーセンテンスを探す」「不要な部分は削る」「自分の言葉に言い換える」「段落間のつながりも意識する」といったことを意識してはいますが、つい、「何のためにそれをするのか」ということを忘れがちになります。
勉強会の要約の目的は、「翻訳のさい、著者の意図を過不足なく伝えられるようきちんと準備する」(ためのひとつのトレーニング手段)であるはずなのですが、つい、「いい要約をつくろう」と力が入ってしまうのですよね。でも、よく考えてみれば、「いい要約」というのもおかしな話で、その要約を基に最終的に「読者がきちんと著者の描いた絵と同じ絵が描ける」訳文をつくれてはじめて、「それはよい要約だった」ということができるはず。だって、要約は手段なのですから。

私は、これまでも書いているかと思いますが、わりと、「ひとつのことに注意が向くとそこだけに注力してしまう」人間です。「つながりがうまくいかなかった」と指摘されると、次はつながりばかりが気になったり、段落内の流れを意識しすぎて段落間のつながりへの意識が疎かになったり...と、勉強会で、他のメンバーから新たな視点で自分の要約(訳文)が「斬られ」ると、そこばかりに注意が向いてしまいがちなのです。で、要約も訳文も、いつもデコボコしたアンバランスなものになってしまうのです。そのデコボコが、1本の線に近いところに収められるようになれば、近距離から、遠距離から、そしてさまざまな方向からみた、バランスのとれた「読者に余分な労力を使わせることなくきちんと原著者の意図が伝えられる」訳文がつくれるようになるのかなと思います。分かっちゃいるけど、で道は遠いですが。このアンバランスを調整する力は、最終的には自分で努力してつけていくしかないのですが、ひとりだとどうしても偏ったままになってしまいがちです。勉強会は、私にとっては、それを矯正してくれる(少なくとも矯正を助けてくれる)場がであるように感じています。そう考えると、これからも決してラクな場所ではあってほしくないと思ってしまうのです。

公開勉強会を開催したことで、「翻訳のための要約」を(資料という形で)再確認し、自分の欠点を見つめ直すことができました。
そして、これからも翻訳力を磨き、少しでも理想とする訳文に近づきたいと改めて思いました。
公開勉強会は、私個人にとっても、とても実り多い勉強会でした。

最後に、自戒、ということで書いておきます。
このところ、ひと前に出たり、ブログ管理人と本人が結び付けられたりする機会が増えてきました。そうすると、実力以上の人に見られることもあって。
私は、「きちんと丁寧に仕事をする」以外は平均的な翻訳者で、特に「これは!」という秀でた訳文が書けるわけではありません。一を聞いて十を知るということもないので(最終的に十は知るとしても、めっちゃ時間が掛かったり回り道したり、何度も同じことを聴いたり読んだりしてからです)、少し学べばあとは自力でグングン伸びていくというタイプでもありません。
でも、褒められてばかりいたら、この先「自分デキる人だよね」と錯覚してしまうことがあるかもしれません。
そこを勘違いしないよう、これからも謙虚な気持ちを忘れず、基本「そこそこ頼れる裏方」として過ごしていきたいと思っています。
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2018.11.11 23:46 | 勉強会 | トラックバック(-) | コメント(0) |

11月10日、無事に「公開勉強会」を終了致しました。

お忙しい中、本当にたくさんの方にご参加いただき、運営一同、心より感謝致します。
至らぬところも多々あったかと存じますが、多くの方から暖かいお言葉をたくさんいただきました。本当にありがとうございました。

内容的なことは、「どうしても管理人さんに斬られたい」と関東からご参加くださった齊藤貴昭(Terry Saito)さんが、公開可としたホワイトボードの内容とともに、ブログに詳しくまとめてくださっていますので、そちらをご覧ください。ご自分の意見も交え、よくまとめてくださっていると思います。
https://terrysaito.com/2018/11/11/study_in_osaka/
また、
https://togetter.com/li/1287158
に公開勉強会関連のツイートもまとめてくださいました。
テリーさん、本当にありがとうございました。時間の関係で、お望みになられたほど斬らせていただけなかったことだけが心残りです(意外と皆さん斬られたいらしいということが分かったのだった)。

今、皆さまから提出していただいたアンケートの結果をまとめています。
当日の運営方法などに関し、いくつか厳しいご意見もいただいておりますが、第1秘書が「どうか批判は厚いオブラートに包んで」と切々と訴えたことが功を奏したのでしょうか、どなたも優しい口調で改善点を指摘してくださっています(うっしっしっ)。そして、すべてとても参考になるものでした。今後の勉強会や招致セミナーの運営に活かしていきたいと思います。

当日、会場から、「要約とはなにか」や検討対象課題について、さまざまな意見・感想・指摘をいただきました。
私たち3人では思いつかなかった視点あり、変化球(?)あり、課題段落について明解にまとめてくださった方ありと、私たちにとっても新たな発見がたくさんありました。
公開勉強会を「楽しかった」と感じてくださったとしたら、会場の皆さんのそうした「積極的に参加したい」という姿勢がかもし出す雰囲気がなせる技だったのではないでしょうか。つまり、皆さんが協力して「楽しい勉強会」をつくり上げてくださったのだと、私は思っています。
同じ公開勉強会をもう一度やったとしても、ホワイトボードに書く内容は、きっと同じものにはならないでしょう。参加型の勉強会のよさはそこにあるのではないかと思います(収拾がつかなくなるという危険も孕んではいますが)。
会場の皆さんの「もっと学びたい」という熱気、「翻訳は楽しい!」という気持ちに後押ししていただきました。本当にありがとうございました。

自由記入欄に、いくつか「またやってほしい」という声をいただきました。このような勉強会を公開で開催することはなかなか難しく(みな、最後は仕事量を減らしたり一定期間仕事を休んだりして準備しています)、希望にお応えできない可能性が高いですが、「なぜ要約するのか」の輪郭を掴み、「翻訳する楽しさ」を知った参加者の皆さんは、十分自分たちで勉強会を行う土台ができたのではないかと考えております。最初に少しお時間をいただき、「自分たちは、こんなふうに勉強会を準備し実施してきました」ということをお伝えしたのも、ひとりでも多くの方に、いつか気持ちや経験や時期が熟したときに、自分たちで自主勉強会が開けるようになってほしいと思ったからです。
数年前までは、私自身、十数名の方を前に少し話をしただけで声が震えてしまうような状態で、自分にこんなことができるとは思っていませんでしたから。

表現は違いますが「翻訳の原点に戻れた」的な感想をいくつかいただきました。
一人でも多くの方に、「翻訳って難しいね、でも楽しいよね」と思っていただけたら、公開勉強会を開催した価値はあると思っています。
そして、私たち運営も、参加者の皆さんとのやりとりの中で、本当に多くのものをいただきました。ありがとうございました。
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2018.11.11 23:43 | 勉強会 | トラックバック(-) | コメント(2) |