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2019. 12. 27  

決して、どなたかに大きな「迷惑」を掛けたという意味ではありません、念のため。
(周りの方々に小さな迷惑をたくさんかけたであろうことは想像に難くありません。この場を借りてお詫び致します)

ということで、一年を振り返ってみました。


[総評]
慌ただしく過ぎた一年でした。
一年一年、少しずつ短く感じられるようになるのは、これが「年を取る」ということなのでしょうか。

ゆるやかに体力が低下し、ついに五十肩らしきものを迎えた以外は、主人も私も大過なく過ごすことができました。また、義父母も、白内障の手術、運転免許返納、自律神経の失調から来るらしい義母の不調などはあったものの(そしてもちろん、一年分のおだやかな老いはありましたが)、こちらも大過なく、家族の健康という点では平穏な一年でした(あと数日ありますが、たぶん)。ありがたいことです。せめてあと一年、この穏やかな状態が続いてくれればと願うばかりです。


[翻訳仕事]
「こういう訳文をつくりたい」「こんな風に翻訳と向き合いたい」が揺るがず来れた以外は、惑いの一年でした。今年を一字で表すなら「迷」か「惑」でしょうか。

今後の方向性について悩み続け、未だ答えは出ていません。

縁あって書籍の翻訳に携わる機会を得ました(正確には、まだやってます)*。
諸般の事情で、来年中に形になるかどうかは微妙なところです。もっと詳しく経緯をお伝えできる日が来るといいのですが。
毎日が、「自分なんかがこんなことをやっていていいのか」→「そんな弱気では著者にも読者にも失礼だ」→「とにかくできることを精一杯やろう」→自分のできなさ加減に打ちのめされる→最初に戻る、の永遠のループですが、きちんとやっているうちに終わりが来ることを信じて、一文ずつ、一パラグラフずつ、一章ずつ前に進むしかありません。
 * 書籍のことは、きちんと形になってから報告すべきなのではないかと悩みましたが、惑うている理由をきちんと説明するには外すわけにはいきませんでした。ということで、最低限の情報のみ記載することにしました。

翻訳を始めるにあたって、書籍の翻訳では先輩にあたる方から助言もいただきましたが、長いことなかなかペースが掴めずにいました。納期が長すぎて途中でダレてしまうということもありました(というかそこは現在進行形)。
そこに、普段の仕事・勉強会・セミナーの裏方の雑務が重なりました。
勉強会も裏方も「今しか打ち込めない」「打ち込みたい」という思いがあり、結果、仕事を減らすことになりました。

当然、今年の収入は昨年を大きく下回りました。
「仕事を減らす」という決断ができる環境にあったことは、幸せだったと思います。
我が家は数年前に主人が(体力的・精神的な限界を感じて)自己都合退職したため、その後、おもに私の収入のみで生活しています。私には二人分の生活を養うだけの収入がないので、少しずつ銀行預金を切り崩す生活をずっと続けてきました。それができたのは、退職までは主人の安定した収入があり、それまでにそこそこの貯蓄ができたからです。とはいえ、預金残高が少しずつ減っていくという生活は気持ちのいいものではありません。ここ数年大きなストレスになっているのは確かです。そして、仕事を減らした結果、当たり前と言えば当たり前ですが、今年の減り方は尋常ではありませんでした。

書籍の翻訳は、大変ですがやり甲斐もあります。けれど(ご存じだと思いますが)印税という形でしか収入になりません。また、「次」があるかどうかも分かりません(それも私の力次第なのでしょうが)。一年間、「この先どうしよう」という不安といつも背中合わせでした。
今までどおり実務の仕事を続けるにせよ、やり甲斐を感じられない仕事もそれなりにあり、今のままではいけない(自分の心が死んでしまう)という焦りもありました。
また、毎日の生活の糧をきちんと稼げていない状態で、ブログ等で翻訳の勉強を語ることについても、「そんな話をする資格はないのかもしれない」という思いが心のどこかにあり、常にその思いを引きずって苦しい一年でした。

「この先、どうしよう」
今も迷いの中にいます。
けれど、あと一年、迷いながら今の状態を続けようと決めました。とりあえず、一年なら生活なんとかなりそうなので。

まだ実務翻訳の効率を改善する工夫はできそうです。その点は、少し落ち着いたらもう少し探っていきたいと思っています。
また、これもよい機会かもしれないと、今年後半、方向性が違うと感じていた翻訳会社への登録を抹消しました。それで少し気分が楽になりました。今後は、受けたい仕事を中心に受けていくためにもっと何ができるか、という点もよく考えていこうと思います。
年末、友人の紹介で新たに翻訳会社に登録する機会に恵まれました。「CATは使わない、英日のみ」という条件を最初に提示した結果、「回せる仕事は少ないかもしれませんが」という話ではありますが、双方気持ちよく合意に達することができました。この流れになったのも、私の日々の仕事振りを友人が見ていてくれたからに違いなく、普段の仕事がいつどんな形で実を結ぶか分からないと実感しました。

この先しばらくは、実務の仕事をセーブしながら、書籍と勉強に一番の力を注ごうと思います。
それが、次の一年でやりたいことです。どんな風に進むにせよ、やはり力をつけておくことは大切だと思うので。
これまで培ってきたものが無駄にならないよう、SNSに足を突っ込みすぎないよう(笑)、一年頑張ります。
その結果、自分なりに書籍と実務のバランスをとったところに着地できるといいのですが。


本ブログも、これまで同様、そのときどきに思ったことを綴っていきます。
一年間お世話になりました。来年もどうぞ宜しくお願い致します。
皆さまが、平穏に新しい年を迎えることができますように。そして、新しい年が良き年になりますように。
少し早いですが、年末の挨拶とさせていただきます。
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2019. 12. 14  

『井上陽水英訳詞集』(ロバート・キャンベル、講談社 2019年)

 
 タイトルどおり、歌詞の対訳集なのだけれど、陽水さんとの対談を含む訳詞の過程も書かれているということで、興味を持った。
 (私は陽水さんの曲は有名なヒット曲くらいしか知らない)

 本題に入る前の「はじめに」に、キャンベルさんがどんな英訳を目指したかが書かれている(ちなみに「はじめに」には「井上陽水はうなぎだ」という副題がついているのだけれど、ここではスルーするので、「うなぎ?」と興味を持たれた方は、購入するなり書店で立ち読みするなり図書館で借りるなりしていただければと思う)。

***(引用ここから)***

 難しいと思うのはまずそのまま「歌える英訳」を目指すのか、目指すなら言葉のひとつひとつが楽譜どおりに拍子(ルビ:リズム)に乗り、英語歌詞として破綻がないことを担保しなければならないけれど、そのためには、大切なことを切り捨てなければならないのです。
 一度素人なりに「氷の世界」を「歌える英語歌詞」として訳し音に乗せてみましたが、日本語に打ち込まれたもともとの陰影がことごとく網の目から抜け落ちてゆくばかりでした。そこで、なんとか歌詞のエッセンスを一滴もこぼさず読者に届けたいと考え、歌うのではなくまず読むための英訳=「読詞」を仕立てることにしました。

***(引用ここまで、P11)***

 私は(「著者の言っている(言いたい)ことを正確に読者に伝える」を基本として)、まず誰が何のために読むかを考え、文体や言葉遣いその他細かなスタンスなどをそれに合わせていく(仕事柄ということもあるかもしれない)。キャンベルさんの、原作を尊重しつつ、それを「自分はどんな風に届けたいのか」を考えるというアプローチは、最初に読んだとき「おお、自由だな」(読者どこいった?)と感じた。けれど、よく考えてみれば、歌詞という特殊性の強い原文の翻訳では、最初に「どういう形で読者に届けるか」ということをキチンと決めなければ先に進めない。キャンベルさんは、原作のもつ微妙なニュアンスを余すところなく伝えたい(そのために歌えない訳詞となってもしょうがない)、というスタンスをとられた。そして「(英語で歌えないということで、陽水ファンからは叱られるかもしれないが)ここではまず『読む詞』として味わっていただきたい」と読者に断っている。決して読者の存在を忘れているわけではない。そういう「翻訳する態度」を好ましく感じた。

 本書は3章構成になっている。
 第1章では、キャンベルさんがなぜ英訳を思い立ったかが語られ、第2章では、実際の訳詞の過程が語られる(二つの章のところどころに、陽水さんとの対談が散りばめられている)。そして第3章は実際の対訳集だ。

 第1章で、一番心に残ったのは、余白という言葉だった。
 当時私は、仕事のことで悶々とした日を送っていたので、よけいその部分に「感応」したのかもしれない。SNSへの言及に始まり、「文学」の役割について考察し、ドナルド・キーン氏による『雪国』(川端康成)の英訳へと続く文章を読んで感じたことを、そのとき私は「余白」という記事にした。

 自分の頭の中に確固たる(原文の)絵を描いた上で(←ここはすべての翻訳の出発点かと)、「余白を徹底的に潰す」のが実務翻訳なら、(原文の曖昧さに応じて)読者に解釈を委ねる余地を残す、つまり余白を感じさせる訳文をつくるのが文芸翻訳だといえるのではないかと、私は考えた(ちなみに、そのどちらとも少し違うように思えるノンフィクション翻訳では、大切にすべきは事実と著者の主張ではないかと思う。そこをしっかり踏まえた上で、まず訳文に余白を反映させるべき文章なのかどうかを判断し、その上でどこまで反映させるかを考えるということになるのではないか……と思ってみたりするのだが、まだ上手く考えをまとめきれていない)。
 キャンベルさんは、陽水さんの歌詞について、「聴き手に対するさりげない気遣いというか絶妙な距離感に深くうなずくしかありませんでした。この距離感こそが、日本文学でたびたび感じる『余白』だと思ったのです」(P51)と感想を述べている。そして、その「余白」を英詞でも表現しようと悪戦苦闘する。

 だからだろう、第2章のタイトルは「余白にきをつけろ」だ。
 第2章では、キャンベルさんは、個々の例を挙げながら、歌詞に、ときには陽水さんの視点にも、深い考察を加えていく。冒頭、「初めて聴く歌詞をすべて理解しなくてもさわりから大ざっぱにつかんでおけば、感情移入は十分にできます。逆に、全部わかったつもりの歌詞を一度音楽から突き放して読んでみると、いい詞ほど、意味不明な部分が現れます」と書いている。この「大ざっぱに掴んでわかったつもりになる」は、私も普段の仕事でやりがちだ。ざっと読んで大意を掴んだ「つもり」で訳し進めると、どうもきちんとつながらない箇所が出てくることがある。そんなときは、思い込みによる解釈間違いであることが多い。翻訳では「思い込み」を取っ払って読むことが大事だというのは、どんな翻訳でも同じだ。
 
 この第2章は、興味を引かれた箇所を挙げるとキリがないので(付箋だらけになっております)、二点だけ挙げておく。
 一つは、日本語詞中に現れる英語の処理。「なぜ英語を使ったのか」に関する考察も含めて、ナルホドという解釈をなさっている。
 もう一つは、「音」に関する考察――音合わせ的な言葉遣いを英語に置きかえるとき、どこまで配慮できるか――だ(昔Puffyが歌ってヒットした「アジアの純真」は、ナンセンスな言葉遊びの最たるものではないかと思う)。英語の頭韻や脚韻、単語の音合わせを日本語にどう反映するかはときどき考えることだが、逆方向については正直考えたことがなかったので、新鮮な気持ちで面白く読んだ。
 最後の部分で、キャンベルさんは、「英語で読む陽水さんの詞には、日本語だけで聴き、あるいは読む場合に思い浮かべる景色と異なるものがあります。総じて翻訳とはそういうもので、言語を前提にした文化の境を越えようとする時点で置いていかなければならない荷物と、理解を得るために肩の上に積まなければならない荷物とがあって、そのやり取りの過程で大切な旅人=原文が無事に向こう側へ渡れるかどうかが決まります」(P175)と書いている。渡し方はさまざまあれど、「必ず持って渡らなければならない荷物」というのもあるわけで、本書の訳詞においては(無意識か意識的かを問わず)陽水さんが歌詞に乗せて伝えようとしているものと、その結果原詞からかもしだされる微妙な空気(のようなもの)がそれではないかと思う。少なくとも、キャンベルさんは、それを大事にして翻訳に挑戦されたのだと、私は思っている。

 「翻訳は本業ではない」と仰るキャンベルさん。その翻訳との向き合い方に、翻訳者の私もさまざまに考えさせられるところがあった。

 そして今、私は、毎日少しずつ第3章の対訳を音読している。そして思うのは「陽水さんは、自分の主張をもった『詩人』だなあ」ということ。あらためて、日本語の音の面白さに、言葉選びの妙に「おおっ」と思ってしまう。それが、こういう英語になるのかという面白さもある。それらを読んでいくのは、中身のわからないおもちゃ箱の中から、ひとつひとつおもちゃを取り出すような、そんな感じだ。
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2019. 12. 11  

『人の匂ひ '85年版ベスト・エッセイ集』(日本エッセイスト・クラブ編 文春文庫)
『ベスト・エッセイ2017』(日本文藝家協会編 光村図書)

この二冊を手に取ったのは、あるときふと「30年前と今とで、エッセイの傾向に違いのようなものはあるだろうか」と思ったから。この二冊を選んだのに、特に深い理由はありません。

比べてみると、『人の匂ひ '85年版ベスト・エッセイ集』(以下『'85年版』)の方が、『ベスト・エッセイ2017』(以下『2017』)より、総じて1本のエッセイの長さが長いようです。「30年の間に長いエッセイは好まれなくなったのか」と、もう少し調べてみましたが、そういうことではなく、単に掲載媒体の違いによるもののようでした(編者が異なるので、そのへんも関係しているかもしれません)。『'85年版』は雑誌に掲載された作品が多いのですが、『2017』は新聞掲載のものが大半を占めていました。どちらの編者によるものも2000年代のものまでざっと確認しましたが、この傾向は変わらないようでした。ということで、仮説はあっけなく崩れ去ったのでした。
しいて違いを挙げるとすれば、『'85年版』の方が固い文章が多く、戦争について書かれたものも散見されるということくらいでしょうか(男女の役割に関し『'85年版』には、個人的に「それは時代遅れでは」と感じるような内容もありましたが、それは時代を反映したものかと思います)

以下に、それぞれのエッセイ集の中で心に残ったものを、いくつか挙げてみます(あくまで個人的な好みです)。

『'85年版』

「左遷・珠恵さんの死」(早瀬圭一 初出『文藝春秋』)
新聞記者だった著者は、左遷(少なくとも本人はそう思っている)先の高松で知り合った女性(行きつけの割烹「高はし」の同年輩の娘)に、あけすけな物言いで説教されたり励まされたりするが、不思議に腹が立たない。その後また転勤してからも、毎年高松に「帰り」、「高はし」で「珠恵さんの歯に衣きせぬ、そのくせじんとあたたかい苦言を」聞くのを楽しみにしていた。だが、ある年、突然珠恵さんの訃報が届く。胃がんだった。著者は、その春珠恵さんから届いた手紙を読み直し、便箋の上に涙を落とす。訃報に接した著者の感情が垣間見られる部分はここだけだ。そのあとは改行が入り、「『高はし』は、のれんを降ろし、店を閉じた」とエッセイは終わる。でも、私は、この愛想のない一文に著者(そして珠恵さんの両親)の深い悲しみを感じるのだ。こんな風に文章を締めくくることができたならと思うのだけれど、いつも言葉数の多い私には無理そうである。

「日本人と桜」(ドナルド・キーン 初出「リーダーズ・ダイジェスト」)
タイトルどおり日本人と桜の関係を考察したエッセイ。ところどころ堅さを感じる表現もないではないけれど、なんと端正な文章だろう。「外から」の視点を追加した考察はとても深い。


『2017』

「美しい声とは」(三宮麻由子 初出「考える人」)
著者は幼い頃視力を失ったエッセイスト。「歴史上の人物の肖像画や骨格をもとに声を復元した合成音声」の話から始めて、読者を「お?」と引きつける。その復元音声から、人物の風貌が浮かび驚いた、「『声は人を表す』なのかもしれない」と言う。それから、最近の日本人の声の変化に話題が移る。「躓(つまず)いた声」が多くなった気がするというのだ。それも三十代以下の年齢の人々に。著者は、この「躓いた声」からその人の様子を想像するのに苦労する。著者にとっての美声は、人となりが伝わってくるような声で、じぶんも「そういうまっすぐな声を目指したいものである」と、エッセイは締めくくられる。字数の関係でこういう内容になったのだろうが、話題が面白いものだっただけに、「躓いた声」でもう少し話を展開してほしかったなと思う(<オマエがエラそーに言うなという話ですが)。この人の文章は好きである。

「役に真摯に向き合い」(行定勲 初出「毎日新聞」)
著者は映画監督・演出家。平幹二朗の訃報に接しての寄稿。「黙ったまま中央に置かれた椅子に座り、そこから一歩も動くことなくその存在感だけで7、8ページある長台詞を一気に魅せ切ってしまう気魄を」見せ、著者に「本物の瞬間に出会う喜びに触れられたことは私の一生の財産である」と言わしめた平幹二朗だが、ジーパンでファッション談義に花を咲かせるような無邪気な一面もあった。そんな平の「いまだ見ぬ芝居を探求し続けたその孤高にひれ伏したい想いである」という最後の一文からは、著者の畏敬の念が伝わってくる。本当に特別な人だったのだなということがよく分かる。全体、見事な弔辞だ(蛇足ですが、平岳大さんの弔辞も心打つものでした)。


それぞれ二編ずつ紹介しましたが、心に残ったエッセイはまだまだあります。様々な方々の文章やアプローチの仕方を知ることができるというのも、こうしたエッセイ集ならではだと。エッセイスト・クラブ編の方はもう新しいものは出ないようですが、日本文藝家協会編の方は、今も毎年新しいものが刊行されているようです。
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2019. 12. 01  

11月30日(土)、「『パンクチュエーションのひみつ』 in 大阪」(翻訳フォーラム様主催レッスンシリーズ#16)、無事終了しました。

お忙しい中、日帰りで来阪くださいました深井さん、本当にありがとうございました。
寒い中(いや、でも会場暑かったですね、スイマセン)ご出席くださいました参加者のみなさん、それぞれに都合をつけてのご参加、ありがとうございました。
現地運営、至らぬ点も多々あったかと思いますが、片目を瞑って見逃してくださり感謝しております。

以下、聴講モードに戻りまして、セミナーの感想です。


「『パンクチュエーションのひみつ』 in 大阪」、こんな内容です(告知画面)。


当日セミナーで紹介のあった参考書籍は、こちらにまとめられています。


4月に東京でのレッスンシリーズにお伺いしたさい、「同じものを大阪でも」とお願いしました。
というわけで、セミナーの内容については、まず、4月のセミナーの感想記事をお読みいただければと思います。



私が、英和訳におけるパンクチュエーションの大切さに目を向けるようになったのは、「翻訳を勉強する会」で、「なぜそのem dashを2倍ダーシにしたのか?」と管理人さんから問われるようになってからです。それまでの私は、わりと機械的にdashをダーシに訳すようなところがありました(翻訳以外の文章でも、頻繁に挿入にダーシを用いる「ダーシ大好きっ子」だったということもあります)。けれども、管理人さんから「他の方法で同じ意味にできないか考えてみ」と言われ続ける(笑)うちに、記号の持つ意味について少し深く考えるようになりました。「どんな記号も意味を持ってそこにあるよね?」
そんなときに開催されたのが、上述の「カンマとコロンとセミコロン」(翻訳フォーラム・レッスンシリーズ第12回)だったのです。
セミナーでは、上述のブログ記事にも書いたように、各種のパンクチュエーションが明解に整理され説明されました。


ブログ記事では触れていない点など、いくつか触れておきます。

● コロン(:)とセミコロン(;)
セミコロンは「つなぎ合わせる」記号で、A;Bの前半(A)と後半(B)のバランスはイコール。前半と後半の関係はさまざま(順接、逆接、因果関係など)。この他に、列挙に用いられる場合もある(列挙される各Partsにカンマ(,)が含まれる場合)
コロンは「(その後に詳細や具体例の説明などがくると)期待させる」記号で、A:Bでは、Bの内容の方が細かい。
→翻訳では、この「前後の細かさ(が異なる)」という関係性が際立つような訳にしたい。
→セミコロンは使われなくなりつつあるようだ。本当に必要なもの以外、あえて用いる必要はないのでは。

● 音読の重要性
音読することで、きちんと読むために、そこに記号が必要かどうかが明確になる(視覚情報だけでは、間や抑揚が必要かどうかがわからない)。音読は大事。

● 引用→コーパス
文章や口語英語で引用がどのように表現されているかという話から発展して、各種コーパスの紹介がありました(紹介されたコーパスは、参考書籍のページに記載されています)。
Google検索で、使用しようとしている英語表現が、実際に頻用されているものなのかどうかを確認するには、やみくもにGoogle検索するよりも、こうしたコーパスを検索する方がよいとのこと(使用にはログインが必要)。
SKELL(Sketch Engine for Language Learning)では、検索語に記号も含められる(学習者用なのでサンプル数は少ないとのことですが、私はコロケーションを確認したいときなど、時々SKELLのword sketchを使用することがあり、個人的にはなかなか気に入っています)。

● 実習
カンマ、括弧、ピリオドの有無や位置によって、それ以外の部分が同じ二つの文の意味がどう変わるかを、絵を描いて説明するというもの。先のレポートでも書いたとおり、おそらく、前後の文脈が与えられた状況であれば、きちんと回答できたと思います。そうした事実も、記号がないがしろにされがちな理由のひとつなのかもしれません。実習は前回と同じ問題でしたが、前回は正解できたのに今回は間違ってしまったものがありました。もしかしたら、前回もきちんと身についてはおらず、「そのときだけたまたま正解できた」ということだったのかもしれません。

● 句読法エクササイズ
句読法を「きちんと」身につけるためのエクササイズとして、
 * 手持ちの原文の挿入部分(括弧、em dash、カンマ)に印をつけ、その部分を外して(PC上なら薄い色にする、紙上では薄いマーカーで色付けするなど)読んでみる。
 * 文中、A, B, C(,) Dになっている箇所を見つけ、Oxford commaの有無も確認する。
 * コロンとセミコロンに印をつけ、その用法を(図解するなどして)説明する。
などの方法が挙げられました。上の実習でやった「絵を描く」というのはなかなか難しい。明確に理解できていなければ正しい絵は描けません。この「描いてみる」という方法は、なかなか有効な方法ではないかと思います。


まとめ

パンクチュエーションは、英文を「ひとつの読み方(解釈)しかできないようにする」助けとなるものであるような気がします。
英文を読む場合は、パンクチュエーションが、明確な絵を描くための道標になる。明確に描かれた絵は、適切な訳文につながります。
また英文を書く場合は、適切に用いることで、誤解の余地がない英文を書くことができる(逆に言えば、パンクチュエーションなしでも誤解のない英文になるのであれば、入れなくてもよいということになります。漫然と使えばよいというものではないということだと思います)。

懇親会の席では、NMTはパンクチュエーションをきちんと認識しないという話が出ました。
パンクチュエーションをきちんと理解することで、機械よりひとつ秀でた武器を持てるということになるかもしれません。


懇親会まで含めると、約7時間半、色々考えさせられた、充実した、楽しいセミナーでした(最後の最後に当てられるとは思わず油断してましたけど)。
深井さん、長丁場ありがとうございました。皆さま、協同して楽しい時間をつくってくださってありがとうございました。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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