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2020. 03. 30  


読了。

しばらく前から、文芸翻訳に関連する本をよく読むようになりました。

『創造する翻訳』(中村保男)、『翻訳の秘密』(小川高義)『翻訳教室』(柴田元幸)、『文芸翻訳教室』(越前敏弥)、『文芸翻訳入門』(藤井光)、『英語の発想』(安西徹雄)――ざっと、こんな感じ。

医療機器の翻訳にどっぷり浸かっていると、ときどき「本当に狭い範囲の語彙で仕事をしているな」「最後まできちんと考えていないな」「目の前の文やパラグラフしか追っていないな」と思うことがありまして。フと興味が湧いてフェローのノンフィクション講座(通信)を受けて以来、特にそう思うようになりました。それで、テキストや専門書などで分野特有の表現を身につけるだけではなく、翻訳そのもの、特に全体を俯瞰しながら翻訳する色合いの濃い書籍翻訳について書かれた本を、もう少し読んでみたいと思ったのが始まり。『21世紀×アメリカ小説×翻訳演習』も、その流れの延長で手にとったものです。目次の各章のタイトルに惹かれました。
http://books.kenkyusha.co.jp/book/978-4-327-45290-2.html

上記の書籍を読んだり、翻訳フォーラムのシンポジウム*でお話を伺ったりするうちに、全体の流れをみながら訳すことや、俯瞰したり近づいたり、原文と訳文を行ったりきたりしながら訳すということが、少しずつ実感として分かってきて、自分の翻訳にも取り込めるようになりました。けれど、「英語でそんな風に書かれた意図を日本語に反映する」ということが、どうしても上手くできませんでした。「翻訳を勉強する会」の課題に取り組む中で、そのことを強く感じるようになりました。「そんな風に」とは、使われている(選択されている)単語や文体、一文の長さ、仕草(から推測される心情)などのすべてを指します。それらをどう読み取り、訳文全体のトーンを決め、実際の訳文に反映させていくのか――『21世紀×アメリカ小説×翻訳演習』には、「そんな風」を日本語の訳文にマッチさせていく過程が示されています。数パラグラフの英文(短編小説の一部)が提示され、それに対する考察がなされ、学生訳と講師訳が提示される。数回にわたって雑誌に連載された文芸翻訳コンテストの講評を加筆・修正したものだそうです。本書を読み、一部を自分でも訳してみると、どんな言葉やどんな部分に注意したらいいのかが、少しだけ分かったような気がしました(そう錯覚しただけかもしれませんが)。

思えば、以前は、仕事で扱う以外の文章(フィクションやエッセイなど)を読むときは、雰囲気で読み、力わざで訳していたような気がします。「文法少し不明な点があるけれど意味はこんな感じかな、(全体)こんな内容だからこんなトーンでいいのかな」という感じです。「勉強だから」という気の緩みがあったとはいえ、なんといい加減だったことでしょう。その頃は、仕事でも、「正しく意味をとる」ことに力点をおき、文法解釈については、分からない箇所をとことん突き詰めることはせず、最後は「こんな感じかな」で訳していたような気がします。文法的にそう難解な文章がなかった、つまり「こんな感じかな」も少なかったことが、せめてもの救いです。勉強会を始めて、文法の大切さを身に沁みて感じ、勉強会を続けるうちに、自分の読みの浅さに気づかされるようになりました(←今このあたり)。

文法はいずれにせよ、こうした読み方がいつも仕事で必要かと問われれば、正直「日々の仕事ではそこまでいらんかな」という気はします(取りあえず今のところは)。けれど、こうした読み方・訳し方を身につけておけば、将来必ずどこかで役に立つと信じています。そして、何より、訳していて(悩むことが多くて大変ではあるけれど)楽しい。

収載された短編(現代アメリカ小説)そのものは、自分からはあまり手に取らないかなというものが多かったです(逆にそういう作品に触れることができてよかったかも)。とはいえ、第III部の21世紀アメリカ文学の動向はなかなか興味深いものでした。総じて、今の自分には収穫の多い一冊でした。


* 翻訳フォーラム・シンポジウムについて
コロナウイルス感染の流行が近日中には収束しそうにないことから、今年のシンポジウムは中止になりました。代わりに、YouTubeによる配信が行われるそうです。
 チャンネルはこちら→
 https://www.youtube.com/watch?v=dmnv3Ju2nKc
 翻訳フォーラムのツイッター公式アカウントはこちら→
 @FHONYAKU

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2020. 03. 18  

3月15日、10年以上ものあいだ(最初は姉のキャシー・リードさんと、その後は村元哉中さんと)日本のアイスダンスを支えてくれていたクリス・リードさんが、30歳の若さで急逝されました。心臓突然死とのことでした。
お姉さんと組んでおられたときは、(こちらも姉弟として見るせいでしょうか)遠慮がちに女性をリードしているという感じもありましたが、村元さんと組んでからは、もっとロマンティックな表現も可能になり、(素人なりに)新境地を開いたのではないかと思っていました。平昌五輪のFD、坂本龍一メドレーを覚えておられる方も多いでしょう。私も、あのプログラム、大好きでした。

村元さんとのペア解消が伝えられたときは本当に残念で、二人ともいいパートナーに巡り会えたらいいのにとずっと思っていました。ご存じのとおり、村元さんは高橋大輔さんとペアを組むことになりました。クリスさんの方は、残念ながら現役は引退されましたが、この春から日本でコーチとして新たな一歩を踏み出す予定だったようです。

本当に残念でなりません。
心からご冥福をお祈り致します。



「心臓突然死」という言葉を聞いて真っ先に思い出したのは、ペア・スケーターのセルゲイ・グリンコフでした。1995年11月のある日、新聞のスポーツ欄の片隅にグリンコフの訃報を見つけたときは、自分の目が信じられなかったのを、今でも覚えています(1995年11月20逝去、28歳)。
のちに妻となるエカテリーナ・ゴルデーワと組んで、カルガリー、リレハンメルと2回の五輪で金メダルを獲得しました。大好きなペアでした。大好き、と言っても、当時は五輪でのスケートしか知らなかったんですが(笑)。1997年に主人の転勤について渡米してから、TVやStars on Iceのカセット(!)でやっと昔のプログラムを見ることができました。今では、You Tubeでたくさんのプログラムを見ることができます。いい時代になったものです。

さて。
渡米した頃たまたま書店で目にしたのが、本書『My Sergei』

『My Sergei: A Love Story』(Ekaterina Gordeeva & White E. M. Swift)
https://www.amazon.co.jp/My-Sergei-Story-Ekaterina-Gordeeva/dp/0446605336

邦訳もあります(絶版で中古品しか手に入らないようですが)
『愛しのセルゲイ』(エカテリーナ・ゴルデーワ、石井苗子訳)

「& White E. M. Swift」とあるのは、おそらく、ゴルデーワの話をライターがまとめたのでしょう。まだ英語も堪能というほどではなかったと思いますので、一人称で書かれた英語はかなり平易。どちらかといえば、話し言葉よりの英語かと。
ゴルデーワの語りは、まずそれぞれの生い立ちから始まります。若いうちからペアを組み、五輪(カルガリー)で優勝、その後恋人同士から、結婚して愛娘をもうけ、再び五輪(リレハンメル)で優勝。その後完全にプロに転向し、Stars On Iceツアーなどに参加していたときに、二人を悲劇が襲います。グリンコフの死後、追悼ショーを企画した(おおむねStars on Iceのメンバーが中心でしたが、「セルゲイが尊敬していたスケーターも呼びたい」ということで、佐藤有香さんも呼ばれています)ゴルデーワが始めてひとりで滑り、娘と一緒に強く生きていくと決意するところで終わります(本書が書かれたのは、まだクーリックと出会う前です)。

二人のラブストーリーに力点が置かれているので、「フィギュアスケートの洋書を読みたい」という場合は、多少消化不良感が残るかもしれません。
フィギュアスケート関連の読みものとしては、先日「#そうだ洋書を読もう」で紹介した『The Second Mark』や、長野五輪に臨むミッシェル・クワンとタラ・リピンスキーを中心に据えた『Edge of Glory: The Inside Story of the Quest for Figure Skating's Olympic Gold Medals』(Chiristine Brennan)、フィギュアスケートの商業的側面を扱った『Frozen Asset』(Mark A. Lund)などの方が面白いかもしれません。

とはいえ、Happily ever afterで終わるはずの「その後の二人の人生」が、男性の急逝で突然絶たれてしまうというストーリーは、それが実際に起きたことであるだけに、涙なくしては読めません。ほら、私、ゴルデーワ&グリンコフが大好きだったから。

グリンコフが亡くなる場面はこんな風に描かれています。
(ここに登場するMarinaは、当時二人の振付師だったMarina Zueva。そういえば、Marinaはかなクリのコーチも務めていたんですよね。二人も若い生徒を失った彼女の気持ちは察するに余りあります)

当時アメリカはフィギュアスケートが大人気で、Stars on Iceツアーに先駆けて、レークプラシッドでその年のツアープログラムをお披露目するのが恒例になっていました。ツアーの一員として練習に参加していたゴルデーワとグリンコフが、全体練習を終え、小リンクでソロ・プログラムの練習をしていたときのことでした。


****(以下、引用)****

The full orchestra was just coming in, one of those high waves of music Marina liked so much. Sergei was gliding on the ice, but he didn't do the crossovers. His hand didn't go around my waist for the lift. I thought it was his back. He was bent over slightly, and I asked him, "Is it your back?" He shook his head a little. He couldn't control himself. He tried to stop, but he kept gliding into the boards. He tried to hold onto the boards. He was dizzy, but Sergei didn't tell me what was happening. Then he bent his knees and lay down on the ice very carefully. (Several sentences omitted by Sayo)

Marina stopped the music. When she came over to him, she knew right away it was something with his heart. It looked like he couldn't breathe anymore. She told me to call 911, and Marina started doing CPR on him. I was so scared. I was screaming, I don't know what. I forgot all the words in English. I couldn't remember the words for help. I ran to the other rink, crying, to get someone to call 911 for me.

****(引用、ここまで)****
『My Sergei』Paperback版 PP.292-293

本書(ハードカバー版)が出版されたのは1996年11月。
グリンコフが亡くなってから、やっと1年経とうという頃です。こうやって二人の人生を振り返り言葉にすることで、気持ちを整理し、自分を奮い立たせようとしたのかもしれません。
ペーパーバック版の出版に際して、Epilogueが付け加えられました(1997年夏)。悲しみが薄れた、ということはないでしょうが、それでも、周りの人たちとさまざまに関わりを持ちながら前を向こうとしている様子が描かれています。
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2020. 03. 09  

(…なんて捻りのないタイトルなんだろう…)

先日、ツイッターで、山岡洋一さんの『翻訳とは何かー職業としての翻訳』の一部を紹介し、それについて思うことを三連投しました。内容は以下のとおりです。

1
「翻訳とは、原文の意味を読み取り、読み取った意味を母語で表現する作業である (中略) そして、翻訳は学び伝える仕事である。学んだ内容を伝え、伝えるために学ぶ。力のある翻訳者なら、この過程で、どんな専門家もかなわないほど、どんな実務家もかなわないほど、深く理解する」『翻訳とは何か』(山岡洋一)から(P.100)
2
どんなに学んでも専門家の理解を超えることはできないのではと、私は思う。それでも、学びに際し「専門家を超えるくらい頑張ってやる」という気構えと深い理解は必要。「どうせ超えられないし」と自分を甘やかしてしまっては、そこから先に進めない。
3
そして、もうひとつ大事なのは「伝えるために学ぶ」ということ。学びは大切だけど、学びが目的になってしまっては本末転倒。つねに「誰かに伝えるのだ」という意識を忘れないようにしなければ(翻訳を始めたら無意識のうちに必ずそのスイッチが入っているのが理想なのだろうな)。


学ぶ目的をはき違えてはいけないけれど、それでも、翻訳をやめるその日まで、翻訳者は学び続けるべきなんじゃないかと、私は思っています。

仕事以外のまとまった勉強以外に、日々の仕事そのものからも、何かしら学ぶことはあります。惚れ惚れするような参考資料を頂くこともありますし、ナルホドと納得できこちらの不勉強を恥じるようなFBを貰ったこともあります。特に、経験の浅い頃は、分野独特の表現や用語など、たくさんのことを学ばせてもらいました。「?」な原文さえ反面教師になります(あまり出会いたくはないですが)。

けれど、(仕事も含めて)毎日が勉強と意識しつつ、同時に、納品物は商品ということも忘れないことが大切だと、ここ数年強く思うようになりました。

実際は、納品後、確認・修正・表現変更などの過程を経て、自分の翻訳物が顧客の手に渡るには違いないけれど、「そのまま顧客の手に渡っても問題ない」と思えるレベルの訳文を、毎回納品する。「商品」なのだから、妥協はしないし、甘えもしない。手もかける。学びに時間を費やし、参考書籍にお金を費やし――と、それなりに元手もかける。だから、どんな単価でもいい、ということはない。安売りはしたくない。下げ圧力があっても「下限はここ」は譲れない(まあ、それがそもそもそんなに高くないということはありますが)。

「仕事=学び」という意識が強かったせいでしょうか、私は、かなり長い間、学びの成果物=商品という意識が希薄だったように思います。
けれど、「商品」意識をもつことで、商品価値という視点からも、ものごとを考えるようになりました。ただ、「学ぶことが好き」「知識が増えるのは嬉しい」「訳すのはしんどいけど楽しい」だけではなく(それが翻訳を続ける上での一番の原動力ではあるのですが)、「商品」を意識することで、「大事にしたい」という気持ちも強くなったような気がします。


ツイッターの「学びが目的になってはいけない」に関連して色々考えていて、「日々学び、仕事も学び、でも『商品』意識も忘れず」といったようなツイートをしたのですが、舌足らずのツイートになってしまいましたので、ブログ記事にしました。連投できるとは言っても、140字という制限の中で伝えたいことを的確に伝えるのは本当に難しいです。
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2020. 03. 04  

絶版だった『エピデミック』(川端裕人)が、BookWarkerから電子書籍化されたという(3月3日より配信予定)。

そのタイトルに引かれた読者が多いのかなと思う。
もう何年も前に読んだので詳細はうろ覚えだけれど、東京近郊の都市で、インフルエンザ様の感染症が発生し、疫学者が保健所員らとともに、原因の特定と拡大の阻止に奮闘するという話だ。最終的に感染が終息する(OR 終息の目途が立つ)という終わり方だったと記憶している。疫学についてかなり詳しい描写がなされていた。
疫学的観点からみた本書の面白さは、「市民科学研究室」さんの書評に詳しい。
https://www.shiminkagaku.org/post_57/


その『エピデミック』よりさらに現状を彷彿とさせる小説として、小松左京さんの『復活の日』を挙げられる方も多いと思うが、私がまず思い出す小説は、この『βの悲劇』だ(初出1996年、2000年に加筆・訂正の上文庫化)。夏樹静子さんが、実兄の五十嵐均さんと共同執筆された、近未来シミュレーション(1996年の執筆時点でに2000年の近未来を想定)型の小説である。

2000年8月にスペインで流行が始まった新型インフルエンザウィルス(その形状からβウィルスと呼ばれる)が、瞬く間に全世界に広がり、ひと月と経たないうちに、人類の存亡を脅かすというストーリーだ。

最初に断っておくが、これはあくまでもフィクションであり、この世界の行く末を予言するものではない。

小説で描かれる新型ウィルスは、致死率100%という狂暴なウィルスだ。その致死率の高さはウィルス自身にとっても不都合なため(宿主が死んでしまうので、増殖を続けるには確実な感染手段が保たれなければならない)、頻繁に突然変異を繰り返し、宿主の生体や生態に適応しようとする。変異の頻度が高すぎて(当時の科学技術では)ワクチンの製造が追いつかない。空気感染で容易にヒトからヒトに感染するだけでなく、鳥類(特に渡り鳥)が運び屋になり、季節風にも乗って伝播するという恐ろしいシロモノだ。現在世界各地で流行している新型コロナウィルスとは、そもそも性質がまったく違う。
(ちなみに、この小説のウィルスは――実際に、生物学的にそういうことが可能かどうか分からないが――「人体でアポトーシス(自己細胞死)を発現させる作用を獲得し」、またごく微量であっても猛烈な勢いで増殖する、と定義されている)

特に五十嵐均さんが、第一線の専門家らに念入りにリサーチされたということで、ウィルスや変異に関する記述はよどみなく、「そんなウィルスいるわけない」と思いつつも話に引き込まれてしまう。ただ、登場人物が多いせいか、人物描写が(一部を除いて)多少表層的という印象なのは否めない。とはいえ、ストーリーでぐいぐい読ませてくれる。そして、怖い。致死率100%という恐ろしいウィルスにいつ感染するか分からないのだから(今回流行しているウィルスとは、その点からしてまったく違うということを、再度声を大にして言っておきたい)。

登場人物が多いのには理由がある。『βの悲劇』は『ドーム――終末への序曲――』(1989年)*の続編でもあるのだ。この「ドーム」が、現代のノアの方舟になる。
「ドーム」は、全面核戦争の脅威に備えるため、5年の歳月を費やして南太平洋の孤島につくられた巨大建造物だ(その顛末を綴ったのが『ドーム――終末への序曲――』)。通常ドームは開いた状態で、居住定員の6分の1ずつを定期的に入れ替えながら、常時1000名がそこで暮らしている。有事にはドームを閉じて外界との接触を完全に遮断できるようになっており、その閉じた生態系で1000名が数十年生活できるよう設計されている。完成から10年、冷戦が終結したこともあり、ドームは赤字を垂れ流すお荷物的存在になりつつあった。それが、致死性ウィルスという、まったく別の脅威の登場によって、再び脚光を浴びることになる。
* 2000年に、大幅加筆・訂正の上『ドーム――人類の箱船』と改題されて刊行。

「ドーム」には厳しいテストをパスした者しか入れない規定なのだが、ウィルスに対抗するすべがないことが明らかになると、どの国もなんとか自国の人間を「ドーム」に送り込もうと躍起になる。「ドーム」建設の主唱者が日本人で、統括本部が日本に置かれていることもあり、日本政府が「政府機能を一時的にドームに移したい」と行ってきたりもする。だが、どの国も、ゴリ押ししたり武力に訴えたりというところまではいかない(最後に、生き残るべく「ドーム」のある島を目指す多くの民間船との攻防戦が描かれるはするが)。夏樹さんは、あえてそういう汚い部分に触れない書き方をされたのかもしれないが、『ドーム――終末への序曲――』で、国や民族、権力者の思惑が何度となく「ドーム」建設の前に立ちはだかり、すったもんだの末に「ドーム憲章」がつくられた経緯があることを思えば、「どの国も『ドーム』を不可侵の領域としてとらえているのかもしれない」と思えなくもない。どの国にとっても、「ドーム」は希望の星なのだ。

小説は、建設以来はじめて「ドーム」の大屋根が閉じられるところで終わる。


中国でのコロナウィルス感染拡大のニュースを目にするようになってすぐに、この小説のことを思い出した。
けれど、記憶の中の『βの悲劇』は、現実とあまりにもシンクロしていて、しばらく怖くて手に取ることができなかった。今回『エピデミック』の電子書籍化が発表されたのを機に思い切って再読してみたら、思っていたより現実と違っていて、最後まで冷静に読み進めることができた。ウィルスがじわじわと人類を滅亡という河岸に追いやっていく様子は、やっぱり怖いけれど。

『βの悲劇』の登場人物は多くが、困難に毅然と立ち向かう、あるいは運命を受け入れる、あるいは他人(や国民や人類)のために何ができるかを考える人々だ。「自分だけが助かればいい」という人物は少ない。政府機能の疎開を打診した日本政府さえ、「有事」にはドームを守ることを示唆する。少し頼りない感さえあったフランス大統領は、最後に、疎開先のニューカレドニアから「ドーム」代表の吉田に、テレビ電話で「欠点だらけのどうしようもない人類がこの先も生き続けられるように、どうか頑張ってください」と呼びかける。
実際「そういう事態」が起きたらそんなきれいごとでは済まないのが現実なのかもしれず、そうした多くの登場人物たちは、夏樹さんの「祈り」そのものであったのかもしれない。

好みの分かれる小説かなという気もするが、興味が湧いた方は、できれば『ドーム』と併せて読んでいただければ。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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