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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


このところTVでも新聞でもネットでも「新型コロナ」という文字を目にしない日はありません。
私の住む地域は大都市ではありませんが、そのひとつの通勤圏内にあり、主人は(車通勤ではありますが)出勤MUSTという仕事のため、不安な日々を過ごしています。
昨日、そんな気持ちの吐露も含め、いくつかのサイトを紹介しましたら、今日はかなり精神の安定を取り戻しました。
とにかく「書きちらす」ことが大好きな私。文字にするという作業は、自分の精神を安定させるためにずいぶん役立っているのだなあと再認識した次第です。
そういえば、このところツイートも増えているような。特に、自分の心の奥を探るような文章を書くと落ち着くような気がします。

というわけで、昨晩、少々少し感情が高ぶった状態でFBに投稿した記事、(落ち着いて)加筆修正の上、こちらにも再掲しておきます。FB読んでくださった奇特な方は、読み流してください。

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私の近況はと言いますと、2月以前の生活とは大きく変わっていません(笑)。もともと外出といえば、買い物と通院と勉強会くらいだったので。
けれど、「自ら望んでの引きこもり」と「無言圧による引きこもり」とでは、精神的に「くる」ものが全然違います。
特に、ここ1~2週間は、どうしても流行の様子が気になってしまって、なかなか仕事が手につきません。精神衛生によくないと分かってはいても、気づけば、情報を探して、あちこちさまよってしまっています(若しくはAmazonに現実逃避)。

そんななか、今日(4月2日)は二つの記事に心を動かされましたので、こちらでもシェアしようと思います。どちらも長い記事です。未読の方は、時間に余裕のあるときに読んでみていただければと思います。
(すでにFBやTwitterで見かけられた方も多いかなと思います)

一つはデータ分析による今後の展望。
新型コロナ、なぜ今こそ行動抑制に協力すべきなのか」(矢原 徹一:九州大学理学研究院教授、4月1日付記事)
矢原先生は、九州大学大学院理学研究院教授で、生態学・進化生物学がご専門です。

3月19日に「専門家の対策に根拠あり、新型コロナは制圧できる」という記事を書かれていますが、そこからさらに厳しい方向に展望を修正されました。
「状況がきわめて厳しい局面を迎えたことを、悲観も楽観もせず、冷静に受け止める必要があります」(P5)とした上で、今からでも強力な行動抑制措置をとれば、新規感染者数を減少に転換させることができる、という展望を示されています。とはいえ、今回の流行は、そこで一旦増加に歯止めがかかっても、そのまま終息に向かうとは思えません。長い期間、そこまで強力なものではないにせよ、一定の行動抑制措置を取らざるを得ないのではないかという気がします。その状態は、ワクチンなり罹患なりによって、ある程度の割合の人間が免疫をもつまで続くのではないでしょうか(注:自分の読んだ限りの情報に基づく個人的な見解です)。緊急支援が必要なのはもちろんですが、その先、どんな風に生活を戻し、経済を立て直していけばよいのか、識者の方にはきちんと未来を予想し、力強い展望を発信していただきたいと思います。また、私たち自身も、今後の自分の生き方(何を優先して生きるのかなど)を見直す必要に迫られているのかもしれません。それほど未曾有の危機に直面しているように感じられます。

矢原先生が文中で触れておられる、データサイエンスがご専門の佐藤彰洋教授のCOVID-19に関するページはこちら
気の滅入る予測もありますが、感染拡大の現状と展望を、データから理解しておくことも必要だと思っています。


もう一つは歴史研究者の視点からの記事。
パンデミックを生きる指針??歴史研究のアプローチ」(京都大学人文科学研究所准教授:藤原辰史)

ええと……現政権にも、マスコミにも、そして私たち一人一人にもかなり厳しい内容になっていますが、頑張って最後まで読んでみてください(読了時間は22分だそうですが、考えながら読んだらもっとかかるかもしれません)。

現実を観察する考察の中では、私もずっと気になっていた、自然災害に対する備えの必要性にも触れられています。
「現時点で、近年頻発する水害や地震のような大災害が起こったならば、地域の避難所は間違いなく感染の温床となってしまうだろう。ゆえに、現時点で各地方自治体は、災害時の避難の対応について早急にガイドラインを作成すべきである」
これは本当にそのとおりだと思うのです。「今はそれどころじゃない」が本音なのかもしれませんが、災害が起きてしまってから考えるようでは遅いに違いないのですから、政府・自治体も私たち自身も、「起こり得る可能性」として常にそれを頭の片隅に置き、どうするのが最善の道なのかをシミュレーションしておく必要があると思います(と自分に言い聞かせる)。

「新型コロナウィルスが鎮静化すれば危機が去ったと言うことはできない。実は、本当に怖いのはウィルスではなく、ウィルスに怯える人間だ」という言葉で始まる、最終章「6 クリオの審判」では、人間が個人として、そしてその集合体である国家としてどうあるべきかについての藤原先生の考えが述べられています。最後の3段落では、現政権のあり方とその展望のみならず、私たち一人一人の人間としてのあり方も問われています。こんな形で、人間の価値が問われるのだとしたら、私たちはなんと大きな代償を払わなければならないことでしょう。

それでも、おかしな話ですが、私は、情け容赦のないこの文章に、希望を感じ、心を揺さぶられました。
それは、この厳しい文章の裏に、この方の人間への愛、(現政権はひとまず置くとして)この国に住む同胞への愛、ひいては人類への愛が感じられたからではないかと思います(いやまあ、単に私がそう感じるというだけの話ですけどね)。

皆さんも同じではないかと思いますが、、私も不安の中で毎日を過ごしています。
そんな生活が長く続いても、言葉を扱う者として、「そのときのどす黒い感情に溺れず、きちんとした言葉で語る」ことを心がけたいと思っています。まあ、私も中身はけっこう黒いんで、あくまで希望ですが。もしも、この先、ブログやツイッターやFBで、私の汚い黒い言葉を見かけることがあれば、遠慮なく叱ってください。

長期戦になりそうな感じですが、気持ちを切らすことなく、けれど疲弊しないよう、ときどき涙活や自分なりのストレス発散(免疫UPにはよいそうですね)も挟みながら、毎日を過ごしていきたいと思います。皆さんもどうぞご自愛ください。

同業者の皆さまは、またFace to Faceでお目にかかれる日を楽しみにしております。
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2020.04.03 23:29 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(0) |