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2020. 06. 30  

 ご無沙汰しました。
 それなりに元気です。
 ちょうど、一年も折り返し点を迎えましたので、近況報告(?)など。

 一昨晩、一年以上抱えてきた大きな仕事にひと区切りつきました。

 振り返ってみれば、苦しく楽しい仕事で、やり甲斐はありました。けれど、収入的にあまり期待できない仕事ではあります(分かって引き受けた、というか突っ込んでいった仕事なので、後悔はありませんが)。遅々として訳出が進まぬ毎日の連続でした。特にここ半年は、どこがどうという訳ではないのですが心身の不調が続き(…単に年のせいかも…)、文字通り這って机に向かう日々もありました。よく乗り切れたものです。そこだけは自分を褒めてやろう。

 この仕事を最後までやり遂げるために、昨年は少し仕事をセーブした時期がありました。おかげで、昨年の収入は百万円を切るという目を覆うばかりの結果でした(貯金を切り崩して生き延びました)。チラッと事情を書いた記事はコチラ

 今年も少し仕事をセーブしたのですが、偶然にもと言うかなんと言うか、セーブを始めた時期は、COVID-19の流行が本格的に始まる直前でした。5月の連休明けに通常営業に戻したものの、世間はStay Homeのただ中。小さな仕事しかないか、大きな仕事の打診はあるものの、こちらの呈示する納期が折り合わず流れていく、という悲惨な状況が長く続きました。最近やっと「(多少)状況が改善してきたかもしれない」と感じています。一時的なものかもしれませんが。そんなわけで、今も貯金を切り崩して生活しています。

 というわけでですね、Twitterでは結構エラそーに翻訳に対する態度など呟いたりしておりますが、決して「楽しくやりたい翻訳をする」と「翻訳で生計を立てる」のバランスがとれた生活ができているわけではありません(エラそーなことたくさん書いてスイマセン)。

 そんな私の下半期ですが、年末の記事で表明したとおり、貯金に頼りながら、やりたい仕事(先日ひと区切りついた案件とは、まだしばらくお付き合いが続きます)を優先し、無理のない範囲で実務の仕事も受けながら、がしがし勉強できたらと思っています。やっぱり力はつけておきたい――と言っても、私くらいの年齢になると、一生懸命勉強して「現状を維持できる」というのが本当のところかもしれませんが。

 まだ本調子にはほど遠いですが、とにかく納期通り大きな仕事を納められたことで、少し気持ちが楽になりました。
 当面、無理せず頑張っていこうと思います――いやいや、がしがし勉強するんでしたね(棒読み)。
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2020. 06. 08  

注:一参加者モードで書いております。勉強会の進行やその目的は、あくまでも参加者としての理解や感想であること、ご了承ください。

 二回目のオンライン勉強会が終わりました(先週の金曜日だけど)。
 一パラグラフ(数行)と三時間格闘し、精根尽き果てたという感じ。オンライン勉強会、けっこう疲れますね。慣れていないというのもあるかもしれませんが。

 
 これまで参加していたオフライン(実際に会場に集まって)の小勉強会「翻訳を勉強する会」は、新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、実質休会状態になりました。
 そんなとき、会の管理人さんが「せっかくですから同じメンバーでオンライン勉強会をやりませんか」と皆に声をかけてくださったのです。ただし、二つは別ものという位置づけとのこと。もちろん、原文をきちんと読み、解釈し、適切な日本語にするという基本の部分は同じですが(別件でやり取りした際には、「スピンオフ的な」という言葉を使っておられました)。
 オフライン勉強会では「それなりの長さのエッセイを読んできちんと解釈し、各回二、三パラグラフの課題を訳し検討する」ということをやっていました。
 一方、オンライン勉強会では、一パラグラフの課題文の文法や構文などを細かく確認したのち、各人が勉強会開始時に提出した訳文を検討します。課題は、オフライン勉強会の主催(=「翻訳を勉強する会」管理人さん)が、当面『決定版 翻訳力錬成テキストブック:英文を一点の曇りなく読み解く』(柴田耕太郎)の中から選んでくださっています。
 訳文は前半の原文の確認が終わってから配布されます。手もとに訳文があるとどうしてもそちらに目がいってしまい、まっさらな状態で訳文を読み解くことができないんじゃないか、というのが主催の意見。理由を聞いてなるほどと思いました。確かに、先に訳文が配布されると、つい他の方の訳(特に自分の訳で気になっていた部分)に目が行ってしまい、「ち、間違った」「解釈あってたやん」といった先入観をもった状態で原文を見てしまうのですよね。オフラインの勉強会では、訳文検討が中心になります。エッセイ全体の話の流れや作家の意図、時代背景などに話が及ぶことも多々あります。「きちんと原文を解釈する」ことを目標に掲げてはいますが、どうしても原文の細かな部分への目配りがおろそかになりがちです(思い返してみて「自分の場合は」ということですが)。今一度「きちんと細かく見る」大切さを再認識させてくれる勉強会に参加することができ、ありがたく思っています(自分の欠点として、ひとつことに注力すると他のことが疎かになりがちなので、「細かく見つつも全体を俯瞰することも忘れない」を常に頭の片隅に留めておこうと思います)。


勉強会を終えての感想(順不同)

● 最初に書いたとおり、三時間ノンストップで格闘し、疲労困憊して終わりました。途中で休憩があった方がいいかも。
● オフラインの勉強会から継続してきた「批判的な議論をする(褒めるだけ、間違いを指摘するだけのやり取りをせず、そこからさらに議論が広がるような発言や訳語/訳文の提案を心がける)」という態度は、オンライン勉強会にも引き継がれていると感じました。メンバー全員の努力の結果かなと思います。
● 一パラグラフのみということで、各人の訳文が、オフライン勉強会のときより細かく検討されます。読点の使い方や語順など、自分の癖や弱点がオフライン勉強会のときより明確化されるように感じました。
● 自分は、細かいところ(文法や構文、語義など)にも全体(話の流れやトピックセンテンスなど)にも――もちろん間違いはありましたが――そこそこ目配りはできているが(この「そこそこ」というのが本当はくせ者ではあるんですが)、選んだ言葉、語順、文の書き方などにこめられた細かな作者の意図への気配りが不十分だなと実感しました。木も森もそれなりに見ているけれど、枝ぶりまでは気が回っていない、みたいな。これは、常にそのことを意識しながら(そうすれば「常に意識する」というそのこと自体が習慣になる)、読む・考える・訳すを続けることでしか改善しないのかなと。道は遠いなあ。
● 何より、一つの課題について「あーでもない、こーでもない」と言い合うのは楽しかった!


 私は褒められて慢心し駄目になるタイプなので、定期的に自分のできなさ具合を思い知らされるこうした機会は本当に貴重です。今回もその前の回も、閉会後「まだまだ読めてないじゃーん」とどんよりしましたが、そんな風に「今回はできたんじゃ」という自信を打ち砕かれるのは、自分には必要なことだと。この先、勉強会の形も変わっていくのかもしれませんが、当面今の勉強会で都度ズタボロにしてもらえたら嬉しいです。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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