屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

父が急逝致しました。
1月13日のことです。

そんなわけで、頂いたコメントへの返信は
今暫く待ってやって頂きたく。


年末からかなり口の開きが悪くなっていたので、
さすがの超人も「今回は最後かも」と覚悟はしていたのですが、
私は、緩やかに老衰し春頃かなと勝手に思っていました。
それが、いきなり危篤だったので、まあ急逝と言えば急逝です。

昨日葬儀が終わり、今日はいち日役所周りなどしていました。
母が亡くなってから1年経っていないので、
いいのか悪いのか全てが記憶に新しく、
ハッキリ言ってかなり手際のいい私。
ただ、今回は相続の手続きがちょっと面倒臭そうです。


日付が1月13日に変わった頃、
施設の看護師さんから電話がありました。
手首で脈が取れず、呼吸も荒くなっているというのです。
昼間様子を見に行った時は、特に変わりはなかったのですが
(最近は「傾眠」状態のことが多く、だいたいうつらうつら)
「かなり厳しい状態です」とのこと。

すぐに旦那の車で施設に向かいました。
看取りは施設でとお願いしているので、
看護師さんの「救急搬送しますか最終確認」はお断りしました。

施設につくと、状態は少し落ち着いたようでしたが、
相変わらず末梢の動脈では脈は取れず(というわけで頚動脈で取っていた)、
呼吸は苦しそうで、手足は変色してきていましたので、
拍出が弱く血液内の酸素も足りていない状態と思われました。

さすがにここから状態が盛り返すとは思えません。
翌日(というか13日)ミニ出張の旦那には帰宅して貰い、
その晩は、父の部屋に泊まりました。
時々苦しそうに唸ってはいましたが、
それ以外は落ち着いた状態で一夜が明けました。

私も看護師さんも、その状態が一両日続くのではと予想し、
私は朝一旦帰宅しました。
で、仕事の段取りをし(の詳細はまた別途記事に致します)
洗濯しシャワーを浴び昼食を摂って、再び施設に戻りました。
その頃には、酸素吸入が始まっていて
(延命措置の範疇外ということで合意)
浅い呼吸でしたが、確かにまだ頑張っていました。

その後、「看取り」に関する書類について説明を受けている間に、
静かに呼吸が(それとも心臓?)が止まったようです。
部屋を覗いた看護師さんが
「亡くなられたようです」
と呼びにきて下さいました。

その後、施設の往診医の先生が来てくださって死亡確認。
死因は「老衰」でした。


* 危篤になってから24時間経たずに亡くなったわけですが、暫くの間小康状態を保ってくれたお陰で、翻訳会社やクライアントさんに最小限の迷惑を掛けただけで(たぶん)、仕事の段取りを付けることができました。律儀な父らしいです。

* 父はペースメーカーを入れていましたので、その子が頑張ってくれて(それがいいのか悪いのか)、数日危篤状態が続くのではないかというのが、私や看護師さんの予想で、13日の晩父の部屋に泊まるかどうか少し悩んだのですが(長丁場になると身体が持ちません)、泊まることにしてよかったです。その分、今後悔が多少少ないかも。自己満足かもしれませんけど。

* 施設に入所させたことについては、私の中にずっと何がしかの罪悪感があったのですが、最後の日は、亡くなるまで、たくさんのスタッフさんが様子を見に部屋を訪れて下さり、亡くなった後、葬儀社の車が到着するまでの間も、たくさんの顔馴染みのスタッフの方が最後のお別れに来て下さり、最後のその日、父の部屋は本当に賑やかでした。もしかしたら、自宅で私が1人で看取るより、寂しくない最後であったかもしれません。

* 最後の数年は、本来の父からすれば不本意な晩年であったかもしれませんが、そんな状態でも、人に迷惑を掛けないように努めたこととか、口を開くのさえ億劫な状態になってしまっても生きようと努めたとことか、やはり、父は(そして別のところで母も)、たくさんのものを、私に残してくれたと思います。それが「親ということ」なのかもしれません。

* 今は、悲しい気持ちやら、色々な意味でほっとした気持ちやら、(旦那はいますけど血縁という意味で)1人になった孤独やら、様々な気持ちが渾然一体となっています。でも、時には笑い、おおむね淡々と、日々なすべきことをこなしています。疲れていますけど、それなりに元気です。

そんなわけで。
取りあえずのご報告でした。


SayoのBackgroundについては「はじめに」カテゴリの記事をご参照ください。
2012.01.17 23:02 | 両親のこと | トラックバック(-) | コメント(2) |

鍵コメント下さった**さん、

お心遣いどうもありがとうございます。
「今の状態を受け入れる」「看取りについて考える」「(父が)生きていることの意味を考える」等々、長い準備の期間を貰えたせいか(その時はその時でしんどかったですけどね)、わりと穏やかに送ることができましたですよ。時々「本当にひとりなんだ(←完全に旦那の存在を失念しているようです)」と思うと、孤独を感じますけど。
寄り添って貰おうにも旦那は毎日午前様だし(注:仕事です)、諸手続きと仕事に助けてもらってます・・・つーか、忙しいっつーの。昨日はこそっと届いていた確定申告用紙を思わず破り捨ててやろうかと思いましたが、すんでのところで思い留まりました。
なんつって、旦那はそれなりに相談に乗ってくれますし、父がいた施設のスタッフさんや事情を知る実家のご近所さんや「認知症」というキーワードでお知り合いになったブロ友さんたちも、心配したり声を掛けたりしてくださいますので、ぼちぼちやっていきます。
**さんも、お身体大切になさってね。

2012.01.25 12:44 URL | Sayo #- [ 編集 ]

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2012.01.25 00:00  | # [ 編集 ]













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