屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

GW後半は、旦那さんの実家に帰ったりお仕事をしたりしているうちに過ぎたのでした。

 義父母は70台後半の年齢で、あちこちに持病はあるものの、毎日の生活に支障はなく、たまに帰宅すると歓待してくれ、最後にはお米だのお野菜だのをたんと持たせてくれます(もう自家消費用が殆どですが、農家なので)。そうして、schizophreniaの義妹の世話をしています。
 旦那さんは義妹と2人兄妹だし、そんな状況でもあるので、私も、そう遠くない将来、旦那さんの実家に入って何がしかのお手伝いをしないといけないよなあと、覚悟は決めています(そんなわけで、未だに身軽に賃貸居住<旦那さん実家はそれなりに広く私たち夫婦の同居に問題はなし)。その時仕事をどうするかは、その時になってみないと分からない。義父母も、私の仕事に一定の理解はありますが、それでも古い考えの人たちだし、何より、全てが私の体力的キャパを超えるかもしれない。そんな将来を想像すると、(それなりに)忙しく仕事に追われる現在は、私にとっては宝物の時間です。
 ・・・義父母との同居の話でしたね。
 私はもともと1人が好きな人間なので、正直同居はあまりしたくない。でも、義父母なしに義妹の生活が成り立たないことを考えると、やはり最後まで別居は無理かなと思います。義父母もいい方たちなんです。私が実親の介護に精出すのを嫌な顔ひとつせず認めてくれ、いつも私の身体の心配をしてくれました。何より、帰るたびに、私を相手にひとしきり「○○(義妹)がああなの、こうなの」と愚痴をこぼしたり喜んだり悲しんだり泣いたりする義母を見ると、「本当は、そこは、帰省した○○ちゃんを相手に『Sayoさんはいい子なんだけど(と言ってくれるかなと思う、たぶん<希望的観測)、ちょっとこことそこがね~』などと私のプチ悪口を言うところなのに、逆だよなあ」と、さしてできた嫁でもない私しか愚痴をこぼす相手がいない義母が本当に気の毒で、よくして頂いていることもあり、何だか「義父母は私がみなくちゃ」ていう気持ちになってしまうんですよねえ。
 とはいえ、義母も私も筋金入りの「気ィ使い」なので、同居すると、お互いに気を使い合って疲れるやろなあ(ともかく最初のうちは)とは思います。今でも数泊するとそうだし。
 それから、正直、自分だけの世界に住む義妹が全く怖くないかと言えば嘘になる。特に、義父母がいなくなってしまった後。でも、義妹の発病は私たちが結婚してからで、それ以後も調子のよい時期もあり、そんな時には「お義姉さん、お義姉さん」とそれなりに慕ってくれ、一緒にコンサートに行ったりしたこともあるので、まあ行けるかなと思う。
 あと、今のところ実家のように「順送り」を念頭に置いているわけですが、日々馬車馬のように働く旦那が一番先にいなくなる可能性もゼロではないわけで、そうなったら、本当に天涯孤独になってしまうことも含め、色々かなりしんどいよなあと思ったりはします。
 そういったことは、とりあえず、あまり深く考えないようにしています。考えたって、絶対その通りにはいかないしね。
 
 そんな感じで、客観的に見て、この先、決して「バラ色の老後(ってどんなん?)」ではないわけなんですけど、その将来を思って「しんどいやろなあ」とため息が出ることはあっても、「なぜ私が?」という感じで悲観(?)することはありません。ひとつにはたぶん、自分がもともとあまりアレコレ他人と自分を比べない性格だからだと思います。もうひとつは、かなり早いうちから、1人っ子だったことも含め、「これが私の運命」と受け入れているからかなと。諦めと言えば諦めですけど、人生そのものを諦めている訳ではなく、与えられた運命に抗ったり自力でそれを変えようとするのではなく(あんまりバイタリティない人間なんで~)、その中で、「譲らないところは譲らず」「どうしてもしたいことはできる(続ける)方法を考える」ようにして生きてきたように思うのです。なので、これまでの人生で、「あの時ああしていれば」的大きな後悔は今のところないかな。

 今回も義父母はお米とお野菜を持たせてくれて(すぐには全消費できませんから、ゆがいて冷凍したりする手間はあるけど、それでもありがたいことです)、もう暫くは元気でいてくれそうでした(いや、それが油断なんですけど)。もう少しの間、その厚意に甘えて、がっつりお仕事させてくださいね。
2012.05.06 22:22 | 両親のこと | トラックバック(-) | コメント(0) |












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