屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

私は子供がいないので、育児と仕事の両立に悩んだことはありませんでした。
なので、ここでいう「両立」は、介護と仕事の両立です。

親との関係(尊敬するが怖い存在だったwith父 & 決してよいとはいえないwith母)、
兄弟の有無(ひとり娘)、同居か別居か(Door-to-door 1時間の距離で別居)等々、
まったく同じ状況にある方二人といないと思いますので、
(その点は、育児についても同じですよね)
この記事に興味を持たれた方は、
ひとつの実例として読んで頂ければと思います。

両立、というほど立派なものでもなく。
両親のことが(とりあえず)落ち着くまでの右往左往の記録です。

実家との間を頻繁に行き来するようになったのは、
父が何度も軽い肺炎を起こしたのと、
「あれれ? お父ちゃん、ちょっと変じゃない?」
という言動が重なったためでした。
(母は「お父さんは大丈夫」と言っていましたが、それは多分、
それまでいつも道を示す存在であった父の変化を認めたくなかったせいだと思います)
今から5年ほど前のことです。

それから半年後、父は胆のう炎で入院手術し、
別の病気発覚で転院  施設 再入院  特養
という道を辿り今に至ります。

それまでの私は、家事以外は
あてようと思えば全ての時間を翻訳にあてることができるという
本当に贅沢な環境にいたのですが、父の入院を機に、
自宅‐病院‐実家を行き来する生活が始まりました。

当時登録していた3社の翻訳会社さんには
簡単に事情を記したメールを送り
「当面、短いもののみお願いします。
連絡頂いた時に手すきであればお引き受けします」
とお願いしました。

仕事は続けたかったのですが、同時に、自分の中にいつも
「ここはすっぱり仕事は辞めて、両親の世話に専念するのが
『あるべきひとり娘の姿』じゃないのか」
という思いがありました。
(夫婦2人なので、私の収入がなくても、
贅沢しなければ十分生活できましたから)

母が同じことを言って私を責めるので、
「すべきなのに、自分にはどうしてもできない(しやりたくない)」
という苦しい気持ちに拍車がかかりました。
(結構な罵詈雑言で、今なら認知症という病気が言わせたのだと思えますが、
当時はそこまで思い至ることもできませんでした。
・・・といっても、思い至っても対処できていたかどうかは分かりませんが。)

そんな中でも、翻訳会社さんからは、折に触れてお仕事の打診を頂きました。
結局断ることになってしまうことが多かったのですが、
「まだ私は身内以外の誰かに必要とされているんだ」
と実感することができて、とてもありがたかったです。
3回に2回はお断りしましたが、残る1回は多少無理してもお引き受けしました。
自分の中に「ここで止めてしまったらもう2度と戻れない」という
強迫観念のようなものがあったのです。

翻訳会社さんには、3カ月に1度くらい、
「今こんな状態です(のでこんな感じでしかお引き受けできなくてすいません)」
という近況報告メールを送っていました。
(そうやって繋がっていたかったんですね)

そんな状態が続いた2009年、ぱたっと翻訳会社さんからの打診が止まりました。
「リーマンショック」後遺症です(たぶん ← 勝手にそう思っている)。
3カ月くらいどこからも連絡を頂けない時期があって、
この時は真剣に「今が止め時かもしれない」と考えました。

そのうち、A社さんから、オンサイト翻訳の打診を頂きました。
以前もお世話になったことのある会社で、新プロジェクト立上げのため、
自社用語に慣れた翻訳者に来てほしいということでした。
当時A社さんには、そのような手持ちは私しかなく、
ウチの事情はご存知でしたが、駄目もとで連絡を下さったようでした。

6時間勤務、残業ほぼなし、6か月期間限定という好条件だったので、
旦那とも相談してお引き受けすることにしました。
(旦那は、家事手伝いは一切しやがりませんが、
「翻訳をすること」「翻訳という仕事が好きであること」
に対しては理解があります。
この時は、家でひとり悶々としているより外に出た方がいいと思ったようです。)

他の翻訳会社さんには、またまたしつこくメールを送り、
オンサイトの仕事が決まったこと、6か月間の期間限定なので、
その期間が終了したらまた在宅のお仕事を再開したいことを伝えました。

結局、その仕事は、延長延長で1年続けました。
大変でしたが同時によい気分転換になりました。
その間に母が入院、父も入院手術とさまざまなことがあり、
身体が悲鳴を上げたこともありましたが、
皮肉なことに、母が入院したことで私は精神的にずい分楽になりました。

オンサイト勤務終了後、忙しい状態が続いているのは同じなのですが、
以前に比べて自分のペースで物事を運べるようになり
全盛期の70%くらい(体力気力処理量)の感じで仕事をしています。

3社のうち1社とは何となく疎遠になってしまいましたが、
ありがたいことに、残る2社さんからは、今でもそれなりにお仕事を頂けています。
受け取る側からすれば、うっとうしい部分っもあったかもしれない近況報告メールですが、
そうやって送り続けたのがよかったのかな、と思っています。

今、私が自分のために時間を取ってしていることは
1 翻訳
2 ボランティアガイド(月1~2回)
3 英会話レッスン

の3つで、自分の中での優先順位は1 > 3 > 2です。
この先自分の時間の捻出がもっと難しくなったら、
2 → 3の順で切って、1を残すべくあがくだろうと思います。
(年齢その他の事情で、「いったん長期休んでまた戻る」という選択肢は
あまり現実的ではないため)
まあ、その時になってみないと分かりませんが。

なんだか「頑張りました!」みたいな文章になってしまいましたが
あくせく現実に対処していたら5年が経っていた、そんな感じです。
今後も、できるだけ長く、ほんの少しでも続けていくという道を模索していくと思います。

そのためには、やっぱり(歯も含めて)健康が大事と実感する
今日この頃です。

SayoのBackgroundについては「はじめに」カテゴリの記事をご参照ください。
2011.02.12 18:49 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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