屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

ノンフィクションライターのRichard Prestonの書くnarrative non-fictionが好きだということは、このブログの中でも時々書いてきたかと思います。まあ、内容がメディカルに特化したものである場合が多いということもあるかと思いますが。

初めて手に取ったPrestonは、「The Demon in the Freezer」だったのですが、この本を読んだ時、ふと柳田邦男氏を思い浮かべました。それは、たぶん、私の中に柳田氏が「臨場感溢れるフィクションのようなノンフィクションを書かれる方」としてインプットされていたためと思います。

といっても、私が柳田邦男氏の著作に触れたのは20歳前後の短い時期で、その後は、特に理由があった訳ではないですが、柳田作品とは何となく疎遠になっていました。

その作品を又読んでみようと思ったのは、朝日新聞夕刊の「人生の贈りもの」という連載で柳田邦男氏が取り上げられたからでした。「人生の贈りもの」については、会議・放送通訳者の篠田顕子さん(の言葉)について書いた記事でちょっと触れています。

そこで、初めて、私が柳田氏の著作を読まなくなった後、彼がどのような人生を送って来られたかを知りました。息子さんを自死で亡くされ、奥様と離婚されていました(その後再婚なさったようです)。

私が著作を読んでいた頃の柳田氏はまだ40代。文章に筆の勢いの感じられる情熱の感じられる自信に満ちた語り口は(←あくまで個人的な感想ですが)、まだまだ様々な未来の描けていた当時の自分にぴったりだったように思います。

そんな柳田氏ももう70台の後半の年齢です(1936年生)。身近な方々との離別を経験され老境に達した今は、いったいどんな文章を書かれるのだろうと興味を惹かれました。

「新・がん50人の勇気」は、そのタイトルから察せられるとおり、柳田邦男氏が60名余の癌で世を去られた(概ね)著名人の、告知から死までの様子を、書物や家族その他親交のあった人たちへの取材を元に書き記したものです。

当たり前といえば当たり前ですが、語り口は記憶にある柳田邦男氏でした。

ただ唯一手元に残した昭和55年の作品「マリコ」と比べてみると、「マリコ」では「あれも伝えたい、これも書きたい」と情熱のまま饒舌に語っておられるような感じを受けますが(で、臨場感を伴って当時ぐいぐい読めた訳なんですが<これはこれで今でも面白いです)、本作は題材が題材ということもあるのでしょうが、淡々と書いておられる感じです。でも(こちらに氏の背景についての知識があるからかもしれませんが)、寄り添っている感も感じられます。
「品質をして語らしむ」という言葉(というか製品広告?)があったと思うのですが、それ風に言うなら、「本人をして語らしむ」という感じでしょうか。

本作について手短かに纏めることはとても難しい。
というか、そもそも纏める必要などないものなのかもしれません。誰もが、自分の体験と引き比べ、違った風に受け取り、違った部分に涙し、違った1節やひと言がそれぞれの琴線に触れる‐そんな本なのではないかと思います。私にとっては、「きちんと死ぬ」ということについて、さらに少し考えさせてくれた本でした。そして、変な話かもしれませんが、同時に「希望」を感じたのでした。

とはいえ、自分で紹介しておいてこう言うのも何ですが、決して旬のお勧め本ではありません。何と言いますか、自分で「読んでみたい」「読もう」と思った時が読み時な本なのかなと。
なので、様々な理由から皆さんの「読み時」が訪れるまで、この本は記憶の片隅にでも取っておいて頂ければと。


今日も非翻訳ブログ街道驀進中の屋根裏通信。
ありえん連投、てことで今日も寒波は続くのだった。
2012.12.12 19:41 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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