屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

昨年後半から、ずっと考えていたことがありました。とはいえ、決めかねていること、迷っていることもあり、また他の事情もありまして、ずっとブログには書かずに来ました。
が、もうそろそろ「退路は断たなあかん!」ということで、記事にすることにしました。

カテゴリは、迷ったのですが、「伝える」にしました。将来、少し翻訳を経験された方が、同じようなことを考えられるかもしれないと思いましたので。一例ということで。

それは、ひと言で言えば、「医薬・医療機器」への完全シフトです。
すでにプロフィールで言うてるやん、と言われればそれまでですが。

それでも、改めて記事でそう宣言するのは、私にはとても勇気のいることです。
一部翻訳会社/コーディネータさんにはブログを公開していまして、その中には機械メインでお仕事している会社/コーディネータさんもおられますので(定期的に読んでいらっしゃるかどうかは不明)。でも、自分で、「こう」と決めた方向は、悩んでいることも決心できかねていることも含めて、きちんと書いておきたいと。

というわけで、ブログ上でこの話をするのは、個人的には、結構な一大決心で、「いつか書かな」から「よし書くぞ」までほぼ3ヵ月を要したのでした(単にチキンなだけという説もある)。

3月に初めて作った名刺は、肩書き(?)を「医薬・医療機器」としました。個人的には、名刺を作ること自体が「大事件!」だったのですが、肩書きを「医薬・医療機器」とするのは、もっと大きな決断でした。それは、内外(<大袈裟)に、「私はこういう翻訳をします」と宣言することだからです。

今の私の稼働状況は、医薬:医療機器:その他機械が1:8:1くらいで、医療機器に特化した分野の翻訳経験も1年半を過ぎ、ちまちまと医薬の勉強の基礎を積み上げてきた(ヒマとも言う)年月を考えれば、上の肩書きを名乗ることに、世間的に不都合はないかな、とも思いますが、「医薬」を名乗ることには、まだまだ自信が持てないでいます。

改めて完全シフトを考えた一番の理由は、翻訳者としての寿命が見えてきたということです。
あと5年続けられれば「よくやった」、10年続けられれば「あり得ない幸運」て感じ?
さすがに、そこで人生の運(?)を使い果たすのもな~、と思ったりしますが(??)
その残りの時間を「一番やりたい分野」の翻訳に費やそうとするなら、そろそろ真剣に考えなあかんと思い始めたのでした(今まで考えんかったんかいという話ですが)。

寿命を意識する最大の要因は、(自分の体力と現在の翻訳の質の維持も勘案していますが)主にそう遠くないうちにやってくるであろう義父母の介護です。
自宅介護と翻訳の両立は本当に容易ではないと思います。その意味で、Akoronさん(「翻訳者Akoronの一期一会」→「リンク」へGO)は本当に尊敬に値します(それはたぶん、本当に必要に迫られて、そうせざるを得なくてされているのだと思いますが)。我が家のような「主介護者(旦那とSayo)が倒れたら頼れる兄弟はいない&取りあえず旦那収入と貯金で生活+介護費は確保できる」という状態では、私が仕事を辞めても当面の生活に困ることはないので、ある程度までしがみついて頑張ったら、仕事は辞めると思います。そういう選択肢がある分幸せなのかもしれませんし、実際は「いや、実はしぶとく続けてたらしいで」ということにならないとも限りませんが(舌は二枚ありまする)、まあ、今はそのように思っているということです。40代でも、親の世話はそれなりに大変でしたから、50代では、たぶんもう余力はないかと。もともと体力ないので。

というわけで。
「やりたいことをやる」と決めたのが昨年後半。

「当面医療機器の仕事だけでやっていけるのか」
「自分の中での年収の基準をどこにおくのか」
「仕事と勉強の兼合いをどうするのか(年収にも関係)」
「『医薬』のどの分野に特化していきたいのか」

というようなことをとつおいつ考えつつ試行錯誤。

そんな時に出会ったのが
「医療用医薬品マーケティング」(メディカルビュー社)

え、人生指南本ちゃうん? て感じの一冊です
(そこが自分らしいと言うか何と言うか・・・)

製薬~販売までの大筋が掴めるかなと考えて購入したのですが、タイトルどおり「マーケティング」に特化した書籍でした。ま、単に、私が希望的誤解をしていただけなんですが。予想とは違いましたが、「製薬」という仕事を、新規販売・拡販というビジネス的な側面から考えることができましたので、決して「外れ」本だったという訳ではありません。

この本を斜め読みして、今後、やりたい分野で仕事を獲得して行くには、「戦略」「差別化」をもう少し具体的に考えることが必要なのだと今更のように思いました。そういう意味では、軽くターニングポイント的な本でした。

この先、もう少し詳しく、迷っていることも含めて、書いていきたいと思います。
取りあえず今日はここまでってことで。
2013.04.17 22:37 | 伝える | トラックバック(-) | コメント(8) |

Akoronさん、まいどです~。
お呼び立てしてすいません。コメントありがとうございます。

介護は本当に十人十色というか「正しい介護」「正しくない介護」はないなと思います。介護者と非介護者の精神的関係もありますし(と言って逃げたSayoなのだった)。Akoronさんも、「必死で走ってきたら8年経っていた」というのが実情ではないかと思います。私の時の状況とは違って、「すぐに施設は無理、親も見捨てられへん、でも生きる糧を稼がなあかん」という状況で毎日を必死で生きてらっしゃると拝察します。そのAkoronさんに安易に言及していいのかなと迷っておりましたので、事後報告になりましたが、お知らせさせて頂きました。本当は、そんなAkoronさんにどのような言葉をお掛けしてよいのか、私は分からないのです。なので、遠くからですが見守っていますとしか言えません。何の足しにもならないですけど。腰は大事になさってくださいね。

>あ、それと素晴らしい人がいる一方で、医療も福祉も現場は酷く恐い場所でもあります。

それはありますね。最後に父をお願いした施設は、おおむね素晴らしい人の集まりでした。施設長の意思というかやり方が反映されている部分も大きかったと思います。でも、伯母や母をお願いしていた施設/病院の対応には、正直怒りで身体が震えたこともありました。でも「それなら連れて帰って」と言われたらという思いがあり、何も言えませんでした。とはいえ、肉体的にも精神的にも、本当に重労働であることは確かです。その点、本当に頭が下がります。

後悔は今でもあります。色んなところで。将来への不安も。でも、それも自分で選んだ/ことなのだからしょうがないですね。お互い、これから様々な部分でベストな選択ができるよう頑張りませう。Akoronさんの「転向」もうまく行きますように(実力的な面では問題ないかと思いますが・・・)

ではでは。
またいらしてくださいませ。

2013.04.19 12:30 URL | Sayo@屋根裏 #- [ 編集 ]

Sayoさん、おはようございます。名前を出していただいたakoronです。実は昨日読ませていただいて、すぐコメしたかったのですが、納品後、次の入稿が遅れることになって、急遽母親を植物公園に連れてってきました。坂道に車椅子、見事に腰やら足を痛めてしまってダウン(-"-)。

介護は大変です。自分の寿命は数十年短くなったかも、ということも覚悟しています。
そして、介護をする是非も、その方法も色々ですね。
とても短文では書けないのですが、私の場合は、ほっておけなかった、に尽きます。単なる加齢ではなく、医療の必要があったこと、療養型病院や施設では保険点数の関係で専門病院には滅多に行けないこと、私は末っ子だけど、他の兄弟に介護の意思がないこと、そして何より本人が家以外の場所や食事を嫌がること、が介護を始めた理由です。

個人的には、家族単位であれば介護は成立すると思っています。家族が協力して、介護サービスも利用しながら仕事もある程度可能です。

私のように一人だと、突如動けなくなった身体を床からベッドに戻すだけでも大仕事!納品前に深夜に異変を起こすことも!
そして、一人だと自分の生活の糧は稼がないといけない。長く生きててくれることは嬉しいことではあるけど、当初長くは生きられないかも、っていう状態だったのが8年目に入ります。要は、先が見えない、ってことです。

自分が失った時間には、正直、後悔が残ります。でも、介護をしなかったら、もっと悔やみきれない程の致命的な後悔が残ったと思います。それが私の性格...だから仕方ないのですね。あ、それと素晴らしい人がいる一方で、医療も福祉も現場は酷く恐い場所でもあります。
それが、私が医薬に転向したい動機の一つにもなりました。どうか、Sayoさんも、ご自分を大切にされつつ、ご家族とSayoさんの両方にとってベストな選択ができますように♡

2013.04.19 05:30 URL | akoron #- [ 編集 ]

Yasukoさま、まいどです~。
10票上乗せ、ありがとうございます!(<選挙かい<自分)
十六茶さまへの返信でも書きましたが、老人の世話というのは、「その時になってみないと分からない」部分が大きいような気がします。確かに休業、仕事を減らす選択ができるのは自由業のメリットではありますが、どれくらいの期間、どれくらい減らすのかが見えないところが、介護の不安材料ではあります。あと、40代では一段落したら戻る気満々でしたけど、50代後半であれば、ある程度の期間を休業して戻れる自信(色んな意味で)がないかもです。
・・・と不安がっていてもしょうがないですので、その時がきたらその時の状況で対処、ということで。同年代、少しでも長く頑張りましょー。

「マーケティング」は本当に「マーケティング」なので、興味がある人には面白いけれど、そうでない人には「・・・」な部分があるかもしれません。まあ、許せるお値段ではありますが(というか、そもそも何を許す?<自分)。

2013.04.18 13:30 URL | Sayo@屋根裏 #- [ 編集 ]

十六茶さま、こちらではまいどです~。お出ましありがとうございます。
親の世話というのは、なかなか自分の思い描くとおりには参りません。なので、実際は、状況見ながらあっちこっち、な時期が長く続き、その間、しぶとく仕事を続けている可能性も大です。何と言っても好きな仕事ではありますから。ただ、この年になりましたので、いちおー自分の中で「最悪の状況」(主人が先に倒れるとか)は想像しています。そうはならないことを願いつつ、臨機応変にやっていこうと思います。状況は少し違うと思いますが、十六茶さまも、ともに臨機応変にしぶとく頑張りましょうです(←勝手に同志扱い)。

2013.04.18 13:29 URL | Sayo@屋根裏 #- [ 編集 ]

Tomokoさん、まいどです~。

「完全シフトしよう」ということはかなり前に決めたのですが、チキンな私は、なかなか公言できなかったのですね。実際、今でも、折りに触れて機械系の打診を頂きますし、自分が殆ど休眠していた時期に、捨てずに使って下さったのはその方たちでもあるので、浪花モンの義理堅い血も騒ぎます。でも、皆にいい顔をしながら、自分のやりたいことをやる、ということは不可能とも思います。
まあ、この先、「医薬・医療機器の仕事ぱったりなくなったよ(泣)」な状態になるかもしれませんが、自分で決めたことなので、自分を呪っても後悔はしないと思います(という文は日本語として破綻している<自分)。そうならないように、ぼちぼち頑張ります~。応援ありがとうございます! 暖かく見守ってやってください。

2013.04.18 13:28 URL | Sayo@屋根裏 #- [ 編集 ]

Sayoさん、まいどです~。

「いや、実はしぶとく続けてたらしいで」に10票ほどお願いします。

まだ、親の介護をまともに経験していないので言えるのかもしれませんが、在宅、自由業のメリットを最大限に生かせば、完全に辞めてしまわなくても「臨時休業」ぐらいでしのげないでしょうか。これは自分の希望的観測でもあります。

なにはともあれ「医薬・医療機器」への完全シフトおめでとうございます。

そして私は「医療用医薬品マーケティング」をそそくさと「欲しいものリスト」へいれるのでした。

2013.04.18 12:43 URL | yasuko #- [ 編集 ]

「いや、実はしぶとく続けてたらしいで」に1票投じておきます。

2013.04.18 11:24 URL | 十六茶 #- [ 編集 ]

Sayoさん、いつもおおきにです~。

おお、素晴らしいですね。その決断。
決断のないところに道はない、というのは私の実感です(後輩なのにエラそうでスミマセン)。
決断というか覚悟というか集中というか見極めというか。
それがまず一番大事だと思っています。

私は基本的にわがままで、根拠のない自信を持っているので、やりたいことは必ず実現させるという気合をひそかに(いや、もう公開している?)持っています。まあ、うまくいかないときはその分落ち込むのですけど。

これからも人生いろいろあるでしょうけど、Sayoさんのこれからを見守らせてくださいね。
応援していま~す!(後輩なのに上からでスミマセン[再び])。

2013.04.18 10:24 URL | tomoko #- [ 編集 ]













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