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2013. 12. 16  
*botさん、検索さんに拾われにくくするため、名前を英語で表記しています。

ASADA MAOという選手のことを知ったのはいつだったろう。

初めてその滑りを見たのはショーのゲスト出演が先だったか、シニアデビューの年だったか。

フィギュアスケートの雑誌で、「山田門下生の将来のホープ」として姉のASDA MAIさんなどと一緒に紹介されている写真を見た時、彼女はまだ10歳か11歳くらいだったと思う。その後暫くして、女子で始めて3-3-3のジャンプを成功させたとして新聞のスポーツ欄を賑わせた時も、まだ小学生。

あれから、干支がひと回りし、小さかったMAOちゃんも23歳、大卒なら新入社員1年目の年齢になった・・・年とったな、自分(<そこか)・・・

彼女のスケートとともに、その成長も見てきた。だから、こんなにも応援したくなるのかなと思う。アメリカにおけるミシェル・クワンの位置付けとちょっと似ているような気もする。彼女も12、3歳の頃から、活躍していた。アメリカのスケートファンも、彼女の成長をずっと見てきたのだ。


以下は、あくまでも個人的な考えで、間違っているかもしれないし、本人の思いは別のところにあるかもしれないので、世間のASADA MAOファンの方は、「おばさんの独言」として読み流してほしい。

前回の五輪の頃の彼女は、もちろん、「3Aを入れたプログラムをパーフェクトに滑りたい」と思っていたには違いないが、まだ「とにかくクリーンな3Aを跳びたい」という気持ちの方が勝っているように感じられた。

それから3年半。今季は、インタビューや記事からの憶測にはなるが、「(ジャンプもジャンプ以外のエレメンツも全て含めて)今の自分にできる最高難度のプログラムをクリーンに滑りたい」という気持ちがとても強いように思われる。アスリートASADA MAOにとっては、それがSPで3Aを1本、FPで2本入れるあの構成なのかな、と思う。3Aは跳びたいが、それは単にそのジャンプを跳びたいからではなく、自分の理想とする最高難度のプログラムにはそれが必要だから跳ぶのだと。そこが4年前と少し違っているのではないかという気がする。

フィギュアスケートがスポーツで「五輪で金メダル」が最終目標であるなら、そこに向かってもっと戦略を練る必要があるという意見もあろうかと思う。

でも、ASADA MAOが自分の理想に向かって邁進するからこそ、彼女に惹かれる人間がこんなに多いのではないかと思う。

彼女の理想が五輪で現実のものとなることを願ってやまない(なったら泣いちゃうよー<ていうか、お前が泣いてどうする)。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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